めろんさんへのコメント一覧全8件
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☆憧れのエルツ城☆
めろんさん、初めまして。papanと申します。
エルツ城へ登山の旅行記、めろんさんのこれだけですよね。
私も行ってみたくて、何度も何度もめろんさんのこの旅行記を訪れて参考にさせていただき勇気をもらい、私も先月下旬、ひとりで山を登って行ってきました!
1時間ほどの軽登山でしたが、ちょっと小規模な崖崩れを起こして細くなっているところもありましたが、大部分は歩きやすく自然が美しく、おかげさまで大変充実した一日となりました☆
papan -
初めまして(^^♪
めろんさん、こんにちは。
古城めぐりの旅、とても興味深く楽しめました!
私もドイツの古城が大好きで、次回はベルリンを中心に巡りたいと思っています。
これからも旅行記を徐々に拝見させて頂き、次回の旅行の参考にさせて頂きます。2014年11月14日13時01分返信する -
2001年ヴァルトブルク城
めろんさん
当時はまだドイツマルクの時代でしたが、ヴァルトブルク城の麓にあるHotel Garni Burgfried ブルクフリード(朝食のみのホテル)に泊まり、フランクフルトのハーツで借りた(たまたま希望の車種がなくて困りましたが、同じ料金で上級車の提供を受け)レンタカー・ボルボの2400?で山上に上りました。
山上の城までの狭い山道は山間をぐるぐる回るような感じでしたので、めろんさんがこの道を歩いて行かれたとあり、驚きました。
Festsaal祝典の間ですが、ここには二つの話があります。
一つはお書きになっていたように“メルヘン王” ルードヴィッヒ二世バイエルン王がここを真似た広間を新白鳥城に作ったと云う。
二つには1817年10月18日、ドイツ学生同盟(1815年)の学生たち凡そ500名が参集し、ヴァルトブルグ集会を催したこと。
テーマは1813年ライプチッヒの戦いに勝利したことの祝いであり、ルター宗教改革300年を記念したものでした。
この集会で宣言されたのはドイツ連邦成立への民族統一、民主主義の基本権の確立であり、当時のドイツ地域での市民階級(中間層)が始めて大衆行動を起こしたという歴史的なものだったのです。
その際に使用された学生同盟旗は後年、ドイツの国旗の“黒・赤・黄”の三色旗の基となったそうですよ。
(*ライプチッヒの戦い:諸国民戦争とも言い、1813年10月プロイセン、オーストリア、ロシアの同盟軍がこの地で、ナポレオン軍に大勝し、ナポレオンの皇帝退位の契機になっています。)
この章のHotel auf der Wartburg古城ホテル ヴァルトブルグ城ですが、 上述したように私どものホテルには夕食用のレストランが無いので、タクシーで又ヴァルトブルグ城に登り、昼に予約してあった古城ホテル Restaurant ”Landgrafenstube”レストラン方伯の間で夕食にしました。
私共の席は窓際に設けてあり、窓の外には“ドイツの緑の心臓”と呼ばれる、テューリンゲンの深い森が広がっていました。
古城ホテル好きとしては、ほんとはこちらの古城ホテルに宿泊したかったのですが、この時は急に旅に出たこともあり、夕食だけになったのです。
jijidaruma
RE: 2001年ヴァルトブルク城
jijidarumaさん、コメントありがとうございます!
私もドイツマルクの時に旅したことあります。その時はオーストリアも一緒に行きました。
ヴァルトブルク城の山道ですが、行きは舗装されていない山道、帰りは道路の方でした。
私は長時間歩くのは何ともないのですが、さすがにあの時は雨が結構降っていたし坂道は急だしでちょっと大変でした。
帰りの時はバスにしても良かったんですが、時間が合わなかったので・・・頑張って歩きました。笑
ヴァルトブルク城のあの祝典の間には歴史的に重要な事もあったんですね。
あと、ここではコンサートも開かれることがあるらしいのでそういう時に行ってみたいですね。
私もあの古城ホテルには泊まってみたかったんですけど、駅と街から離れていてアクセスが悪そうだったのでやめました。
交通費もなるだけ節約したかったので・・・
でも方伯の間で夕食っていうだけでも素敵ですね!
めろん
2014年07月11日23時06分 返信する -
カレーヴルスト
ご参考までに:
Wikによれば、
カレーヴルストは第二次世界大戦後のドイツで普及したが、いつどこで発明されたかについては異論が多く定かでない。
ベルリンでの定説では、カレーヴルストのソースはヘルタ・ホイヴァー(Herta Heuwer、1913年6月30日ケーニヒスベルク生まれ、1999年7月3日ベルリンで没)という女性が発明したとされている。
彼女は西ベルリンのシャルロッテンブルクでソーセージ屋台を経営しており、ケチャップ、ウスターシャーソース、カレー粉といった材料をイギリス軍兵士から仕入れていた。
1949年9月4日、雨で客が来ないため退屈しのぎに材料を混ぜた結果、カレーヴルストができたという。
以後、ベルリン市街を再建する建設労働者の間で人気を博するようになった。全盛期には週に1万本を売ったという。
屋台をもとに彼女はレストランを開き1974年まで経営したという。ベルリンには2009年に、カリーヴルストの発売60周年を記念してカリーヴルスト博物館(カレーソーセージ博物館)が開館している。
なお、ノルトライン・ヴェストファーレン州のルール地方の言い伝えでは、Essenエッセンのソーセージ屋台で、店主がカレー粉の入った缶をケチャップの中に落とした偶然から発明されたとされている。
jijidaruma
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城巡りは楽しい
めろんさん
こんにちわ。
ドイツの伝説話2件にご投票を頂き、ありがとうございました。
こちらではドイツの伝説話を主に掲載しております。伝説好きながら、古城好き、古城ホテルの滞在好きですので、ドイツ(ヨーロッパ)の旅は楽しいですね。
時には滞在した古城ホテルや食事したレストランを口コミで書いています。
めろんさんのように38日間に渡るドイツの古城の旅は、古城好きの私にもなかなかできませんが、なにやら一気にドイツの主要観光地を総なめにした旅になっていますね。
とりあえず、ベルリン・ポツダム3編を拝見しました。
3年前に旧東独をレンタカーで巡りましたが、この時はポツダムに泊りました。宿泊先は口コミに書きましたが、ここで”バウムクーヘン発祥の地とプロイセン王ヴィルヘルム4世”のことと、”ヴィルヘルム4世の一目ぼれ (Die Liebe auf den ersten Blick)”について知り、旅行記に伝説話のひとつとして書いています。
プロイセン王妃エリザベート・ルドヴィカ(バイエルン王マクシミリアン1世の娘)とのお話ですが、こうした伝説・伝承を知ると、ポツダムが、滞在したホテルが一段と魅力を増してきます。
また、バウムクーヘンの発祥の町Salzwedelザルツヴェーデルにはこの春の旅で立ち寄る事が出来ました。勿論、バウムクーヘンの作る様子も見学できて、お土産に買ってきました。娘家族達にも好評でしたよ。
折々に旅行記の懐かしい写真の数々を拝見したく思います。
jijidarumaRE: 城巡りは楽しい
jijidarumaさん、コメントありがとうございます(*^-^*)
昨年のドイツ城めぐりの旅は、以前からずっと行きたいと思っていてやっと行けたんです。仕事上2日以上の休みが長い間取れなかったので、8年ぶりの海外旅行でした。
またまとまった休みが今後取れるか分からないので、行けるところは行っておこうという旅になりました 笑
諸々の事情で綿密な計画も旅行の2か月前くらいになってしまい、本当は古城ホテルにも何か所か泊まりたかったんですが、直近のため予約が取れなくて・・・(あとは予算の関係もありますが)
他にも行きたい城は色々あるんですが、一度に行けるところにも限界がありますね。
jijidarumaさんはドイツの伝説にお詳しいんですね。旅行記読んでいて大変勉強になりました。
私はワーグナーのオペラの元になっている神話や伝説などはある程度読んだことはあるんですが・・・
それとバウムクーヘン!
私、本場のバウムクーヘンをお土産に買って帰ろうと思ってたんですが、売ってるお店を見かけなくて・・・
一度朝市で売ってるのを見ましたが、賞味期限が帰国までもたないのであきらめました。
しょうがないので帰るとき空港で買おうと思ってたんですが、全然売ってなかったんです。
結局買えずじまいだったのが心残り・・・やっぱり本場のはおいしいんでしょうね!
次の目標はフランスの城めぐりです。
フランスには一度行った事がありますが、パリ近郊とロワール地方の城数か所くらいしか行ってないので・・・
でもいつになるかわかりませんが。
またjijidarumaさんの旅行記を拝見させていただきますね。
めろん
2014年07月04日18時23分 返信する -
エルツ城!
めろんさん、こんにちは。
はじめまして。
ドイツの城めぐりの旅!
素敵なご旅行ですね〜。
エルツ城、旅行記拝見して初めて知りました。
美しいお城ですね〜。
緑の森の先の丘の上に聳えるお城!
この光景が目に飛び込んできたときの感動は
かなりのものですね〜。 -
同じ時にライン川畔に!
こんにちは!
丁度同じ時にライン川畔におられた方にやっとお会いできました。
我々は、6月3日にフランクフルトに着き、4日にライン川畔を見ました。
往時のヘルシンキ空港でプラハ帰りの方が、「プラハは水びたしで学校も臨時休校です」と聞いたのですが、ドイツには関係ないと思っていました。
4日は列車は来ないし、ラインはえらいことになってるし観光船も止まっていました。船着き場は水の中でしたよね。
ラインフェルス城からの写真が・・・その通りです。
続きを楽しみにしています。 ミモザおばさんよりRE: 同じ時にライン川畔に!
こんにちは!
書き込みありがとうございます(*^-^*)
本当にあの時のドイツは洪水騒ぎで大変でしたよね・・・
連日ニュースで報道されてました。
日本の家族と電話で話したら、日本でもニュースでやってたようで大丈夫なの!?と心配されました。
私は運よくマインツからザンクト・ゴアールまで観光船に乗れたのですが、翌日には船着き場どころか街中まですっかり水没してしまい、その日も船に乗る予定でしたが予定を変更して電車移動にせざるをえませんでした。
その後しばらく観光船はでなかったようです。
ライン川は過去にもしばしば洪水があったようですが、土手とか造らないんでしょうかねぇ・・・
土嚢を人海戦術で積んでたりしてましたけど。
被害総額も相当なものだと言ってました。
プラハも水浸しだったんですね。電車も来なかったんですか!
お互い大変でしたね。
旅行記見ていただいてありがとうございました。ぼちぼち続きもアップしていきます。
2013年09月01日10時38分 返信する



