がまだす@熊本さんへのコメント一覧(25ページ)全1,465件
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混沌と貧困
がまだすさん こんにちは
圧倒されました。
なぜか、涙が出そうです、この旅行記。
法律にないカーストの存在ですか・・
>街中は人で混雑して
こちらのコメントの写真に写っている女性も靴を履いていませんね。
靴も買えない状況を考えると胸がつまります。
日本に帰って、まず車が綺麗なことに驚きませんでしたか?
ではでは☆彡RE: 混沌と貧困
> 法律にないカーストの存在ですか・・
Kodeyanさん、そうなんです。
格差はインドもそうですが、
地方に行けば行くほど色濃く残っていました。
> こちらのコメントの写真に写っている女性も靴を履いていませんね。
> 靴も買えない状況を考えると胸がつまります。
この町はネパール人さえ避けて通るくらい不潔極まりないものがあります。
大通りでは牛や犬の糞、どす赤い噛みタバコの唾液が方々に飛散しており、
不衛生極まりの無い町でした。
なのに多くの女性が裸足で暮らしています。
貧困によるものか風習なのかは分かりませんが・・・
後で聞いた話では、
方々で幼児伝染病が蔓延しているのは日常茶飯事だそうで
日本医師の浄財で病院が設立され、年に数回訪問しているみたいです。
カトマンズを拠点に腐れ切った天下り役人のエセNGO団体に、
天罰あれ!
> 日本に帰って、まず車が綺麗なことに驚きませんでしたか?
そ、そう。まったくそうなんですよ。
アジア諸国から帰国して、いの一番に思うことは我が家のボロ車が・・・
も夢みたいな最高級車にヘンシン!!
なんとまあ乗り心地の良さだこと(笑)
食べ物もしかりですね。
全てにおいて日本が世界一美味い国だと思います。
香港の飲茶が喰いてえ(爆)
2010年04月17日09時19分 返信する -
濃い
がまさん こんばんは。
この街は・・・濃い!!
凄いですね。
なんでしょう、この濃さは。
カトマンズの100倍濃い感じがしまっす。
怖いけど、ちょっとこの濃さは味わってみたい気がしました。
気を抜くと飲み込まれてしまいそうな街ですね。
ishi -
ネパールですか〜。
今晩はがましゃん、豪い所ですねネパールは、汽車の上の人間はキップは有るのでしょうかね〜。(笑)
人も家畜もー緒の汽車も凄いですね〜、言われ無ければインドですね〜、体を壊さずに旅を続けるのが至難の業と思われる国ですね。(マジ)
チェンマイでお会いした時に、この様な国を2か月も旅されたとは、想像出来ませんでしたが、体調を崩されるのも当たり前ですね〜。(涙)
がましゃんの壺に嵌まった、インドの旅行記楽しみにして居ま〜す。(笑)
御殿場よりJOSAN。
RE: ネパールですか〜。
今朝も寒かったので、ちょっくら温泉へ行ってきました。
旅先で入るのも情緒があっていいけど不衛生。
やっぱし日本の温泉の方がグレードが高くていいですね。
> チェンマイでお会いした時に、この様な国を2か月も旅されたとは、想像出来ませんでしたが、体調を崩されるのも当たり前ですね〜。(涙)
ジャナクプールの不衛生さは半端でありませんでした。
町中もそうですが、住人も。
1泊してインドへ逃げ込んだくらいですから。
後日、体調を崩したのはこの町のせいかもです(笑)
近くダージリンへ逃げ込む様子の続編を仕上げます。
インドに魅せられたジジイ
がまだす@熊本でした。2010年04月15日16時18分 返信する -
ひょえ〜、ホンモノ\(◎o◎)/
がましゃん、おはよございます。
以前、このような写真をみたことがあります。
列車の屋根にこんなに立ってるなんて(座ってるのならともかく)てっきり撮影のためのヤラセだと思ってました。
ほんとにほんとなんですね。
動いても振り落とされないくらいゆっくりしか走らないんでしょうか?
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列車を見られたのですね
懐かしいなぁ
インド方面から陸路で入ったのですが、もう一年半も前になります。
駅舎あたりは私が行ったときも沢山の人をかき分けながら歩いたけど、列車が入るとものすごいですね。
ホテルで結婚式があり招待されたのを思い出しました。
ちょっと町を外れたところに、ピカソが愛したと言われるミティラアートの村があるのですが・・
次のアルバムで見せて貰えるのかな?
ここにはどのくらい滞在でしたか?
がまさんでもここで沈没・・はあり得ないと思うけど(笑
obaq
RE: 列車を見られたのですね
obaqさん、ブログアップが遅くなりました。
今回はobaqさんの逆ルートを辿ったわけですが、この後シリグリ→
ダージリン→コルカタ→プリーバナラシ→コルカタを約40日間旅しました。
プリーもバナラシも良かったのですが、コルカタは見所が多く食事も美味しくて凄く気に入りました。
次回はコルカタから南インドをじっくり旅したいと思います。
ジャナクプールでは沈没出来ませんでしたよ(笑)
泊ったホテルは最悪、まして手頃な食事処もなくて翌日にインドへ向かいました。
このルートはカンボジア並で、乗ったバスはラオバスよりもひどかったです。
この次にご紹介したいと思っております。
2010年04月14日15時19分 返信する -
まさに地の果て?ジャナクプール
がまだすさん、
イヤーッ!
こりゃあ、すごいネエ。
詳しい地図で探さねばならない町も町だけど、行く人もヒトだネエ。
さすが、バックパッカーの雄、がまだすさん、ですネエ。
カトマンドゥの宿の人が「地元の人間でもアソコには行かない」っと言うところ。それを聞いてファイトの湧く勇気!
おみそれ致しました。
南インドのキチャナさに恐れをなしたワタクシには、もう行けません。
前回のインド行以来、キチャナイとこに対するファイトが湧いてこないのデス。
もう、トシかなあ???
でも、興味アリマス。
楽しみデス! -
無理
ネパ−ル旅行、私には絶対無理です。列車に鈴なり、そりゃぁ、日本だって終戦後は似た様な状況らしかったですが。
がまだすさんは肉体的も、精神的にもタフなんですね。尊敬します。その半分のタフさが欲しいでう。RE: 無理 → LPriqさん、そんなことありせんって。大丈夫ですよ♪
LPriqさん、こんばんは。
帰国してしばらくモヤモヤした日が続いていましたが、ここ数日からブログに手を付ける気になりました。
〉がまだすさんは肉体的も、精神的にもタフなんですね。尊敬します。その半分のタフさが欲しいでう。
旅先で「もう歳、バックパッカー卒業しょう」と、何度思ったことでしょうか。
ところがその矢先、コルカタの街で87歳の現役パッカーと出会いました。
あの爺ちゃんは体力もさることながら、社会的に地位が高い凄い方でした。
爺ちゃんに・・・負けたくはない!
だから旅って、やめられまへんな〜(爆)
2010年04月14日00時53分 返信する -
やっぱり、あちらは下書きだったのね(笑)
マオイストとの交流とは!
がましゃんらしくて素敵です♪
後半にも期待しています!
4TRAは、ご無沙汰している間に『下書き機能』が出来て日記を書きやすくなりましてね! -
久しぶりのアルバム
随分長いこと待っていたような・・・
いよいよ再開ですね。
ポカラで2週間休んでいた分、アルバム作りも?(笑
早速にマオイストとの出会いとは驚きました。
政党として認められたのに、テロをしていた頃の気分が抜けきらないマオイストがまだいると何度も聞かされましたが、やはりこんな事をやっていたのですね。
それにしても、がまさん、シャッター音が聞こえるほど近くで撮っていたとは凄いです。
私だったら200mmを目一杯ズームでしか・・・
でも貴重な写真が撮れて良かったのかなぁ。
認められていなかった頃のマオイストも、観光客にはあまり悪さをしないと聞いていたけど、緊張したでしょうね。
見ていて私もドキドキしましたよ。
obaqRE: 久しぶりのアルバム
obaqさん、どうもどうもです。
帰国後は体調もいいのに、ひまもたくさんあるのに・・・(笑)
旅記アップをかまけております。
ネパールのマオちゃんですね〜
なんか権力の陰に操られているような。
組織の中には、
地方からやって来た少年らを多く見かけました。
聞くところカトマンズで実施したデモでは、参加中は日当・弁当付きだったとかです。
でもカトマンズ・ポカラの彼らは素朴でいい感じでした。
ただ国境周辺の組織路線から外れた連中は、凄く危ない存在でした。
この様子も後ほどアップしたいと思っておりますが、
期待もなく気長にお待ちください(爆)
2010年04月04日11時53分 返信する -
表紙の写真がまた変わりましたね。
ここはプリーの海岸かな?
やっと旅行記も再開されそうなので楽しみです。
マオイストは今は政権側に入ってるでしょう?つまり与党になっているのにまだ旅人に毛沢東主義の説教をしてくれるのですか?RE: 表紙の写真がまた変わりましたね。
> ここはプリーの海岸かな?
Yes, it is so!
プリーの居心地は抜群たいね、dragやらないおいらでもそう思うくらい。
何せ一泊2食に2杯のチャイ付きで130ルピーやもんね。
まあ部屋はご想像どおりだけど、そこがまたたまりまへんて(爆)
> マオイストは今は政権側に入ってるでしょう?
チト違います、
マオちゃん大統領は今春に辞任して、現在は下野しています。
〉つまり与党になっているのにまだ旅人に毛沢東主義の説教をしてくれるのですか?
これも違います。
彼らの狙いは、
今5月に発布予定の新憲法草案の中に、自分たちの考えを組み込んでくれという、いわばデモンストレーションです。
もし思いが通らないなら「陸・空の交通網を遮断するぞ」と、そんな脅しです。
ネパールの将来はこんなふうでは、もうあきまへんわ。
国力は資源も耕作地も財力も乏しい中、海外援助物資の大半は役人の懐。
政治の流れは右往左往して混沌としていましたから。
おそらく近くバングラを抜いて、アジア一の最貧国になるでしょうね。
2010年04月04日11時25分 返信する



