旧出津救助院
名所・史跡
3.31
旧出津救助院 クチコミ・アクセス・周辺情報
ピックアップ クチコミ
-
満足度の高いクチコミ
貴族であったド・ロ神父が資材を投じて建てた授産施設
4.0
- 旅行時期 2023/03
- by sirokuma123さん
長崎市観光で立ち寄りました。旧出津救助院は、キリスト教解禁後の明治18年に、貴族であったド・ロ神父が資材を投じて建てた授産... 続きを読む施設で、出津代官所・庄屋屋敷跡に建てられ、授産場、薬局、旧製粉工場、マカロニ工場の4つの建物から構成されています。中心的な建物の授産場は明治16年に建設されたとのことです。 閉じる
クチコミ・評判
3.31
(11件のクチコミ)- アクセス:
- 2.78
- 長崎中心部からの直通バスは少なく、乗継ぎを要することが多い by キートンさん
- 人混みの少なさ:
- 3.83
- 比較的すいている by キートンさん
- バリアフリー:
- 2.83
- 見ごたえ:
- 3.72
- マルコ・マリ・ド・ロ神父という人物を知るうえで重要 by キートンさん
1~10件(全11件中)
-
女性の自立支援の為の施設
- 3.0
- 旅行時期:2022/05(約4年前)
- 0
-
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成施設の一つ
- 3.5
- 旅行時期:2021/12(約4年前)
- 0
-
ド・ロ神父が女性の自立支援のための作業場として建てた施設.ただただ神父さんの多才さと信仰心に感服
- 5.0
- 旅行時期:2021/12(約4年前)
- 0
-
-
マカロニ工場とド・ロ壁はそこだけ切り取ると外国のような風景
- 3.0
- 旅行時期:2020/10(約5年前)
- 0
-
出津集落の発展を支えた場所
- 3.5
- 旅行時期:2020/01(約6年前)
- 0
出津(しつ)集落のみならず外海(そとめ)地区の歴史はマルコ・マリ・ド・ロ神父という人物を抜きに語ることはできません。
... 続きを読む
フランスの貴族の家に生まれ、1868年(慶応4年)に来日、1878年(明治11年)に出津教会主任司祭として赴任したド・ロ神父は、外海地区の村人たちの貧しさに驚き、生活を向上させ自立する力を身につけさせようと、フランスで身につけた農業・印刷・医療・土木・建築・工業・養蚕業などの広範な分野に渡る技術を村の人々に教えました。
地域の貧困者や海難事故で未亡人となった女性を進んで雇い、宗教的指導者であるとともに地域の経済発展に貢献した人物です。
旧出津救助院はド・ロ神父が村の産業発展の拠点とした場所で、綿織物の製糸から製織、染色、そうめんやパンやマカロニの製造、醤油などの醸造が行われていました。
内部の見学はガイドの説明があり、シスターによるハルモニュウム(リードオルガンの一種)の演奏もありました。
旧出津救助院の開館時間は9:00~17:00、入場料は400円。(2020年10月時点)
ガイドに聞くと、内部の写真撮影はOKでした。
ただ、内部写真撮影不可との情報もあり、ガイドによって対応が異なるのかもしれません。
ちなみに出津文化村の他の施設は、
外海歴史民俗資料館→内部写真撮影不可
出津教会堂→内部写真撮影不可
ド・ロ神父記念館→内部写真撮影は可だが、公共性のあるものには掲載しないように
ということでした。
出津文化村は上記4つの施設を徒歩で周って2~3時間で見学できます。 閉じる投稿日:2021/01/01
-
屋根に注目です
- 4.5
- 旅行時期:2019/12(約6年前)
- 0
-
重要文化財
- 3.5
- 旅行時期:2019/12(約6年前)
- 0
-
-
土台の石垣が見事
- 4.0
- 旅行時期:2019/06(約7年前)
- 0
-
ド・ロ神父が伝えた製糸や機織り、パンやマカロニなどを作る授産場
- 4.0
- 旅行時期:2016/05(約10年前)
- 0
-
敷地内は撮影禁止です
- 4.0
- 旅行時期:2014/07(約11年前)
- 0
1件目~10件目を表示(全11件中)
投稿写真
基本情報(地図・住所・アクセス)
このスポットに関するQ&A(0件)
旧出津救助院について質問してみよう!
長崎市に行ったことがあるトラベラーのみなさんに、いっせいに質問できます。
-
sirokuma123さん
-
アラカンさん
-
まめ夫婦さん
-
SUOMITAさん
-
ろたみこさん
-
キートンさん
- …他