2017/05/07 - 2017/05/08
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puttannさん
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そんなに遠くない過去、1992年ー1995年にボスニア・ヘルツェゴビナ戦争が勃発。
旧ユーゴスラビアが 七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家で成り立っていたという複雑な背景を持っている
死者20万、難民・避難民200万、その他レイプとかも行われた最悪の紛争
街の象徴 スターリーモス橋も破壊されました。
ユネスコの協力で復元された今は 観光に力を入れ 有名な観光地になっている。
今回のクロアチア旅行で、「蒼い海と赤い屋根」の景色続きに飽きそうだったし、何よりこう言うオリエンタルな雰囲気の大好きなputtannは当初から「行きたい♪」「観光客でごった返すお昼間よりも朝晩のひっそりとした時間が良い♪」と、お泊り企画にしました。
☆…━…━…━★…━…━…━☆
今年のGWは クロアチアにしました♪
真夏じゃないけれど 蒼い海見られたら 暑すぎず混みすぎずの時期で良いんじゃない?・・・ってことで・・・。
フライトスケジュールは ちょっぴり人さまと変わっています(?)
5月3日 NGO → NRT → HEL → DBV(AY便)18:50着 Dubrovnik 4泊
4日 主に Dubrovnik市内観光
https://4travel.jp/travelogue/11298647
https://4travel.jp/travelogue/11298851
5日 モンテネグロへ現地ツアー参加 Kotor、Budva へ
https://4travel.jp/travelogue/11300044
6日 Dubrovnik の ロクロム島 スルジ山へのトワイライ
https://4travel.jp/travelogue/11299025
★7日 ボスニア・ヘルツェゴビナの Mostar へbus移動 8:00 → 11:40 1泊
https://4travel.jp/travelogue/11245456
8日 クロアチアのSuplit へバス移動後 フェリーで Hvar島へ 2泊
9日 Hvar島内でのんびり
https://4travel.jp/travelogue/11301633
10日 フェリーで Suplit へ 3泊 市内観光
https://4travel.jp/travelogue/11303536
11日 路線busで Sibenik・Trogir へ観光
https://4travel.jp/travelogue/11302446
https://4travel.jp/travelogue/11303363
12日 プリトゥヴィツェ湖群国立公園へ 現地ツアー参加
https://4travel.jp/travelogue/11244582
13日 11:50 (AY便)SPU → HEL → NGO(+1)08:50着
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この街は15世紀~19世紀オスマントルコに支配されていて、ムスリム系住民がほとんどを占めていましたが、長い間クロアチア系(カトリック系)住民と、宗教を超え橋を行き来し共存していました。
しかし、ユーゴスラビアからボスニア・ヘルツェゴビナが独立を宣言したとき、クロアチア系の民族主義者たちに攻撃を受け 橋も破壊されてしまいました。 -
その後、ユネスコの支援のもと、川底に落ちた石を1つ1つ拾い上げ、新しく補充しながら元通りの形に復元し2004年に開通し、街は急速な復活をしましたが、現在でもボスニアの失業率は40%以上と言うから、この観光地もどこか鄙びた感じが漂う・・・
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現在 美しい橋 スターリモスト(古い橋と言う意味だそうな)の 東はムスリム系、西はクロアチア系(カトリック)と 住み分け お互いを尊重しあいながら暮らしている
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ドブロブニクを 8:00→11:40 の ユーロバスに乗りました
https://www.autotrans.hr/en-us/home
クロアチアバスと違って 事前にweb購入可能 112Kh
ドブロブニク始発で サラエヴォ行き
自由席だったので、少しの間でも海側(左)に座る。ネウムでは休憩無し
時間調整か、モスタル近くのターミナルでトイレ休憩ありましたが、便座がトルコ式で「来たんだなぁ~!?」と 納得・・・(^^ゞ -
お宿は 【 ヴィラ フォー ユー ★★★ 】 Brace Dukica 3, 88000 モスタル
西側の ミニスターリモスト橋の近くで とっても便利な場所♪
すぐ横に有る 高評価の Villa Anri と迷ったけれど
早割で バストイレ付きのダブルルームが18ユーロだったので ここに決定!
booking comで予約(朝食は5ユーロでしたが 充実していました )
バスターミナルへの往復送迎も有って とっても親切で居心地の良いお宿でした
偶然バスの後ろ席に座っていた ポーランド人カップルと同じ宿、明日のSPLITへの移動も同じバスという事で、ドライバーの宿の娘さんと4人で往復移動 -
13時近く 早速ランチと街歩きに出かけます。
ありゃ!? 「余裕が有ったら戦争の弾痕の跡の残る建物を探しに行こう」って思っていたのに、いとも簡単に出くわしちゃった・・宿をでてまだ数m(数歩?)です -
さらに数mで ネトレヴァ川へ降りる駐車場表示が有ったので、降りてみたら・・・
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あっらぁ~!? ビューポイントに出ました (^^)v
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モスタル最大の見所 ■ スターリー・モスト ■ が見えるぅ~♪
全長28m、高さ20m オスマン時代の重要な建築物で 1566年に木製から石橋に代わった。接着剤となるセメントを一切使わず、組み合わせた石を鉄の鉤で補強した橋
今でも モスタルのランドマークです! -
お!? 手摺によじ登ってる人がいますネ?
有名な 飛び込みをするのかな?(観光客から1ユーロづつ募って 25ユーロ集まったら飛び込む・・と聞いている)
・・って しばらく見入っていたけれど 飛び込まないみたい・・・
25ユーロ 集まらないのかな?? -
反対側の 新しい橋側も 景色は見事!
今日は曇り空なのに なんでネレトヴァ川は碧いんだろう?? -
(後で橋の上から撮ったんですが)ここで橋を見上げていました
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橋の横に有った建物 何だろう? 新しく建てられた物のようですが・・・
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西側のクロアチアエリアだから 教会の尖塔?
ポプラの樹が 印象的だったのよね~ ポプラの樹と モスクが共存するなんて・・・ -
ネトレヴァ川の支流に当たるのかな?
ホテルから スターリ・モストへ行こうとすると必ず通る -
この通称ミニ スターリモスト■ クリヴァ・チュプリヤ(曲がった橋)■も 人気です。
もちろんこれも戦争後再建された物で 周りにはレストランが多く有ります -
お昼時なので 各レストランから煙が昇ってる・・・
カトリックエリアになりますが、モスクの尖塔有りますネ -
宿の娘さんが お勧めしてくれたレストランの【 HINDIN HAN 】へ入ってみた
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キノコのソテーをチョイス!
これがですなぁ~ すっごい量なんです!!
美味しかったんですが と~ぜん全部は食べきれませんでした。
スープとガス水とで 1000円しなかったヨ
物価高のドブロブニクから来ると 天国価格です♪ -
このテラス席で頂きました(空いていました)
このロケーションで安いですよネ?
宿の娘さんは【 HINDIN HAN 】と【 SADRVAN 】の2軒を紹介してくれたので、夕食は SADRVAN へ行こうかな? -
お土産屋さんで 戦争グッズが ふつ~に売っていました
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もう一方の【 SADRVAN 】です。こっちの方が有名かな?
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お土産屋さんが多く有って・・・
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まずはともあれ ■ スターリモスト ■へ行きます!!
これ大理石なんですかネ? 川底から一つ一つ拾い集め補充して再建したそうです
この「滑って歩きにくい」とクチコミですが 私には・・・別に・・・
上りはこの凸の上を踏みしめて(ちょうど歩幅分)、下りは足の甲を凸の乗せるような感じで歩きました。お試しあれ! -
有った! 橋のたもとの【 Don't Foget ’93 】の石碑
あれ? 先輩トラベラーさん達の旅行記で見た丸石ではないね? 代替わりした? -
あれ!? 欄干を登ってるんですが 飛び込みません・・待ってらんない・・(^^ゞ
まだ観光化されるその昔から 若者が成人した勇気ある行動の証として行われていたそうです。(豪州のバンジージャンプのよう?)それが最近は「1ユーロづつ集めた見世物」と化した?
でもこのお二人 けっこうお年だし、確かに20m飛び込むって大変よネ?
赤いおじさん足怪我してるの?
真夏だと けっこう繁盛するようですが、この時期だと稼ぎ悪いのかしら?
夕方近く 遠目で飛び込むのを見ました。その後雨降る路地で赤いシャツオジサンとすれ違ったので、その時に1ユーロでも2ユーロでもあげれば良かった・・・と後になって後悔(T_T)
何もしないで お金をねだる物乞い(たくさん居ました)よりも 体を張って稼ごうとするこのお二人をそれなりに尊重する puttann です -
イチオシ
スターリモストから北に ネレトヴァ川沿いに ■ コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤ ■が美しく見えます
この緑豊かな景色の中にモスクが存在するのが印象的でした。
puttannのイメージでは「モスク=イスラム=砂漠 」ですから・・・ -
川向こうは、チャルシャと呼ばれる旧市街側、トルコ風のお店やイスラムモスクなどが並んでいます
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橋の南側、先ほどランチ前に 橋を見上げていた辺りが見下ろせます
私が居たのは 奥の段々の方・・・手前の岩場は別の場所から降ります(翌日行けました) -
ミナレットは多く有ります
紛争の前にはモスクが48個もあったが 今は16個になっているらしい -
川の北西側は レストランが多そうです
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橋を降りて■ クユンジルク通り■と言われる石畳の道を歩きます
銅職人(クユンジレ)がたくさん住んでいたのでこう呼ばれるそうです
ムスリム系の方ですネ -
何故この ワインカラーの壁だけが存在するのかな?
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うん!うん!銅製品多いです
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イチオシ
通貨はマルカ(KM)ですが、1ユーロ=2KMで どちらでも通用します。
ちなみに 到着時バスターミナルで、SPLITまでのチケット32KMを20ユーロ札で購入し、貰ったお釣り4KM(8KMを間違えた?ごまかされた?)で滞在中間に合いました -
この屋根変わってるよね~?
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石? 重くないのかしら?
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本格的な銅職人さんの工房がありました
気になったけれど 持ち帰れないし (お値段も)買えないだろうし・・・ -
こちらは 門戸広いお土産用?
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オリエンタルなお土産屋さん・・・
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目的地 ■ コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤ Koski Mehmed Pasina dzamija ■に着きました。1618年に建てられたイスラム寺院
庭と尖塔からの眺めがポイントになっています -
祈りの前に手足を清める場所(泉)のシャドルヴァンが有ります
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こちらは何かしら? お土産を売っていました
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入場料(尖塔込)6ユーロ払って 中に入ります
ココは靴を脱がなくても良いのです。観光化されてると言えばそれまでですが、靴を脱ぐのはちょっと・・・(^^ゞ わがままかしら? -
派手さは無い こじんまりとしたモスクでした
中央の壁は 聖地メッカの方向を示す ミフラブです -
この狭い階段を上がります。
ちょっと puttann にはキツかったぁ~(・´.`)>
すれ違う人がいなくて良かったヨ -
けっこう雨が降ってきてるんですが、ネトレヴァ川とスターリモストが撮れました
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ネレトヴァ川は石灰岩の丘陵を縫って流れる途中、様々な鉱物の溶けた水が灰緑色になるのだそうです。なので雨でも それなりに碧いんですネ
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雨が強くなってきたので 退散してもモスク内に降りました
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あれ?けっこう具象画が描かれていますネ
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裏庭からの景色も素敵だという事でまわってみました
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イチオシ
石畳 美しいです
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『 トルコの家 』を探したけれど、わからなくて1本東の交通量の多い道路 Marsala Tita に出て (スターリ・モストへ)戻ろうしたら ■ カラジョズ・ベゴヴァ・ジャーミーヤ ■モスクに出ました
靴脱ぐのがイヤで 中には入らなかったのヨ -
とあるファミリーが来ていて モスクの外のエリアで祈りをささげていました
お土産通りを歩いているだけではわからないけれど「信仰が根付いているんだな・・」と・・・・ -
入口
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古くて良いな・・・やっぱ中に入れば良かったかな?
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この仏塔(ってわけないネ?イスラムエリアだもん)のような物も 戦闘で破壊された写真を見たヨ 復元されたんだネ
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派手に跡が残ったままです。徐々にこんな建物も無くなってくるのでしょう・・
「負の遺産」として 見られた事は貴重な体験だと思います -
自然の力ってスゴイよねぇ~!?
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これ何だっけか?
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現 ムスリム人エリアですが、キリスト教会のような尖塔(時計塔?)を見かけました。
近寄ってみたけれど、廃屋扱いでした -
歩いていたら またモスクが有りました(googleマップ見ても名が不明)
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その横に 墓地が有るのです
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写真撮って良いんだろうか?・・・と思いながら 異教徒の仕業とお許し下さい
わかりますか? どれも没年1993年なんです。戦争のメモリアル墓地ですネ?
18歳とか22歳とか 若くして逝った者ばかり・・・心が痛いデス・・・日本では バブル期で若者が高級車を乗り回していた時代です
よく見ると、イスラム(?トルコ?)マークが付いた碑と ユーゴ(?セルビア?)マークの付いた碑や 両方付いた物も・・・
これは何を意味する? でも宗教が関わった争いだったのは間違いなさそう・・ -
(翌朝に撮ったものですが)この墓地の入口に立つ国旗の向こうに 廃墟と青空が・・・彼らの死がムダで無かった事を祈りたいです・・・
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今回の旅で クロアチア⇔モンテネグロ⇔ボスニア・ヘルツェゴビナ と陸路国境通過を数回して、面倒なんだけれど「形骸化してない?」って思ったパスポートコントロールを何度も体験し(だって顔照合も無しで 他人パスポートで入れるじゃん?)しかも国境付近は自由に往来できそうな草地で 「国境って何のために有るの??」と思ってしまいました
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そうなると 20年前に多くの犠牲者を出してまでした内戦って何の為?
( 国境と言えば 厳重な38度線で分断された国を思い浮かべるから・・ ) -
日本に居たら 考えもしない事に気が向いてしまうのも 旅の楽しさ(?)の一つだと puttann は思います
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雨だし・・・橋の西脇に建っている博物館に入ろうとしたら、階段が急に感じて辞めちゃったので、東脇に有った ■ 写真館 ■に入ってみた(入場料失念)
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印象の強かった数枚を紹介します
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ボスニア人文化、トルコ文化、イスラーム文化などの一部として、攻撃の的になったの橋の周辺は瓦礫の山ですネ・・・子供まで・・・
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橋が破壊されて つり橋で行き来していた時・・・
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このアングルだと 橋とモスクが写ってますネ
どこから撮ったんだったかしら? 新橋からだったかしら? -
先ほどの ミニ スタリーモスト橋の辺りです。向こう側はカトリック系の新市街です
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イチオシ
橋自体は小さいのですが コンパクトにまとまってて 写真スポットには絶好ですネ
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レストランだったか? ハマム博物館だったか?
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アイスクリーム屋さんもたくさん有って どこも1スクープ 1KM(≒65円)
安い! しかも あのドブロブニクの有名ジェラート屋さんより美味しい♪ -
オフシーズン夕方近くで雨だし お土産屋さんも本気モードじゃないみたいですネ
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もう一つのレストラン 【 SADRVAN 】へ入りました
呼び子の 民族衣装を着た娘さん 人件費は安いんだろうな~ -
イスラム寺院には必ずある 祈りの前に手足を清める泉(シャドルヴァン)
これが店名になっています -
メニューは お肉苦手のputtannには「うぅ~ん・・・HINDIN HAN の方が食べれるものがたくさん有ったかかなぁ~?(=`~´=)」
チェヴァブチチは ドブロブニクで食べたし・・・
でも他に食べれる物がなかった・・・
スープも美味しかったけれど、パン(ナン)が油で焼いてありちょっと重たかった・・・
すみません・・・偏食なおひとりさまの 我儘ですネ?
でもやはり「モスタルで1回だけ食事」だったらこのお店が良いかと思います -
また橋を渡って(puttannは全く滑りませんでした)クユンジルク通りに行ってみました
雨粒が写りこんでしまいました -
橋の塔 雨粒が雪みたい・・・(^^ゞ
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新橋まで行って スターリモストの夜景を撮ろうとしたけれど・・残念っ!
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翌朝・・・晴れました (^^)v
またあの駐車場から河原に降りてみました
( 注※ 昨夕 駐車場の前を通ったら IDカードをぶら下げたオジサンが「自分は公式観光ガイドだ。この下からの写真スポットで写真を撮ってあげる」と言われ、「昼間見たからNo Thank you 」って断ったら「自分の子供の為にチップをくれ!」としつこく迫られました・・・偽ガイド? ご注意下さい) -
朝、アザーンやコーランの声で目覚めるのも良いな♪って思っていたのに、全く聞こえなかった・・・窓の防音が優秀なのかしら? 音が無かったのかしら?
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朝の橋はまだ 人が少ないです
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このレストランの間の階段を降りてくると・・・
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先ほどの河原からとはちょっと角度が違うので、スターリモスト越に コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤ が見えるのです。
あれ? 橋とのセットの写真が無い? あれ? -
お!(店頭に並べる)商品を担いで おねぇさんご出勤ですネ?
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クユンジルク通りは 営業中とは全く違った顔を見せてくれました
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橋の西側(キリスト教側)の山頂には 十字架が見える・・・
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この国は 統一された今も、まだ政治面でも混乱していて、三主要民族をそれぞれ代表する3名の大統領評議会メンバーが、8ヶ月毎の交替制で同評議会議長を務めていているとか・・・
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8か月ごとに交代していたら、国を統治するなんて無理ですよネ?
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モスタルの人達は 辛い体験をしているから逞しく生きてゆくのでしょう・・・
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多民族・多文化の共生や和解の象徴の ■ スターリ・モスト ■
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『 平和の重みが感じられる街モスタル 』を去る時に 青空で良かったな・・・
負の遺産は受け止めて 未来は明るくあれ!・・・って気持ちで街を去る
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この旅行記へのコメント (2)
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- akikoさん 2017/05/29 23:30:07
- 懐かしのモスタル
- puttannさん、こんばんは〜
クロアチア〜モンテネグロ〜ボスニア・ヘルツェゴビナに
行って来られたのですね。
モスタルは日本ではあまり有名ではないけれど、一度訪れると
忘れられない町になりますね。私はクロアチアメインで旅を
したのですが、最終に立ち寄ったモスタルとサラエボの方が
強く印象に残りました。
スタリモスト橋のたもとのDon't Foget ’93の石碑は確かに
新しくなっていますね!以前の方がしっくりくるような気が
します。橋の上では、やはり観光客向けの飛び込みの人がいた
のですね〜(笑)
そうそう、SADRVANの食事はお口には合いませんでしたか。
私は結構美味しくいただいたのですが。好みがありますものね。
puttannさんが最後に書かれている「負の遺産は受け止めて
未来は明るくあれ!・・・」という部分、私も同感です。
再びモスタルの様子を見ることができて懐かしかったです♪
akiko
- puttannさん からの返信 2017/05/30 21:07:53
- RE: 懐かしのモスタル
akikoさん
ご覧いただいて ありがとうございます
> 最終に立ち寄ったモスタルとサラエボの方が> 強く印象に残りました。
akikoさんの 旅行記をガイドブック替わりにさせて頂きました。ありがとうございました
> そうそう、SADRVANの食事はお口には合いませんでしたか。
あ・は・・・失礼でしたよネ? 訂正しておきました。
akikoさんの旅行記を見直したら「お二人分セット」を 一人分にしてもらえたんですネ?
私はメニューを見て「あ〜?これが良いけれど二人分だからダメだわ」って思ってしまったので 余計に・・かな?
> 再びモスタルの様子を見ることができて懐かしかったです♪
復興して欲しい気持ちは強いけれど 近代化しすぎたらつまらないし「自分が行った時がベスト♪」って(どこの土地でも)思うようにしています(^^ゞ
ところで お出かけは?
私が思うに・・・GWよりも 5月下旬くらいからの方が 欧州の気候はベストですよネ?
akikoさんは いつもその「美味しい時期」に お出かけされてるような?
羨ましいデス♪ 私も仕事から離れられたら「5月下旬のお出かけ」をしたいと狙ってるんですヨ
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