2011/12/24 - 2011/12/25
63位(同エリア104件中)
おぎゃんさん
年末近くの週末、那覇から鹿児島までの各駅停船のフェリーで墓参り。
(肉親のほとんどはこの地で眠ってる)
【スケジュール】
12月24日(土) 那覇港07:00発<奄美海運フェリー/本部〜与論〜沖永良部経由>徳之島・亀徳港
12月25日(日) 徳之島・亀徳港10:40発<奄美海運フェリー/沖永良部〜与論〜本部経由>那覇港
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船 レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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毎日朝7時出航の那覇〜鹿児島航路。
那覇港に6時半。日本本島より西にあるし、冬なので暗いです。
近所に住んでいるのでまだ港へのアクセスは楽なんですが、激しく眠いですzzzzz
飛行機と違って出航30分前に到着。
家からの途中にあるローソンにて食料買い込み。
港にも一応土産物&パン&お弁当販売のお店が一軒あり。
(でもなくなるのが早い)
那覇から本島の本部港、与論〜沖永良部和泊港を経由して徳之島へ。 -
2等雑魚寝部屋。
雑魚寝とは言えど、身幅の狭いスペースが与えられる。
(空いていても一応スペースは割り当てあり)
混雑していると、かなりつらい。
その場合はロビーラウンジの椅子でねばったりする。 -
島に接近!
沖縄本島の西を航行しながら本部半島をぐるっと回り込むので、結構島の様子が分かります。 -
ヒマそうな子供たちが甲板から海を眺めてる最中。
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与論港。
コンテナの待合室程度しかない。
荷役作業、物資おろしの作業を待って出航。
(人を運ぶ目的の他に一番重要なのは島への物資の輸送なので) -
徳之島亀徳港着。
子供のころは紙テープ投げまくったなぁ。 -
おーりたぼーり。
(めんそーれみたいなもん) -
島の一番南、面縄港@伊仙町。
漁船はほとんどない。 -
徳之島最南端から。
運がよければ沖永良部が見れるとかどうとか。 -
3歳の頃、故郷大阪の保育園登園拒否で島で1年近く親戚宅で暮らしたことがある。
その頃はここでよく遊んだらしい。
サンゴのかけらが落ちているので、裸足だと怪我した。 -
私め、幼い頃から協調性がないのだった。
こんな記憶がほとんどない頃からじゃ、そりゃ今更どうしようもないよ。 -
港の道向かいにある面縄小学校そばの墓地。
ここにはこの集落の出身で1950年代奄美復帰運動のリーダー的存在、旧名瀬市長で詩人の泉芳朗(いずみほうろう)の墓がある。ガンディーの非暴力運動に影響を受け琉球弧の歴史には必要な人物だと思うけど、鹿児島でも沖縄でも奄美史を端折るようなので知られていない。
伯母のひとりは彼の教え子。
☆泉芳朗(1905-1959)☆ あのWikipediaにも記載がないのでKotobankのリンク。
http://kotobank.jp/word/%E6%B3%89%E8%8A%B3%E6%9C%97
奄美大島出身ではないんだけどね。
こちらの方がやや丁寧。
http://yamakyu.main.jp/amakoba/history/izumi_hourou.html
私もこのそばで墓参り。 -
夜は時間がなく24時間オープンのジョイフルで鶏飯(けいはん/奄美の代表的郷土料理ってやつ)。
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朝、東、太平洋側の空。
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一応バスはなくはないけど、1日数本程度。
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徳之島出航。東海岸に沿っての航海。
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一眠りして起きたら本島やんばるが見えてきた。
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階段踊り場にちびたちのカゴ.
客室には入れることができないため、航海中はずっと檻の中。 -
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那覇ついたー。片道8時間の旅!
この航路、喜界島以外の主だった島を各駅停車するので、アイランドホッパーな方はぜひどうぞ。
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