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《2026.July》あみんちゅぶらり淡海を歩く旅そのⅠ~近江神宮ライトアップ編~<br /><br />7月初めに腰痛を発症し、整形外科受診の結果〝胸椎圧迫骨折〟の可能性がある殿診断を受け、MRI検査を滋賀病院で受けたのは7月15日のこと。MRI検査後に軽く身体を動かそうと上賀茂神社までドライブに出かけた。その検査結果を聞きに先日再び整形外科を受診した。結果…胸椎12番の圧迫骨折が判明。それに加えてもう一ヶ所指摘された〝胸椎8番〟は…骨折痕で済んだ。ただ…ここで意外なことからその〝胸椎8番〟目の骨折時期が判明する。時は令和3(2021)年6月22日夕刻、場所は滋賀県甲賀市滝の元龍寺。アジサイを見に来た私が側溝にタイヤを落とし、引っ掛かりを増やそうと車を持ち上げた瞬間〝電気が走った〟と自らが記している。確かこの際は若い頃に罹患した〝気胸〟を疑い、内科を受診したが、勿論何もない。痛いからという主訴から〝痛み止め〟は処方されるも暫く痛みが続いていた…。と記憶が蘇って来た。私にとってブログというものは日記であり記録である。だから結構一人称のことを書いておいたりすることも多い。それによって判明した次第である。5年前のブログがなぜこのタイミングで私自身が目にしたのかは本当に偶然であった。しかしその時には既に骨密度が結構低下していることを証明されてしまったことは大変ショックであった。ただ逆に圧迫骨折は外科と内科を間違えると見逃される症状であることも知る。特に行動制限をすることもなく薬も飲まずに完治。しかし身体にはその痕跡はしっかりと残っていたという訳である。恐ろしや恐ろしや…。<br /><br />どうでもいいことから始まったが、7月に行く予定だった九州は当然怪我のためにキャンセルとなった。という訳で日帰りでちょこまか動くはずだがやはり身体に力はまだ入らないために仕事だけで疲れてしまい、休みの日に動く気力も残っていないこともまた事実である。そんな中今日いきなり家を出たのは単純に〝用事〟があったためである。今年moveクンが車検を受けるために、先日入庫し、本日上がって来るために引き取りに行った。せっかく外出したのだから…と〝夜のイベント〟を検索すると、近江神宮の〝夏のライトアップ〟が始まったことを知る。このイベントの開催は知ってはいたが、一ヶ月ほどの期間の土日祝日の開催という私のとっては結構ハードルが高いイベントとして行くことがなかったものであった。それを今年に限って…ということだが、単純に外出した今日が土曜日だったことに他ならない。とはいえ19:00からの開催ということで、ある程度時間を潰さなければいけないこともあり、たまたま立ち寄ったセブンイレブン大津南志賀4丁目店でその情報を知り、moveクンの食事を済ませてから近江神宮入りした。いつもならばmoveクンのお食事場所で話をする私が、なぜ〝セルフピュア近江神宮前〟を利用したのかは単純に時間の都合があったためだけである(笑)。<br /><br />近江神宮の駐車場は初めてかも知れない。鳥居脇の道を上って行くと駐車場があることは今回初めて知った。薄暗くなってはきたがまだ明るい。そんな19:00頃の近江神宮だが、そこそこ車は停まっているようだった。受付の矢印に従い歩いて行く。二の鳥居を越え楼門への階段を上って右に進んだ北神門が入場受付となっている。ここで入場券の〝券種〟について少し悩む。単独の入場券は600円だが、西教寺とのセット券は1,000円と200円安くなっている。しかし西教寺のライトアップも毎日ではない。そういう時に結局時を逃して行けなかった経験もある私ではあったが、まだ日もあるし…という気持ちでwebにて共通券を購入。入場時の画面提示後に西教寺入山の〝紙券〟を渡されるところがアナログで面白い。そんなことを考えながら北神門を潜り、夏のライトアップ観覧へと向かった。<br /><br />この近江神宮のイルミネーションイベントであるが、それなりの規模である割には〝近江神宮 夏のライトアップ〟とオーソドックスなネーミングで呼ばれている。プロジェクションマッピングも含めたものならば、なにか小洒落たネーミングを付けてもいいだろうと私には思える。まあ考え方によってはネーミング〝負け〟をするようなものよりもは、堅実な選択なのかも知れない…。<br /><br />入口を入るといきなりのプロジェクションマッピングが待ち受けている。意外と本格的な物ゆえにちょっとびっくりもしたが、19:20とはいえまだ辺りが明るいのでインパクトには欠ける。暗くなってから…と思いつつ拝殿前広場を横切って歩く。楼門の内側をスクリーンとしたプロジェクトマッピングは壮大なもののようだが、なんせこの時間は明るさが残る上に人が多いためにゆっくり眺められるものではなかった。そのまま進み、奉納された3つの火時計・日時計を眺めながら、天智天皇御創始の漏刻に至る。この辺りは昼間であればただのモニュメントとも取られそうだが、ライトアップされているが故に目を惹くものとなっていた。<br /><br />外拝殿の中を進みながら楼門を眺める。角度はあるが意外ときれいには見える。ただ写真で切り取るとどうしても周りの木々が写り込んでしまうため、落ち着かない写真となってしまう。という訳で取り敢えずスルーして内拝殿に参拝する。夜間は外拝殿より内側への立ち入りが禁止されているために、外拝殿側からの参拝に限られている。その向かい側、丁度楼門の正面に階段が設けられており、そこから楼門に映し出されるプロジェクションマッピングを眺めることにする。辺りは暗くなってきており、はっきりと見ることはできるのではあるが、なんせ人は多い。スマホの〝消しゴムマジック〟で画像を加工して人を消してみたが、やはり多くの人や物を消して行くと、残った部分に違和感が出てしまうのは仕方がない。それでもこんな感じのものですレベルの写真は撮れたように思うので、敢えて動画を載せずに静止画で表現してみようと思う。<br /><br />楼門右側から左側へと眺めながら外拝殿を歩く。内陣側には栖松遥拝殿(せいしょうようはいでん)がある。大正天皇の聖旨に依り有栖川宮の祭祀を継承された高松宮宣仁親王が、御成婚ののち東京高輪の宮邸内に創建、妃殿下ともども日々礼拝しておられた御霊屋で、両殿下薨去後高松宮とご縁の深い当近江神宮境内へ移設することとなった。平成十九(二〇〇七)年に元移築工事が完了、栖松遥拝殿と名付けられた。命名の由来は、有栖川宮の〝栖〟と高松宮の〝松〟の一文字を拝戴し、栖むところ松の緑の如く清らかにの寓意をこめて、亡き宮様方の御遺徳を永く偲ばんが為であると記載されていた。今何かと話題に上る〝皇室典範〟の影響を受けた有栖川宮家、第十代有栖川宮威仁親王の薨去により宮家断絶となる危機を、大正天皇の特旨により宣仁親王が有栖川宮家の祭祀を継承し有栖川宮の旧称である高松宮家として継承することとなる。その折威仁親王の外孫でもある徳川喜久子が、宣仁親王の妃となり、有栖川宮家の血筋を引き継ぐこととなったが、結局宣仁親王と喜久子妃の間に後継となる子孫がいないために、平成十六(二〇〇四)年の喜久子妃の薨去で廃絶となる。人により意見も違い、かつ〝皇室〟という日本の〝象徴〟である立場を考えれば、堅苦しく考えなければならないことも理解はできる。ただやはり〝窮屈な人生〟と思えることには変わりない。そう言った点でも所縁のある近江神宮への移設によって忘れ去られることはないことが救われるように思えてならない。<br /><br />まぁ柄にもなく考えてしまったが、時間の絡みもあり順路を進む。外拝殿前広場では、楼門に映し出されるプロジェクションマッピング以外にも、スポット的なものも映し出されている。それが写真のものではあるが、楼門作品に比べるとサイズは小さい故に、映し出されるものに〝人の影〟がどうしても映り込んでしまう。動画でも記録はしたが、半分以上に人影による〝欠け〟が見えるため、これも静止画で記録した。さすがにこれは消しゴムマジックを使っても消すことはできなかった…。<br /><br />映像作品を眺めながら拝殿前広場へと出てきた後、プロジェクションマッピングの隣に近江神宮開運のご神木〝大楠〟を見つける。多分入って来た際には楼門側を見続けていたために見逃したと思うのだが、改めて正面に向かい合うとその〝立派さ〟に気付かされる。隣には藤棚もあり、シーズンになれば美しい景色となるだろうと思いながら先を急ぐ。神座殿ではまた別のプロジェクションマッピングが行われていた。近江神宮といえば〝かるた大会〟でも知られているように〝百人一首〟の聖地としても知られている。そんな百人一首を映像作品にしたものがこちらで映し出されていた。半屋内で映し出されているものゆえに規模は小さいものの、やはり作品としての細かさがよくわかるものになっていた。この辺り百首すべてわかる方ならなお面白いとは思うのだが、なんせ学のない私としては〝秋の田の かりほの庵の …〟を探すことしかできなかった次第である…。<br /><br />そんなこんなで一時間弱をかけて近江神宮を回って出口を出た。車は二の鳥居の標高に停まっているが、折角ならばということで参道を歩いて行く。この辺りもライトアップはされており、イベント会場の一角を担っている筈なのだが、人通りは決して多くはない。多分車で訪れる方が多いために、メイン会場を見た後はそのまま駐車場へと戻ってしまうからだろうと思われる。やはりこの辺りは〝イベント会場〟というよりもは〝神社〟という感覚を持って訪れた方が良いと思われる。そして社号標のある一の鳥居を抜けたところで近江神宮は終わる。ただ一の鳥居の場所は大きな踏切を伴った交差点となっており、道路を渡った場所からでないと鳥居&社号標をカメラに収めることができない場所でもある。真正面は道路であるためにどうしても斜めからの写真が多いのはそのためである。そんな行ったり来たりを繰り返しながら二の鳥居へと戻り駐車場に辿り着く。車検上がりのmoveクンはお腹もいっぱいで元気である。そんなmoveクンと夜のドライブを楽しみながら帰宅する。昼からのショートトリップではあったが、なかなか興味深いものであった。<br /><br />   《終わり》

《2026.July》あみんちゅぶらり淡海を歩く旅そのⅠ~近江神宮ライトアップ編~

6いいね!

2026/07/25 - 2026/07/25

1624位(同エリア1672件中)

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

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2026/07/25

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《2026.July》あみんちゅぶらり淡海を歩く旅そのⅠ~近江神宮ライトアップ編~

7月初めに腰痛を発症し、整形外科受診の結果〝胸椎圧迫骨折〟の可能性がある殿診断を受け、MRI検査を滋賀病院で受けたのは7月15日のこと。MRI検査後に軽く身体を動かそうと上賀茂神社までドライブに出かけた。その検査結果を聞きに先日再び整形外科を受診した。結果…胸椎12番の圧迫骨折が判明。それに加えてもう一ヶ所指摘された〝胸椎8番〟は…骨折痕で済んだ。ただ…ここで意外なことからその〝胸椎8番〟目の骨折時期が判明する。時は令和3(2021)年6月22日夕刻、場所は滋賀県甲賀市滝の元龍寺。アジサイを見に来た私が側溝にタイヤを落とし、引っ掛かりを増やそうと車を持ち上げた瞬間〝電気が走った〟と自らが記している。確かこの際は若い頃に罹患した〝気胸〟を疑い、内科を受診したが、勿論何もない。痛いからという主訴から〝痛み止め〟は処方されるも暫く痛みが続いていた…。と記憶が蘇って来た。私にとってブログというものは日記であり記録である。だから結構一人称のことを書いておいたりすることも多い。それによって判明した次第である。5年前のブログがなぜこのタイミングで私自身が目にしたのかは本当に偶然であった。しかしその時には既に骨密度が結構低下していることを証明されてしまったことは大変ショックであった。ただ逆に圧迫骨折は外科と内科を間違えると見逃される症状であることも知る。特に行動制限をすることもなく薬も飲まずに完治。しかし身体にはその痕跡はしっかりと残っていたという訳である。恐ろしや恐ろしや…。

どうでもいいことから始まったが、7月に行く予定だった九州は当然怪我のためにキャンセルとなった。という訳で日帰りでちょこまか動くはずだがやはり身体に力はまだ入らないために仕事だけで疲れてしまい、休みの日に動く気力も残っていないこともまた事実である。そんな中今日いきなり家を出たのは単純に〝用事〟があったためである。今年moveクンが車検を受けるために、先日入庫し、本日上がって来るために引き取りに行った。せっかく外出したのだから…と〝夜のイベント〟を検索すると、近江神宮の〝夏のライトアップ〟が始まったことを知る。このイベントの開催は知ってはいたが、一ヶ月ほどの期間の土日祝日の開催という私のとっては結構ハードルが高いイベントとして行くことがなかったものであった。それを今年に限って…ということだが、単純に外出した今日が土曜日だったことに他ならない。とはいえ19:00からの開催ということで、ある程度時間を潰さなければいけないこともあり、たまたま立ち寄ったセブンイレブン大津南志賀4丁目店でその情報を知り、moveクンの食事を済ませてから近江神宮入りした。いつもならばmoveクンのお食事場所で話をする私が、なぜ〝セルフピュア近江神宮前〟を利用したのかは単純に時間の都合があったためだけである(笑)。

近江神宮の駐車場は初めてかも知れない。鳥居脇の道を上って行くと駐車場があることは今回初めて知った。薄暗くなってはきたがまだ明るい。そんな19:00頃の近江神宮だが、そこそこ車は停まっているようだった。受付の矢印に従い歩いて行く。二の鳥居を越え楼門への階段を上って右に進んだ北神門が入場受付となっている。ここで入場券の〝券種〟について少し悩む。単独の入場券は600円だが、西教寺とのセット券は1,000円と200円安くなっている。しかし西教寺のライトアップも毎日ではない。そういう時に結局時を逃して行けなかった経験もある私ではあったが、まだ日もあるし…という気持ちでwebにて共通券を購入。入場時の画面提示後に西教寺入山の〝紙券〟を渡されるところがアナログで面白い。そんなことを考えながら北神門を潜り、夏のライトアップ観覧へと向かった。

この近江神宮のイルミネーションイベントであるが、それなりの規模である割には〝近江神宮 夏のライトアップ〟とオーソドックスなネーミングで呼ばれている。プロジェクションマッピングも含めたものならば、なにか小洒落たネーミングを付けてもいいだろうと私には思える。まあ考え方によってはネーミング〝負け〟をするようなものよりもは、堅実な選択なのかも知れない…。

入口を入るといきなりのプロジェクションマッピングが待ち受けている。意外と本格的な物ゆえにちょっとびっくりもしたが、19:20とはいえまだ辺りが明るいのでインパクトには欠ける。暗くなってから…と思いつつ拝殿前広場を横切って歩く。楼門の内側をスクリーンとしたプロジェクトマッピングは壮大なもののようだが、なんせこの時間は明るさが残る上に人が多いためにゆっくり眺められるものではなかった。そのまま進み、奉納された3つの火時計・日時計を眺めながら、天智天皇御創始の漏刻に至る。この辺りは昼間であればただのモニュメントとも取られそうだが、ライトアップされているが故に目を惹くものとなっていた。

外拝殿の中を進みながら楼門を眺める。角度はあるが意外ときれいには見える。ただ写真で切り取るとどうしても周りの木々が写り込んでしまうため、落ち着かない写真となってしまう。という訳で取り敢えずスルーして内拝殿に参拝する。夜間は外拝殿より内側への立ち入りが禁止されているために、外拝殿側からの参拝に限られている。その向かい側、丁度楼門の正面に階段が設けられており、そこから楼門に映し出されるプロジェクションマッピングを眺めることにする。辺りは暗くなってきており、はっきりと見ることはできるのではあるが、なんせ人は多い。スマホの〝消しゴムマジック〟で画像を加工して人を消してみたが、やはり多くの人や物を消して行くと、残った部分に違和感が出てしまうのは仕方がない。それでもこんな感じのものですレベルの写真は撮れたように思うので、敢えて動画を載せずに静止画で表現してみようと思う。

楼門右側から左側へと眺めながら外拝殿を歩く。内陣側には栖松遥拝殿(せいしょうようはいでん)がある。大正天皇の聖旨に依り有栖川宮の祭祀を継承された高松宮宣仁親王が、御成婚ののち東京高輪の宮邸内に創建、妃殿下ともども日々礼拝しておられた御霊屋で、両殿下薨去後高松宮とご縁の深い当近江神宮境内へ移設することとなった。平成十九(二〇〇七)年に元移築工事が完了、栖松遥拝殿と名付けられた。命名の由来は、有栖川宮の〝栖〟と高松宮の〝松〟の一文字を拝戴し、栖むところ松の緑の如く清らかにの寓意をこめて、亡き宮様方の御遺徳を永く偲ばんが為であると記載されていた。今何かと話題に上る〝皇室典範〟の影響を受けた有栖川宮家、第十代有栖川宮威仁親王の薨去により宮家断絶となる危機を、大正天皇の特旨により宣仁親王が有栖川宮家の祭祀を継承し有栖川宮の旧称である高松宮家として継承することとなる。その折威仁親王の外孫でもある徳川喜久子が、宣仁親王の妃となり、有栖川宮家の血筋を引き継ぐこととなったが、結局宣仁親王と喜久子妃の間に後継となる子孫がいないために、平成十六(二〇〇四)年の喜久子妃の薨去で廃絶となる。人により意見も違い、かつ〝皇室〟という日本の〝象徴〟である立場を考えれば、堅苦しく考えなければならないことも理解はできる。ただやはり〝窮屈な人生〟と思えることには変わりない。そう言った点でも所縁のある近江神宮への移設によって忘れ去られることはないことが救われるように思えてならない。

まぁ柄にもなく考えてしまったが、時間の絡みもあり順路を進む。外拝殿前広場では、楼門に映し出されるプロジェクションマッピング以外にも、スポット的なものも映し出されている。それが写真のものではあるが、楼門作品に比べるとサイズは小さい故に、映し出されるものに〝人の影〟がどうしても映り込んでしまう。動画でも記録はしたが、半分以上に人影による〝欠け〟が見えるため、これも静止画で記録した。さすがにこれは消しゴムマジックを使っても消すことはできなかった…。

映像作品を眺めながら拝殿前広場へと出てきた後、プロジェクションマッピングの隣に近江神宮開運のご神木〝大楠〟を見つける。多分入って来た際には楼門側を見続けていたために見逃したと思うのだが、改めて正面に向かい合うとその〝立派さ〟に気付かされる。隣には藤棚もあり、シーズンになれば美しい景色となるだろうと思いながら先を急ぐ。神座殿ではまた別のプロジェクションマッピングが行われていた。近江神宮といえば〝かるた大会〟でも知られているように〝百人一首〟の聖地としても知られている。そんな百人一首を映像作品にしたものがこちらで映し出されていた。半屋内で映し出されているものゆえに規模は小さいものの、やはり作品としての細かさがよくわかるものになっていた。この辺り百首すべてわかる方ならなお面白いとは思うのだが、なんせ学のない私としては〝秋の田の かりほの庵の …〟を探すことしかできなかった次第である…。

そんなこんなで一時間弱をかけて近江神宮を回って出口を出た。車は二の鳥居の標高に停まっているが、折角ならばということで参道を歩いて行く。この辺りもライトアップはされており、イベント会場の一角を担っている筈なのだが、人通りは決して多くはない。多分車で訪れる方が多いために、メイン会場を見た後はそのまま駐車場へと戻ってしまうからだろうと思われる。やはりこの辺りは〝イベント会場〟というよりもは〝神社〟という感覚を持って訪れた方が良いと思われる。そして社号標のある一の鳥居を抜けたところで近江神宮は終わる。ただ一の鳥居の場所は大きな踏切を伴った交差点となっており、道路を渡った場所からでないと鳥居&社号標をカメラに収めることができない場所でもある。真正面は道路であるためにどうしても斜めからの写真が多いのはそのためである。そんな行ったり来たりを繰り返しながら二の鳥居へと戻り駐車場に辿り着く。車検上がりのmoveクンはお腹もいっぱいで元気である。そんなmoveクンと夜のドライブを楽しみながら帰宅する。昼からのショートトリップではあったが、なかなか興味深いものであった。

   《終わり》

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
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