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続日本百名城スタンプ・御城印収集旅です。<br />浜松城は帰り道で登城しました。<br />静岡県の他の3城は妹に頼んで、スタンプ、御城印、写真を揃えてもらいました。<br />工程表<br />5月30日(土)・・・浜松城<br />       浜松10:50→掛川11:17 JR東海道本線<br />       ・・・掛川観光協会ビジター(御城印)<br />       掛川→東京 JR東海道新幹線<br />       東京→北上 JR東北新幹線

続日本百名城スタンプ・御城印収集旅・・・浜松城・高天神城・諏訪原城・興国寺城(静岡県)

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2026/05/30 - 2026/05/30

7位(同エリア1269件中)

旅行記グループ 続日本百名城

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84

164-165

164-165さん

この旅行記スケジュールを元に

続日本百名城スタンプ・御城印収集旅です。
浜松城は帰り道で登城しました。
静岡県の他の3城は妹に頼んで、スタンプ、御城印、写真を揃えてもらいました。
工程表
5月30日(土)・・・浜松城
       浜松10:50→掛川11:17 JR東海道本線
       ・・・掛川観光協会ビジター(御城印)
       掛川→東京 JR東海道新幹線
       東京→北上 JR東北新幹線

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.0
ショッピング
4.0
交通
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
高速・路線バス JALグループ 新幹線 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 5月29日(金)ホテルリブマックスBUDGET浜松駅前<br />浜松駅近くの旧イトーヨーカー堂浜松駅前店6階に在ります。

    5月29日(金)ホテルリブマックスBUDGET浜松駅前
    浜松駅近くの旧イトーヨーカー堂浜松駅前店6階に在ります。

    ホテルリブマックスBUDGET浜松駅前 宿・ホテル

  • 部屋タイプ	セミダブルベッドルーム 禁煙 、食事なし<br />セミダブルベッド(120×195cm) 、バストイレ付 、液晶テレビ 、高速Wi-Fi対応 、全室電子レンジ&空気清浄機完備  ¥4,250- by;楽天トラベル <br /><br /> <br /><br /><br />

    部屋タイプ セミダブルベッドルーム 禁煙 、食事なし
    セミダブルベッド(120×195cm) 、バストイレ付 、液晶テレビ 、高速Wi-Fi対応 、全室電子レンジ&空気清浄機完備  ¥4,250- by;楽天トラベル




  • コスパが良く、部屋に電子レンジが備えてあるので、コンビニ弁当を温めるのに便利でした。

    コスパが良く、部屋に電子レンジが備えてあるので、コンビニ弁当を温めるのに便利でした。

  • 5月30日(土)6階の部屋からの景色

    5月30日(土)6階の部屋からの景色

  • 浜松駅

    浜松駅

    浜松駅 駅

  • 浜松駅のコインロッカー<br />北口の階段を降りて左側(バスロータリー近く)<br />	サイズ(幅 × 高さ × 奥行き)	料金	個数<br />小	約35cm × 34cm × 42cm	300円	20個<br />中	約53cm × 60cm × 42cm	500円	30個<br />大	約53cm × 90cm × 42cm	600円	6個

    浜松駅のコインロッカー
    北口の階段を降りて左側(バスロータリー近く)
    サイズ(幅 × 高さ × 奥行き) 料金 個数
    小 約35cm × 34cm × 42cm 300円 20個
    中 約53cm × 60cm × 42cm 500円 30個
    大 約53cm × 90cm × 42cm 600円 6個

  • 浜松駅13番乗り場08:12→浜松城公園入口08:18 遠鉄バス【50】医科大学行き   ¥200-

    浜松駅13番乗り場08:12→浜松城公園入口08:18 遠鉄バス【50】医科大学行き   ¥200-

  • 南広場からの浜松城<br />浜松城は明治維新後に一度取り壊されました。

    南広場からの浜松城
    浜松城は明治維新後に一度取り壊されました。

  • 浜松城天守閣<br />1958年(昭和33年)鉄筋コンクリート製の望楼型の3重天守に再建されました。

    浜松城天守閣
    1958年(昭和33年)鉄筋コンクリート製の望楼型の3重天守に再建されました。

    浜松城 名所・史跡

  • 家康公鎧掛松<br />戦から帰ってきた家康が、松の木に鎧を掛けて一息ついたことから、その松は鎧掛松と呼ばれるようになりました。

    家康公鎧掛松
    戦から帰ってきた家康が、松の木に鎧を掛けて一息ついたことから、その松は鎧掛松と呼ばれるようになりました。

  • 鉄門<br />鉄門の位置は写真とは合致していません。歩道路面にプレートがあるようです。

    鉄門
    鉄門の位置は写真とは合致していません。歩道路面にプレートがあるようです。

  • 浜松城 天守門<br />明治6年に解体され、この天守門は2014年(平成26年)に復元整備されたものです。

    浜松城 天守門
    明治6年に解体され、この天守門は2014年(平成26年)に復元整備されたものです。

    浜松城天守門 寺・神社・教会

  • 門脇の鏡石

    門脇の鏡石

  • 天守閣<br />天守台と天守閣の大きさがアンバランスで、スペースが余っています。予算の関係で小さくなったのか?

    天守閣
    天守台と天守閣の大きさがアンバランスで、スペースが余っています。予算の関係で小さくなったのか?

    浜松城 名所・史跡

  • 浜松城天守門2階でスタンプを押してから天守閣に入城します。

    浜松城天守門2階でスタンプを押してから天守閣に入城します。

  • 浜松城の続日本100名城スタンプ設置場所<br />設置場所:浜松城天守門<br />営業時間:8:30~16:30<br />休館日:12月29日~12月31日<br />入場料:200円(天守閣・天守門共通)※70歳以上無料

    浜松城の続日本100名城スタンプ設置場所
    設置場所:浜松城天守門
    営業時間:8:30~16:30
    休館日:12月29日~12月31日
    入場料:200円(天守閣・天守門共通)※70歳以上無料

  • 浜松城の御城印販売場所<br />販売場所	天守閣入場券販売窓口<br />料金	300円<br />

    浜松城の御城印販売場所
    販売場所 天守閣入場券販売窓口
    料金 300円

  • 御城印は徳川氏の家紋「三つ葉葵」と浜松城天守閣のイラストがあしらわれたデザインです。

    御城印は徳川氏の家紋「三つ葉葵」と浜松城天守閣のイラストがあしらわれたデザインです。

  • 浜松城天守閣の地下1階、1階、2階は、歴史資料館として一般公開されています。<br />館内には、徳川家康ゆかりの甲冑や具足の複製、合戦の様子を再現した映像、浜松城と城下町の変遷を表したジオラマなどが展示されています。

    浜松城天守閣の地下1階、1階、2階は、歴史資料館として一般公開されています。
    館内には、徳川家康ゆかりの甲冑や具足の複製、合戦の様子を再現した映像、浜松城と城下町の変遷を表したジオラマなどが展示されています。

  • 天守閣から見る八幡台

    天守閣から見る八幡台

  • 天守閣から見る井戸<br />本丸内に残る銀明水という名前の井戸。

    天守閣から見る井戸
    本丸内に残る銀明水という名前の井戸。

  • 天守閣から見る 天守門

    天守閣から見る 天守門

  •  天守閣から見る富士見櫓跡

    天守閣から見る富士見櫓跡

  • 天守門に戻って内部を見学しました。立派な梁です。

    天守門に戻って内部を見学しました。立派な梁です。

  • 富士見櫓からの富士山方向

    富士見櫓からの富士山方向

  • 富士見櫓からの天守閣

    富士見櫓からの天守閣

  • 若き日の徳川家康像です。家康が浜松で過ごしたのは29歳~45歳だそうです。

    若き日の徳川家康像です。家康が浜松で過ごしたのは29歳~45歳だそうです。

  • 新たに発見された石垣

    新たに発見された石垣

  • 浜松駅09:39→掛川10:06 JR東海道本線 掛川行き ¥510-

    浜松駅09:39→掛川10:06 JR東海道本線 掛川行き ¥510-

  • これっしか処<br />掛川駅南口構内の土産処

    これっしか処
    掛川駅南口構内の土産処

    これっしか処 お土産屋・直売所・特産品

  • 掛川三城物語の御城印を購入しました。<br />高天神城の御城印<br />販売場所	【掛川観光協会ビジターセンター】<br />営業時間:9時~17時<br />定休日:12月29日~1月3日<br />【掛川南部観光案内処】<br />開館時間:9時~16時<br />休業日:水曜・木曜、12月28日~1月3日<br />料金	1枚300円

    掛川三城物語の御城印を購入しました。
    高天神城の御城印
    販売場所 【掛川観光協会ビジターセンター】
    営業時間:9時~17時
    定休日:12月29日~1月3日
    【掛川南部観光案内処】
    開館時間:9時~16時
    休業日:水曜・木曜、12月28日~1月3日
    料金 1枚300円

    これっしか処 お土産屋・直売所・特産品

  • ここからは、妹夫婦の写真です。<br />四月某日高天神城址<br />東名高速道路掛川ICを下りて南下します。<br />38号線→249号線→251号線落合橋交差点を右折し、下小笠川の橋を渡り少し行くと『高天神城跡1.6km』の看板が現れます。工場の法面下の道路を進み、過ぎてから2つ目の交差点を右折していくと写真の看板が見えます。

    ここからは、妹夫婦の写真です。
    四月某日高天神城址
    東名高速道路掛川ICを下りて南下します。
    38号線→249号線→251号線落合橋交差点を右折し、下小笠川の橋を渡り少し行くと『高天神城跡1.6km』の看板が現れます。工場の法面下の道路を進み、過ぎてから2つ目の交差点を右折していくと写真の看板が見えます。

    高天神城跡 名所・史跡

  • 突き当り付近に広い駐車場が有ります。南口駐車場

    突き当り付近に広い駐車場が有ります。南口駐車場

  • 追手門跡付近

    追手門跡付近

  • 高天神城跡<br />「高天神を制するものは遠州を制する」といわれた難攻不落の名城跡です。<br />

    高天神城跡
    「高天神を制するものは遠州を制する」といわれた難攻不落の名城跡です。

  • 脇に杖があり大変便利で助かったようです。

    脇に杖があり大変便利で助かったようです。

  • 搦手門跡<br />高天神城の北側の入口です。元亀2年、武田信玄が城攻めの時にはここに250人が守備したと伝わります。

    搦手門跡
    高天神城の北側の入口です。元亀2年、武田信玄が城攻めの時にはここに250人が守備したと伝わります。

  • 整備された山道を歩いて登っていきます。<br />夫は日ごろの鍛錬のお陰でどんどん先に行ってしまいます。後を追うのが大変です。<br />最初は興国寺城しか行けないと断られたのですが、夫が運転してくれたようで,2か所回ってくれました。

    整備された山道を歩いて登っていきます。
    夫は日ごろの鍛錬のお陰でどんどん先に行ってしまいます。後を追うのが大変です。
    最初は興国寺城しか行けないと断られたのですが、夫が運転してくれたようで,2か所回ってくれました。

  • 三日月井戸<br />搦手道脇にある三ヶ月状井戸で、数匹の金魚が元気に泳いでいるそうです。

    三日月井戸
    搦手道脇にある三ヶ月状井戸で、数匹の金魚が元気に泳いでいるそうです。

  • 高天神城 御前曲輪跡<br />追手門から高天神城 三の丸跡(与左衛門曲輪跡)を経由して登った山の尾根の先端部であり、ここから本曲輪、二の丸曲輪は尾根沿いに伸びていきます。

    高天神城 御前曲輪跡
    追手門から高天神城 三の丸跡(与左衛門曲輪跡)を経由して登った山の尾根の先端部であり、ここから本曲輪、二の丸曲輪は尾根沿いに伸びていきます。

  • 高天神城 御前曲輪跡付近からの景色

    高天神城 御前曲輪跡付近からの景色

    高天神城跡 名所・史跡

  • 元天神社<br />高天神城本曲輪内にある小さな神社です。景色が良く晴れた日には遠く富士山まで見渡せます。

    元天神社
    高天神城本曲輪内にある小さな神社です。景色が良く晴れた日には遠く富士山まで見渡せます。

  • 本丸跡<br />高天神城の築城は、室町時代、今川氏が戦国大名に成長する過程で築かれたとする説が有力です。<br />今川氏の滅亡後徳川家康の持ち城となり、小笠原長忠が引き継ぎ城主となりました。<br />1571年(元亀2年)、武田信玄は高天神城を攻め落とせず、1574年(天正2年)、信玄の息子・勝頼が二万の大軍で攻め、ついに開城させます。しかし、織田・徳川連合軍に長篠の戦いで大敗した武田勝頼は、その後衰退し、横須賀城を拠点とした家康が高天神城の奪還に成功し、家康は、城を焼き払ったといわれています。<br />

    本丸跡
    高天神城の築城は、室町時代、今川氏が戦国大名に成長する過程で築かれたとする説が有力です。
    今川氏の滅亡後徳川家康の持ち城となり、小笠原長忠が引き継ぎ城主となりました。
    1571年(元亀2年)、武田信玄は高天神城を攻め落とせず、1574年(天正2年)、信玄の息子・勝頼が二万の大軍で攻め、ついに開城させます。しかし、織田・徳川連合軍に長篠の戦いで大敗した武田勝頼は、その後衰退し、横須賀城を拠点とした家康が高天神城の奪還に成功し、家康は、城を焼き払ったといわれています。

  • 現在、高天神城の西の丸には高天神社が建っています。

    現在、高天神城の西の丸には高天神社が建っています。

  • 高天神社<br />高天神社は高天神城の守護を担う神社として創建されました。役200年前に御前曲輪跡から現在の場所に移されました。

    高天神社
    高天神社は高天神城の守護を担う神社として創建されました。役200年前に御前曲輪跡から現在の場所に移されました。

  • 二の丸跡

    二の丸跡

  • 高天神城 袖曲輪跡<br />高天神城の弱点となる二の丸を守備するために袖部分に配置された曲輪です。

    高天神城 袖曲輪跡
    高天神城の弱点となる二の丸を守備するために袖部分に配置された曲輪です。

  • 「続日本100名城」高天神城跡スタンプ設置場所<br />①大東北公民館<br />  住所 静岡県掛川市下土方267-1<br />  時間 9:00~17:00(休館日 月曜、年末年始)<br />②掛川観光協会ビジターセンター「旅のスイッチ」<br />  住所 静岡県掛川市南1-1-1<br />  時間 9:00~17:00(休館日 年末年始)<br />③掛川南部観光案内処<br />  住所 静岡県掛川市西大渕4334<br />  時間 9:00~16:00(休館日 水・木曜、年末年始)<br />

    「続日本100名城」高天神城跡スタンプ設置場所
    ①大東北公民館
      住所 静岡県掛川市下土方267-1
      時間 9:00~17:00(休館日 月曜、年末年始)
    ②掛川観光協会ビジターセンター「旅のスイッチ」
      住所 静岡県掛川市南1-1-1
      時間 9:00~17:00(休館日 年末年始)
    ③掛川南部観光案内処
      住所 静岡県掛川市西大渕4334
      時間 9:00~16:00(休館日 水・木曜、年末年始)

  • 四月某日<br />諏訪原城跡アクセス;<br />公共交通機関	JR金谷駅より徒歩約25分(1.3km)<br />JR金谷駅より 島田市コミュニティバス「菊川神谷城線」「ふじのくに茶の都ミュージアム方面」乗車、「諏訪原城跡」下車 徒歩約5分(400m)<br />車	国道1号線 島田金谷バイパス 菊川I.C.より約5分(2.7km)

    四月某日
    諏訪原城跡アクセス;
    公共交通機関 JR金谷駅より徒歩約25分(1.3km)
    JR金谷駅より 島田市コミュニティバス「菊川神谷城線」「ふじのくに茶の都ミュージアム方面」乗車、「諏訪原城跡」下車 徒歩約5分(400m)
    車 国道1号線 島田金谷バイパス 菊川I.C.より約5分(2.7km)

    諏訪原城跡 名所・史跡

  • 諏訪原城ビジターセンター<br />住  所  島田市菊川1174番地(諏訪原城跡第一駐車場敷地内北側)<br />開館時間  10:00~16:00開館、月曜定休、年末年始休み<br />入館料   無料

    諏訪原城ビジターセンター
    住  所  島田市菊川1174番地(諏訪原城跡第一駐車場敷地内北側)
    開館時間  10:00~16:00開館、月曜定休、年末年始休み
    入館料   無料

  • 諏訪原城のスタンプ<br />諏訪原城ビジターセンター内にもありますが、屋外の大手門南外堀近くのパンフレット置き場にもあります。

    諏訪原城のスタンプ
    諏訪原城ビジターセンター内にもありますが、屋外の大手門南外堀近くのパンフレット置き場にもあります。

  • 春風亭昇太(諏訪原城応援隊長)<br />本名:田ノ下雄二(たのしたゆうじ)<br />生年月日:昭和34年12月9日<br />出身地:静岡県静岡市<br />趣味:城郭見学、浮世絵、旅行<br />NHKの城番組に数多く出演しています。

    春風亭昇太(諏訪原城応援隊長)
    本名:田ノ下雄二(たのしたゆうじ)
    生年月日:昭和34年12月9日
    出身地:静岡県静岡市
    趣味:城郭見学、浮世絵、旅行
    NHKの城番組に数多く出演しています。

  • 展示室<br />・日本の城について、城の変遷、城郭用語、諏訪原城の歴史や構造、諏訪原城の年表、諏訪原城推定復元図等をパネル展示で紹介<br />・ジオラマ模型展示(静岡県立島田工業高等学校建築科制作)

    展示室
    ・日本の城について、城の変遷、城郭用語、諏訪原城の歴史や構造、諏訪原城の年表、諏訪原城推定復元図等をパネル展示で紹介
    ・ジオラマ模型展示(静岡県立島田工業高等学校建築科制作)

  • 諏訪原城のスタンプ<br />屋外の大手門南外堀近くのパンフレット置き場にもあります。

    諏訪原城のスタンプ
    屋外の大手門南外堀近くのパンフレット置き場にもあります。

  • 順路に沿って見学します。

    順路に沿って見学します。

  • 大手北外堀

    大手北外堀

    諏訪原城跡 名所・史跡

  • 諏訪原城跡石柱

    諏訪原城跡石柱

  • 諏訪原城は戦国時代の東海道における戦略上の要地にある山城です。<br />初めに武田信玄が砦を築き、天正元(1573)年、武田勝頼が馬場信房に命じて築城させました。<br />遠江侵攻の拠点であり、また、徳川氏に対する備えであったとされています。<br />武田家の守護神「諏訪大明神」を祀ったことからこの名が付けられました。<br />武田氏が滅亡すると不要となり、天正18(1590)年頃に廃城となったようです。

    諏訪原城は戦国時代の東海道における戦略上の要地にある山城です。
    初めに武田信玄が砦を築き、天正元(1573)年、武田勝頼が馬場信房に命じて築城させました。
    遠江侵攻の拠点であり、また、徳川氏に対する備えであったとされています。
    武田家の守護神「諏訪大明神」を祀ったことからこの名が付けられました。
    武田氏が滅亡すると不要となり、天正18(1590)年頃に廃城となったようです。

    諏訪原城跡 名所・史跡

  • 武田流築城術の特徴である三日月堀と丸馬出が目立つ。北と西側は断崖絶壁なので台地上からの攻めに備えています。

    武田流築城術の特徴である三日月堀と丸馬出が目立つ。北と西側は断崖絶壁なので台地上からの攻めに備えています。

  • 番小屋跡

    番小屋跡

  • 二の曲輪中馬出<br />順路に沿って城内を回ります。三日月堀と丸馬出です。<br />巨大な空堀は最大で深さ約8m、幅25mにも及びます。

    二の曲輪中馬出
    順路に沿って城内を回ります。三日月堀と丸馬出です。
    巨大な空堀は最大で深さ約8m、幅25mにも及びます。

  • 諏訪原城 薬医門(やくいもん)<br />二の曲輪北馬出の門 (平成28年度復元)

    諏訪原城 薬医門(やくいもん)
    二の曲輪北馬出の門 (平成28年度復元)

  • 諏訪原城 二の曲輪北馬出

    諏訪原城 二の曲輪北馬出

  • 展望が良くなり眼下に大井川と島田市街を望めます。

    展望が良くなり眼下に大井川と島田市街を望めます。

  • 二の曲輪<br />南北約315m、東西約75mの広さがありました。<br />虎口部では城門(間口約2.4m、奥行き約1.5m)の礎石が確認されています。

    二の曲輪
    南北約315m、東西約75mの広さがありました。
    虎口部では城門(間口約2.4m、奥行き約1.5m)の礎石が確認されています。

  • 諏訪原城 二の曲輪から本曲輪へむかいます。  本曲輪通路<br />本曲輪;守城戦において最終拠点となる最も重要な曲輪です。

    諏訪原城 二の曲輪から本曲輪へむかいます。  本曲輪通路
    本曲輪;守城戦において最終拠点となる最も重要な曲輪です。

    諏訪原城跡 名所・史跡

  • カンカン井戸<br />内壁部を石積で補強された井戸の跡です。

    カンカン井戸
    内壁部を石積で補強された井戸の跡です。

  • 夫は途中で待っていてくれました。熊と最初に遭遇する確率が高いのは夫です。

    夫は途中で待っていてくれました。熊と最初に遭遇する確率が高いのは夫です。

  • 二の曲輪

    二の曲輪

  • 城内には武田氏の守護神・諏訪神社。

    城内には武田氏の守護神・諏訪神社。

  • 四月某日<br />興国寺城

    四月某日
    興国寺城

    興国寺城跡 名所・史跡

  • 東名高速道路「沼津IC」から車で約20分が目安です<br />無料駐車場・10台以上停められるスペースがあります。<br />JR東海道本線「原駅」から徒歩約30分。バスの便は少ないため、電車で来る場合はタクシー利用が便利です。

    東名高速道路「沼津IC」から車で約20分が目安です
    無料駐車場・10台以上停められるスペースがあります。
    JR東海道本線「原駅」から徒歩約30分。バスの便は少ないため、電車で来る場合はタクシー利用が便利です。

  • 戦国時代に関東一円を支配した北条氏の祖である伊勢新九郎盛時(北条早雲)の旗揚げの城として名高い城です。

    戦国時代に関東一円を支配した北条氏の祖である伊勢新九郎盛時(北条早雲)の旗揚げの城として名高い城です。

  • 興国寺城は戦国大名による領地争い境界の城として争いの渦中におかれ、今川氏、北条氏、武田氏、豊臣氏、徳川氏の勢力下となり、慶長6年(1601年)徳川家康の家臣天野三郎兵衛康景が1万石の城主となりましたが、康景は殺生事件で家臣をかばい自ら逐電してしまったため、慶長12年(1607年)興国寺城は廃城となった。

    興国寺城は戦国大名による領地争い境界の城として争いの渦中におかれ、今川氏、北条氏、武田氏、豊臣氏、徳川氏の勢力下となり、慶長6年(1601年)徳川家康の家臣天野三郎兵衛康景が1万石の城主となりましたが、康景は殺生事件で家臣をかばい自ら逐電してしまったため、慶長12年(1607年)興国寺城は廃城となった。

  • 穂見神社

    穂見神社

  • 続・日本百名城スタンプは穂見神社境内の説明看板横に設置されており、終日押印可能です。<br />写真左側に北条早雲の石碑があります。

    続・日本百名城スタンプは穂見神社境内の説明看板横に設置されており、終日押印可能です。
    写真左側に北条早雲の石碑があります。

  • 根古屋の力石<br />重さは110㎏あり、明治、大正、昭和の頃に、村人が集まり肩まで担いで力比べをしました。

    根古屋の力石
    重さは110㎏あり、明治、大正、昭和の頃に、村人が集まり肩まで担いで力比べをしました。

  • 大空堀<br />穂見神社から土塁を少し登った天守台の背後にある大迫力の空堀。

    大空堀
    穂見神社から土塁を少し登った天守台の背後にある大迫力の空堀。

  • 本丸跡と土塁

    本丸跡と土塁

  • 天守台からの富士山

    天守台からの富士山

  • 本丸の北側には天守台の石垣があり、野面積みで高さは3~4m程あります。

    本丸の北側には天守台の石垣があり、野面積みで高さは3~4m程あります。

  • ここから元の164に戻ります。<br />掛川10:38→東京12:18 JR東海道新幹線 こだま810号<br />東京→北上<br />富士山を眺めながら帰宅しました。次は、車で南東北城めぐりです。

    ここから元の164に戻ります。
    掛川10:38→東京12:18 JR東海道新幹線 こだま810号
    東京→北上
    富士山を眺めながら帰宅しました。次は、車で南東北城めぐりです。

  • 浜松城<br />続・日本百名城スタンプ&御城印

    浜松城
    続・日本百名城スタンプ&御城印

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