2026/04/14 - 2026/04/14
6281位(同エリア23261件中)
sagamiさん
- sagamiさんTOP
- 旅行記121冊
- クチコミ13件
- Q&A回答9件
- 230,484アクセス
- フォロワー44人
お城には惹きつけられるものがあります。
お城巡りを旅のテーマ・目的としたことはないのですが、お城を訪問した写真が、自分のiPhoneの中にはたくさんありました。ということは、私はお城が好きなのでしょう。
お城について、何かを語れるほどの知見はありませんが、これまでの写真の中からお城の写真を取り出して旅行記を作成してみました。
それぞれのお城の写真から、その時の旅の思い出がよみがえったりして、この旅行記を作成するのは、楽しい作業でした。
今後も、テーマを決めて旅行記を作成するのも良いな、と思いました。
表紙の写真は姫路城です。
-
今から20年以上前の2003年から2004年にかけて、イギリスの大学に留学していた経験があります。
その際には、勉強ばかりではなく、イギリス国内・ヨーロッパ大陸を、かなり旅行しました。その際の写真の中にもお城の写真がいくつも含まれていました。
これは、スコットランド、ネス湖畔のアーカート城です。 -
ネットでのアーカート城の紹介です。
アーカート城(Urquhart Castle,Urquhart.ogg listen[ヘルプ/ファイル]; スコットランド・ゲール語: Caisteal na Sròine、ウルクハートとも)は、スコットランドハイランド地方のネス湖そばにある。 アーカート城の位置は、インヴァネスの南西21km(13mi)、ドラムナドロッキットの東2km(1.2mi)、A82の道路沿いである。 中世初期の要塞の上に、13世紀から16世紀にかけて建造されたが、現在は廃墟となっている。
留学先の大学の日本人仲間4人でレンタカーを借りて、スコットランドを回った時に立ち寄った場所です。
廃墟となった城跡と、ネス湖の対比が何とも言えない風情を醸し出していました。 -
同じく、イギリス留学中に出かけたポーランド旅行での写真です。
「マルボルクのドイツ騎士団の城」と呼ばれる場所で、世界遺産に指定されています。以下は、Wikipediaでの紹介です。
マルボルク城(マルボルクじょう、ドイツ語:マリーエンブルク城またはマリエンブルク城、Ordensburg Marienburg、ポーランド語: Zamek w Malborku)は、中世にドイツ騎士団がプロイセン( 現ポーランド、マルボルク市、ドイツ名:マリーエンブルク )に建設した城である。
1997年12月に「マルボルクのドイツ騎士団の城」として世界遺産(文化遺産)に登録された。ノガット川下流の畔に位置する。マルボルク城 城・宮殿
-
ポーランドは、ワルシャワに1泊した後、グダンスクという街に移動し、2泊しました。ワルシャワとグダンスクの間は、電車で移動したのですが、電車での移動中に、車窓にこの城を見かけて、ぜひ、見てみたいと思い、電車を降りて見学したものです。
雪が降りしきる日で、私以外にはほとんど見物客もいない中を見学したことを覚えています。マルボルク城 城・宮殿
-
プラハ城です。
プラハも、イギリス留学中に訪ねた場所です。
プラハは初めて訪ねた場所だったのですが、旧市街は、私がこれまで訪ねた街の中で最もきれいな街の1つだと感じました。プラハ城 城・宮殿
-
カレル橋とプラハ城。
下記は、Wikipediaによるプラハ城の紹介です。
プラハ城(プラハじょう、チェコ語:Pražský hrad)は、プラハにある城。かつてボヘミア国王や神聖ローマ皇帝の居城であり、現在はチェコ共和国(元チェコスロバキア連邦共和国)の大統領府のある場所である。ボヘミア国王の宝冠はここで保管されている。プラハ城は世界でも最も大きい城の一つであり(「ギネスブック」によると、最も古くて大きい城である)、敷地の広さは東西430メートル、南北70~140メートルで細長い形をしており、長さは約570m、平均の幅は約130mである。10世紀には既にこの大きさであったと考えられている。カレル橋 建造物
-
ブラチスラバ城です。
ブラチスラバは、スロバキアの首都です。
ウィーンから、電車で1時間30分程度ということもあり、ウィーンを訪問した際に、ついでに立ち寄ってみました。ブラチスラバ城壁 史跡・遺跡
-
カーディフ城。
カーディフは、ウェールズの中心都市です。
イギリスの大学に留学していた経験があると上記しましたが、カーディフも、その際に訪ねた場所です。
私が留学していたのは、シェフィールドという街だったのですが、そこからカーディフまでは、電車で3時間強。往復で6時間強なのですが、それを日帰りするという強行軍だったことを記憶しています。
訪ねたのは、帰国まで1カ月を切った時期でした。イギリスでまだ見ていない場所を訪ねようと、土日のたびに、また、少し授業をさぼって、電車旅行を繰り返していた時期です。
カーディフ城のネットでの紹介文です。すごく歴史のあるお城だということが分かります。
イギリスのウェールズ首都にあるカーディフ城は、西暦元年ごろにローマ人が要塞を築いた事から始まる歴史ある城郭。最後の城主ビュート侯爵家から1947年にカーディフ市へ寄贈され、今では市民や観光者などに人気のスポットとなりました。 -
皇居です。残念ながら、皇居の良い写真がありませんでした。
皇居はもともとは江戸城。 -
私はサラリーマン人生のうちの20年くらいを日比谷のオフィスで過ごしていましたので、皇居、皇居のお堀端は、見慣れた光景でしたし、そんなに頻繁ではありませんが、時々は、皇居周辺に散歩に出かけていました。
お堀ということで言えば、日比谷のあたりから、九段や市ヶ谷あたりまであるわけで、江戸城というのは大きなお城だったのだな、とあらためて感じます。 -
姫路城 についてのWikipediaの紹介です。
姫路城(ひめじじょう)は、兵庫県姫路市にある日本の城。江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存し、国宝や重要文化財に指定されている。また、主郭部を含む中堀の内側は「姫路城跡」として国の特別史跡に指定されている[8][9][10]。また、ユネスコの世界遺産(文化遺産)リストにも登録され[11]、日本100名城[12]などに選定されている。別名は白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう。姫路城 (姫路公園) 名所・史跡
-
姫路城は、登るのが大変でした。
しかし、苦労して登るだけのことはあるのではないかと思いました。日本のお城の中では、最も好きなお城の一つです。姫路城 (姫路公園) 名所・史跡
-
二条城です。
私は小学校5年生まで二条城からも、さほど遠くはない、京都市内に住んでいました。Googleマップで調べてみると、当時、私が住んでいた家と二条城は、徒歩15分ということなので、約1kmといったところでしょうか。
ただ、小学校の学区が違うので、友達が近辺に住んでいる訳でもないので、二条城のあたりに行った記憶は、ほとんどありません。 -
二条城です。
父親は、よくドライブに連れて行ってくれた記憶はあるのですが、京都市内の、いわゆる名所に連れて行ってもらった記憶はなく、今考えると、少し勿体無いな、と思います。 -
金沢城と兼六園あたりです。
有力な藩であった加賀藩のお城。
その庭園が兼六園であり、加賀藩というのは、やはり当時、隆盛だったのだろうな、と思います。金沢城公園 公園・植物園
-
兼六園についてのWikipediaの説明です。
兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市に存在する日本庭園。国の特別名勝に指定されている。広さは約11.7ヘクタール。明治期から大正期にかけて名称を「兼六公園」としていたこともある。
17世紀中期、加賀藩によって金沢城の外郭に造営された「大名庭園」を起源とする江戸時代を代表する池泉回遊式庭園であり、岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の1つに数えられる。兼六園 公園・植物園
-
彦根城です。
大津や草津近辺、あるいは、比叡山には何度か出かけたことがありますが、彦根には初めて出かけました。彦根城 名所・史跡
-
彦根城からの眺め。
下記は彦根城に関してのWikipediaの紹介です。
彦根城(ひこねじょう)は、近江国犬上郡彦根(現在の滋賀県彦根市金亀町)にある城。江戸時代には彦根藩の政庁が置かれた。天守、附櫓及び多聞櫓は国宝、城跡は特別史跡かつ琵琶湖国定公園第1種特別地域である。天守が国宝指定された5城のうちの一つでもある(他は犬山城、松本城、姫路城、松江城)。彦根八景・琵琶湖八景に選定されている。彦根城 名所・史跡
-
大分県竹田市にある岡城跡です。
1871年に廃藩置県がなされ、城の役割が消滅しました。明治政府は、不要となった城を取り壊す方針(廃城令)を出し、岡城も廃城→建物解体となり今の姿となりました。
無人の城を残すことは、一揆や反乱の拠点になることを恐れての措置なので、故あることなのですが、お城好きとしては、やや残念な話です。岡城阯 名所・史跡
-
岡城跡です。
日本のお城はほとんどオリジナルの姿を実際には残していません。
それは、上記のような明治政府の方針で廃城になったものが多いという理由以外に、火災・戦争・自然災害などによるものです。ヨーロッパの城が石で出来ていたのに比べて、木造の建物だったことも、オリジナルの姿を残していない理由の大きなものです。岡城阯 名所・史跡
-
大分県杵築市の杵築城です。
私は中学、高校を大分県で過ごしましたので問題ないのですが、大分県にゆかりのない人は、「杵築」って、なかなか読めないのではないでしょうか?これは、「きつき」と読みます。
国東半島の南側に位置する、小さな市です。 -
杵築は城下町だったのですが、昔の武家屋敷風の建物など、当時を偲ばせるものが、比較的残っていて、風情のある街です。
-
松山城です。
松山は、随分以前に出張で訪問したことがあります。その時には、道後温泉なども訪れましたが、でも訪れたのは、その1回だけでした。 -
松山城から眺める、松山市街。
実家のある大分県に、自宅の神奈川県から、自家用車で帰省することが多いのですが、その際に、愛媛県の八幡浜から、大分県の臼杵までのフェリーをよく使っていました。
この時には、フェリー乗船までにかなり時間的な余裕があり、せっかくだから、ということで松山に立ち寄り、松山城を訪ねました。 -
大阪城です。
大阪城は戦国時代の大坂本願寺(石山本願寺)を前身とし、織田信長と戦った石山合戦、豊臣秀吉による築城、大坂の陣による落城、徳川幕府による再築、明治維新の動乱による焼失、明治維新後の陸軍管轄、戦後の公園整備と、日本の歴史とつねに深いかかわりを持ちながら現在に至っています。いま見ることができる石垣や堀、大手門・多聞櫓・千貫櫓などといった古建造物はすべて徳川時代以後のもので、一帯は国の特別史跡に、古建造物のほとんどは重要文化財に指定されています。 -
弘前城です。
ゴールデンウィークに、東北地方を旅行した時に立ち寄りました。 -
弘前城のお堀の桜です。
あと2-3日早ければ、満開の盛りというタイミングでの訪問でしたが、弘前城の桜は十分に綺麗でしたし、本当に大勢の花見のお客さんで賑わっていました。 -
甲府城跡は、甲府駅からほど近い、街の中心部にあります。
相当長いですが、甲府城についてのネットからの引用です。
甲府城は、古くは甲斐府中城、一条小山城、舞鶴城、赤甲城などとも呼ばれていました。
天正10年(1582)甲斐国は戦国大名・武田氏の滅亡後、まず織田信長の領国となり、本能寺の変の後は徳川家康の支配するところとなりました。しかし、豊臣秀吉が天下統一をなしとげると、秀吉の命令により甥の羽柴秀勝、腹心の部下である加藤光泰らによって築城が始められ、浅野長政・幸長父子によって完成をみました。また、慶長5年(1600)関ヶ原の戦い以降は再び徳川の城となり、幕末まで存続しました。
甲府城は江戸時代の初めは、将軍家一門が城主となる特別な城でしたが、宝永元年(1704)時の城主・徳川綱豊が第5代将軍・徳川綱吉の養嗣子となり、江戸城西の丸へ移ると、この後に祖先が甲斐出身で側用人の柳沢吉保が城主となり、大名の城として最も整備され、城下町とともに大きく発展しました。しかし、吉保の子・吉里が大和郡山城主として転封された後は、甲斐国は幕府の直轄地となり、甲府城は甲府勤番の支配下におかれました。その間、享保年間の大火により、城の本丸御殿や銅門を焼失するなど、次第にその壮麗な姿は失われていきました。
明治時代になると、甲府城も廃城となり、明治10年前後には城内の主要な建物はほとんどが取り壊されました。まず内城全体が勧業試験場として利用されはじめ、さらに翌年、鍛冶曲輪に葡萄酒醸造所が設置されるなど、城郭としての機能は失っていきました。また、現在の山梨県庁が旧楽屋曲輪内に設けられ、中央線敷設に伴い屋形曲輪、清水曲輪が解体されるなど、さらに城郭が縮小され、現在では内城の部分のみが城跡としての景観を保っています。
甲府城は明治に入り、徳川時代の面影を大幅に失うこととなり、残された城跡が明治37年(1904)に「舞鶴公園」として開放されました。
昭和5年(1930)には、甲府中学校の移転に伴い、旧追手役所跡にあった県庁舎や県会議事堂が楽屋曲輪跡に移り、同時にその西側、南側の堀は完全に埋められました。その後、武徳殿(昭和8年)、恩賜林記念館(昭和28年)、県民会館(昭和32年)、議員会館(昭和41年)などが公園内に設置されました。
昭和39年(1964)には都市公園「舞鶴城公園」として都市計画決定されました。最近では、舞鶴城公園整備事業が行われ、鍛冶曲輪門、稲荷曲輪門などの門や稲荷櫓が復元されました。 -
甲府城です。
岡城跡の紹介のところでも書きましたが、日本の多くの城は、明治維新の際に維新政府により、廃城の扱いを受けており、甲府城も例外ではありません。
私が訪問した時には、駅から近い便利な場所にあるにもかかわらず、見学客は、ほとんどいませんでした。散策するには、なかなか良い場所だと思いましたが。 -
会津若松城です。
タイからお客さんが来られて、雪を見たいというので、一般的な観光を兼ねて、郡山から磐越西線を乗り継ぎ、会津若松まで来ました。 -
会津若松武家屋敷です。
お城の人通りの多い場所では、雪は溶けていましたが、人通りのないところでは、まだ積もったままでした。 -
会津若松城です。
桜の季節にも訪問したことがあります。
季節によって、見どころがそれぞれです。 -
松本城。
天守が国宝指定されています。
松本城は、姫路城、彦根城、犬山城、松江城とともに国宝に指定されています。戦国時代に築かれ、現存する五重六階の天守としては日本最古を誇ります。
戦乱の世に建てられた「天守」と、平和な時代になってから増築された優雅な「月見櫓」が連結していることが特徴で、異なる時代の建築様式が織りなす絶妙な調和は必見です。 -
松本城。
堂々としており、私の好きなお城の1つです。 -
シャトードシャンボール
2025年の10月に、妻と2人でパリとバルセロナを巡るヨーロッパ旅行に出かけました。
パリからの現地ツアーとして手配したのが、この、ロワール地方のお城めぐりでした。 -
シャトードシャンボール
私などがイメージする、「ヨーロッパのお城」そのものでした。 -
シャトードシュノンソー
これも、ロワールのお城巡りのツアーに組み込まれていたお城です。 -
シャトードシュノンソー
このお城が現役だった頃の中世に、思いは飛びます。
先にも書きましたが、基本的には木造づくりの日本のお城と、特に火災に対する耐久性という観点では、大きく異なります。
しかし、地震の多い日本では,このような建物は耐久性では問題があったということなのでしょう。 -
シンデレラ城、ディズニーランドです。
こうやって見ると、シンデレラ城は、全くの御伽噺の世界ではなく、ヨーロッパに実際にあるお城をモデルに造られていることが分かります。 -
シンデレラ城の夜景
「お城」というテーマで旅行記を作成してみましたが、うまくいったかどうかは自信はありません。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
40