2026/03/14 - 2026/03/14
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チャムンパスさん
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今年2026年3月中旬の週末に静岡県掛川市と川根本町を1泊2日で一人旅して来ました。
静岡県は居住地から近場の伊豆には何度か訪問していますので全く初めてではありませんが、掛川市や川根本町のある県中・西部はプライベートの旅行先としては初めてです。
1日目は午前中に掛川の街のシンボル、掛川城を訪問し、午後は大井川上流部、寸又峡を目指しました。
寸又峡温泉の旅館で1泊し、2日目は大井川鐵道井川線沿線の観光スポット、奥大井湖上駅を訪れました。
本編は旅の1日目の掛川市の旅行記です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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1日目の3月14日(土)、今回の旅のスタートは新横浜駅です。
3年前の2023年3月の東急・相鉄新横浜線直通開業で、自宅最寄り駅から新横浜駅へのアクセスが大幅に改善されました(^O^)新横浜駅 駅
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通常の週末土曜日のためでしょうか、朝駅構内を行き交う乗客の数は少なめでした。
東海道新幹線は帰省や出張では頻繁に利用していますが、プライベート旅行では今回が初めてでした。新横浜駅 駅
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7時15分発の『こだま803号』新大阪行きに乗車しました。
N700系の定番車両です。東海道新幹線 乗り物
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こだま号ということで今回自由席を利用しましたが、当日の車内座席の混雑率は6割程度でした。
朝食は新横浜駅で買い求めた『シウマイ弁当』税込1,180円を車内で頂きました。
崎陽軒横浜工場調製のシウマイ弁当は、掛け紙・掛け紐のオーソドックスなスタイルです。
因みにこの弁当のお値段は9年前の2017年は当時税込830円でしたので、350円も値上がりしてしまったのですね…(´Д` )東海道新幹線 乗り物
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各駅停車のこだま号は本線上にホームのある熱海駅を除き、途中駅で後続ののぞみ号やひかり号の追い越し待ち停車がありますので、時間をかけて運行します。
8時34分に掛川駅に到着し、ここで下車しました。掛川駅 駅
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掛川駅に降りるのは今回初めてです。
目的地の方向とは逆の南口改札から外に出てしまいましたので、連絡地下通路を通って北口に移動しました。掛川駅 駅
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北口に出てきました。
掛川駅の北口駅舎は木造なのですね…掛川駅 駅
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北口駅前広場には二宮金次郎像が建っています。
現在は『歩き◯◯』で批判の的にされていますが、ここから最初の目的地まで歩いて行きました。掛川駅 駅
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旅の1日目の現地のお天気は気持ちのいい位の快晴でした(*'▽'*)
掛川駅の北側はかつての城下町です。
県道254号線を北上すると、掛川城の天守閣(左側)と『太鼓櫓』が見えてきました。掛川城天守閣 名所・史跡
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イチオシ
掛川城の南側を流れる逆川(さかがわ)の畔に植えられた『掛川桜』が、訪問したこの時期満開を迎えていました。
掛川桜 自然・景勝地
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本丸入口の『四足門』にやって来ました。
掛川城天守閣 名所・史跡
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四足門近くの太鼓櫓は、幕末の1854(嘉永7)年の大地震で倒壊した後に三の丸に再建されたものです。
1955(昭和30)年に現在の場所に移築されましが、真下から見ると樹木に隠れて良く見えませんでした。掛川城天守閣 名所・史跡
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掛川城は室町後期にこの地の戦国大名の今川氏の重臣によって築城されましたが、この城を有名にしたのは桃山時代に山内一豊が城主を務めたことでしょう。
小田原攻めで北条氏が滅んだ後に豊臣秀吉は東海地方を領有していた徳川家康を関東に転封させて、代わりに一豊をはじめ自分の部下達をこの地域の大名として配置しました。
その後一豊は関ヶ原の戦いで東軍に付き、戦後の行賞で初代土佐藩主となりましたが、いわば掛川城は縁起の良い『出世の城』なのです。
彼のカミさんの千代は内助の功でダンナ以上に?有名ですね。掛川城天守閣 名所・史跡
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掛川城跡は『掛川城公園』として整備され、その中にある天守閣をはじめとするいくつかの施設の入場は有料となっています。
朝9時のオープンを前に券売所の前に行列が出来ていました。
ここで掛川城天守閣と御殿の共通券を買い求めました。
共通券は高校生以上の大人410円、小中学生150円です。掛川城天守閣 名所・史跡
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イチオシ
天守閣の営業時間は9時から17時、最終入館時刻は16時30分です。
まずは本丸から丘の上の天守閣を目指しました。掛川城天守閣 名所・史跡
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急勾配の狭い石段を上って、天守閣の前にやって来ました。
3層の漆喰塗りの建物です。掛川城天守閣 名所・史跡
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入口で共通券を提示して中に入りました。
狭い入口から天守閣1階に入ると、山内一豊の騎馬像がお出迎え。
掛川城天守閣は幕末の1854(安政元)年に発生した安政東海地震で倒壊しその後放置されましたが、1991年に木造の復元天守として再建されました。
先に2階に行きましたが、階段はかなり急勾配です。掛川城天守閣 名所・史跡
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2階の様子です。
部屋の隅に鯱鉾瓦が御神体の様に展示されています。掛川城天守閣 名所・史跡
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他にも『鉄砲狭間(銃眼のこと)』や『武者隠し』が室内に再現されています。
掛川城天守閣 名所・史跡
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そして、さらに傾斜のキツい階段を上って…
掛川城天守閣 名所・史跡
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最上階の3階に到着しました。
掛川城天守閣 名所・史跡
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イチオシ
最上階の窓から外を眺めてみました。
掛川城天守閣 名所・史跡
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眼下に拡がる掛川の街を見渡すことが出来ましたが、富士山を確認することは出来ませんでした。
掛川城天守閣 名所・史跡
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3階で展望を楽しんだ後は、1階に下りて展示物を観ました。
掛川城天守閣 名所・史跡
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天守閣の再建工事や上空からの写真。
掛川城天守閣 名所・史跡
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かつて掛川の領主だった山内家の当主から寄贈された品や、漆喰壁の構造模型、天守閣で使われている瓦が展示されています。
掛川城天守閣 名所・史跡
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これは『石落とし』ですね。
掛川城天守閣 名所・史跡
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天守閣の見学を終えて、次の目的地に向かいました。
天守閣に上る階段の途中から近道の分岐があり、天守閣の真下を通る狭い通路を歩いていくと…掛川城天守閣 名所・史跡
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広場に出ました。
ここは『十露盤堀(そろばんぼり)』を一部埋め立てた跡地ですが、本丸側とは違った角度で天守閣を眺めることが出来ます。掛川城天守閣 名所・史跡
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当時のまま残っている十露盤堀を挟んで、太鼓櫓が見えました。
ここからだとよく見えます。掛川城天守閣 名所・史跡
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次に二の丸に建つ御殿を見学しました。
掛川城二の丸御殿は1854年の安政東海地震で天守閣と同様に倒壊しましたが、7年後の1861(文久元)年に完全に再建されました。
幕末ですが江戸時代の建物として、掛川城唯一の国の重要文化財に指定されています。掛川城御殿 名所・史跡
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正門前に立つソテツの樹の前を右手に進み、式台玄関から入館しました。
二の丸御殿の営業時間は天守閣と同じ9時から17時、最終入館時刻は16時30分です。
入口で共通券を提示して中に入ると、お土産物等を販売する売店があります。掛川城御殿 名所・史跡
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御城印も売店で絶賛販売中。
掛川城は6種類のバリエーションがあります。掛川城御殿 名所・史跡
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売店のある『御広間』から『三の間』に移動しました。
そこでは浜松市在住の高柳智雄さんが制作された、つまようじアート作品展が開催されていました。
国宝の姫路城や松本城だけでなく江戸城や名古屋城等の現存しない天守閣まで、つまようじだけで作られた精緻なミニチュアが展示されていましたΣ(・□・;)掛川城御殿 名所・史跡
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イチオシ
先程登城した掛川城天守閣をズームアップ!
中にライトが付いていて、周りを暗くすると天守閣が明かりで映える仕掛けになっています。掛川城御殿 名所・史跡
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三の間の隣りの『次の間』とその奥の『御書院上の間』は、城主の謁見や公式の行事に使用された部屋。
掛川城御殿 名所・史跡
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次の間から縁側を撮影しました。
大名の邸宅らしい、シンプルながらも洗練された佇まいです。掛川城御殿 名所・史跡
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城内に時刻を知らせた太鼓や着物等を、各部屋に展示しています。
掛川城御殿 名所・史跡
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次の部屋に移動すると、廊下に竹灯りのオブジェがズラリと並んでいました。
掛川城御殿 名所・史跡
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『小書院』は城主のプライベートな部屋だったそうです。
部屋の一角に『鬼滅の刃』の炭治郎のパネルが飾られていました。掛川城御殿 名所・史跡
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イチオシ
窓の障子の間から天守閣がこんにちは。
掛川城御殿 名所・史跡
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こちらは歴代の掛川城主が着用したと伝わる甲冑です。
あの時代劇俳優、杉良太郎氏が寄贈されたものだとか…掛川城御殿 名所・史跡
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これは1854年の安政東海地震の1年後の1855(安政2)年に御殿の一部が再建された時に、上棟式で使われた『梵天』です。
掛川城御殿 名所・史跡
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薄暗い廊下に出ました。
廊下に大きな車輪の付いた長持が展示されています。掛川城御殿 名所・史跡
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二の丸御殿は掛川藩の政庁でもありました。
こちらは藩の最下級武士の足軽を監督した『足軽目付』の詰所。
役職も一番下だったらしく、床は土間です。掛川城御殿 名所・史跡
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(画像左上)足軽よりも1ランク上の下級武士『徒士(かち)』を監督した『徒目付』部屋
(画像右上)訴訟事をチェックした『吟味奉行』部屋
(画像左下)藩内の監察を行った『大目付』部屋
(画像右下)藩の財政を担当した『御用人』部屋
役職にも身分の上下関係があり、部屋によって板敷か畳敷に分かれています。掛川城御殿 名所・史跡
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廊下から中庭が見えました。
掛川城御殿 名所・史跡
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これは二の丸御殿の建設時期が書かれた棟札です。
この棟札が決め手となり、棟札と共に御殿は国の重要文化財に指定されたそうです。掛川城御殿 名所・史跡
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御殿内の障壁画や城郭の建物に使われた瓦です。
掛川城御殿 名所・史跡
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槍や火縄銃、弓等の武器類。
掛川城御殿 名所・史跡
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御殿の警備員の詰所だった『張役所(はりやくしょ)』は、3年に1度の10月上旬の4日間開催される『掛川大祭り』の紹介コーナーでした。
掛川城御殿 名所・史跡
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大祭りには『三大余興』と呼ばれる、獅子舞や大獅子の頭を載せた山車、大名行列の巡行があるそうです。
掛川城御殿 名所・史跡
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江戸時代の大名行列をフィギュアで再現したコーナーがありました。
掛川は東海道五十三次の26番目の宿場町でもあり、当時は頻繁に大名行列が行き交っていたのでしょうね…掛川城御殿 名所・史跡
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二の丸御殿を見学してから掛川城公園を後にしました。
公園内には他にも『二の丸茶室』や『二の丸美術館』がありますが、これから次の目的地に向かわないといけませんでしたので…掛川城御殿 名所・史跡
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9時50分頃に掛川駅に到着し、在来線の東海道本線で次の目的地を目指しました。
本編旅行記を最後までご覧いただき、ありがとうございます。
この続きは『2026年3月春の週末一泊一人旅~静岡県掛川・奥大井②:大井川鐵道本線と寸又峡~』(仮題)となります。
(※後日投稿、公開予定です)掛川駅 駅
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