2025/12/27 - 2026/01/03
57位(同エリア1714件中)
ゆきたびひろさん
- ゆきたびひろさんTOP
- 旅行記78冊
- クチコミ24件
- Q&A回答0件
- 24,410アクセス
- フォロワー92人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
2025年12月27日から2026年1月3日、エジプトとカタールを旅しました。4日目、カイロ散策です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨日と同じように、日の出前のアザーンを聞きながら、準備します。今日は、ナイル川方面に朝散歩してみましょう。
Museum And Nile View Hotel ホテル
-
エジプト考古学博物館北側。車に気を付けながら、道路を渡ります。
エジプト考古学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
カイロ市内には、「マイクロバス(ミクロバス)」や「セルビス」と呼ばれる小型バスが大量に走っています。個人や民間が運営する乗り合いワゴン(主にトヨタのハイエースなど)で、カイロ市民の最も重要な足となっています。
-
ナイル川です。朝日に照らされたカイロタワーも見えます。「エジプトはナイルの賜物」という言葉がある通り、ナイル川はエジプトという国そのものを形作ってきた「生命の母」とも呼べる存在です。全長: 約6,650km~7,000kmにおよぶ、世界最長の河川です。
カイロタワー 自然・景勝地
-
昨日歩けなかった遊歩道も見えます。
-
遊歩道は、商業施設になっているのですね。
-
水量も豊富です。現代のエジプトにとっても、飲み水や農業用水の約95%以上をナイル川に依存しています。
-
カスル・エル・ニール橋(Qasr El Nil Bridge)を渡ります。タハリール広場近くのライオン像がある橋です。ここは今でも市民の定番の散歩道で、いつでも無料で歩け、川の風を感じることができます。
カスル アン ニール橋 建造物
-
橋の中央で写真を撮りました。
-
カスル・エル・ニール橋の西側には、エジプトの近代政治家サアド・ザグルール(Saad Zaghloul)の像があります。エジプト独立運動の指導者であり、初代首相を務めた国民的英雄の像です。右手を挙げた力強い姿が特徴です。
-
カスル・エル・ニール橋の東側。古代エジプト人は、太陽が昇るナイル川東岸を「生者の街」、沈む西岸を「死者の街(王家の谷など)」と考えていたようです。
-
バス停かな。タハリール広場付近です。
タハリール広場 広場・公園
-
エジプト考古学博物館を正面から見ています。この辺りは、政府の機関も多く、警官も多いです。
エジプト考古学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
ホテルに戻ります。エレベーターで8階へ。エレベーターはドアがありません。
-
ホテルの朝食。
-
9時、ホテルを出発すると。大きな音が。車の接触事故。毎日のように事故現場を見ました。
-
今日は、地下鉄に乗ってみたかったので、タハリール広場のサダト駅に来ました。
-
多くの外国の地下鉄は、駅に入るときに、持ち物検査があります。
-
アラビア語と英語の表記もあり分かりやすいです。
-
ここで切符を買います。乗車料金が1~9駅までなら8エジプトポンドと格安です。チップ用に小額紙幣が欲しかったので、100エジプトポンドを出したら、切符売りの職員は、しょうがないなあという顔をしながらも、丁寧に対応してくれました。
-
これが切符です。
-
自動改札です。ここから先も写真を撮ろうとしたら、親切な女性が、ここからは写真撮影をしない方がいいですよ。と優しくアドバイスしてくれました。乗客は地元の人で超満員でした。女性専用車両もありました。
-
サダト駅から20分ほどでマル・ギルギス駅(Mar Girgis)駅に到着です。駅名は、キリスト教の聖者である聖ゲオルギウス(アラビア語でマール・ギルギス)にちなんで名付けられました。駅のすぐ前には、彼の名を冠した「聖ジョージ教会(マール・ギルギス教会)」があります。
オールド カイロ 旧市街・古い町並み
-
この付近は地上を走っています。駅を降りると、そこはもうコプト地区の歴史的区画の真ん前です。
-
聖ジョージ教会が駅の目の前にあります。やはり、まず目につくのは、物々しいくらいまでの警官の数と警備の厳重さです。この写真を撮るだけでも、警官に確認されました。主要な観光スポットには必ずと言っていいほど多くの警察官が配置されていますが、この地区は特に警備が厳重です。残念ながら、過去にキリスト教施設を狙ったテロ事件が発生したことがあります。そのため、政府はこうした宗教的シンボルを厳重に警備することで、事件を未然に防ぎ、信者や訪問者の安全を確保しています。
聖ジョージ修道院 寺院・教会
-
吊り下げ教会(エル・ムアラッカ教会)です。 バビロン要塞の門の上に建てられた、エジプトで最も古い教会の一つです。
エル ムアラッカ教会 寺院・教会
-
この教会は、紀元2世紀にローマ人が築いた「バビロン要塞」の二つの塔門の上に跨るように建てられています。教会の身廊部分が要塞の門の間に架けられているため、地面から浮いたような形になっています。この辺りは、西欧人の観光客が多いイメージがありました。
-
船の形をした天井は、教会の天井は木製で、「ノアの方舟」を逆さまにしたような形をしています。内部にある大理石の柱は13本あり、イエス・キリストと12使徒を表しています。そのうち1本だけ色が黒いのは、イエスを裏切ったユダを象徴していると言われています。
-
「コプトのモナリザ」とも呼ばれる、慈愛に満ちた聖母マリアの古い絵が飾られています。
-
「バビロン要塞(バビロンの塔)」は、「カイロ発祥の地」とも呼ばれ、紀元300年頃にローマ皇帝ディオクレティアヌス(またはトラヤヌス)によって建設・拡張された軍事拠点です。
ローマ時代の塔 (バビロンの塔) 建造物
-
当時、この場所はナイル川が分岐する戦略的に非常に重要な地点でした。ローマ建築特有のスタイルで、5段の石灰岩(白)と3段の焼成レンガ(赤)を交互に積み上げています。非常に頑丈で、1700年以上経った今でもその姿を留めています。
-
641年、アラブ軍の将軍アムル・イブン・アル=アースがエジプトに侵攻した際、この要塞を約7ヶ月間包囲して陥落させました。これがエジプトにおけるイスラム時代の幕開けとなり、このすぐ近くにエジプト最初のイスラム都市「フスタート」が作られました。
-
地下道を通り、聖セルジウス教会へ行きます。
-
聖セルジウス教会は、コプト地区にある教会の中でも、歴史的・宗教的に最も神聖な場所とされています。1世紀の出来事が伝承として残るこの空間は、キリスト教徒にとって非常に重要な巡礼地となっています。ここも西欧人の観光客が多かったです。
聖セルジウス教会 寺院・教会
-
この教会が特別な理由は、ヘロデ王の追手から逃れてエジプトにやってきた幼いイエス・キリスト、聖母マリア、養父ヨセフの一家が、約3ヶ月間身を寄せていたとされる地下洞窟(クリプト)の上に建てられているからです。
-
その洞窟です。
-
続いて、すぐ近くのベン・エズラ・シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)に行きます。
-
入口では警察官による手荷物検査があり、内部の写真撮影は禁止でした。
ベン エズラ シナゴーグ 寺院・教会
-
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つの宗教施設がこれほど近くに密集している場所は、世界でも稀です。
-
お土産物屋もたくさんありました。
-
マル・ギルギス駅(Mar Girgis)駅に戻りました。次の場所に行こうと切符を買おうとしたら、また事件発生。運賃8エジプトポンドのところ、100エジプトポンド札を支払いました。もちろんお釣りは92エジプトポンドのはずですが、数えると、全然足りない。よくあるお釣り詐欺です。詐欺職員の目の前でお釣りを数えていたので、すぐに足りないよと言うと、数枚の5エジプトポンド札などでお釣りを渡してくる。あやしいと思い、再び数えると、また足りない。冗談は顔だけにしろよと文句を言っていたら、親切なエジプト人青年が助けに来てくれ、やっと、92エジプトポンドのお釣りを渡してきました。本当、油断は禁物です。この青年は、この件が解決すると、颯爽と去っていきました。かっこいいぞ!
-
11時00分頃、マル・ギルギス駅(Mar Girgis)を出発し、地下鉄1号線(ライン1)でNasser駅へ。ここで地下鉄3号線に乗り換え、11時30分頃、Bab El Shaariya(バブ・エル・シャアリーヤ)駅に到着しました。
-
ここから、フトゥーフ門(Bab al-Futuh)まで散策してみます。地元の人の生活が少しでも見れればいいな。
-
地元のエジプト人の日常生活が色濃く残るエリアです。
-
小さな食堂や商店を覗きながら歩くだけでも、カイロらしい活気を感じることができます。
-
観光名所や博物館も興味深いけど、こういう街並みを歩くのも本当に楽しいです。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。野良犬が多いのは、骨をもらっているのですね。おまえにはやらないよって顔しています。
-
ここでもガリガリ食べてます。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。普通の道路沿いなのに、やぎの飼育!!?
-
むしゃむしゃ、食べています。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
焼いている様子を動画撮影もさせてくれました。やってみるかと言われましたけど、丁寧に断ります。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。子どもたちはハローと言いながら、寄ってきます。
-
外国人がここにいるのは珍しいのでしょう。「道に迷ったのか」と聞かれることもありました。エジプト人には、困っている人を放っておけない親切な人多いと聞いたことがあります。
-
この屋台の兄ちゃんはポーズをとっています。人懐っこいエジプト人も多いです。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
街の様子です。
-
ただ、人通りが少なくなると、早歩きしたくなる危うい雰囲気です。
-
駅から徒歩30分ほどで、バブ・エル・フトゥーフ(征服の門)とバブ・エル・ナスル(勝利の門)に到着しました。カイロの旧市街を囲んでいた北側の大きな門です。1087年にファーティマ朝の宰相バドル・アル・ジャマーリによって再建されたこの門は、石造りの重厚な外観が特徴です。門の左右には大きな2つの円形の塔が立っています。これは隣にある「バブ・アル・ナスル(勝利の門)」が四角い塔であるのと対照的です。
フトゥーフ門とナスル門 建造物
-
フトゥーフ門の北側の様子です。
-
フトゥーフ門の北側の様子です。
-
フトゥーフ門のアーチ部分には、幾何学模様や植物をモチーフにした緻密な彫刻が施されており、軍事施設でありながら高い芸術性を備えています。この門をくぐると、カイロで最も歴史のある通りと言われるアル・ムイッズ通りが始まります。
-
ムイッズ通り(Al-Muizz li-Din Allah al-Fatimi Street)は、世界で最も多くのイスラム建築遺産が集まっている通りの一つです。
-
ムイッズ通り沿いには、美しいモスクやマドラサ(宗教学校)が立ち並んでおり、まさに「屋根のない博物館」です。
-
アル・ハキム・モスクは、11世紀に建てられた非常にユニークな外観を持ちます。
-
このモスクの最大の特徴は、一般的なモスクのイメージとは異なる、まるで要塞(城砦)のような重厚な造りです。門に近い2つの尖塔(ミナレット)は、もともとは独立した塔でしたが、後に四角い大きな石の囲い(基部)で覆われました。これは都市の防御壁の一部として機能させるためだったと言われています。十字軍の捕虜収容所、サラーフ・アッディーン時代の馬小屋、ナポレオン占領時の食料・武器倉庫などとして利用された悲劇的な時代もありました。20世紀後半に大規模な修復が行われ、現在の美しい白い大理石の床と輝くような内装が蘇りました。
-
ムイッズ通りを南方面にハン・ハリーリまで歩いていきます。
イスラム都市カイロ (カイロ旧市街) 旧市街・古い町並み
-
エジプトの歴史が凝縮された素晴らしい建造物が次々と現れます。
-
世界遺産の建物ばかりで、どれがどの建物か、正直、まるで認識できません。。。勉強不足です。
-
石畳の道が続きます。
-
シーシャ(水タバコ)の専門店
-
いろいろなシーシャの器具が売ってます。
-
アブドゥル・ラフマーン・カトフダのサビール・クッターブ。「サビール」は無料の給水所、「クッターブ」は子供たちのための寺子屋を意味します。イスラム建築の粋を集めたような美しい外観は、ムイッズ通りの象徴的な風景の一つです。
-
アル・アクマル・モスク(Al-Aqmar Mosque)は、通り沿いにある小規模ながら非常に重要なモスクです。「月の光」という意味の名を持ち、1125年に建てられました。カイロで初めて「通りの角度に合わせて正面(ファサード)を傾けて設計された」画期的な建物で、緻密な石彫り装飾が見事です。
-
三日月の金属製品も、アル・アクマル・モスクの影響なのかな。
-
通りの様子。
-
通りの様子。
-
通りの様子。
-
通りの様子。
-
通りの様子。
-
通りの様子。
-
通りの様子。
-
通りの様子。
-
サビール・クッターブ・アブドゥル・ラフマーン・ケトブダー(Sabil-Kuttab of Abd al-Rahman Katkhuda)は、エジプト・カイロの歴史的なアル・ムイズ通りに位置する、18世紀の代表的なイスラム建築です。この建物は、当時の都市生活に欠かせない2つの公共機能を一つにまとめた複合施設です。サビール(Sabil / 給水所)は、1階部分。通行人に無料で飲み水を提供する施設です。内部には水を溜めるための地下貯水槽(サルサビール)があり、真鍮製の格子窓から水が配られていました。クッターブ(Kuttab / 寺子屋)は、2階部分。主に孤児などの子供たちに読み書きやコーラン(イスラム教の聖典)を教える初等教育施設として機能していました。
サビール・クッターブ・アブドゥル・ラフマーン・ケトブダー 建造物
-
たぶん、バシュターク宮殿。14世紀のイスラム建築、特にマムルーク朝時代の豪華な私邸建築の面影を今に伝える貴重な遺跡です。
バシュターク宮殿 城・宮殿
-
カラウーンの複合施設(Qalawun Complex)は、ムイッズ通りで最も壮大な建物の一つです。 1284年から1285年にかけて、マムルーク朝のスルタン・カラウーンによって建てられました。
スルタン・カラーウーンのマドラサ 建造物
-
モスクやマドラサ(宗教学校)、そしてビマールィスターン(病院)が併設されています。当時の病院は、精神疾患を含むあらゆる病気を無料で治療する、世界でも最先端の医療施設だったことで知られています。壁面に施された精巧なステンドグラスや、大理石のモザイク装飾は、マムルーク様式の頂点とも評されます
スルタン・カラーウーンのマドラサ 建造物
-
骨董品屋。
-
通りの様子。
-
通りの様子。
-
観光客と地元の人が行き交います。
-
伝統的な衣装を着た女性や、アンティーク家具、香水店、お土産屋が立ち並ぶ、中世から続く活気を感じられます。
-
通りの様子です。
-
通りの様子です。
-
通りの様子です。
-
通りの様子です。
-
左側に「香水(ウトゥール)」と書かれた看板があり、エジプト伝統の香油や香水を扱うお店が並んでいます。
-
大通りに出ました。
-
ハーン・ハリーリに入っています。スパイス貿易の中心地として栄えた歴史があり、現在も新鮮で香り高いスパイスが豊富に揃っています。天秤やデジタル秤を使って、欲しい分だけ量り売りしてくれます。
-
今日は、ハーン・ハリーリで買い物をしてみます。荷物にならない、偽物(バナナの皮やサトウキビの繊維で作られた模造品)のパピルスを購入しましょう。値切り交渉(ハグリング)は基本の文化。店のおっちゃんは、栞10枚とA4サイズのパピルスで300エジプトポンドと言ってきたので、私が150エジプトポンドにしてというと、店のおっちゃんは250と言う。私が「じゃあさよなら」というと、店のおっちゃんは200エジプトポンドと言ってきた。「じゃあ、このチープなマグネットとピラミッドの置物もつけて200ポンドで」と言うと、店のおっちゃんもしぶしぶOK。交渉成立しました。
ハン・ハリーリ・バザール 市場
-
でも、やり取りが楽しかったので、220エジプトポンド払いました。
-
Uberで、移動します。女性の運転手でした。エジプトで利用したUberの運転手で最も会話が楽しい人でした。チップもはずみました。
-
行き先は、アブー・ターレク (Koshary Abou Tarek)。コシャリ専門店として非常に有名で、地元の人も観光客も列を作る人気店です。
アブ ターレク 地元の料理
-
昼は混雑すると思い、15時前に行きました。
-
それでも、多くのお客さんがいました。
-
5階まで上がり、コシャリを注文します。
-
水も入れて、75エジプトポンドと、とてもお手頃な国民食でした。
-
アブー・ターレクからホテルまでは近いので、歩いて戻ります。
-
途中、夜食を買います。
-
ホテルに戻り、ゆっくりします。部屋から見る夕日とナイル川、カイロタワーです。
Museum And Nile View Hotel ホテル
-
部屋から見る夜景。今日も充実した1日でした。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
カイロ(エジプト) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ エジプト・カタール紀行 2025年12月~2026年1月
0
133