2025/12/27 - 2026/01/03
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2025年12月27日から2026年1月3日、エジプトとカタールを旅しました。5日目、ギザ方面に行きます。楽しみにしている大エジプト博物館へ行く日です。12月31日だけで、1000枚ほどの写真を撮りました。その写真を振り返り整理するだけでも、2か月ほどかかりました。再び、エジプトに行った気分になり、とても楽しかったです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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1エジプトポンド硬貨です。今日は、ここに描かれている、古代エジプトのファラオ、ツタンカーメンの黄金のマスクを見に行きます。
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そして、100エジプトポンド札のスフィンクスにも会いに行きます!!!エジプトの紙幣は、表面(アラビア語面)にイスラム建築(モスク)、裏面(英語面)に古代エジプトの遺産が描かれるという共通のルールがあります。表面は、スルタン・ハサン・モスクですね。
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Uberで出発します。渋滞が怖いので、7時にUberを予約していました。時間通りに来てくれました。荷物もあるし、Comfortにしました。UberX Saverより少しグレードが高いです。ホテルも親切で、7時のチェックアウトを前日に知らせていたら、朝食のボックスを用意してくれていました。うれしい。
Museum And Nile View Hotel ホテル
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ナイル川に興味を示したら、運転手が停まってくれ、写真撮影させてくれました。
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観光地化されていない多くの中州では、今も昔ながらの農業が営まれています。牛が耕作を助け、ナイルの肥沃な土壌を利用してバナナ、マンゴー、サトウキビなどが栽培されています。
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ギザに向け、車は進みます。
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車窓。
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車窓。
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車窓。
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車窓。
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ピラミッドが見えました。車内で「お~」と勝手に驚いていたら、運転手がまた車を止めてくれ、写真撮影させてくれました。
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記念撮影。
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車は進みます。
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マクドナルドです。景観に配慮した店構えかな。
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ギザのピラミッドの入り口、新ゲート「グレート・ゲート(Great Gate)」。
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ギザ台地の西側、カイロ-ファイユーム道路(Cairo-Fayoum Road)沿いにあります。
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大きな道です。
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朝日に照らされたピラミッドです。
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大エジプト博物館も見えます。
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ギザの市内に入ると、車も多くなりました。
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ピラミッドも間近に見えるようになっています。
ギザのピラミッド 建造物
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建物も人も多くなりました。
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その中でも馬がいますし。
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道はラクダが歩いています。
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こちらは、スフィンクス・エントランス(ピラミッドエリア東側・スフィンクス側)です。ギザの市街地側にあり、ピザハットなどのレストランが並ぶエリアの近くです。翌日、ピラミッドエリアにはここから入退場できました。
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ラクダのゆっくりとした歩みに、車もゆっくりついていきます。
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ゆっくりです。
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そしてホテル到着。Uberは350エジプトポンドと、ちょっと高めでした。でも親切な運転手に感謝。
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らくだのたまり場。これから、ピラミッドエリアに入っていくのでしょう。
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ここがギザでのホテルです。最高のホテルでした。
パノラマ ピラミッズ イン (パノラマビューピラミッド) ホテル
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ホテルの名称は「PANORAMA view pyramids」です。ホテル名が変更したのか、googlemapでは、「パノラマピラミッズイン」です。
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ウエルカムドリンクがあるから、屋上のテラスに案内されました。
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うお~。素晴らしい景色です。
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拡大写真。
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さらに拡大。
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ウエルカムドリンクと撮影。
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写真を撮ってもらいました。
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ここに宿泊していた人の朝食。これで一人分!!!
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ホテルに荷物を置かせてもらい、9時過ぎにホテルを出発です。
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Uberで、大エジプト博物館(GEM: Grand Egyptian Museum)へ行きます。約80エジプトポンドでした。ややカイロより高め?
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ホテルから15分ほどで、大エジプト博物館(GEM: Grand Egyptian Museum)に着きました。ここは単一文明を扱う博物館としては世界最大で、2025年11月1日にグランドオープンしました。収蔵品は10万点を超え、延べ床面積は約50万平方メートルに及びます。チケットは、GetYourGuideで、日本で予約・購入済で、4720円でした。発行されていたQRコードをかざすと、簡単に入れました。
大エジプト博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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大エジプト博物館(GEM)の建物の前、広大な広場の中央には、世界初の試みである「吊り下げられたオベリスク(Hanging Obelisk)」があります。紀元前13世紀のラムセス2世のオベリスク(高さ約16メートル、重さ約87トン)を、4本の柱で支えて宙に浮かせた状態で展示しています。オベリスクを支える台座の側面には、世界中のさまざまな言語で「エジプト」の文字が刻まれており、世界中からの来訪者を歓迎する象徴となっています。メインエントランス前の約30,000平方メートルある広場に設置されており、博物館に入る際に最初に迎えてくれる歴史的遺物です。
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通常は見ることができないオベリスクの底面を、真下から見上げることができます。底面には約3,500年間隠されていたラムセス2世のカルトゥーシュ(王名の刻印)が刻まれています。
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大エジプト博物館(GEM)の建物は、アイルランドの建築家ヘネガン・ペンによって設計され、単なる展示施設ではなく「ピラミッドと対話する装置」として造られています。古代エジプトを象徴する三角形(ピラミッド型)が、デザインの至る所に散りばめられています。
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圧巻の「グランド・ホール」と巨像が見えます。
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約3,200年前のラムセス2世の巨像です。エントランスを入ってすぐ、高さ約11メートル、重さ83トンのラムセス2世の巨像が迎えてくれます。かつてはカイロ市内のラムセス駅前にありましたが、この博物館のために移設されました。この巨像は、建物が完成する前に運び込まれ、その周りに博物館が建てられたというエピソードがあります。
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正面の巨大な壁面は、光を通す「半透明の石壁」で、エジプト産のアラバスター(雪花石膏)という石材が使われています。太陽の光を柔らかく通し、館内に自然な明るさをもたらします。
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「メルエンプタハ王の戦勝記念柱(Victory Column of King Merneptah)」です。グランドホール(エントランス大広間)において、ラムセス2世像と並んで非常に重要な展示物の一つです。メルエンプタハ王(紀元前1213年~1203年頃)は、有名なラムセス2世の第13王子であり、父の後を継いでファラオとなった人物です。柱の表面には、メルエンプタハ王がリビア人や「海の民」との戦いに勝利したことを記念するヒエログリフ(象形文字)が刻まれています。赤御影石(レッド・グラナイト)で作られており、高さは約5.6メートルあります。もともとはカイロ近郊のヘリオポリスにあった神殿に建てられていたと考えられています。
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「大階段(グランド・ステアケース)」です。館内にある広大な大階段は、単なる通路ではなく、それ自体が巨大な展示スペースです。60体以上の王や神々の像が並び、階段を上るにつれて時代を遡るような構成になっています。最上部まで上りきると、目の前の大きな窓から本物のギザのピラミッドが見える設計になっており、現代の博物館と古代の遺跡がリンクする感動的な瞬間を味わえます。大階段を上に登っていくと、展示品のテーマが「王の肖像」から「神々」、そして「死後の世界」へと変化していきます。
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古代エジプトの神殿の入り口を飾っていた「門(ゲートウェイ)」と「スフィンクス像」です。手前の「門(ゲートウェイ)」の柱に彫られた楕円形の枠の中には、王の名前(カルトゥーシュ)が刻まれています。これは王の権威を示す象徴です。門の上部や側面に刻まれた美しいヒエログリフは、その神殿がどの王によって、どの神に捧げられたものかを物語っています。人間の頭とライオンの体を持つスフィンクスは、知恵と力を兼ね備えた王の象徴であり、神殿の入り口を守る役割を果たしていました。奥には、パピルスを模したデザインの「パピルス柱」が見えます。古代エジプトの神殿建築では欠かせない要素で、ナイル川に自生するパピルスを模しています。古代エジプト人は、神殿の天井を「空」、柱を「大地から生える植物」に見立てて、世界そのものを表現していました。
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「ピラミディオン(Pyramidion)」と呼ばれる、ピラミッドやオベリスクの最頂部に置かれたキャップストーン(頂石)です。このピラミディオンは、ハトシェプスト女王のオベリスクの先端部分です。表面の彫刻には、もともとハトシェプスト女王が神アメン・ラーの前で膝をつき、王冠を授かっている姿が描かれていました。後にトトメス3世によって、女王の姿が2つの祭壇に書き換えられるなどの修正が加えられた痕跡が残っています。
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歴史的な出来事や王の功績を記録した「ステラ(石碑)」です。上部の半円部分(ルネット)には通常、王が神々に供物を捧げている儀式の様子が彫られています。神々から王権を承認されていることを示す重要な場面です。びっしりと刻まれたヒエログリフには王の称号や、戦いの勝利、あるいは神殿を建てた経緯などが詳しく記されています。このタイプの大きな石碑は、神殿の入り口付近に立てられ、訪れる人々に王の偉大さを宣伝する広報活動のような役割も持っていました。
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王家の巨大な「石棺(サコファガス)」です。故人を守るための精緻な彫刻が施されています。側面には「ウジャトの目(ホルスの目)」が刻まれており、これは死者が外の世界を見たり、邪悪なものから身を守ったりするための魔法の窓としての役割がありました。古代エジプトで神聖視された、非常に硬い赤御影石(レッド・グラナイト)や石英岩などで作られています。エジプト人が死を「終わり」ではなく「永遠の旅の始まり」と考えていたことを示しています。
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王の石棺(サコファガス)です。王のミイラを納めていた石棺で、側面には死後の世界(冥界)へ無事に行けるようにとの願いを込めた『死者の書』などの呪文や、神々の姿が緻密に彫り込まれています。
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日本語が見られます。この博物館の建設には日本の円借款と技術協力(JICA)が大きく関わっています。
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博物館の広大な展示室は、時代(古王国時代からギリシャ・ローマ時代まで)とテーマ(生活・王・神々)で整理されています。系的な「12のメインギャラリー」があり、迷わず効率的に鑑賞できます。ちなみにここ大エジプト博物館だけで、800枚近い写真を撮りました。エジプト紀行が終わり帰国してから、ゆっくり写真を見ています。すべての写真をアップするとフォートラベルさんに怒られそうなので、印象に残った写真を掲載してみます。
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ピラミッドが盛んに造られた古王国時代(第4~第6王朝頃)の彫像です。左側の座像や立像は、当時の貴族や官吏(役人)とその家族を象ったものです。男性は日焼けした肌を象徴する赤茶色、外出の少なかった女性は明るい黄色や白に近い色で塗り分けられているのが、当時の伝統的な表現スタイルです。
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古代エジプトの貴族や高官の墓の一部である「マスタバ(墳墓)の礼拝堂(チャペル)」。マスタバとは、ピラミッドができる前、あるいはピラミッドの周囲に造られた長方形の墓のことです。内部の壁に描かれているのは、死者が死後の世界でも困らないための「メニュー」のようなものです。食べ物、飲み物、衣服などが神々に捧げられる様子や、生前の華やかな生活が描かれています。
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供物(くもつ)を受け取る死者のレリーフ。中央の人物は、この墓の主です。座ってテーブル(供物台)に向き合っています。テーブルの上の、縦に並んでいる棒状のものは「パン」を象徴しています。古代エジプトでは、死後の世界でも食事ができるように、こうした図を壁に描きました。ヒエログリフのリスト(右側の格子状に並んだ文字)は、「献立表」です。リネン、香油、食べ物などのリストが記されており、これらを描く(または唱える)ことで、死者が永遠にこれらを享受できると信じられていました。左側の人物は、家族や神官で、死者に供物を捧げている様子が描かれています。エジプト博物館の建物は、「自然光」と「人工光」を巧みに使い分け、石像の立体感やヒエログリフの細かな彫り跡が最も美しく見えるよう設計されています。
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ライオンの頭を持つ女神。古代エジプトで最も恐れられ、同時に愛された女神の一人です。右側の立像は、女神セクメト(またはテフヌト)。ライオンの頭を持つこの女神は、「破壊と戦いの女神」として知られています。一方で、病を追い払う「治癒の女神」としての側面も持っていました。左側の座像は、ライオンの像で、ライオンは王権の守護者であり、太陽神ラーの象徴でもあります。非常にしなやかで力強い造形が、当時の彫刻技術の高さを示しています。
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この3体の像は、古代エジプトにおいて最も重要な「王の姿」のひとつを表現しています。この3体の像は、王が「オシリス神」の姿を借りて表現されたものです。胸の前で腕を交差させているポーズの意味は、死と再生を司る神「オシリス」のポーズです。王は死後、オシリス神と一体化して永遠の命を得ると信じられていました。彼らが被っているのは「白冠」と呼ばれる、上エジプト(ナイル川上流)を象徴する王冠です。
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エジプト中王国時代の「メセフティの墓」から出土した、非常に有名な兵士の模型(木製モデル)です。これは古代エジプトの軍事や死生観を知る上で極めて重要な遺物です。この模型には、当時の軍隊の様子が驚くほどリアルに再現されています。兵士たちが持っている牛皮を張った盾には、一つひとつ異なる模様が描かれています。これは、部隊や個人の識別のためだったと考えられています。右手に槍を持ち、一糸乱れぬ様子で行進しています。なぜお墓にこれを入れ副葬品にしたかというと、死者が死後の世界でも軍隊に守られ、あるいは死後の世界で王(または高官)として軍を指揮できるようにするためです。約4,000年前の木製品がこれほど鮮やかな彩色で残っているのは、エジプトの乾燥した気候と、精巧な保存技術によるものです。
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当時の貴族や富裕層が実際に使っていた、あるいは死後の世界へ持っていった「身の回りの品々」。美しい首飾り(ウェセク・カラー)やサンダル、木の枕(ヘッドレスト)、小さな坐像が見られます。
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王国時代に特徴的な「コフィン・テキスト(棺銘文)」が記された木製の棺です。この棺は、当時の死生観を知るための「百科事典」のようなものです。棺の内側や蓋の裏側にびっしりと書かれたヒエログリフは、死者が死後の世界(アアル)へ無事にたどり着くための「ガイドブック(呪文)」です。棺の側面(写真右下)に描かれた大きな目は「ウジャトの目(ホルス神の目)」です。これは魔除けの意味があり、また死者がここから外(現世)を覗き見ることができるように配置されています。
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古代エジプトにおいて遺体を安置していた「人型木製棺」。当時の人々がいかに精魂込めて死者の安眠を守ろうとしたかを物語っています。死者の顔を模したマスクが描かれています。これは、魂が迷わず自分の体に戻ってこられるようにするための目印です。胸元には、色鮮やかなビーズの襟飾りが丁寧に描かれています。
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エジプト中王国時代を代表する強力な王、セヌスレト1世の座像です。この3体の像は、すべて同じ王(セヌスレト1世)を表現していますが、使われている石材や細部が異なります。セヌスレト1世は、第12王朝のファラオで、エジプト全土に多くの神殿を建て、国を安定させた名君として知られています。特に、中央の白い像(石灰岩製)は、保存状態が非常に良く、王の若々しくも威厳のある顔立ちがはっきりと分かります。被っているのは「ネメス頭巾」と呼ばれるファラオ特有の装束です。手を膝の上に置き、まっすぐ前を見つめるこの姿勢は、古代エジプトにおける「永遠に統治する王」の理想的な姿です。
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赤い花崗岩(かこうがん)で作られたラムセス2世の像の一部です。彼は自身の権力を示すために、エジプト全土に自分の巨大な像を数多く造らせました。彼が被っているのは上エジプト(南部)の白冠(王冠)です。
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古代エジプトの人々の姿をリアルに伝える「彫像(フィギュア)」のコレクションです。右側の木製の立像は、ほっそりとしたプロポーションの女性像です。木は石よりも加工しやすいため、当時のファッションや身体のラインがより繊細に表現されています。中央の黒っぽい色の石製の頭部は、丁寧に切りそろえられたウィッグ(かつら)が特徴的な彫像です。こうした重厚なウィッグは、当時の貴族の象徴でした。
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エジプトの宝飾技術の高さを示す黄金と天然石の首飾り(襟飾り)のコレクションです。新王国時代などの豪華なアクセサリーが並んでいます。右側に並んでいる幅広の首飾り(ウェセク・カラー(襟飾り))は、古代エジプトを代表する装身具です。トルコ石(青緑)、ラピスラズリ(紺)、カーネリアン(赤)などの天然石や、フェイアンス(陶器)のビーズが精巧に組み合わされています。黄金のネックレス: 左側には、純金で作られた雫型のペンダントや、ビーズ状のネックレスが並んでいます。金は「神々の肉体」と信じられており、永遠の輝きを放つものとして、王族や貴族に愛用されました。これらのジュエリーは単なる美しさを競うだけでなく、身につける者を悪霊や災いから守る「魔除け(護符)」としての重要な役割を持っていました。
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古代エジプトで紙として使われていた「パピルス」の文書です。パピルスは、水生植物のパピルスの茎を薄く裂いて格子状に重ね、叩いて乾燥させた世界最古の「紙」の一つです。ここに書かれているのは、多くの場合「ヒエラティック(神官文字)」と呼ばれる書体です。象形文字であるヒエログリフを崩した速記体で、主に実用的な文書や宗教的なテキストに使われました。このようなパピルスには、死者が現世から冥界へ行くためのガイドブックである『死者の書』や、行政文書、手紙、医学書、あるいは文学作品などが記されています。
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古代エジプトにおいて最も尊敬された職業の一つである「書記(しょき)」の像です。非常に保存状態の良い「書記座像」です。「書記座像」は、知識と教養の象徴で、古代エジプトにおいて、文字(ヒエログリフ)を読み書きできる「書記」は、行政や宗教の根幹を支えるエリート層でした。足を組んで座り、膝の上に広げたパピルスに今まさに何かを書き記そうとしている姿です。この「書記ポーズ」は、当時の高官たちが好んで自分を表現させた、教養と地位の象徴でした。「王の像」が理想化された若々しい姿で描かれるのに対し、書記の像は、少しお腹が出ていたり、顔にシワがあったりと、「知恵を積み重ねた実在の人物」としてのリアリティを追求して作られることが多いのが特徴です。非常に細かく編み込まれたカツラ(ウィッグ)を被っています。これは当時の上流階級の身だしなみであり、細部まで丁寧に彫り込まれていることから、この人物が高い地位にあったことが分かります。
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2022年にサッカラのピラミッド付近で発見された、全長16メートルにも及ぶ非常に保存状態の良いパピルス(通称「ワジリ・パピルス」)。
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神殿を彩る「門(リンテル)」と「装飾柱」です。縦の柱には王の名前を刻んだカルトゥーシュが並び、上の横梁には神々を守護するレリーフが刻まれています。左右の柱は、柱の上部が花の蕾のような形をしている「パピルス柱(または蓮花柱)」です。古代エジプトの神殿は、こうした植物を模した柱が並ぶことで、「原初の丘から生え出た植物の森」を表現していました。
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戦勝や記念の石碑(大型のステラ)。上部のアーチ(ルネット)には、太陽神ラー・ホルアクティやアメン神など、エジプトの最高神と王が向かい合っている様子が描かれています。下部の広大なスペースには、王の軍事的な遠征の記録や、神殿への寄進、あるいは法律の発布などがヒエログリフで刻まれています。
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エジプト新王国時代のファラオの個性を映し出した「王の頭部像」です。彼らが被っているのは、下エジプトの赤冠と上エジプトの白冠を組み合わせた「二重冠(プスケント)」です。これは、王が上下エジプト全土を統治する唯一の支配者であることを象徴しています。
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個人が自宅や小さなお墓に安置していたと思われる「小型の供養碑(ステラ)」のコレクションです。数千年前のものとは思えないほど、赤や青の色彩が綺麗に残っています。これは、石の表面に漆喰を塗り、その上に天然の顔料で丁寧に描かれているためです。
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太陽の象徴である「黄金のハヤブサ像(ホルス神)」です。古代エジプトにおける最も重要な神の一つを象徴しています。ハヤブサは、天空の神であり、現世の王(ファラオ)の守護神であるホルス神の姿です。頭の上に載っているのは太陽円盤で、彼が太陽神ラーと結びついた「ラー・ホルアクティ」であることを示しています。体の部分は黄金、脚の部分は銀(あるいは銀を含む合金)で作られています。古代エジプトにおいて、金は「神々の肉体」、銀は「神々の骨」を象徴する極めて貴重な貴金属でした。
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古代エジプトで神聖な動物として崇められていた「ワニのミイラ」です。この巨大なミイラは、ナイル川の豊穣と危険を司る神、ソベク神の象徴です。古代エジプト人は、ナイル川に生息するワニを、水と豊穣をもたらすソベク神の使い、あるいは神そのものとして崇拝していました。神殿で大切に飼育されていた特定のワニは、死後、人間と同じように丁寧にミイラ化され、専用の墓地に埋葬されました。これは、神への感謝と、死後の世界での守護を願うための儀式でした。非常に大きく、当時のナイル川にこれほど巨大なワニが潜んでいたという自然の驚異を今に伝えています。
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ツタンカーメンより後の時代(第21~22王朝頃など)に作られた、神官や貴族たちの人型木棺(じんけいもっかん)です。墓の代わりに棺そのものに豪華な彩色を施すのがこの時代の流行で、死者の再生を助ける呪文や神々の図像が鮮やかな色で残っています。
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エジプト末期王朝時代からギリシャ・ローマ時代にかけて特徴的な、「黄金のマスクを被ったミイラ」です。このミイラは、古代エジプトの伝統的なミイラ製作技術と、その後の装飾様式が融合した非常に興味深い例です。顔の部分には、金箔で覆われたマスク(黄金の顔(カートナージュ))が被せられています。エジプト人にとって金は「神の肉体」を意味し、死者が神と同じ永遠の存在になることを願って施されました。体を包むリネンの包帯が、美しい幾何学的なダイヤモンド模様(クロスパターン)で巻かれています。これは特にローマ支配時代に近い時期に見られる高度な技術で、単なる保護を超えた「装飾としてのミイラ」の完成形と言えます。黄金のマスクの下には、死後の守護を祈る神々や護符が描かれた装飾パネルが置かれています。
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ミイラ製作において非常に重要な役割を持つ「カノポス壺」と、古代の美しい「陶器(水差し)」です。これらは、死後の再生を信じた古代エジプト人の切実な願いが込められた道具です。右側の2つのカノポス壺は、ミイラを作る際、体から取り出された内臓(肝臓、肺、胃、腸)を保存するための専用の容器です。人間型は特に中王国時代などに多く見られます。滑らかなアラバスター(方解石)製で、表面には亡くなった人の名前や神への祈りがヒエログリフで刻まれています。左側の彩色陶器は、植物のつるや花のような模様が描かれた、非常に洗練されたデザインの水差しです。実用的な道具であると同時に、お墓に供えるための美しい工芸品としての側面もありました。
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世界初の「ツタンカーメン完全コレクション」です。2025年11月のグランドオープンにより、ツタンカーメン王の墓から出土した約5,400点の秘宝が初めて一堂に会しています。これまではカイロ中心部のタハリール広場にある「エジプト考古学博物館」に分散して展示されていましたが、GEMでは約7,500平米という広大な専用ギャラリーにすべてが集約されています。スケールの大きさに圧倒されます。
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ツタンカーメン(Tutankhamun)は、古代エジプト第18王朝のファラオであり、世界で最も有名な王の一人です。ツタンカーメンは紀元前1341年頃に生まれ、わずか9歳前後で王位に就きました。ツタンカーメンは即位後、伝統的なアメン神信仰を復活させ、都をテーベに戻しました。元々は「アテン神の生ける姿」を意味する「ツタンカーテン」でしたが、信仰の復興とともに「アメン神の生ける姿」を意味する「ツタンカーメン」に改名しました。わずか10年ほどの治世の後、18歳前後という若さで亡くなりました。死因については、骨折による感染症、マラリア、あるいは暗殺説など、現在も研究が続いています。ツタンカーメンがこれほど有名なのは、実は彼が偉大な王だったからではなく、その墓がほぼ未盗掘の状態で発見されたからです。1922年、イギリスの考古学者ハワード・カーターが王家の谷で彼の墓(KV62)を発見しました。彼の死後、後継者の王たちによって彼の存在は歴史から抹消されかかっていました。しかし、その「忘れ去られた存在」であったことが、皮肉にも盗掘者から墓を守り、5,000点を超える豪華な副葬品を現代に残すことにつながりました。これらの遺物は、当時のエジプトが誇る最高の工芸技術の結晶です。
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ツタンカーメン王の遺体は、マトリョーシカのような「入れ子状」になって「3重の人型棺」に納められていました。これらは、さらにその外側にある石英岩製の石棺(せっかん)、そして4重の巨大な木製厨子(ずし)の中に安置されていました。究極の守りを受けていました。
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そして、3つの棺すべてが大エジプト博物館(GEM)に揃っています。これは考古学史上でも非常に画期的な出来事です。これまで3つの棺はバラバラに保管・展示されていましたが、GEMのオープンにより、1922年にハワード・カーターが王墓を発見して以来、約100年ぶりに初めて3つが同じ場所に集まりました。第1の棺(一番外側)は、ルクソールの王家の谷(墓の中)から2019年に初めて墓の外へ運び出され、GEMで修復・展示。第2の棺(真ん中)は、エジプト考古学博物館(タハリール)からGEMに移転。最新技術で色鮮やかに修復済み。第3の棺(純金製)は、エジプト考古学博物館(タハリール)からGEMに移転。黄金のマスクと共に展示の目玉になっています。王の「ミイラ本人」だけは、今もルクソールの「王家の谷」にある元の墓の中に安置されています。博物館にあるのは、そのミイラを守っていた「器(棺)」のすべてです。
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特に「第1の棺」は、発見以来ずっとルクソールの湿気や温度変化にさらされながら王の墓に残されていました。それが今回GEMに移されたことで、ようやく3つが重なり合うような順番で鑑賞できるようになっています。
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底面も美しく、細部まで精巧な彫刻が施されています。
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まずは、「第1の棺(一番外側の棺)」です。全長約224cmと最大で、金箔を貼った木製(イトスギ)です。表面がうろこ状の彫刻で覆われており、2枚目の「第2の棺」のような鮮やかな色ガラスの装飾はほとんどありません。最も落ち着いた「黄金の像」といった風貌をしています。王は、王権の象徴である「ヘカ(杖)」と「ネケク(叩き具)(殻竿)」を胸の前で交差させて握っています。王は「オシリス神(冥界の王)」の姿を模しています。
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これが、「第2の棺(真ん中の棺)」です。 木製の表面に金箔が貼られ、多彩なガラスや貴石(ラピスラズリやカーネリアンなど)が埋め込まれています。全長約204cm。3つの棺の中で最も色鮮やかで、装飾が凝っています。赤・青・ターコイズ色の「羽毛模様(リシ)」が全体を覆っているのが最大の特徴です。「翼を広げた女神」が王の体を守るように描かれています。芸術性が非常に高い一点です。
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これが、「第3の棺(一番内側の棺)」です。最重要の棺です。全長約188cmで、最も内側にあった棺です。純金製。約110kgの純金(ソリッドゴールド)で作られています。これほど大量の金を注ぎ込んだ棺は、他に類を見ません。他の2つに比べて、表面が滑らかで「重厚な金の塊」という質感が強く出ています。この中に、黄金のマスクを被った王のミイラが直接安置されていました。ハワード・カーターが発見した際、前の2つの棺が金張り(木製)だったのに対し、この一番内側だけがずっしりと重い「純金」でできていることに驚愕したと言われています。当時のエジプトの富の凄まじさを象徴する遺物です。
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ツタンカーメン王の墓の「宝物庫」で発見された「アヌビス神の厨子(Anubis Shrine)」です。厨子の上に横たわっているのは、死者の守護神でありミイラ作りの神でもある守護者アヌビスです。ジャッカルの姿をしており、金色の首輪をつけ、体は黒い漆(うるし)で塗られています。
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この厨子は墓の入り口近くに配置され、王の財宝や遺体を邪悪なものから守る「番犬」のような役割を果たしていました。下部の金箔で覆われた木製の厨子(箱)の中には、儀式用の装飾品や宝石、そして王の保護を祈願するお守りなどが納められていました。厨子の下部には長い2本の棒が突き出ています。これは、葬儀の際に行進して運ぶための担ぎ棒です。
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ツタンカーメン王の墓から発見された「模型の船(太陽の船の模型)」のコレクションです。古代エジプト人にとって、死後の世界(来世)への旅はナイル川を渡る航海に例えられていました。亡くなった王の魂が、太陽神ラーとともに天空の川を渡り、永遠の生命を得るために必要な乗り物として墓に納められました。ツタンカーメンの墓からは、こうした模型の船が30隻以上も発見されています。船首と船尾がパピルスの花の形に美しくカーブしており、当時の儀礼用の船を精巧に再現しています。手漕ぎのボートから、帆を張るためのマストを備えた大型船、さらには王のミイラを運ぶための屋根(キャビン)付きの船まで、用途に合わせて様々な形で作られています。
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ツタンカーメン王の墓から発見された「黄金の神像コレクション」です。これらの小さな黄金像は、ツタンカーメン王が死後の世界で安全に旅を続け、再生するために墓に納められた守護神たちです。手前に堂々と鎮座している中央のコブラは、下エジプトの守護神であるウアジェトです。王の額にも刻まれていたこの女神は、敵を火で焼き払う強力な守護の象徴です。ライオンの頭を持つ女神が太陽円盤を載せて中央で座っています。これはセクメトあるいはムト女神で、破壊的な力を持つと同時に、王を病や災いから守る母性的な役割も持っていました。ジャッカルの頭を持つアヌビス、ハヤブサの頭を持つホルス、ヒヒの姿をしたトトなど、エジプトの八百万の神々が黄金の姿で王を取り囲んでいます。これらは、死後の王がどの神とも一体化し、その力を借りられるようにとの願いが込められています。
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ツタンカーメン王の棺を納めていた「黄金の厨子(ずし)」です。木の表面に金箔が貼られており、側面にはびっしりとヒエログリフ(聖刻文字)と、神々が描かれたレリーフが刻まれています。主に『死者の書』や、太陽神ラーが夜の間に冥界を旅する様子を描いた『アムドゥアト(冥界の書)』などの呪文や図像が記されており、王が死後に再生するためのガイドブックのような役割を果たしています。この巨大な厨子を傷つけずに狭い墓室の中で組み立て、また解体して運び出した当時の技術と労力は驚異的です。
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ツタンカーメン王の儀式用寝台(葬儀用ベッド)の一つです。ツタンカーメンの墓からは3つの大きな儀式用ベッドが見つかっており、これはライオン(または雌ライオン)の姿をした女神メヒト、あるいは戦いと治癒の女神セクメトを象ったものとされています。木に金箔(きんぱく)を貼り、目は青いガラスや水晶で装飾されています。古代エジプトにおいて、ライオンは強力な守護の象徴でした。このベッドは、亡くなった王が再生し、あの世へ旅立つための儀式で使われたと考えられています。足の部分をよく見ると、ライオンの鋭い爪まで再現されており、非常に高い技術で作られているのがわかります。
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ツタンカーメン王の墓の「宝物庫」から発見された、王のミイラから取り出された内臓を保護するための「カノポス(内臓保管)関連の極めて重要な葬送具」です。写真は、「カノポス厨子(Canopic Shrine)」およびその中におさめられていた「カノポス胸像」です。カノポス・チェスト(カノポス容器)は、白いアラバスター(方解石)で作られた、非常に美しい容器です。カノポス胸像(上部の顔)について、ツタンカーメン王の若々しい顔を模した4つの蓋があります。この下にある4つの穴に、王の胃、肺、腸、肝臓がそれぞれ納められていました。
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容器の角には、腕を広げた女性の姿が彫られているのがわかります。これは内臓を守護する4人の女神(イシス、ネフティス、ネイト、セルケト)が、腕を広げて容器を包み込むように浮き彫りで描かれています。4人の女神が、王の内臓を永遠に守る役割を担っています。容器全体が半透明の美しいアラバスターでできており、当時の最高級の技術が注ぎ込まれています。これは、ツタンカーメン王の墓の「宝物庫」から発見された際、大きな金色の木製の厨子(外箱)の中に、さらにこのアラバスターの容器が入った状態で安置されていました。
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カノポス厨子が入っていた外側の金色の木製厨子です。四方には、立体的な4人の女神の像が配置されています。彼女たちは背を向け、腕を広げて不純なものが中に入らないよう、永遠にこの場所を監視し続けています。厨子の上部には、神聖なヘビであるコブラ(ウラエウス)の列が並び、王を守護する強烈な魔除けの役割を果たしています。
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ツタンカーメン王の墓の入り口を守っていた「王の等身大の守護者像(カ像)」です。この像は、1922年にハワード・カーターが墓を発見した際、玄室(遺体が納められた部屋)の封印された扉の両脇に、対になって立っていたものの一つです。黒い肌の秘密: 肌が黒く塗られているのは、単なる色の選択ではありません。古代エジプトにおいて「黒」は、ナイル川の肥沃な土壌の色であり、「再生と復活」を象徴する神聖な色でした。頭巾(ネメス)、首飾り、腕輪、そして腰布(シェンディト)には豪華な金箔が施されています。王の権威を示すとともに、闇の中でも王の魂を導く光を表現しています。この像は、王の精神的な分身である「カ(精霊、魂)」が宿る場所として作られました。手に持つ杖と棍棒は、墓に侵入しようとする悪しきものを退けるための武器です。
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ツタンカーメン王のミイラが実際に身につけていた、あるいは共に埋葬されていた「黄金と貴石のブレスレット(腕輪)コレクション」です。ツタンカーメン王の黄金のブレスレットは、単なる装飾品ではなく、王に強力な守護と再生の力を与えるための「魔法の護符」としての意味を持っていました。3000年以上前の技術とは思えないほどの精密さと洗練された美的感覚が、この小さな腕輪に凝縮されています。
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ツタンカーメン王のミイラの腕に直接はめられていた「黄金とラピスラズリのバングル(腕輪)」です。これらのバングルは、王のミイラを包んでいたリネンの包帯の中から発見されました。死後の世界でも王が美しく装い、神聖な力を維持できるようにと、王の体に直接つけられていたものです。
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ツタンカーメン王のミイラの手足に装着されていた「黄金の指サック(指サック)」です。副葬品の中でも、特に王の身体を直接守り、永遠の生命を維持しようとした古代エジプト人の切実な願いが伝わる、非常に珍しい遺物です。古代エジプトでは、金は「神々の肉体」であり、決して朽ちることのない永遠の象徴でした。ミイラの指を一本ずつ黄金のサックで覆うことで、死後の世界で王の体がバラバラになるのを防ぎ、永遠に完璧な状態を保つための魔術的な保護を目的としていました。
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ツタンカーメン王のミイラの手足に装着されていた「黄金の指サック(足指サック)」です。爪の形や指の関節までもが精巧に表現されています。これは、単なるカバーではなく、王の身体を「黄金の身体」へと作り変えるための儀式的な道具であったことを示しています。
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ツタンカーメン王のミイラの胸元に置かれていた、あるいは身につけていた「黄金の胸飾り(ペクトラル)コレクション」です。これらは単なるジュエリーではなく、王の魂が死後の世界で守護され、神々の列に加わるための強力な護符(お守り)としての役割を持っていました。翼を大きく広げたデザインは、天空の神ホルス(ハヤブサ)や、上エジプトの守護神ネクベト(ハゲワシ)を象徴しています。その大きな翼で王を包み込み、邪悪なものから守るという意味が込められています。特にハヤブサの羽の一枚一枚が異なる色彩で表現されている様子は、3300年前の工芸技術の極致です。
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ツタンカーメン王のミイラの包帯の間に挟み込まれていた「黄金の護符(アミュレット)コレクション」です。これらの小さな黄金のプレートは、死後の世界で王の体がバラバラにならないよう、また邪悪なものから守られるよう、特定の部位や包帯の層に精密に配置されていました。ハゲワシや翼を持つ人面蛇、二重のコブラが見られます。
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ツタンカーメン王の「ミイラの装飾と護符の配置を再現した模型」です。
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世界で最も美しい家具の一つと称される「ツタンカーメン王の黄金の玉座」です。この椅子は、単なる王の座席ではなく、古代エジプトの芸術、政治、そして家族愛が凝縮された傑作です。
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背もたれの浮き彫り(リリーフ)中央には、若き王ツタンカーメンが椅子に座り、その前に立つ王妃アンケセナーメンが彼の肩に香油を塗っている、非常に仲睦まじい姿が描かれています。上部で輝くのは太陽神アテンです。アテンから伸びる無数の手(光線)が、王と王妃に「アンク(生命の象徴)」を授けています。これは父アクエンアテン時代の宗教の名残が見られる、歴史的にも非常に貴重な表現です。贅を尽くした素材で造られており、木製に金箔を貼り、銀、彩色ガラス、ラピスラズリなどの天然石で装飾されています。王妃の衣装には銀が使われており、当時は金よりも貴重とされることもありました。椅子の脚は力強いライオンの足の形をしており、王の権威を象徴しています。椅子の前にあるのは足台(フットレスト)です。ここには、エジプトの敵であった異民族(「九弓の敵」)が横たわる姿が描かれており、王が敵を足元に踏みつけて支配していることを象徴しています。
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ツタンカーメン王の墓から発見された「象牙細工の小箱(または銘板)」の一部です。この小さなプレートは、王の身の回りの品を収めた木箱の装飾、あるいはゲーム盤の一部であったと考えられています。青い頭巾を被り、指を口に当てて座っているのは、幼少期のツタンカーメン王です。古代エジプトの美術様式において、指を口に当てる仕草は「子供」であることを象徴しています。人物の右側にある青い枠内には、王の名を示すヒエログリフが記されており、これが間違いなくツタンカーメン本人のものであることを証明しています。
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いよいよ、古代エジプト文明の象徴ともいえる「ツタンカーメンの黄金のマスク」です。以前の博物館では写真撮影が厳しく禁止されていましたが、このGEMの展示室では、フラッシュ無しでの撮影が可能となっています(※混雑状況やルール変更により制限される場合があります)。さらに360度から鑑賞できる配置になっています。正面で撮影するために、多くの人が並んでいました。私も約20分ほど並びました。3,000年以上前のものとは思えないほどの輝きを、間近でじっくり堪能、写真撮影できます。
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ツタンカーメンの黄金のマスクは、これまでカイロ中心部の考古学博物館にありましたが、現在はここ大エジプト博物館(GEM)に移されています。重さ約10.23kgの純金(22.5~23金)で作られており、ラピスラズリ(眉や目の周り)、水晶(目)、黒曜石(瞳)、ターコイズなどの半貴石やガラスがはめ込まれています。王権の象徴として、額には、下エジプトの守護神であるコブラと、上エジプトの守護神であるハゲワシが並んでおり、エジプト全土を統治する王であることを示しています。死後の世界の神オシリスの姿を模しており、王が永遠の命を得て神へと昇華したことを象徴しています。
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これは、ツタンカーメンの黄金のマスクの裏側です。後頭部から背中にかけて、ヒエログリフがびっしりと刻まれています。これは『死者の書第151章』の一部で、王の各身体部位を神々と結びつけ、死後の世界で王の体が守られることを祈る強力な魔法の呪文です。王が死後の世界で迷わずに神々の仲間入りができるようにとの願いが込められています。金の帯の間に青色の色ガラスが象嵌され、王族特有の精密なカツラ(ネメス頭巾)を美しく再現しています。
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大エジプト博物館のこの展示室は、マスクが持つ「神聖な輝き」を最大限に引き出すため、照明が極限まで計算されています。このマスクこそが、数千年の時を超えて、私たちが古代エジプトという文明に惹きつけられる最大の理由かもしれません。暗闇の中に浮かび上がるマスクを、多くの観覧者が息を呑んで見守っていました。
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ツタンカーメン王の黄金のマスクを下からのぞき込んでみました。1922年にハワード・カーターによって発見されたツタンカーメンのミイラの顔に直接被せられていたものです。王の若々しく端正な顔立ちが、磨き上げられた純金で表現されています。目はクォーツと黒曜石、アイラインにはラピスラズリが使われ、今にも瞬きをしそうなほどの生命力を放っています。
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博物館から望むギザのピラミッドです。巨大な窓(あるいはテラス)が額縁のようになり、クフ王やカフラ王のピラミッドが完璧な構図で収まっています。博物館の建物自体がピラミッドと平行になるよう配置されており、展示を見終わった観客が、最後にこの景色を見ることで「歴史」と「現実の風景」が繋がるように設計されています。
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大エジプト博物館(GEM)の隣の専用展示室に来ました。クフ王の「太陽の船」が展示されている場所です。以前はピラミッドのすぐ横の古い博物館(太陽の船博物館)にありました
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クフ王の「太陽の船」です。ピラミッドのすぐ脇から発掘された、世界最古の木造船「太陽の船」も、ここ専用の展示館に移送されました。復元されたその巨大な姿と、数千年前の造船技術は必見です。船の底側からも構造が見えるように、通路が上下に配置されており、まるで船が時空を越えて現代の展示室の中を漕ぎ進んでいるような、躍動感あふれる演出がなされています。
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古代エジプトが誇る世界最古級の木造船、「クフ王の太陽の船(第一の船)」です。1954年にギザのクフ王のピラミッドのすぐ脇から、バラバラに解体された状態で発見されました。1200個以上のパーツを、釘を一本も使わずにレバノン杉とロープだけで10年以上かけて復元したものです。全長は約43.4メートルもあり、現代の大型バス数台分に匹敵する巨大さです。釘を使わず、ロープで木材を縛り合わせる「縫い合わせ船」という技法で作られています。古代エジプトの信仰では、王は死後、太陽神ラーとともに「太陽の船」に乗って天空を旅すると信じられていました。この船は、クフ王が死後の世界で航海するために用意された「実物」の乗り物です。
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大エジプト博物館でも、貴重な経験をすることができました。来てよかった!!!
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駐車場も広大です。
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Uberで移動します。ギザのUber運転手は強気です。配車依頼したら、メッセージが来て、なんだかんだ理由をつけて500エジプトポンドを追加で支払ってほしいなどとメッセージが来ます。「あなたの車のグレードなら、5エジプトポンドなら追加料金払ってもいいよ」と回答すると、すぐにキャンセルされます。何度か配車依頼し、150エジプトポンドくらいで落ち着き、仕方なく、この車両にしました。
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Uberで、3ピラミッド・パピルス・インスティテュート(3 Pyramids Papyrus institute)に来ました。ギザのピラミッドから近い、アル・マンスーレイヤ通り(Al Mansoureya Rd)沿いにあります。最初、店内の写真撮影はだめだよと言われたけど、ここでお土産のパピルスを買うと、一転して写真撮影OKになりました。
スリーピラミッド パピルス インスティテュート お土産店
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エジプト政府公認のパピルス工房・ギャラリーです。単なるショップではなく、教育的なデモンストレーションに力を入れているのが特徴です。
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スタッフが、日本語で、目の前でパピルスの茎を剥き、叩き、水に浸して格子状に並べるという、古代からの製法を実演してくれます。なぜ数千年も保存できるのかといった科学的な秘密も解説してくれます。安価なバナナの皮やトウモロコシの皮で作られた偽物と、耐久性のある本物のパピルスは全く違うものでした。
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購入したパピルスのアートに、熟練の書記が名前や好きな言葉をヒエログリフ(象形文字)で書き入れてくれます。世界に一つだけのお土産になります。
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これが購入したパピルス。左側の隠している部分に、自分の名前をヒエログリフで書いてくれました。名前入れを含めて、22アメリカドルでした。
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素晴らしい解説をしてくれたスタッフの方と写真撮影。一緒に写真撮ってくださいとお願いすると、快く応じてくれました。日本語堪能で、とても、感じのいい店員さんでした。ここにも来てよかった!!!
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さあ、ホテルに帰ります。写真のような渋滞だったので、歩いて帰ります。
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街の様子も見れ、歩いて良かったかも。
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ラクダです。
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馬です。
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16時頃、ホテルに到着。ホテル前の様子です。
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このホテルの3階に部屋があります。
パノラマ ピラミッズ イン (パノラマビューピラミッド) ホテル
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チェックインして、部屋に入ります。
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部屋からは感動的な景色が。
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ベッドに横になりながら、ピラミッドを見ることができます。
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ホテルのスタッフが、早速、ウエルカムドリンクを持って来てくれます。そして、バルコニーで写真を撮ってくれました。とても感じのいい対応をしてくれます。10エジプトポンドをチップで渡そうとすると、最初、構わないよとそのスタッフは受け取りません。チップを受け取らない人も初めて。それでも、よかったらどうぞというと受け取ってくれました。
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バルコニーからホテル前を見下ろします。
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バルコニーから、ゆっくりとピラミッドを眺めます。
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カフラー王のピラミッドとスフィンクス。
カフラー王のピラミッド 建造物
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スフィンクス。
スフィンクス 建造物
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夕日に照らされたクフ王のピラミッド。
クフ王のピラミッド 建造物
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17時10分頃、12月31日の日没を、ホテルの特等席から眺めます。言葉にできない感動的な経験です。
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ゆっくり太陽は地平線に沈んでいきました。さあ、この後は、このホテルの屋上にあるテラスで行われる年越しパーティーに参加します。
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