2025/11/15 - 2025/11/15
9位(同エリア93件中)
万歩計さん
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何時かは歩きたいと思っていた旧東海道五十三次。今回は1回目で手近な庄野宿から草津宿まで8宿69km(十七里)を2泊3日で歩く。
今日は初日で加佐登駅を出発し庄野宿、亀山宿を通り、関宿との中間にあるホテルまでの約17km。
★1.庄野宿(45)→亀山宿(46)(2025.11.15)
https://4travel.jp/travelogue/12018426
2.関宿(47)→坂下宿(48)→土山宿(49)→水口宿(50)(2025.11.16)
3.石部宿(51)→草津宿(52)(2025.11.17)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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旧東海道五十三次は大動脈である国道1号線に沿っていることから、昔の面影はあまり残っていないのではと思っていた。しかし4トラベラーさんの旅行記で、意外に当時の姿が残っているのを知った。そこで手始めに近場を2泊3日で歩いてみて、気に入れば少しづつ範囲を広げていく。
歌川広重は浮世絵集「東海道五十三次絵」で、宿場ごとの風景を人物と共に生き生きと描いている。描かれた場所を訪ね、往時と見比べるのが楽しみだ -
6:48 JR王寺駅を出発し大和路線の終点加茂駅へ
王寺駅 駅
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加茂駅で2両編成のディーゼルカーに乗換え亀山駅へ。概ね1時間に1本で大和路線の快速に連絡
加茂駅 (京都府) 駅
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関西本線でも加茂から亀山までは単線非電化。しかしこの区間には魅力的な観光地が点在してます
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木津川河川敷のオートキャンプ場には多くの車
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木津川はよく霧がかかる。ここにはかって「関西の奥座敷」と呼ばれた笠置温泉がありましたが、現在営業してるホテルはありません。対岸の中腹に残る大型ホテルの廃墟は廃墟ファンに人気だとか
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ディーゼルカーはワンマン。最後尾に乗って車掌気分
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亀山駅で30分の時間待ち。ここから名古屋までは電化されています
亀山駅 駅
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9:35 加佐登駅で下車。ここが今回のスタート
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しばらく線路に沿って歩きます。一緒に歩くのは地域ボランティア仲間のM氏
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関西本線の踏切を渡って南へ。歌川広重の「庄野 白雨」は、左手に見えるコンクリート工場のあたりで描かれたそうです
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この先が庄野宿の東の入口
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庄野宿は江戸から二百里余。東海道五十三次の江戸から四十五番目の宿場です
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当初は一つ東の石薬師宿からスタートする予定でしたが、加佐登駅前には石薬師に行くバスもタクシーもないため庄野宿スタートに変更しました
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住宅地の中を通る旧東海道の道幅は5m程度か。大名行列が通ると、人々は道端で土下座しました
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国道から離れているのでとても静か。街道筋には数軒の古い家屋が残っているが
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殆どは新しく建てられた普通の住宅です
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10:13 庄野宿資料館
江戸時代に油問屋を営んでいた旧小林家住宅で、建築は嘉永7年(1854年)。内部は撮影禁止でしたが問屋場関係資料、宿帳、高札や特産の「焼米」などが展示されていました。庄野宿資料館 美術館・博物館
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歌川広重の「庄野 白雨」
「白雨」とは夕立のこと。雨の中行きかう旅人や駕籠かきが躍動感溢れる構図で描かれ、広重の作品の中でも傑作とされています。描かれたのは先ほど通った踏切近くのコンクリート工場付近。 -
問屋場跡
ここに年寄や馬差が詰めて公用書書状の継立、人足や馬の割振り等を行っていました。 -
本陣跡は地域の集会所
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法度や掟書を掲げた高札場跡
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脇本陣跡。本陣、脇本陣とも建物は残っていません
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東海道は宿場町のなかで微妙に曲がっています。どの宿場町もそうだったが、何か理由があるのか?
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川俣神社
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神社の境内にあるスダジイ(椎の木)の巨木。樹齢400年で地上部の幹回りは5mもあります。
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庄野宿の西入口
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この先で県道の高架の下を通って
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しばらく歩くと女人堤防碑
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この辺りは鈴鹿川と交流安楽川の合流点でたびたび氾濫したため、神戸藩に何度も修築を申し出たが許されず、女性たちが禁を犯し打ち首を覚悟で堤防を補強しました。女性たちは一旦は処刑場に送られましたが赦免の早馬で救われたそうです。
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堤防が築かれた場所
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今日は快晴。車も通らず気持ちいい
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右手に鈴鹿山地の山並みを見ながら西へ。明日はあの山を越えます
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中冨田一里塚跡。ここが亀山領と神戸領の境界
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安楽川の堤防に出ました
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安楽川にかかる和泉橋からの眺め
現在は立派な堤防と広い河川敷がありますが、江戸時代は何度も氾濫したため、女性たちが打ち首覚悟で堤防を築きました -
橋を渡って振り返ると橋桁に水位を示す印
この後で見た昭和49年7月25日の集中豪雨での水位を示したものだったようです -
11:27 和泉町公民館前で小休止。建物は歴史ありそうな洋館風
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公民館に掲示されてい昭和49年7月25日の集中豪雨時の写真。先ほど渡った安楽川の旧橋の橋脚が濁流に水没し、橋桁が傾斜しています
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地蔵堂(百八十八番供養塔)。弘法大師の百八十八霊場を巡礼した人が満願成就を記念して建てた供養塔
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由緒ありそうなお寺
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道しるべに従って歩くと、
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関西本線の踏切を渡ります
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この区間は複線電化
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11:58 JR井田川駅前。ここが今日の行程のほぼ中間
井田川駅 駅
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東海道のイラストマップ
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この辺りは国道一号線が並行して走っています
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駅前で牛丼セットの昼食
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12:47 街道歩き再スタート。国道1号線の陸橋を渡り
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直ぐに車道から別れます
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しばらくは面白みに欠ける道を黙々と歩きます
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和田道標。東海道から神戸・白子・伊勢方面への分岐点
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マンホールのデザインが亀山城に
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カメヤマローソクの工場
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そろそろ亀山宿
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巡見道
江戸時代に将軍が代替わりする度、巡見使が諸国に派遣され政情や民情を査察したそうです。 -
古い建物が目立ってきました
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かっての屋号が記されています
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14:06 江戸口門跡を右折して宿場町へ。アーケードが続き往時の面影はありません
亀山宿 名所・史跡
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亀山は3年前にも歩いて、旅行記もアップしています
https://4travel.jp/travelogue/11750259 -
東海道を離れ亀山城跡にちょっと寄り道
亀山城跡 名所・史跡
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城跡は現在亀山神社になり
亀山神社 寺・神社・教会
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再建された多門櫓が残るだけ
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城のお堀端に石井兄弟敵討ちの碑
石井兄弟敵討ちの碑 名所・史跡
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江戸時代の士分の敵討ちは、主君の免状を受け、他国へわたる場合には奉行所への届出が必要でした。武家の当主が殺害された場合、その嫡子が敵討ちしなければ家名の継承が許されないとする慣習も広く見られたそうです。一説によると敵討ちの成功率は数%程度だったとか
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再び東海道に戻り
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西町に入ると明治5年建築の旧舘家住宅
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舘家(屋号:枡屋)は江戸末期から大正時代にかけて亀山宿を代表する豪商で、呉服業を営んでいました。
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そのまま西に進みます
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亀山宿の西入口の京口門跡
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歌川広重の描いた「亀山 雪晴」
雪の積もった亀山城の急な傾斜を登る大名行列が描かれています -
西日に向かって西へ西へ
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江戸時代の街道の茶店も、かくやあらん
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野村一里塚
三重県内に12ヶ所あった東海道一里塚の中で現存する唯一のもの。樹齢400年の椋の老木が残っています -
街道筋に残る大庄屋の屋敷跡
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この辺りは昔の街道のまま
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町家を使った郵便局
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名阪国道の亀山インターが見えたところで東海道から離れたが、この先が長かった
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創立150周年の歴史ある小学校の横を通り
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長い歩道橋を渡ってホテルルートイン第2亀山インターに到着
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16:00 チェックイン。今日は16.5km
ホテルルートイン第2亀山インター 宿・ホテル
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ひと風呂浴びて夕食
彦兵衛 太岡寺店 グルメ・レストラン
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お疲れ様でした。明日もよろしく!
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