2025/09/23 - 2025/09/23
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あおしさん
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千葉県流山市。
つくばエキスプレスが開業して、都心へ20分で結ばれようになり、東京のベッドタウンとして全国有数の人口増加している町です。
しかし、一方で江戸時代、ここで「みりん」が作られることで繁栄しました。
つくばエキスプレス開通までは、流山市を唯一の鉄道はを走る流鉄(旧流山電鉄)でしたが、お客は激減してしまいました。
それでも、昭和時代の西武の電車を譲り受けて、レトロなローカル線として頑張っています。
まもなく、JR東海から譲り受ける電車に置き換わるという話もあったので、乗りに行ってきました。
https://www.youtube.com/watch?v=-nEq6OQQAbo
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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流鉄(旧流山電鉄)はJR常磐線の馬橋駅でJRと接続しています。
電車だけではなく、ホームもレトロ。
首都圏の鉄道はほとんどが交通系ICカードで乗車できますが、流鉄はICカードが使えず、昔ながらのきっぷを購入して乗車します。馬橋駅 駅
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ホームに停車していた流鉄の電車。
もとは西武鉄道の電車です。
塗装は4色あり、この電車は緑色の「若葉号」ですレトロな電車に乗る、撮るならいまのうち by あおしさん流鉄流山線 乗り物
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流鉄は馬橋駅と終点の流山駅は単線です。
これも首都圏都市部では珍しい。
ちょうど中間地点にある小金城趾駅で電車の交換をしています。
黄色の電車は「菜の花号」、ピンクの電車は「さくら号」です。小金城趾駅 駅
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流鉄・鰭ヶ崎駅(ひれがさきえき)。
なかなか読めない駅名です。
2両編成のワンマン電車のローカル線ですが、意外なことに駅はすべて駅員がいて無人駅がなく、しかも駅のスタンプも各駅にありました。鰭ケ崎駅 駅
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流鉄の電車の車内。
昭和から平成時代に西武線を使っていましたので、懐かしいです。 -
馬橋駅から5.7キロ、約12分で終点の流山駅に到着しました。
流山駅 駅
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流山駅にはすでに引退した赤い塗装の電車「あかぎ号」が側線に停泊していました。
その向こうにはJR東海から譲り受けた電車が連結していました。
まだJR東海の電車は運行されていないようですが、早晩、レトロな電車にJR東海の電車が置き換えられるようです。 -
流山駅の出口。
これも昔風のレトロな雰囲気です。
切符を受け取るための改札口もすっかり首都圏では見なくなりました。 -
流山駅の駅舎。
この駅舎は大正時代に建てられたものです。
「東京近郊にありながらローカル色のある駅」という理由で、「関東の駅百選」にも選ばれています。
市役所や市街地がこの駅の近くなので、流山市の玄関口の駅として栄えていましたが、「つくばエキスプレス」が開業すると、利用者の多くは流山おおたかの森駅に流れてしまいました。
現在の1日の利用者数は流山駅は約2000人に対して、流山おおたかの森駅は約42倍の8万5千人と差をつけられてしまいました。流山駅 駅
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流山キッコーマン株式会社の工場。
江戸時代・11代将軍家斉の文化文政時代。
今年の大河ドラマ「べらぼう」の時代に酒造りを営んでいた相模屋二代目当主、堀切紋次郎は「白みりん」の製造に成功しました。
「白みりん」とは現在の「マンジョウ本みりん」のことです。
今日でも「「しょうゆは野田、みりんは流山」と言われるほど、流山の町は「みりん」で有名になりました -
この工場の壁には江戸時代の浮世絵風の「白みりん」製造の歴史の絵が描かれています。
「流山本町まちなかミュージアム」と呼ばれています。流山キッコーマン株式会社の工場の壁に浮世絵のような絵が描かれています by あおしさん流山本町まちなかミュージアム 美術館・博物館
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流山キッコーマン株式会社では「工場見学」は実施されていませんが、その代わり「白みりん」についての「流山白みりんミュージアム」が今年から開設されました。
中に入ったのですが、工場見学と同様定員制時間制のコースになっていて、最終回の午後3時の回が終わっていたので、中を見学はできませんでした。残念 -
流山の本町には、さすがに首都圏なので古い町並みは残っていませんが、随所に昔からのレトロな店舗が残っていて、「江戸回廊」と名付けられています。
弘化3年(1846年)創業の老舗呉服屋である「新川屋」。
蔵づくりの現店舗は、大工の土屋熊五郎によって明治23年(1890年)に建築され、平成16年11月8日には国登録有形登録文化財に登録されました。「江戸回廊」の建物の1つ。有形文化財です by あおしさん呉服新川屋店舗 名所・史跡
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寺田園旧店舗。
寺田園元はお茶屋から、流山の江戸川の水運業やミリンの出荷で栄えていたころには手広く商売をしていた見せ蔵の商店。
明治22年の建物です。有形文化財。
現在は「流山万華鏡ギャラリー&ミュージアム」として使われています。 -
寺田園と道路を隔てて正面にあった清水屋本店。
創業明治35年、100年以上続き和菓子店です。
現在の店主は5代目とか。すごいですね。
多くの女性客が立ち寄っていました。
店舗兼主屋は有形文化財。清水屋 本店 グルメ・レストラン
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流山本町の氏神様、浅間神社は江戸時代の初め、富士信仰のため根郷地域の鎮守さまとして、正保元年(1644)、江戸幕府4代将軍・家綱の時代に創建されたと伝えられています。
富士塚は一見の価値あり by あおしさん浅間神社 寺・神社・教会
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この浅間神社の本殿の裏手には県内トップクラスの規模を誇る富士塚があります(約8m)。
江戸時代中期、極楽浄土・ご利益を求め、富士登山参拝が流行しました。
この地域では、富士登山が出来ない人の為に、富士山の溶岩を使って本物そっくりな手造りの「流山の富士山」(本物の噴火ボク石※溶岩を積んで造られた)を造ったのでした。
なかなかのスケールの富士塚でした。 -
相模屋二代目当主、堀切紋次郎は「白みりん」の製造に成功したのとほぼ同時期、5代目秋元三左衛門(俳号双樹)もみりん製造に成功しました。
堀切家と秋元家はみりん製造のライバルとしてお互いに発展したのです。
この建物は秋元家の本宅。
5代目秋元三左衛門(俳号双樹)は俳句をたしなみ、小林一茶と親しく、たびたび一茶はこの家にやってきたそうです。無料で入れます by あおしさん一茶双樹記念館 美術館・博物館
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さすがに豪勢な建物。
大広間にも歴史を感じさせます。
一茶をもてなすための茶室もあります。 -
広間から見た庭園。
秋の紅葉の時期にはさぞかし美しいだろうと思われました -
幕末、近藤勇ら新選組は薩長軍にたびたび敗北し、撤退しながらここ流山で本陣を構えました。
ここは酒造長岡屋があったっところで、現在は秋元家の別宅になっています。
当時使われていた土蔵がいまでも残っています。
近藤勇は薩長軍に降伏交渉をすべく、ここで反対する土方歳三と別れ、東京板橋の薩長軍の本陣に出頭しましたが、斬首されてしまいました。
近藤と別れた土方歳三は新選組を率いて、日光、会津、仙台、そして函館五稜郭と転戦していきました。ボランティアのおじいさんがいろいろ説明してくれます by あおしさん近藤勇陣屋跡 名所・史跡
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10年ほど前に来たときは古い建物のお土産屋さんで、おばあさんが新選組グッズを販売していた記憶があるのですが、建物はきれいに建て替えられて地元のお酒のおみやげ物店になっていました。
それでもボランティアのおじいさんが新選組の最後について語ってくれていました。
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