2025/07/26 - 2025/07/26
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+mo2さん
国立西洋美術館常設展のピカソの人物画を見てきました。
国立西洋美術館HPより
20世紀を代表する芸術家パブロ・ピカソ(1881-1973年)は、何よりも「人」を描いたことで知られます。彼は、生と死、戦争と平和、愛と欲望といった私たちを取り巻くあらゆるテーマや感情に向き合い、強い存在感を放つ人間の姿を描き続けました。本展は、ピカソの人物画に焦点を当てることで、この芸術家の核心に迫ろうとするものです。
ピカソは、母国スペインの美術学校における写生デッサンの訓練を通して、人体を正確に把握し再現するための基礎を築きました。独学で学んだカリカチュアの手法は、ピカソの人物像におけるユーモラスな誇張や単純化、デフォルメの表現に生かされます。一方キュビスムの発明は、理想的な人体美の伝統を根底から覆し、人物画を新たな造形実験のための場へと転換させました。
ピカソの人物画の主題は、初期には社会から疎外された人々、両大戦間には古典古代、晩年には「画家とモデル」など多岐に及びますが、生涯にわたり中心的な位置を占めたのは肖像画です。それらの多くは従来のような注文制作ではなく、家族や友人、恋人たちを自由に描いたものでした。ピカソはとりわけ、最も身近な存在であった女性たちを、技法やスタイルを変えながら何度も取り上げています。そして1枚の絵には集約できない一人の人物の多面性や彼女らに向けられた自身の変化する感情を、一連の肖像画を通して表現しました。
本展は、近年多数の寄託作品により拡充された当館のピカソ・コレクションをまとめて紹介するまたとない機会となります。さらに国内の美術館のご所蔵品若干数を加えた絵画、素描、版画、資料など合計34点を通して、画家の青年期から晩年に至る人物画の表現と主題、その革新性と多様性をご覧いただきます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線
-
1.友人たちの肖像─「四匹の猫」初個展(1900年)
「リュイス・アレマニの肖像」1899-1900年
1895年に家族でバルセロナに移り住んだピカソは、やがて美術教師の父親が奨励したアカデミックな教育と決別し、1899年からカフェ「四匹の猫」に出入りするようになります。バルセロナの若き芸術家や知識人の溜まり場だったこの店は、当時最先端の芸術潮流「ムダルニズマ(近代主義)」の実践と発信の場でもありまし
た。1900年2月、ピカソはここで初めての個展を開催します。 -
「座る若い男」1899年 東京ステーションギャラリー
ピカソがモデルとしたのは自身の芸術家サークルの友人や知人─その多くは無名のボヘミアンたちでした。法律を学ぶ学生だったリュイス・アレマニ(上作品)と 、医 師 のマ ヌエ ル・リバス・イ・カレラス(本作品)を描いた2点の肖像は、この個展で展示されたと考えられる作品です。 -
2.周縁化された人々へのまなざし
「貧しき食事」1904年(1913年刷)
1900年10月のパリ初訪問から1904年4月に同地に移住するまでの時代、ピカソはバルセロナとパリを行き来する生活の中で、最初の独自の様式の確立へと向かいます。暗い青色が絵画を支配したことから一般に「青の時代」と呼ばれるこの一時代は、親友の画家カルラス・カザジェマスの自殺を一つの契機に、貧困や孤独に苦しみながら社会の底辺を生きる人々が繰り返し描かれました。この時代を代表する版画作品《貧しき食事》では 、質素な 食卓につく盲目の男性と寄り添う女性の痩せこけ、細長く誇張された身体表現が、二人の置かれた悲惨な境遇を物語っています。 -
「貧しき人々」1905年(1913年刷)
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「サルタンバンク」1905年
パリでは異邦人であったピカソが自らの境遇を重ねた存在でもありました。画家は、彼ら/彼女らの華やかな舞台ではなく、《サルタンバンク》に見るような舞台裏での
ささやかな日常的光景に目を向けています。 -
3.キュビスムの幾何学的身体
「レオニー嬢、マックス・ジャコブ著『聖マトレル』より」1910年(1911年刊)│東京国立近代美術館
1906年夏頃から、ピカソはそれまでの物語性に富んだ象徴主義的な表現を捨て、その関心を主題よりも人物像の造形的探求へと向けていきます。 -
「男の頭部」1912年(制作は1911年夏にセレにて)
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4.バレエ・リュス
「道化師」1918年
1914年に第一次世界大戦が勃発して以降、孤独や経済的な危機といった様々な困難に直面していたピカソに大きな転機が訪れます。1916年、ピカソは当時パリで一世を風靡していたバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の演目『パラード』の舞台美術と衣装デザインを引き受けます。 -
「青い胴衣の女」 1920 年
1920年に描かれたこの小品は、水彩画ですが、白の不透明水彩を加えて画面に重厚さを与えています。「薔薇色の時代」から続くデフォルマシオンの強調が厭味なくその手や腕を豊かなものに作り上げます。こうした一本一本の線はまことに的確で、大柄な身体にのせられた比較的小さな顔の淡紅色の肌が、白を加えられた褐色によって引き立てられ、全体としては彫像のような重みと威厳が与えられています -
5.古典古代への憧憬
「泉」1921年
戦前のキュビスムの追求から一転、1914年に突如として写実的な人物像を描き始めたピカソは、戦中から戦後にかけてフランスの美術界を支配した「秩序への回帰」の傾向に先鞭をつけました。 -
「三人の女」1922年
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「夜、少女に導かれる盲目のミノタウロス」1934年(1939年)
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6.親密な肖像
「顔」1928年
1927年、ピカソはパリの街角で当時17歳のマリー =テレーズ・ワルテルと出会います。「きみは面白い顔をしているね。きみの肖像画を描いてみたい。」マリー =テレーズの回想によれば、ピカソは彼女にこう声をかけたといいます。 -
「画家の娘」1942年
1935年 、ピ カ ソ と マ リ ー =テレーズとの間に娘マヤが誕生します。ピカソは妻オルガと以後別居するも、離婚には至りませんでした。そのため彼がマリー=テレーズ母娘と正式に家族になって共に暮らすことはありませんでしたが、彼女たちと定期的に会い、幼い娘の成長の記録を描き留めています -
7.戦時下の肖像
「小さな丸帽子を被って座る女性 」1942年
第二次世界大戦の勃発とともに多くの前衛芸術家が亡命や疎開を選んだのに対し、ピカソはナチス・ドイツに占領されたパリに留まり、過酷な状況下で制作を続けました。パリ占領時代の1942年に描かれたこの2点の女性像は、いずれもシュルレアリスムの写真家で、1936年から公私にわたるピカソのパートナーであったドラ・マールの肖像画です。 -
「女性の胸像」1942年
《女性の胸像》では、ドラは見る影もなく激しく変形されています。目を見開き、歯をむき出しにして悲痛の表情を浮かべるその頭部は、戦争における暴力と、不安や恐怖をより直接的に喚起します。 -
8.戦後の様式化された頭部
「ヘアネットの女」1949年
1945年の終戦により、ついに平和の時代が到来します。ピカソは自らの生活環境と芸術を刷新すべく、戦後の拠点を南仏に移し、陶芸のような新たなジャンルや、美術史上の名作に基づく連作のような新たな主題にも挑戦しました。一方で、人間の顔や身体の表象そのものに対するピカソの強い関心は戦前から一貫しており、とりわけ女性の頭部や胸像における表現の可能性を探求し続けました。 -
「窓辺の女」1952年
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「赤い胴着」1953年
《赤い胴着》では、正面観の頭部に、前向きと横向きの目が組み合わされ、鼻と口も別々の方向に歪められています。 -
「ルーカス・クラーナハ(子)に基づく女性胸像」1958年
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「顔」1962年
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9.「画家とモデル」─飽くなき探求の果て
「横たわる女」1960年
スペイン南部のマラガに生まれ、バルセロナ、パリ、南フランスなどで制作した今世紀最大の芸術家であるピカソは、その生涯にわたって破壊と創造を繰り返しました。第二次世界大戦後に行った彼の試みの一つは、キュビスムを造形主義の方向に解体したことです。本作品はキュビスムとは別の観点で描かれた裸婦の重要な作例といえます。 -
「アトリエのモデル」1965年
梅原龍三郎氏より寄贈された作品。 -
「1968年3月29日」1968年
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「1968年5月16日 VI 」1968年
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「男と女」1969年
ピカソ88歳の時の作品です。
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