2025/06/01 - 2025/06/01
8位(同エリア750件中)
旅猫さん
旅の三日目は、まず、佐渡国一宮である度津神社を参拝。その後、佐渡島の南端に位置する宿根木集落を訪ね、木造の民家が立ち並ぶ街並みを散策する。そして、午後は酒蔵巡りをし、相川にある温泉宿に宿泊する。
(2025.06.20 投稿)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝風呂の後、朝食を頂く。料理はバイキング形式である。品数は普通で、料理もよくあるものばかりであったが、ソーセージが粗挽きのしっかりとしたものだった。
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八幡温泉前バス停から、7時40分発のバスに乗車。バスは、海岸線をしばらく走って行く。そして、海岸線を離れると、40分ほどで一の宮入口バス停に着いた。来た道を少し戻ると、羽茂川に架かる羽茂橋に出た。橋の上から上流を眺めると、自然豊かな風景が広がっていた。
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羽茂川沿いの道を、佐渡一宮へと歩いて行く。羽茂本郷の集落から佐渡一宮までは、徒歩で30分以上掛かる。しばらく歩くと、周囲は田圃が広がる山里の景色となった。長閑である。
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20分ほど歩くと、羽茂飯岡と言う集落に入った。人気は無い。民家の軒先にバス停があったが、すでに路線は廃止されていて、バスは来ない。
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飯岡集落の先で、羽茂川を渡る。朱色の欄干の橋の先には、佐渡一宮である度津神社の鳥居が見えている。
度津神社 寺・神社・教会
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度津神社は、他の一宮に比べ、かなり人気の無い場所に鎮座している。鎮座する羽茂郡は、かつて、佐渡を支配した本間氏の分家である羽茂本間氏の本拠地であった。しかし、佐渡の中心からはかなり離れており、何故、この地に一宮があるのかは謎である。境内は、杉木立に包まれていた。
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拝殿で参拝したが、境内には誰もいない。これまで、多くの一宮に詣でて来たが、これほど人気の無い一宮は珍しい。
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境内の一角に、大きな岩があった。『釣り岩』と『亀岩』と呼ばれるもので、祭神の五十猛命に纏わるものとある。それにしても、このような伝承は、いつ頃に造られたものなのだろう。神話とは不思議なものである。
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書置きの御朱印を頂き、神社を後にする。すぐ右手に、佐渡植物園と言うものがあったので入ってみると、猫がちょこんと座っていた。逃げる気配が無いので回り込もうとしたのだが、すぐにすり寄って来てしまうので諦めた。お腹が空いているようだった。
佐渡市立佐渡植物園 公園・植物園
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近くでは、ヤマボウシの花が満開であった。
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そのすぐ脇に、句碑があった。新興俳句の騎手であった山口誓子が、佐渡島逗留中に詠んだ句の一つ『ひぐらしが 鳴けり神代の 鈴振って』が刻まれていた。旅の途中、彼の句碑を他にも見掛けた。
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植物園の近くに羽茂温泉の日帰り温泉施設があった。バスの時間までかなりあったので、ひと風呂浴びようと向かったのだが、営業前であった。仕方が無く、来た道を戻る。途中、整然と植え付けられた稲が美しかった。
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バス停まで戻って来たが、まだ1時間近くある。そこで、羽茂本郷の集落内を歩いてみることにする。裏道に入ると、木造の民家が立ち並ぶ場所があった。
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近くには、崩れそうな製材所などもあった。歩いていると、度津神社への道へと出た。まだ30分以上時間があるので、地図にあった草苅神社へ行ってみることにした。
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草苅神社の創建年代など、詳しいことは分からない。江戸時代には、八王子牛頭天王、羽茂祇園社などと呼ばれていたらしい。草苅の名は、かつての地名だそうだ。
草苅神社 寺・神社・教会
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この境内にも、能舞台があった。茅葺屋根の舞台である。明治期以前に建てられたものと考えられているそうだ。一度の旅で、いくつもの能舞台を観たのは初めてである。
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バス停へ戻り、10時33分発のバスに乗り、宿根木へと向かう。宿根木行は、日に三本しかないの。このバスが最初の便なので、乗客も数名乗っていた。
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たらい舟で知られる小木を過ぎ、25分ほどで、宿根木バス停の一つ手前の小木民俗博物館バス停に着いた。降りたのは、私だけである。すぐ目の前にある博物館に、まずは入る。千石船展示館では、かつて佐渡島で使われていた『白山丸』と言う千石船が復元されていた。乗り込むことも出来、貴重な体験であった。
佐渡国小木民俗博物館 千石船展示館 美術館・博物館
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博物館の建物は、かつての小学校の校舎を利用したもので、一部の展示室は、教室がそのまま使われていた。
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博物館を見学した後、十王坂を下り、宿根木集落へと入る。まずは、坂下にあった白宿根木の鎮守である白山神社にご挨拶。三日目にして、初めて多くの観光客と出会った。しかし、白山神社にお参りする人はいない。その石の鳥居は、江戸時代に奉納されたもので、尾道の石工が造ったものだそうだ。
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その白山神社の前に、宿根木公会堂と言う建物があった。ツアー客が、案内人の説明を受けている。何でも、芝居小屋形式のものだそうだ。
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その公会堂の前を、水路が流れている。神社の前で南へ折れ、集落の中を流れて行く。その水路の脇に、いつのまにか猫が座っていた。観光客が近寄っても逃げる気配はない。かなり人慣れているようだ。
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おかげで、背後に回り込んでも、まったく動じない。その毛並みと言い、貫禄と言い、かつて出会い、旅猫の最初の称号を得た奴に匹敵する。久しぶりに、後姿を撮ることが出来、感無量である。何だか、今年は良い一年になりそうである。
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水路沿いに少し歩くと、また人だかりが出来ている。見れば、宿根木の顔とも言うべき三角家が立っていた。道の分かれる場所に立っているため、建物が船の舳先のようになっている。弘化3年(1846)の大洪水後に、羽茂大橋から移築されたそうだ。江戸時代の建物とは知らなかった。
千石船の里・公開民家 名所・史跡
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狭い宿根木の集落に、二、三組の団体が入っていたので、それを避けるように歩いて行く。有名な観光地ではあるが、思いのほか佇まいは落ち着いていて、観光客相手の店も目立たない。歩いていると、深い群青色の建物が見えて来た。百年以上前に船大工により建てられた家で、『石』と刻まれた扇形の飾りが軒下に付いていた。
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集落の中に、旧小木町のマンホールがあった。おけさ笠を被り、たらい舟を漕ぐ船頭と、旧小木町の木である椿が描かれている。
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宿根木は、北前船の寄港地であった小木の入り江にある集落で、狭い土地に簡素な板壁の民家が、肩を寄せ合うように密集している。
宿根木の町並み 名所・史跡
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そんな街並みの中には、公開されているものもある。その中の一つ、金子屋に立ち寄ってみる。中へ入ると、簡素な板張りの外観からは想像も付かないくらい設えが豪華である。重伝建でよく見かける豪商のそれと変わらないのである。やはり、北前船の影響は大きいようだ。
金子屋 名所・史跡
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『あなぐち』と言う料理屋があった。その屋敷は、かつて廻船業を営んでいた佐藤伊左衛門と言う船主のもので、『穴口さん』と呼ばれていたそうだ。江戸時代には、かなり繁盛したらしく、今でも、四国讃岐の琴平町には、寄進された大きな灯篭が残っているそうだ。庭には、越前三国から運ばれた笏谷石の敷石が見られた。
お料理 あなぐち グルメ・レストラン
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その向かいには、洋風の建物があある。旧宿根木郵便局である。大正10年(1921)に建てられたものだそうだ。明治から大正は、西洋化が急速に行われた時代だが、佐渡島の片隅にも、その波は押し寄せていたのだ。とは言え、地元の大工が建てているので、周囲の民家とそれほど変わっていないのが、ある意味可愛い。それでも、当時はかなり目立ったことだろう。
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その斜向かいに、公開されている『清九郎』と言う民家があった。こちらも、外観は質素だが、中は漆がふんだんに使われ、とても趣がある。街道筋の豪商の佇まいすらある。
公開民家 清九郎の家 名所・史跡
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二階から外を眺めると、石置屋根が見られた。信州などで多く見ることが出来る屋根葺きの様式だ。薄い屋根板の上に石を置き、風などで飛ばされないようにしたものである。
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清九郎の家から少し歩くと、柴田収蔵の生家があった。彼は、蘭学などを学び、幕府の蕃書調所絵図調出役となった人物である。朝廷や薩長が攘夷を叫んでいる頃、確かな研究に基づき、多くの世界地図を作成したことで知られる傑物である。このような人物も、新政府には都合が悪く、顧みられることは無かった。
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バス停のある駐車場に出た。そこは、かつて大浜と呼ばれた場所である。能登の間垣に似た『風垣(かざがき)』が見られる。冬の日本海の荒れ狂う様が目に浮かぶ。
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宿根木集落の目の前に広がる入り江を望む。風はあるが、波は穏やかで湖のようである。小木港と同じく、たらい舟に乗ることが出来るようだ。
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バスの時間まで少しあったので、集落を望む場所に行ってみる。眺めてみると、狭い土地に家がひしめき合っているのが良く分かる。
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12時5分発のバスで、宿根木を後にする。次に訪れたのは、真野新町である。真野新町は、奉行所や金山のあった相川と小木湊を結んでいた相川往還の宿場町である。新町集落センター前バス停で降り、北へと歩くと、左手に本陣山本家がある。今でも、佐渡奉行が宿泊した時に掲げられた宿札が50枚も残っているそうだ。司馬遼太郎氏も訪れ、11代目と12代目と会い、資料などを見せてもらっている。
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交差点を挟んで斜向かいに、『真野鶴』で知られる尾畑酒造がある。もちろん、立ち寄ることにする。創業は、明治25年と比較的新しい蔵である。とは言え、海外進出もしている蔵で、鼻息は荒い。
尾畑酒造 名所・史跡
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中へ入ると、最近九州などで見かけた観光蔵よりは落ち着いた感じであるが、やはり、試飲は機械である。四種類は無料であったが、他はすべて有料なのも大きな蔵らしい。
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尾畑酒造の並びに、司馬凌海先生生家跡の碑があった。司馬凌海先生と言えば、司馬遼太郎氏の『胡蝶の夢』の前半の主人公である。幕末の日本の医学黎明期に活躍した人物で、語学の天才とも言われている。小説を読んでから時が経っていたので、生家跡に立つことが出来て嬉しかった。
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そのまま歩いて佐渡博物館まで行こうと思っていたのだが、すでに足が疲れていたので、バス停に戻ることにした。すると、歩道にご当地マンホールがあった。旧真野町のものである。意匠は、真野町の花である菊と町の木の松、真野湾の波に鯛が踊っている。
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やって来たバスに乗り地図を見ていると、近くにもうひとつ酒蔵がある。そこで、四つ先の長石バス停で降り、歩いて戻ると、確かにあった。『新陵』と言う銘柄を醸す逸見酒造である。事務所に寄ってみたが、人の気配が無い。諦めて戻りかけた時、後ろから呼び止められた。佐渡で一番小さな酒蔵だそうだ、生産量は少ないが、通販もしているそうだ。三本ほど購入し、送ってもらった。
逸見酒造 グルメ・レストラン
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バス停に戻ると、まだ時間がある。そこで、すぐ近くにあった長石神社に参拝する。創建年代は分からないが、かつては祇園社と呼ばれていたらしい。旧長石村の鎮守で、ご神体は長い石だそうだ。
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境内では、紫陽花の花が咲き始めていた。
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遅れてやって来た13時10分発のバスに乗り、河原田本町バス停で下車。河原田は、江戸期に相川に陣屋が移るまで、上杉氏の佐渡支配の中心であった場所である。現在でも、佐渡有数の街であるが、やはり寂しい感じである。日曜日と言うこともあり、店の多くは休みのようだ。
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相川へ向かうバスまで30分余りあるので、近くの海岸に出てみる。すると、そこに桟橋があった。あめやの桟橋とある。長さも短く、近代的な桟橋であるが、そこから海を見ると、なかなか風情がある。
静かな桟橋 by 旅猫さんあめやの桟橋(佐和田海水浴場) 自然・景勝地
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バス停へ戻る途中、旧佐和田町のご当地マンホールがあった。描かれているのは、町の花であった菊と、町の木であった松である。
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バス停でバスを待っていると、道の向こうに『大阪屋』と言う和菓子の店が見えた。行ってみると、シュークリームがお勧めのようだ。実は、和菓子屋の洋菓子が好きである。ひとつ買い、バス停の長椅子で食べてみる。すると、ふんわりサクサクの生地に、上品なクリームが入っていて、これがとても美味しかった。
大阪屋 佐和田店 グルメ・レストラン
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15時54分発のバスに乗り、相川を目指す。そして、20分足らずできらりうむ佐渡バス停に到着した。『きらりうむ佐渡』は、佐渡金山の案内施設だが、閉館間際だったので、明日の朝に寄ることにした。
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宿に連絡し、送迎をお願いする。車内で、この二日間で泊まった宿のことを話すと、「小さな宿なのでと」と恐縮されてしまった。数分で着いた宿は、海に面した小奇麗な建物であった。
相川温泉 いさりびの宿 道遊 宿・ホテル
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通された部屋はこじんまりとした和室であった。
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窓からは、目の前に日本海が見渡せる。
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夕陽が観られると言うので、近くの春日崎へ行ってみる。途中、旧相川町のご当地マンホールがあった。見れば、町の木であった『マルバシャリンバイ』と、佐渡金山の象徴である『道遊の割戸』が描かれていた。
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道沿いからも、夕陽に染まる日本海が綺麗である。
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春日崎に入ると、トビシマカンゾウが咲いていた。先客が二人いたが、他に人影は無い。
春日崎 自然・景勝地
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岬の西側の景色もなかなか良い。
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岬の先へと歩いて行くと、岩場には浜甘草などが咲いていた。
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しばらく眺めていたが、陽はまだ高い。調べてみると、日没は19時過ぎだと言うので、夕食後にもう一度訪れることにした。
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夕食は、広間である。昔ながらに、畳の上にお膳が据えられている。とりあえず、汗をかいたので、生麦酒をお願いした。凍らせたジョッキに、キンキンに冷えた麦酒が注がれ、とても美味しかった。
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鍋は豚である、素朴な味わいだったが、海鮮ばかりだったので嬉しい。
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佐渡島のすべての酒蔵の飲み比べがあったので、注文。今回寄れなかった二つの蔵のお酒が呑めたのは良かった。
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蟹が半身付いていると言われたが、初日の一杯食べていたので、拘りだと言う鶏のから揚げに変えてもらった。煮物は、メバルであった。から揚げはいまひとうであったが、メバルは悪くなかった。
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食後、春日崎へと向かう。宿には、お年寄りの10人の団体と夫婦が一組泊まっていたが、夫婦だけが後から来ていた。目の前に、大きな観光ホテルがあるのだが、そこの客は誰も来ていない。岬にあった灯篭の窓に、ちょうど夕陽が重なった。
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しばらく眺めていたが、水平線には雲が出ている。そのうち日没の時間となったが、海は輝かず、結局、そのまま沈んでしまった。
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残念ながら、美しい夕景を観ることは出来なかったが、夕暮れの風景をほぼ独り占めにすることが出来た。俳人であれば、ここで一句捻るところだが、凡人である私では、何も思い浮かばない。最終日の明日は、金山周辺を歩く予定である。
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この旅行記へのコメント (4)
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- willyさん 2025/06/24 14:57:25
- 真野地区
- 旅猫さん
外せないとおっしゃっていた一宮、確かに珍しいほど静かなたたずまいですね。。。ちょっと驚きました。佐渡は合わせて250もの神社があるのだそうですね。
司馬凌海さんについては、私の旅行記では幼名呼び捨てで記載していたので、拝見して恐縮でした。
そして植物園について気になったので調べたところ、牧野富太郎氏の指導を得て立ち上げられ、博物館の資格も持つのだそうです。牧野氏が新種として発見したヤマトグサという日本固有種があるそうで、植物も消えるのはあっというまだから、早いうちに見に行きたいと思いました。
岬の海とノカンゾウが美しい光景ですね。次はそちらのほうにも行ってみたいです。
willy
- 旅猫さん からの返信 2025/06/25 20:59:13
- RE: 真野地区
- willyさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
佐渡一宮、遠かったです(笑)
でも、今までに訪れた一宮の中で、かなり静かで凛としていました。
250も神社あるとは知りませんでした!
でも、佐渡島は、そこら中に神様が居そうな感じでした。
司馬凌海氏は、司馬遼太郎氏の小説初めて知り、興味ががありました。
今回は、生家跡だけでしたが、出来れば他の場所も訪れてみたいなと。
あの植物園は、そんなに由緒があるのですね!
誰も訪れてなく、かなり寂れていました。
尖閣湾は、なかなか綺麗な場所でした。
船に乗れば、もっと違った印象かもしれません。
いつか、もう一度佐渡島は訪れてみたいと思います。
旅猫
-
- ポテのお散歩さん 2025/06/22 06:10:41
- 宿根木の町並み
- 旅猫さん おはようございます。
佐渡の猫ちゃん、毛並みも良くて貫禄がありますね(^^)
どの家も木造で、アスファルトではなく石畳が敷いてあるので
風情があります。
外からは想像できませんが、漆塗りが施されて
今では見られない建具と 高い天井が重厚ですね。
古い家を改装したお店がありますが、時の流れを感じる本物には
敵わないですね。
時々、旅の途中でお酒を買われてご自宅に送られますが
旅から帰宅されても楽しみが続いて羨ましいです♪
それから、和菓子屋さんの洋菓子、品があって美味しそうです(*^-^*)
ポテ
- 旅猫さん からの返信 2025/06/22 11:20:50
- RE: 宿根木の町並み
- ポテさん、こんにちは。
いつもありがとうございます。
久しぶりに、旅猫姿が撮影出来て良かったです(^^)
とても毛並みも綺麗で、動じない貫禄もあり、まさに旅猫でした。
宿根木の集落は、板張りの家ばかりで、風雪に晒された風情がありますが、一部の建物の中は、漆塗りでとても豪華です。
北前船のもたらした文化と繁栄は、余ほどのことだったのでしょう。
当時の隆盛が感じられました。
観光客が多い場所ですが、佇まいは落ち着いていて、良いところでした。
今回は、滅多に行くことが出系ない離島でしたので、立ち寄った酒蔵すべてでお酒を買ってしまいました(笑)
これから、少しずつ、ゆっくり味わいたいと思います。
これも、旅の醍醐味のひとつです。
そうそう、あの和菓子店の洋菓子は、どれも美味しそうですした。
お店一押しのシュークリームは、絶品でした!
旅猫
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