2025/02/18 - 2025/02/25
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ミズ旅撮る人さん
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南インドの旅も最終回となりました。コーチンの観光を終え、夕方になるとケララの伝統的な舞踏カタカリダンスを見に行きました。民族舞踊などに興味はなく、そのままホテルに直行して欲しいと思っていたのですが、実際に見て実に感動しました。カタカリダンスは踊りを見るのではなく、登場人物がわずか2人のパントマイムを見るのです。もっとつまらなそうですが、メイクアップの様子から見学が始まり、パントマイムを見終えて、すっかり魅了されてしまいました。衣装が独特で目を引くだけでなく、役者のパフォーマンスが派手なジェスチャーではなく、顔の筋肉や手の動きで表されることに感心しました。これは実際に見ないとわからないと思います。インドを離れても、カタカリダンスの音楽と登場人物の演技が頭から離れませんでした。
翌日はこのツアーの得意技・早朝3:15のモーニングコールで7:35発のデリー行きの飛行機に乗ります。デリーは涼しいことに驚きました。ツアーでは一切観光は付いていませんでしたが、階段井戸に連れて行ってもらいました。最後にショッピングモールに寄って、南インドの旅は終わりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ショッピング
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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「KATHAKALI」カタカリダンスは住宅街の中の3階建ての建物で行われます。ショーは1日2回あり、1回目は14時にメイクアップが始まり、15~16時が本番です。私たちは2回目の、メイクが17時、18~19時がショーの見学をしました。この時は何故メイクアップの様子を見学するのかわかりませんでした。
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観客席は1階と2階があって、私たちは2階席の最前列で観ることになりました。既にメイクアップは始まっています。舞台の上にはゴザが敷かれ、2人の男が前に並べた塗料を調合し、顔に塗って行きます。
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二人は、手に鏡を持って覗き込みながら派手なメイクを施して行きます。
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鏡と共に小さな紙切れを持っています。メイクの手順書でしょう。
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わざわざ舞台の上でメイクをして、観客に見せるのは何故なのか?
メイクの時間は1時間ほどもあって、その間ずっとこれを見るのかしら・・・ -
向かって右側の男が、舞台の左端に座っていた男の前に仰向けに寝そべりました。待ち構えていた男は、メイクの仕上げをするようです。
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顎のあたりに糊を付けてそこに白いものを貼り付けて行きます。
観客たちは舞台の前まで行って間近に見ることが出来ます。 -
こちらは顔の下半分のメイクが終わり、残すところは額くらいです。
派手な色のメイクは中国の京劇に似ています。どんな踊りを踊るのかしら。 -
寝そべっていた男が戻って来ました。はて?顎の周りに付いているお皿のようなものは何?どういう役柄だとそれが付くの?奇想天外という言葉が頭に浮かびます。いったいどんな話なんだろう?
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今度は左の男が寝そべります。観客には前以て日本語で書かれた説明書きが渡されます。「NARAKASURAナラカスラの死」これは古典神話の中で有名な物語です。全能な悪の王ナラカの凶悪さには天界の王インドラさえも恐れをなしていて、後にクリシュナが妻SATHYABHAMAを伴ってナラカを殺し、この世と天界を救うという話です。クリシュナは16000人も妻がいたとされ、最も有名なのがラーダとルクミニです。カタカリのための「ナラカスラの死」は、18世紀にマハラジャのカルティカ・ティルナル氏によって書かれました。
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舞台の前の床には象や花、仏足石のスタンプがありました。
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舞台の袖にはナタラージャ(踊るシヴァ神)の像が祀られています。
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メイクの手伝いをしていた男と、オレンジと黒のメイクをしていた男が退場しました。それと入れ替わりに、向かって右側の男がメイクを始めました。彼のメイクは、他の二人とは違い、顔全体におしろいを塗りたくって、更に黄色く塗り上げました。
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壁にポスターが貼られています。なるほど、これになるのか。
説明書きのあらすじを転記します。
「凶悪な悪魔ナラカの妹であるナクラツンディは、絶世の美女をナラカの楽しみのために捕えるため、天界へと侵入する。その帰り道、ナクラツンディはジャヤンタン(インドラの息子)に出会い、一目でその美しい若者に恋をしてしまう。ナクラツンディは、ジャヤンタンをものにするために捕えた美女たちをも手放し、自分自身を美しい女性へと姿を変え、彼に迫る。しかしジャヤンタンが彼女の気持ちを受け入れないとナクラツンディは、更に強引に迫り、ジャヤンタンは怒り、彼女を完全に拒絶する。すると彼女は本来の醜い姿へと戻り、彼を攻撃し始める。最後にはジャヤンタンは彼女の耳・鼻そして胸を切り落とし、この出来事を父親に報告しに行きます。」 -
3人目の男は、顔を黄色く塗り、やや大袈裟なメイクをして完成したようです。他の二人とは随分違います。彼の役柄は?
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ショーの始めは楽器演奏です。しばらくして、メイクをした彼が出て来て中央の椅子に座ります。両手両足を動かさないようにして、目の動きでリズムをとります。
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黒目が上を向きます。
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黒目が下を向きます。もちろん左右上下にハッキリとわかるように動きます。白目が普通より広いように見えます。それにしても、彼の顔は大仏様のようです。ポーズもそんな風だし、額に赤い白毫もあるし。
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大仏様の百面相。
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笑みを称えた口元が怖い・・・
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彼が自在に操れるのは目だけではなく、顔の筋肉も額・頬・顎と別々に動きます。どうやって顔の筋肉をハッキリ見て取れるほど動かせるのか不思議です。観客たちは段々と彼から目が離せなくなりました。
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顔芸が終わると彼は舞台の袖に入って行きました。しかし、彼の芸はそれだけではなく、後に驚くべき変容を見せるのです。
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舞台には幕の後ろから黒い衣装の女が現れました。
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彼女は両手に葉っぱを取り出しました。同時に甲高い奇声を発します。
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音楽に合わせて踊ります。彼女は、悪の王ナラカの妹ナクラツンディです。メイクを見てお分かりかと思いますが、メイクアップを見せていた左側の男が扮しています。
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黒いナクラツンディが退場すると、派手な衣装の二人が現れました。左は顎に白いお皿を付けた男です。インドラの息子ジャヤンタンです。右の女性が、驚くなかれ先程の顔芸を見せていた男です。ナクラツンディが化けた美女ラリータです。
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彼女は自在に動く顔の表情だけでなく、手の所作で感情を表します。無言劇のパントマイムなので、細かい動きの一つ一つが気持ちを伝えます。
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ジャヤンタン。「一目で恋に落ちるほどの美しい若者」だそうです。ツアーの中では「カエルの王子様」と呼ばれていました。何故あのような顎飾りがあるのでしょう?
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カタカリダンスはほとんど踊りは無く、パントマイムの劇を見るのです。しかも、物語の中の一場面だけです。それでおもしろいのかと言うと、実はおもしろいのです。
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「カエルの王子様」が一番動いたのはこの場面でした。
「ああ、そこの美しい人。何故ここにやって来たのか教えてくれないか?」 -
ラリータ:「私は天界に属する家柄の者です。私はあなたに一目惚れしてしまいました。出来るものならば人生の甘美な歓びをあなたと共に感じたい。」
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ナクラツンディが化けたラリータは、何とかしてジャヤンタンを口説き落とそうとします。
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ジャヤンタン:「すまないが、私は父の許しなしには、あなたと結婚することは出来ない。」
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ジャヤンタンは、以降腕を組んでピクリとも動かなくなります。
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ラリータ:「ああ、あなたが私の夫だったら良いのに。お願いですから、私の愛を拒絶し私を悲しませないでください。」
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ラリータは、様々な手練手管を使って、ジャヤンタンを口説き落とそうとしますが、悉く退けられてしまいます。この間のラリータの身振り手振り、そして表情が素晴らしいのです。
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どうしても自分が受け入れられないとわかると、ラリータは怒りに悶え苦しみます。この表情が実にドラマチックに変化して行きます。カタカリダンスは彼女の表情がもっとも見応えのある部分です。
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これがさっきの男だとは到底見えません。この豊かな顔芸が出来るのは、劇団の中にもそうはいないでしょう。
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台詞は一切ないパントマイムです。予め配られた紙にあらすじなどが書かれているので、今この辺りだなと推測するだけです。それにしてもカエルの王子さまは父親の許可が無いと結婚できないなんて情けないやつだと思いませんか?そもそもだったら声なんか掛けるなと言いたいです。
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どうあっても受け入れてもらえないとわかったラリータは、徐々に本性を現わして行きます。牙が生え、黒い髪がうごめきます。
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ナクラツンディが現れました。可愛さ余って憎さ百倍。自分になびかないジャヤンタンを攻撃し始めます。ジャヤンタンも、剣を持って対抗します。
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「最後にはジャヤンタンはナクラツンディの耳・鼻そして胸を切り落とし」ます。確かに切り落としやすそうな胸ですが、それを切るというのは変態じゃない?耳と鼻をそぐというのも残虐行為です。ジャヤンタンは正義の味方などではなさそうです。ここまででカタカリダンスの見学は終わりです。
ラリータの演技は大層素晴らしかったです。メイクアップから見た意味がよ~くわかりました。 -
ホテルに向かう途中で見掛けた教会の前にあったマリア像です。いや~~~見事なものです。インドのキリスト教会には建物の前に像が独立して立っているのがヨーロッパの教会との明確な違いです。
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コーチンで1泊して、翌朝3:15にモーニングコールです。7:35発のデリー行きの飛行機に乗るため、ホテルを4時に出発しました。このツアーはとにかく早朝に起きなくてはならないことが多くて、日程に無理があるなと感じます。
デリーには10:55に着きました。インディラ・ガンジー国際空港はデリーの南15㎞にあり、渋滞が激しいのでツアーでのホテルは空港近くと相場が決まっています。 -
インディラ・ガンジー国際空港の端には空軍の飛行機がいました。
昼食がデリー中心部のレストランなので、北に向かいます。 -
空軍の次には空母の模型が前面に置かれた建物です。海軍なのかな?
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ニューデリーと空港を結ぶエアポートメトロ。渋滞を避けられるので便利です。
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車体にはエアポートエクスプレスと書かれています。
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インドらしい小型トラックです。スピード40㎞/h、キープ・ディスタンス。かつてはホーン・プリーズと書かれていたのですが、この車にはBLOW HORNとなっています。
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モディ首相の政党の選挙ポスターです。インドでは言語がたくさんあるので、ポスターを読んでもらえないことがあり、政党を表すマークが決まっています。モディ首相のインド人民党のマークは蓮の花(左上)です。
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地下鉄Line7のマゼンタ線のBhikaji Cama Place駅
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沿道にひと際目を引く赤い花が咲いていました。キワタ(木綿と書く)という木で、別名インドワタノキと呼ばれ、原産地はインドなどの熱帯地域です。台湾の台南市の白河林初?木棉花道には、1㎞にも及ぶ並木があり、3~4月の開花期には花見客が多く訪れるそうです。
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また撮ってしまったインドのトラック。Keep DistanceとBLOW HORNは定番ですが、画一的ではなく、それぞれ趣向を凝らした表記になっていて楽しいです。四隅には黒い毛糸を編んだ飾りが垂れ下がり、縁には黄色い飾りが描かれています。手作り感満載のインドのトラックが好きです。
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デリーの渋滞の中にいます。トゥクトゥクがいるので、車線はあって無きが如しです。でも、バングラデシュのダッカよりはマシなのだとわかりました。アジアの交通渋滞には慣れていますが、ダッカは別格でした。インフラが整備されつつあるので、それを体感するなら早めに行った方がいいです。
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2023年9月10日に行われたG20ニューデリー・サミットのポスターです。議長であるモディ首相の席には「Bharat」と書かれたプレートが置かれました。バーラトとは、ヒンズー語でインドを意味する言葉です。インド憲法には、「インド、すなわちバーラト」と書かれているそうです。
また、インドは宇宙開発がとても盛んな国で、世界でも数少ないロケットと人工衛星の両方を自国で製造できる国でもあります。ロケットの左側に書かれたISROはインド宇宙研究機関の略称です。インド初の月探査機Chandrayan-1は、2008年に月の周回軌道への投入に成功しました。2017年2月のPSLVロケットの打ち上げで、104機の衛星の打上げと軌道投入に成功しています。この打ち上げは一度に打ち上げた衛星の数として、世界一の記録となりました。インドは世界でも有数の低価格のロケット製造で、その存在感を高めていっています。 -
荷物をたくさん載せるのはお家芸かもしれませんね。
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メトロ・マゼンダ路線のGreater Kailash駅です。背後の建物には財閥TATAのプロバイダーが入っています。
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こんなに広い道路でも車線は自由。縦に並んだ信号機の下2つは矢印なんですね。
日本のように信号機が横に並んでいる国は殆どないのだそうです。 -
何故か信号機がいっぱい。左は車用。こちらを向いているのが歩行者用。右端の黄色い信号機は何だろう?一番上の四角形は色が変わるまでのカウントを表示しています。
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真っすぐな道の先に大統領官邸があります。この辺りは、政府要人の車がよく通るので、警護のバイクに先導された隊列が通り過ぎるまで、通行止めになることがあります。
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大統領官邸の反対側にはデリーを象徴するインド門があります。1911年にコルカタからデリーに首都が移され、イギリス人建築家によりニューデリーが建設、完成したのは1931年です。高さ42mのインド門は、第一次世界大戦の慰霊碑です。インドは戦後の独立を条件に参戦しましたが、独立は実現せず、インド共和国が成立したのは1950年です。戦没者は1万3500人に及びました。
インド門のゲートの向こうにもう一つ建築物が見えます。ネータージ・スバシュ・チャンドラ・ボース・キャノピーです。元々はイギリスのジョージ5世の像を収めていたキャノピーでしたが、現在はインドの自由運動指導者スバシュ・チャンドラ・ボースへの献辞として立っています。彼の名はコルカタ国際空港にも付けられています。ボースは1945年8月18日、インドの独立を見ずして亡くなりました。
実は、彼の遺骨は東京杉並区にある蓮光寺に眠っています。インド独立のため、ソ連・ドイツなどに働きかけて失敗し、日本と協力してアジアの日本軍占領地でインド国民軍を創設しました。日本の敗戦により、インド独立をソ連に交渉しようと台湾の松山飛行場から飛び立ちますが、離陸失敗により炎上、ボースは亡くなりました。遺骨は東京に運ばれ、日蓮宗蓮光寺で葬儀が行われ、現在胸像と石碑が立っています。 -
大統領官邸とインド門の間を北上して行くと大きなロータリーになります。シャングリラホテルが建っています。その斜向かいにはル・メリディアン、もう少し北に行くとインペリアル。そしてコンノートプレイスに着きます。インドに初めて来た頃は、この辺りに泊まってパリカバザールで買い物を楽しんだものです。今ではコンノートプレイスをショッピングストリートが取り巻いていて別世界です。
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ニューデリーの中心でもあるコンノートプレイスのすぐ近くに、なんと階段井戸があります。
アグラセン キ バオリ 史跡・遺跡
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アグラーセン・キ・バオリ(Ugrasen ki Baoli)
現在見られる建築物は14世紀デリー・スルタン朝のトゥラグ時代に再建されたもので、オリジナルはマハーバーラタに登場する伝説の王アグラーセン・キによって建てられたと言い伝えがあることから、この名前が付けられています。 -
木立の向こうにコンノートプレイス周辺に建つ高層ビルが見えます。
アグラセン キ バオリ 史跡・遺跡
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長さ60m、幅15m、108段の階段を持つ大規模な階段井戸です。
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インド・ボリウッド映画の人気俳優であるアミール・カーン主演の大ヒット作『PK』や、サルマン・カーン主演の『サルタン』など映画のロケ地として話題になっており、インドの若者が記念撮影をするスポットになっています。
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インドの建築物は石積みが多いのですが、井戸であることから、石の間が塗り込められています。ここは実際に使われたのでしょうか。
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真っ黒な水が溜まっています。
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階段井戸の底の方は地上より気温が低くて、涼むための部屋もあったようです。
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今はこちらの階段で涼んでいるようです。それにしても若者ばかり。デートスポットなんですね。
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階段井戸に隣接する建物がありました。大事な水の供給源ですから、管理人がいたのかな?
階段井戸から真西に行くと、ジャンタル・マンタル(天文台)があります。ジャイプールの物が規模も大きくて有名ですが同じジャイスィン2世が造ったもので、彼はバラナシなど3か所にもジャンタル・マンタルを設置しました。 -
階段井戸の最上部です。外から見ると味気ないですね。グジャラートに行かなければ見られないと思っていた階段井戸がニューデリーのど真ん中にあって、驚きました。
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インド門のすぐ横に、小型の蒸気機関車が置かれていました。Baroda houseという建物の前です。デリー・サフダージャング(Delhi Safdarjung)駅の傍に国立鉄道博物館があります。インドはアジアで最も早く鉄道が敷かれた国で、1853年ボンベイ(現ムンバイ)~ターネー間の40㎞が開通しました。当時支配していたイギリスが綿花・石炭・紅茶の輸送手段として敷設したのです。
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再びインド門のそばを通っています。東側から見ているのでちょうど夕焼けが綺麗です。
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戦争記念碑のところで国旗などを降ろしています。よく見るとインド門に赤と緑のライトが当たっています。夜は国旗の色にライトアップされるのですね。
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これは日中に連れて行かれたショッピングモールです。ツアーの行程にも書いてありましたが、あまりにも勘違いした場所でした。日本ではどこでも見られるもので、わざわざインドで買わなくてもいいので、つまらなかったです。ガイド氏は自慢げでしたが、もっと地元色の強いスーパーの方が嬉しかったです。
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デリーでも最大級のショッピングモールで、3つの棟が並んでいます。でもやっぱり、インドでこれを買わなくてもいいよねとしか思えなかったです。
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最上階にあるフードコートです。CoCo壱番屋がケンタッキーの隣にありました。JAPANESEと大書されています。確かに日本食なんでしょうね。
この後は空港に行って帰国です。行程の中で4か所の土産物店に立ち寄りますと書いてありましたが、どれも観光客狙いの店で、昔ながらの客を連れて行くとガイドにマージンが渡るような店でした。随分前にすたれたやり方だと思っていたのに、何故か復活していました。お陰で殆ど何も買わずに帰ることになりました。
2025年3月までは成田発着だったエアインディアが、羽田発着に変わりました。次にインドに行く時は羽田からになります。では今回はこれにて。ありがとうございました。
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