2025/04/21 - 2025/04/30
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ペコちゃんさん
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クルーズ最後の寄港地は『鹿児島』・・・古くから島津家による薩摩藩・72万石の城下町として栄えてきた鹿児島です。
現在の人口は58万人(福岡市・北九州市・熊本市に次ぐ九州第4位)で、幕末期には山口県の長州藩とともに薩長同盟を組み、明治維新に大きく貢献した西郷隆盛や大久保利通などを生んだ地でもあります。
今朝は雨模様ですが、2018年11月に南九州を旅行した時も鹿児島は雨・・・どうも鹿児島とは相性が良くないようですが、桜島は前回の旅行で行ったので、今回は仙厳園と市内散策で最後の観光を楽しみましょう。
写真は、2020年に復元された鹿児島城の「御楼門」。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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朝食は、メインレストラン「ライトハウス」を利用してみました。
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和食の朝食セットメニュー。
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私は「鯖の朝食セット」プラス「エッグベネディクト」、家内は「鮭の朝食セット」をオーダー・・・鯖の塩焼き・きんぴらごぼう・しらす大根・温泉卵など、どれも美味しかったのですが、外国船なのに特に味噌汁が美味しい!・・・良いお出汁が出てます。
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鹿児島は外国(済州島)からの入国となるので「携帯品・別送品申告書」を記入・・・下船する際は税関検査があります。
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入国手続き後、パスポートを見ると、金沢(出国)・鹿児島(入国)のスタンプがチャンと押されていました。
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傘を差しながら循環バスへ・・・【マリンポートかごしま】→【仙厳園】→【よかど鹿児島→【マリンポートかごしま】のルートで回るので、最初に仙厳園に向かいます。
函館の時もそうでしたが、雨の日はジャパネットから雨合羽(ポンチョ)のサービスがあるので、傘を持たなくても観光できます。 -
『仙巌園」は大河ドラマ『西郷どん』でもたびたび登場した島津氏の別邸・・・江戸初期の万治元年(1658)に19代・島津光久によって造園されました。
広大な敷地の仙巌園には、反射炉跡・庭園・御殿・尚古集成館などがあります。 -
最初に、前回の旅行で入らなかった「尚古集成館」へ・・・この建物は慶応元年(1865)に竣工した、現存する日本最古の石造り洋式機械工場で、館内は島津氏800年の歴史を紹介する博物館になっており、島津家が運営しています。
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館内に入って、最初に目に飛び込んでくるのが『島津斉彬石膏像』・・・1917年に戊辰戦争五十年祭を記念して、照国神社の隣接地に設置された三公銅像(斉彬・久光・忠義の像)の原型となった石膏像です。
朝倉文夫の作で、右が斉彬、左は上半身のみの久光像。 -
島津家の初代・忠久が用いたとされる「赤糸威大鎧」・・・これはレプリカで、本物は鶴嶺神社にあります。
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鎧の各所に島津家の家紋『丸に十の字』があしらわれています。
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元暦2年(1185)に源頼朝は惟宗忠久を島津荘(現在の宮崎県都城市)の下司職に任じましたが、これがその時の『源頼朝下文(くだしぶみ)』で、右端に頼朝の花押があります。
以降、忠久は名字を「島津」とし、南九州との関わりを深めていきます。 -
島津忠久(1179~1227)の肖像・・・薩摩・大隅・日向南部の三国に勢力を拡大し、島津藩の基礎を築きました。
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丸に十の字の「福昌寺瓦」(17~18世紀)・・・福昌寺は1394年に7代・元久によって建てられた島津家の菩提寺(曹洞宗)。
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ヘビのように長い「蛇砲」。
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「琉球船」の模型・・・鎖国令によって海外との交易が制限された江戸時代ですが、琉球を統治した薩摩には琉球経由で大陸の様々な物や文化が伝えられました。
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「北前船」の模型・・・薩摩藩は北日本産の昆布を仕入れて、北前船の航路(北海道 ⇒ 日本海 ⇒ 瀬戸内海 ⇒ 大坂)を利用して輸出し、貿易による利益の増加を図ります。
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「牡丹唐草丸十紋蒔絵女乗物」・・・将軍家や大名家の夫人が使用した駕篭です。
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19世紀イギリス製の「梳綿機」・・・梳綿機とは、綿の塊を解きほぐし、繊維を同じ方向に揃えて繊維束を作る機械で、鹿児島紡績所で使用されていました。
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島津斉彬筆「思無邪(おもい よこしま なし)」・・・『心情をありのままに表して偽り飾ることがない』という「論語」や「詩経」にある一節で、日本の将来を憂い国難に臨んだ斉彬の心情に通じるものがあったのでしょう。
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館内の一角で、島津家所蔵企画展「自然美と香炉」が開催されていました。
「金襴手牡丹唐草鳳凰文香炉」・・・どんな香りのお香が焚かれていたのでしょうか。 -
「千鳥之御香炉」・・・白地に翠玉色の釉薬が美しい三本足香炉。
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砂糖菓子(ボンボン)を入れる小型の菓子器「慶祝のボンボニエール」。
このボンボニエールは、皇室が慶祝の宴席で記念品(引き出物)として用いたもので、展示品は29代・忠義の娘・常子が嫁いだ山階宮家から京都・勸修寺に伝わるものです。 -
「薩摩切子」の脚付杯と小皿・・・斉彬が進めた集成館事業では幅広い産業分野の近代化が図られ、多彩な取り組みの中で薩摩切子や近代薩摩焼が誕生しました
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尚古集成館の次は「御殿」へ・・・ここも前回の旅行で時間がなく、邸内を観れなかった所です。
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受付を入って右側にある「鳳印の間」・・・島津家のお世継ぎの部屋で、大正時代に改装されて玄関になりました。
床の間の甲冑はロシア皇帝・ニコライ2世が訪れた際、忠重が着装したもののレプリカで、左側にはロシア皇帝にも献上された薩摩焼の壺が展示されています。 -
行燈も「丸に十の字」。
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「朱塗網代女乗物」。
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「祐筆の間」に展示されているの「薩摩焼蓋付壷」・・・29代・忠義が明治29年に、ロシアの最後の皇帝・ニコライ2世の戴冠式の時に贈った薩摩焼の複製で、花瓶の正面には、ロシア皇帝の王冠と『H』の文字が描かれています。(Hはニコライのキリル文字・Николай からとったもの)
本物はロシアのエルミタージュ美術館に保管されています。 -
「薩摩焼狆置物」・・・狆(ちん)は大名などの間で愛された小型犬で、島津家でも数匹が飼われていました。
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中庭の池の中には八角形が・・・風水の影響を受けて造られたものです。
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外の前庭の池にも八角形・・・2カ所の池が対となって、陰と陽を表しているんだとか。
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中庭を進むと「謁見の間」・・・賓客との応接に使われた部屋で、傘に丸十紋があるシャンデリアは明治期から使われていたもの。
二間続きで、奥の部屋は床の間や違い棚がある典型的な書院造。 -
手前の部屋はテーブルの上に薩摩切子のグラス等が置かれています。
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2つの部屋を仕切る欄間には、菊と桐の御紋の透かし彫り。
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シャクナゲの小鉢が置かれた濡れ縁。
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御殿の見所のひとつが釘隠し。
桜島大根がデザインされた珍しい陶器の釘隠しやコウモリの釘隠し・・・コウモリは漢字で書くと「蝙蝠」で「蝠」の字が「福」に似てるから縁起が良いとされるそうです。 -
29代・忠義が過ごした「御居間」・・・桜島を眺めながら書類の決裁をしたり食事をした部屋で、ここには28代・斉彬が描いた「鷹図屏風」が飾られています。
近代化事業を牽引した斉彬は、絵の才能も秀でていました。
これは複製ですが、本物は尚古集成館に収蔵されています。 -
29代・忠義の「寝室」・・・梅の透かし彫りの欄間も見事です。
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島津家へ贈り物が届いた際、そのお披露目が行われた部屋「御小座(披露の間)」・・・円形テーブルと椅子は昭和天皇・皇后が行幸された際に使用されたもので、テーブルの上には島津忠義の肖像写真。
見応えタップリの仙厳園でした。 -
循環バスで、鹿児島の中心地・天文館の近くにある「よかど鹿児島」へ。
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2020年に竣工した鹿児島銀行・本店ビル・・・地上13階で、地方銀行の本店としては異例の大きさです。
この1階にあるのが「よかど鹿児島」・・・飲食店などの店舗がありますが、支払いは完全キャッシュレス。 -
本店ビルの竣工1年前にオープンした別館ビルの1・2階も「よかど鹿児島」・・・飲食店や雑貨店などが並びます。
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昼食は2階の「うなぎの泉家」で・・・鹿児島県は養殖ウナギの生産量が日本一(全国の41%)なので、ウナギを食べなくっちゃあね。
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上の写真は家内が頼んだ「うな丼・竹」(2,280円)、下の写真は私が頼んだ「うな玉丼」(880円)・・値段はビックリするほど安いのに、本当に美味しかったです・・・満足、満足!
ツアーお勧めのウナギ屋さんで、一時間以上待った人達もいたとか・・・庶民的なこのお店で時間も有効に使え、正解でした。 -
昨夜の『もっと教えて!鹿児島寄港SHOW』で、ガイドツアーによる市内の観光名所案内が13時半からある、との情報を得たので参加しました。
コースは <よかど鹿児島 ⇒ 山形屋 ⇒ 南日本銀行 ⇒ 小松帯刀像 ⇒ 中央公民館 ⇒ 御楼門 ⇒ 西郷隆盛像 ⇒ 天文館の碑 ⇒ お土産店>・・・90分のガイドツアーで
参加費は1,000円。 -
数名づつ4グループに分かれて、メインストリートの「いづろ通り」をガイドさんと歩いて行きます。
その昔、この付近は海に面した港で、岸壁に灯台の役割を担う石燈籠があり、行き交う船の交通の目印になっていたとのこと・・・「いづろ」とは、石燈籠が訛って「いづろ」になったそうです。
中央の建物は「南日本銀行・本店」。 -
「月照上人の遺跡の碑」・・・ここは、京都・清水寺の住職だった月照(1813~1858)が宿泊した旅館「俵屋」があった場所。
「安政の大獄」で徳川幕府の追及を逃れた月照が、西郷を頼って鹿児島に着いたのは安政5年(1858)でしたが、密告されて藩庁により俵屋に移され、8日後に西郷と錦江湾に身を投じる迄、俵屋で過ごしました。 -
安永元年(1772)創業の老舗デパート「山形屋」・・・ドーム屋根の塔屋のあるルネッサンス様式の本館は1916年に建てられ、1998年に改修。
最上階の七階には大食堂があり、桜島を窓越しに眺めながら食事できます。
山形屋の創業者は、近江商人の血を受け継ぐ山形県庄内地方で生まれ育った北前船商人の岩元源衛門・・・薩摩藩主の島津重豪が商業振興のため日本各地から商人を招いていること知った源衛門は薩摩へ移住し、呉服店・山形屋を創業しました。 -
山形屋の向かいの歩道脇にある「丹下梅子誕生地の碑」・・・丹下梅子(1873~1955)は40歳で東北帝国大学へ入学し、他の2名の女性と共に女性初の帝大生となった世界的化学者。(当時は東京帝大など他の帝国大学は女子の入学を認めていなかった)
石碑に刻まれた『閑古鳥 呼べば答える ものながら』・・・78歳で日本女子大教授を退職した際に、学問への情熱を示した別れの句です。 -
昭和10年竣工の「南日本銀行本店」・・・3階まで通されたコリント式列柱やアーチ窓など、当時流行した曲線と流線型が多用された美しい建物です。
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鹿児島県産・黒豚の絶品とんかつ定食が楽しめる「黒かつ亭」・・・雨でも行列が絶えません。
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「小松帯刀(たてわき)像」・・・慶應3年(1867)に徳川慶喜が二条城に諸大名を集めて大政奉還すべきか問うた時、帯刀が他藩に先駆けて「大政奉還すべき」と記帳した時の様子をイメージして作られた像です。
小松帯刀(1835~1870)は島津久光の藩政改革の中心人物で、27歳で家老になり、西郷隆盛や大久保利通などを重要な役目につけ、維新後も外交官など要職に着きましたが、34歳で亡くなりました。 -
像の向かいにある「西本願寺・鹿児島別院」・・・明治11年創建の浄土真宗本願寺派の寺院です。
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中央公園に咲く「ニオイバンマツリ」・・・初めて見る美しい花です。
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皇太子殿下(昭和天皇)の御成婚の記念事業として建てられた、地上3階・地下1階建ての『鹿児島市中央公民館』・・・市中心部に位置する交通の便の良さもあり、現在もイベント・講演会等に利用されています。
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ガイドさんから西郷隆盛の説明を受けます。
鹿児島県の有名人で思い浮かべるのは、西郷隆盛・大久保利通・天璋院篤姫などですが、今は、榮倉奈々・上白石萌音・山田孝之・沢村一樹の順だとか。 -
江戸城の無血開城をはじめ明治政府樹立に大きく貢献し、今も郷土の英雄として人気の西郷隆盛(1827~1877)・・・この銅像は、没後50年を記念して昭和2年に建立が計画され、渋谷の忠犬ハチ公を制作した鹿児島市出身の彫刻家・安藤照が制作し、昭和12年に除幕されました。
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わが国初の陸軍大将の制服姿で、城山を背景として仁王立ちする高さ8mの堂々たる銅像です。
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西郷どんの右側にある、1985年に竣工した「鹿児島市立美術館」・・・鹿児島は黒田清輝(1866~1924)や藤島 武二(1867~1943)、和田英作(1874~1959)など、日本の近代洋画を代表する画家を生み出した地でもあります。
かつて、ここには鶴丸城の二の丸がありました。 -
市内中心部から磯庭園へと向かう「磯街道」設置されたガス燈・・・夜になると75基のガス灯の黄色みを帯びた懐古調の灯が、温かみのある雰囲気を醸し出します。
因みに、日本のガス燈は、1857年に島津斉彬が磯庭園の石燈籠に点火したのが最初です。 -
鹿児島城(鶴丸城)は慶長6年(1601)に島津家第18代当主・家久が築城した島津氏の居城で、この「御楼門」は居館の正面中央に城のシンボルとしてありましたが、明治6年の火災で焼失しました。
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御楼門の復元にあたっては、2015年から官民一体となって取組を進め、多くの支援により2020年3月、147年振りにその姿が蘇りました。
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岐阜県と鹿児島県は姉妹県盟約を締結していますが、この姉妹県盟約のきっかけになったのが、宝暦4年(1754)から約1年かけて行われた『宝暦治水』・・・幕命を受けた薩摩の藩士たちが多大な犠牲を払いながらも、木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)の治水工事を完遂したことで、鹿児島と岐阜の絆が深まりました。
難工事であった宝暦治水の恩返しの思いを込めて贈呈された岐阜県産ケヤキは、樹齢約300年以上、幹周り4m・長さ8mもある立派なもの・・・所有者の先祖が宝暦治水工事の幕府方水奉行の関係者であったことから、御楼門復元の事業主旨に賛同して提供されました。 -
楼門部周辺の石垣にある「西南戦争の痕跡」・・・無数のくぼみには、銃弾や砲弾の破片が食い込んでいるものがあります。
熊本・宮崎での戦いに敗れた西郷軍は明治10年9月、故郷・鹿児島の地に戻り、城山を中心に布陣して最後の決戦に挑みますが、政府軍は約5万人の兵で包囲し、西郷軍に無数の銃・砲弾を浴びせました。
石垣に残るこれらの弾痕からは、複数箇所から銃撃や砲撃が行われたことを窺い知ることが出来、攻撃の凄まじさを今に伝えています。 -
鹿児島城・本丸跡には「鹿児島県歴史資料センター 黎明館」があり、ここでトイレ休憩。
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広場の一角にある「篤姫」の像・・・天璋院篤姫(1836~1883)は、島津家の一門・今和泉島津家に生まれて島津本家の養女となり、更に五摂家筆頭・近衛家の養女として徳川家に嫁ぎ、13代将軍・家定の御台所(妻)となった人物。
宮崎あおいの大河ドラマを思い出します。 -
裏側から見た御楼門・・・堂々とした構えです。
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御楼門から天文館に向かう途中、照国通りから「照国神社」の鳥居が見えます。
安政5年(1858年)に50歳で急逝した島津家28代当主・島津斉彬を祀る神社で、文久3年(1863)に孝明天皇の勅命による「照國大明神」の神号授与を受けて創建されました。
初詣の参拝者は鹿児島県一位だそうで、近くには斉彬公や弟の久光、甥の忠義の銅像もあります。
鳥居の先に見えるのは「城山ホテル鹿児島」。 -
天文館の近くにある、西郷隆盛像が目印の居酒屋「竹よし」・・・思わず入りたくなりますね。
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「天神おつきや商店街(ぴらも~る)」は、延長220m・幅員11mの通りを持つ天文館最大の商店街。
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「ぴらもーる」と天文館本通りが交わる所に建つ「天文館跡の碑」・・・島津家第25代当主・重豪が天文観測や研究のため、安永8年(1779)に「明時館(天文館)」を建てて4m四方の観測台を築き、薩摩暦・鹿児島暦と言われた藩内の暦はここから配布されますた。
その天文館は、鹿児島市最大の繁華街として名を留めています。 -
天文館本通りの土産店の前で、街歩きツアーの終了・・・ガイドさん、有難うございました。
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循環バス乗り場に向かう途中で見かけた「時標4 龍馬、お龍と薩摩でひと休み」の像・・・これは時標(ときしるべ)と名付けられた、市内7ヶ所にある薩摩にゆかりの偉人たちの像の1つで、山形屋百貨店近くのいづろ交差点に設置されています。
慶応2年(1866年)に寺田屋事件で傷を負った龍馬は、西郷隆盛や小松帯刀の勧めもあり、妻のお龍と霧島温泉などで療養しましたが、これが日本で最初の新婚旅行と言われます。 -
泉公園の一角建つ「五代友厚銅像」・・・幕末の薩摩藩士で、大阪の商工業の発展に尽力しました。
2015年の朝ドラ『あさが来た』でヒロインを支える「五代さま」を思い出します。 -
16時に循環バスで「マリンポートかごしま」へ・・・夕方になって薄日が差し、ベリッシマが一層美しく見えます。
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ベリッシマの周辺は広々とした公園になっているので、散策してみます。
天文館から約30分の「マリンポートかごしま」は錦江湾に突き出ており、目の前には桜島の絶景! -
こんな眺めもいいですね。
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ベリッシマの巨大なお尻・・・一番上の「マーケットプレイスビュッフェ」で潮風に吹かれながら、朝食を楽しんだのだな~。
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クルーズターミナル内には、薩摩切子のグラスや芋焼酎や知覧茶など、鹿児島の特産品がズラリ・・・ここで最後のショッピング。
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部屋に戻り、デッキ16へ行ってみると、鹿児島市内と桜島が「マリンポートかごしま」の広場の先に美しく広がっています。
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デッキ15には殆ど人はいませんが・・・
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プールサイドのジャグジーを楽しんでいる人がいました。
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17時半からディナーへ・・・エレベーターそばの階段には、前後に鏡があり、こんな面白い写真も。
今夜のドレスコードは「ホワイトパーティ」・・・白の装いで楽しみましょう。 -
メインコースは「マレーシア風エビカレー」。
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食事が終わる頃、西郷どん(?)の格好をしたスタッフが、音楽と共に練り歩きます。
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レストランの窓から桜島を見ると、やっと雲がとれました。
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19時半からはロンドンシアターへ。
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今日のショータイムは『ロック ロイヤルティー』・・・ヴァン・ヘイレンの『ジャンプ』、クイーンの『WE WILL ROCK YOU』など、想わず体が揺れる数々の名曲で、ロックな夜を楽しみました。
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デッキ5のインフィニティアトリウムでは、ホワイトパーティでダンスを楽しむ人達が。
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私達はインフィニティバーのラウンジで・・・
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美しい歌を聴きながら・・・
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ストローベリーダイキリを。
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デッキ6のプロムナードでは、『ホワイトパーティー』のダンス・ダンス・ダンス!!
明日は終日航海、そしてお台場に向かいます。
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