2025/04/03 - 2025/04/04
5399位(同エリア8992件中)
壁ぎわさん
北海道の友人が 訪ねて来た
元々関西出身だが 行った事の無い 桜の時期の吉野大山と高野山に連れて行って欲しいと言う事だった。
午後の関西空港到着できたので 前半は 和歌山の旅にしようかと
白浜から 龍神温泉 高野山の旅にしてみました。
特に 関西出身でありながら 高野山を知らなかった友に
きめ細かな案内です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
-
14時半に到着する友人を 関空で向かえ
和歌山は白浜に向かいます -
平草原公園
平草原公園 花見
-
あまり知られてはいないのですが
白浜の桜の 見どころなのです -
桜は見せたし 後は一つぐらいは 観光案内もしておこうか
と言う事で三段壁まで三段壁 自然・景勝地
-
今買ってもらった お土産を 落とした子が泣いていた
-
取りに行くのは危ないけれど ゴミになるなぁ…
-
宿にチェックインです この日の宿は 大江戸温泉物語 Premium 白浜彩朝楽
湯快リゾートの頃からここが好きで おすすめは ?み放題に 地元のクラフトビール 白浜のナギサビールが入っている事
それが?みたいがゆえに ここに泊ってます -
もちろん ?み放題には
ビールも 日本酒も 焼酎もあります -
料理は バイキング
-
手の込んだものは有りませんから 好きな物だけ 取って来ます
温泉とビールと朝食に満足の宿 by 壁ぎわさん大江戸温泉物語 Premium 白浜彩朝楽 宿・ホテル
-
酒飲みの つまみだけを
-
ステーキも
薄く切った肉ですが これも焼きたてをなんども取りに行けるので -
これは蒸し器
サザエと 海老を貰いましょう -
プレモルも有ったので それを飲んでから
プレモルに コクも味も負けない クラフトビールの ナギサビールです -
プレモルと こんなに色も違いますね
こうして しっかり呑んだあと -
白浜で 一番有名なスナックへ
-
コロナ前までは たまに行ってたんだけど
最近ママさんは出てきたないのだと -
一杯呑んで ホテルに戻りました
温泉へ向かいましたが この下りの階段が辛いですね -
湯上りラウンジなんてできてました
-
喉が渇いていたので 嬉しいですね
-
アイスキャンディーも無料です
-
数少ないシングルの部屋
-
では朝食です
ココもバイキングですから -
欲しい物だけ
-
じつは 朝食える 海鮮丼が好きで
上には載せ放題です
しっかり食べたら出発です -
高野山に向かいます
山手の道を通り この龍神温泉で 身を清めておきましょう龍神温泉 温泉
-
日本三美人の湯の一つです
日本三大美人の湯とは、「つるつる」「すべすべ」な美肌を取り上げた温泉で。
川中温泉(群馬県)、湯の川温泉(島根県)、龍神温泉(和歌山県)が選ばれています。 -
エレベーターで下の階に
フロントより 男風呂は下の階 女風呂は上の階です -
龍神温泉の祠
-
こんな看板が
こんな混浴なら……
妄想はそれぐらいにしておけよ
折角 身を清めたのに
今からお山(高野山)に行くんだぞ。 -
高野山に向かう道で 休憩どころがひとつ
道の駅田辺市龍神ごまさんスカイタワー
長い名前ですね
じつは住所が 和歌山県田辺市龍神村龍神1020-6 なのです
田辺市が 白浜の北側から 高野山町に隣接するほど 大きい市なのです
そしてごまさんとは
熊野の伝承では
一ノ谷の戦い後に戦線を離脱して小森谷渓谷に隠れ住んでいた平維盛が、
壇ノ浦の戦いで平家が敗れたことを知り、
護摩壇山で平家の行く末を占ったという 。
その際に護摩を焚いたとの言い伝えからこの名が付いた
和歌山県の最高峰であすごまさんスカイタワー グルメ・レストラン
-
これが ごまさんスカイタワー
和歌山の 高い山の上に なお高い所 和歌山のてっぺんへと 村おこしで頑張っている所ですが…
平日 09:30 - 16:00
土日祝 9:00~16:00
レストラン ※現在休業中
展望塔 平日9:30~15:50、休日9:00~15:50
定休日 4月1日~11月末無休、12月1日~3月末冬期休業
展望塔入場料 大人・子供(小学生以上)お一人300円 -
人が居るのは この売店だけですが
-
山の上を走って 高野山へ
高野山町は山の上の 真言宗の総本山を中心に出来た一つの街です
まずは壇上伽藍を御参りしなくては
中門まで 行きましょう
総本山金剛峯寺という場合、金剛峯寺だけではなく高野山全体を指します。
普通、お寺といえば一つの建造物を思い浮かべ、その敷地内を境内といいますが、高野山は「一山境内地」と称し、高野山の至る所がお寺の境内地であり、高野山全体がお寺なのです。
山内に点在するお寺は、塔頭寺院(たっちゅうじいん)といいます。お大師さまの徳を慕い、高野山全体を大寺(だいじ 総本山金剛峯寺)に見立て、山内に建てられた子院のことです。
現在では117ヶ寺が存在し、そのうち51ヶ寺は宿坊として、高野山を訪れる参詣者へ宿を提供しています。高野山 寺・神社・教会
-
中門
高野山町の山を上り 平地に入る所に 大門が有り
壇上伽藍の入り口が 中門です
昔は 結界の意味もあった門だが
何度もの 焼失と再建の末に
現在の様な楼門となりました中門 名所・史跡
-
高野山開創1200年記念大法会の記念事業として、平成26年(2014年)に中門を再建、翌27年(2015年)4月2日に落慶法要が執り行われました。
なお、再建するにあたって増長天(ぞうちょうてん)像(南)と広目天(こうもくてん)像(西)が現代の大仏師・松本明慶により新造され、天保14年に類焼をまぬがれた二天像と共に四天王像が中門を、ひいては伽藍全域を守護しています。
増長天(ぞうちょうてん)像
増長天の真言は オン・ビロダカ・ヤキシャヂハタエイ・ソワカ
胸にトンボを付けてます これは
「断じて悪を許さない、後ろに引かない」ということを意味しているそうです -
広目天(こうもくてん)像
広目天の真言は オン・ビロバクシャ・ナカヂハタエイ・ソワカ
胸にセミを付けてますこれは
セミの声のように遠くまで仏法を伝え、仏国土を広く見渡して外敵が入らないようにと守護しているのです。 -
ここが金堂 金剛峯寺の本堂です
高野山御開創当時、お大師さまの手により御社に次いで最初期に建設されたお堂で、講堂と呼ばれていました。
平安時代半ばから、高野山の総本堂として重要な役割を果たしてきました。
幾度もの焼失に会い
現在の建物は7度目の再建で、昭和7年(1932年)に完成しました。
高野山の本堂は、大伽藍にそびえる「金堂」が一山の総本堂になります。高野山の重要行事のほとんどは、この金堂にて執り行われます。金堂 名所・史跡
-
根本大塔
こんな形の建物が 真言の寺にはよくありますが
大きくても 根本中塔で 高野山にあるのが 根本大塔です
この場所は
弘法大師が2カ年の入唐留学を終え、
唐の明州の浜より帰国の途につかれようとしていた時、
伽藍建立の地を示し給えと念じ、持っていた三鈷を投げられた。
海を越え現在の壇上伽藍の建つ壇上の 松の枝にひっかかっていたんだと
中心に本尊の胎蔵大日如来を置き 周囲に 四仏 その周囲に 十六大菩薩を描き
堂内そのものが立体の曼荼羅(まんだら)として構成されています。根本大塔 寺・神社・教会
-
不動堂です
大伽藍の 金堂と根本大塔から 数段の石段を降りた右側
ココだけが 壇上伽藍の国宝の建造物です
不動堂の創建は建久9年(1198年)鳥羽上皇の皇女、八条女院を願主として建立されたと伝え、山の興隆に尽力した行勝上人が勤めたとされています。
不動堂の外観は、平安貴族の邸宅風で優美な趣を湛え、また四方から見た建物や屋根の形態がそれぞれ異なるなど、早くより注目され、明治32年(1899年)、国宝に指定されました。
明治41年には解体修理が施され、その折り一心院谷から現在の地に移築されました。おかげで戦乱の世での焼失をまのがれたと思われます
また、平成10年11月、全面解体保存修理が完了し、現在の建物の建立年代が鎌倉後期頃であることが推定されました。 -
根本大塔の隣にあるのが 御影堂(みえどう)
他の真言の寺では 大師堂と言われるもの
弘法大師さまの持仏堂として建立されましたが、
後に真如親王直筆の「弘法大師御影像」を奉安し、御影堂と名付けられました。
桁行15.1メートル、梁間15.1メートルの向背付宝形(ほうぎょう)造りで、
堂内外陣にはお大師さまの十大弟子像が掲げられています。
このお堂は高野山で最重要の聖域であり、限られた方しか堂内に入ることは許されませんでしたが、
近年になって旧暦3月21日に執行される「旧正御影供」の前夜、
御逮夜法会(おたいやほうえ)の後に外陣への一般参拝が許されるようになりました。
今は 奥の院の 廟が一番の聖域ですね -
大会堂 左に見えるのが
-
愛染堂です
-
こちらは 六角経堂
下部の取っ手を持って回すと
お経をすべて唱えたことになると言う -
そしてこちらが 総本山金剛峯寺
金剛峯寺 寺・神社・教会
-
いろいろと 内拝に料金がかかります
初めての方にも私は 2000円で 金剛峯寺と 大塔 それに 金堂と連れて行ってます -
それでここで 1000円払い 総本山の中に
写真撮影は 室内禁止ですが
寺というより 迎賓館的役割があったものと思われます
今のように 交通の便が良い訳でなく 何週間もかけてお詣りに来るのですが
子の地でも数日落ち着けるように迎賓館となっていました
運慶快慶の絵や 有名作家の襖絵や屏風の部屋が 多くありました -
写真に撮れるのは 庭ぐらい
-
しかも広く 離れの間もあるのですね
-
金剛峯寺からは奥の院へ
弘法大師の廟と言ったり
未だ生きていらっしゃるので 一日に二度 食事を運んだりと
筋が通らないことをしていますが… -
ココからは 墓地の続く道です
高野山 一の橋 名所・史跡
-
有名人の 墓を探しながら歩きます
-
昔の大名の墓も多数
-
武将の墓も多数ありました
-
中にこんな井戸も
-
底を覗いてみました
-
豊臣家の墓も有りました
-
奥之院近くに お堂がいくつか
撮影禁止になっているので 風景写真で -
奥に橋が有り
-
そこから先が奥の院なのですが 撮影は禁止です
そこを御参りして 高野山の旅を終えました高野山奥の院 寺・神社・教会
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
和歌山 の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
60