2025/01/08 - 2025/01/10
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ポポポさん
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当尾の里最後の旅は九体寺とも呼ばれる浄瑠璃寺。平安時代に流行した浄土三部経と言う経典に「九品往生」という一説があるが、これを熱心に信じていたのが藤原道長である
この「九品往生」を遂げるために道長が建立した寺が「法成寺」。この寺には九体の阿弥陀如来坐像が祀られたのだが、これに倣って各地で九体の阿弥陀如来像が競うように建立され30棟余りが建てられた。その多くが戦乱で焼失したり廃寺となり、当時の物で現存するのは浄瑠璃寺のみである。
今回この貴重な寺を50年ぶりに参拝する事ができた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
浄瑠璃寺に向かう参道には2件の店がある。1件は土産物店だったがもう1件はこの陶器店だった。
50年前は店は無く、無人販売所があるだけだった。
周囲に寺の駐車場と無人販売書があるだけで付近に民家は無く、ひっそりと佇んでいる隠れ里の寺と言う印象だった。
この50年の間にすっかり観光化されていて、月日の変化をしみじみ感じた。 -
浄瑠璃寺の山門。
ここは50年前と変わらない。懐かしさが込み上げてくる。浄瑠璃寺 寺・神社・教会
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浄瑠璃寺山門
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山門をくぐり抜けて進むと左に三重塔、右斜め前方に本堂が、そして目の前に浄土の池(苑池)がある。
境内に設置されている浄瑠璃寺の伽藍と庭園の説明板。
50年前は当然このようなものは無かった。 -
浄瑠璃寺本堂。
九体阿弥陀如来坐像はここに安置されている。本堂内部には九体阿弥陀如来坐像の他に秘仏の吉祥天女像、四天王像、不動明王像、子安地蔵菩薩像がある。
この寺は平安時代に流行した「九品往生」を信じた藤原道長が建てた法成寺を模して造られている。
元々当寺がある地域は古来より奈良仏教の聖地として大きな寺の僧が世俗の喧騒を離れ修養・研鑽のため出入りした地域で小田原別所と呼ばれていた。
平安時代「九品往生」を信じていた藤原道長が九体の阿弥陀如来を祀った「法成寺」を建立すると、競うように各地に九体の阿弥陀堂が建立され、そのうちの一つが浄瑠璃寺である。
「九品往生」とは極楽に至る道には九つの段階(下品下生から上品上生まで)があり、どの段階でこの世の命を終えるかによって、その後の阿弥陀様がお迎えに来られる手段・方法が九通りあるという教えである。
死者がどの段階で無くなるのかは本人には分からないので、九の段階・九通りの迎え方に合わせて阿弥陀様が九体揃っていればどの段階で亡くなったとしても無事往生できると考えられた。
藤原道長は死にさいして法生寺の床に横たわり、九体の阿弥陀如来像の手指に結んだ五色の糸を握りしめて命を終えたと藤原実資の日記「小右記」や栄華物語には書かれている。
NHKの大河ドラマ「光る君へ」では最終回、道長が死に臨んでおこなった九体の弥陀如来像と自分の手を五色の糸で結んだという話は大幅に割愛され、1体の阿弥陀如来と赤い糸で道長の指を結んだ形で放映されていた。
NHKの大河ドラマは物語の大部分がフィクションで史実とかけ離れているが、文献にもはっきり明記されている事でもあり、最後は史実に基づき放映して欲しかった。
さて、内部を観光する前に寺の僧侶から浄瑠璃寺の歴史、「九品往生」の意味、堂内に安置されている仏像の説明があった。
堂内の観光は本堂右端から本堂の裏に回り、本堂左側から入って内部の仏像を順に見て、右側から出ると言う順路だった。
50年前に拝観した時は本堂の戸は開いていて右側から入場した。本堂中央にある両扉は開け放たれていて本堂の内部から浄土の池や三重の塔を眺める事ができたが、今回の拝観方法は以前と大きく変わっていた。浄瑠璃寺本堂 名所・史跡
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本堂の真正面には平安時代に建てられた国宝三重の塔がある。塔の内部には秘仏薬師如来像(重文)が安置されている。
浄土信仰では此岸(この世)で太陽が昇る東方におられる教主が薬師如来、太陽の沈む西方にある極楽浄土の教主が阿弥陀如来である。
「九品往生」によれば悟りが進んでいる上品の階層に居る人々は、薬師如来の助けを借りずとも自らの力で池を渡り阿弥陀如来がおわす極楽浄土にたどり着く事ができるが、中品や下品の人々は自らが極楽に行けないため如来の助けを借りなくてはならない。
特に下品階層の人々は遠く無限に続いている過去の因縁や無知で目覚めぬ暗黒無明の現世に生きていたため、苦悩の現実から立ち上がり未来の理想をめざして進む菩薩の道が歩けない。
そのため薬師如来は暗黒無明の現世に光を当て、苦悩を越えて進む人々の為薬壺から丸薬を取り出して死者の霊に飲ませ、「さあ、元気を出して池を渡り、阿弥陀如来様の下に行きなさい」と右手で背中をドンと押してくれるのだ。
勢いよく薬師如来に背中を押された死者の霊は浄土の池をフラフラになりながら渡り切ると待ち構えた阿弥陀如来の左手に救われて、またもや阿弥陀如来の右手でドンと押されて極楽に旅立つ事ができる。こうして下品の者でも救われるとされるのが「九品往生」である。浄瑠璃寺三重塔 祭り・イベント
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池の中ほどにあるのが中島で弁財天を祀る祠がある。
浄瑠璃寺庭園 公園・植物園
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正面の建物は本坊。その右手に秘仏大日如来像や秘仏弁財天像を祀る灌丁堂があるが写真は無い。
正しく伝えるとスマホで写したはずなのに写っていない。この堂内には1月8日、9日、10日の3日間しか見ることができない秘仏大日如来像が安置されていたので先にスマホで写真を撮ったので良く覚えている。
写した写真が何かの都合で欠落した訳でもなく、写真の連番に欠番は無かった。
同じような事は三重塔でも起きていたので、詳しくはそちらで説明したい。
正しい浄瑠璃寺 寺・神社・教会
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本堂内部に安置されている仏像は写真撮影が禁止の為、頂いたパンフレットから転用した。
写真が九体の阿弥陀如来像、中央に祀られている大きな阿弥陀如来は阿弥陀如来中尊像と言う。
中尊像の手前の厨子には秘仏を吉祥天像が安置されているが、年3回の御開扉日以外は見る事が出来ない。
九体の阿弥陀如来のうち八体の阿弥陀如来が結ぶ印は定印(上生印)、一方阿弥陀如来中尊像が結ぶ印は来迎印(下生印)である。
上生とは理想を目指し自ら向上すること、高い次元に登ることを言う。一方下生とは遅れた者、後になった者、弱い者を引き上げ助ける働きをさす言葉である。
この九体仏こそが「九品往生」に言うところの、人間の努力や心がけなど、色々な条件下で下品下生から始まり、下の中、下の上、中の下、中の中、中の上と最高の上品上生まで九つの往生の段階があるという考えから祀られた阿弥陀如来像である。阿弥陀如来は臨終に際し西方浄土に迎えられるための手助けをして下さる仏様である。
臨終に際し死後の御霊は東の此岸(この世)におわす薬師如来に送られ、浄土の池を渡って彼岸に到達し、そこにおわす阿弥陀如来に背中を押されて西方浄土(極楽浄土)に迎えられるとされている。
現在は本堂の扉は全て閉ざされているので、本堂内部はとても薄暗い。パンフレットの写真では九体の阿弥陀如来座像が明るく映し出されているが、実際はこんなに明るくは見えなかった。浄瑠璃寺本堂 名所・史跡
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九体仏の真ん中に安置されているのが阿弥陀如来中尊像。
八体の阿弥陀如来の印は定印(上生印)であるが、中央の中尊像の指だけが下品を救う来迎印をしている。
さらに手の平は胸の前で右手の手の平を見せる施無畏印(せむいいん)と左手を垂らして手の平を見せる与願印(よがんいん)をしている。
これは「恐れることはありませんよ、世の人々の願いを叶えます」と伝え、人々を極楽に導く様子を表しているのだ。
上品の人は阿弥陀如来のお助けが無くても極楽に迎えられるが、下品の人は行いが悪かったり、悪しきことを行ったりしたため。自力では極楽に行けないため阿弥陀如来の力にすがることになるのだ。
阿弥陀如来の手の指には水かき(手足指縵網相・しゅそくしまんもうそう)が付いているが、これは「一人も漏らさず衆生を救い取り、極楽浄土に導きたい」と言う如来の心に表れである。
と言うことでこの阿弥陀如来は下品の人々を救って極楽に送り出すという事に特化した仏様なのだ。 -
パンフレットの写真
本堂北側から見た九体仏の様子。中央の中尊像以外の阿弥陀如来は全て定印(上生印)をしている。
九体の阿弥陀如来像は瀬部手国宝に指定されている。ついでに言えば本堂(九体阿弥陀堂)、三重塔、四天王像も国宝である。 -
阿弥陀如来中尊像付近の様子。
中尊像の手前に安置されているのは子安地蔵菩薩像(重要文化財)平安時代の作。 -
子安地蔵菩薩像(重文)。
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秘仏吉祥天像。
50年前に訪れた時には厨子の扉は閉められていて秘仏を見ることはできなかったが、幸運にも秘仏開扉に日だったので吉祥天像に今回初めて対面した。
像は鎌倉時代の作と言われているが、秘仏として常時厨子の中に保管されているためか当時の色彩がとても良く残っている。浄瑠璃寺吉祥天女立像開扉 祭り・イベント
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四天王像の内2体、持国天増と増長天像。平安時代の作で国宝だが多聞天と広目天は国立博物館で展示されている。
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不動明王像、右にコンガラ童子、左はセイタカ童子。共に鎌倉時代の作(重文)。
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灌頂堂に安置されている秘仏大日如来像。平安時代末期の作で毎年1月8日、9日、10日のみに開扉される。
写真では大きく見えますが実際は割と小さな仏像だった。 -
三重塔前(此岸)から眺めた浄土池(苑池)と浄瑠璃寺(彼岸)の風景。
浄瑠璃寺は浄土三部経と呼ばれる経典にある「九品往生」の世界観を表した伽藍である。
そのため此岸である三重塔から彼岸にある浄瑠璃寺の九体仏を礼拝するのが正しい方法だと寺の僧侶から教わった。古来より人々は浄土の池の東から彼岸におられる阿弥陀如来に来迎を願って礼拝してきたんのだそうだ。
ツアーの一行は本堂の九体仏を拝むとっ正しい礼拝場所である三重塔向かった。
降り積もった雪はかなり溶けていたが、三重塔前の雪は解けずに残っていた。浄瑠璃寺 寺・神社・教会
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浄土池(苑池)と浄瑠璃寺本堂。
浄瑠璃寺庭園 公園・植物園
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浄瑠璃寺本堂。
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浄瑠璃寺本堂と浄土の池(苑池)そして写真手前の三重塔は浄土三部経に書かれている浄土を具現化した物である。
春分、秋分の日には太陽は三重塔がある真東から昇り、九体仏の中尊、来迎印の阿弥陀仏の後方(真西)に沈んで行くそうである。 -
浄瑠璃寺本堂と浄土池
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浄瑠璃寺本堂と浄土池。
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本堂前から写した国宝三重塔。
観光した日は秘仏開扉日で、秘仏の薬師如来像(重文)を見ることができた。塔そのものが平安時代の建物であるため秘仏開扉日であっても雨天の場合は扉が閉められたままで見ることができない。
観光した日は午前中が雪の為開扉されていなかったが、午後は天候が安定し雪も解けたので開扉されたそうだ。
写真では観光客が内部に安置されている秘仏薬師如来像を覗いている様子が良く分かる。
但しこの写真は本堂側から写した物。当然此岸側からも三重塔を写したのだが、どういう訳か写したはずの三重塔の写真が無い。
無いと言うよりは全く写っていなかった。スマホとデジカメと交互に写したのだがどちらのカメラにも写っていなかった。
灌頂堂で起きたことと全く同じ事が起きたが、この時はそのような事が起きているとは思ってもみなかった。
当然どちらのカメラにも番号の欠落は無い。なんと不思議な現象が起きたものだと呆れるしかない。
灌頂堂も三重塔も共に秘仏が安置された建物だが、秘仏吉祥天女像が安置されている本堂は写真が撮れている。
秘仏大日如来像と薬師如来像は何か特別な力でもあるのだろうか?不思議で仕方がない。
さらに秘仏薬師如来はその姿が全く見えない。確かに開扉されているのだが内部は真っ暗で本当に仏像がそこにあるのかさえも分からなかった。
扉が開かれていても入口に金網が貼られているので顔を近づける事さえできなかった。
目を凝らしていると闇に目が慣れ幾分かは見えるようになったが、仏像は全く見えないのだ。
僅かに仏像の台座が少し見える程度で仏像のお姿は見えない。私だけがそうなのかと思ったが視力の良い人でさえも何も見えないと言っていた。
結局ツアーの全員が秘仏を見るこちが出来なかった。浄瑠璃寺三重塔 祭り・イベント
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そういう事でパンフレットから秘仏の写真をお借りした。
薬師如来様ってこのようなお姿だったんだね。右手の薬壺には元気づけの秘薬が入っているのだとか。
さて、これで浄瑠璃寺の観光は終わりです。浄瑠璃寺の秘仏の如来様は本当に秘密のお力をお持ちではないかと思うような出来事まで起きて、私のは50年ぶりのミステリーツアーでした。 -
京都府藤林市から奈良県奈良市に戻ってきた。
柳生の里に着くまでは時間がかかるので、奈良市の「なら和み館」で昼食とお買い物タイム。なら和み館 グルメ・レストラン
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店舗は2階建て。1階は土産物店で2階がレストラン。
レストランは団体客専用らしく、外国人のツアー客もここで昼食を摂っていた。なら和み館 グルメ・レストラン
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「なら和み館」の店舗の外観。
なら和み館 グルメ・レストラン
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昼食は豚肉がメインの料理。地元食材の絶品昼食とにうたい文句だったが、料理の名前は忘れた。格安ツアなので料理はこんな物だろう。
ご飯はお代わり自由。お米の値段が高騰しているが、今もご飯はお代わり自由なんだろうか?なら和み館 グルメ・レストラン
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1階は土産物店・奈良の名産が所狭しと並べられていた。
これで京都藤林市の旅行記は終了し、次は柳生新陰流で有名な「柳生の里」を訪ねました。
柳生の里は想像以上に田舎でしたが、普段あまり訪れることの少ない町ですので、できる限り詳しくお伝えしたいと思います。
訪問下さり有り難うございました。
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