2024/12/02 - 2024/12/05
271位(同エリア4072件中)
j-ryuさん
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★師走の九州の福岡・大分・宮崎・熊本・長崎各県の
見所をぎゅぎゅっと凝縮した欲張りな旅を駆け足で巡ってきました。
わずか3泊で【博多・大宰府・別府・湯布院・久住高原・高千穂・
熊本・長崎】の九州半周観光なんて個人旅行では絶対無理、
内容的にも、『イロハのイ』感は否めませんが
”百聞は一見に如かず”なので九州の取っ掛けとしては良かったかも。
Part6では宮崎県から熊本県に入り復興再建中の熊本城を見学
さらにフェリーで有明海対岸の長崎県諫早市に渡り
さらに長崎市へと進み嘘かホントか、1,000万ドルと称される
長崎の夜景を堪能しました。
Part7では九州旅行の最終日で、長崎市内の観光と
福岡博多に戻り、櫛田神社や筥崎宮参拝の様子をご紹介します。
駆け足で巡った3泊4日の九州旅行。
九州の上っ面だけを見てきた旅ですが
「講釈師、見てきたような嘘をつき」などと
言われないよう少しでも見識を広められたらいいなと
思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 船 ANAグループ 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
◆師走の九州【福岡・大分・宮崎・熊本・長崎】よくばり旅行スケジュール
12/2(月)福島空港(08:05)→伊丹空港(09:25)(10:30)
→福岡空港(11:45)→①博多天神界隈&X,masマーケット→
●博多エクセルホテル東急泊
12/3(火)博多→②大宰府天満宮→③別府みょうばん温泉→④別府海地獄
→⑤湯布院湯の坪街道→⑥湯布院金鱗湖
→⑦やまなみハイウェイ→⑧瀬の本高原→⑨久住高原
→●久住高原コテージ泊
12/4(水)コテージ→⑩天岩戸神社→⑪天安河原→
⑫高千穂峡(真名井の滝)→⑬城彩苑→⑭熊本城→
⑮有明海クルーズ→●長崎にっしょうかん泊→⑯長崎夜景
12/5(木) 長崎にっしょうかん→⑰平和公園→⑱南山手街並み→
→⑲大浦天主堂→⑳グラバー邸→博多・櫛田神社→
→筥崎宮→福岡空港(16:10)→伊丹空港(17:20)(19:15)→
→福島空港(20:20)
旅行催行:阪急交通社 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・大分・宮崎・熊本・長崎Map】
(※Google Mapに加筆)
https://www.google.co.jp/maps/@33.2201467,130.6162663,155341m/data=!3m1!1e3?hl=ja&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDExMC4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
今回3泊4日で、なんと九州の福岡、大分、宮崎、熊本、長崎を観光します。
佐賀県には申し訳ないけど佐賀県だけは通過です(^-^;。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎市街地南部 Map】
(※Google Mapに加筆)
https://www.google.co.jp/maps/@32.7438401,129.8689645,2498m/data=!3m1!1e3?hl=ja&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDMwNC4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎市街地北部 Map】
(※Google Mapに加筆)
https://www.google.co.jp/maps/@32.7727338,129.8627623,2133m/data=!3m1!1e3?hl=ja&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDMwNC4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市】
宿泊した”にっしょう館”を後にし平和公園に向かっています。
”にっしょう館”そばの坂道から市街地が見下ろせます。
”にっしょう館”はけっこう高い場所にあるのが分かります。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~平和公園】
平和公園は、長崎駅の北約2.5キロメートルに位置する面積約18.5haの
総合公園です。昭和24年に施行された長崎国際文化都市建設法に基づき、
原爆の実相を訴えるとともに、世界平和と文化交流のための
記念施設として昭和26年に整備を行い、
これまで国内外の多くの人々に親しまれてきました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~平和公園】
原爆落下中心地公園北側、小高い丘にある平和公園は、
悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと、
世界恒久平和への願いを込めてつくられました。
長崎市民の平和への願いを象徴する平和祈念像。
(高さ:9.7m 重さ:30t 材質:青銅 制作者:北村西望氏)
制作者は長崎出身の彫刻家で、この像は神の愛と仏の慈悲を象徴し、
天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、
軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込めました。
毎年8月9日の原爆の日を「ながさき平和の日」と定め、
この像の前で平和祈念式典がとり行なわれ、
全世界に向けた平和宣言がなされます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~平和公園】
平和祈念像を映し込む大きな水盤。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~平和公園】
平和祈念像と「平和の泉」を一直線に結ぶ参道 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~平和公園】
「平和の泉」(噴水)が見えてきました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~平和公園】
平和公園一帯には、世界14ヶ国から贈られた記念碑が建てられています。
チェコスロバキア社会主義共和国の「人生の喜び」
ソヴィエト社会主義共和国連邦の「平和」
イタリア・ビストイア市の「人生への讃歌」
オランダ・ミデルブルフ市の「未来の世代を守る像」など・・・ -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~平和公園】
「平和の泉」 (直径:18m)
原爆のため体内まで焼けただれた被爆者たちは
「水を、水を」とうめき叫びながら死んでいきました。
その痛ましい霊に水を捧げて冥福を祈り、
世界恒久平和と核兵器廃絶の願いが込めて浄財を募り建設された、
円形の泉です。1969年(昭和44年)に完成し、
平和公園の一角、平和祈念像の前方に位置しています。
被爆し水を求めてさまよった少女の手記を刻んだ石碑が
正面に設置されており、当時の惨状を重々しく映し出しています。
平和の鳩と鶴の羽根をイメージした噴水が舞い、
平和祈念式典の前夜には数多くのローソクが灯され、
犠牲者を悼む催しも行われます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~平和公園】
長崎市が日本で初めて姉妹都市提携を結んだ セントポール市から
「世界平和シンボルゾーン」建設の趣 旨に賛同し、
両市の友好の証として贈られた作品 「地球星座」です。
七つの大陸を表す七人の人間で世界の平和と連帯を表し ています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~長崎市電】
平和公園で平和のありがたさを噛みしめ
次はグラバー園に向かいます。
道中、福島県では随分昔に廃止され見られなくなった
路面電車をお上りさんのように撮影してみました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~長崎市電】
福島県では唯一福島市で路面電車が走っていましたが
昭和46年に廃止されてしまいました。
路線バスと比べてコストパフォーマンスはどうなんでしょうね? -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー坂】
大型バスの駐車場からグラバー坂を登り、
大浦天主堂やグラバー園に向かっています。
坂の両側には長崎名物のお土産屋がずらりと軒を連ねています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~大浦天主堂】
ほぼ直線のグラバー坂の突き当り見えてきたのは
国宝・大浦天主堂です。
グラバー園へは突き当りを右手に進み直ぐです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~大浦天主堂】
大浦天主堂は、長崎県長崎市にあるカトリックの教会堂。
江戸時代幕末の開国後、1864年(元治元年)に竣工。
日本に現存するキリスト教建築物としては最古です。
1859年日本の開国とともに長崎に外国人居留地が作られ、
その外国人信徒のために建設されました。
日本二十六聖人とゆかりの深い教会堂とされ、
彼らの殉教地である長崎市西坂の方角をほぼ向いています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~大浦天主堂】
1953年(昭和28年)、国宝に指定されました。
また、2007年(平成19年)にユネスコの世界遺産(文化遺産)
暫定リストへ掲載が決まり、2018年(平成30年)に
登録が決まった「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を
構成する文化財の1つです。
キリスト教の信仰の場であり、潜伏キリシタンの存在と
その信仰を伝える場となっています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~大浦天主堂】
1875年(明治8年) - 1879年(明治12年) -
天主堂の大規模な増改築を実施。
外壁を煉瓦造にあらため完全にゴシック風の建物になるなど、
創建当時の外観から大きくその姿を変えた。
木造だった創建時に対し、1879年(明治12年)5月22日に
献堂された新教会堂は九州初の煉瓦造構造となった。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園エントランス】
大浦天主堂は場外から撮影し、
グラバー坂を右手に大きく曲がるとグラバー園のエントランス(入口)です。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園エントランス】
エントランスには和風庭園風の人工滝がありました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園】
グラバー園のチケット売り場(第一ゲート)
大人600円
写真左手に動く歩道があるので
グラバー園の敷地最上部まで進みます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園動く歩道】
名前は動く歩道ですが、階段の無いエスカレーターです。
この動く歩道でグラバー園敷地の最上部に進みます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園動く歩道】
グラバー園動く歩道の左手には
国宝・大浦天主堂が見下ろせます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園ルートMap】
グラバー園ルートMap案内板。
HPにもMapはありましたが、
こちらの現地案内板の方が分かりやすいと思います。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧三菱ドックハウス】
見学ルート①は敷地の一番高い場所にある旧三菱ドックハウスです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧三菱ドックハウス】
明治期に建てられた
外国人乗組員用の宿舎
旧所在地:長崎市飽の浦町
建築年:1896年(明治29)
移築年:1972年(昭和47)
建築面積:201㎡
構造木造:2階建
旧所有者:三菱重工業㈱長崎造船所 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧三菱ドックハウス】
旧三菱第2ドックハウスは1896年(明治29)、
三菱造船所(現三菱重工業株式会社長崎造船所)の第2ドックの
建設時に建てられた外国人乗組員用の宿舎です。
「ドック」は造船所の主要施設で、船の建造や修理を担うところです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧三菱ドックハウス】
建築当初は「第2ドック」に隣接していたため「第2ドックハウス」
という名称でしたが、1965年(昭和40)に立神に
新しく第1ドックと第2ドックが建設されたのを機に、
これまでの「第2ドック」の名称を「第4ドック」とし、
隣接していた建物も「第4ドックハウス」と改称しました。
その後、建物は第4ドックが閉渠する1972年(昭和47)まで
同造船所で使用されたのち、建築当初の「第2ドックハウス」名称に戻し、
グラバー園へ移築されました。
2階テラスからは三菱重工業長崎造船所立神工場のドックが見えています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧三菱ドックハウス】
旧三菱ドックハウス2階テラスから長崎湾の最奥、
長崎駅方面の眺め。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧三菱ドックハウス】
旧三菱ドックハウスの池には鮮やかな錦鯉が
優雅に泳いでいました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧三菱ドックハウス】
-
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園】
旧三菱ドックハウスを後にし見学ルート④の
旧ウォーカー住宅に向かいます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園】
右下に見えている屋根が旧ウォーカー住宅かな? -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園】
滝のような施設がありましたが水は流れ落ちていませんでした。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧ウォーカー住宅】
ウォーカー商会を設立したロバート・N・ウォーカーの次男
ロバート二世の旧邸
旧所在地:長崎市南山手町28番乙(現在の南山手町6-3)
建築年:明治中期(1890)頃
移築年:1974年(昭和49)
建築面積:112㎡
構造:木造、平屋建
旧所有者:ウォーカー・重子 氏 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧ウォーカー住宅】
ロバート・ウォーカー二世が
明治中期に建てられたと考えられるこの建物を1915年(大正4)に
購入しました。
瀟洒(しょうしゃ)な外観で、建物の周りをベランダが囲い、
張り出し窓からは日光が入り心地よい雰囲気を醸し出します。
旧所在地である大浦天主堂横の祈念坂沿いにあった頃は母屋のほか風呂、
トイレ、和室もありましたが、移築の際、洋風の意匠を残す部分のみが
移築されました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧ウォーカー住宅】
この住宅の主人ロバート・ウォーカー二世の父イギリス出身の
ロバート・ネール・ウォーカーは、1874年(明治7)に来日。
1876年(明治9)に日本政府より甲種船長の免許を受け、
三菱系列の会社と日本郵船に勤務しました。
退社後、一旦イギリスに帰国しましたが、1895年(明治28)再び来日。
1898年(明治31)に「R.N.ウォーカー商会」を設立し、
海運業を中心とした貿易事業を幅広く展開しました。
また、1904年(明治37)には、「バンザイ清涼飲料工場」を開業、
ジンジャーエールなどの大量生産に成功したのち、会社を次男に託し、
晩年はカナダで過ごしました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧ウォーカー住宅】
ロバート・N・ウォーカーの兄、ウィルソンは1868年(明治元)に来日し、
グラバー商会(後ホーム・リンガー商会)で船長を務めました。
1874年(明治7年)に郵便汽船三菱の監督船長に抜擢され、
翌年の1875年(明治8年)には、日本初の国際定期航路である
上海航路の船長を務めました。
その後日本郵船会社に勤務した後、横浜でグラバーと共に
ジャパン・ブルワリ・カンパニー(キリンビール㈱の前身)を設立。
筆頭株主であるとともに、同社の支配人も勤めました。
1894年(明治27年)、家族と共に長崎へ移り住み、
南山手10番地でクリフ・ハウス・ホテルの経営を行いました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧ウォーカー住宅】
ロバート・ウォーカー二世は、ロバート・N・ウォーカーと
日本人の福田サトの次男として生まれました。
1908年(明治41)に父の事業を譲り受け、その後この住宅を購入し、
妻と3人の子供とともに暮らしました。
1958年(昭和32)にロバート二世が亡くなると、
妻シゲコは住宅の一部を長崎市に寄贈し、
1974年(昭和49)にグラバー園に移築されました。
旧ウォーカー住宅の隣りには”Tea House 自由亭”があります。
旧自由亭は日本人初の
西洋料理店シェフとなった草野丈吉のレストラン「自由亭」。
旧所在地:長崎市馬町12番地
建築年:1879年(明治11)
移築年:1974年(昭和49)
建築面積:100㎡
構造:木造、2階建
旧所有者:長崎地方検察庁 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園】
植栽が亜熱帯的な和洋折衷の庭園&池 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園】
日本人初のオペラ歌手である三浦環さん(蝶々夫人のモデル)の
銅像です。
-
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
旧リンガー住宅(重要文化財)
グラバー商会に勤め、ホーム・リンガー商会を設立した
フレデリック・リンガーの旧邸 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
フレデリック・リンガーの旧邸
指定:国指定重要文化財(昭和41年6月11日)
所在地:長崎市南山手町2番地(現在地、南山手町8-1)
建築年:1868年(明治元)頃
建築面積:350.8㎡
構造:木造及び石造、平屋建、寄棟造桟瓦葺 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
建物の構造は、木造に外壁を石造とし、天草の砂岩を使用し、
ベランダの床にはウラジオストクから運んだ御影石を敷いています。
正面中央が出入口で、廊下左右に4室を配置し、
厨房とメイド部屋が附属しています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
この住宅には明治から昭和にかけて、イギリス人のフレデリック・リンガーと
その家族が親子三代で暮らしました。旧リンガー住宅が建つこの敷地はトーマス・グラバーの弟アレキザンダーが1864年(元治元)に永代借地権を取得し、
1868年(明治元)に住宅を建てました。
フレデリック・リンガーが借地権と建物を取得したのは1874年(明治7)で、
結婚を機に1883年(明治16)から妻のカロリーナと暮らし始めました。
住所の「南山手2番」にちなみ、「NIBAN(2番)」という
愛称を付けました。リンガーが死去したのち、
1913年(大正2)からは次男シドニー・リンガーが住みました。
戦時の混乱を経て、1965年(昭和40)まで家族と暮らしましたが、
1965年(昭和60)長崎市へ売却し、シドニーはイギリスで余生を送りました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
フレデリック・リンガーFrederick Ringer:1838 - 1907
長崎の明治期の産業経済界に大きな功績を残したイギリス人
フレデリック・リンガー
中国・九江で茶葉検査官を務めていたフレデリック・リンガーは、
1865年(慶応元)にグラバー商会に招かれ、
長崎で製茶と輸出を監督の業務を行いました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
1868年(明治元)11月、グラバー商会を退職し、
イギリス人の同僚エドワード・ホームと「ホーム・リンガー商会」を設立。
大浦11半番地に事務所を構え、グラバー商会の茶葉貿易を引き継ぎました。
そのほか明治・大正・昭和初期を通じウラジオストックなどの
海外の各港との貿易業、各国商社代理業務にも携わりました。
また、長崎における英字新聞の刊行やホテルの経営のほか、
長崎市内の上下水道敷設にも尽力。
社員であったグラバーの息子倉場富三郎と共同で
国内初のトロール船による漁業を行いました。
一方で、リンガーはベルギー、スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどの
名誉領事に就任し、長崎の国際交流にも力を注いでいます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
リンガーは晩年までこの住宅で過ごしましたが、
1907年(明治40)イングランドのノーリッジへ一時帰郷中に死去。
リンガーは現在、ノーリッジの墓地で両親と早世した妹の隣で眠っています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
ナガサキホテル・カトラリーセット
フレデリック・リンガーゆかりの品が、100年の時をこえて
ナガサキホテル・カトラリーセット
フレデリック・リンガー率いる投資家グループにより
1897年(明治30)に建てられたナガサキホテル。
当時、極東一豪華なホテルと謳われたホテルで使用された
カトラリー(ナイフ、フォーク、スプーン)のセットが、
2013年(平成25)6月に改装中の奈良ホテルで発見され、
その内の1セットが、2015年(平成27)6月3日に奈良ホテルから
長崎市に寄贈されました。
長い時をこえて現在は旧リンガー住宅で展示されています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
-
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧リンガー住宅】
旧リンガー住宅テラスから長崎湾の眺めです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園】
グラバー園東端にある旧スチイル記念学校へ向かいます。
旧スチイル記念学校
旧所在地:長崎市東山手9番地
建築年:1887年(明治20)
移築年:1973年(昭和48)
建築面積:267㎡
構造:木造、2階建、塔屋は3階建
旧所有者:海星学園 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧スチイル記念学校】
旧スチイル記念学校は(Steele Academy)は東山手9番の
英国領事館跡地に建てられました。
設計を行ったのはアメリカ人宣教師ヘンリー・スタウトで、
外観は教会を思わせる形が特徴です。
また幾度となく増改築をしており、
大正時代には踊り場から別棟に向かう渡り廊下があり、
現在はその名残で2階に上がる階段の踊り場が広くなっています。
この学校は1887年(明治20)9月に開校しました。
学校の名称は、当時アメリカのダッチ・レフォームド教会の
外国伝道局長であったスティール博士の名前に由来します。
彼の息子ウィリアム・ヘンリーは18歳の若さで亡くなり、
スティール博士はこの学校を建設するにあたり、
息子を祈念し建設資金を寄附しました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園】
ジジのような黒猫がいました。
人懐こいのですが写真を撮ろうとすると
足にまつわりついて中々撮れませんでした(^-^;。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
見学コースの最後に訪れたのがグラバー園のメイン施設、旧グラバー住宅です。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
スコットランド出身の商人トーマス・グラバーが、
親子二代に渡り暮らした、
現存するわが国最古の木造洋風建築で
国指定重要文化財であり、
世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の
構成資産でもあります。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
指定:国指定重要文化財(昭和36年6月7日)
所在地:長崎市南山手町3番地(現在地、南山手町8-1)
建築年:1863年(文久3)
建築面積:510.8㎡(主屋)、129.2㎡(附属屋)
構造:木造平屋建、寄棟造、桟瓦葺、ベランダ付 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
建物の平面は採光と通風を意識した半円形で、
日本瓦や土壁(漆喰)を用いています。
木造菱格子の天井を持つ広いベランダが特徴で、
石畳の床に立つ木製の独立円柱、柱間の吊束(つりづか)を持つ
アーチ型欄間(らんま)が開放的な雰囲気をかもし出しています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
同邸宅の最初の主人であるトーマス・グラバーは1859年(安政6)
21歳の時に長崎へ来航し、
居留地として定められた南山手に自邸を建てました。
グラバーは大きな松の木のすぐ横に建てられた自邸に
「IPPONMATSU」という愛称をつけ、周囲からも
「一本松邸」と呼ばれました。
グラバーが1862年(文久2)に設立した「グラバー商会」が
1870年(明治3)に倒産すると、住宅の権利は弟のアルフレッドに譲渡され、
アルフレッドは管理人として住宅を居留地の人々に貸し出しました。
その後グラバーが上京し、アルフレッドが死去すると、
息子の倉場富三郎夫妻が住宅の権利を持ち、そこを住まいとしました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
旧グラバー住宅の厨房 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
旧グラバー住宅の食堂 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
旧グラバー住宅の裏庭や作業小屋 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
旧グラバー住宅の温室
当時は温室を突き抜ける松の大木があったので
邸の愛称が「IPPONMATSU」(1本松)と呼ばれてたそうです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
当時はどんな植物があったのかは不明ですが
当時として一般家庭に温室を作るなんて
考えられなかったのではないでしょうか。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
当時の南蛮貿易はアフリカからインド、東南アジアを
経て長崎に到るインド・南シナ海航路だったので
日本には無い珍しい熱帯や亜熱帯の植物が手に入ったのでしょう。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
住宅前にもトロピカルなイメージがあるソテツが
何本も植えられています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
ソテツは九州南部から南西諸島、台湾、中国南部に分布しますが、
長崎でも幼木期に寒さ対策をしれば地植えが可能だったのでしょう。
Cycas(蘇鉄)は世界中に600種もあるそうで
日本では九州南端、南西諸島に自生します。
弱ってきた株に鉄分を与えると元気になることから
蘇鉄と呼ばれるようになったとか。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
ソテツは雄株と雌株があり、
雄株には雄花が咲き、雌株には雌花が咲き
雌花が受粉する実ができます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
受粉し実が出来始めたソテツの雌株 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
庭園側から温室を見た構図です。
当時の透明なガラスは相当貴重なものだったでしょうね。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
旧グラバー住宅庭園から長崎湾の奥の方を望んだ構図です。
28階建てのタワーシティ長崎 タワーコートも見えています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
グラバー邸が建てられた建築年:1863年(文久3)って
どんな時代だったかと言うと、
浪士組(のちの新撰組)が結成され、
薩英戦争があったり、
八月十八日の政があるなど
尊王攘夷が激しさを増してきた時代です。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
そんな尊王攘夷の激しい時代に日本に居住して
一旗揚げようだなんて、
グラバー氏は中々肝の据わった度胸のある若者だったんでしょうね。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
トーマス・グラバーは
スコットランド・アバディーンシャーで沿岸警備隊の
トーマス・ベリー・グラバーとメアリーの間に8人兄弟姉妹の
5人目として生まれた。
ギムナジウムを卒業した後、1859年に上海へ渡り、
当時東アジア最大の商社だったジャーディン・マセソン商会に入社。
同年9月19日(安政6年8月23日)、開港後まもない長崎に来日。
同じスコットランド人K・R・マッケンジー経営の貿易支社に勤務。
2年後にマッケンジーが長崎を去ると、彼の事業を引き継いで、
フランシス・グルームと共に「グラバー商会」を設立。
貿易業を営み、「ジャーディン・マセソン商会」の長崎代理店となった。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
「グラバー商会」は当初は生糸や茶の輸出を中心として扱ったが
八月十八日の政変後の政治的混乱に着目して
討幕派の藩、佐幕派の藩、幕府問わず、武器や弾薬を販売した。
亀山社中とも取引を行った。
また、1863年(文久3年)の長州五傑のイギリス渡航や、
1865年(元治2年)の薩摩藩の五代友厚・森有礼・寺島宗則、
長澤鼎らによる薩摩藩遣英使節団の海外留学の手引きもしている。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
グラバーは、英国聖公会の信徒で、1859年(安政6年)に来日した
米国聖公会のジョン・リギンズやチャニング・ウィリアムズの
両宣教師などによって私邸や英国領事館を使って始められた
長崎在住の外国人のための礼拝にも参加し、
1862年(文久2年)に東山手11番に完成した、
日本初のプロテスタント教会である英国聖公会会堂でも
教会の管理人の一人を務めた。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
1865年4月12日(元治2年3月17日)には、
大浦海岸において蒸気機関車を走らせた。
本業の商売にも力を注ぎ、1866年(慶応2年)には大規模な製茶工場を建設。
1868年(明治元年)には肥前藩(=佐賀藩との合弁)と契約して
高島炭鉱開発に着手。さらに、長崎の小菅に船工場を造った。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
明治維新後も造幣寮の機械輸入に関わるなど明治政府との関係を深めたが、
武器が売れなくなったことや諸藩からの資金回収が滞ったことなどで
1870年(明治3年)、グラバー商会は破産。
グラバー自身は高島炭鉱の実質的経営者として日本に留まった。
1881年(明治14年)、官営事業払い下げで三菱の岩崎弥太郎が
高島炭鉱を買収してからも所長として経営に当たった。
また、1885年(明治18年)以後は三菱財閥の相談役としても活躍し、
経営危機に陥ったスプリング・バレー・ブルワリーの
再建参画を岩崎に勧め、後の麒麟麦酒の基礎を築いた。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
もし、撮影禁止なら撮影禁止と
誰もが見えるように注意書きをしておくべきだと思いました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
私生活では五代友厚の紹介で、ツルと結婚。長女ハナをもうけている。
また、息子に倉場富三郎がいる
(ツル以前に内縁の広永園との間に梅吉をもうけているが、
生後4ヶ月ほどで病死している)
グラバー夫妻の墓
晩年は東京で過ごし、1908年(明治41年)、
外国人として破格の勲二等旭日重光章を授与された。
1911年(明治44年)に東京の麻布邸で死去。
73歳没。遺骨は長崎に運ばれ、グラバー邸において英国国教会の
式次に則り盛大な葬儀が営まれた。
葬儀には、安藤謙介長崎県知事、北川信従長崎市長、三菱造船所と
ホーム・リンガー商会の幹部をはじめ、
長崎の名士がこぞって参列した。
墓は長崎市内の坂本国際墓地にある。
ツルとともに埋葬されており、
息子の倉場富三郎夫妻の墓とは隣同士である。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
日本では殆ど見かけないグロット風小噴水がありました。
今は水が流れ落ちていませんが、昔は湧水のように流れ落ちていたのでは
ないかと思います。
当時の日本では中な手に入らない貴重な珊瑚やシャコ貝を
使って財力を示したのではないでしょうか? -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
グラバーの銅像もありました。
トーマス・ブレーク・グラバー
Thomas B. Glover
1838 - 1911 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
建築当時は目の前に建物がなかったようで
長崎湾が端から端まで一望できたようですが
今は混雑し過ぎて昔の眺めではありません。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・旧グラバー住宅】
これでグラバー園の主な建物は見学し終え
付属する長崎伝統芸能館に進みます。
見学ルートは逆ですが、この門がグラバー邸の元々の正面入り口
だと思います。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・長崎伝統芸能館】
グラバー園に付属して建っている長崎伝統芸能館は
長崎くんちに奉納される曳物、傘鉾、担ぎ物などが展示されています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・長崎伝統芸能館】
長崎くんち」は、約370年の歴史と伝統を持つ、諏訪神社の例大祭です。
現在は10月の7、8、9の3日間行っていますが、
かつては旧暦の9月9日に行われていました。
ここのか、を9日(くにち)と読みますが、
それが「くんち」と呼ばれるようになったと言われています。
長崎くんちの奉納踊は、1979年(昭和54)に
国の重要無形民俗文化財に指定されました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・長崎伝統芸能館】
長崎伝統芸能館では、「長崎くんち」に奉納される白龍、青龍や、
各踊町の奉納踊りを先導する豪華な飾りのついた「傘鉾」などを
展示しています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・長崎伝統芸能館】
寛永11年(1634年)に、当時の太夫町(後に丸山町と寄合町に移る)の
二人の遊女、高尾と音羽の両人が、諏訪神社神前に
謡曲「小舞」を奉納したことが長崎くんちの始まりと言われています。
長崎ではこの年に「出島」埋築が着工され、「眼鏡橋」が架けられています。
以来、長崎奉行の援助もあって年々盛んになり、
さらに奉納踊には異国趣味のものが多く取り入れられ、
江戸時代より豪華絢爛な祭礼として評判だったそうです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・長崎伝統芸能館】
現在、踊町は長崎市内に全部で58ヵ町あり、
全町が7つの組に区分されています。
奉納踊を出す当番は7年に一度回ってきます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー園・長崎伝統芸能館】
演し物は龍踊、鯨の潮吹き、コッコデショなどがあり、
これらの奉納踊は国指定重要無形民俗文化財となっています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー坂・岩崎本舗】
長崎名物の一つが豚の角煮で、その角煮を饅頭仕立てにして
人気が出たのが岩崎本舗。
グラバー坂にもお店があったので、角煮饅頭を一つ食べてみました。
肉まんの中身にトロトロの角煮が挟み込まれているような饅頭で
とても美味しかったです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~グラバー坂・大型バス駐車場】
大型バス駐車場は内外の観光客で大賑わいdせいた。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【長崎県長崎市~長崎市恐竜博物館】
グラバー園を観光した後は一路福岡県博多に向かいます。
途中、長崎市街地の一角にティラノサウルスの大きなフィギアが
目に飛び込んできました。
長崎市恐竜博物館と書いてあったので
背後の建物が長崎市恐竜博物館かと思いきや、
後ろの建物はメディカルセンターで長崎市恐竜博物館は
長崎市野母町にあるそうで、このティラノサウルスは案内板でした(^-^;。
今、恐竜と言えばなんと言っても福井県勝山市の
福井県立恐竜博物館 が有名ですが、失礼ながら長崎市にもあったんですね。
恐竜に特化した博物館として、長崎市恐竜博物館は
福井県立恐竜博物館(福井県勝山市)、御船町恐竜博物館(熊本県御船町)に
続いて国内3か所目なんだそうです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多Map】
(※Google Mapに加筆)
https://www.google.co.jp/maps/@33.600249,130.4174634,5438m/data=!3m1!1e3?hl=ja&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDMwNC4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
師走の九州旅行の最終日は長崎市観光後に佐賀県を素通りし
出発地点の福岡市に戻ってきました。
福岡市福岡空港到着後は福岡地下鉄の一日乗車券をもらい
基本的には自由行動です。
と、言うのもこのツアーの参加者は全国各地に散らばっているので
福岡発飛行機の出発時間がまちまちだからです。
出発時間が早い人は福岡市内観光はしないで搭乗手続きをし、
そのまま入場して行きましたが
私のように時間のある人は搭乗手続き後に市内観光に繰り出しました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・福岡市地下鉄路線Map】
https://subway.city.fukuoka.lg.jp/schedule/
福岡地下鉄の一日乗車券をもらった後は
基本的に自由行動ですが、今回の添乗員さんは櫛田神社や筥崎宮
さらに福岡空港まで案内してくれました。
ふだん飛行機の国内線を利用することはあまりありませんが、
国際線の場合、ふつう搭乗手続き&荷物預かりは
出発時間の3時間前くらいから始まりますが、
福岡空港での国内線の搭乗手続きや荷物預かりは
出発当日の搭乗手続き締め切り前なら何時間も前でもOKらしく
市内観光をする際にスーツケースなど大きな荷物を
持たなくて済むのでとても助かりました。
これって、国内線のどの空港でも同じなのでしょうかね?
で、調べてみました。
Q:荷物は搭乗の何分前から預けることができますか?(JAL)
国内線は搭乗日当日の空港カウンターの営業開始後であれば、
いつでも搭乗手続きと同時にお預けいただけます。
空港カウンターの営業時間は空港ごとに異なりますので、
詳しくは、空港カウンター営業時間をご確認ください。
なお、遅くとも出発時刻の30分前までにはお手荷物をお預けください。
とのことでした。
恥ずかしながら知りませんでした(^-^;。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・福岡市地下鉄路線】
福岡空港でそれぞれ帰着地までの搭乗手続きを終えたツアー客は
添乗員の案内でまず筥崎宮に向かいました。
福岡空港から地下鉄で櫛田神社へ行く場合
空港線に乗車し博多駅で七隈線に乗り換えます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・福岡市地下鉄路線】
空港線博多駅で七隈線の橋本行きに乗り換えます。
福岡地下鉄は3路線しかないので乗り継ぎはそう難しくないと思います。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・櫛田神社】
七隈線櫛田神社前で下車し、櫛田神社方面出口から地上に出ます。
七隈線櫛田神社前出口は櫛田神社の南神門が最寄りです。
この日は参拝前に昼食を取ることにしました。
櫛田神社参拝に参加したのは8人ほど、
添乗員さんが昼食は何がいいか尋ねたので
私がいの一番に『博多うどん』と手をげ
他の参加者も異論がなく博多うどんに決まり、
添乗員さんが近くの人気店に連れて行ってくれました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・かろのうどん】
こちらが博多うどんの老舗人気店の『かろのうどん』です。
「角のうどん」が博多なまりになった店名を持つ、
明治15年(1882)創業のうどん店。
甘く風味豊かなだしと、手打ちの軟らかな麺が特徴です。
最近、東京にも北九州のソウルフード「資さんうどん」が進出し
大変人気が出ているので福岡の軟らかいうどんってどんなものか
とても気になっていました。
私が頂いたのは『ごぼう天うどん』です。
たしかに麺は讃岐うどんと比べるとかなり軟らかでしたが
想像していたほど軟らかくはありませんでした。
ま、美味しいけど感動するほどでは無く
普通に美味しいって感じかな(^-^;。
もし、博多うどん店と讃岐うどん店が並んでいたら
私なら迷うことなく讃岐うどん店に入ります。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・櫛田神社】
”かろのうどん”で昼食を終え、櫛田神社の南神門から境内に入りました。
まず目に入ったのが(実際は入らないほど大きい)博多祇園山笠です。
櫛田神社は博多祇園山笠が奉納される神社で、
飾り山笠が6月を除き一年中展示されています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・櫛田神社】
博多っ子からは「お櫛田さん」の愛称で親しまれている,博多の総鎮守です。
御祭神は正殿に大幡主命(櫛田宮)・左殿に天照皇大神(大神宮)・
右殿に須佐之男命(祇園宮)をお祀りしています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・櫛田神社】
【縁起】
博多の総氏神様としては最古の歴史を有し、天照皇大神(大神宮)、
大幡主大神(櫛田宮)、須佐之男命(祇園宮)が祀られています。
以前は3つの社にそれぞれ祀られていたそうです。
大幡主大神は孝謙天皇天平宝字元年(757年)託宣によって鎮座され、
素戔嗚大神は天慶4年(941年)藤原純友の乱の
追討使小野好古が戦勝奉賽のために勧請されたといわれています。
天照皇大神の奉祀についてはあまりにも古く
史実としてはっきりしないそうです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・櫛田神社】
<博多風神雷神>
拝殿の破風の左右に掲げられている風神雷神の木彫りは
風神があっかんべぇをして雷神から逃げる様子で
ユーモアあふれる博多っ子の気質を表しているといわれ ています。
この風神雷神は博多座に展示されているタペストリーの
モチーフとなっています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・櫛田神社】
座牛が鎮座していました。
太宰府天満宮の牛や善光寺の牛、
福島県では柳津円蔵寺の赤ベコなど
日本の寺社にはなぜか牛にまつわる言い伝えが多いですね。
この牛は自分の身体の不調な部分をなでたあと、
牛の同じ部分をなでると
自身の不調な部分が改善すると言われるそうですが
私は信心深くないの見ただけで、なでませんでした(^-^;。
わたしのような人間を世間では天邪鬼とかひねくれ者
へそ曲がり、根性曲がりなどと言いますが
すべて言いえています(^^ゞ。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・櫛田神社】
こちらが櫛田神社の楼門(正門)です。
櫛田神社は博多の総鎮守にしては境内敷地は狭く
社殿なども意外とこじんまりした印象です。
でも、寺社はその大きさや華麗さより
どれだけ信者や氏子、参拝者の寄り添って
心の支えになってくれるかが大事ですよね。
予定では櫛田神社見学後に解散のはずでしたが、
まだ搭乗時間に余裕があったので
筥崎宮も参拝してみてはと提案があり
やはり添乗員さんが案内してくれることになりました。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
櫛田神社から筥崎宮へ地下鉄で行くには櫛田神社前から
七隈線に乗り博多駅で空港線に乗り換え中洲川端へ、
中洲川端で箱崎線に乗り換え筥崎宮前まで行き下車します。
筥崎宮を降り、筥崎宮方面出口から筥崎宮参道に進み
写真の二の鳥居をくぐり道なりに筥崎宮に向かいます。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮境内案内地図】
現地の筥崎宮境内案内図 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
二の鳥居をくぐりしばらく歩くと重要文化財の一の鳥居が迎えてくれます。
一之鳥居は慶長14年(1609)、藩主黒田長政が建立したと
その銘にあります。
この鳥居の柱は三段に切れ、下肥りに台石に続いています。
笠木島木(かさぎしまぎ)は1つの石材で造られ、先端が反り上がり、
貫と笠木の長さが同じ異色の鳥居であり、「筥崎鳥居」と
呼ばれています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
一の鳥居の前の狛犬
<製作年>大正十二年(1913年)
体に比べ頭がかなり小さいユニークな形をしています。
なぜこんな体形にしたのか不明ですが、
なんか微笑ましい姿です。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
筥崎宮の楼門に近づいてきました。
中々立派な門構えです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
筥崎宮は福岡空港から北に離陸した飛行機のルート上に当たるので
頻繁に上空を飛行機が飛び立っていきます。
この機体は見た事がないデザインなので調べてみたら
中国の海南航空でした。
福岡空港には就航していないようなので
チャーター便かなと思い調べてみましたが
福岡チャーター便でもHitしませんでした。
かなりレアなショットかも。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
筥崎宮楼門(重要文化財)
楼門には「敵国降伏」と掲げられています。
これは鎌倉時代の二度の元寇(文永の役/1274年、弘安の役/1281年)
によって焼き払われた筥崎宮を再建する際に、
亀山上皇が納めたものを、文禄年間に筑前領主小早川隆景が
楼門を造営した時、謹写拡大したものと言われています。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
本殿と拝殿の中には観光客は入れず
写真撮影も回廊の外側からだけです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
本殿・拝殿【国指定重要文化財】
醍醐天皇の延喜21年(921)、
大宰少弐藤原真材朝臣が神のお告げにより神殿を造営し、
長徳元年(995)、大宰大弐藤原有国が回廊を造営したと伝えられています。
しかしその後、元寇の戦火、兵乱などにより幾度かの興廃がありました。
現存する本殿、拝殿は天文15年(1546)大宰大弐大内義隆が
建立したものです。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
本殿・拝殿【国指定重要文化財】
本殿は総建坪46坪に及ぶ優秀な建物で、
九間社流造(きゅうけんしゃながれづくり)、
漆塗、屋根は檜皮葺(ひわだぶき)、左右には車寄せがあります。
拝殿は切妻造、檜皮葺で、梁組が2重になっている素木のままの端正な建物です。 -
◆師走の九州よくばり旅行 【福岡・博多・筥崎宮】
樹齢800年の大楠。
樹高 15m(
目通り幹囲 11.4m
これで今回の九州観光は全て終わり
帰途につくだけです。 -
◆師走の九州【福岡・大分・宮崎・熊本・長崎】よくばり旅行 Map
(※Google Mapに加筆)
https://www.google.co.jp/maps/@34.115752,135.5315199,614926m/data=!3m1!1e3?hl=ja&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDExMC4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
櫛田神社&筥崎宮参拝の参加者8人の中で
一番搭乗時間の早いのが私で
地下鉄福岡空港に到着したのが搭乗時間締め切りギリギリの
40分前でした(--〆)。
添乗員さんや参加者へのお礼&お別れの挨拶もソコソコに
急いで保安検査を通り抜け搭乗ゲートに進み、
なんとかギリギリ間に合いヒア汗もんでした(^-^;。 -
◆師走の九州【福岡・大分・宮崎・熊本・長崎】よくばり旅行
かなり焦って搭乗口に着いたら、
搭乗機は15分の遅れの案内が・・・・
乗り遅れるよりはマシですが、あまりギリギリの搭乗は
心臓に良くありません。
離陸は15分ほど遅れましたが
無事福岡空港を飛び立ちまちした。
眼下には福岡市街地が広がっています。
右下のビル群はJR千早駅でしょうかね。 -
◆師走の九州【福岡・大分・宮崎・熊本・長崎】よくばり旅行
おそらく神戸上空あたりかな? -
◆師走の九州【福岡・大分・宮崎・熊本・長崎】よくばり旅行
伊丹空港で福島往きに乗り継ぎます。
乗り継ぎ時間が1時間半ほどあったので
タコ焼きとビールで時間つぶしです。 -
◆師走の九州【福岡・大分・宮崎・熊本・長崎】よくばり旅行
東京の街並みだと思うけど
ランドマーク的な建物が見つからず
どの辺りか分かりません(^-^;。
このま順調に飛行を終え
福島空港には予定時間通り無事到着しました。
これで◆師走の九州・福岡・大分・宮崎・熊本・長崎・駆け足旅行・Part7長崎&博多編はお仕舞です。
いつも最後までご覧下さりありがとうございます。
初めての旅先の旅行記は改めて調べることが多く
ことのほか草稿に時間がかかり、
12月の旅行記完結が3月の投稿になってしまいました(^-^;。
今回は紅葉の写真も多かったので
花の話題が多くなってきた3月には少し興覚めですが
当地はまだ福寿草が咲いたばかりなので
春の野の花撮影には出かけられそうです。
でも、2月のリペ島旅行記どころか、
2024年のリペ島旅行記さえまだ完結できていないので、
やはりお出かけは少し控えた方がいいのかも(^-^;。
ではまた。 j-ryu
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