2024/12/27 - 2025/01/09
4位(同エリア92件中)
くわさん
またまた土佐清水へ行ってきました。年末の帰省ラッシュが始まり新幹線のぞみき全席指定席。岡山からの特急も満席。東京を朝出て土佐清水に着いたときは既に暗くなっていました。やはり遠い。
翌日は太平洋戦争末期、この土佐清水にあった特攻基地「第132震洋隊(越基地)格納壕跡」を訪問しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2024年12月27日09:30発のぞみ21号。この日から帰省ラッシュ期間中は「のぞみ」は全席指定席です。
東京駅 駅
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東京駅で買った駅弁。車内で食べます。
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崎陽軒のシウマイ弁当。
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定刻で岡山駅に到着。在来線に乗り換えます。13:05、南風11号。指定席は満席でした。
岡山駅 駅
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特急南風はうららかな日差しを浴び瀬戸大橋を渡り、四国の急峻な山脈を通過、15:40過ぎ高知駅に到着しました。
以前は中村まで直通していたのですが、今は高知でぶつ切りでここで乗り換えないといけません。指定席料金も必要です。どんだけせこいねん。
ま、それでも必要なので乗りましょう。高知駅 駅
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17:41、中村駅到着。
特急 あしずり (高知駅 - 中村駅・宿毛駅) 乗り物
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そこそこの乗車率。
中村駅 駅
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ここまで遠かったが、ここからまだバスに乗って1時間ほどで土佐清水に到着。東京から公共交通機関で日本一時間のかかる場所を実感します。
高知西南交通 乗り物
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2024年12月31日、大みそかの土佐清水市内を散歩
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清水漁港。年末であまり活気がない。既に大漁旗を揚げて正月準備をしている船もあります。
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土佐清水は北側に山があるので以前はこの山にマイクロ波回線の反射板を建てて北の高知方面に無線回線をつなげていました。
いまは光ケーブルになったので無線回線は必要なく反射板は撤去されてしまいました。 -
中央商店街。年末のためか屋台が一件だけ出ています。この屋台の場所、以前は銭湯でした。今は駐車場になっています。
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雑貨店の「らんぷや」。昔からありますがシャッターを下ろしています。
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ここが銭湯跡。となりに喫茶店もありました。
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昔はもう少し人通りが多かったのですが・・・
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土佐清水の英雄、ジョン万次郎の解説コーナー。後日、万次郎資料館へ行きます。
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あっという間に中央商店街を通過。
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そのまま真っ直ぐ行きます。土佐清水市街は京都のように碁盤の目のような街並みです。
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途中で南へ。
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本日の目的地はこちら。第132震洋隊(越基地)格納壕跡。
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太平洋戦争末期、こんなところに特攻基地があったのです。
https://www.city.tosashimizu.kochi.jp/kanko/g06_dai132sinyoutai.html -
ここから山越えで先ほど見た清水漁港へ行くことができます。
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行くことができますがかなり急登です。若かりし頃はここを走って登っていました。
途中、「こんなところに」と思うような場所に民家がありました。グーグルマップで見ると今はその民家は取り壊されたようです。 -
ちょっと道草を食ってしまいました。特攻基地はこの先。
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この建物は漁具を売っているお店のようです。
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その向かいは越漁港。越は「こえ」と読みます。
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この辺り、以前は県の出先がありましたが、津波対策で高台へ移動したようです。
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この漁港には市場はなく、魚は先ほどの土佐清水漁港に水揚げしているようです。
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小さなモーターボートが多いですね。
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漁具屋さん。もう営業していないようです。
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モーターポータが係留してあるその反対側に・・・
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このような洞窟が見えてきました。
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洞窟は一つではなくいくつも連なっています。
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ここが特攻基地です。
特攻基地と言っても飛行機ではなく小さな船で敵艦に突っ込んでいく作戦だったようです。 -
ここに小型船を隠しておいて、いざというとき突撃する作戦だったのでしょう。
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石碑の回りは公園風でしたが、フェンスに囲まれ立ち入りできませんでした。
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なぜかぼんぼりが。
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最近整備されたようです。きれいな石のベンチがありますがフェンスに囲われて中に入ることができず座ることはできません。
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この木は桜のようです。
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地元の人はここを「防空壕」と呼んでいました。元々は防空壕だったのかもわかりませんが、戦局から急遽ここを特攻基地にしたのかもわかりません。
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更にその先へ行ってみます。
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小屋が見えてきました。
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崩れる恐れがあるので当然立ち入り禁止です。
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石碑付近の横穴が一番大きく掘られています。
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建物に近づいてみましょう。
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水産加工所でしょうか?
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清水海洋研究所。こんなのがあったのですか。
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開けっ放しですが誰もいません。(公共の道から撮影しています)
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この先は行き止まりですが、ここにも横穴があります。
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加工場の向かいは神社。
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恵比須さんが祭られています。
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これより先、道はありません。
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漁港のとなりはあしずり港。以前は神戸からフェリーが毎日来ていて何度か乗りましたが今は廃止されてしまいました。
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石積みの岸壁。
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ロープだとか・・・
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通い箱が山積み。釣鐘状の物体は漁具でしょうか?
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戻りましょう。右の建物が海洋研究所。
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土佐清水市街に陽が当たり出しました。
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フェンスに囲われた公園。
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対岸は清水高校。
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空き地に無残に船が放置されています。
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この横穴は閉鎖されています。
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道沿いに連なる横穴。
今でも不便な土佐清水ですが、40年前と比べるとかなり便利になりました。
しかし、昭和初期、道は遍路道しかなく、街と街は定期船でつながれ文字通り陸の孤島だったようです。そんな陸の孤島に連れてこられて敵艦に突っ込む訓練をしていた兵士はどんな思いで過ごしていたのでしょうか。 -
この穴は半分崩れています。
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もう正月準備なのか大漁旗を掲げています。
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この横穴の存在は知っていましたが、まさか特攻基地だったとは思いもよりませんでした。
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つぶれた漁具屋さんの前を再び通過。
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市内は帰省客が戻ってきたためかスーパーは賑やかでした。
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市街地に戻ってきました。あっ、なつかしの「かしま山」。山の名前でなく整骨院の名前です。
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当時のジョギング仲間が診察していました。今日は休診日のようです。
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その近くの住宅。
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碁盤の目の南北に通る道です。
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この辺りは「小江」というところ。さっきいたのは「越」。どちらも「こえ」と読みます。
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こんなところに八幡神社があったのですか。この道は裏通りでほとんど通ったことがありません。
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明日は初詣で賑わうことでしょう。
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大通りに出てきました。この先が先ほど歩いた中央町商店街。
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栄町商店街。土佐清水の歓楽街です。
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かつての映画館。今は飲み屋になっているようです。
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ここは結婚式場。
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ここも飲み屋さんですがまだ陽が高いので誰もいません。
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その向かいはかつての「いなんスーパー」。街の中心部のプラザパルに移転しました。
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ここは夏にも来た銭湯です。
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これが土佐清水を東西に連なるメインストリート、国道321号線。
そろそろ戻りましょう。
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この旅行記へのコメント (4)
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- 三峰さん 2025/03/01 15:28:48
- 土佐清水は遠いですよね
- こんにちは。
土佐清水にお詳しいんでビックリしました。私は愛媛在住なんで土佐清水は時々行くことがあります。と言っても足摺に行く時に通るだけですが。
今回、くわさんの写真を見て街の寂れっぷりに驚きました。はたから見ると住みやすそうな所なんですけどね。余所者の勝手な郷愁ですが、いつまでも賑わっていて欲しいものです。
特攻基地跡、興味深く見ました。本土決戦に備えて設けられたんでしょうか。だとしたら出撃することなく終戦を迎え、兵士たちが無事出身地に帰郷していることを願います。
- くわさん からの返信 2025/03/01 16:53:04
- Re: 土佐清水は遠いですよね
- 三峰さん、ご無沙汰しています。
土佐清水は4年住んでいました。ヨメさんは土佐清水出身で、まだ実家があるので年に一度くらい帰っています。私が住んでいたころは人口が2万5千人くらいいたと思いますが、今では2万人を切ってしまいました。
以前は中村から清水へ行くには不気味な峠を越えないといけないし、宿毛へは断崖絶壁に這うようにして一車線の道を行くしかなかったのですが、峠がなくなり道が広くなるに従い人口が減っていきました。まるでお風呂の栓がそれまでチョロチョロしか水が排出できなかった口径が、道が広くなると栓が大きくなり水の排出が激しくなりどんどん人が流出しているような感じです。
三峰さんは愛媛県在住でしたか。清水から松山へ何度か通いました。あの当時、片道6時間かかりました。
愛媛県の美川スキー場へも何度か行きました。もう今では閉鎖されてしまったようです。
特攻基地以外にもこのような軍事施設は北海道の根室付近にトーチカ、千葉県の茂原市に掩体壕という飛行機の格納施設が、愛知県の伊良湖岬近くには大砲の飛距離を観測する施設がまだ残っています。茂原の掩体壕はちゃっかり車庫や倉庫として使っている人がいます。
去年の11月に千葉県のアクアラインマラソンを走りました。ハーフですけど。練習不足を実感しています。
https://4travel.jp/travelogue/11941565
くわ
-
- yamayuri2001さん 2025/02/23 11:30:54
- 大晦日の土佐清水・・・
- くわさん、こんにちは。
大晦日の土佐清水は、とても静かなんですね。
なんだかとっても素敵な雰囲気です。
その昔に、この辺りに民家があったのを、きちんと覚えていられるんですか?
驚愕しました。
私だったら、絶対に覚えていられません。
特攻基地の存在を紹介していただいて、ありがとうございます。
全く知りませんでした。
もう戦争を語り継ぐ人すら少なくなってしまった今、
このような情報は、とても貴重だなと思います。
土佐清水には、くわさんがどれぐらいお住まいになっていたのですか?
とても懐かしい場所なんですね。
そんな場所があって、訪ねることができるのは、
とても素敵な事だと思います。
くわさんに、一つご報告があります。
くわさんが、アマチュア無線の試験を受けて合格なさった時に、
私も、何か一つやりたいと思ったんです。
前回の書き込みでもご報告しましたけれど、
ショパンの革命のエチュード!
本格的に取り組んで、途中、旅行で中断したりもしましたけれど、
やっと全曲弾けるようになりました。
あのテレビ番組でやっていた簡易版ではなく、
ショパンが作曲した楽譜で弾けるようになったのが、とても嬉しいです。
そのモチベーションへの動機付けをしてくださった旅行記が、
くわさんの前作だったので、本当に心から感謝しています。
高齢になっても真剣にトライすると、
なんでも可能なんですね。
そんな勇気が出ました。
さらに、別の曲にもトライしてみたいと思います。
本当にありがとうございました。
yamayuri2001
- くわさん からの返信 2025/02/23 13:36:31
- Re: 大晦日の土佐清水・・・
- やまゆりさん、こんにちは。
>その昔に、この辺りに民家があったのを、きちんと覚えていられるんですか?
実はここにきてヨメさんと知り合い結婚したので、第二の故郷です。年に一回は里帰りしていました。この街には4年住んでいました。行くときは一人、そこで結婚して子供ができたので、この街を去るときは三人でした。
あの頃は瀬戸大橋もかかっていなくて、国鉄で行くときは宇高連絡船経由でした。大阪を朝市に出て、夜に土佐清水に着く感じでした。東京からなら一日ではたどり着けませんでした。
私もあんなところに特攻基地があったことは全く知りませんでした。あのあたりの海岸は漁業権の設定がなかったのか、地元の皆さんは岩にへばりついた牡蛎を採っている光景を覚えています。
あそこが特攻基地だと知ったのは去年夏に帰省した時でした。新聞に市が文化財に指定したとの報道が流れたのがきっかけでした。
みなさんが牡蛎掘りをしていた奥に横穴があったのは知っていましたが、地元の人は「防空壕」と呼んでいたので戦争中からあったことは予想がつきましたが、まさか特攻基地だとは思いもよりませんでした。
旅行に行くといつも新たな発見があるので、やっぱり旅行は止められませんね。
ショパンの革命、正式に弾けるようになったのですか。おめでとうございます。
発表会はあるのでしょうか。あれば是非聴きに行きたいですね。
私は試験に合格して肝心かなめの免許証を申請したのですが、一か月たったのにまだ来ていません。郵便事故に遭ったのではと心配しています。
あと無線機をどうするかです。新品は高いのでオークションで超中古品を入手して整備しているのですが、なかなかうまくいきません。やはり新品を買った方がいいのか悩ましいところです。
くわ
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