2025/02/10 - 2025/02/10
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この旅行記のスケジュール
2025/02/10
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四日目は三島です。
ところで、まずは三島のイメージですが、東京に住んでいる人からするとたぶん思い浮かぶのは新幹線の三島駅。東京駅からだとひかりで44分、こだまで54分。東京への通勤圏としてぎりぎりの場所ということでしょうか。一方で、この辺りの観光地なら、熱海があるし箱根がある。熱海からは東伊豆から南伊豆、下田まで鉄道が通っていますから、それもひとかたまりとみると観光地としての注目度は圧倒的にこちら。三島に観光地としてのイメージはほとんどないと言ってもいいかもしれません。
それを前提としての整理ですが、それでも観光地としての三島の魅力をあげるとするなら、三嶋大社と湧水ですね。三島はそもそも三嶋大社の門前町として発展してきた街だし、古代に遡れば伊豆国分寺は三島にありましたし、江戸期には東海道五十三次の11番目の宿場、三島宿が整備され、宝暦9年(1759年)までは伊豆の天領を治めるための伊豆三島代官所が置かれたほど。初めて訪れた時は想像以上に伊豆国の匂いが濃くて驚きました。湧水の方は、源兵衛川ほか市内のあちこち。暮らしの中にしっかり溶け込んでいるし、最後にその湧水で締めて臭みを抜くという三島のうなぎは、桜家、すみの坊といった名店があって、静岡県内でも独自の位置づけがあると思います。
まあ、その辺りのおおよそは既に押さえているのですが、今回は久しぶりにもう少し丁寧に回ってみるというのともうひとつは日本百名城のひとつ、山中城跡ですね。三島駅からバスで一本だし、ワッフルのような濠はユニークで興味の湧くところ。また、そういう意識は特になかったのですが、気が付くと山中城跡に行けば日本百名城の99城め。残りは北海道の松前城のみとなって、俄然全制覇が視野に入ってくることにもなるんです。
ここで山中城のことにもう少し触れておくと
この城は、永禄年間(1558-1570年)、北条氏康により築城された城。北条氏の本拠地である小田原の西の防衛を担う最重要拠点にありました。氏康の子、氏政の時代に入ると北条氏は秀吉との関係が悪化。秀吉の来襲に備え、この城の改修を急ぎますが、間に合わず未完成のまま豊臣軍を迎えることに。豊臣秀次率いる6万8千の大軍に攻められ、3千の守備兵ではいかんともしがたく半日で落城。その後、城は廃城となりました。ちなみに、秀吉の小田原征伐ですが、ほか激戦となった城は、韮山城、八王子城、鉢形城、忍城くらいでしょうか。ただ、石田三成が手を焼いた忍城を除けば、いずれも圧倒的な兵力差で潰されています。
なお、最寄りのバス停から山中城跡へのアクセス道は分かりやすいし、よく整備されていて、順路に従って進んで行けば迷うことはありません。そんなに険しくもないし、城として考えるとこの穏やかな地形にはもともとの頼りなさも感じなくはないですね。一方、楽しみにしていたワッフルのような濠はそれなりでしたが、城跡からは雄大な富士山がよく見えて、これがけっこう印象的。微妙に個性的な富士の姿ではないかと思いますが、なかなかいい。予想外のおまけもありました。
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山中城案内所売店は、山中城の最寄りのバス停からすぐ。山中城ではなく、山中城岱崎出丸址の側に建っている小さな建物です。うどん、そばとか軽食も食べられるのもいいところ。私は、山中城岱崎出丸址への行き方が分からなくて迷っていたので、ここで教えてもらってとても助かりました。
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伊豆長岡駅から三島駅まで帰ってきて。そこから東海バスで山中城跡バス停まで。
今日は三島の散策ですが、山中城跡を先にしました。
バス停からさっそく山中城跡に向かいます。門を入って、山中城跡 公園・植物園
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これが入口。
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順路に従って進めばいいみたいですね。
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これなら迷うことはないです。
きれいに整備されていますが、この緩やかな傾斜の溝のような地形もお堀の役割なのかもしれませんね。 -
ほどなく三の丸跡。
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すぐに分かれ道がありましたが、西の丸の方に進みます。
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えんやこら
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えんやこら
道は険しくはないですが、それなりに続いてますよ~ -
ん、そろそろかな。
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この先の別れを左に行くと西の丸です。
しかし、ここはその道ではなくて -
西櫓の方に向かいます。
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すると例のワッフルのような障子堀、畝堀が現れました。
位置からするとこれは西の丸と西櫓の間の濠です。 -
西櫓に到着すると
西櫓のぐるりを取り巻く濠もしっかりありますね。 -
うーん、それにしても、この形って防御にどう役に立つんでしょうかね~
穴に落ちればよじ登ってくるのに時間がかかるし、細いところを渡って来るのであれば鉄砲で狙い撃ちということなのかな。
しかし、大軍が一斉に攻め寄せたらそんな効果はほとんどないような気もしますけどね。 -
ここは山中城跡の西端。
立派な「史跡 山中城址」の石柱が建っています。 -
イチオシ
そのまま進むと、西櫓の外周から
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西の丸の外周へとつながります。
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イチオシ
と、ここからは富士の絶景。
こんなにくっきり見えていますが、素晴らしいですねえ。美しい稜線がかなり裾野の方まで見えているし、なんか新鮮な感じ。三島から見る富士は、このアングルにしかない微妙な個性もあるような。とってもいいと思います。 -
これで外周を一周したので、西の丸に上がってみます。
広場のような平地の先に -
もう一段高い場所は物見台。
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そこまで上がって
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もう一度西側を眺めるとさっきの西櫓。
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イチオシ
ここからだと障子濠がよく分かる。まさにワッフルじゃないですか。
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西の丸から東へ。二の丸、本丸へと向かいます。
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いったん、西の丸を下って。溜池の方へ。
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そこから二の丸橋を渡れば二の丸です。
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二の丸橋の下には畝濠です。
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二の丸はちょっと傾斜していますね。
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二の丸を抜けると本丸西橋。
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本丸西橋を渡ると本丸です。
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ここが本丸です。
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これは天守台かな。規模が小さいし、あんまり自信はありません。
まだ岱崎出丸址の方も行ってみたいし、帰りのバスの時間もあるので、このあたりでちょっと焦ってきました。ちょっと急ぎましょう。 -
最初の山中城案内所売店まで戻ってきて、道路を挟んで山中城跡の反対側が岱崎出丸址です。
入り口は細い上り道なのですが、少し見つけにくいかもしれませんね。 -
少し上ると、いきなり視界が広がりました。まずは、御馬場曲輪。穏やかな地形と構えの山中城跡でしたが、こちらはさらに穏やかですね。山頂から丘のようになだらかな傾斜地が広がっていて、
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険しい感じはほとんどありません。
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そして、こちらにもワッフルの濠がありますが、それはかなり限定的。
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イチオシ
幅広い傾斜地の形状と
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例によって、富士の絶景が見どころです。
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一の濠では、畝濠が一直線に並んでいるのを確認したり、
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すりばち曲輪からスキー場みたいななだらかな坂を歩いて上ったりしてみましたが、
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小田原征伐を迎えうった守備兵は3千。当時は建物がいろいろあったでしょうし、3千ではあまり手は回らなかったような気もしますね。攻める側からすると隙だらけかな。力攻めしやすくて、楽だったかもしれません。
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結局、予想以上に時間がかかって予定のバスの時刻には間に合わず。
逆に、時間が余ったことで、案内板にあった箱根旧街道(腰巻地区)の方にも足を延ばしてみました。これは箱根旧街道石畳。三島市がかなりがんばって整備したようで、笹原・上長坂・浅間平・腰巻・願合寺の5地区、全長約2キロの道。箱根旧街道石畳 名所・史跡
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イチオシ
ここは、腰巻地区。めちゃめちゃ雰囲気があるし、なかなか立派なものですね~
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抜けたところには、ドラゴンキャッスル。子供も遊べる大人のジャングルジムと銘打った施設ですが、地上5~6階建ての建物はかなりダイナミックな感じ。足がすくむような高さがすごいです。遊園地とかでもあんまりお目にかかったことがないジャンルの遊びだと思います。
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山中城跡から三島市街に帰りますが、伊豆フルーツパークで途中下車してみます。ここは、お土産物屋さんや食事処など道の駅のような施設。
伊豆フルーツパーク フルーツ狩り・農業体験
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一番のウリは、フルーツ狩りができる農園。みかんやいちご、メロンとか一年を通じて楽しめるというのがすごいところです。
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ただ、私が期待していたのはフルーツの食べ物だったんですけどね~
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でっかいフルーツパフェとかがないかと探したのですが、小さな売店でミカンジュースや
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イチゴのソフトクリームやケーキがあるくらい。けっこう期待が裏切られた感があって、残念でした。
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伊豆フルーツパークから三嶋大社に戻ってきました。
三嶋大社の門前にもすみの坊があって、こちらは三嶋大社前店。すみの坊は、桜家と並ぶうなぎの老舗ですからね。ではこちらで、昼食にします。すみの坊 三嶋大社前店 グルメ・レストラン
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イチオシ
桜家はちょっとワイルド系なのですが、こちらは繊細系かな。
あと、うなぎはちょっと量が少ないかなと思ったら、うなぎ丼のごはんの中からどんどんうなぎが出てきます。つまり、そうするとご飯に包まれたうなぎが温かいままなので理に適っているんでしょう。素直なおいしさが印象に残りました。 -
では、三嶋大社の方へ。
鳥居を入って三嶋大社 寺・神社・教会
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総門まで。
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その傍らにあるのが三嶋大社の売店。ここで福太郎本舗の福太郎をいただきましょう。
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イチオシ
福太郎本舗の福太郎は、三嶋大社の名物よもぎ餅にニュルッと押し出したような餡子の塊りが組み合わさって、なかなかインパクトのある形。まずはそのビジュアルでけっこう楽しめますね。よもぎの香りもしっかりしているし、意外に緑茶もやっぱり静岡ですらね。爽やかでおいしい。すべてが完璧。お餅は当然ですが、非の打ちどころのない組み合わせだと思います。
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ここからさらに進んで神門。
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舞殿、
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ご本殿へと進みます。
清々しい雰囲気はいつもながらですね~ -
三嶋大社を終わって。
三嶋暦師の館は、三嶋大社から少し東に向かった住宅地の一角。三嶋暦を代々発行していた河合家の家屋を利用した博物館。三嶋暦の版木や関連資料が展示されていますが、そもそも暦に関する権威は朝廷にありますから、こんなところに三嶋暦なるものがあること自体、本来は意味不明なんですけどね。説明板ではたんたんと書かれていますが、けっこう不思議なことだと思います。 -
三嶋暦師の館から北西に向かっていって、ここも住宅地の中。
湧水のある菰池公園です。まあ、湧水と言っても、三島にはあちこちに湧水があって珍しいものではないんですけどね。と思ったら、この湧水は桜川の水源となっているというので、それはそれは。至って静かな眺めで、湧水の勢いもあまり感じないのですが、それなら価値のあることだと思います。 -
菰池公園の少し南西側。
愛染院跡の溶岩塚は、溶岩流が作った自然のものだと思いますが、今は荒れ果てたような岩山。かつては、そこに愛染の滝という人口の滝もあったということのようですが、これも現状はっきりはしませんね。説明板があるのがせめてもの救いでしょう。 -
三島の中心部に戻ってきて、
浅間神社は、楽寿園の敷地に隣接した場所。限られたスペースに鎮座しています。 -
ただし、三嶋大社の別宮であり、伊豆国の二宮というのは大したもの。
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富士山大噴火の溶岩流がここで止まったということもあり、富士山を目指す登山者が必ずお参りする神社でもあったようです。
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ここから楽寿園の敷地の南側の道を西に向かいます。
途中にある水辺の遊歩道は、源兵衛川沿いの代表的なビューポイント。三島は市街のあちこちに湧水や湧水から流れる川があって、豊かな潤いがありますが、やっぱり一番有名なのはこの源兵衛川ですからね。街の風景と一体になっているのも三島ならではです。 -
少し進んでこれは蓮沼川。楽寿園の小浜池の湧水を起点する狩野川水系の支流です。つまり、小松宮別邸から流れ出るので、宮さんの川とも。もっと清らかだったころは、生活用水であり、子供の遊び場でもあったよう。地元ではそれなりに親しまれてきた川だと思います。
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そこから南に下がって。
伊豆国分寺は、聖武天皇の勅願で建てられた日本各地の国分寺と関係するようなしないような。というのも、もともとは蓮行寺という名前の真言宗の寺。江戸時代初めに日蓮宗に改宗したというのですが、敷地が伊豆国分寺跡ということが分かり、名前を伊豆国分寺に変えたというものですからね。しかし、門前から、聖武天皇の文字が見えて、すっかり国分寺の顔になっています。 -
これが本堂。
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その裏手にあるのが伊豆国分寺塔跡です。8個の大きな礎石は、古くから知られていたようですが、それが伊豆国分寺の七重塔の礎石であると確認されたのは戦後のことだとか。その後、南門、中門、金堂、講堂、僧房が建てられていた痕跡も確認されて、
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傍らには伊豆国分寺の伽藍配置図もあるので、かなりの構えであったことが分かります。
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三島大通りの方に戻って、蓮馨寺。
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高床というか、実質二階の部分に建つという堂々とした構えの本堂がインパクトありかな。寺は浄土宗。寺の裏に蓮沼池という池があったので、蓮の花の香りのする寺という意味の蓮馨寺。寺の住職が芭蕉の弟子だったという縁で芭蕉の墓もあるようです。
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これは、三島大通り商店街。かつての三島宿はここにあって、旧東海道に位置する商店街ですね。
伊豆箱根鉄道駿豆線の三島広小路駅から三嶋大社の間の沿道にはアーケードとかはありませんが、歩いているとなんとなく何か歴史があるんだなとは感じるものはありますね。それなりに賑やかです。
問屋場跡の駒札があって、箱根八里の運送を担っていたため、業務量が膨大だったと説明されていました。確かにそうかもしれません。 -
三島大通りには、少し脇に入ったところですが、三石神社もあります。
その三石神社に向かう参道の途中に建つ鐘楼がこの時の鐘。鐘は寛永年間に鋳造され、江戸時代に三島の宿場にあって、時刻にしたがい時を告げていたというもの。鐘は古いものですが、鐘楼は二階建ての鉄筋コンクリート造り。大きさも三石神社を睥睨していて、違和感ありまくりだと思います。 -
その先が三石神社。かつて源兵衛川の川沿いに三石という巨石があり、その上に社殿を建て稲荷社を祀り、神社としたもの。大中島町の氏神、豊受姫大神や火防の神も併せ祀ります。ただ、神社としては小さなもの。境内にある時の鐘の方がやたら目立っています。
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三島大通りから南に下って佐野美術館を目指しますが、その途中にもいくつか立ち寄ります。
常林寺は、天正元年(1573年)創建の曹洞宗の寺。三門と本堂を青い瓦で統一しているのが格好いいですね。 -
その三門と本堂は、昭和5年の北伊豆地震の直後に再建されたもの。その際にどういう意向があったのかは分かりませんが、力強い意匠だと思います。
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続いては、三島梅花藻の里。
梅花藻といえば米原市の醒ヶ井でしょ!みたいに思っていましたが、三島にもあるんですね。湧き水が豊富な三島なので、なるほどという感じなのですが、ただ、流れの中にゆらゆらという姿ではなくて、水たまりの中に栽培されているのかな。噴水の水が掛けられて環境を整えていました。 -
三島梅花藻の里の少し奥まった場所。
水の苑緑地は、源兵衛川の中流部。ここも源兵衛川の関係してましたかという感じですが、さらさらと流れる渓流のような場所もあれば、静かに水がたまった広い池のような場所もある。 -
そうしたいろんな顔を組み合わせながら、一つの親水公園になっていました。まとまりのある公園です。
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さて、佐野美術館に到着です。
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イチオシ
佐野美術館の敷地に入るとまずは隆泉苑。佐野美術館の創始者佐野隆一が両親に贈った旧邸宅です。
佐野美術館 美術館・博物館
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総平屋建の贅沢な近代和風住宅なのですが、内部の見学は不可。ただ、その前に広がる見事な日本庭園は想像していた以上に十分な見応えがありますね。
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池泉回遊式庭園の遊歩道から見る眺めは、どこから見ても豊かな湧水の大池を中心に穏やかな石組と松の緑があって、ひたすら美しいです。
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ちょうど梅も満開。春がやって来た穏やかな雰囲気がありました。
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庭を抜けて、これが佐野美術館の建物。ここは、日本刀のコレクションが自慢のようですね。
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この日は「名刀ズラリ」という企画展。国宝や重要文化財を含む展示内容でしたが、あいにく、私は刀の方はあんまり好きではない。立派な刀や由緒ある刀なのでしょうが、見てもさっぱり。一方で、若い人の入場者がとても多いのにはちょっとびっくり。アニメとコラボしている効果なのかなと不思議に感じました。
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佐野美術館まで来たので、せっかくならと中郷温水池まで足を延ばします。ここまで来ると三島市街の南のかなり外れの方になります。
ただ、思った以上に見晴らしのいい場所に静かで広い貯水池が広がっていました。中郷温水池 自然・景勝地
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ここは、源兵衛川の終着地だそう。ここに溜まった湧水を稲作用水とするため温めるという役割があるのだということですね。
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イチオシ
まあ、それはそうなんでしょうが、この景色はなかなかのもの。美しくもあり、ちょっと幻想的な雰囲気もあって、散策するには抜群の場所になっていると思います。
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中郷温水池から三島大通りに帰ってきました。
甘味茶屋 水月は、三島大通り商店街の大通りを少し南側に入ったところ。いかにも老舗の甘味処。大通りはかつての東海道だし、そういう意味ではぴったりの場所ですよね。 -
イチオシ
いただいたのは、白玉ぜんさい。ぜんざいのとろんとした甘さに白玉が爽やかさが加わって、期待通りのおいしさ。ここのおじいちゃんは96才。今でも現役のマスターズ陸上選手だそうで、店内には数々のメダルも飾られていました。
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三島大通りでもう少し。
御殿川は、三島市を流れる狩野川水系大場川支流の一級河川。名前は、3代将軍徳川家光が宿泊するために作った御殿の東側を流れていたことに由来するもの。白滝公園の付近の水門で桜川から分流するのですが、市街の細い路地に沿って流れているのに、流れにそこそこ勢いがあったりして、ちょっと特徴的です。 -
三島信用金庫本店の建物も三島大通り。昭和11年に建設された旧本店のレトロな外観を活かして建て替えられたもの。なかなかの存在感がありますね。ただ、時代は戦争の足音がだんだん大きくなっていった不安な時代。無機質なデザインにもその辺りの空気が反映されているような気がしなくもないですけどね。
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白滝公園は、楽寿園の敷地の東側。三島駅からだと大通りを南に進んですぐのところです。湧水が白い滝のように流れていたことに因んで名付けられた公園のようですが、ちょっとアンギュレーションがあって、どうかすると荒れ地のような姿に見えなくもないかな。
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一角には湧水のせせらぎがあって、やっぱりこれは三島ならでは。市民の憩いの場所のひとつだと思います。
白滝公園 公園・植物園
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白滝公園から東に向かうとすぐに桜川です。菰池公園を水源とし、白滝公園を経て、三嶋大社へと続きます。白滝公園の辺りだと川幅が広くなって、急に水量も増しているような。途中からでもあちこちの湧水からの水が次々加わっているのだと思います。
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桜川沿いに設置された三島ゆかりの文学者たちの文学碑が水辺の文学碑。
太宰治や若山牧水とかたまたま三島を訪れたということなんでしょうが、十返舎一九はまさしく東海道の旅人。 -
碑にはそれぞれ、少し長文の引用がされていて、読んでみるとそれなりに楽しいです。
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近くにある西福寺は、一遍ゆかりの寺。創建は、延慶2年(1309年)ですが、それ以前、弘安5年(1282年)、一遍が三嶋大社を参詣した際に水上道場として存在していた記録があるよう。
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境内には、その水上道場と書かれた石碑も誇らしげに建っていました。
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さて、晩飯は三島駅からほど近い食事処 みしまやへ。女将さんと若い女性二人が切り盛りする小さなお店です。基本は天ぷら屋さんのような気もしますが、ジャンルにこだわらず家庭料理的な晩飯を食べるお店といった感じかな。
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残りわずかになったハンバーグをいただきましたが、穏やかな味わいがいい感じ。お客さんが途切れずにやってくるのもうなずけます。
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今夜の宿は、HOTEL MIWA。沼津駅の北側すぐです。明日は早朝の出発なので、これだけ近いと安心感がありますね。かつ、リーズナブルなビジネスホテルとして泊まったのですが、フロントの対応は要領がいいし、観光情報なんかもわかる範囲で教えてくれるし、臨機応変な対応があると思いました。また、部屋の方も風呂の湯の出方とかユニットバスですが、洗面台と風呂の蛇口が別々とか割と基本的なところがしっかりしているという印象。コストパーフォーマンスとしてもかなりいいと思います。
明日は、沼津を回ります。HOTEL MIWA 宿・ホテル
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