2025/02/01 - 2025/02/03
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この旅行記のスケジュール
2025/02/01
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ここしばらくは京都の節分祭を訪ねていたのですが、そろそろ大阪の節分祭もどうでしょうね。少し調べると、大阪の節分祭だと大阪天満宮、石切劔箭神社、道明寺天満宮、住吉大社とか。まあ、それはそうでしょうね!みたいなところがヒットしますが、ちょっと普通過ぎて新味に欠けるかなあ。それより大阪だとたまに耳にするあびこ観音の節分とか北新地がバックアップする堂島薬師堂の節分お水汲み祭りの方が期待が持てるかも。せっかくなら、大阪らしいあっけらかんとした節分を楽しみたいですからね。
調べると二つの節分は節分の日の前後の日程もあって、これなら京都の節分もひとつは回れそう。ということで、今年は大阪と京都を行ったり来たりしながらの節分祭巡りをしてみることにしました。そこまでするかなあという気もしなくはないですが、やっぱりそんなことができるのはありがたいこと。スケジュールを組んで節分の日と前後を合わせた三日間にうまく納めたという次第です。
さて、初日はあびこ観音の節分、あびこ観音節分厄除大法会。ちなみに、あびこ観音は、欽明天皇7年(546年)、この地の豪族、依網吾彦(よさみのあびこ)の一族が百済の聖明王から観音像を贈られ、その像を祀る堂を建てたというのが始まり。その後、推古天皇14年(607年)には聖徳太子が観音寺を建立して、日本最古の観音菩薩の霊場となりました。
境内に入るとさっそく山伏もいるし、護摩供が行われていて。つまり、こちらの節分は豆まきではなくて、厄除けの護摩供がメイン。観音霊場であってまた真言宗の関わりもある寺ならではということでしょう。焼香の煙も浅草寺みたいにもくもく。大勢の参拝者で熱気がありました。
なお、最後のお楽しみは厄除け饅頭。長い行列を並んで人気店、あびこ餅本舗の厄除け饅頭をゲットしましたが、熱々でふわふわ。餡子の甘さも絶妙で、寒い中でもとても満ち足りた気分になりました。
中日の京都をはさんで堂島薬師堂 節分お水汲み祭りは、三日目。堂島アバンザの敷地内にある薬師堂で行われる新春の行事です。参加者はランクがいくつかありますが豪華な竹筒護符を購入して、それに護摩行で祈祷をした湧き水を入れてもらいます。一方で、室内にしつらえた大仏の舞台では、僧侶の法会、声明が終わると賑やかなイベント。北新地のきれいどころによる舞の披露から強面の鬼たちや白い竜の入場。そして、一番の見どころは北新地クイーンの勢ぞろいとその後はお化けと称する北新地の女性陣が扮する仮装行列。ステージで披露した後にわんさかわんさか夜の街に繰り出して、とっても華やか。イケイケ感の勢いがすごくて、節分行事であることを忘れてしまうような多彩で楽しいイベント。大阪は何でもあり。あっけらかんとした展開は期待通りのものでした。
本来であれば、皆さんと同じくこの勢いで夜の町で一杯となるのでしょうが、それはそれ。浮かれた気持ちで家路につきました。
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あびこ観音の節分、あびこ観音節分厄除大法会を訪ねます。
最寄り駅のあびこ駅から既に大勢の参拝者。
塀をぐるりと回ってここが入口ですね。節分に行ってみました by たびたびさん吾彦山大聖観音寺(あびこ観音) 寺・神社・教会
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境内に入ると
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すぐ右手の護摩堂では護摩が焚かれ、山伏の姿も見えたりして、まさに山岳仏教の雰囲気ですね。
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中央には大きな香炉。煙もくもくといったところですね。
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明治30年に再建された本堂は向かって左手から
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正面には多くの参拝客。
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イチオシ
反対側から出て振り返ると堂々とした構えがよく分かります。
ぎっしりという程ではないですが、いやいや、想像以上の賑わいでした。 -
あびこ観音を出て、すぐ近くの神光寺へも。
観音宗のあびこ観音は、真言宗系の寺ですが、こちらは、天台山伏の寺 あびこ行者堂。 -
こちらも節分に合わせて、周囲には賑々しく「厄除け神変大菩薩」のカラフルな幟が建てられているし、境内には線香の匂いも立ち込める中、たくさんの山伏の姿。あびこ観音と直接的な関係はありませんが、雰囲気は似たところがあるように感じます。
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ところで、厄除饅頭はいくつかのお店で販売しているのですが、やっぱり断トツ人気なのはこのあびこ餅本舗ですよね。お店には何百人もの行列ができていました。すごいです。
厄除だんごならあびこ餅本舗という根強い人気 by たびたびさんあびこ餅本舗 グルメ・レストラン
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ただ、5個1,000円はちょっと高いですけどね。
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聞くと毎年値上がりしているようで。。
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イチオシ
さて、ゲットした厄除饅頭ですが、ちょっと大きめサイズ。皮の部分のしっとりもっちりはさすがだし、滑らかで伸びのある甘いあんこもさすがです。厄除だんごならあびこ餅本舗という根強い人気はちゃんと理由があるという感じです。
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では、ここから周辺の散策。少し南を流れる大和川がほぼ大阪市と堺市の境界。ここは大阪市の最南端地区です。
大依羅神社は、古代の氏族、依羅氏(よさみうじ)が居住した依網(よさみ)の地域神として祀られたのが始まりとされる式内神社。 -
ちなみに、依羅氏は、仁徳天皇の屯倉の経営にも関与していたのではないかとされる氏族であり、神話の世界も半分は入っているかもしれません。
境内は、囲いもなくてちょっと散漫になるところですが、しっかりと清々しさは漂っていて、やはり歴史の重みが感じられる神社です。 -
これがすぐ南を流れる大和川です。
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阿麻美許曽神社は、大和川の南側ですが、ぎりぎりの大阪市域。河内国丹比郡の式内社で、入口から神社を眺めると樹齢500年の楠木群がまずは目につきます。いかにも古社の佇まいですね。
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「許曽」は新羅の言葉に由来していて、朝鮮半島からの渡来人が先祖を祀ったとする説や中臣氏や物部氏に関係する地域でもあるということとかも。
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いろいろな想像を掻き立ててくれる神社だと思います。
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大和川の北側に戻ってきて、これは、宝神神社とも塞の神社とも。
通りに向かって横広の間口が広い境内で、そこからして一風変わっています。正面にの建物は塞の神、道祖神を祀っていて、ここが交通の要衝であったことを想起させるもの。左右に複数のお地蔵さんが鎮座する小さな建物や不動明王の像などは雑多な感じですが、道祖神に関連して増えていったものなのかもしれません。 -
中臣須牟地神社は、宝神神社から北東にしばらく進んだ先。
中臣氏と関係する中臣須牟地神と住吉大神を祀る、これも式内神社。 -
ちなみに、須牟地(すむち)は、磯歯津路(しはつみち)沿いにあったといわれるのですが、この磯歯津路は、住吉津から新羅など外国からの使節が飛鳥に向かったという道。この神社もさりげなく古代の歴史に関わっていますね。
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中臣須牟地神社から北に向かって。
湯里住吉神社は、摂津国住吉郡富田荘が河内国側と摂津国側に分割され、氏神だった中臣須牟地神社をなくした摂津国側が中臣須牟地神社の祭神で住吉大社の神の一つでもあった中筒男命を分割してもらい新たな神社を建てたというもの。中臣須牟地神社とは兄弟の関係といった感じでしょうか。 -
ただ、いずれにしても古い起源。境内は古社の雰囲気です。
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湯里住吉神社から西に戻って。
鷹合神社は、延徳元年(1489年)に神社の祭りの記録があり、それ以前の創建であることは分かっています。かつての鷹合村にあったので、鷹合神社。 -
現在は、素盞嗚尊を祀りますが、当初は鷹飼堂という牛頭天王(素盞嗚尊と習合)を祀る神社だったようです。
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鷹合神社からさらに西に戻って。
保利神社は、室町時代の創建。この地に城を築いた際に守護神として素戔嗚尊を勧請したと伝わります。 -
スサノオと習合される牛頭天王社と称していたものを明治になって、素戔嗚尊神社→祇園社→保利神社と改称されてきたようです。鷹合神社の流れとよく似ていますね。
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では、この辺りで昼飯です。
釜揚うどん 一心のメニューは、釜揚うどんだけ。 -
イチオシ
細いのか太い(普通)のかを選ぶのと後は大盛か普通盛か。
私は太い普通盛をいただきました。コシがどうというよりも程よい柔らかさがいい感じ。その辺りが讃岐うどんとはちょっと違うのかな。出汁の方もやさしい味わい。出汁を少しすすりながら食べるくらいがちょうどいいように思います。これはなかなかの名店だと思います。 -
では、ここからが本日の後半戦。
まずはすぐ近くの長居公園です。
長居公園は、昭和19年に開園した大阪を代表する老舗の運動公園。 -
長居陸上競技場(ヤンマースタジアム長居)、長居第2陸上競技場(ヤンマーフィールド長居)、長居球技場(ヨドコウ桜スタジアム)など、多くの立派な施設を備えます。
大阪を代表する老舗の運動公園 by たびたびさん長居公園 公園・植物園
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特に、このヤンマースタジアム長居は長くセレッソ大阪のホームスタジアムだった施設で、運動施設を多く有する長居公園でも中心的な存在。周囲をまあるく囲む高い外壁の迫力とかはピカイチ。
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イチオシ
アルプス席の怖くなるような高さもすごくて、初めてだとびっくりするかもしれません。
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一方のこちらは長居公園の一角にある有料の植物園、長居植物園です。
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正面ゲートから入るとすぐに大きな池があって、その周囲には遊歩道。総面積242千㎡というスケールの大きな施設です。ただ、冬場だったこともあって、花壇の方はパンジーが咲いているくらい。季節によって、当然印象もかなり変わると思います。
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そのまま大阪市立自然史博物館へ入ります。長居植物園に隣接して建つ昭和33年開館の歴史ある博物館。
何日かここに通って勉強したくなるくらいの内容 by たびたびさん大阪市立自然史博物館 美術館・博物館
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身近な自然、地球と生命の歴史、生命の進化、生き物のくらしという4つの常設展示があって、かなりの充実度。
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ざっと見た感じですが、何日かここに通って勉強したくなるくらいの内容だと思いました。
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一点挙げるとするとナウマンゾウ。
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イチオシ
ナウマンゾウは43万年前の氷河期に中国大陸からやってきて最終氷河期の2万年前に滅んだという説明。
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つまり、ナウマンゾウは旧石器時代の日本人が大陸からナウマンゾウとともにやってきたというのがかつての説。なので、瀬戸内海とかでナウマンゾウが多く発見されるとそれは日本人のルーツと関係しているように理解されてきたんですね。しかし、それはそうではない。ナウマンゾウはもっと昔から日本列島に棲んでいて、日本人の祖先が大陸から渡ってきたことの証明にはならないという事実。まだまだ誤解をされている向きも多いのではないかと思いますが、ご紹介まで。
なお、そうしたことを学芸員の方からも説明をいただきました。丁寧に対応いただき、ありがとうございました。 -
臨南寺は、長居公園に隣接した曹洞宗の寺。というか、長居公園は、昭和3年、当初は、臨南寺公園として造営計画があったということで、広い寺地を有していたことが窺えます。
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創建は、正保2年(1646年)。信州伐木奉行、上方代官、天草代官などを歴任した鈴木三郎九郎重成が先祖の菩提を弔うために建てたというもの。コンクリー敷のひろい境内には、近代的な本堂が建っていました。なお、禅宗なので、本尊は釈迦像です。
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長居公園から西へ。今度は住吉大社の近くまで向かいます。
哀愍寺は、赤い塀が巡る一風変わった外観の浄土宗の寺。創建は、1574年(天正2年)。本堂の本尊は、運慶作とも伝わる阿弥陀如来。ちょっとびっくりですけどね。 -
塀の一部にちぎり(十徳)地蔵尊というのがあって、これも地域に親しまれているようです。
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少し北の宝泉寺に向かいますが、
池田屋本舗は、その途中。明治に入ってから創業した老舗の味噌の蔵元。もともとは酒造業だったようですが、明治になって味噌の醸造へ。味噌に砂糖と胡麻を合わせた「住乃江味噌」が人気商品です。なお、市街の一角にお店を構えていますが、いかにも老舗といった雰囲気がムンムン。街のランドマークにもなっている建物です。 -
ほどなく宝泉寺。天元5年(982年)の創建。往生要集の著者、恵心僧都が開基の草庵、念仏坊が起源です。
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元亀年間(1570-1573年)に旧住吉村から掘り出された巨石を刻んだという十三佛が見どころ。
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通りに面した別の入り口があって、その奥に静かな姿で並んでいます。
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しばらく北に進んで。
帝塚山古墳は、4世紀末から5世紀始めの前方後円墳。当初の規模は、全長120m、後円部の直径57m、高さ10m。前方部の幅50m、高さ8mだったとか。被葬者は、大伴金村とする説があるようですが、不確か。周囲は民家が迫っていて、全体を眺めることはできないし窮屈な状態です。 -
そのすぐ近くにあるの万代池公園は、周囲は約700m、聖徳太子が曼陀羅経をあげて、池に棲む魔物を鎮めたという言い伝えのある万代池を中心に整備された住宅地の中にある公園。緩やかに下ってからその先が池を臨む部分。この辺りが公園らしい部分かな。ということで、公園らしい部分はけっこう限られます。
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万代池は、明治時代までは灌漑池だったということですが、まあため池ですね。春には桜の名所だそうです。
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阿部野神社も同じエリア。延元3年(1338年)、北畠顕家が石津の戦いで高師直に敗れて亡くなったと伝えられる地。
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そこに、明治になってから、地元の有志が顕家を祀る祠を建立したのが始まり。幕末からの尊王の気風の高まりの中で創建されたのだと思います。
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境内はそれなりに広々。
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北畠顕家とその父の北畠親房を祀る本殿の造りも堂々として華麗な印象。境内に建つ「阿部野の露 三輪禎子作」の掲示板も北畠顕家の死を詳しく伝えていました。
さて、これで本日の散策は終了。 -
宿のある淡路町駅まで移動です。
淡路町駅を出るとすぐ北側に延びるアーケード商店街は淡路本町商店街。さほどの規模はありませんが、なんか流行っているお店が多いのか活気があるのを感じますね。 -
晩飯は、淡路本町商店街の中ほどにあるライオンカレー。
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イチオシ
がっつり肉系のメニューがウリなんだと思いますが、私は野菜の素揚げカレーをいただきました。野菜の素揚げもほくほくいい感じ。そして、このベースのカレーですが、野菜のエキスか何か分かりませんが、甘さを含んだようなすごいコク。妙においしいカレーでした。
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で、宿はカプセルホテルのNINJA&GEISHA。外国人向けのおちゃらけかと思っていましたが、受付のところの雪をかぶった赤い灯籠や関所のような意匠は本格的。共通の休憩スペースも八坂神社みたいなぎっしりとした提灯。日本人でも十分に楽しめるもので、かなりびっくりしました。絵馬に書かれた宿泊者の言葉も本物ですね。カプセルはカプセルですが、楽しいしきれいだし、余裕もある。面白い宿泊所だと思いました。
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翌日は京都の節分を回って、三日めは堂島薬師堂 節分お水汲み祭りです。
ここは受付。 -
お水汲みの竹筒を販売していて。
大きいのは3万円です。 -
堂島薬師堂はこの小さな建物。中で護摩を焚いていました。
堂島薬師堂 名所・史跡
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この人は3万円の竹筒。
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お水を汲んでもらっています。
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さて、こちらはアバンザの方に設けられたステージです。
節分行事であることを忘れてしまうような多彩で楽しいイベント by たびたびさん堂島薬師堂 節分お水汲み祭り 祭り・イベント
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パネルの大仏の前では法会が始まりました。
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法会の最後は声明。
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お経を高らかに唱え上げます。
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来賓の方々にお水を汲んでいます。
先頭に立っているのは、建築家の安藤忠雄さんですね。 -
ここからは華やかなステージ。
キレイどころの日本舞踊が披露されると -
ほら貝の山伏を先頭に
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鬼たちの入場。
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イチオシ
かなり派手派手ですが
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ここは北新地ですからね。
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これくらい派手じゃないと霞んでしまいます。
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白い竜は縁起物。
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堂々と入場して
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ステージの上に
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勢ぞろいです。
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今度はプロレスの団体もちょっとしたパーフォーマンス。
熱いアピールで盛り上がりました。 -
そして、
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新地クイーンの登場です。
高下駄を履いてしゃなりしゃなり。 -
総勢4人が
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イチオシ
並んでお披露目。
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とっても華がありますね~
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北新地のイメージソング 「フシギニイイカンジ」
けっこうノリがよくて、耳に残る曲でした。いいと思います。 -
さて、ここからはお化けと称する仮装の女性たち。
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お店の宣伝も兼ねての参加だと思いますが、
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イチオシ
思い思いに着飾って
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女性らしさをアピールしていますよ~
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まだまだ寒い時期ですけど
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皆さん元気いっぱい。
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そして、夜の街に繰り出します。
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さてさて、
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一行はなかなかの大行列。
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さっきの新地クイーンも
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次々やってきて
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間近で拝見させてもらいました。
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イチオシ
まさに美の競演といったところでしょうか。
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これで興が乗れば
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新地に繰り出して一杯というところなんでしょうが、
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たびたびさんはここまで。
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これで退散したいと思います。
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広島に帰る前に晩飯はインデアンカレー 堂島店へ。堂島店とありますが、実は、ここがインデアンカレーの本店なんですね。店内は悠々としていて、カウンター席とかスタイリッシュ。どうちかの通りから店内に入ると、清潔感があって、とってもリラックスできます。
ここがインデアンカレーの本店です by たびたびさんインデアンカレー 堂島店 グルメ・レストラン
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ちょっと気分を変えて、ハヤシカレーをいただきましたが、基本のご飯がおいしいし、付け合わせのキャベツの酢の物も抜群にうまい。やっぱり名店なのかなと思います。
以上で、大阪の節分はおしまい。お疲れさまでした。
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