1989/12/22 - 1990/01/05
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かちかち山たぬ吉さん
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12月22日13時半、新潟空港のロビーに男女各6名の参加者と女性添乗員さんの計13名が集合した。
札幌の人もいれば大阪・兵庫から来た人もいる。そして二十歳代前半の女性が4人もいる。皆個人参加だと聞いて二度びっくり。「これは楽しい旅になりそうだ」とニンマリ。
添乗員さんは30代後半、ロシア語がペラペラだそうだ。確かにこの旅ではペラペラな人が必要だ。
15時30分、アエロフロート機で離陸。現地時間の18時30分に極東ロシアのハバロフスク空港に到着。実際には1時間ちょっとの飛行だ。
タラップを降りてバスを待つシステムの古い空港だ。それ以外にも衝撃があった。
まずここは空港とは思えないほど暗い、遠くに見えるターミナルは古めかしい教会のようだ。
気温は初体験の零下22度、完全武装でも足元から徐々に冷えて来る。
また到着したバスの粗末なことよ、低い床の両サイドにベンチ式の座席があるだけで暖房もない。
これがアメリカと同等の宇宙技術を持ち多くの芸術家を輩している国なのだろうかと思った。
入国審査も税関での審査も簡単に終わり、日本円からルーブルへの交換場所へ移った。
詳しい事情は知らないが、外国人観光客が交換する際のレートが今年改定され、何と円はこれまでの10倍の価値を持つそうだ。試しに1000円を両替したところ42ルーブルにもなった。モスクワの労働者の平均月収が200ルーブルだそうだ。
この時ソ連はゴルバチョフのペレストロイカ時代、外貨獲得に躍起だった。
20時、アムール川(黒竜江)のほとりにあるホテル「インツーリスト」に到着、某市職員のS氏と同室になった。外国人専用のホテルだが、聞いていた通りバスタブは無くシャワーのみだ。
とにかく1階のレストランで遅い夕食となった。
が、奥のステージでバンドの演奏が始まると、ロビーにいた東洋系の中年男女大勢がズカズカ入ってきてレストラン内の通路でディスコ調のダンスを始めた。私たちの座ったテーブルのそばでも踊り狂う。
そして演奏が終わるとぞろぞろとロビーへ出てゆく。それが繰り返された。
どうやら彼らは踊るだけの目的でここに来ているハバロフスク市民のようだ。
そして演奏が終わったらロビーへ出るという条件でレストランへの出入りを許されているようだ。
娯楽が少ないためなのだろうが異様な光景だった。
ハバロフスクには朝鮮族などの東洋系の人々が多く住んでいる。
夕食後は地下のバーへ、外貨しか使えない。
音大の民族楽団によって日本でもおなじみのロシア民謡が披露された。(画像)
鍵盤式ではなくボタン式のアコーディオン(バヤン)はとても演奏が難しいそうだ。
部屋のトイレに入って驚いたのは、トイレットペーパーが画用紙のように厚いことだった。横浜から来たイラストレーターのN嬢はこれに絵をかいて友人へのお土産にしたそうだ。
新潟で仕込んだ日本酒をS氏とちびりちびりやりながらベッドに入った。
とにかく衝撃的な出来事が連続の初日だった。いよいよ明日からシベリア鉄道の旅だ。
表紙画像は自家製の路線図。
他の画像も35年前の生写真をスキャンしたものにて品質は良くない。
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