1989/12/31 - 1990/01/05
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かちかち山たぬ吉さん
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12月31日、10日目。午前零時に「赤い矢号」へ乗り込む。
何と上段ベッドの無い二人用のコンパートメントだ。1等車とでも言うのだろうか。
広々としていて圧迫感が無い。
添乗員さんも喜んで言う。「乗ってみないと解らないのがこの国です。」
午前8時、レニングラード駅に到着。私たちは極東ロシアの街ハバロフスクから、ロシア北端の旧帝都レニングラード(現在はサンクト・ペテルブルグに呼称変更)まで列車だけでやって来たのだ。
地図で見ると地球を三分の一周したことになる。感慨深い。
バスでバルト海に面した巨大ホテル「プリバルチスカヤ」へ。ここもオリンピックに向けて建てられた最新ホテルだそうだ。
朝食を済ませてレニングラード観光へ。
氷結したネヴァ川からペトロパブロフスク要塞を望み、聖イサク寺院、スモーリヌイ修道院を見学。
聖イサク寺院には独ソ戦で受けた弾痕が今でも残っている。
かのエルミタージュ美術館に着いたのは、もう陽が傾き始めた頃だった。この薄緑色の巨大な美術館は、大小のエルミタージュ、冬宮の三つの建物から成るが、私たちが目にできたのは時間の制約で大エルミタージュの極一部だけだった。
全部をゆっくり見ると五年もかかるという。
とは言え所蔵品はすべてお宝クラスで、金やダイヤモンドをふんだんに使った工芸品も多い。
モスクワのクレムリンにも「武器庫」「ダイヤモンド庫」と呼ばれる宝物庫があってロシアは「お宝」には事欠かない国だそうだ。
日露戦争は、革命運動に恐れをなしたニコライ2世が投げ出してしまった戦争だったが、日本は戦費そのものに窮しており、高橋是清が戦費調達に世界を駆けまわっていた。財政面ではロシアが圧倒的に有利だったと言われる。
現に第2次世界大戦で欧米から多大な物的援助を受けたソ連だが、それをすべて金の延べ棒で返還したそうだ。
残念ながら日本の国宝は文化的価値はあるものの金やダイヤモンドは使われていないため、国難に瀕しても国際市場では売れないそうだ。
黄昏の中、淡い照明に浮かび上がる美術館を後にしてホテルへ。今夜はニューイヤーパーティーだ。
ホテルの巨大なパーティー会場、ツアーメイトの女性たちもみな着替えて見違えるほど美しい。私もちゃっかりダブルのスーツに着替えた。
アンサンブルの演奏と歌、自由に踊ることもできる。
やがてカウントダウンで年が明けるとパーティーは最高潮となり、アメリカからの大勢の観光客が大合唱が始めた。とにかく陽気だ。
私たちは特大グラス(果物入れ?)にシャンパンを注いで飲み回しに興じ、輪になってパーティー会場を乱舞した。
やがてレニングラード市外へ繰り出す相談がまとまったが、私たちはそこでとんでもない体験をする。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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