2024/04/27 - 2024/04/28
5位(同エリア23件中)
尚美さん
ティミショアラ3番目、4月28日に見た建築物の旅行記。表紙写真は泊まったアパートメントが入居するアール・ヌーヴォー建築のPalatul Erno Neuhausz。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ティミショアラ。前の旅行記にも載せた写真ですが、勝利広場を取り囲むアール・ヌーヴォー建築たち。真ん中の建物に泊まったアパートメントが入居していました。
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ティミショアラ。泊まったアパートメントのあるPalatul Erno Neuhausz。1911-1912年、Laszlo Szekely。
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ティミショアラ、Palatul Erno Neuhausz。
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ティミショアラ、Palatul Erno Neuhauszの内部。
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ティミショアラ、Palatul Erno Neuhauszの泊まった部屋。いたって普通ですが、給湯器のような形のエアコンがきいてとても快適でした。ヨーロッパではエアコンは期待していませんが、ここに泊まった日のように「朝が冬の気温・昼が夏の気温」の日にはエアコンに助けられました。
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ティミショアラ、Palatul Erno Neuhauszの泊まった部屋。
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ティミショアラ、28日もルーマニア正教会から。
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ティミショアラ。アール・ヌーヴォー建築を見るためにトラムで中心から南西部へ。Palatul Miksa Bruck停留所で降ります。
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ティミショアラ。Palatele Csermak、双子のアール・ヌーヴォーです。1912年、Henrik Telkes。
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ティミショアラ、Palatele Csermak。
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ティミショアラ、Palatele Csermak。
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ティミショアラ、Palatele Csermak。
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ティミショアラ。オレンジ屋根の建物がPalatul Albert Schott。小さな建物をはさんだ右側がPalatul Alexandru Pisica。
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ティミショアラ。Palatul Albert Schott(1911-1913年、Martin Gemeinhardt)とPalatul Alexandru Pisica。
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ティミショアラ、Palatul Alexandru Pisica。1912年、Karoly Bonn。
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ティミショアラ、Palatul Alexandru Pisica。
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ティミショアラ。ベガ川対岸のアール・ヌーヴォー建築と給水塔。このアール・ヌーヴォーについては作者や建築年はわかっていません。給水塔は好きなんです。
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ティミショアラ。前の写真のアール・ヌーヴォー建築。
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ティミショアラ、給水塔。好きです。
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ティミショアラ、カトリック教会。
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ティミショアラ。右側の建物がPalatul Gemeinhardt(ex Hotel Splendid)。1911-1912年、Martin Gemeinhardt。
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ティミショアラ、Savings Bank。1906年、Martin Gemeinhardt。好きな感じのアール・ヌーヴォーです。
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ティミショアラ、Palatul Eduard Thomas。1911年、作者が特定されていません。近年、修復工事が行われて、外観が美しいです。
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ティミショアラ、Palatul Eduard Thomas。
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ティミショアラ、Palatul Eduard Thomas。
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ティミショアラ。アール・ヌーヴォー建築ではなく折衷主義と言われている建築様式の建物、Casa Zsigmond Ormos。1989年。
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ティミショアラ。歴史的建造物の解説があります。左の方がCasa Zsigmond Ormosについて書かれたもの。
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ティミショアラ、Palatul Jakob Fischer。1910年、Gabor Fodor。ここも近年修復されました。
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ティミショアラ、Palatul Jakob Fischer。綺麗なアール・ヌーヴォー建築です。
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ティミショアラ。Palatul Jakob Fischerの隣の建物。
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ティミショアラ、Palatul Gyorgy Dauerbach。1910年建造。参考にしているアール・ヌーヴォー建築サイトには掲載されていませんが、ウィーン分離派の建築家による建物のようです。
ウィーン分離派をアール・ヌーヴォーとは別のように述べている文章を見る事がありますが、建築に関しては同じと考えていいと思います。ウィーン分離派はその名の通り、当時のアカデミズム(頑迷な保守派に支配されていた)から脱退して新団体を立ち上げた際の名称で、その建築の中心人物であるオットー・ワグナーはウィーンのアール・ヌーヴォー建築の大物でもあるし。 -
ティミショアラ。このアール・ヌーヴォー建築については建築家などはわかっていません。が、外壁の装飾が美しいので写真を何枚も撮りました。住所のStrada Alexandru Odobescu 30の建物、と呼ぶことにします。
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ティミショアラ、Strada Alexandru Odobescu 30の建物。
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ティミショアラ、Strada Alexandru Odobescu 30の建物。
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ティミショアラ、Palatul Matyas Christian。このアール・ヌーヴォーも建築家は特定されていません。建造は1911年。
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ティミショアラ、Palatul Matyas Christian。
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ティミショアラ、Palatul Matyas Christian。
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ティミショアラ、Palatul Blau。1907年、Eduard (Ede) Reiter。この建物も修復されて新築のようです。
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ティミショアラ、Palatul Blau。
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ティミショアラ、Palatul Blau。
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ティミショアラ、Palatul Blau。
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ティミショアラ、Palatul Jakab Klein & Miklos Frecot。1907-1908年、Gabor Fodor。このアール・ヌーヴォーも修復されて鮮やかな色合いです。
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ティミショアラ、Palatul Jakab Klein & Miklos Frecot。
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ティミショアラ、Palatul Jakab Klein & Miklos Frecot。
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ティミショアラ、Palatul Jakab Klein & Miklos Frecot。
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ティミショアラ、Casa Erno Neuhausz。1906年。このプレヴネイ広場(piata plevnei) 周辺にはアール・ヌーヴォー建築が建ち並んでいます。
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ティミショアラ、Casa Erno Neuhauszの隣のアール・ヌーヴォー建築です。
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ティミショアラ、Casa Romulus Nicolin。1904年、Martin Gemeinhardt。
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ティミショアラ、Casa Romulus Nicolin。
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ティミショアラ、Casa Romulus Nicolin。
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ティミショアラ、Casa Romulus Nicolin。
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ティミショアラ、Casa Romulus Nicolin。
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ティミショアラ、Casa Romulus Nicolin。
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ティミショアラ、Casa Kornel Tunner現在はCasa Dr. Junkert。1905年、Arthur Tunner。
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ティミショアラ、Casa Kornel Tunner。
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ティミショアラ、Casa Kornel Tunner。
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ティミショアラ、Casa Kornel Tunner。
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ティミショアラ、Casa Janos Hartlauer。1904年、Martin Gemeinhardt。素敵なアール・ヌーヴォー建築なので写真が多いですが、天気が良い午前中は街路樹がファサードに強い陰影を作ってしまっています。
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ティミショアラ、Casa Janos Hartlauer。
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ティミショアラ、Casa Janos Hartlauer。
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ティミショアラ、Casa Janos Hartlauer。
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ティミショアラ、Casa Janos Hartlauer。
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ティミショアラ、Casa Janos Hartlauer。
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ティミショアラ、Casa Janos Hartlauer。
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ティミショアラ、Casa Janos Hartlanerの隣の建物。ティミショアラの建築物を見学するガイドツアーにこの建物が含まれているので有名建築であるのは間違いありませんが、詳しい事はわかりません。外壁の装飾ーーマッチ棒を貼り付けたようなのとか、美しいメダリオンとか、塔にアーチに柱、いいところばかりです。
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ティミショアラ、Casa Janos Hartlanerの隣の建物。
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ティミショアラ、Palatul Dr. Adolf Vertes(Palatul Jakob Klein)。1910年、Laszlo Szekely。かっこいいアール・ヌーヴォーですが、写真に指が入ってしまい最悪。
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ティミショアラ、Palatul Dr. Adolf Vertes。
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ティミショアラ、Palatul Dr. Adolf Vertes。
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ティミショアラ、ネオバロックの美しい建築物、Palatul Jakab Klein。
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ティミショアラ、Palatul Jakab Klein。
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ティミショアラ、Palatul Istvan Nemes。1902年建造のアール・ヌーヴォー建築。見学時は修繕中ですが完成に近いようです。
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ティミショアラ、Palatul Istvan Nemes。
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ティミショアラ、Palatul Cazinoului Ținutului de Sud。1902-1905年、Emil Tory。
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ティミショアラ、Palatul Cazinoului Ținutului de Sud。
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ティミショアラ、Palatul Apelor。1902年、Lipot Baumhorn。
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ティミショアラ、Palatul Franz Marschall。1904年、Martin Gemeinhardt。
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ティミショアラ、Palatul Franz Marschall。
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ティミショアラ、Casa Reiter Mor(Casa Henry Billing)。1904年建造。
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ティミショアラ、Casa Reiter Mor。
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ティミショアラ、Palatul Dezso Becsi(Palatul Titus Olariu)。1906年。
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ティミショアラ、Casa Alajos Gregor。1907年建造のアール・ヌーヴォー建築。
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ティミショアラ、Casa Alajos Gregor。
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ティミショアラの建築物。
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ティミショアラの建築物。
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ティミショアラの建築物。
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ティミショアラの建築物。
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ティミショアラの建築物。
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ティミショアラの建築物。
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ティミショアラの建築物。写真に指が入っていて最悪ですが。
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ティミショアラの建築物。
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ティミショアラの建築物。
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ティミショアラの建築物。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ひなこさん 2024/11/13 21:20:04
- 行ってみたいな
- 尚美さん、
こんばんは、
前回の旅行記の写真の数々が素晴らしかったのにコメントを書きそびれてしまいました,
1989年のチャウシェスク政権崩壊後にステンドグラスの存在が公けになったという驚くべき歴史があるーetcという尚美さんの言葉に、チャウシェスク政権のことが蘇り、ネットで調べ始めて読みふけっていたんです。あの時の衝撃と、後に書かれたニュースなどの記事と尚美さんの写真との中で右往左往していました。
それにしても、おとぎ話のような世界ですね、尚美さんの指さえも巨人(登場人物)の指に思えて妙にリアリティーがあります(勝手なことを言ってごめんなさい!)
正教会、双子の建物、動物たちいいですね、ルーマニアのアールヌーヴォーは親近感があるような気がします。修復前の建物は色が消えて剥げかかっているけれど、それも良しと思わせてしまうものがあるような気がします、修復した方がいいに決まっているでしょうけれど。建てられた頃は、修復後のように鮮やかだったのでしょうか?
行ってみたくなってしまったけれど行けないので、たくさん見せて下さってありがとうございました。
ひなこ
- 尚美さん からの返信 2024/11/20 16:19:58
- Re: 行ってみたいな
- ひなこさん、いつもありがとう。
ルーマニアのアール・ヌーヴォーは、ひなこさんも書かれていたのと同じように私も感じました。人懐っこい。それは、施工主からの制約が少なくて、建築家がノビノビと使っているからではないでしょうか。私の想像ですが、でも、オラディアのブラックイーグルなんて正にそんな感じですよね。おとぎ話の中の建物のようですものね。
だから、通う(もはや行くではなく、あえて通う、で)のをやめられないんです。
次の旅行記は、ルーマニアを休んで登別です。よかったら見て下さい。
尚美
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