2024/08/10 - 2024/08/10
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emi_uさん
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ご覧いただきまして、ありがとうございます。
岐阜の馬籠宿から長野に入る妻籠宿に向けて、旧中山道を歩いてみました。
https://www.nakasendo.gifu.jp/
約8kmの道のり、朝8時前に歩き始めて、11時過ぎの到着まで3時間余り。
片道なら、馬籠宿から妻籠宿に向かった方が、序盤に馬籠峠にかけて1/3(時間ベース)登り、残り2/3下るようなイメージなので、楽なようです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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お盆に差し掛かる週末、車で朝5時過ぎに木曽路入り
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6時頃、道の駅 木曽福島到着
木曽御岳山が見える、とのことだが、ちょうど雲のかかった山の間辺りか
しかし、都会と違って朝は涼しい、というか肌寒いくらい
夜通しの運転を経て眠気が襲ってきたので、30分ほど仮眠道の駅 木曽福島 道の駅
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お天気には恵まれそうだ
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7時半過ぎ、馬籠宿到着
今夜宿泊する宿・但馬屋さんの駐車場に車を置く
田んぼがまばゆい -
今回の目的は旧中山道を歩くこと
まずは宿に行き、駐車場を利用することを伝えつつ、「ハイキング券」を発行してもらう
これがあると150円で完歩証明書を発行してもらえる -
8時前の馬籠宿は、さすがに人影もまばら
馬籠宿 名所・史跡
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早速、妻籠宿へ向かうべく、馬籠宿を上っていく
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藤村記念館の向かいには観光案内所がある
朝早くてもパンフレットの類は置いてあるので、スタンプなんか押しながら物色 -
開館、開店前の藤村記念館、
藤村記念館 美術館・博物館
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大黒屋茶房、
大黒屋茶房 グルメ・レストラン
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脇本陣史料館を通り過ぎると、
馬籠脇本陣史料館 美術館・博物館
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県道7号に出る
馬籠宿下り入口も県道7号だが、ぐるっと回って上につながっている -
左手には蕎麦屋・恵盛庵
以前来た時にはここでお蕎麦をいただいた -
高札場を過ぎると100mほどで、
馬籠宿高札場 名所・史跡
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陣場上展望台
馬籠 陣場上展望台 名所・史跡
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恵那山2,192mも望めるはずだが、夏らしい雲で見えない
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とはいえ、この開放感、パノラマはすばらしい
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左は恵那山から、
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右は中津川市街まで見える
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さて、8:10 展望台を後にし、いよいよ旧中山道感が増してくる
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馬籠からは、まず下っていく
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県道7号が縫うように走るが、都度案内板があるので迷うことはないだろう
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この道を歩いている人は、海外からの方も含めてけっこういる
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水の音を聞くと少し涼しい気分になる
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この流れは湯舟沢川から落合川へと注ぐ
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道々、ちょいちょい鐘が設置されている
熊除けに鳴らすものだ -
水車小屋まで来ると、妻籠まであと6.8kmの表示
表示によると出発してからまだ1kmも歩いていないようだ -
ここから梨子ノ木(なしのき)坂
由来は果物の梨ではなく、「均(なら)す、なす」から来ているようだ
確かに緩やかに始まる坂
ここまで下ってきたが、ここからしばらく上りに転じる
ここから10分くらいすると、 -
十返舎一九狂歌碑のある休憩所
東屋、トイレがある
8:35 ここで少し休憩 -
15分ほど休んで出発
妻籠まではあと6.3km
坂はもう少し続くが、登りきると・・・ -
すぐに峠の集落に出る
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江戸時代までは、牛を使って物資を運ぶ牛方(うしかた)が多く住んでいた
島崎藤村の「夜明け前」にもこの集落の牛方が登場する -
馬籠峠一里塚跡
1里は約4km
「江戸へ82里」とある -
集落の馬籠峠寄りの端の方には、これから馬籠宿へ向かう人向けの案内板
高札場から現在地まで2.2km 40分とある
今9時、休憩した時間を考えるとちょうどそれくらい -
そのすぐ先に、
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熊野神社
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あまりに暑くて、体力的にどうしようかと思ったが、ちょっと上がってみた
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木に覆われているのにとてもきれいに保たれていて、地域に大切にされていることを感じる
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再び緩やかな上り坂を歩き始める
標高777mの表示を越えると、県道7号に出る -
ここが長野県と岐阜県の県境
突き当りに見えるのが馬籠峠 -
9:10 馬籠峠 標高790m
峠の茶屋もあるが、10時半開店のようだ
いつももっと早く通ってしまうので、なかなか出会えない馬籠峠 自然・景勝地
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馬籠宿から、妻籠宿の向こうの三留野宿まで広範囲の地図を眺めながら、まだ半分も来てないなぁと思う
馬籠宿から2.2km
妻籠宿まで5.5km -
右奥のへ旧中山道を進む
峠を越えたので、ここからは下っていく -
再び標高777m
鐘を鳴らして通過 -
峠から10分ほどで休憩所が見えてくる
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9:20 一石栃立場(いちこくとち たてば)茶屋
立場茶屋とは宿と宿の中間の休息所で、朝から管理人さんが無口ながら温かく朝から迎えてくれる -
囲炉裏を焚いているので、煙で虫もさほど入ってこない
冷たい水と温かいお茶がある -
寄付BOXがあるので、休憩代にお礼の気持ちを込めて
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9:30 10分ほど休んで出発
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右手に見えてくるのは、
一石栃の白木改番所(しらきあらためばんしょ)跡
木曽から移出する木材を取締るもので、檜の小枝に至るまで許可の刻印を焼いてあるか厳重に調べていた
木曽の森林資源は尾張藩にとって重要だった
番所は元は下り谷(くだりだに)にあったが、蛇抜け(じゃぬけ・土石流などの災害)によってここに移転
「木曽谷諸事覚書」には寛延2(1749)年のことと記されている
(案内板より)一石栃白木改番所跡 名所・史跡
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番所の手前の角には、60m先に子安観音、樹齢250年の枝垂桜との表示
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少し上ったところに子安観音のお堂
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棟札によると昔は西谿にあったが文化年中(1810年頃)に現在地に移り、慶応元(1865)年によって流出し、再建した
(案内板より) -
ニホントカゲも日向ぼっこ
枝垂桜は京王元年、明治37年の大蛇抜けにも耐えた古木で、町天然記念物に指定されている(案内板より)
見頃は例年GW頃のようだ -
番所まで戻って先へ
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しばらく川沿いを歩いていくことになる
ひと際大きい木に出会った
この辺りは椹(さわら)の木が多いようだ -
樹齢300年、胴廻り5.5m、樹高41m
椹は耐水性に優れ、風呂桶、壁板、建具等に使う -
独特の形をした枝を持つ針葉樹は、山の神や天狗が腰を掛けて休むことから、神居機(かもいぎ)といわれるらしい
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対岸の木について解説が掲示されている
この時代のこんな記録が残っていることがすごい -
足元は明るい色の砂粒のよう
これは元々の地質なのだろうか -
アジサイなのだろうが、椿のようなツボミで気になっていた
まさにこのツボミが球状であることからタマアジサイというらしい -
アジサイなのにこの季節なのか?と思ったが、平地で栽培されると6-7月に咲き始める一方、山で自生する場合は8-9月に咲くらしい
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来た!
「中山道 一石栃口」の碑
昨年の夏、車で「是より北 木曽路」の碑を見に行く際にこれを見て、「いつかこれ歩いてみたい」と思ったのが今回の旅のきっかけ -
県道7号を跨いで旧中山道は川沿いに続く
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まだきれいな橋のたもとには東屋もある
橋を渡り、 -
また県道7号を渡ると、
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「男埵(おたる)の国有林」の解説
この一帯には檜(ひのき)、椹(さわら)、明檜(あすひ=あすなろ)、高野槇(こうやまき)、鼠子(ねずこ)の木曽五木が生い茂る
ただ、江戸時代以降は停止木 (ちょうじぼく)として、明治には官林、明治22(1889)年以降には御料林として、伐採を禁じられた
戦後、1947年には御料林は国有林に移管された -
この辺りは少し上る
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先ほどの新しい橋の辺りは護岸工事もされた川だったが、ここは自然の流れの川が見える
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橋を渡る
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この橋から見る流れは美しい
この後また少し上り、左下に見える川で子供が遊んでいるのが見える
これから滝を見ることを考えると、今見える左下まで下りてまた上がってくるのか~と思ってしまったりする -
庚申塚で舗装道路に合流
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妻籠宿は右手だが、滝を見ないわけにはいかないので左手へ
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滝へ向かって位置エネルギーを失うことに不安を覚えるが、結論、戻るときはさほど苦しい上りでもなかった
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下りきって川を渡ったところに滝への案内がある
同じ歩行に馬籠宿への矢印もある
どうも廻ってこなくても、もっと近道があったようだ -
幕末頃までの中山道は滝の下を通っていたと思われる、とあるくらいだから、そちらの道の方が昔の中山道に近いのか?
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10:15 男滝・女滝到着
私が行った、下流から回り込む行き方だと、手前にあるのが男滝(おだき)
森林浴とは言え真夏の暑さの中を歩いてきたが、ここに近づくと、ふわっと冷気を感じる -
目と鼻の先であるが、奥にあるのが女滝(めだき)
そしてこの奥から馬籠宿に行けるらしい
どこにここにつながる道があったんだろう
暑いので、子供たちが川遊びをしている
大人も滝の前で涼んで、前出の庚申塚まで戻り、妻籠宿に向けて下っていく -
右手に見えてくるのは倉科祖霊社
-
天正14(1586)年、松本城主小笠原貞慶の重臣倉科七郎左衛門朝軌は、大阪の豊臣秀吉への献上品を届けた帰り、この辺りで地元の土豪たちに襲われ、従者30余人とともに全滅させられたという
当時、木曽氏と小笠原氏は対立していたようだ -
先ほど一石栃の辺りで、番所が元々「下り谷」にあったとされていたが、それがこの辺り
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再び山道に入ると、牛頭観音に出会う
峠の集落でもあったように、荷物を運ぶのに黒牛を使っていたので、馬頭観音ならぬ、牛頭観音で供養している -
頭に載っているのがピカチュウみたいだ(バチ当たり)
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滝から20分足らずで県道7号に出る
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脇にあるのが「どうがめ沢」
県道を挟んだ向こう側に、この沢の水の出る蛇口がある -
10:35 庚申塚
大妻籠に入っていく
五行×十二支で庚申の日は60日に1度訪れる
庚申の夜は寝ている間に、体内にいるという三尸虫(さんしちゅう)という虫が天帝にその人の悪事を報告しに行くとされる
それを避けるために庚申の日の夜は夜通し眠らずにいたら、そのうち宴会などをするようになったようだ -
大妻籠には県宝・藤原家住宅がある
解体・復元したものの、元は17世紀半ばの住宅であり、県内の民家としては最古級
見てみたい気持ちはあったものの、ここから5分ほど道を外れるだけだったのだが、如何せん暑すぎて微塵も寄り道をする気持ち的余力がなく、スルー・・・ -
鴨のいる池を右手に、メインの通りを引き続き進むと、「御宿まるや」さん
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目が留まったのは、縁側のかわいらしい動物たち
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軒先にほおずきもあしらわれ、我々同様歩いている人たちも足をとめて愛でたりする
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どこからどこまでが大妻籠かというのは素人的には難しいのだが、この辺で半分だろうか
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目の前に「大妻籠」の大きな看板
大妻籠は馬籠と妻籠の間にある間宿(あいのしゅく)
間宿は宿場と宿場の間にある休憩所的な場所で、基本的には宿泊は禁止されていたことが多かったようだが、大妻籠は宿泊が可能だったらしい
ただ、本陣、脇本陣といったものはない大妻籠 名所・史跡
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ここまでの道は「初恋街道」という名を持つ
藤村の「初恋」に因む
まだあげ初めし前髪の・・・という詩 -
再び旧中山道へ
短いが、ほぼ初恋街道沿いに細い道を歩く
妻籠宿まで1.6km -
初恋街道に戻る
先ほどから400m進んだとは思えないが、妻籠宿まで1.2km -
蘭(あららぎ)川を渡る
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橋の上からは豊かな流れが見える
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橋を渡ったあたりに「石柱道標」の案内
一体どこだろう、という感じだが・・・ -
ここだ
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ここからは頭しか見えないが、高さ3mあるらしい
中山道と飯田道(大平街道)の分岐点にある
明治14年に国道開通を祝って建てられたもの
「中山道 西京五十四里半 東京七十八里半」
「飯田道 元善光寺旧跡江八里半 長姫石橋中央江八里」
と刻まれている石柱道標 名所・史跡
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初恋街道から左へ入る
初恋街道の方は、この先で国道256号に合流するところまでのようだ -
ちょうど11時 妻籠宿
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ゴール、と勝手に思っている観光案内所まであと一息
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妻籠変電所の瀟洒な姿が見えると、
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町並みの端に踏み入れたかんじ
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桝形を越えると、
妻籠宿 名所・史跡
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やっと観光案内所
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観光案内所にて完歩証明書ゲット!
前述の通り、宿泊者は1人150円で購入できる
ハガキ大の300年木曽桧端材でつくられたもの
同時にここで馬籠に戻るバスの切符を購入
当初歩いて戻ることも頭の片隅にはあったが、あまりの暑さにもう限界
さすがに長くなったので、復路から馬籠宿での宿泊については続編で
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