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ブハラからヒヴァへの移動途中に、紀元前3-4世紀の遺跡、アヤズカラ1を眺めた。<br /><br />ヒヴァの旧市街は城壁に囲まれ、主要部分への車の乗り入れが制限されている。そのためもあって、イチャン・カラと呼ばれる旧市街は、かって隊商が行き交った頃の雰囲気を色濃く残していた。ホテルはイチャン・カラの中心部にあり、自由散策にも便利だった。<br /><br />カルタ・ミナルという未完成だがタイル装飾が美しいミナレットなど、ヒヴァには3つの目立ったミナレットがある。私たちは、ライトアップされた夜間をはじめ、様々な時でのミナレットと周囲の風景を楽しんだ。ジュマ・モスクの木の柱、そしてタシュ・ハウリ宮殿の装飾も綺麗だった。<br /><br />ヒヴァからタシケントに飛び、タシケントを短く観光して帰国した。

城壁に囲まれた街、ヒヴァは日中も夜も絵になった:シルクロードの古都を訪ねようとウズベキスタンへ(4)

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2024/05/29 - 2024/06/01

15位(同エリア360件中)

6

39

Takashi

Takashiさん

ブハラからヒヴァへの移動途中に、紀元前3-4世紀の遺跡、アヤズカラ1を眺めた。

ヒヴァの旧市街は城壁に囲まれ、主要部分への車の乗り入れが制限されている。そのためもあって、イチャン・カラと呼ばれる旧市街は、かって隊商が行き交った頃の雰囲気を色濃く残していた。ホテルはイチャン・カラの中心部にあり、自由散策にも便利だった。

カルタ・ミナルという未完成だがタイル装飾が美しいミナレットなど、ヒヴァには3つの目立ったミナレットがある。私たちは、ライトアップされた夜間をはじめ、様々な時でのミナレットと周囲の風景を楽しんだ。ジュマ・モスクの木の柱、そしてタシュ・ハウリ宮殿の装飾も綺麗だった。

ヒヴァからタシケントに飛び、タシケントを短く観光して帰国した。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
航空会社
ウズベキスタン航空 アシアナ航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
クラブツーリズム
  • 5月29日。朝にブハラを出発し、ヒヴァまでの長い移動だ。午後に、アヤズカラ遺跡が見える場所に着いた。<br /><br />まず見たのはアヤズカラ2である。7世紀ぐらいに作られた要塞だ。写真には写っていないが、左手遠くには、より大きなアヤズカラ1がある。

    5月29日。朝にブハラを出発し、ヒヴァまでの長い移動だ。午後に、アヤズカラ遺跡が見える場所に着いた。

    まず見たのはアヤズカラ2である。7世紀ぐらいに作られた要塞だ。写真には写っていないが、左手遠くには、より大きなアヤズカラ1がある。

  • バスは走ってアヤズカラ1に近づいた。紀元前3-4世紀の要塞だ。完全に廃墟になっているけれど、存在感は凄い。そこまで登って行く道があり、右手に人影が見える。人影と比べると遺跡の壮大さが、はっきりする。<br /><br />遺跡まで行かなかったのは残念だったが、午後の暑い時刻であったことを考えると、賢明な判断だろう。私は、移動中に古代の遺跡と対面できたことだけでも素晴らしいと思った。

    バスは走ってアヤズカラ1に近づいた。紀元前3-4世紀の要塞だ。完全に廃墟になっているけれど、存在感は凄い。そこまで登って行く道があり、右手に人影が見える。人影と比べると遺跡の壮大さが、はっきりする。

    遺跡まで行かなかったのは残念だったが、午後の暑い時刻であったことを考えると、賢明な判断だろう。私は、移動中に古代の遺跡と対面できたことだけでも素晴らしいと思った。

  • アヤズカラ1を望む場所に、遊牧民の移動式住居、ユルタがある。

    アヤズカラ1を望む場所に、遊牧民の移動式住居、ユルタがある。

  • この中で昼食だ。メインはプロフ。

    この中で昼食だ。メインはプロフ。

  • 食事の後、楽器の演奏が始まった。そして歌。朗々と響き渡る、情念のこもった歌だった。戦いの歌だろうか、恋の歌だろうか。<br /><br />さらに民族舞踊。ブハラで鑑賞した後なので、当然、物足りないが、皆で踊れるように促されたのは良かった。

    食事の後、楽器の演奏が始まった。そして歌。朗々と響き渡る、情念のこもった歌だった。戦いの歌だろうか、恋の歌だろうか。

    さらに民族舞踊。ブハラで鑑賞した後なので、当然、物足りないが、皆で踊れるように促されたのは良かった。

  • 夕刻、ヒヴァに着いた。ヒヴァはサマルカンドやブハラのような、シルクロードの主要道沿いの街ではない。しかし、隊商が行き交っていた頃を偲ばせる街とされ期待していた。<br /><br />ヒヴァは、かって2重の城壁に囲まれていた。今残っている城壁は内側のものである。それに囲まれた部分はイチャン・カラとよばれ、世界遺産区域になっている。イチャン・カラの主要部分では車の乗り入れが制限されている。古都の雰囲気を保つためには素晴らしい。<br /><br />私たちの宿は、このイチャン・カラの中心部にあった。バスが入れないからスーツケースを引っ張って歩くのかと思ったけれど、そうではなかった。何人かのポーターが手配されていたのである。<br /><br />ホテルの名前はフェルズハン・ホテル・メドレセ(Feruzkhan Hotel Madrassah)。神学校をホテルに改装したのである。写真のように、中庭は緑が多く、気持ちがいい。

    夕刻、ヒヴァに着いた。ヒヴァはサマルカンドやブハラのような、シルクロードの主要道沿いの街ではない。しかし、隊商が行き交っていた頃を偲ばせる街とされ期待していた。

    ヒヴァは、かって2重の城壁に囲まれていた。今残っている城壁は内側のものである。それに囲まれた部分はイチャン・カラとよばれ、世界遺産区域になっている。イチャン・カラの主要部分では車の乗り入れが制限されている。古都の雰囲気を保つためには素晴らしい。

    私たちの宿は、このイチャン・カラの中心部にあった。バスが入れないからスーツケースを引っ張って歩くのかと思ったけれど、そうではなかった。何人かのポーターが手配されていたのである。

    ホテルの名前はフェルズハン・ホテル・メドレセ(Feruzkhan Hotel Madrassah)。神学校をホテルに改装したのである。写真のように、中庭は緑が多く、気持ちがいい。

    Feruzkhan Hotel - Madrassah Mohammed Rakhim Khan ホテル

    旧市街の観光にとても便利なホテル by Takashiさん
  • 部屋は狭いが清潔。ベッドもしっかりしている。シャワーのお湯は熱い。朝食も美味しい。<br /><br />このホテルの特筆すべき点は、ヒヴァ旧市街の中心部、分かりやすい所にあることだ。自由時間の散策に、絶好だ。

    部屋は狭いが清潔。ベッドもしっかりしている。シャワーのお湯は熱い。朝食も美味しい。

    このホテルの特筆すべき点は、ヒヴァ旧市街の中心部、分かりやすい所にあることだ。自由時間の散策に、絶好だ。

    Feruzkhan Hotel - Madrassah Mohammed Rakhim Khan ホテル

    旧市街の観光にとても便利なホテル by Takashiさん
  • 探索のために外へ出てみたら、ジュマ・ミナレットとイスラム・ホジャ・ミナレットがすぐ近くに見える。別の方角に歩いたらカルタ・ミナルの近くに出た。観光名所の3つのミナレットに近いとは、何という場所だ! これなら夕食後に、ミナレットのライトアップを見に行けると喜んだ。<br /><br />ウキウキしすぎたのか、夕食のためホテルを出たところで、わずかな段差に足をとられ、バッタリ転んだ。幸い体もカメラも何事もなかった。旧市街歩きは気を付けなければと、改めて思った。

    探索のために外へ出てみたら、ジュマ・ミナレットとイスラム・ホジャ・ミナレットがすぐ近くに見える。別の方角に歩いたらカルタ・ミナルの近くに出た。観光名所の3つのミナレットに近いとは、何という場所だ! これなら夕食後に、ミナレットのライトアップを見に行けると喜んだ。

    ウキウキしすぎたのか、夕食のためホテルを出たところで、わずかな段差に足をとられ、バッタリ転んだ。幸い体もカメラも何事もなかった。旧市街歩きは気を付けなければと、改めて思った。

  • 夕食後、皆、自由にライトアップ見物に出かけた。東門と西門を結ぶ大通りを歩き、ポリスボックスのある角を曲がればホテルとガイドさんに教えて貰ったからだ。こんなに分かりやすければ迷いようがない。<br /><br />私たちは、まずカルタ・ミナルを目指したが、まだ十分に暗くなかった。引き返してイスラム・ホジャ・ミナレットに達すると、ちょうど良い暗さになった。ミナレットは見事に輝いていて、私たち観光客は喜びに浸った。<br /><br />このミナレットとメドレセの建築は1908年に始まり1910年に完了した。高さは45mと記されたり、多くの英文資料のように56.6mと記されたりする。ミナレットだけの高さか、基部も含めた高さかの違いだろうか。いずれにせよヒヴァで最も高い建物だ。<br /><br />

    夕食後、皆、自由にライトアップ見物に出かけた。東門と西門を結ぶ大通りを歩き、ポリスボックスのある角を曲がればホテルとガイドさんに教えて貰ったからだ。こんなに分かりやすければ迷いようがない。

    私たちは、まずカルタ・ミナルを目指したが、まだ十分に暗くなかった。引き返してイスラム・ホジャ・ミナレットに達すると、ちょうど良い暗さになった。ミナレットは見事に輝いていて、私たち観光客は喜びに浸った。

    このミナレットとメドレセの建築は1908年に始まり1910年に完了した。高さは45mと記されたり、多くの英文資料のように56.6mと記されたりする。ミナレットだけの高さか、基部も含めた高さかの違いだろうか。いずれにせよヒヴァで最も高い建物だ。

    イスラーム ホジャ メドレセとミナレット 建造物

  • ジュマ・モスクのミナレットも、いい雰囲気にライトアップされている。ジュマ・モスクのミナレットは高さ42mだ。

    ジュマ・モスクのミナレットも、いい雰囲気にライトアップされている。ジュマ・モスクのミナレットは高さ42mだ。

    ジュマ モスクとミナレット 寺院・教会

  • カルタ・ミナルの方向も暮れてきた。西方なので、わずかに落日の残照が残っている。人々が繰り出し、お祭りのような雰囲気だ。<br /><br />カルタ・ミナルは未完成のミナレットで、高さ29m(ウィキ英語版による)。タイルの装飾が美しく、ヒヴァのシンボルとなっている。<br /><br />カルタ・ミナルは世界一の高さのミナレットを目指して着工されたが、1855年、ヒヴァのハン(王様)が亡くなり、工事が中断されたままになったのだ。<br />

    カルタ・ミナルの方向も暮れてきた。西方なので、わずかに落日の残照が残っている。人々が繰り出し、お祭りのような雰囲気だ。

    カルタ・ミナルは未完成のミナレットで、高さ29m(ウィキ英語版による)。タイルの装飾が美しく、ヒヴァのシンボルとなっている。

    カルタ・ミナルは世界一の高さのミナレットを目指して着工されたが、1855年、ヒヴァのハン(王様)が亡くなり、工事が中断されたままになったのだ。

    カルタ ミナル 建造物

  • すっかり満足して、ホテルに帰った。

    すっかり満足して、ホテルに帰った。

    Feruzkhan Hotel - Madrassah Mohammed Rakhim Khan ホテル

    旧市街の観光にとても便利なホテル by Takashiさん
  • 5月30日。朝の光を浴びるカルタ・ミナルを見に行った。気が向けば短時間で行動できるのがいい。鮮やかなタイルが美しく輝いていた。

    5月30日。朝の光を浴びるカルタ・ミナルを見に行った。気が向けば短時間で行動できるのがいい。鮮やかなタイルが美しく輝いていた。

    カルタ ミナル 建造物

  • 9時ごろから、全員で観光に出発。一度、城壁の外に出た。改めて見る城壁は立派だ。

    9時ごろから、全員で観光に出発。一度、城壁の外に出た。改めて見る城壁は立派だ。

  • 城壁の西門近くに、クフナ・アルクがある。かって使われた宮殿で、壁の装飾が美しい。

    城壁の西門近くに、クフナ・アルクがある。かって使われた宮殿で、壁の装飾が美しい。

    キョフナ アルク 城・宮殿

  • ここの展望台に登ってみると、3つのミナレットを同時に眺めることができた。左からジュマ・モスクそしてイスラム・ホジャのミナレット、さらにカルタ・ミナルである。景色全体の印象も、現代から遠く離れたものであった。

    ここの展望台に登ってみると、3つのミナレットを同時に眺めることができた。左からジュマ・モスクそしてイスラム・ホジャのミナレット、さらにカルタ・ミナルである。景色全体の印象も、現代から遠く離れたものであった。

  • カルタ・ミナルの部分を拡大。

    カルタ・ミナルの部分を拡大。

  • イスラム・ホジャの部分を拡大。

    イスラム・ホジャの部分を拡大。

  • つぎにジュマ・モスクを訪問した。10世紀頃に原形が造られ、1788年に現在の姿になった。<br /><br />200本以上の木の柱が並ぶ光景は壮観である。柱には美しい模様が彫られている。

    つぎにジュマ・モスクを訪問した。10世紀頃に原形が造られ、1788年に現在の姿になった。

    200本以上の木の柱が並ぶ光景は壮観である。柱には美しい模様が彫られている。

    ジュマ モスクとミナレット 寺院・教会

  • さらにタシュ・ハウリ宮殿へ。壮大なハーレムに驚いた。写真は寝室だ。

    さらにタシュ・ハウリ宮殿へ。壮大なハーレムに驚いた。写真は寝室だ。

    タシュ ハウリ宮殿 城・宮殿

  • 壁や天井の装飾が見事である。

    壁や天井の装飾が見事である。

  • 昼食のメインはパスタ。

    昼食のメインはパスタ。

  • 帰り道にイスラム・ホジャ・メドレセの脇を通った。ミナレットが周囲の景色と調和して、青空にそびえていた。

    帰り道にイスラム・ホジャ・メドレセの脇を通った。ミナレットが周囲の景色と調和して、青空にそびえていた。

  • この後、ホテルの部屋で休憩だ。もう少し写真を撮ろうと、カメラを持って出かけた。<br /><br />午後の光を浴びる、イスラム・ホジャ・ミナレットとメドレセ。

    この後、ホテルの部屋で休憩だ。もう少し写真を撮ろうと、カメラを持って出かけた。

    午後の光を浴びる、イスラム・ホジャ・ミナレットとメドレセ。

  • ジュマ・モスクとミナレット。<br /><br />ヒヴァの姿を十分に楽しめて嬉しかった。

    ジュマ・モスクとミナレット。

    ヒヴァの姿を十分に楽しめて嬉しかった。

  • 夕食は地元のホレズム料理である。<br /><br />その後、バスでウルゲンチ空港へ向かい、ウルゲンチ22時55発のウズベキスタン航空でタシケントへ飛んだ。到着は0時15分頃。迎えのバスでオスカー・ブティック・ホテルへ。既に馴染みのホテルである。

    夕食は地元のホレズム料理である。

    その後、バスでウルゲンチ空港へ向かい、ウルゲンチ22時55発のウズベキスタン航空でタシケントへ飛んだ。到着は0時15分頃。迎えのバスでオスカー・ブティック・ホテルへ。既に馴染みのホテルである。

  • 5月31日。朝はゆっくりしてから、タシケント観光に出発した。まず、日本人墓地にお参りした。抑留されて命を落とした方々を想い、ただひたすらに悲しかった。

    5月31日。朝はゆっくりしてから、タシケント観光に出発した。まず、日本人墓地にお参りした。抑留されて命を落とした方々を想い、ただひたすらに悲しかった。

    日本人墓地 モニュメント・記念碑

  • 次にナヴォイ劇場を訪問した。日本人抑留者が建築に関わったのである。タシケントが大震災の被害を受けた時、無事だった数少ない建物がこの劇場だとガイドさんが言っていた。

    次にナヴォイ劇場を訪問した。日本人抑留者が建築に関わったのである。タシケントが大震災の被害を受けた時、無事だった数少ない建物がこの劇場だとガイドさんが言っていた。

    ナヴォイ オペラ バレエ劇場 劇場・ホール・ショー

  • 壁に貼られたプレートが、このことを記している。日本語の強く正確な表現が許されるのは、ウズベキスタンがソ連から独立したからだろうか。

    壁に貼られたプレートが、このことを記している。日本語の強く正確な表現が許されるのは、ウズベキスタンがソ連から独立したからだろうか。

    ナヴォイ オペラ バレエ劇場 劇場・ホール・ショー

  • 昼食のメインは、パイか餃子を焼いたようなもの。

    昼食のメインは、パイか餃子を焼いたようなもの。

  • さらにウズベキスタン工芸博物館を見学した。

    さらにウズベキスタン工芸博物館を見学した。

  • そして地下鉄乗車体験である。旧ソ連圏だけあって、駅は豪華だ。

    そして地下鉄乗車体験である。旧ソ連圏だけあって、駅は豪華だ。

  • 地下鉄を降り、ティムールの像がある広場へ出た。

    地下鉄を降り、ティムールの像がある広場へ出た。

    ティムール広場 広場・公園

  • 近くにある壮大なホテルに入った。

    近くにある壮大なホテルに入った。

    ホテル ウズベキスタン ホテル

  • その高層階で、生ビールを飲みながら市街の展望を楽しんだ。

    その高層階で、生ビールを飲みながら市街の展望を楽しんだ。

  • さあ、お土産の購入だ。ガイドさんに近くのバザールとスーパーを案内して頂いた。残った大量のスムはナッツ類に変換された。

    さあ、お土産の購入だ。ガイドさんに近くのバザールとスーパーを案内して頂いた。残った大量のスムはナッツ類に変換された。

  • 夕食はチキンの焼肉。<br /><br />そしてタシケント空港に向かった。出国手続きは、何も厄介なことはなかった。何度も、同じことを聞かれたり、パスポートを点検されたりするのは、ソ連圏の伝統が残ったためだと思った。

    夕食はチキンの焼肉。

    そしてタシケント空港に向かった。出国手続きは、何も厄介なことはなかった。何度も、同じことを聞かれたり、パスポートを点検されたりするのは、ソ連圏の伝統が残ったためだと思った。

  • タシケント22時発、アシアナ航空の仁川行は順調に飛行した。ビジネスクラスの食事は美味しく、写真のメインの後、チーズとデザートが出てきた。シャンパンをたくさん飲んで、ゆっくり寝た。

    タシケント22時発、アシアナ航空の仁川行は順調に飛行した。ビジネスクラスの食事は美味しく、写真のメインの後、チーズとデザートが出てきた。シャンパンをたくさん飲んで、ゆっくり寝た。

  • 6月1日8時15分頃、仁川着。乗り継ぎ時間は長いが、写真に示すラウンジで寛ぎ、昼食をとった。<br /><br />16時、仁川発の便で、美味しい食事を味わい、17時50分頃、無事に中部国際空港に帰ってきた。とても楽しい旅だった。

    6月1日8時15分頃、仁川着。乗り継ぎ時間は長いが、写真に示すラウンジで寛ぎ、昼食をとった。

    16時、仁川発の便で、美味しい食事を味わい、17時50分頃、無事に中部国際空港に帰ってきた。とても楽しい旅だった。

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この旅行記へのコメント (6)

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  • TKさん 2024/08/02 21:54:08
    ヒヴァ、良いところです。また行きたくなりました!ありがとうございます。
    Takashiさん

    こんばんは!
    シルクロードの要所、ウズベキスタンのハイライト、サマルカンド・ブハラ・ヒヴァの素晴らしい旅行記を楽しませていただきました。ありがとうございます。

    サマルカンドは、あまりにも絵になるシルクロードの街で楽しめるし。ブハラも味のある街だし。その中でも、さらにこじんまりはしているけど、小粒でピリッとした感じのヒヴァの歴史的町並みは大変魅力的ですよね!

    今回の、Takashiさんの、ウズベキスタンの古都の各地を回る旅行記で、とても良い所へ旅したものだなあ思い出しながら、昔訪問した街の想い出を蘇らせています。懐かしいです。

    また行きたくなりました!ありがとうございます。

    TK

    Takashi

    Takashiさん からの返信 2024/08/04 22:18:27
    Re: ヒヴァ、良いところです。また行きたくなりました!ありがとうございます。
    TK さん

    こんばんは

    コメントを頂き、大変ありがとうございます。ご返事が遅くなり失礼いたしました。イヌワシを見ようと伊吹山に行くツアーに参加し、熱中症にならないよう、お茶ばかり飲んで帰ってきたところです。

    TKさんのサマルカンドやヒヴァの旅行記は予習の時、熟読させて頂き、こんな経験をしたいなと思っていましたので、コメントを頂けると嬉しいです。レギスタンで、TKさんのように黄金空間を経験できなかった時は、どうなることかと一瞬ビックリ致しました。

    礼文島も見事なご旅行をなさっていますね。私たちも、来年は礼文島の花を見ようかと言っている時で、とても参考になりました。TKさんたちのようには、歩けないですが。

    TKさんのご旅行アイディアは、何時も素晴らしいです。また、楽しみにさせて頂きます。

    Takashi

  • sanaboさん 2024/07/29 00:35:39
    素敵なご旅行でしたね。
    Takashiさん、こんばんは

    ヒヴァで泊まられたホテルは、夜景を撮りに出かけたり
    早朝の散策などにも便利なロケーションでよかったですね。
    イチャンカラは商隊が行き交っていた頃の街並みが見事に残り
    そのまま映画のセットにも使えそうですし、観光客のいない時間帯でしたら
    タイムスリップしたかのような錯覚に囚われてしまいそうです。
    雲一つない青空を背景にしたお写真も、ライトアップされた夜景のお写真も
    どちらも本当に魅力的で素敵でした☆彡
    タシケントは地下鉄の駅巡りも楽しそうですけど、Takashiさんたちも
    地下鉄に乗られたのですね。
    残った大量のスムはナッツ類に変換された(笑)とのことですが
    いらしたのはオロイバザールでしょうか?
    色々と参考にさせていただきながら、ウズベキスタンのご旅行記を
    最後まで大いに楽しませていただきました。

    まだまだ猛暑の日々が続きますので、くれぐれもご自愛なさって
    お過ごしくださいませ。

    sanabo

    Takashi

    Takashiさん からの返信 2024/07/29 13:11:52
    RE: 素敵なご旅行でしたね。
    sanaboさん

    こんにちは

    旅行記を詳しく読んでくださり、コメントを頂き、大変ありがとうございます。

    今度の旅は、最も楽しみにしていたサマルカンドから始まりましたので、段々とテンションが下がってはと恐れていました。それでもヒヴァは評判のいい所なので、何とかなったらいいなと、希望は持っていました。期待は十二分にかなえられました! ヒヴァは本当に良い所で、多くの人が、わざわざ足を伸ばすのが分かります。

    ライトアップを気軽に楽しめたのは嬉しかったです。サマルカンドではレギスタンのライトアップに案内して下さいましたけれど、行事のための荷物が置いてあって、今一つ。グリ・アミールまで行けば良さそうでしたが、ホテルから表道を行けば、かなりの距離、裏道を行けば迷いそうで断念しました。ブハラはカラーンミナレットのライトアップが良さそうですが、ホテルからは、やや距離がありました。いずれもタクシー利用を思いつかず、スムが残る原因となりました(笑)。そんな訳で、ヒヴァの夜はパラダイスでした。

    ヒヴァの午後は、観光客が暑さを恐れるのか激減し、おっしゃるようにタイムスリップの感覚でした。車が入らない効果が大きいと思います。ブハラでは、ミナレットの写真を撮ったら、背景に車が入っていました。暑さと言っても、そのころは最大30度くらいで、大したことはありませんでした。長期予報を見ると恐ろしい数字が出ていても、そのうちに、まともな数字になっていました。

    タシケントの地下鉄は、乗客が日本と同じようにきちんとしていて、快適でした。若い乗客が多く、人口構成もそうなんだろうなと思いました。バザールの名前は覚えていませんが、地球の歩き方の地図を見ると、近くにスーパーがあるので、オロイバザールのようです。もっとも、地図に出てこない小さなバザールとスーパーマーケットの可能性は残ります。ホテル・ウズベキスタンから、そんなに歩かなかった気もしますので。

    本当に、暑い日が続きますね。ご自愛くださり、次の旅にお備え下さいますように。

    Takashi

    sanabo

    sanaboさん からの返信 2024/07/29 22:26:36
    RE: RE: 素敵なご旅行でしたね。
    Takashiさん、こんばんは

    オロイバザールの件で「地球の歩き方」の地図をご覧下さいましたそうで、ありがとうございました。ホテル・ウズベキスタンの近くとのことで、私も多分そうかなと思いお伺いしたのでした。
    今日も暑い一日でしたね。ごゆっくりとお休みになられますように☆

    sanabo

    Takashi

    Takashiさん からの返信 2024/07/30 11:07:14
    RE: RE: RE: 素敵なご旅行でしたね。
    sanaboさん おはようございます

    ホテル・ウズベキスタンの近くと書いてあれば、間違いないですね。広く整理された空間なので、地図で見るより近く感ずるのだと思います。私たちもそうでした。お蔭でスッキリしました。有難うございます。

    Takashi

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