2023/12/01 - 2023/12/08
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マリアンヌさん
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さすが古都テーベことルクソール、ナイル川西岸の王家の谷にとどまらず、東岸も見どころ満載。内容は知らずともカルナック神殿やルクソール神殿の名は知っていますよね。午前の王家の谷の墓巡りから昼下がりは神殿散歩、夜は音と光のショーと目いっぱい観光の一日でした。
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ルクソールの昼下がり、考古学専攻のガイドがすすめてくれて、OPで追加したメディネト・ハブのラムセス3世葬祭殿へ。
メディネト・ハブは、新王国から末期王朝時代にかけて造営された神殿複合体で王妃の谷に近いルクソール西岸にある。
結果的にこの神殿は、それほど観光客が来てないけれど彩色残る素晴らしい保存度で行ってよかったなと思った。 -
新王国第20王朝ラムセス3世(紀元前1220頃~1153頃)が建設したミグドルと呼ばれるシリアの砦を真似た城門。
あの有名なラムセス2世の治世からは100年あまり後の世。 -
内部に入ることはできないが、後宮の女たちとくつろぐラムセス3世を示す場面が彫られているそう。
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ラムセス3世の時代は、第19王朝のメルエンプタハ頃から登場した海の民やリビア人といった外敵の攻撃に晒されたそう。王がエジプト内に侵入した海の民と呼ばれる海賊集団を撃退したというレリーフが外壁に描かれているそう。
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セクメト女神。
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第1塔門。
古代、ルクソール神殿とつなぎ10日に一度お祭りが行われていたそう。
4つの窪みに旗がかざしてあったそう。 -
左は、ヌビアの敵を棍棒で打ち据えるラムセス3世の姿が描かれている。
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右は、シリアの敵を棍棒で打ち据えている。
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第1中庭へ。
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左手はパピルス柱。
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彩色が残っていてきれい。
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戦いの場面のよう。場所によっては、敵の手首などが山重なる場面もあったよう。
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よく残っている柱だな。
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右手には、王のオシリス柱。
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ヒエログリフがかなり深いのは、後代の王に消されないよう、王の名をとても深く彫り込んでいるからだそう。
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第2中庭を抜けて。
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天井のブルーが美しい。
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ここもすごく色彩が残っている。
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他の有名な神殿より良く残っているのでは?
その割には観光客が少ない。 -
神殿入口の案内表示によると
メインの神殿は、第18王朝のハトシェプストとトトメス3世の治世(紀元前1504年~1450年頃)に建てられ、アメンラーの崇拝に捧げられたものとのこと。第20王朝のラムセス3世は、この神殿を組み込み、新王国時代が終わり、葬祭殿が使用されなくなってからも1000年以上にわたって宗教儀式に使用され続けたそう。 -
イチオシ
プトレマイオス朝(紀元前331~30年)及びローマ支配時代に建築の拡張が行われ、コプト時代には、神殿の一部はキリスト教の礼拝堂として使用され、最終的に9世紀に放棄されたとのこと。
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ラムセス3世はミイラの分析によると、狡猾な妻と野心家の息子が放った刺客、あるいは暗殺団の手にかかり殺された可能性が高いそう。
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王に何か捧げているのかな。
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アンクがたくさん。
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一番奥の至聖所。
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屋根の部分や柱のほとんどが壊れてしまっているけれど。
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全体的に期待以上のラムセス3世葬祭殿だった。
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次にナイル川の中央にあるバナナ島へ。
メディネト・ハブとOPツアーでセットになってたので。
ボートで島へ。 -
中学生くらいみたいだけど、皆、手を振って元気。
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バナナ園へ。小さなサルを手に乗せられた。そして子ワニは遠慮したのに、背中を撫でてと言われ、キャー手のひらへ。か、かわいいけど…
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大人のワニやダチョウ、サルなど飼われていた。
ナイル川にワニいるんだもんね。
甘いバナナいただいて帰った。 -
そしてランチはクルーズ船に戻り、ひと休み。
伝統的なフェルッカボートが見えた。 -
まずは、カルナック神殿へ。
ナイル川東岸にあり、王家の谷など西岸の死者の世界に対し、東岸は、太陽が昇ってくるため生きている人が住む生者の世界といわれていたそう。
テーベの守り神であったアメン神に捧げるために造られたが、テーベがエジプトの首都となると、アメン神は太陽神ラーとあわさり、アメン大神殿となった。 -
第1塔門の前に古代の運河に造営された船着場があり、第19王朝セティ2世の小オベリスクが立っている。
ナイル川はここまで来てたんですね。 -
スフィンクス(頭は羊、胴体はライオン)の参道。
アメン神は羊の頭で描かれることもあるそう。
スフィンクスの前脚の間には、ラムセス2世の小像。 -
第1中庭。
中王国時代中期から建設が始まり、新王国時代には、ファラオたちが神殿や石像、オベリスクなどを次々と寄進したため巨大な複合神殿となった。
アレキサンダー大王遠征後のプトレマイオス軍により完全に破壊され、ローマの支配下の時代には街は瓦礫の山だったという。 -
こちらは、ツタンカーメンのスフィンクスだそう。
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撮り損なったがこの左に四角い入口が3つ残っていて、セティ2世が造ったムト神(アメン・ラーの妻)、アメン・ラー神、コンス神(アメン・ラーの息子)の礼拝所があったそう。
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第2塔門。
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オシリス姿のラムセス2世像。
ラムセス2世が造ったが、第21王朝のパネジェム王が書き換えてしまった為、パネジェムの巨像とも呼ばれるそう。
像の正面足元の小さな像は,ラムセス2世の娘であるベントアンタ王女。 -
ラムセス3世のオシリス柱。
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ちょっと横道に逸れて…
聖なる池も見える。 -
スカラベ、ふんころがしですね。
ガイドからスカラベの周りを、時計とは反対周りに3回廻って祈ると願いが叶うと言われ、健康を祈ってきた。 -
トトメス3世祝祭殿。
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また中央路へ戻って…
ラムセス2世像。 -
左足を前に出して生きていて、威厳を表している。
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大列柱室。
原初、パピルスが生い茂る沼のイメージだそう。 -
この大列柱室はラムセス1世が建設を始め、セティ1世が引き継ぎ、ラムセス2世が完成させたものだそう。
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太陽光が入り、荘厳な雰囲気。
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午前中に見たラムセス3 世葬祭殿に比べると色彩は落ちてしまっているけど、立派な柱の数々。
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全て美しい彩色が施されていた頃を想像すると…
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未開花パピルス柱。122 本もあるそう。
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開花パピルス柱は12本あるそう。
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見損ねてしまったのだけど、外壁にラムセス2世が結んだヒッタイトと和平条約があったよう。
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オベリスクはギリシャ語に由来し、神殿の入り口の両脇に太陽の象徴として立てられたそう。かっては4本たっていたらしいが、1本はビザンチン帝国により4世紀頃に持ち出され、コンスタンチノープル(現イスタンブール)の競技場跡に立っているそう。
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ハトシェプスト女王のオベリスクは30m、トトメス1世のオベリスクは22mとのこと。このハトシェプスト女王のオベリスクからも名前が削られているそう。
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どなたか王の像。
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至聖所。4000年前は、テーベの地方神のための小さな神殿だった。
アレキサンダー大王の後継者であるマケドニ ア王朝のフィリップ・アリデウス王が建設したものだそう。
かつてハトシェプスト女王とトトメス3世が建立したアメン神の船の祠堂があったそう。 -
その奥へ。
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中王国時代のBC2000年頃の石柱も。
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今回はアメン大神殿だけ見たけど、他にもメンチュ神殿、ムト神殿、コンス神殿やオペト神殿などの他,多くの建物群が広がっている。
エジプトの遺跡を訪れると何処でも発掘調査が続いていた。 -
この神殿から南に2.5のKm離れたところにルクソール神殿がある。道が繋がっていたのね。
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そしてルクソール神殿。暮れなずむ時間になってきた。
カルナックのアメン大神殿の付属神殿として建立された神殿。再生に関わる王家のカァのために捧げられた神殿とのこと。
6体のラムセス2世像が並ぶ。
ラムセス2世のオベリスクは1本しかない。もう1本は1805年、トルコのスルタンによりエジプト総督に任命されたムハンマド・アリ(1769~1849)が1833年にフランス国王ルイ・フィリップに贈ってしまい、現在はパリのコンコルド広場に立っている。 -
第1塔門の左側に円形にカデシュの町とチャリオットに乗り弓を引くラムセス2世の姿が描かれている。
世界史でも出てきたラムセス2世とヒッタイトのカデシュの戦い。
第18王朝末期のアクエンアテン王時代 、エジプトのシリア・パレスティナ地域に対する支配政策が大きく後退した。第19王朝初代の王ラムセス1世は将軍出身だったが治世が2年と短く、息子のセティ1世がパレスティナ地域への大規模な軍事遠征を再開した。その息子のラムセス2 世も父の意志を継ぎ、治世第4年に最初の遠征を実施した。
ラムセス2世のシリア遠征に対して、紀元前1286頃ヒッタイト王であったムワタリ王が軍隊を派遣して両者はカデシュで会戦することとなった。 -
右手には,王に出陣を促す役人たち、王を待つ戦車が描かれている。
カデシュの戦いの実際はヒッタイト軍が優勢なうちに終わったが、ラムセス2世はエジプトに帰国後、エジプト軍の勝利を誇るレリーフを各地の神殿に刻みつけたそう。 -
ルクソール神殿はカルナック神殿同様にアメン神を祀るもので、オベトの祭礼を行うために造られたものだそう。
オベトの祭とは、毎年、ナイル川の増水期に行われるアメン神と妻ムト女神の結婚の祭礼で、聖なる船にアメン神像を載せ、10日間に渡ってお祭りをしたのだそう。 -
第1塔門前のラムセス2世像とオベリスク、カッコいい。
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ラムセス2世像の間から中へ。
中王国時代には、この地に神殿が造営されていたが、現存する神殿の大部分は、第18王朝アメンヘテプ3世と第19 王朝ラムセス2世が建立したものだそう。
というのもアメンヘテプ4世(アクエンアテン)はアメン神信仰を捨てアマルナに遷都したため、この神殿は放置され荒れに荒れ果てたそう。
次にファラオを継いだツタンカーメンが修復して一部を完成させ、建築王と言われたラムセス2世が仕上げたというわけだ。 -
太陽神ラーに王が蓮の花を捧げているところでしょうか。
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列柱にもレリーフ。
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捧げ物をするような…
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聖域だった場所がローマ時代は城壁に、コプト教会へその後イスラム教徒によりモスクが建造された。
1243年に亡くなったこの地の聖人アブー・アル=ハッジャージのモスクとなった。 -
アメン神、ムト神(妻の)、コンス神(息子の)に捧げられた聖船祠堂。第18王朝のハトシェプスト女王が建て,ラムセス2世が再建したものだそう。
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ラムセス2世の中庭。
オベトの祭の際、この中庭までは一般の人々も入れたそう。 -
ラムセス2世の立像が並ぶ。
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左足を前に出しているのは生きている王様の石像と教えていただいたけど見事に皆同じポーズ。
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ここにも巨大なラムセス2世像。
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ラムセス2世の台座。
両性具有の神ハピ神。上エジプトの象徴ロータスと下エジプトの象徴パピルスをハピが結ぶことにより上下統一の意匠(セマタウイ)の王であるラムセス2世、そのロイヤルカァが玉座に彫られている。 -
アメンヘテプ3世の大列柱廊。
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14本の開花式パピルス柱が2列に並ぶ。
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おそらくツタンカーメンと妻の王妃アンケセナーメン座像とのこと。
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アメンヘテプ3世の中庭。中庭の三方を 64本の閉花式パピルス柱が2重に取り囲む。
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美しい景色。
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1989年に塩害の修復中に大量の彫像が埋められているのが見つかったそう。
紀元後4世紀、ローマのディオクレティアヌス帝が城塞にした時、神々の彫像を神聖だったので丁寧に埋めたためだという。 -
列柱室の奥は、かつては8本の柱をもつ広間だったが、紀元後4世紀にコプト教徒により礼拝室に改築された。
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古代エジプトの多神教が衰退し、コプト教がこの神殿を信仰の場所として利用。
広間にある礼拝室跡。 -
ディオクレティアヌス帝の時代、皇帝崇拝のため書かれたフレスコ画。
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ギリシャ風の柱のある教会のアプスにある入口からさらに奥へ。
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オベトの祭礼の様子でしょうか。神官が船に乗った輿を担いでいる。
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またしても猫に小判状態だけど、美しいレリーフ。
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ラーなのか王なのかへ供物や蓮の花を捧げている。
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アレキサンダー大王の間。
アメンヘテプ3世が、オペトの祭においてもっとも重要な聖船のお神輿を安置する場所として造った祠堂からアレキサンダー大王の間に変わった。 -
アレキサンダー大王はシーワ・オワシス(エジプト西部、リビア国境近く)でファラオになれと御神託を受けてファラオになったそう。
このレリーフのファラオはアレキサンダー大王とのこと。
勃起して2つの羽根の冠をかぶっているのが豊穣の神様ミン神だそう。 -
誕生の間
王の母がアメンによって身籠り、アメンへテプ3世がアメン・ラーの息子として誕生したことを示す碑文と壁画があるとの説明をうけたが、見にくい。
神と受胎ってマリア様と一緒、とかくこういう話になるのね。 -
最奥部には天井が失われた至聖所が見えた。
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巨大な列柱は神秘的。
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神殿のライトアップは人気のようで大勢の観光客が繰り出していた。
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映えスポットなので撮影する人が多い。
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見納めなので眺めながら帰路へ。
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ルクソール神殿、見ごたえがあった。
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オベリスクの台座の太陽神ラーの使いヒヒたち。
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こちらは第1塔門から続くスフィンクス参道。アメンへテプ3世が造ったもの。
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カルナック神殿とルクソール神殿をつなぐもので、かっては3キロにわたり、スフィンクスが並んでいたそう。
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続いてカルナック神殿の音と光のショーへ。
昼間と違う受付から入ると船のお神輿の模型が展示されていた。
羊頭のスフィンクスが並ぶ参道の第1塔門がライトアップされていた。 -
音楽と英語で物語が語られ少しずつ奥へ進んでいく。日本語に翻訳されるオーディオガイドを渡されたのだけどちょっと性能が…
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昼間とは違って神秘的な神殿。
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聖なる池の奥に設けられた席に導かれた。
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音と光のショーを見学。
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要するにエジプト史なので、概要はつかめた。
英語を勉強しろということよね(汗) -
エジプトの夜の神殿という非日常を楽しんだ。
ガイドはショーの間、塔門の外で待って下さっていた。3日間をご一緒したルクソール近郊に住む彼とは今日でお別れ、誠実な人柄でした。
3日間、歴史的建造物の解説だけでなく、個人的な話も少しして、何故結婚しないのですかと聞かれたり(笑)エジプトでは、付き合うということは出来ないそうでお見合い的に出会って結婚を決めるそう。
日本語が堪能な彼、コロナ禍で日本人観光客が減り、イタリア語も習得してガイドをしたそう、優秀ですよね。 -
ドライバーにクルーズ船が停泊している河岸まで送ってもらった、チップも渡したよ。
クルーズ船では、ディナーの後、ベリーダンスショーが行われた。
いよいよ明日は最終日、カイロに向かいます。
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