2023/07/08 - 2023/07/09
106位(同エリア211件中)
芦花さん
2週間のトルコ・ギリシア。レンタカーによるドライブとトルコ航空、公共交通機関を併用して、以下の行程で旅行してきました。
自分の興味はもちろんですが、トルコ地震被災への支援で少しでもトルコにお金を落としたかったからでもあります。とはいえ被災地には行きませんでしたが。。
①トルコ航空利用:羽田空港→イスタンブール空港経由レンタカー
→エドレミト空港→アソス遺跡→エドレミト宿泊
②レンタカー利用:アイワルク宿泊→レスボス島→ペルガモン遺跡→マニサ
③レンタカー利用:クシャダス&ミレトス遺跡
④イスタンブール:ブルーモスク・アヤソフィア・スレイマニエモスク・ドルマバフチェ宮殿、考古学博物館・バザール等
⑤アンカラ
アタトゥルク廟・アンカラ城・独立戦争博物館・アナトリア文明博物館等
⑥マルマリス&ロードス島→帰国
トルコ航空:ダラマン空港→マルマリス:ヨットハーバー&ビーチ&フェリー利用:ロードス島旧市街→イスタンブール空港経由で帰国
のうち、今回は⑤アンカラ、アタトゥルク廟・アンカラ城・独立戦争博物館・アナトリア文明博物館等
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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ここからは連れが先に帰国したので、一人旅。
空港に着くといつものようにセキュリティーゲート。日本にはないのですがトルコでは当たり前のように飛行機に乗らなくても、空港では必ずゲートを通過する必要あり。 -
そして国内線はほぼターキッシュエアラインが独占状態。
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ターキッシュエアは、国内線といえども必ず食事、というか軽食がでます。
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そしてアンカラのエセンボア空港初利用。ここから空港バスに乗車すれば20分ほどで目的の地下鉄駅に行くはずでしたが。。。
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どうやら違う行き先のバスを選択したらしい。
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グーブルマップで確認し、別の地下鉄駅近くの停留所で下車し、その地下鉄駅から民泊先最寄りの地下鉄駅に向かう。。
でも一人旅なので、こんなトラブルも旅の思い出か。 -
こちらが民泊した集合住宅。
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民泊のホストはトルコ人の好青年。
彼の住む集合住宅の一室をお借りしました。 -
するとさっそく愛猫くん登場!
事前に猫同居の旨、エアビーの情報で知っていたので、これも楽しみにしてたのです。 -
リビングはホストと共用でしたが、彼はほとんど外出していていないので、まったり猫と遊ぶ。
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トルコでも日本と同様、土足厳禁なのが意外でした。
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日本とほとんど変わらないトルコのリビング
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なので日本と同じ感覚で滞在可能。
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一休みした後に、宿近隣のアタトゥルク廟に徒歩で向かう。
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オスマン帝国領土内では、オスマン帝国600年近くの支配から、ギリシャ、ブルガリア、エジプト、セルビアなど、民族単位で国民国家が形成されました。
が、一部国家(イラク・シリアなどの中近東)は西欧列強(特にイギリス・フランス)の都合のいいように国境線が引かれるなど、今に至る中東問題(クルド問題・パレスチナ問題・シリア紛争など)につながっています。 -
しかしアナトリア地方のトルコ系民族においては、一時期セーブル条約などで分断の危機にあったものの、ムスタファ・ケマル(=アタトゥルク)中心に近代トルコを建国したことで、欧米列強が勝手に引いた国境線の悲劇は回避。
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ちなみに、中央アジアのトルコ系民族「トルキスタン」は、旧ソ連の思惑によってカザフスタン・ウズベキスタン・トルクメニスタン・キルギスタンに意図的に分割されてしまいました。
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アゼルバイジャンはロシアとイランとの戦争の結果、北アゼルバイジャン(今のアゼルバイジャン共和国)と南アゼルバイジャン(今のイラン領北部)に分割。
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さらに中国内のウイグル族もトルコ系民族ですが「なきもの」として中国共産党の漢民族同化政策によって抹消されようとしています。
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そして、アナトリア地方のトルコ系民族だけは、アタトゥルクとその仲間のおかげで分断されずに一つの民族国家として今に存在している。
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いかに「アタトゥルクの功績が今のトルコ人にとって大きかったか」がわかると思います。
*二代大統領イスメト・イノシュの廟は、アタトゥルクの真正面。彼の実態は相当なアタトゥルクのイエスマンだったようです。 -
そのトルコ近代化の象徴とも言うべきアタトゥルクの廟がここなのです。
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つまりトルコ共和国の誇りの象徴。
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「トルコ国民」ではなく「トルコ軍」というところにアタトゥルク廟のコンセプトが伺えます。
つまりトルコ共和国とはトルコ「軍」の国家ということ。
しかしこの共和国もちょうど100年経ち(1923年独立)、エルドアン大統領になってからは、だいぶそのコンセプトも変わってきたように思います(軍事国家としての世俗主義→オスマンに憧れるイスラーム主義)。
以下、アタテュルクの碑文の日本語訳
トルコ軍への最後のメッセージ
私は、人類の歴史の夜明けに勝利の記録が始まり、勝利の歩みの中で文明の光を担ってきたトルコ軍に語りかける。
最も危機的で困難な時代に、抑圧、悲劇、敵の侵略から祖国を救ってくださったのであれば、あらゆる近代兵器と軍事科学手段を備えた共和国の実り多き時代においても、同じ忠誠心を持って任務を遂行してくれるものと信じて疑わない。。
われわれの偉大な国家と私は、諸君が、内外からのいかなる危険に対しても、わが国とわれわれの文明の名誉を守る義務を常に遂行する用意があることを確信している。
1938年10月29日
大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルク
このメッセージは、アタテュルク生誕100周年を記念して霊廟の壁に刻まれた。 -
バカンス中のためか観光客も多く、特に地元の方(トルコ人)の方が圧倒的に多いように感じました。
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アタトゥルク本人が眠る石棺です
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地下の「独立戦争博物館(無料)」には独立戦争に関する見事な絵画が楽しめます。
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なぜ今のトルコがアタトゥルクを尊崇し、彼を中心にイスラームの呪縛から逃れて近代的世俗国家になったのか、が外国人にもわかりやすく展示してあります。
これが有名なアタトゥルクの絵(ホンモノ!)。 -
休日だったこともあってか、現地人中心の拝観者。
トルコ人にとって西欧列強から民族の独立を勝ち取った英雄「アタトゥルク(トルコの父)の意味」は特別な存在のように感じます。 -
地下にはトルコ独立に至る主にギリシャとの戦争の様子が博物館として展示。
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ただし、ギリシャとの骨肉の争いをしたのはわかるのですが、双方とも、お互い独立したわけですから、ギリシャを悪者にするような展示は致し方ないにしても、子供達も多く見学していることを考えると、そのままギリシャ人を悪者として認知させないよう、何らかのギリシャとの友好的な展示もしておくべきではないかと思ってします(その点、ハワイ真珠湾の「パール ハーバー ナショナル メモリアル」の展示は客観的かつ敵国日本に友好的で素晴らしかった)。
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アタトゥルク廟の見学後、徒歩で宿の近くのトルコ料理レストラン、Ciğerci Aydın
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ここは料理も美味しくサービスもいい、パーフェクトなレストラン。
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噂の羊のレバー串10本はたぶん初めて食べましたが、最高に美味。
無料の各種野菜などの惣菜と一緒に小麦粉の皮に巻いていただきました。 -
トルコ料理で有名なひよこ豆のスープも絶品でした。
最後にデザートが無料でいただきました。
利用金額も劇的に安い!合計245TL(1,225円) -
野犬が公園でのんびりしてるのもトルコらしい。犬嫌いに人にとっては、トルコの街を歩くのは、ちょっと大変そうです。
野犬がウロウロいますから。 -
翌日はトルコ近代史を学びに旧市街ウルス地区へ。
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旧市街中心にあるアタトゥルクの騎馬像
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アンカラ城内は閉まっており、中には入れず。
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しかしこの辺りの丘からの景色はアンカラ市街を一望出来ます。
遠くに見えるアタトゥルク廟。 -
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アンカラ城の周囲には、オスマン時代の旧市街を再現したエリアがあり、
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あまり人は住んでいないように見えますが、外国人的には興味深い街並みになっています。
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この辺りは丘の上にあるので、眺望も良い。
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そしてアンカラ城の丘の中腹にアナトリア文明博物館があります。
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1997年にヨーロッパミュージアムオブイヤーに選ばれたとのこと。
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アナトリアとは今のトルコ共和国があるアナトリア半島のこと。
この地方の古代の文化遺産が集積されています。 -
古代エジプトのライバルが、実は鉄の技術を持ったヒッタイト古王国。
そのヒッタイトの文化遺産が豊富に見られます。 -
ヒッタイトという古王国はあまり馴染みがないですが。。。
古代エジプト(新王国時代)の大王ラムセス二世とも戦った強力な王国で、エジプトと世界最古の平和条約を締結した国家。 -
こんな可愛らしい遺産もあります。
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ライオンのコーナーストーン
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そして、丘を降りて、トルコ独立の象徴たる文化遺産の一つ「独立戦争博物館」。
これも日本人には、あまり縁がありませんが、 -
トルコ近代史の中でも最重要の一つともいえるローザンヌ条約が締結されたテーブルが展示されているなど、超一級の歴史遺産ではないかと思います。
ぜひ立ち寄るべき。 -
これがローザンヌ講和条約を締結したテーブルの実物。
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「アタトゥルクの指導の下、独立戦争の勝利宣言、ローザンヌ講和条約はこのテーブルの上で調印された」
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ここで独立宣言がされたのですね。
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そして隣の共和国博物館。
独立戦争博物館のチケットで入場することができます。
共和国初期の議会会場がそのまま保存されており、こちらもトルコ近代史における貴重な歴史遺産です。 -
共和国は、実は制限された中での婦人参政権もあったなど、実は先進的な政治制度でもあったらしい。
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ここにもちゃんとアタトゥルク像があります。
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次は地下鉄に乗って、アンカラの繁華街クズライへ。
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アンカラの繁華街の駅、クズライ駅で下車
ESNAF LOKANTASIという名のトルコ料理の軽食店ロカンタ。 -
ここのチキンスープ(トルコ語ではタウク・スユ)は美味かった。濃厚な旨味が素晴らしい。
パンにつけていただきました。
なんとパンとセットで20トルコリラ。つまり100円です。 -
クズライの街の坂を登ると、アンカラ最大のモスク「コジャテペ・モスク」。
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1987年建立の新しいモスク(礼拝所)。
イスラーム教のモスクは仏教のような寺院やキリスト教の教会とは違って「礼拝所」。1日5回のお祈りをする公共の場所。 -
礼拝の時間(信者以外は入れない)でもなく、観光客もほとんどいないので、のんびりできます。
それにしてもデカかった。 -
そしてモスクを西に向かい、国会議事堂前。
ここが今の国会議事堂ですが、この通りに入るには、IDチェックがあり、日本人のパスポートを見せるとあっさり通りに入れました。
やはり日本のパスポートは相当に信用あるんですね。 -
クズライの繁華街に戻り、
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一休みするために駅近くのカフェSuper Coffee
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センスの良い店内で駅からも近く、接客もフレンドリーで気持ち良い。広い店内なので、ゆっくりゆったり過ごすことができます。
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サン・セバスチャンのバスクチーズケーキとカフェ。
日本円換算で合計620円でした。これはトルコとしては割高ですが、日本人的には安い。 -
翌朝、民泊先から繁華街のクズライの空港バス停留所へ。
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そして20分ちょっとでエセンボーア空港に向かい、次はギリシア領ロードス島にいくためにトルコのリゾート地「マルマリス」に向かいます。
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