2023/11/25 - 2023/11/25
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たびたびさん
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今日から三日間はレンタカーの旅。鹿児島市から出発して、知覧→指宿→枕崎、坊津を訪ねるコースで、今日は知覧。かなり久しぶり、二回目の知覧特攻平和会館と知覧麓の武家屋敷群がメインです。
前回(2012年)の知覧特攻平和会館では三角兵舎が最初のインパクト。少女たちが送ってくれたお守りを喜ぶ隊員たちの写真を見て、胸が詰まりました。というのも、これから死地に赴く隊員たちにとって、お守りがどんな意味があるのでしょうか。無事に敵艦に突っ込むことができたとしても、結局死に変わりはない。そう考えるとお守りと特攻なんて矛盾だらけの組み合わせなのですが、お守りを喜ぶ隊員たちの笑顔はあまりにも純粋なもの。三角兵舎からもういっぱいいっぱいになってしまって、どうにもならない気持ちになりました。また、当時は2001年のアメリカ同時多発テロ事件の記憶も生々しくて自爆テロがリアルに恐れられていた頃。アルカイダのイスラム原理主義の考え方と特攻なんてとても比較の対象となるものではないのでしょうが、敢えて対比するなら、隊員の手紙を読めば死と向き合う姿はあまりにも冷静だし、憎しみとか敵愾心がなくはないにしても狂気とはほとんど無縁で、最後まで人間としての尊厳を失ってはいない。さらには、それは洗脳とか教育とかの結果ではなく、自らが考えてたどり着いた境地。まだあどけなさも残るような若者がこんなにも強くなれるものかと本当に驚きました。やはり二つは似て非なるもの。まったくの別物だと思います。
今回の訪問でそれ以上の何かに出会うはずもないなとも思っていましたが、ふと気になったのは”先立つ自分の親不孝をお許しください”的な言葉。ある意味、健気な言葉ではあるのですが、よく考えるとそういうことでもないですね。日本のため、愛する人たちのために命を投げ出した特攻隊員は国の英雄ではあるのですが、もう一方でそうせざるを得なかったという犠牲者でもある。そして、そのような状況に追いやったのは親の世代や祖父母の世代であり、謝らざるを得ないのはむしろ親、祖父母の側だったのではないか。少しでも豊かな暮らしを求める気持ちから始まって、いつのまにか実質的に他国を侵略する戦争も可とした社会の風潮を是認。軍拡の道にも積極的な賛同をしていたのは、あなたたちだったのではないですか。そこにこそ深い反省があってもいいのではないかと思います。翻って、ウクライナを始めとして、今の世界がだんだんと不安定なものになっていることはみんなが感じていることですが、しかし、それはけっして対岸の火事ではない。今この時にも複雑な世界情勢の中でどうしたら道を誤らないようにできるのか知恵を巡らせ、先んじて手を打っていかなければまた悲劇が起きないとも限らない。二度と悲劇が起きないように!の課題は今でも本当に現実の問題なのだと思います。今回もまた重い気持ちになりましたが、それでも、前回より、また一歩真実には近づいたのかな。やっぱり、平和を考えるの歩みはすべてに通ずることであって、限られた範囲や一時のテーマではない。もう分っているとか安易な考えは禁物で、繰り返し繰り返し検証や学びが必要なんだと思います。
特攻平和会館の後は、武家屋敷群。薩摩の小京都とも呼ばれる知覧麓には国指定名勝の庭園が7つもあって、独特の文化の香り。名勝庭園は日本庭園ではあるのですが、奄美や沖縄にも通ずるような南国風の雰囲気。たぶん、シラス台地の火山岩を使っているのも関係しているのかもしれませんね。
ところで、薩摩藩には外城制度と呼ばれる独自の体制があって、外敵からの攻撃に備え、本城である鹿児島城を中心として各地に外城を配置、武士団を住まわせました。その地域が麓です。島津氏は秀吉の九州平定で敗れはしましたが、武士の数を減らさなかったので、人口の4分の1が武士だったとも言われ、すべての武士を鹿児島城下に住まわせることができないという事情もあったよう。この麓ですが、一つの麓には時には数千人を配置。120余りもあったということです。薩摩藩では、負けるな、嘘をいうな、弱い者いじめをするなの郷中教育が西郷や大久保を育てたことが知られますが、この麓も薩摩の気風に影響があったのかどうか。よくあるパターンとしては、中心部で文化や気風が廃れていく一方で周辺部ではそれが継承され生き残るというのがあるのですが、司馬遼太郎は「故郷忘じがたく候」の中で鹿児島の気質は周辺部でも急速に失われてしまったと書いていて、それから推測すると麓は伝統の継承地とはならなかったということなんでしょう。観光地として確かに形は残っているのですが、ちょっと寂しいものもなくはないような気がします。
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今日からはレンタカーの旅。
予約したのはスカイレンタカー鹿児島中央駅前店。駅前店と言っても少し離れた場所なんですけどね。レンタカーは、運転のしやすさからいつも軽自動車を使うので、軽自動車があったここにしました。ローカルなレンタカー屋さんですが、カーナビとかの性能もまずまずでした。 -
イチオシ
最初は、鹿児島市内。
鹿児島アリーナは鹿児島市が設置した立派なスポーツ施設なんですが、観光の見どころはその敷地内に残る旧鹿児島刑務所の正門。旧鹿児島刑務所は、明治41年に建てられた千葉・金沢・奈良・長崎と並ぶ明治の五大監獄。その中で、唯一鹿児島刑務所だけが石造だったということ。傍らにはほかの監獄の正門の説明もあって、確かに他はレンガ造りです。 -
同じようなエリアに鹿児島県護国神社。鹿児島市街の北端。山の裾野に建っていました。
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明治元年、明治天皇から鳥羽・伏見の戦いの戦死者を祀るための金500両を与えられたのが始まり。黒色の鳥居から正面奥の本殿までがすっきり見通せる穏やかな雰囲気の構えです。
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鹿児島市内から知覧に向かいますが、指宿スカイラインを使います。
須々原展望台は、その指宿スカイラインの途中にある展望台。 よく注意をしていないと見過ごしそうな感じですが、 -
イチオシ
ここから眺める錦江湾と桜島はなかなか絶景。城山から見る角度と違うので、この桜島の姿には馴染みがないのもまた一興です。
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指宿スカイラインを途中で降りて。
道の駅 川辺やすらぎの郷に寄ってみます。木製のすっきりしたデザインの建物で、 -
産直コーナーもかなり充実。みかんやキャベツ、ジャガイモにニンジンとかどれも瑞々しくて新鮮そう。基本的なところがしっかりしている道の駅だと思います。
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その近くにある岩屋公園キャンプ場は、万之瀬川沿い。近くには清水磨崖仏があって、
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岩屋公園を抜けた先にあるようです。
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これは、万之瀬川に架かるしのぶはし。
ちなみに、万之瀬川は、南九州市の北部から南さつま市を通って、海に至る二級河川。ずいぶんと立派な石橋ですが、つまり、万之瀬川はたびたび氾濫を起こし水害の多い川。ほかにも多くの石橋が架かっているようです。 -
清水磨崖仏は、橋の向こうにあるのですが、
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すぐ行き止まりになっていて、これは無理ですね。
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もう一度戻って、対岸側を進みます。
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イチオシ
川を挟んだ向かいに展望台があって、そこから眺めるという仕掛けですね。
万之瀬川に臨む断崖にある屏風のような岩には五輪塔、梵字、お経の板碑とかが彫られています。 -
最も古いものは平安時代末期頃のよう。
なるほどちょっと痛快な眺めです。 -
清水磨崖仏から知覧平和公園へは10分ほどで到着。
知覧特攻平和会館は奥に見えていますが、周囲には、テニスコートや野球場、サッカー場なんかも。野球場では、この日も何かの練習試合中。戦争関係の記念館と平和なスポーツ施設が隣りあわせ。悪い組み合わせではないように思います。 -
イチオシ
特攻隊員像とゼロ戦。
ここも象徴的な野外展示の広場です。 -
そこから参道があって、特攻平和観音に続きます。
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静かな本堂にある観音像は法隆寺の夢ちがい観音を模したもの。体内に特攻戦士の芳名を記帳した巻物が納められているのだとか。堂内はあんまりひと気もなくて、静かなところです。
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特攻平和観音からは、三角兵舎跡記念碑を通って、知覧特攻平和会館に向かいます。三角兵舎は、
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冒頭にも触れましたが特攻隊員が暮らしていた三角兵舎を再現したもの。
空襲を避けるためにも決して広いスペースではない空間。ここで最期の時まで冷静に自分の運命と向き合った健気な隊員たちを思うと -
こうしたことが二度と起きないように祈らずにはいられません。
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では、ここからが知覧特攻平和会館です。
ちなみに、知覧は陸軍の航空隊。本土最南端の基地だったこともあり、全特攻戦死者1036名のうち、439名と最も多かったということです(知覧特攻平和会館より)。
ただ、鹿児島県で海軍の特攻基地として知られるのは鹿屋基地ですし、別の数字として、「フィリピンでの航空特攻は、特攻機数は海軍333機、陸軍202機。戦死者は海軍420名、陸軍252名。沖縄への航空特攻は海軍1026機、1997名、陸軍886機、1021名」の数字があって、先の”全特攻戦死者1036名”は、沖縄戦における陸軍の特攻戦死者なのではないかと思います。フィリピン戦、沖縄戦でトータルすると、海軍1359機、2417名。陸軍1088機、1273名。合計2447機、3690名。沖縄戦が始まる前は、沖縄、石垣、宮古、台湾の航空基地からも出撃していて、南方では文字通り、地獄のような死闘があったことが想像できると思います。 -
特攻機は、重さ250kgの爆弾を装着した戦闘機。多くの戦艦、空母を破壊した戦果はめざましいものがあったのも事実ですが、戦局を動かすまでには至らず。
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イチオシ
こうした中でも、大本営では、沖縄戦を最後と考える海軍と本土決戦を叫ぶ陸軍の対立もあり、無意味な時間が流れてしまったことは痛恨の極みというしかありません。
なお、最後に会館の講演も拝聴しましたが、太平洋戦争については、ハルノートを突きつけられた日本は戦いに進むしかなかったというさらりとした説明。それはそうなんですけど。。それでは、何を教訓としていいのかは分からない。冒頭に述べましたが、やはりそこに至るまでの過程が重要。そして、その問題意識は今の我々にも同じように問われていること。特攻も含めて、遠い過去のことではないことを認識すべきだと思います。 -
ミュージアム知覧は、知覧特攻平和会館の西隣りにある地元知覧や南薩摩の文化を伝える歴史資料館。ここも寄ってみます。
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館内も明るくてけっこう立派な建物。隠れ念仏の関係とかはとてもローカル色が強いものですね。ただ、ちょっと展示は雑多なところもあって、そこは微妙です。
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石原慎太郎のホタル館富屋食堂への歌碑。
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これは、敷地内の知覧特攻物産館。お土産物のショップとかレストランも備えた施設。敷地内にはここしかないし、知覧の市街も多分に限界があるので、たいていの観光客はここを利用することになると思います。施設もそれを想定して、大きな団体でもOKの造りのような気がします。
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また車に乗って、今度は武家屋敷エリアに向かいます。
豊玉姫神社は、海神綿津見大神の娘で神武天皇の祖母でもある豊玉姫を祀る神社。 -
不思議なことに、知覧にはこの豊玉姫にまつわる具体的な伝承が残っていて、知覧は豊玉姫が宰領し、ここに宮居を定めた場所なのだとか。
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境内はそれなりに広いし、一段高い場所に建つ本殿も立派。ちょうど紅葉の時期でイチョウの黄色が輝いていました。
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では、武家屋敷地区の駐車場に車を停めて。ここからは、歩いての散策です。
これは、上郡地区 鯉の泳ぐ町並みといって、知覧の古い町並みを貫く自動車道の脇。 -
何でもないような用水路が長く続いていて、覗くと優雅に錦鯉が泳いでいました。地元で大事に守られてきたものでしょう。泳いでいる水もとてもきれいで、気持ちよさそうです。
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まずは、二ツ家民家。
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イチオシ
居住用のオモテと台所のあるナカエをつなげたものですが、間に小棟を挟んでつなげるのが知覧独特の造りのよう。藁ぶきのどっしりとした風格があって、
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二つに分かれた分棟式と比べると生活の便もよさそうです。
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麓の家々はそれぞれが防御施設の役割。
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丈夫そうな石垣が一直線に続きます。
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国の指定名勝となった7つの知覧麓庭園のひとつ。平山亮一氏庭園です。
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ちなみに、平山家は、元来の知覧領主、佐多氏に仕えていたと伝わる旧家。
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庭は、天明元年(1781年)の作。周囲の山々を曲線により模したようなイヌマキの刈込がただ広がるというシンプルな構造。
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かなり思い切ったものだと思います。
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続いては、平山克己氏庭園。
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江戸時代中期の明和年間(1764-1771年)頃の作庭と言われます。
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さきほどの庭園と同じですが、イヌマキの大刈込が庭全体を囲む力強い設計。
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イチオシ
手前のサツキの低木や枯滝石組も大刈込に埋もれるような存在かな。また、ちらりとですが、母ヶ岳の借景もポイントです。
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今度は、西郷恵一郎氏庭園。
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いったん入って、突き当りを右へ。
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庭は、江戸時代後期の文化文政年間(1804-1829年)頃の作庭。
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後方にイヌマキの刈込と手前には滝石組とサツキの低木の刈り込みの組み合わせですが、平庭の隅にかたまって配置されていて、程よいスケール感かなと思います。
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ここから知覧武家屋敷庭園の西側の麓公園へ。麓川に架かる木製の橋を渡って、いかつい門を入ったところ。
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あづまやが建っていて、それなりに公園として整備はされていますが、限られた範囲のささやかなもの。特にどうということはありません。
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そして、これがホタル館富屋食堂。特攻の母と呼ばれた鳥濱トメさんが営んでいた食堂です。軍の指定食堂としての役割だけでなく、特攻隊員のお母さん替わりとなって話を聞いたり、預かった手紙を家族に届けたり。死地に向かう隊員を送り出すことへの心情はいかばかりだったか。想像に余るものがあると思います。
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建物内は、特攻隊員の遺書や写真を多数展示。鳥濱トメさんのことを思うと知覧特攻平和会館とはまた違った気持ちで拝見することができました。
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ここで、お昼にします。
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カフェ コチは、知覧の武家屋敷近くでランチをするならここしかないくらいの圧倒的な人気のお店です。
古民家を活用した店内の雰囲気もいいし、 -
いただいたカレーのランチもコクがあって深い味わい。とってもおいしいです。しっかりショウガの入ったみそ汁も不思議なお味でサプライズ。楽しませてもらいました。
ただ、市営駐車場の奥にあって見つけにくいのが難点です。 -
イチオシ
再び、武家屋敷の方に戻ってきて
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佐多美舟氏庭園です。
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奥に入って
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ここが入口。
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この庭は、江戸時代中期、宝暦年間(1751年-1764年)の作。特徴は、庭園の奥に先の尖った岩を高い峯として配した枯滝石組とそれを深く囲むイヌマキの刈込。ソテツや手前のサツキの刈り込みまで含めて、高密度の景色となっていて、独特の豪快さがあると思います。
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次は、佐多民子氏庭園。
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庭は、江戸時代中期、宝暦年間(1751年-1764年)の作。
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イチオシ
特徴は、前面に配された丸みを帯びた石の石組。船石ということのようですが、ほか琉球庭園で盆栽を乗せるために置かれる切石もあって、ちょっとしたアクセント。荒々しいいにイヌマキの刈込と少し穏やかな石組の組み合わせが面白い景色となっています。
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佐多直忠氏庭園も、
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この奥。
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庭は、江戸時代中期、寛保年間(1741年-1744年)の作。
先の尖った岩を高い峯として見せる枯滝石組とそれを囲うイヌマキの刈込という組み合わせはほかにもあるのですが、ここの場合は、石組と刈込の間に空間があることでけっこうゆったり感がありますね。その分、梅の古木を配する余裕が生まれて、荒々しさだけではないちょっと華がある景色となっています。 -
旧高城家住宅は、
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居住用のオモテと台所のあるナカエを間に小棟を挟んでつなげる知覧型二ツ屋。
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明治以前の武家屋敷であり、おとこ玄関とおんな玄関を備えているのが大きな特徴だとか。ただ、玄関と言っても縁側みたいなところに踏み台の石を置いただけ。簡素なものです。
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最後は、森重堅氏庭園です。
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庭は、寛保年間(1741-1744)の作。
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7つの庭園のうち、ここだけは池があって潤いがあるのですが、
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溶岩石のような石を配していて、その組み合わせが慣れないからでしょうか、安らぎの反対、異質なもの。極端に言うと異様な感じまでしてしまいます。
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豊玉姫陵は、亀甲城の近くの田んぼの中です。
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豊玉姫の御陵と伝わっていて、鍬も入れてはならない場所とされていたということ。石の鳥居と柵で囲んだまあるい場所は、神聖な場所という証ですね。ただ、豊玉姫は山幸彦の子どもを産んだ女性ですから、日本書紀でもいかにも神話という頃の登場人物。しかし、知覧では具体的に豊玉姫の宮居があったというような具体的な伝承が残っていて、ほかの地域とは明らかに違うように感じます。
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亀甲城跡もすぐ近く。平安時代の末期の城、知覧城跡の出城とされている山城で、東西約250m、南北120m。丘陵に作られた城で、地形が巻貝の蜷(にな)に似て螺旋状になっていることから、別名「蜷尻城」とも。
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進入道を行きましたが、山の道。九州には熊はいませんが、少し歩くと熊が出るような寂しい道でした。
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武家屋敷エリアの最後は、薩摩英国館TEALAN。敷地の中にロンドンの二階建ての赤いバスがあって、それが目印です。
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鹿児島は幕末の薩英戦争から英国との関りができた歴史があって、ここもその流れでしょうか。英国のお菓子や雑貨のショップにティールームなんかがあって、瀟洒な雰囲気。知覧の武家屋敷のエリアでは異彩を放っています。
さて、ここから今夜の宿の指宿へ向かいます。 -
途中の道の駅 喜入は、メルヘンチックで堂々とした大きさの建物。敷地の広さと建物の大きさのバランスからするとあんまり道の駅っぽくないのですが、もともとは温泉と温水プールの施設としてスタートしたということのようで、それなら納得です。
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ただ、やっぱり道の駅としては産直のコーナーとか貧弱過ぎ。改善が必要だと思います。
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また少し走って、今度は道の駅 いぶすき彩花菜館。
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ここを越えると指宿に入るという場所ですから、
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指宿の玄関口という感じでしょうか。
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展望所からは、
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錦港湾の真南から見る桜島に
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対岸は大隅半島。あまり見慣れない景色ですが、まあ見晴らしがよくてそれなりに絶景。ドライブの疲れを癒してくれました。
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イチオシ
もう少し指宿に入って。
幼少篤姫像は、指宿市立今和泉小学校の裏手の海岸。見つめる海の先には桜島が見えていて、そこからさらに江戸まで輿入れしたという遠大なストーリーを想像させられますが、ここ今和泉家の第5代当主、忠剛の第4子として生まれたのはそうなのですが、誕生した屋敷は鹿児島市内。その後も鹿児島市内で暮らしていたんじゃないのかな。この像からいろんなことを想像するのはちょっと過大になるような気もします。 -
揖宿神社は、慶雲3年(706年)に創建された葛城宮が始まり。天智天皇の遺品を奉じたものだったとか。
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社殿は、弘化4年(1847年)島津斉彬の父である島津斉興によって建てられたもの。また、石造の鳥居は名工、岩永三五郎の作。やけに整った形です。
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殿様湯跡は、共同温泉の横に残されているちょっとした遺跡。島津斉彬の父、第27代島津家当主、島津斉興が天保2年(1831年)に設けた湯殿。今はボロボロですが、それでも洗い場の敷石や湯船、側面の幾何学模様のタイルなどはそれらしい雰囲気かなと思います。
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晩飯は味彩むさし。
直前に予約を入れましたが、予約は必須かな。この日も予約客のみとなっていました。 -
店内のカウンター席は椅子もごっついし、ワイルドな造り。力強くて高級感もあって、見た瞬間、ちょっとテンションが上がりました。
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いただいたのは、海鮮どんぶり。どこがどうということはないのですが、ワンランク上のおいしさがあって、その辺りがこのお店の実力なんでしょうね。格の違いを感じるお店です。
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指宿市街を抜けて行きますが、これは指宿駅前足湯。立派な建屋の中に銅像が二人。一風変わった雰囲気ですね。ところで、指宿の泉質は、メタケイ酸の含有量が多い高温の塩化物泉。モワッとまとわりつくような感じはアルカリ性泉みたいなんですが、それはメタケイ酸のため。それでいて塩分が濃いというのが変わっています。
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さて、今日の宿は民宿 うなぎ湖畔。指宿の郊外といった場所なんですが、うなぎ温泉という西郷隆盛が愛した温泉の宿ということなんですね。
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そこまで期待していたわけではないのですが、少し濁ってどろんとしたような温泉は、身体にけっこうジンジン効いてきて、指宿温泉とは違った特徴がありますね。この湯に西郷さんも浸かっていたと思うとそれも楽しい。これは価値ある宿だと思います。
明日は、指宿のあちこち。砂湯も予定しています。
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この旅行記へのコメント (4)
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- pedaruさん 2024/11/02 16:48:20
- 特攻平和会館が
- たびたびさん こんにちは
特攻について真摯なご意見を述べられていて感銘をうけました。
人の命を犠牲にして作戦に当たらせる行為は、いかなる場合でも許されるものではありませんね。この考えは世界的にも常識になっております。
この作戦は自分の命は確保して、他人である若者にやらせたというところに大きな問題があると思います。人の道に外れた行為だと思います。
国が侵略を受けた場合国家や家族を守るための戦争のみがゆるされるでしょうが、
国の経済を守るため、資源を確保するという目的で若者の命を犠牲にするのは許せません。戦争によって、資源が確保されたからと言って、人の命と引き換えとはあまりにも悲しいことです。国が貧乏になっても命が惜しいというのが、庶民の気持ちではないでしょうか。しかし国はあらゆる手段で国民の思想を操作します、現在のメディアがいかに節操がないかはご存じのとおりです。国の思うように民衆を扇動するでしょう。それを想うと将来が不安です。
楽しかるべき旅行記の書き込みとしては、場違いかもしれません、失礼しました。
pedaru
- たびたびさん からの返信 2024/11/07 21:54:22
- RE: 特攻平和会館が
- 丁寧なコメントをいただきまして、ありがとうございます。
ちょうど昨日まで、4泊5日で鹿児島に行っておりました。前回の鹿児島では知覧の方を訪ねたので、今回は鹿屋の鹿屋航空基地史料館を訪ねてみました。知覧は旧陸軍、鹿屋は旧海軍の歴史だし、鹿屋の方は自衛隊の現在の活動等についても積極的に広報をしていて、ちょっと雰囲気は違う感じでした。
まあ、それはそれとして。。アメリカはトランプ氏が大統領に返り咲きして、今後の世界がどうなるのか。とても気になる情勢ですが、たぶん、自衛隊の方々はもっと切実な問題として感じることも多いんでしょうね。せめて、国内の政治の混乱だけでもはやく安定化してくれないかなと思います。
たびたび
- ねもさん からの返信 2024/11/12 13:49:30
- Re: 特攻平和会館が
- 初めまして、かな? 横から失礼します。
私も2年半ほど前に訪ねました。特攻は犠牲は大きかったが、意味のあることだった、今の日本の繁栄はその犠牲のうえにあるという、この施設の姿勢には違和感を覚えました。こんなバカな行動しないで、さっさと降伏していれば、沖縄戦も広島・長崎の悲劇も避けられたでしょう。
お二人のコメントや旅行記の記述(特に太平洋戦争突入の理由)に、敬意を表します。
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- Antonioさん 2024/10/24 08:54:10
- 特攻平和会館
- おはようございます。卓球の早田選手が行きたいスポットと話して、中韓から非難された施設ですね。私も一度訪問したいです。
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