2024/02/07 - 2024/02/07
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hijunoさん
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西本願寺の冬の特別拝観で予約申し込みをして、書院と飛雲閣の見学をしました。昨年、西本願寺は拝観、修復された唐門も見学していましたが、書院と飛雲閣、久しぶりの見学、楽しみにしていました。
僧侶のかた?スタッフが丁寧に説明してくださいます。とてもわかりやすく
心に残る見学でした。
その後、龍谷ミュージアムや小さな遺蹟、東本願寺の渉成園や京都国立博物館も久しぶりに訪問しました。
東本願寺の渉成園の園林堂も特別公開でした。
興正寺、西本願寺の写真は昨年に撮影したものも混じっています。
訪れた場所は以下のとおりです。
興正寺→西本願寺唐門→西本願寺書院→西本願寺飛雲閣→龍谷ミュージアム→新選組最後の洛中屋敷跡→伊藤甲子太郎最期の地→中井正五郎殉難の地
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー JRローカル 自家用車 徒歩
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西本願寺を目指して歩いていましたが、お隣の興正寺を拝観します。
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広い広い境内。
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興正寺の説明板です。
開山は親鸞といわれ、浄土真宗の真宗興正派、創建年は1212年。 -
御影堂。
1912年の建立。 -
阿弥陀堂門。
こちらも1912年に再建されたもの。
興正寺の正門です。立派な美しい門です。 -
阿弥陀堂は1915年に再建されています。
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御影堂から上がって拝観。
立派なお堂です。 -
お堂から鐘楼が見えます。
鐘楼は江戸時代、1774年に再建されたものです。桃山天皇の13回忌に皇太后の恭礼門院から寄進された梵鐘だそうです。 -
御影堂と阿弥陀堂をつなぐ廊下。
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大きな瓦が展示してありました。
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お隣の西本願寺へ向かいます。
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西本願寺へ。
とても久しぶりに来ました。 -
京都では「おにしさん」と慕われている西本願寺。
親鸞聖人が亡くなったあと、知恩院のあたりに、娘の覚信尼が廟を建てて御影堂としたのが始まりで、1591年に現在の地に移ったそうです。 -
御影堂門から入り、御影堂の大きなたてものがみえます。
寛永の時代、1636年に再建されています。
ちょうど、菊展をしていました。 -
端正こめられ育てられた菊が並びます。
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江戸時代から続いていた花とお寺のん関係。
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美しい阿弥陀門。
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その見上げてしまう大きな門。
きれいな彫や装飾がありました。 -
大きな銀杏の樹がありました。
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説明板によると、1636年に御影堂ができたころからあったそうです。
400歳近くになる古木ですが、よく手入れがされてきたそうで、若々しく、またエネルギッシュな樹です。
大火にも見舞われましたが、火の粉をあびつつも今も元気に生き続けています。 -
御影堂から上がりました。
国宝です。 -
イチオシ
柱の大きさにも驚きます。
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説明がありました。
玄関の柱などの下を強固にするために、沓石とよばれるものを造るのだそうですが、こちらは一見観て木製のようです。
しかし、よくみると、中は石です。周りを3センチの木で被っているそうです。腐敗を防ぐために石を用いています。 -
広く開放的。
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重厚な造りの扉。
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こちらも御影堂から阿弥陀堂へつなぐ廊下。
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美しいお堂でした。
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阿弥陀堂も変わらぬ美しいお堂と開放感。
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どこを見ても、綺麗に細やかに整えられていました。
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経蔵。
大切な経典などが保管される場所。 -
説明板です。
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広い広い境内。
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阿弥陀堂門。
装飾が美しい、金箔押などの修復が行われて、創建当時の美しい門がよみがえっているそうです。 -
北へ少し歩くと、太鼓楼があります。
新選組とのかかわりのある建物。
建物には今も新選組の刀傷が残っているそうです。 -
説明板にもありますが、新選組は壬生の屯所が狭くなったので、本願寺に屯所を移します。説明板によると、乱暴な行動もあり、僧侶や門徒が困惑していたようです。
興味深い話が書かれていますが、明治以降も生き残った隊士の一人が本願寺の守衛となり、太鼓を念仏を唱えつつ太鼓番をしていたとのことです。 -
太鼓楼の駒札の説明板。内部には今も大き太鼓が残っているそうですが、江戸時代に
時を告げる合図でした。 -
修復された唐門を観にいきます。
表の門あたりには説明板もありました。 -
細い路地、美しい塀の間を通っていきます。
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唐門が見えてきました。
国宝の唐門です。
1618年に豊臣秀吉が築城した伏見城から移築されたものです。
西本願寺の建物の中で最古のものです。 -
イチオシ
日光でもいつまでも観ていたい「ひぐらしの門」がありましたが、こちらも
「ひぐらしの門」といわれるそうです。
豪華絢爛、、みとれてしまいます。
麒麟や牡丹、唐獅子や竹や虎、、、彫刻のすばらしさと豪華さ、美しさにしばし、見とれます。 -
修復の様子が説明されていました。
時間をかけての修復。 -
イチオシ
今は開門されることがない、、と聞きました。
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そのお隣の、これまた威厳のある門。
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すぐ近くに洋風の建物。
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レトロな建物、、、ホテル、、レストラン?と思っていましたら、
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龍谷大学の校舎でした。
龍谷大学は、1639年に西本願寺学林として創設されました。 -
駒札がすっかり読めなくなっていて、残念です。
1879年に大教校とされて、講堂が完成したそうです。
擬洋風建築として有名です。 -
明治天皇がお休みなった場所、、というような古い石碑が建っていました。
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素敵な風景でした。
中も見学してみたいです。 -
こちらの校舎もレトロでした。
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こちらは西本願寺の門でしょうか、、こちらから出ました。
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本願寺・東寺美観地区という古い掲示板がありました。
確かにこのあたりはお寺や古い時代の雰囲気が残っていて、散歩に楽しいところでした。 -
そしてここから2月の再度訪問した際のものです。
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国宝の飛雲閣と書院、学生のころ、多分、訪れたことがあったとおもいますが、記憶にありません、、、
再度。
昨年からずっと来たいと思ってました。
念願叶います。 -
良い言葉ですねぇ~。
私は仏教徒ではありませんが、
人生の中で、この言葉に救われる時もあるとおもいます。 -
まずは、書院の見学ですが、受付がまだ始まっていません。
ここは、書院です。
桃山時代の華麗な書院造が特徴のものです。
中は撮影が禁止。
とても広い建物です。
対面所があり、とにかく、豪華絢爛。とてもお寺の中の建物とはおもえないくらい。
上段や下段という、身分の高い人のための座が設けられ、その欄間の透かし彫りが特に美しかったです。
白書院も門主の対面の儀式、賓客の接待などに使われたそうです。
それに対しての黒書院、内向きの対面接待、門主の寺務を行う場所で、こちらは数寄屋造り。
動物の絵柄も多くて、楽しかったのですが、
特に、大切な書物などをネズミがかじらないように、天井に小さな猫を描いてにらみをきかせている、、、なんて、ユニークなものもありました。
庭園も桃山時代のもので、虎渓の庭。
ツルや亀を表しているそうです。
能舞台も北の物は国宝。
対面所の座から遠ければ遠いほど、はっきりと松の画が見えるという指向。
国宝と重文に圧倒される建物でした。 -
特別拝観の受付にまだ時間があり、スタッフに唐門の見学をすすめられます。
唐門の近くにある建物。 -
仏飯を炊事する場所。
1685年に建てられたそうです。
今は、こちらでは炊事は行われていないようです。 -
ココカラも、京都タワーがちらりと見えました。
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唐物の近くの建物、こちらも書院の一部でしょうか~。
高貴な雰囲気。 -
前に、外からも見学した唐門。
中からも。 -
修復されて、そんなに年数がたっていないためか、ピカピカ。
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イチオシ
あでやか。
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目いっぱいの装飾です。
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こちらも、ひぐらしの門と呼ばれているとか。
日光東照宮を思い出します。 -
中国の故事や、
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動物たちの活き活きとした様子、飛び出してきそうです。
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イチオシ
書院の扉が開いていました。
中は撮影禁止、、、、残念です。
豪華な様子をお伝え出来なく、残念。
時間になると、受付を済ませ、料金を払って、僧侶のお話を聞きます。
その後、僧侶?スタッフ?の案内で書院内を見学です。
1時間くらいの見学でした。
とても堪能しました。
ただ、人数が結構な数で、もう少し少ない人数のグループで周ると
見学しやすいと感じました。 -
イチオシ
そのあとは、飛雲閣の見学。こちらは外からの見の見学。
こちらも国宝です。
飛雲閣は境内の滴翠園の池に建っている三層の杮葺きの楼閣の建築です。
一番下の部分は入母屋造に唐破風、千鳥破風、二階は数寄屋造りと三方に小さな軒唐破風、三階には寄棟造、、、
説明を聞くと、もうなんと手の込んだ建物かと、、。
左右の非対称も特徴です。
柱も細く、障子が多いところから空に浮かぶ雲みたい、、、というところから飛雲閣と名付けられたそうです。 -
右のほうに見える建物、黄鶴台。
こちらは重文。
廊下でむすばれている、杮葺寄棟造の建物。
浴室があるそうで、蒸し風呂があったそうです。 -
イチオシ
豊臣秀吉が造った聚楽第の建物のひとつで、1624年から1644年にかけて移築されたそうです。
かつて、豊臣秀吉も使っていた建物~歴史を感じます。
中は茶室や主室の招賢殿などのお部屋があるそうです。
こちらは通常は公開していないとか。 -
イチオシ
画も見えます。
三十六歌仙を描いたもの。歌仙の間です。眺めがよさそうな場所です。 -
確かに、空に浮かびそうな、可憐さもあります。
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障子も意匠をこらしています。
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池には船。
石段が見えますが、ここから建物に入るようです。 -
船着き場。
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池に映った様子もきれい。
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船も見えました。
優雅です。 -
鐘楼が近くに。
1150年に鋳造されたものがあり、それが一代目。
現在のは二代目だそうです。 -
お庭も見学できます。
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茶室?もあり。
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枯山水の庭園でしょうか。
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塚とありますが、なんだろう~。
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冬の景色の庭園も良いです~。
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西本願寺の拝観、特別拝観終わりです。
広々とした建物や広い境内、とにかく、そのスケール、、、
何度きても、自分が小さく感じてしまいます。
仏教徒ではありませんが、信仰を持つ人の力を感じます。 -
すぐ近くの龍谷ミュージアムへ。
ここもずっと来てみたかったところ。
龍谷大学の博物館ですが、大学博物館の域を超えて、仏教の総合博物館として広く人々に開放されていると聞きました。 -
見学のまえに、ちょっとひといき。
お昼を食べたいですが、、、 -
こちらのスイーツにくぎ付けです。
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外は寒いけれど、こういった場所があると、必ず外で休憩。
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めちゃくちゃ大きいケーキ、中はクリームとフルーツでぎっしりのもの。
美味しいコーヒーと。
幸せです~。 -
今のテーマはこちら。
眷属といわれる、佛や菩薩などの信仰の対象になる主尊のまわりに付き従う存在のことだそうです。
仏法を守護したり、主尊のパワーを示したり、脇役ながら、その力を絵画や彫刻などで表現しています。
とても個性豊かな眷属ばかり。
博物館、3階まであります。シアターや展示室、広いです。
仏教の誕生から現代までの仏教を展示などでわかりやすく説明。アジアの仏教や日本の仏教の違いも分かりやすいです。
撮影は禁止です。 -
こちらはべゼクリク石窟復元展示。
こちらは撮影可能です。 -
イチオシ
高さ、3.5m、長さ15m、
失われた中国のトルファンのべゼクリク石窟大回廊を原寸大で復元したものが展示されています。 -
柔らかく、繊細なタッチの画です。
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美しいです。
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イチオシ
復元する苦労もうかがわれます。
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復元の説明がありました。
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冬というのに、夏のような草花が咲いていました。
まだ2月。 -
西本願寺の拝観前に、駅近くを歩いています。
駅近くのホテルのそばにある、新選組の最後の屯所があった場所へ。
ホテルの側に碑が建っています。 -
見落としそうな小さな碑。
洛中屋敷最後の地。 -
説明文によると、この辺りは当時、農村だったとか。
そこに、徳川慶喜の軍隊になった、最盛期の近藤勇率いる新選組の屋敷が建てられたそうです。1867年のこと。
しかし半年後には、王政復古の大号令で、屋敷を離れることになります。
その後鳥羽伏見の戦いにより、ほぼ壊滅的に。
短い間の住まいだたようですが、資料もほとんど残っていないそうで、
不明瞭だそうです。
説明文にある、新選組が去り、また静かな農村に戻った、、、と。
今では、駅の近く、また賑やかな場所になってますが。 -
こちらのホテルでした。
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古い家も残っています。
素敵だなぁ~。 -
本光寺に来ました。
西本願寺の近くです。
こちらは新選組参謀であった伊東甲子太郎の殉難の地であり、またお墓もあります。
伊東甲子太郎は容姿端麗で、弁もたち、他の隊員からの人望もあったようですが、尊皇派であったため、近藤勇とも意見が対立し、その後、新選組を離脱し、御陵衛士を結成します。
その後、新選組により暗殺されます。1867年、お酒に酔わせたところを襲います。 -
本光寺の前に石碑と駒札。
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説明板がありました。
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お寺の中へ。
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こちらにもお墓がありました。
東山区の戎光寺にあるとも聞いていましたが。。
とても優れていた人物だったようで、人望も高く、建白書も提出するなど
学識も高く、公家中心の新政府をつくり、新しい国造りの構想を練っていた人でした。
その死を悼む人も多く、その後、従五位を贈位、靖国神社にも合祀されています。 -
赤い南天がとてもきれいで、
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静かな境内でした。
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ここにも素敵なお家。
お店かな。。 -
レトロな建物も残っています。
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この辺りは、仏具のお店が連なっている通りです。
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達磨さんが、かわいい~。
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旅館でした。
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こちらもレンガ風の建物、、、
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伝道院だそうです。1911年のもの。
創建当時は信徒向けの生命保険の会社として、その後は銀行や事務所に、いまは西本願寺関係の研究所として利用されているそうです。 -
仏具通りにレンガの建物、、、ちょっと意外でした。
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そして、民家の一角にあったのが、中井正五郎殉難の地の碑です。
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奈良県の十津川村の出身、尊皇攘夷派、坂本龍馬と交流があり、龍馬の敵討ちで、新選組隊士に切りつけられ、討ち死にしています。天満屋事件。
維新後は従五位が贈られています。 -
周囲、静か、仏具のお店が並びます。
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お店のショウウインドウ。
可愛いです。 -
ココカラも、西本願寺が見えます。
小さな門がありました。
続きは、、、同じく冬の京都の特別拝観で、東本願寺の渉成園、通称枳殻邸に行きます。 -
西本願寺特別拝観でいただいたもの、、、なんだろう~。
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お香でした。
良い香り~癒されます。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。^^
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この旅行記へのコメント (2)
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- sukecoさん 2024/02/16 13:40:23
- 西本願寺!
- Reiseさん、こんにちは♪
西本願寺、とても広いですねー。
京都へは何度か訪れたことがありますが、西本願寺はまだ行ったことがなかったです。
Googleマップで、位置を確認すると、やはり私は東本願寺しか行ったことがないようです(笑)。
重厚感のある建物、見応えありますね。
沓石なるものも初めて知りました。
細かなところまでしっかり見てみたいと思いました♪。
いつか訪れてみたいです。
べゼクリク石窟大回廊も凄いですねー。
一気に不思議?というか、神秘的?な世界へ入り込めました!。
ムフフっ、そしてスイーツの甘い世界へも(笑)。
美味しそう~。
sukeco
- hijunoさん からの返信 2024/02/16 23:03:23
- こんばんは!
- sucekoさん
こんばんは!
西本願寺の旅行記、細かく読んでいただいてありがとうございます。
沓石にも注目してもらって、嬉しいです。
巨大な柱、そしてあんな大きな建物を支える、先人たちの技術、驚きです。
西と東の本願寺、、とても久しぶりに拝観したのですが、西本願寺の勢力をおそれて、徳川家康が土地を寄進して東本願寺が成立したことから、当時の西本願寺の力の強さは強大なものだったのだと、感じました。
ぜひ、機会がありましたら、西本願寺にも出かけてみてください〜。
この特別公開の書院や飛雲閣も見ごたえありました。
学生時代に見学したことがあるような、うっすら、消えかけた記憶がよみがえっています。笑
それにしても、おっしゃるとおり、西本願寺も広い広い境内です。開放的です。
べゼクリク石窟大回廊の実寸大の復元にも驚きました。
独特の世界です。
龍谷ミュージアムは初めて見学しました。展示がわかりやすく、仏教の歴史が理解しやすかったです。
カフェはお勧めです!
ドーム型のケーキ、どっしりと、クリームとフルーツ、、、お昼になりました。
おなか一杯になるケーキでした。
京都は甘味どころが多くて、誘惑に負けています。笑
歩いて、カロリー消費に努めないと、、と必死です。笑
Reise
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