2023/09/15 - 2023/09/18
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nichiさん
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秋の三連休に尾瀬に行ってみることにしました。
群馬県側の鳩待峠から入って尾瀬ヶ原湿原を散策するか?
それとも福島県側の檜枝岐温泉から入って尾瀬沼を散策するか?
シニア夫婦は色々調べて相談の上、福島県側の檜枝岐温泉から尾瀬に入ることにしました。
栃木県の鬼怒川に前泊して国道121号線を北上。
福島県の会津地方に入りました。
今は奥会津町と言うのですね。
2006年(平成18年)平成の大合併で、田島町、舘岩村、伊南村、南郷村が合併し、南会津郡南会津町となったようです。
大学のころ、スキーで良く訪れたエリアです。
田島と南郷と舘岩に伊南?
めっちゃ広いエリアが合併したのですね~~
微妙に文化も方言も違うようです。
旧田島町にある、奥会津博物館に行って見ました。
なかなか興味深く、じっくりと拝見することができました。
大学生のころはこの地域についてスキー以外に興味がありませんでした。
面白かった~
もっと知名度が上がってもいいのに・・・・
9月15日(金)はシニア夫婦は2人とも在宅でリモート勤務。
仕事を終えてから自宅から愛車で出発。
首都高から東北道に入って鬼怒川の東急HVC鬼怒川に向かいました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
22時、東急HVC鬼怒川に到着!
自宅よりちょうど3時間でした。 -
このハーヴェストはハーヴェストの中でも古いタイプ。
よってリゾートマンションのような古いタイプのハーヴェストです。 -
お邪魔しま~す!
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隣に新しくできた、ハーヴェストの高級バージョンであるVIALA鬼怒川渓翠に泊まってみたいのですが、私たちはホームではないのでなかなか予約できません。
早く行って見たいな~ -
アサインされたのは最上階。
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洋室ですが、このようなタイプは初めてです。
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元々は和洋室だったのでしょうね。
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広く使い勝手がよさそうです。
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私たちシニア夫婦はココでダラダラします。
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今晩、家内はココで仕事をすることもなさそうです。
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水回りは普通。
温泉大浴場に行くのでバスルームは使いません。
トイレは別でセパレートなのが嬉しい。
シニア夫婦は温泉へ。 -
シニア夫婦は温泉にじっくり浸かってから部屋に戻って、横浜に地元のスーパーで購入してきたタンメンと総菜の夕食にします。
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秋味でかんぱ~い!
この後、ワインボトルを1本飲んでから寝ました。 -
翌朝!
鬼怒川の朝です。 -
部屋からの南側の景色。
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こっちは鬼怒川の上流(北側)方面。
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鬼怒川の川上方面です。
日光国立公園の山々が見えます。 -
目の前は鬼怒川渓谷。
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ビュッフェ形式の朝食を終えて8時30分ごろにチェックアウト。
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東急HVC鬼怒川を出て1時間。
「道の駅たじま」に到着。
3連休の初日だけあって、駐車場は満車。
少し待って車を停めました。 -
この道の駅はお野菜や果物が豊富です。
シャインマスカットを買って、車の中で戴きました。
甘くてビックリ~
高級ぶどうジュースを飲んでるみたい。。。。 -
「道の駅たじま」から約10分。
奥会津博物館に到着しました。
奥会津の暮らしや文化を知ることができる博物館です。
4棟の茅葺屋根の建物もここに移築されていて、中を拝見することができます。 -
入館料は300円×2名
-
奥会津はかつては幕府の直轄地。
多くの農村歌舞伎が存在していました。 -
その数、170。。。
えっ?
奥会津だけで170もの農村歌舞伎が存在していたの?
これにはビックリ! -
奥会津の歌舞伎の衣装です。
-
140の村に170もの歌舞伎舞台があった奥会津。
奥会津には全部で271の村があったので、50パーセント以上の村で歌舞伎舞台があったことになります。 -
このような農村歌舞伎は、徳島や兵庫、岐阜にも多く舞台群が存在していたようです。
-
奥会津の歌舞伎の舞台の写真です。
左上は檜枝岐の歌舞伎舞台。
現在でも年3回、歌舞伎が上演されている現役の舞台です。
これから伺う檜枝岐村にある舞台です。
右上も現存する大桃の舞台。
ココにも後ほど伺います。
左下は伊南にあった耻風の舞台。
現存していません。
昭和50年に解体されてしまいました。
右下は柳津の三島神社の中にある胃中の舞台。
現存しています。 -
上は、舘岩の二荒山神社の中にある「湯の花の舞台」。
現存しています。
左下は柳津の伊夜比古神社にある「湯八木沢の舞台」。
これも現存しています。
右下は大沼の気多神社にある「小中津川の舞台」。
これも現存しています。 -
次の展示室へ。
山間地で人の移動や物資の輸送には馬による輸送がメインでした。 -
人や荷物を載せるための鞍。
-
会津西街道には、幕府公認の宿駅制の他に、仲付駑者と言う特殊な輸送形態の制度がありました。
奥会津の産物を北の会津若松、南の今市に売りに行き、そこで米や味噌を購入して奥会津に戻って売ることを生業にしていました。
これは幕府による宿駅制度ができる前から存在しており、幕府も禁止することができなかったようです。
駑者は一人6頭まで馬の所有を認められており、自分で使うものと自分で売買するための物資の輸送のみ認められていました。
つまり、輸送を受け覆うことは認められていませんでした。
この地方ならではの物資輸送の事情があったのですね。
「仲付駑者」初めて知りました。 -
奥会津では、川沿いで麻の生産が盛んであったようです。
川沿いの畑で麻を育て、皮を剥ぎ、繊維を取り出し、細かく割いた繊維を長くつなぐ。 -
この工程をすべて行っていました。
その各工程の道具が展示されていました。 -
川沿いでは稲作も盛んでした。
-
木をくりぬいて作られていますね。
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稲作で使われた道具の数々。
-
これも稲作で使われた道具ですね。
-
こちらも農作業で使われた道具ですね。
-
突然、裃が。。。
-
奥会津は藍染が盛んであったエリアなのですね。
知らなかった~~ -
南会津の藍染の型紙が展示されています。
かつては、16軒もの藍染屋さんがあったようです。
ここにはそのうち3軒(長沼家、杉原家、芳賀家)の藍染屋さんの型紙が展示されています。
一つ一つの型をじっくり拝見しました。 -
「燕」
杉原家の型紙です。
綺麗ですね~ -
芳賀家の型紙である、
「水草に鯉」
幾何学的で面白い。 -
「網目地に桜」
杉原家の型紙です。
じっくり見ると、細かいな~~ -
昔の家具。
染屋さんは裕福だったようですね。 -
大きなお釜です。
三州釜と言って、会津の造り酒屋さんのものです。 -
自給自足であった奥会津。
狩猟も盛んでした。
大型獣では、熊、カモシカ。
小型獣では、キツネ、タヌキ、テン、イタチ、ウサギ。
鳥では、ヤマドリやキジ。
鉄砲や槍を使った猟ですが、奥会津では貴重なたんぱく源でした。 -
またまたここで面白い事実が。。。。
12月から4月まで雪深い奥会津。
外での仕事ができません。
奥会津の男たちは、会津茅手という5人から10人の職人の集団を構成し、関東地方に屋根葺きの出稼ぎに行っていたようです。
この出稼ぎですが、江戸時代から昭和30年代まで続いていたようです。
面白い事実ですね。 -
雪深い奥会津。
冬には一晩で数メートル積もることは普通です。
学生時代に奥会津の南郷にスキーに訪れて、朝起きたら雪で丸ごと覆われて自分の車が判らなくなったこともありました。 -
そんな奥会津ですから、冬は戸外での仕事はできません。
農作業に使う道具や履物を作るなど、家の中での仕事になります。
正月になると積もった雪が堅雪となるため、そりで肥やしを運ぶなど、雪解け前に農作業の準備を始めていたようです。
過酷な生活ですね~~ -
かつての奥会津は、ブナやトチなどの大木があり、そこに木地師と言う集団がいました。
木地師というのは、お椀を削り出す仕事をする人たちで、山から山へと移動しながら暮らしていたそうです。
山仕事に使われた大きなのこぎりや木地の製品を作る道具が展示されていました。 -
お~~
このように大木からお椀を削り出すのですね~
面白い。。。 -
昔は機械がありません。
削り出しから加工、漆を塗るまですべて手作業です。 -
削り出されたお椀です。
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木を伐採して地をならし、伐採した木で住まいとなる小屋を組んでいきます。木を結わくのは、若木を使います。葉のついた枝で屋根と壁を吹き、板を敷いて床をつくります。水は水路をつくり、木を樋に加工して山から引いてきます。これらの作業は、斧や鉈だけで進めます。
このようにして、生活の場でもあり仕事場でもある場ができます。
数家族で市集団となり、1ケ所に3年ほど住み、お椀づくりに精を出します。そして良質な木を求めて移住を繰り返していたようです。
木地師の存在、面白いですね~ -
この大きな太鼓も会津の大木をくりぬいて造られています。
太鼓胴です。
ケヤキが多かったようです。 -
ケヤキやトチの木を使って多くの道具が造られていました。
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博物館の外は屋外エリアです。奥会津にあったいくつかの民家が移築されています。
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まずはココから。
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今泉の馬宿(旧大竹家住宅)です。
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1801年に創建されています。
この馬宿、先ほど博物館で知った仲付駑者が休泊していたのですね。
会津西街道(下野街道)の会津若松と今市の間に16か所の馬宿がありました。 -
中に入ってみます。
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仲付駑者は、一人で最大6頭の馬で輸送をすることが認められていました。
この馬宿は、一般的な民家と比べて厩が広く、4頭まで馬が入ることができるようになっています。 -
建物維持のため、囲炉裏には火が入っており、屋根をいぶしています。
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こちらにも囲炉裏があります。
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広いな~~
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でも暗いぞ~~
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上を見ると、、、
梁が立派です。 -
お邪魔しました。
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次に進みます。
屋外博物館は気持ちいいですね。
水車小屋が見えます。 -
いい雰囲気です。
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次にお邪魔するのは、、、
染屋(杉原家住宅)です。 -
お邪魔します。
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中はすぐに藍染のための壺が並んでいます。
先ほど、博物館で杉原家の見事な型紙を拝見しました。 -
杉原家の家は広い。
裕福だったのでしょうね~ -
藍染の壺の中。
ココでは藍染の体験もできます。 -
目の前川が流れています。
ココで藍染を洗うのですね。
藍染体験、ちょっとやってみたい。。。。 -
次の建物は、旧山王茶屋(旧渡部家住宅)です。
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お邪魔しま~す。
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渡部家、広いな~~
江戸初期である1617年の創建です。
つまりこれは約400年前の建物と言うことかと思ったら、戊辰戦争で焼けて明治2年に再建された建物でした。
それでも約150年前の建物と言うことですね。
山王茶屋は宿泊できる宿です。
多くの宿泊者で賑わったことでしょう。 -
このお宅も囲炉裏で火を焚いて屋根をいぶしています。
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この囲炉裏には火が入っていませんが、ココで家族がいろりを囲んでいたのだろうな~
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一般顧客とは別に、武士階級専用の出入り口もあるお宿だったのですね。
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ココから武士階級の方々が出入りしました。
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次の建物へ。
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旧猪股家住宅です。
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おじゃましま~す。
当時の典型的な農村住宅です。 -
ココは広間です。
床を張らず、土間のままです。
ココにムシロを敷いて囲炉裏を囲んで家族が座っていました。 -
天井に目を向けると。。。
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土間の反対側は、板の間。
ココにムシロを敷いて家族が寝ました。 -
野外博物館の一番奥までやってきました。
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この粗末な建物は?
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木地小屋です。
先ほど博物館で知った木地小屋です。
建った山の中で3か月過ごすための家と言っても粗末ですね~
中は拝見できませんでした。
笹の葉で屋根をふき、木の皮で周囲を囲んでいる簡素な建物です。 -
奥会津博物館、勉強になったな~
つづく
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旅行記グループ
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