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2022年4月2日(土)11時半、明石城の本丸跡の北側、見の門跡から本丸北側エリアに下りて行く。下りて行くと右手に桜堀。城の主郭部北側にある、長さ135間(243m)、幅23間(44.4m)の深い池。本丸、二の丸、東の丸(三の丸)の背後を守る重要な堀として築城時に人工的に拡張されたもの。<br /><br />池の傍らには明石公園幸せスポット巡りコースの一つ、「桜に抱かれたモミジ」があり、桜の幹の窪みからモミジが生育している。窪みに落ち葉が重なり、蓄積され土になり、そこへ偶然モミジの種が飛んで来て根付いたもの。<br /><br />桜堀際からまっすぐ北に進んだ喜春橋を渡ると現在は自転車競技場や県立図書館がある北の丸跡に続くが、そちらには行かず、左手、北西部にある剛の池のほうに下りる。剛の池の南端には花と緑のまちづくりセンターがあり、屋上が剛の池を見渡せる庭園になっている。<br /><br />花と緑のまちづくりセンターは2007年に兵庫県が推進する&quot;美しい県土づくり&quot;のもと身近な生活環境を花や緑あふれる快適で美しいまちなみに変えるため、県民による花緑団体の様々な活動を支援する中核的な施設。この時期、屋上庭園からの剛の池は桜に囲まれて美しい。<br /><br />剛の池の東岸のボート乗り場付近まで進む。剛の池は園内で最大級の池で、かつては鴻ノ池と呼ばれた。築城以前よりあった自然池を利用して造られた池で、明石城を守る外堀の機能を持っていた。敵に攻められた際には堰を切って城下を水浸しにする最終兵器としての役割もあった。その面積は、約9000坪(2.9ha)と明石公園全体の約5%を占める。<br /><br />手こぎボートや足こぎボートで水面散歩ができるほか、池をぐるりとめぐる1.5kmの遊歩道はジョギングやウォーキングの人で賑わっていた。この季節を周りに植えられた桜が見事。ボート乗り場の辺りは色々な水鳥が見られる野鳥の宝庫で、明石公園幸せスポット巡りコースの一つ、「水鳥たちの祝福」になっている。<br /><br />ここで娘と孫娘と合流する(下の写真2)。これから娘の連れ合いと孫息子が待ってる店へ移動し、昼食とする。帰りは本丸跡へ登らずに、本丸の西にある稲荷曲輪の下を回る。稲荷曲輪は本丸より一段低い曲輪で、北端に稲荷の祠があったことから名付けられた。築城時は西の丸と呼ばれていた。この道沿いの雪柳は見事。孫娘と歩く(下の写真3)。なんか、嬉しいな。<br /><br />稲荷曲輪の西側には陸上競技場のきしろスタジアムがあるが、この辺りには樹木屋敷と呼ばれる御茶屋と池泉回遊式庭園があった。藩主が客を接待する迎賓館の役割を持っていたところで、前述のように宮本武蔵が設計した。<br /><br />稲荷曲輪ときしろスタジアムの南には2017年にカープのオープン戦を見た明石トーカロ球場があるが、この辺りは内堀(今は跡形もない)に囲まれた居屋敷郭(殿屋敷とも呼ばれる)があったところで、公的な仕事が行われた表御殿、居間などの裏御殿および台所からなり、1631年に本丸の御殿が火災で焼失した後はここが藩主の居館だった。<br /><br />トーカロ球場の3塁側からレフトに回り込んで太鼓門跡に向かうが、来る時に見たとき打ち太鼓のちょっと手前に明石セントラルライオンズクラブが寄贈した時計塔があり、土台はパンジーで飾られている。<br /><br />その隣には県農発祥の地の碑。県農とは現在はJR東加古川駅近くにある兵庫県立農業高等学校のこと。1897年(明治30年)に兵庫県簡易農学校としてこの地に創立された。当初の志願者はたった3人で、募集期間を延長してやっと13人で開校したが、2年後に実業学校令が公布され兵庫県農学校と改称、当時の旧制中学校と肩を並べる水準となり、生徒も急増した。<br /><br />その後、明治34年に兵庫県立農学校に改称し、1922年(大正11年)に現在地の加古川に移転、1948年(昭和23年)に 戦後の新学制の下で兵庫県農業高等学校と改称、さらに兵庫農科大学短期大学部附属高等学校を経て1957年に現校名となった。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.23973975248912507&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />12時過ぎ、入ってきた太鼓門跡から外に出て、堀を渡り、そのまま南に進む。JRと山電のガードを潜り、駅ロータリーの西口を過ぎ、国道2号線の手前にある「お好み焼・鉄板焼つくし」へ。1978年創業の老舗のお好み焼、鉄板焼の店。ここが本店で、近くに2号店があり、また垂水駅と西明石駅にも支店がある。<br /><br />ここで娘の連れ合いと孫息子と合流。すじ豚玉のお好み焼、鉄板明石焼、ホルモン焼、チャンポン焼そばのつくしおすすめセットとお客様感謝祭の1杯目10円の生ビールを戴く。子供2人は除いても大人3人で3330円は安い~<br /><br />明石焼は普通は見た目がたこ焼きに似ている明石の郷土料理で、明石や周辺地域では玉子焼と呼ばれている食べ物。たこ焼き同様にタコのぶつ切りを入れるが、生地が柔らかく、たこ焼きのようにくしで刺して食べることは出来ず、出汁に1個ずつ浸して食べるものだが、この店のものは丸くなく普通の卵焼きを作る時と同じような四角いまま。タコが入ってて出汁に付けて食べるのは同じ。初めて食べたわ、このタイプ。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.23973988952244470&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />1時半過ぎ、食事を終え、娘一家と別れて、私は海岸線から大蔵海岸へ向かう。つくしの前の道をそのまま南に向かうと淡路ジェノバラインの明石港のりばに突き当たる。この1年前にも娘一家と食事した時に通り掛かったが素通りしたとこ。<br />https://4travel.jp/travelogue/11736207<br /><br />淡路ジェノバラインは2001年に撤退した西淡路ラインの航路・待合所などの施設・従業員を引き継いで2002年に富島港・明石港路線の運航を開始した旅客船海運会社。現在はこの路線は運休しているが、2007年から子午線ライン(明石港・岩屋港)を明淡高速船から引き継いで運航している。<br /><br />現在では、本州と淡路島の岩屋地区との間の唯一の公共交通。明石海峡大橋が自動車専用道路であるため、自転車による淡路島一周(通称アワイチ)のアクセス方法の主要な手段となっている。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.23974001165576582&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />1年前にも通った錦江橋からのマンションに囲まれた漁船が面白い。岸の桜もきれい(下の写真4)。錦江橋についても下記参照。<br />https://4travel.jp/travelogue/11736207<br /><br />これも1年前に行ったが、その時は寄らなかった浜光明寺の墓地(下の写真5)によるが、津田柳雪や中部幾次郎のお墓がどこかは分からなかった。<br />https://4travel.jp/travelogue/11735047<br /><br />1年前と同様に中崎遊園を通って大蔵海岸公園へ進む。<br />https://4travel.jp/travelogue/11736207<br /><br /><br />続く

兵庫 明石公園 剛の池から西側(Gono-ike pond,Akashi Park,Hyogo,Japan)

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2022/04/02 - 2022/04/02

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年4月2日(土)11時半、明石城の本丸跡の北側、見の門跡から本丸北側エリアに下りて行く。下りて行くと右手に桜堀。城の主郭部北側にある、長さ135間(243m)、幅23間(44.4m)の深い池。本丸、二の丸、東の丸(三の丸)の背後を守る重要な堀として築城時に人工的に拡張されたもの。

池の傍らには明石公園幸せスポット巡りコースの一つ、「桜に抱かれたモミジ」があり、桜の幹の窪みからモミジが生育している。窪みに落ち葉が重なり、蓄積され土になり、そこへ偶然モミジの種が飛んで来て根付いたもの。

桜堀際からまっすぐ北に進んだ喜春橋を渡ると現在は自転車競技場や県立図書館がある北の丸跡に続くが、そちらには行かず、左手、北西部にある剛の池のほうに下りる。剛の池の南端には花と緑のまちづくりセンターがあり、屋上が剛の池を見渡せる庭園になっている。

花と緑のまちづくりセンターは2007年に兵庫県が推進する"美しい県土づくり"のもと身近な生活環境を花や緑あふれる快適で美しいまちなみに変えるため、県民による花緑団体の様々な活動を支援する中核的な施設。この時期、屋上庭園からの剛の池は桜に囲まれて美しい。

剛の池の東岸のボート乗り場付近まで進む。剛の池は園内で最大級の池で、かつては鴻ノ池と呼ばれた。築城以前よりあった自然池を利用して造られた池で、明石城を守る外堀の機能を持っていた。敵に攻められた際には堰を切って城下を水浸しにする最終兵器としての役割もあった。その面積は、約9000坪(2.9ha)と明石公園全体の約5%を占める。

手こぎボートや足こぎボートで水面散歩ができるほか、池をぐるりとめぐる1.5kmの遊歩道はジョギングやウォーキングの人で賑わっていた。この季節を周りに植えられた桜が見事。ボート乗り場の辺りは色々な水鳥が見られる野鳥の宝庫で、明石公園幸せスポット巡りコースの一つ、「水鳥たちの祝福」になっている。

ここで娘と孫娘と合流する(下の写真2)。これから娘の連れ合いと孫息子が待ってる店へ移動し、昼食とする。帰りは本丸跡へ登らずに、本丸の西にある稲荷曲輪の下を回る。稲荷曲輪は本丸より一段低い曲輪で、北端に稲荷の祠があったことから名付けられた。築城時は西の丸と呼ばれていた。この道沿いの雪柳は見事。孫娘と歩く(下の写真3)。なんか、嬉しいな。

稲荷曲輪の西側には陸上競技場のきしろスタジアムがあるが、この辺りには樹木屋敷と呼ばれる御茶屋と池泉回遊式庭園があった。藩主が客を接待する迎賓館の役割を持っていたところで、前述のように宮本武蔵が設計した。

稲荷曲輪ときしろスタジアムの南には2017年にカープのオープン戦を見た明石トーカロ球場があるが、この辺りは内堀(今は跡形もない)に囲まれた居屋敷郭(殿屋敷とも呼ばれる)があったところで、公的な仕事が行われた表御殿、居間などの裏御殿および台所からなり、1631年に本丸の御殿が火災で焼失した後はここが藩主の居館だった。

トーカロ球場の3塁側からレフトに回り込んで太鼓門跡に向かうが、来る時に見たとき打ち太鼓のちょっと手前に明石セントラルライオンズクラブが寄贈した時計塔があり、土台はパンジーで飾られている。

その隣には県農発祥の地の碑。県農とは現在はJR東加古川駅近くにある兵庫県立農業高等学校のこと。1897年(明治30年)に兵庫県簡易農学校としてこの地に創立された。当初の志願者はたった3人で、募集期間を延長してやっと13人で開校したが、2年後に実業学校令が公布され兵庫県農学校と改称、当時の旧制中学校と肩を並べる水準となり、生徒も急増した。

その後、明治34年に兵庫県立農学校に改称し、1922年(大正11年)に現在地の加古川に移転、1948年(昭和23年)に 戦後の新学制の下で兵庫県農業高等学校と改称、さらに兵庫農科大学短期大学部附属高等学校を経て1957年に現校名となった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.23973975248912507&type=1&l=223fe1adec

12時過ぎ、入ってきた太鼓門跡から外に出て、堀を渡り、そのまま南に進む。JRと山電のガードを潜り、駅ロータリーの西口を過ぎ、国道2号線の手前にある「お好み焼・鉄板焼つくし」へ。1978年創業の老舗のお好み焼、鉄板焼の店。ここが本店で、近くに2号店があり、また垂水駅と西明石駅にも支店がある。

ここで娘の連れ合いと孫息子と合流。すじ豚玉のお好み焼、鉄板明石焼、ホルモン焼、チャンポン焼そばのつくしおすすめセットとお客様感謝祭の1杯目10円の生ビールを戴く。子供2人は除いても大人3人で3330円は安い~

明石焼は普通は見た目がたこ焼きに似ている明石の郷土料理で、明石や周辺地域では玉子焼と呼ばれている食べ物。たこ焼き同様にタコのぶつ切りを入れるが、生地が柔らかく、たこ焼きのようにくしで刺して食べることは出来ず、出汁に1個ずつ浸して食べるものだが、この店のものは丸くなく普通の卵焼きを作る時と同じような四角いまま。タコが入ってて出汁に付けて食べるのは同じ。初めて食べたわ、このタイプ。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.23973988952244470&type=1&l=223fe1adec

1時半過ぎ、食事を終え、娘一家と別れて、私は海岸線から大蔵海岸へ向かう。つくしの前の道をそのまま南に向かうと淡路ジェノバラインの明石港のりばに突き当たる。この1年前にも娘一家と食事した時に通り掛かったが素通りしたとこ。
https://4travel.jp/travelogue/11736207

淡路ジェノバラインは2001年に撤退した西淡路ラインの航路・待合所などの施設・従業員を引き継いで2002年に富島港・明石港路線の運航を開始した旅客船海運会社。現在はこの路線は運休しているが、2007年から子午線ライン(明石港・岩屋港)を明淡高速船から引き継いで運航している。

現在では、本州と淡路島の岩屋地区との間の唯一の公共交通。明石海峡大橋が自動車専用道路であるため、自転車による淡路島一周(通称アワイチ)のアクセス方法の主要な手段となっている。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.23974001165576582&type=1&l=223fe1adec

1年前にも通った錦江橋からのマンションに囲まれた漁船が面白い。岸の桜もきれい(下の写真4)。錦江橋についても下記参照。
https://4travel.jp/travelogue/11736207

これも1年前に行ったが、その時は寄らなかった浜光明寺の墓地(下の写真5)によるが、津田柳雪や中部幾次郎のお墓がどこかは分からなかった。
https://4travel.jp/travelogue/11735047

1年前と同様に中崎遊園を通って大蔵海岸公園へ進む。
https://4travel.jp/travelogue/11736207


続く

  • 写真1 明石公園幸せスポット巡りコース「水鳥たちの祝福」

    写真1 明石公園幸せスポット巡りコース「水鳥たちの祝福」

  • 写真2 剛の池の桜をバックに孫娘と

    写真2 剛の池の桜をバックに孫娘と

  • 写真3 稲荷曲輪下を孫娘と歩く

    写真3 稲荷曲輪下を孫娘と歩く

  • 写真4 錦江橋から明石港

    写真4 錦江橋から明石港

  • 写真5 浜光明寺の墓地

    写真5 浜光明寺の墓地

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