2023/07/21 - 2023/07/30
29位(同エリア44件中)
Domiさん
相変わらずの悪天候の中、それでも最北端観光はするのであった。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
暴風のノシャップ岬から市内に戻ると、ちょっと風雨が落ち着いた。やはり岬付近が一番天候の影響を受けやすいようである。
さて、そろそろ宗谷岬に向かうのかと思いきや。
「稚内公園に行きます。」
「え、どんなところ?」
「眺めがすごくいい絶景ポイント!」
いや、絶景ポイントったって、この天気だよ?
無理があるだろう…と言いながらやってきた。
まあ景色が見えなくもない。が、絶景というほどは見えない。
しょうがないか。
「氷雪の門の写真を撮らなきゃ!」
何それ?
…後から知ったのだが、この氷雪の門と言われるモニュメントは、正確には「樺太島民慰霊碑」だった。 -
そして写真を撮りつつやってきたのが「開基百年記念塔・北方記念館」という名前の施設だった。
夫氏はなんなら施設の外見の写真だけ撮って帰るつもりだったようだが、折角ここまで来たのに入らないっていう選択肢はないような。
相変わらずの風雨の中、カッパを着たまま施設内に走り込む。
受付のおじさんが「こんな雨の中よく来たね。」みたいなことを言って受付してくれた。 -
ここがどういう施設か、説明文によると
「稚内市は、昭和53年7月、“開基百年”を記念して、稚内公園の丘陵上の海抜170メートルに開基百年記念塔を建設しました。鉄筋造2階建の“北方記念館”を基部に、地上80メートルの高さをもつ鉄筋コンクリート中空型の“記念塔”からなっています。」
とりあえず中に入ってみる。
一階は間宮林蔵さんと北海道北部の博物館であった。
間宮林蔵さんは江戸時代後期の人で、日本地図を作った伊能忠敬さんのお弟子さんで、樺太島を調査して樺太が島であると確認した人なのだそうだ。
なんか名前は聞いたことがあるような気がするけど、そういう人だったらしい。 -
この記念館の2階展示は、戦前日本領土だった南樺太の展示コーナーだった。
…九州人だから、沖縄の地上戦の悲劇とかはまあ知ってたんだけど、南樺太の地上戦の悲劇はほとんど知らなかったなあ…。
南樺太は終戦間際にソ連に攻め込まれて地上戦になり、終戦以降も地上戦が続き、樺太からの疎開船がソ連軍に攻撃されて沈められたりとかもあって民間犠牲者がかなり出たこととか、戦闘が激しくなった南樺太の真岡にあった郵便局に電話交換手として勤務していた若い女性9人が最後まで職務を全うして服毒自決したこととか、全然知らなかった。
稚内は南樺太との定期航路があったことからこういう施設が稚内公園内に建てられたらしい。さっき写真に撮った氷雪の門のモニュメントも南樺太の慰霊碑だったようだ。
そしてこの記念塔は、ここから南樺太を見て故郷を偲ぶという趣旨の塔らしい。去年行った納沙布岬にも似たような施設があったなあ。 -
というわけで展望台がある意図はわかった。わかったがこのお天気である。どうせ何も見えないんだから行かないでいいかと思っていたが、そうは問屋が下さなかった。
「展望台行ってみたい!」
受付のおじさんでさえ何も見えないよーと言っているのに、どうしても高いところに登ってみたい男子が一人。
いいよ、じゃあ行ってみるか。
エレベーターから降りたら、真っ白。
窓の外の視界ゼロ。
そしてなぜか大ウケの男子。
「うわー!!!すごーい!!!何にも見えない~~~~」
それがとても面白かったらしく、しばらく視界ゼロの世界を楽しんでいた。
帰ってから、今回の北海道旅行で印象に残っている場所の筆頭で出てきたぐらいだ。なんでだ。他にも色々面白いもの見たじゃん。 -
さて、高台の稚内公園から降りてきて、稚内港北防波堤ドームにやってきた。夫氏がどうしても写真が撮りたいのだという。まあ気持ちはわかる。
昭和11年に完成した物らしい。南樺太との定期航路があった時代、港の近くにあった駅や道路に波の飛沫がかからないように作られた物らしい。さっきの記念館で昔の港の様子も写真やジオラマで見たが、定期航路があった時代はとても栄えていた港だったようだ。
老朽化していたらしいが、改修工事で蘇ったとのことであった。
以前はこの下でバイカーが野宿とかしていたらしいが、現在は禁止されているらしい。
名物建築物になるのも納得の美しい曲線であった。 -
そしてそのすぐ近くの稚内駅にやってきた。日本最北端の駅だそうだ。
今は綺麗に改装され「キタカラ」という施設になっている
稚内駅、バスターミナル、道の駅、観光協会、地域交流センターを兼ねた施設のようだ。
お土産物屋さんもレストランもあって、おしゃれな施設だった。 -
稚内市内を後にして、いよいよ今回の旅の目的地の一つ、日本最北端の宗谷岬に到着した。
相変わらずの悪天候で人も閑散としている。
前回の納沙布岬が晴天だったから、まあ一勝一敗な感じかな。 -
宗谷岬には歌が流れる石碑もある。
ボタンを押すと繰り返し歌が流れる。
息子が気に入って何回も聞いていた。 -
宗谷岬にはお土産物屋さんもあって、その中に流氷館(室?)があった。
去年、オホーツク流氷館というとても立派な施設に行って、その中にも似たような部屋があったが、それのなんていうか、簡易版って感じ。
まあお土産物屋さんの集客用の氷温室に流氷と剥製が置いてあるんだけど、寒い寒いと言いながらそれなりに楽しんだ。
楽しませてもらうだけではあれなので、何かお土産を買おうとしたのだが、目ぼしいものがなくてちょっと困った。 -
近くに大韓航空撃墜事件の慰霊碑があった。
この目の前の海であるサハリン(樺太)の西が撃墜エリアだったとのこと。
それも知らなかった。もっと遠くの出来事だと思ってた。
去年も思ったけど、北海道って国境なんだよねえ。それも現在も友好条約を結んでいない国との国境。
そしてそれをあまり知識としても実感としても知らなかった…勉強不足だった。
ちなみにミリオタ夫氏はそういうことに超詳しい。色々と教えてもらった。 -
さて、例によって時間が押しまくっている。今日は移動距離が昨日ほどないからと油断しすぎた。早く宿泊予定地に辿り着かないと。
「猿払は帆立が名物なんですよ!!!買わないと!」
帆立大好き夫氏がどうしても買いたいというので、途中で物産館に寄ることになった。
しかし…猿払?聞き覚えのあるような地名?
…さるふつバター!有名じゃない?!
というわけで、夫氏は大好きな帆立を、私はかの有名なさるふつバターをゲットした!どこかで帆立のバター焼きしないとねー。 -
さて…ここからはひたすら目的地に向かって走る。
まだこのあたりは開けているだけマシだった。
夜、真っ暗になってから内陸部を走ることになってしまった。
建物も何もない交通量がほぼゼロの見通しの悪い道路、両脇は森、そして雨。
野生動物がぶつかってくる恐怖も相まって、殺気立つ私と夫氏。
あまり気にせず後部座席でゲーム三昧の息子。まあ気楽にしててくれてこっちはありがたかったが。
走行中の周辺警戒にも疲れて、これは流石に辛い。
と思った時、天の助けが現れた。
路線バスである!!!
これを見逃してはならない。
路線バスを追尾してひたすら走る。
向こうはこの路線に慣れたベテラン運転手さんである(推定)。スムーズに走っていく。
二台で走るだけでどれほど心強いことか!
少なくとも野生動物が突進してくるリスクが減るだけでも安心感が違う。
そして宿泊地のすぐそばの幹線道路まで路線バスを追走して、無事に辿り着くことができたのであった。
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