2022/11/01 - 2022/12/05
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kawausoimokoさん
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人生の再生を目指して、「お気に入り」と再会し「初めまして」に出会うために、ロンドン、パリ、ヘント&ブルージュ、デン・ハーグ、アムステルダムを35日で巡りました。
旅の31目は、オランジュリー美術館を訪れました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2022年12月1日(木)(Day31)
旅の31目で、おまけのパリ4日間の初日は、やはりオランジュリー美術館にしました。
お天気に恵まれ、久しぶりに訪れたコンコルド広場のオベリスクも映えています。 -
コンコルド広場の噴水
たぶん、広場南側の「海」の噴水のほうだと思います。(*ノωノ) -
オランジュリー美術館 Musée de l'Orangerie
この美術館は、かつてナポレオン3世によってテュイルリー庭園に建てられたオランジュリーという温室に由来しているそうです。
当時、貴族たちの間ではオレンジやシトラス類などの寒さに弱い植物が贅沢の象徴として人気を博しており、オランジュリーはこれらの植物を冬季に保護し、宮廷の儀式や行事に彩りを添えるために用いられました。
その後、テュイルリー宮殿は焼失し、オランジュリーは時の流れとともに変遷して、クロード・モネの「睡蓮のため」の美術館として改修されました。
第一次世界大戦終結後の1919年、モネは友人で当時の大統領でもあったクレマンソーに「作品を国家に寄贈したい」と伝えました。
これを受けて、当初「睡蓮」を展示するために設計された円形パビリオンの建設が計画されましたが、予算不足で頓挫しました。
その後、代わりにオランジュリーが改修され、モネの死後、1927年にようやく「睡蓮」は公開されたそうです。 -
2本の柳 : クロード・モネ , 1914年から1926年の間
睡蓮の間は、モネ自身の言葉によると、「無限の全体、地平線も岸辺もないかのような波の錯覚」を表現しているそうですが、・・・? (*ノωノ)
作品は、楕円形の部屋が2つ組み合わさってInfinity「∞」の形をした部屋に展示されており、自然光が各部屋に取り込まれています。それぞれの部屋には4枚ずつ、合計8枚の絵画があります。
これらの絵画を順に観ていくと、朝日から夕日までの時間の経過と、自然の移ろいを感じます。
それらは決して同じものはなく、一瞬たりとも止まることなく、そして終わることなく、無限「∞」に繰り返される自然の営みを象徴しているように思えます。
日本人がモネを愛するのは、日本には古より四季折々の自然の移ろいを愛でる文化が根付いているからでしょうか。 -
柳のある晴れた朝: クロード・モネ , 1914年から1926年の間
「睡蓮」は、モネの死後の1927年に展示されましたが、当時は印象派の人気が低迷していた時期であり、世間からあまり注目されなかったそうです。
しかし、第二次世界大戦後、美術の中心はパリからニューヨークへと移り、ニューヨークの美術評論家によって、モネの「睡蓮」が後の抽象芸術家たちに多大な影響を与え、現代美術の重要な起源の一つとして高く評価されたことにより、この作品は世界的に有名になったそうです。
また、この美術館は「ジャン・ウォルター&ポール・ギヨームコレクション」でも有名です。 -
小舟と水浴する人々 : ポール・セザンヌ , 1890年
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ポシャトー・ノワールの庭の中 : ポール・セザンヌ , 1898-1900年
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婚礼 : アンリ・ルソー , 1905年
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ジュニエ爺さんの二輪馬車 : アンリ・ルソー , 1908年
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ベルノーの家 : モーリス・ユトリロ , 1914年
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モン・スニ通り : モーリス・ユトリロ , 1924年
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ポール・ギョームの肖像 : アメデオ・モディリアーニ , 1915年
ポール・ギヨームは自動車工として働いていましたが、アフリカ彫刻に興味を持ち、画廊を始めました。
ピカソやモディリアーニ等の画家たちと親交を深め、アメリカの大コレクターであるアルバート・C・バーンズ(有名なバーンズ・コレクションです)を顧客としたことで、10年間で急速な成功を収め、高級アパルトマンで裕福な生活を楽しんだそうです。
また、彼は、モディリアーニの推挙でチャイム・スーティンの作品を知り、後にスーティンの作品をアルバート・C・バーンズに紹介したことで知られています。 -
大きい帽子を被ったポール・ギヨーム夫人の肖像 : アンドレ・ドラン , 1928ー1929年
パリ社交界の華と讃えられた、ポール・ギヨームの妻ドメニカは、夫の死後、フランスの法律では子や兄弟姉妹が配偶者よりも優先されるため、養子を迎えて遺産を相続しました。
その後、モロッコの石炭開発で莫大な財を築いた建築家ジャン・ウォルターと再婚し、絵画コレクションを続けました。
そして、ドメニカは、愛人と共謀して2番目の夫のジャン・ウォルターと養子の息子の殺害計画などの嫌疑をかけられ、マスコミからの激しいバッシングに晒されたそうです。
ドメニカは、この美術館に現在展示されている「ジャン・ウォルター&ポール・ギヨームコレクション」を国に寄付しましたが、当時は逮捕を逃れのために国と裏取引したと噂されたそうです。 -
大きな青い木 : チャイム・スーティン, 1920-1921年
チャイム・スーティンは1893年、ロシア帝国(現ベラルーシ ミンスク州)の貧しいユダヤ人家庭の11人兄弟の10番目として生まれ、体が弱く家の手伝いもできなかったため、兄弟たちから邪魔者扱いされていました。
彼は絵画に興味を持ち始め、故郷を離れてリトアニアのヴィリニュスにある美術学校に3年間通いました。
1913年、スーティンはパリへ移り、エミール・ベルナールに師事しました。
彼はマルク・シャガール、フェルナン・レジェなどと親交を結び、特にアメデオ・モディリアーニは田舎者だったスーティンの面倒をよく見たそうです。
1920年にモディリアーニは亡くなり、スーティンはパリを離れて南仏セレに滞在し、この風景画を描きました。
暗い空、ねじれた木、歪んだ大地、これらは、ゴッホがサン・レミ・ド・プロヴァンスで描いた絵を想起させます。 -
小さな菓子職人 : シャイム・スーティン , 1922-1923年
1923年、アメリカの大コレクターであるアルバート・C・バーンズが展示会でスーティンの作品を見て「スーティンはゴッホよりもはるかに重要な画家である」と絶賛し、展示されていた全作品を3,000ドルで買い取りました。
これにより、フランス国内での評価も跳ね上がってパリで初の個展も開かれ、スーティンは一躍人気画家の仲間入りをして、豪邸で運転手付きの生活を送るようになりました。 -
侍者 シャイム・スーティン 1927年-1928年
スーティンは、経済的に恵まれても常にアウトサイダーであり、不安や屈折した思いを抱え続けていたそうです。
1933年以降、彼はほとんど創作せず、晩年は再び貧困に陥りました。
1940年、ドイツのフランス侵攻後、ユダヤ人である彼はゲシュタポから逃れるためにフランス中部の村々を転々とし、過酷な生活で胃潰瘍が悪化して、1943年にパリで手術を受けた直後に亡くなりました。 -
スペインの踊子達 : マリー・ローランサン , 1920年-1921年
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ソファーの女たち あるいは 長椅子 : アンリ・マティス , 1921年
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赤いキュロットのオダリスク : アンリ・マティス , 1924年-1925年
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赤い背景のヌード : パブロ・ピカソ , 1906年
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水浴の女 : パブロ・ピカソ , 1921年
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この旅行記へのコメント (2)
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- kawausoimokoさん 2023/08/01 09:56:23
- お帰りなさいませ!
- World Traveler 1959 様
お帰りなさいませ!
World Traveler 1959さんのように旅の最中に旅行記をアップされていると、臨場感に溢れていて、より楽しませていただきました。
私は、未だに去年の旅行記を記している最中なので、お恥ずかしいです。(*ノωノ)
私が訪れた去年の11月頃は、元々オフシーズンで、更にコロナ禍の影響でアジアからの旅行客が少ない時期だったので、美術館も空いていました。
ところによっては、ほぼ貸し切り状態のこともありました。
なので、他の方のお邪魔にならないようにタイミングを見計らえば、写真に慣れない私でも、比較的簡単に撮影することができました。(上手い下手は置いといて!)
今はどこも大変混雑しているようですので、大勢の鑑賞者がいらっしゃる中での写真撮影は難しいとおっしゃるのは良く判ります。
10月にはクアラルンプール、オークランド、シドニーへの旅を再開されるとのこと。
私はオーストラリアへは、昔(20年位前)、出張で何度か訪れましたが、クアラルンプールとオークランドへ行ったことはありません。
お時間がありましたら、是非、美術館や博物館にも立ち寄ってみてください。
旅行記を楽しみにお待ちしております。
kawausoimoko 拝
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- World Traveler 1959さん 2023/07/31 19:56:35
- 名画の撮影
- Kawausoimokoさま
世界周遊旅行の途中に何ヶ所か美術館巡りをさせていただきました。知識もないくせに予習もなしのぶっつけ本番で、見たことがある絵が見つかるとそれだけで満足のレベルですが、それでもやっぱり名画を生で鑑賞すると迫力というのか感激の度合いが違いました。kawausoimokoさまの投稿を改めて拝読せていただいて感動を新たにしています。わたしは、大勢の鑑賞者がいるなか大作や名作ならなおのこと正面からの名画撮影がいかに難しいかも現地で実感してきましたが、すべて正面からきれいに撮影されていてすごいなと感心しきりです。
ありがとうございます。
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