2006/03/11 - 2007/09/28
82位(同エリア194件中)
偏西風さん
今年に入ってから海外に行かれる方が大勢いらっしゃいます。5月の旅行記まで寄せられています。
私も行きたいと思うものの、思うだけ。航空会社のフライト状況は毎日熱心に検索しています。でも、そこまでです。
以前レーゲンスブルクに2度行きました。かつてウルムとウィーンの間でドナウ川にかかるただ一つの橋だったという「石橋」を歩いて渡ってみること、
そして橋の中ほどにいるという、伝説的な「橋男」と対面するのが主たる目的でした。
トゥルン・ウント・タクシス家の宮殿は行かずじまい。駅から市内に行く途中、左手の木立の向こうにあるようだったのですが通過。いらっしゃった方の旅行記を読むにつけ、惜しいことをしたと思います。
2度とも天候に恵まれなかったけれど、その代わりにかなり増水したドナウ川の流れを見ることができました。
日曜日に、関口知宏の列車の旅(スイス編)の再放送があって、スイスのアンダーマットにも、渓谷に橋を架けるため悪魔と契約するという伝説があるんですね。一瞬、悪魔と犠牲になるヤギの赤い絵が映ったのですが、
あっという間に画面が変わってしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
-
石橋を下流側から見る。
ドナウ川はかなり増水。
左の建物は「塩の倉庫」。レストランが併設されているようです。 -
対岸のシュタットアムホーフ。Hochwasserの表示。辞書では「洪水」とか「氾濫」とあるので、氾濫したのかもしれない。
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石橋から下流を見る。1階部分は浸水してますね。
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別の日。
二羽のニワトリがけんかしています。これは自由帝国都市レーゲンスブルクバイエルン公国がいがみ合っている様を表わしているのだそうです。
バイエルン公国にしてみたら、広い公国内に支配の及ばない都市があるのは我慢できない。
レーゲンスブルクにしてみれば、いつ公国に脅かされるやもしれないという自由都市の警戒心を表わしているのだそうです。
向こうに見える家、今は水が引いているようです。 -
現在、バス、タクシー、乗用車は一切石橋を走行できず、歩行者と自転車のみが橋を渡れるようになっているとか。
この時はまだバスが走っていました。
向こうに見えるのが大聖堂。手前にあるのは中洲に降りる橋の始まり。中洲のリービ通りに降りることになります。 -
中洲へ降りる橋から旧市街を振り返ります。
石橋の土台は水面下。橋脚の下半分の形がよく分かります。 -
中洲に降りる橋と旧市街。
木々は水没しています。 -
同じ場所。
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旧市街、上流側からみた石橋。
土台が砕氷船の先端の形をしているのが特徴。
さらに、この写真では分かりにくいですが、橋脚の下半分も尖っています。
かつては、ドナウ川が凍結して、やがて流氷となって橋に襲いかかってそうで、そのため土台も、橋脚の下半分も流氷を左右に振り分けるためにこの形状にしたのだとか。
橋の向こう、欄干に黒いものが見えますが、あれが「橋男」です。 -
石橋の下に入ると巨大な石の建造物の圧がものすごく、体が痛く感じました。
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おもしろいことに、下流側も土台や橋脚は砕氷船のような形状をしていました。
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石橋の下流に船が係留されています。
船博物館でした。 -
内部の様子。
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見ても分からないので早々に甲板へ。
向こうに石橋が見えます。
石橋はほんのわずか、弧を描いていて、右に、北に向かって高くなっています。 -
橋はシュタットアムホーフに向かって少し下がっていきます。
橋男は弧の一番高いあたりにいます。
この写真では分かりにくいですが、橋男のところに集まった人たちが橋男にまつわる話を聞いているようです。 -
石塔の上の三角屋根にまたがる橋男。
右手で日差しを避けている様子の端男。もともとは方角、南の方をを教えているとも言われているようです。
それとは別に、おもしろい言い伝えがあります。言い伝えなのでいくつものバージョンがありますが、共通するのは、石橋を作る親方と大聖堂を作る親方の争い。どちらが先に完成するかの争いだった点です。
遅れそう になった橋の親方は勝てるように悪魔に頼む。悪魔は手助けするかわりに最初に橋を渡るものの魂を(一つだったり三つだったり)
いただくという条件をつける。
橋が先に完成。橋の聖別式が行われ、司教が先頭を歩く。橋の親方は、司教の魂が奪われればどんなにいいかと思いながらも(この辺がおもしろいです)、自分の犬を橋に走らせる。悪魔はつい犬の魂を奪う。
怒った悪魔は犬を引き裂く。
言い伝えの一つはこんなお話です。
大聖堂の建築の進み具合はどうかと、様子を見ている橋の親方だとも言われています。 -
伝説とは別に、市は、橋男は自由帝国都市レーゲンスブルクの発展を見守っているのだと説明しているのだとか。
石橋自体は2010年から18年にかけて大幅に修復されたようです。
橋男は2012年に何らかの事情で右腕を失ったそうです。
橋男は台座こと橋から降ろされて修復され、その時右腕も回復。2018年にもとの位置に戻されています。
写真で見ると明るい色になっています。留守の間、身代わりがここに置かれていたとか。 -
現在の端男は3代目だそうで、2代目は1854年以来石橋にいたそうですが、戦争やらで傷つき(メモが曖昧です)、幸い今は市の歴史博物館に安置されて、疲れを癒しています。
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石橋から市中に戻るとき。
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狭い路地の向こうに大聖堂の尖塔がみえます。
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大聖堂の内部。
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レーゲンスブルク大聖堂。
これでは大聖堂のスケールが伝わりません。 -
大聖堂の外部の所々に、奇妙な形のものが置かれていまし
これが何なのか分からず、通りが買った人に訊くと「、、、」で、特定の人たちを侮蔑するものだとのこと。
あえて撤去せずに、かつては教会もこうだったことを忘れずにいるために残しているようです。 -
小雨模様で少し冷えてきたので、喫茶店に入って温かいコーヒーを飲みながら一休み。
べつに傘をさして歩く女性を狙って撮ったわけではありません。
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この旅行記へのコメント (1)
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- jijidarumaさん 2026/03/17 01:47:49
- レーゲンスブルクの端男(橋男)のこと
- 偏西風さん、
今晩は。
レーゲンスブルクは名前の通り、やはり4月の雨の日に行ったことがあり、川は増水して、なかなかの迫力でした。
この町の事を『この美しい町は二つの顔を持っている。一つは石、もう一つは水。ドナウ川から眺めてみると、この二つが一つに溶け合う。 (サンドラ・パレティ)』という言葉を思い出します。
石橋も往復していますが、アルバム写真を見ても何故か端男の写真がありません。あんな橋上の大きな像を見過ごしてしまったようです。多分、修繕の時期に入っていたのかもしれません。それで伝説好きなのに、情けない話、この男の伝説やら謂れも知らずにいました。
尚、Wikiでは、橋の中央部には、「橋の小人」 (Brückenmännchen) と呼ばれる石造の像が設置されている。この像は、橋の南側にあるレーゲンスブルク大聖堂 のほうを向いており、自由都市の権利の象徴であるとされている。一方、グリム兄弟 『ドイツ伝説集』第3巻、第34番「石の小人」(≫Das steinerne Männlein≪)(17世紀の写本から)は、橋の上に大小2体の石像があるが、小さい方は、ドナウ川の冷たい水を浴びてきたような裸の小人が手をかざして大聖堂を見つめ、いつあれは完成するのかと問いたげだ。大きい方は、闘鶏を描いているが、大聖堂建設の親方と橋の建設の親方の争いを表わしていると伝えている。・・・とありました。
今にして、気になってきました(苦笑)。
反省の弁とともに!
それではまた。
jijidaruma
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