2023/03/29 - 2023/03/29
2574位(同エリア3571件中)
エンジュさん
この旅行記スケジュールを元に
大徳寺をお参りしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
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今宮神社 南大鳥居・北大路通りに出て、東に進むと見えてきました。
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媞子内親王火葬塚・白河天皇と仲睦ましかった中宮 藤原賢子の間に生まれた第1皇女の火葬塚です。
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「雨の日も風の日も」・美味しいパン屋さんです。
クロワッサンのコルネ(一番美味しい)
チーズのパン(名前を忘れました)
ほうじ茶薫る和風のカヌレ(ご褒美になる美味しさ)
以上が買い物の内容です。
紫野に来たら、ぜひ寄ってください。すごく美味しかったです。雨の日も風の日も グルメ・レストラン
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北大路通を東に進みました。画面の左側に選挙ポスターの掲示板がありますが、この時期は選挙期間中で選挙カーが何台も通り、少しにぎやかでした。
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撮影時はわからなかったのですが、大徳寺の塀です。かなりの長さがありました。
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大徳寺バス停を見つけ、横を見ると大徳寺の参道になって、大徳寺南門が見えました。
広い境内 by エンジュさん大徳寺 寺・神社・教会
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入り口の階段を上り、歩みを進めると別世界のような静寂が広がります。
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大徳寺南門・ここの門を入れば境内になっているのでしょうか。
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養徳院・綺麗に咲いた濃いピンク色の花が可愛い。
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黄梅院・春の特別公開中でしたが、秋の季節が良いとのことで、今回は見送りました。
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黄梅院・お庭の見学だけしました。
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龍源院・文亀2年(1502)に能登の畠山義元、周防の大内義興、豊後の大友義親の三氏で創建。
常時拝観できる by エンジュさん龍源院 寺・神社・教会
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門から撮影しました。なかなかの庭園です。
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徳禅寺・大徳寺の塔頭です。かつて、大徳寺とは独立した禅寺だった。霊山徳禅寺とも称される。山号は霊山(りょう-せん)という
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勅使門・後水尾天皇より拝領したと伝えられる勅使門。前後が唐破風、左右切妻の桧皮葺の四脚門です。(重要文化財)
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平康頼之(たいらのやすより)之塔・平安末~鎌倉前期にかけての歌人、鹿ケ谷の陰謀の首謀者の一人で流罪になります。ハングリーな康頼は、流罪先で1000本もの卒塔婆(とうば)に郷愁を歌い記し海に流したそうです。このうちの1本が清盛の元へ流れ着き、心を打たれた清盛は罪を許し、康頼は京に戻れたという逸話がある。
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三門(金毛閣)・応仁の乱後、一休禅師の参徒・連歌師宗長等が一階部分を寄進。後に千利休によって二階部分が設けられ金毛閣と名づけられました。金毛とは、金毛獅子=高僧の意。(重要文化財)
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石橋を渡り、左に曲がりました。
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興臨院・加賀藩・前田利家によって屋根の葺き替えが行われて以来、前田家の菩提寺となったそうです。
この日は拝観できませんでしたが期間限定の特別公開があります。 -
瑞峯院・大徳寺塔頭。キリシタン大名の大友宗麟公の菩提寺で、方丈・唐門・表門は天文4年(1535)に建てられた当時のもので重要文化財。
大友宗麟公の菩提寺 by エンジュさん瑞峯院 寺・神社・教会
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門から建物までの道は見学できました。
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前庭だけ見学しました。
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前庭は、見応えありました。
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大慈院・もう少し前に進んで門のからなかに入れないか試して見ればよかったと後から思っています。
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千体地蔵塚(せんたいじぞうつか)・1000もないそうで、約700体のお地蔵様がおられます。
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千体地蔵塚・石仏の多は室町から江戸時代にかけて造られたものだそうです。
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千体地蔵塚・石碑にはお地蔵様が彫られているそうです。もっと近くに行ってじっくりと見ればよかった。
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千体地蔵塚・戦時中に防空壕を掘る時に出てきたものもあります。
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大徳寺茶所・休憩所のようです。コロナの前は番茶のセルフサービスがあったそうです。
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中に入ると、「大黒天」様が鎮座されてました。
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仏殿(重要文化財)・第一世大現国師により創建せらるるも応仁の乱にて消失、一休和尚等によって再建されるも、寛文5年(1665)那波常有によって改めて建造。
残念なことに、工事中でした。 -
中は拝観できるようです。
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仏殿の扉にも趣きがありました。
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仏殿・御本尊は釈迦如来。この仏殿にお参りするだけで、全部の塔頭をお参りするのと同じご利益がある
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三玄院・1589年(天正17年)、浅野幸長・石田三成・森忠政による創建。
幸長と三成は豊臣政権の五奉行、忠政は織田信長とともに本能寺で最期を遂げた森蘭丸(成利)の弟(本能寺の変)。非公開寺院 by エンジュさん三玄院 寺・神社・教会
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通常は非公開、観光キャンペーンで特別公開になることもあります。
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法堂(はっとう)・応仁の乱の焼失後、一休宗純によって再建された仏殿と兼用だったが、1636年(寛永13年)、小田原城主稲葉正勝の遺志により、子の正則が再建した(重要文化財)。
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鐘楼・。袴腰が漆喰で塗られている珍しい造りになってます。毎夕につかれています。除夜の鐘もあります。
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聚光院・永禄9年(1566)三好義嗣が父長慶の菩提をとむらうため、大徳寺百七世笑嶺宗きん(しょうれいそうきん)を請じて建立した寺で、聚光院の名は長慶の法名に由来する。
茶道三千家の菩提所 by エンジュさん聚光院 寺・神社・教会
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笑嶺和尚に参禅した千利休が檀家となって多くの資財をよせ、以来茶道三千家の菩提所となっている。
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前庭を見学させていただきました。
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一期一会の看板が掲げた展示室のような建物、「京都 冬の旅」で芳春院の拝観受付になる場所。
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芳春院の前に壺とか小さな灯籠の庭、後ろに瓦土塀がありました。
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芳春院・1608年(慶長13)、前田利家の夫人松子(芳春院)が玉室宗珀を開山として建立。前田家の菩提寺。
前田利家の正室「まつ」が建立した寺 by エンジュさん芳春院 寺・神社・教会
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門から前庭を拝観しました。
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真珠庵・「一休さん」で有名な一休宗純を開祖として創建。
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真珠庵・「紫式部産湯の井戸」があるそうです。
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大仙院の門横の庭・見ごたえがありました。
参道横の庭 by エンジュさん大仙院 寺・神社・教会
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龍翔寺・後宇多法皇により大応国師(南浦紹明)を開山として1309年(延慶2年)に創建。一時は「十刹」のひとつとして数えらたが、応仁の乱で荒廃。
1541年(天文10年)に大徳寺に移される。秀吉の母大政所や佐々正成の墓がある。 -
現在は大徳寺派の専門道場で非公開。門から前庭を撮影しました。
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この径から今宮門前通りに行きました。次は今宮神社へ行きました。
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