2022/09/16 - 2022/09/20
3678位(同エリア4058件中)
れむさん
思い立っての軍艦島クルーズに参加し、いざ出航。接近する台風の影響もそれほどなく、軍艦島の勇姿を海上からじっくりと眺める。
夕食は名物の卓袱料理を堪能。
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大波止のフェリーターミナルで軍艦島クルーズの乗船券を発券後、クルーズ船の出航までは30分ほど時間があり待ち時間。
五島行きの船が停泊していて、ちょうどこれから出航とのことでアナウンスがされていた。
台風が近づくので五島航路もこの後の便は欠航となる見込みであることもアナウンスされていた。 -
定刻を迎え、五島行きのフェリーが出航。
五島の福江までは、このフェリーだと4時間弱かかるが、ジェットフォイルだと1時間半ほどで行けるようだ。五島に行くなら飛行機かと思っていたが、1時間半ほどで行けるのであれば長崎港から船旅というのもよい。 -
こちらが自分が乗り込む軍艦島行きの遊覧船。
軍艦島は波が穏やかな日であれば一部制限区域に限っての上陸も可能だが、少し前に来た台風11号による島への被害があったため、この日は上陸は不可で島の周りを周遊するのみのコースとなる。 -
船は午後1時に出航。先ほどランチを取った出島ワーフを通過。と言っても出航前から見えている、港の目と鼻の先ですが。
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世界遺産の構成資産である、三菱長崎造船所のジャイアント・カンチレバークレーン。先ほど鍋冠山の展望台から港越しに見た一連の明治産業関連遺産のひとつ。
1909年の稼働で今も現役というから、100年以上にわたって現役ということだ。 -
こちらは第三船渠、いわゆるドック。こちらも1905年の稼働でいまも現役で引き続き使われているというからすごい。
船からだと間近に見られるのもありがたい。 -
先ほど展望台から見た女神大橋の下をくぐる。
この先は外海に入るので波がこれまでより高くなるとのこと。台風が近づいているので波の高さが少し心配される。 -
幸いにもまだ外海も波はそこまで高くなく、特段大きな揺れはなかった。
船は伊王島大橋の下を通過。伊王島は温泉リゾート施設などがある、レジャーランド的な島とのこと。本土から橋で繋がっていて、歴史ある教会や灯台などもあり、観光がてら車で来てみるのも楽しそうだ。 -
船はさらに南西へ進み、途中、二つの小さな岩礁の付近を通る。ここはもともと横島という島で、ここでも石炭採掘が行われていたという。しかし湧水などの問題がひどく、5年ほどで閉山となり、その後島自体が海底に沈んでしまい岩礁が残るのみとなったとか。
さらに進むと大きな島が近づき、建物なども見える。最初に炭鉱が掘られた本山とも言える高島である。
いまも人は住んでおり、高島炭鉱跡も世界遺産の構成遺産だ。船でないと来れないが、長崎港から30分ほどの船旅で1日8便ほど船もある。世界遺産を巡る長崎からのワンデイトリップも良さそうだ。 -
長崎港を出航して約30分。右手前は、ここも炭鉱が掘られた中ノ島。現在は無人島。そしてその奥にいよいよ軍艦島が見えてくる。
正式には端島というが、このように、長崎港を出て本島的な位置の高島を通り、さらに進んでくると、まさに最果ての端にある島、という雰囲気である。 -
島を一周すると常に船の左か右どちらかが島側、もう片方が海側になってしまうのでどちらに座るかで有利不利があるなと思っていたら、時計回りと反時計回りそれぞれ一周ずつしてくれるのだという。
それであればどちら側に座ったとしても不公平感なく眺められるし、何より2度見られるのはじっくり堪能できてありがたい。 -
左は7階建ての端島小中学校、右は9階建ての集合住宅。その廃墟がこうして眼前に建つ姿は本当に壮観でもあり、切なくもある。
炭鉱閉山及び学校が廃校となったのは1974年なので、まだ半世紀もたっていないのだ。それでこれだけ廃墟化が進むというのは、この地がどれだけ自然に晒されているのかというのを感じさせる。 -
この角度から見た島の全貌が、大正時代に三菱長崎造船所で建造された戦艦土佐の形に似ているとされたことから、通称軍艦島の名が付けられたという。
まさに堤防と、右側の細長い岩壁部分の形から、戦艦の形に見える。こちら側は外洋側で波風も高く、それだけ堤防も高いようだ。反対側と比べて建物の損傷も激しく、瓦礫の山と化している部分もある。 -
往時も台風が来た時には波は堤防も乗り越え、屋上などに避難するくらいの激しさだったようだ。
台風11号で桟橋に被害が出て上陸できない中、またこの翌日から台風接近が見込まれ、大きな被害が出ないことを祈るばかりである。
※台風14号の被害はあまりなかったようで、島への上陸もこの1週間後には再開されたようだ。 -
島の周りを時計回りと反時計回りに計2周した後、船は軍艦島を後にする。
虚空の空に上っていくラピュタを後にするような心境である。
今もあの絶海の孤島に誰もいない無人島として軍艦島が闇夜に佇んでいるのだな、と思い出すたびに思う。 -
船は来る時と同じルートを引き返す。
左右が逆になるので、往路で反対側だったのを改めて見ることができる。解説も改めて同じ解説をしてくれるので、往路で見逃したものも再確認できる。 -
長崎港に戻り、グラバー園や大浦天主堂の少し手前、入江の奥に見えるこじんまりとした施設は、小菅修船場跡。これも明治産業遺産として、世界遺産登録されているひとつだ。
三菱長崎造船所の修理施設として、蒸気機関で船を引き揚げており、グラバーが建設や資材調達にも携わったとか。 -
やがて大浦天主堂の尖塔や中腹の斜行式エレベーターなども見えてくると、船旅も終わりに近い。
軍艦島往復と島の周遊合わせて約2時間の船旅。前々から一度は見てみたかった軍艦島。今回は上陸はかなわなかったが、上陸観光できる地点は限られており、周囲からのクルーズでじっくり眺めることができてとてもよかった。 -
明日以降、台風の影響で店などはクローズが予想されるため、ホテルに籠城できるようスーパーなどで食料を買い込み、一旦ホテルに戻った。
その後、夕食を食べに思案橋方面へ向かう。
その前に眼鏡橋付近を散策。 -
明日の夜はホテル食となることが濃厚なので、この日はちょっと奮発して卓袱料理。思案橋の浜勝へ。5時半過ぎに入店。
ひとりでも入りやすい雰囲気のお店で、4300円の「ぶらぶら卓袱」。比較的手軽に卓袱料理を楽しめる。 -
「ハトシ」。初めて長崎に出張に来た時に居酒屋で張り紙を見て、一緒だった先輩と、ハトシとは何だ?と顔を見合わせたものである。
エビのすり身をパンで挟んで揚げたもの、としか言いようがないが、これがなかなかの美味しさなのだ。普通に居酒屋メニューとしても行けると思うのだが、なぜこれは長崎以外に広まっていないのだろう。 -
豚の角煮は中華街でもよく出てくる定番。
卓袱料理はオランダと中国と日本料理が融合する長崎の郷土料理。ハトシなんかはまさにその代表というところか。鎖国時代の文化が息づいている。 -
フルーツとおしるこで締め。
確かに何料理だったのか、というとよくわからない部分もあるが、そこがやはり異国情緒あふれる長崎の楽しさなのだろう。
お酒も美味しくひとり夕食でも大いに満喫できた。 -
夕食を終えて時刻は夜の7時。
酔い覚ましも兼ねて夜の散策を開始する。
眼鏡橋はライトアップされて水面にぼうっと眼鏡型に映し出されていた。 -
いよいよ雨も時折降り出していたが、歩いて目指したのは浦上天主堂。夜道で雨も時折降ったこともあり途中長崎大学に迷い込んだりしたが、1時間ほどかけて夜8時ごろになんとか到着。
雨は止んでいたが、当然といえば当然だが天主堂内には入らず外観のみ拝む。それでもライトアップされて荘厳な雰囲気。ヨーロッパの地方都市で夜、人気のない中佇む教会の、神秘的な雰囲気と同じものを感じさせる。 -
ここまでは頑張って歩いたが、流石に疲れたので帰りは市電でサクッと帰りたい、が、浦上天主堂から市電の停留所までもそこそこ距離はある。
夜道でよくわからないのでGoogleマップに任せてついて行ったら、細い山道のような階段を登らされ暗い丘の上に連れて行かれ、これは一体どこなのだ、本当にこの道で正しいのか、と不安になる。
その後なんとか少し広い道に出て丘も降りて市電の駅にたどり着いた。
とんでもない道を通らされたものだとそのとき思ったが、2日後に再訪して、あのときはこんな道を歩いていたのかと改めて驚かされた。 -
市電でホテルの最寄りまで帰り、最後にライトアップされた大浦天主堂を一目見てからホテルに戻った。
グラバー園に軍艦島、卓袱料理と楽しんだ1日だったが、いよい明日は台風接近が予想され、ホテルに滞在ということになりそうだ。
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