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《2022.October》あみんちゅなにげに九州街歩きの旅佐賀長崎その参~鹿島風鈴まつり編~<br /><br />目覚ましより早く起きて、目覚まし時計の時間を確認するのは旅先では恒例の行事となっている。今回の旅も例には漏れず早起きだった。<br /><br />早くもなく遅くもない出発を予定していたために先ずは腹ごしらえと行く。バイキングの朝食は種類も豊富で美味しそうだ。いつもならばガッツリ朝ごはんから一日が始まるのだが、やはり人が多い場所での食事は気が引ける。適当に取り分けて、手短に済ませて部屋へと戻る。いつも通りの予定は未定の本日の行程はやはり一時間程遅れて出発することになる。<br /><br />まず最初は昨晩訪れた祐徳稲荷神社へと向かう。道は同じの筈だが昼間だと意外に走り易い道だったことに気づき、所要時間も若干早目に到着した。<br /><br />昨晩と同じ祐徳博物館横に駐車をして歩いて参拝する。目的は勿論〝風鈴まつり〟であるが、なぜ夜に訪れたかと言えば新大村駅を出発する際に祐徳稲荷神社に電話をかけ、〝ライトアップ〟の有無を確認したところ〝行っている〟旨の回答を得たからである。しかし〝風鈴まつり〟の〝ライトアップ〟というと、時間も限られている他に〝風鈴まつりライトアップ〟という〝イベント〟として行われていることが前提であるがために昼間に訪れると〝ショボい〟イメージがつきまとうのであるが、祐徳稲荷神社の場合は通年で御本殿迄のライトアップは行われているようで、〝風鈴まつり〟の〝ライトアップイベント〟という嗜好ではないようだ。電球色の照明に浮かび上がる風鈴は、まつりの〝主役〟という位置付けには見えなかったのが私の印象であった。そんな理由からやはり昼間に訪れようと考えたことが今回の再訪の理由である。昨晩は足元に気をつけながら歩いたが、足場は決して悪くはない。神池を渡る橋も弧を描いているが普通に歩き楼門を潜る。楼門両脇の随神は佐賀県ならではの有田焼によるものだ。勿論夜にはそんな細かいところまで見る余裕はなかった。御本殿下には縁結びの神様である岩崎社がある。若い子受けは良いのかも知れないが、私らの年代になれば〝ひとりの神様〟が宿っておられるとしか思えないことが悲しい。この岩崎社のお社の奥には御本殿へと向かう階段があり、そこにも風鈴が吊り下げられている。もしかするとそこまで進む者は殆ど居ないようなので、他の参拝客からはガチで〝縁結び〟祈願をしたいのかと思われたかも知れない。<br /><br />一旦岩崎社から出て御神楽殿前へと進む。どうやら修復工事中のようで向かって右半分には足場が組まれていた。そしていよいよ〝風鈴階段〟を上って行く。他の施設の様に特設で風鈴棚を作ったのではなく、普段から利用されている参道階段に飾り付けをしているために、真っ直ぐの階段ではない。急になり過ぎず見るところはちゃんと見える様に考えられて作られているために、振り返って景色を眺めると楼門が見えたりとなかなか凝った作りがされている。そんな階段を登り切ったところに御本殿が鎮座している。夜間の参拝ではここまでしか来ることが出来ない。昨晩もそのまま下り階段を利用して戻っている。しかし昼間であれば奥の院迄の参道を歩くことができる。実はこの辺りが事前に予定していたコースに組み込まれておらず、時間のことが少し気になるのだが、次回いつ来られるかもわからない上に、体力が落ちて仕舞えば登ることすら躊躇するだろう。私はB型なのだが数十年生きてきて私の血液型を間違えたのは2人しかいない。典型的なB型と言われるだけあると自認しているのだが、旅立つ前に〝完璧過ぎ〟と評される細かい時間取りを含めた〝行程表〟をいつも作成する。車での移動であれば〝渋滞情報〟迄加味しているのでそのままの予定で先を進めば全ての目的地に時間通りに到着して出発することを繰り返せば全ての立ち寄り地を踏破できると思われてしまう。しかしこれは買い被り過ぎであり、実際には予定通りに進むのは7割あれば良いところで、平均すると半分位しか回れない。理由は移動はともかく〝滞在時間〟が短過ぎるためどんどん時間が押してしまうからである。今回も祐徳稲荷神社では2時間を予定していた。しかし奥の院まで行くならば、所要時間が往復40分とあったので1時間滞在時間が増えることになる。本日の行程を考えると立ち寄り地の数が減ることに繋がるので躊躇するだろうが、深く考える間もなく出発する私である。健脚向きと迄は行かなくとも、普段から歩く習慣がないと少しキツイかも知れない。ただ行くと決めたら後ろには引けない。足場があまり良くはない山道をひたすら歩いて行く。ほぼ予定通りの時間をかけて奥の院に到着する。景色の良い場所というのは本当で、鹿島という街が山のようですぐ近くには有明海が広がっている様子をカメラと自分の目にしっかり焼き付けて下山することにした。<br /><br />行きは勾配の関係もあるのか曲がりくねった山道になっているが、帰り道は途中まで真っ直ぐの階段を降りて行く。景色を見ながら歩くと良いのかも知れないが、足元には注意を払わなければならないので時折足を止めて景色を眺めながら降りて行った。<br /><br />急ぐこともなかったが、下りは上りより楽だったこともあり短時間で御本殿に到着する。この祐徳稲荷神社の特徴として、足が悪い等の参拝客のために御本殿迄はエレベーターがある。一回300円と有料ではあるが、利用者には特製御守りの授与がされるとある。上りに利用するならばまだ利用する価値はあるのだが、その階段に風鈴が吊り下げられているので仕方がない。おまけに下りは下りで上り通路とは別ルートの階段があり、こちらにも風鈴が吊り下げられているためワープはできない。場所的に考えると景色を眺めるのには良いのかも知れない。なんか色々と考えながらも先に進むことだけを考え、下り階段を降りてきた。これで〝祐徳稲荷神社の風鈴まつり〟見学は終了となる。<br /><br />御神楽殿前で自撮りをして次へと向かう予定であったが、トイレ奥に〝日本庭園〟と書かれた場所があることに気付く。有料施設に入るには、事前に調べて〝入る価値あり〟と判断した場合に限ってはいるのだが、祐徳稲荷神社の場合は〝再訪できる可能性〟の絡みがあるので、後悔しないためにも入場することにした。確かに内容としては〝平凡で小さな庭園〟ではあるのだが、庭園内にはこの時期に咲く〝朝顔の花〟が植えられておりびっくりする。そういう種類と言えばそれまでだが、今日の良い天気のもと〝夏〟を思わせる風景に満足してしまった。広さがないので滞在時間も短かったが、出入口に吊るされた風鈴も軽やかな音を響かせていることも含めて〝ひとときの夏〟を味わえたように思う。<br /><br />そんな感じで日本庭園を後にして車へと戻って行く。車の後ろに祐徳博物館があるがここも有料施設のひとつだが、やはり事前に調べることはしていなかった。しかし日本庭園同様〝再訪〟という観点でこちらも急遽立ち寄りを決めた。祐徳稲荷神社関連の説明書に記されている〝武雄藩〟〝多久藩〟という表記だが、江戸時代の〝藩〟という概念とは少し違うようだ。元々肥後国は龍造寺氏の所領となっていたが、朝鮮出兵や九州平定の功により所領こそ龍造寺氏の方が多いものの家老筋である鍋島氏にも所領を与え、藩主である龍造寺政家に代わり家老で親戚筋にあたる鍋島直茂に国政を担うように命じられる。すんなりとは領主の交代とは行かなかったものの関ヶ原の戦いでは西軍に属しながらも徳川方に尾張から関東にかけての買い占め米の目録を送るなどした上で〝鍋島心中は別条なし〟という心証を与えさせ、本戦に於いては開始前に軍勢を戦線から離脱をさせている。それに対して龍造寺氏も肥前の所領は安堵はされたものの、幕府からは鍋島直茂・勝茂父子の龍造寺氏から禅譲を認める姿勢を取り、それには龍造寺氏一族からも賛同があったことから、最終的には鍋島勝茂は幕府公認の下で跡を継ぎ、龍造寺家の遺領を引き継いで佐賀藩主となり、父鍋島直茂の後見下で藩政を総覧することになる。佐賀鍋島藩初代藩主となった鍋島直茂だが、龍造寺氏一門へ敬意を表しながらもその影響力を相対的に弱めて行く。勝茂もその施策を継承し自分の弟忠茂(鹿島藩)、長子元茂(小城藩)、そして五男尚澄(蓮池藩)と佐賀藩の支藩(領)を立てさせて本藩統治を強固にしつつ龍造寺旧臣達の恨みを押さえ込んで行ったとされている。そして武雄藩・多久藩(領)は初代佐賀藩主鍋島勝茂の親戚筋にあたる武雄鍋島氏・多久氏がそれぞれ領主として佐賀藩の本藩政治をサポートしていた。そのような経緯から祐徳稲荷神社は武雄鍋島氏の庇護を受けていたとされている。故に宝物として博物館が展示をしている武具甲冑等は武雄鍋島氏所縁の品が多く展示されている。ただ私自身があまりこの類の物には興味がないために、展示品はさっと見るだけで年表等で時代の流れを読み取っていた。<br /><br />そんな流れで見て回ったので、そう時間もかからず見学を終えた。博物館を見終えた後は次の目的地へ移動すれば良いのだが、今回の旅出発の前日に祐徳稲荷神社の近況報告に外苑東山のコスモス畑が見頃を迎えているという情報が書かれていた。この祐徳稲荷神社のwebサイトの凄いところは、巫女さんがモデルをしているところである。風鈴まつりの写真もそうであるがコスモス畑も然りで、風景のアクセントとして巫女さんの袴姿がどストライクな情景を醸し出している。見るからに〝プロ〟ではないが、素人さんの素朴さが丁度良いアクセントになっているように感じられる。そんな巫女さんが紹介していた外苑東山のコスモス畑は、祐徳博物館の奥から山道を登って行く必要がある。奥の院から撮影した風景写真に、コスモスのピンク色に染まっているエリアがあった。場所は間違いなくそこなのだが、見た感じ結構標高があるように見えた。祐徳稲荷神社の参拝客で奥の院迄登って来た者もコスモス畑迄再度山登りをすることはしない様子で、密はおろか人影すら見えてはいない。人が行かない場所であれば行ってみようと考えるのが天邪鬼の私なので、途中で足が痙攣して動けなくはならないか?と心配はするものの、思い立ったら百年目の根性で再び山登りにチャレンジする。<br /><br />コスモス畑への登り道途中に鹿島明神社が鎮座していた。建御雷神を御祭神としている明神社は〝武神〟として古から歴代将軍の信仰が厚かったとされてはいるが、少なくとも訪れた際には参る者は居なかったようだ。適当に休憩を入れられる場所が展望スペースを兼ねており、先程山登りをした末に辿り着いた奥の院を望むことができる。ただこの登山道は獣害があるようで、獣避けの電線が引っ張られている場所が多々あった。電流が流されるのは16:30以降と書かれていたので今は気にしなくても良いが、基本祐徳稲荷神社の社務所が閉まってから登ることは避けた方が賢明のようだ。しかしこの登山道は崩れている場所もいくつかあり、斎藤茂吉の句碑があるとは書かれていても、そこに至る道は通れなかったりした。実際のところコロナ禍で観光客の数が少ない状況下では整備する意味もないと考えられているのかも知れない。実際のところは不明だがそんな印象を受けた私ではあった。<br /><br />やっと山道を登り切った場所にコスモス畑が広がっていた。花の時期としては早いのか?まだ人がそう多くは訪れた感がなく花もキレイに咲いていた。今まで訪れたコスモス畑は時期的に遅かったことが多く、花の見頃は過ぎており人が歩いた様な形跡が〝道〟となっており、お世辞にも素晴らしいとは言えないものばかりであった。しかし今目の前に広がる様子は正にシーズンを迎えたばかりのコスモス畑で、人が歩いた形跡すら見られない素晴らしいものであった。まぁ満開のコスモスを背景に自撮りをしても花に負けるだけの結果しか出ないために程々にしておく。コスモス畑も傾斜があり緩やかな勾配があるのだが、その上にはなぜか建物が建っている。なんだろうと考えていたのだが、後で調べると特別養護老人ホームの建物だということがわかる。こんな山道を老人ホームの入所者があるけるのか?とバカなことを考えたが、言うまでもなく〝道路〟が通じているだけのことである。20分程かけて山登りをした私はなんだったんだろう??と思ったのもあとの祭り。最初から場所を調べておけば無駄骨折ることもなかった・・・と自分自身の無計画さを悔いた私であった。<br /><br />車で来ていればすぐに出発できたが、歩いて来たから登って来た道を降りて行くしか選択肢はない。ただせっかくなので行きとは違う道を通ろうと別の道を進もうとすれば、獣害避けの電線が引っ張られている等で通行もできない様な感じであった。色々な道を進もうとするが結果は同じ。最終的には登って来た道を降りて行くかたちで祐徳博物館横の駐車場に降りて来た私であった。<br /><br />さすがにこれで祐徳稲荷神社(関連を含む)施設は網羅したので出発することになる。昨晩まーさんに〝崇めろ〟と言われた〝マユミの木〟に〝またいつか会いたいね〟って言葉をかけ、二日間で6時間滞在した祐徳稲荷神社を後にして武雄へと向かうことにする。車を動かして少し進んだところで一旦停車する。祐徳稲荷神社鳥居前の土産物屋をちょっと見ようかと思ったのだが、火曜日は定休日なのか客がいないから店を閉めているのかわからないが、お土産らしいものを売っているところもない様なので、すぐ車に戻り出発する。しばらく進んでまた停車するのだが、ここは祐徳自動車の〝祐徳稲荷神社前バス停〟で、特徴的な待合室があると事前情報で知っていたために立ち寄った。ユニークな形状は勿論だが、実はこの待合所〝トイレ〟が組み込まれていたりと〝多目的の建物〟だということを初めて知る。こういった現物を見なければわからない情報を知ると、寄り道して立ち寄った〝意義〟があると勝手に満足してしまうおめでたい私であった。そして小休止の後改めて武雄を目指し、これまた昨晩通った道を進んで行くmoveクンと私であった。<br /><br />  《続く》

《2022.October》あみんちゅなにげに九州街歩きの旅佐賀長崎その参~鹿島風鈴まつり編~

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2022/10/25 - 2022/10/25

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2022/09/25

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《2022.October》あみんちゅなにげに九州街歩きの旅佐賀長崎その参~鹿島風鈴まつり編~

目覚ましより早く起きて、目覚まし時計の時間を確認するのは旅先では恒例の行事となっている。今回の旅も例には漏れず早起きだった。

早くもなく遅くもない出発を予定していたために先ずは腹ごしらえと行く。バイキングの朝食は種類も豊富で美味しそうだ。いつもならばガッツリ朝ごはんから一日が始まるのだが、やはり人が多い場所での食事は気が引ける。適当に取り分けて、手短に済ませて部屋へと戻る。いつも通りの予定は未定の本日の行程はやはり一時間程遅れて出発することになる。

まず最初は昨晩訪れた祐徳稲荷神社へと向かう。道は同じの筈だが昼間だと意外に走り易い道だったことに気づき、所要時間も若干早目に到着した。

昨晩と同じ祐徳博物館横に駐車をして歩いて参拝する。目的は勿論〝風鈴まつり〟であるが、なぜ夜に訪れたかと言えば新大村駅を出発する際に祐徳稲荷神社に電話をかけ、〝ライトアップ〟の有無を確認したところ〝行っている〟旨の回答を得たからである。しかし〝風鈴まつり〟の〝ライトアップ〟というと、時間も限られている他に〝風鈴まつりライトアップ〟という〝イベント〟として行われていることが前提であるがために昼間に訪れると〝ショボい〟イメージがつきまとうのであるが、祐徳稲荷神社の場合は通年で御本殿迄のライトアップは行われているようで、〝風鈴まつり〟の〝ライトアップイベント〟という嗜好ではないようだ。電球色の照明に浮かび上がる風鈴は、まつりの〝主役〟という位置付けには見えなかったのが私の印象であった。そんな理由からやはり昼間に訪れようと考えたことが今回の再訪の理由である。昨晩は足元に気をつけながら歩いたが、足場は決して悪くはない。神池を渡る橋も弧を描いているが普通に歩き楼門を潜る。楼門両脇の随神は佐賀県ならではの有田焼によるものだ。勿論夜にはそんな細かいところまで見る余裕はなかった。御本殿下には縁結びの神様である岩崎社がある。若い子受けは良いのかも知れないが、私らの年代になれば〝ひとりの神様〟が宿っておられるとしか思えないことが悲しい。この岩崎社のお社の奥には御本殿へと向かう階段があり、そこにも風鈴が吊り下げられている。もしかするとそこまで進む者は殆ど居ないようなので、他の参拝客からはガチで〝縁結び〟祈願をしたいのかと思われたかも知れない。

一旦岩崎社から出て御神楽殿前へと進む。どうやら修復工事中のようで向かって右半分には足場が組まれていた。そしていよいよ〝風鈴階段〟を上って行く。他の施設の様に特設で風鈴棚を作ったのではなく、普段から利用されている参道階段に飾り付けをしているために、真っ直ぐの階段ではない。急になり過ぎず見るところはちゃんと見える様に考えられて作られているために、振り返って景色を眺めると楼門が見えたりとなかなか凝った作りがされている。そんな階段を登り切ったところに御本殿が鎮座している。夜間の参拝ではここまでしか来ることが出来ない。昨晩もそのまま下り階段を利用して戻っている。しかし昼間であれば奥の院迄の参道を歩くことができる。実はこの辺りが事前に予定していたコースに組み込まれておらず、時間のことが少し気になるのだが、次回いつ来られるかもわからない上に、体力が落ちて仕舞えば登ることすら躊躇するだろう。私はB型なのだが数十年生きてきて私の血液型を間違えたのは2人しかいない。典型的なB型と言われるだけあると自認しているのだが、旅立つ前に〝完璧過ぎ〟と評される細かい時間取りを含めた〝行程表〟をいつも作成する。車での移動であれば〝渋滞情報〟迄加味しているのでそのままの予定で先を進めば全ての目的地に時間通りに到着して出発することを繰り返せば全ての立ち寄り地を踏破できると思われてしまう。しかしこれは買い被り過ぎであり、実際には予定通りに進むのは7割あれば良いところで、平均すると半分位しか回れない。理由は移動はともかく〝滞在時間〟が短過ぎるためどんどん時間が押してしまうからである。今回も祐徳稲荷神社では2時間を予定していた。しかし奥の院まで行くならば、所要時間が往復40分とあったので1時間滞在時間が増えることになる。本日の行程を考えると立ち寄り地の数が減ることに繋がるので躊躇するだろうが、深く考える間もなく出発する私である。健脚向きと迄は行かなくとも、普段から歩く習慣がないと少しキツイかも知れない。ただ行くと決めたら後ろには引けない。足場があまり良くはない山道をひたすら歩いて行く。ほぼ予定通りの時間をかけて奥の院に到着する。景色の良い場所というのは本当で、鹿島という街が山のようですぐ近くには有明海が広がっている様子をカメラと自分の目にしっかり焼き付けて下山することにした。

行きは勾配の関係もあるのか曲がりくねった山道になっているが、帰り道は途中まで真っ直ぐの階段を降りて行く。景色を見ながら歩くと良いのかも知れないが、足元には注意を払わなければならないので時折足を止めて景色を眺めながら降りて行った。

急ぐこともなかったが、下りは上りより楽だったこともあり短時間で御本殿に到着する。この祐徳稲荷神社の特徴として、足が悪い等の参拝客のために御本殿迄はエレベーターがある。一回300円と有料ではあるが、利用者には特製御守りの授与がされるとある。上りに利用するならばまだ利用する価値はあるのだが、その階段に風鈴が吊り下げられているので仕方がない。おまけに下りは下りで上り通路とは別ルートの階段があり、こちらにも風鈴が吊り下げられているためワープはできない。場所的に考えると景色を眺めるのには良いのかも知れない。なんか色々と考えながらも先に進むことだけを考え、下り階段を降りてきた。これで〝祐徳稲荷神社の風鈴まつり〟見学は終了となる。

御神楽殿前で自撮りをして次へと向かう予定であったが、トイレ奥に〝日本庭園〟と書かれた場所があることに気付く。有料施設に入るには、事前に調べて〝入る価値あり〟と判断した場合に限ってはいるのだが、祐徳稲荷神社の場合は〝再訪できる可能性〟の絡みがあるので、後悔しないためにも入場することにした。確かに内容としては〝平凡で小さな庭園〟ではあるのだが、庭園内にはこの時期に咲く〝朝顔の花〟が植えられておりびっくりする。そういう種類と言えばそれまでだが、今日の良い天気のもと〝夏〟を思わせる風景に満足してしまった。広さがないので滞在時間も短かったが、出入口に吊るされた風鈴も軽やかな音を響かせていることも含めて〝ひとときの夏〟を味わえたように思う。

そんな感じで日本庭園を後にして車へと戻って行く。車の後ろに祐徳博物館があるがここも有料施設のひとつだが、やはり事前に調べることはしていなかった。しかし日本庭園同様〝再訪〟という観点でこちらも急遽立ち寄りを決めた。祐徳稲荷神社関連の説明書に記されている〝武雄藩〟〝多久藩〟という表記だが、江戸時代の〝藩〟という概念とは少し違うようだ。元々肥後国は龍造寺氏の所領となっていたが、朝鮮出兵や九州平定の功により所領こそ龍造寺氏の方が多いものの家老筋である鍋島氏にも所領を与え、藩主である龍造寺政家に代わり家老で親戚筋にあたる鍋島直茂に国政を担うように命じられる。すんなりとは領主の交代とは行かなかったものの関ヶ原の戦いでは西軍に属しながらも徳川方に尾張から関東にかけての買い占め米の目録を送るなどした上で〝鍋島心中は別条なし〟という心証を与えさせ、本戦に於いては開始前に軍勢を戦線から離脱をさせている。それに対して龍造寺氏も肥前の所領は安堵はされたものの、幕府からは鍋島直茂・勝茂父子の龍造寺氏から禅譲を認める姿勢を取り、それには龍造寺氏一族からも賛同があったことから、最終的には鍋島勝茂は幕府公認の下で跡を継ぎ、龍造寺家の遺領を引き継いで佐賀藩主となり、父鍋島直茂の後見下で藩政を総覧することになる。佐賀鍋島藩初代藩主となった鍋島直茂だが、龍造寺氏一門へ敬意を表しながらもその影響力を相対的に弱めて行く。勝茂もその施策を継承し自分の弟忠茂(鹿島藩)、長子元茂(小城藩)、そして五男尚澄(蓮池藩)と佐賀藩の支藩(領)を立てさせて本藩統治を強固にしつつ龍造寺旧臣達の恨みを押さえ込んで行ったとされている。そして武雄藩・多久藩(領)は初代佐賀藩主鍋島勝茂の親戚筋にあたる武雄鍋島氏・多久氏がそれぞれ領主として佐賀藩の本藩政治をサポートしていた。そのような経緯から祐徳稲荷神社は武雄鍋島氏の庇護を受けていたとされている。故に宝物として博物館が展示をしている武具甲冑等は武雄鍋島氏所縁の品が多く展示されている。ただ私自身があまりこの類の物には興味がないために、展示品はさっと見るだけで年表等で時代の流れを読み取っていた。

そんな流れで見て回ったので、そう時間もかからず見学を終えた。博物館を見終えた後は次の目的地へ移動すれば良いのだが、今回の旅出発の前日に祐徳稲荷神社の近況報告に外苑東山のコスモス畑が見頃を迎えているという情報が書かれていた。この祐徳稲荷神社のwebサイトの凄いところは、巫女さんがモデルをしているところである。風鈴まつりの写真もそうであるがコスモス畑も然りで、風景のアクセントとして巫女さんの袴姿がどストライクな情景を醸し出している。見るからに〝プロ〟ではないが、素人さんの素朴さが丁度良いアクセントになっているように感じられる。そんな巫女さんが紹介していた外苑東山のコスモス畑は、祐徳博物館の奥から山道を登って行く必要がある。奥の院から撮影した風景写真に、コスモスのピンク色に染まっているエリアがあった。場所は間違いなくそこなのだが、見た感じ結構標高があるように見えた。祐徳稲荷神社の参拝客で奥の院迄登って来た者もコスモス畑迄再度山登りをすることはしない様子で、密はおろか人影すら見えてはいない。人が行かない場所であれば行ってみようと考えるのが天邪鬼の私なので、途中で足が痙攣して動けなくはならないか?と心配はするものの、思い立ったら百年目の根性で再び山登りにチャレンジする。

コスモス畑への登り道途中に鹿島明神社が鎮座していた。建御雷神を御祭神としている明神社は〝武神〟として古から歴代将軍の信仰が厚かったとされてはいるが、少なくとも訪れた際には参る者は居なかったようだ。適当に休憩を入れられる場所が展望スペースを兼ねており、先程山登りをした末に辿り着いた奥の院を望むことができる。ただこの登山道は獣害があるようで、獣避けの電線が引っ張られている場所が多々あった。電流が流されるのは16:30以降と書かれていたので今は気にしなくても良いが、基本祐徳稲荷神社の社務所が閉まってから登ることは避けた方が賢明のようだ。しかしこの登山道は崩れている場所もいくつかあり、斎藤茂吉の句碑があるとは書かれていても、そこに至る道は通れなかったりした。実際のところコロナ禍で観光客の数が少ない状況下では整備する意味もないと考えられているのかも知れない。実際のところは不明だがそんな印象を受けた私ではあった。

やっと山道を登り切った場所にコスモス畑が広がっていた。花の時期としては早いのか?まだ人がそう多くは訪れた感がなく花もキレイに咲いていた。今まで訪れたコスモス畑は時期的に遅かったことが多く、花の見頃は過ぎており人が歩いた様な形跡が〝道〟となっており、お世辞にも素晴らしいとは言えないものばかりであった。しかし今目の前に広がる様子は正にシーズンを迎えたばかりのコスモス畑で、人が歩いた形跡すら見られない素晴らしいものであった。まぁ満開のコスモスを背景に自撮りをしても花に負けるだけの結果しか出ないために程々にしておく。コスモス畑も傾斜があり緩やかな勾配があるのだが、その上にはなぜか建物が建っている。なんだろうと考えていたのだが、後で調べると特別養護老人ホームの建物だということがわかる。こんな山道を老人ホームの入所者があるけるのか?とバカなことを考えたが、言うまでもなく〝道路〟が通じているだけのことである。20分程かけて山登りをした私はなんだったんだろう??と思ったのもあとの祭り。最初から場所を調べておけば無駄骨折ることもなかった・・・と自分自身の無計画さを悔いた私であった。

車で来ていればすぐに出発できたが、歩いて来たから登って来た道を降りて行くしか選択肢はない。ただせっかくなので行きとは違う道を通ろうと別の道を進もうとすれば、獣害避けの電線が引っ張られている等で通行もできない様な感じであった。色々な道を進もうとするが結果は同じ。最終的には登って来た道を降りて行くかたちで祐徳博物館横の駐車場に降りて来た私であった。

さすがにこれで祐徳稲荷神社(関連を含む)施設は網羅したので出発することになる。昨晩まーさんに〝崇めろ〟と言われた〝マユミの木〟に〝またいつか会いたいね〟って言葉をかけ、二日間で6時間滞在した祐徳稲荷神社を後にして武雄へと向かうことにする。車を動かして少し進んだところで一旦停車する。祐徳稲荷神社鳥居前の土産物屋をちょっと見ようかと思ったのだが、火曜日は定休日なのか客がいないから店を閉めているのかわからないが、お土産らしいものを売っているところもない様なので、すぐ車に戻り出発する。しばらく進んでまた停車するのだが、ここは祐徳自動車の〝祐徳稲荷神社前バス停〟で、特徴的な待合室があると事前情報で知っていたために立ち寄った。ユニークな形状は勿論だが、実はこの待合所〝トイレ〟が組み込まれていたりと〝多目的の建物〟だということを初めて知る。こういった現物を見なければわからない情報を知ると、寄り道して立ち寄った〝意義〟があると勝手に満足してしまうおめでたい私であった。そして小休止の後改めて武雄を目指し、これまた昨晩通った道を進んで行くmoveクンと私であった。

  《続く》

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
3.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー JALグループ 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)

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