2022/09/01 - 2022/09/08
51位(同エリア384件中)
azianokazeさん
- azianokazeさんTOP
- 旅行記488冊
- クチコミ0件
- Q&A回答12件
- 894,000アクセス
- フォロワー29人
9月5日午後 パムッカレ観光を終えて次はエフェソス(トルコ語ではエフェソ)遺跡です。
エフェソス遺跡については名前すら知りませんでした。
予備知識ゼロで訪れててみて、その壮大さに驚きました。
クレオパトラも滞在した、ローマに次ぐ規模で古代東地中海世界の中核都市だったエフェソスの街がそっくり遺跡に。面白いところです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
パムッカレからエフェソスへのバス移動中に、ガイドのデニズさんがみなにイチジクを。
もちろん名前はよく聞きますが、日本では実際に食べる機会は少ないかも。 新疆のカシュガルなどでも路上でよく売っていました。(形は、いわゆるイチジク形ではありませんでしたが)
今回、赤紫と緑の2種類がありましたが、私は赤紫を。
外の薄皮をむいて食べますが、中の種がプチプチと快い食感です。 -
昼食の前菜
-
メインはエフェソス地域の名物、チョップシン(羊の串焼き)
まあ、不味くはないですが、他の国々で食べる串焼きに比べて格別うまいというものでもありません。 -
エフェソス遺跡入口にいた猫
*****************
アナトリア南東部、エーゲ海からも程近い所に位置するエフェソスは先史時代から集落の跡が見られ、紀元前10世紀頃から形成されたギリシャ都市のエフェソスは、それから千年以上、アナトリア随一の都市として大きく繁栄し続けます。
古代世界の七不思議に数えられたアルテミスの大神殿が建ち、アントニウスとクレオパトラが短い幸せの時間を送り、パウロが布教に努め、聖母マリアが晩年を過ごしたと言われ、歴史エピソードにも事欠かないエフェソスは必見の都市遺跡です。【VOYAGE 世界見聞録】
********************* -
【ターキッシュエア&トラベル】より拝借した上空写真
ポンペイのように、ひとつの都市全体が遺跡となって残っています。
しかも、当時のエフェソスの人口は世界有数(ローマに次いで 世界で2番目)の大きさで25万人程度と推測されていますので、遺跡も非常に大規模です。 -
でもって、エフェソス遺跡に入ります。
気温は33℃ やはり暑いです。
最初に目に入る遺跡は「ヴァリウスの浴場」
*****************
ほとんど全てのローマ浴場に見られる様にバリウスの浴場もフリジダリウム(冷水浴室)、テピダリウム(ぬるま湯用)、カルダリウム(熱い湯)の施設の他、かなり広めの付属の部屋から構成されています。【ターキッシュエア&トラベル】
***************** -
同上
-
発掘整理途中の石材など
手前に積み上げられた素焼きの筒はローマ時代の水道管やスチームを送った配管・・・だそうです。 -
こうした石柱は見てわかるように、短い石材を継ぎ足しています。
-
継ぎ足す部分は画像のように真ん中に穴があり、ここに溝に沿って溶かした鉄を流し込んで積み重ねた上下を固定した・・・そんな話だったような・・・。
-
ただ、そうした工夫を施しても、頻発する地震で多くは倒壊しています。
-
これは劇場ではなくて「音楽堂(オデオン)」
議事堂として建設され、演奏会のある時には音楽堂として利用されたようです。
屋根があったと推測されています。
収容能力は1400人程度 -
-
柱だけが残る市公会堂
かつては聖火が灯され、火が消えることはなかったとのこと。
何世紀にもわたり、日夜聖火を守る役職は、選ばれた名家の名誉ある役職だったようです。 -
-
道路の敷石 昔はきちんと隙間なく敷き詰められていたのでしょう。
この敷石、坂になっていることもあって、とても滑りやすいのですが、注目は敷石に点々と横線が彫られていること。滑り止めです。
クレオパトラの時代の都市(日本なら弥生時代か)ですが、そうした細かい配慮がなされているのは驚きです。 -
「メミウスの碑」
エフェソスの統治者スーラの功績を讃えてアウグストス帝の時代(27BC-AD14)に、スーラの孫メミウスによって建造されたもの。
トウガを纏った兵士の彫り物はメミウスとその父カイウス、そして独裁者の祖父スーラを表わしたものです。 -
手前のレリーフが彫られた石は病院を表すもの
-
蛇が彫られていますが、蛇は古代より医術の象徴
-
エフェソス遺跡の中でも人気スポット「勝利の女神ニケ」
スポーツ用品ブランドの「ナイキ」は、この「ニケ」が由来。
また、そのロゴもニケの翼をモチーフにしたもの。 -
左手の優雅なアーチは「ポリオの泉」
貯水槽があったところのようです。 -
こちらは発掘作業中
-
何か見つかったようです。
-
ヘラクレスの門からセルシウス図書館(画像中央奥)を結ぶ「クレティア通り」
エフェソスのメインストリートのひとつです。
神話の中で〈半神〉として語られる「クレティア」は、後にエフェソスで聖職者達を表わす呼名となりました。 -
「ヘラクレスの門」
門柱にはライオンの毛皮を纏う守護神ヘラクレスの像が刻まれており、かつては石柱の上部に勝利の女神ニケのレリーフ(前出)が乗せられていたとのこと。 -
「クレティア通り」の彫像
-
石柱の頭部のように見えますが、これは・・・?? 忘れました。
-
「トラヤヌスの泉」
皇帝トラヤヌス(98~117)に捧げる為、102~114年に造られたもの
中央にはトラヤヌスの像が置かれていたようです。 -
通りに面して立ち並んでいたお金持ちの住宅の床モザイク
-
私たちは入る時間はありませんでしたが、床のモザイクとフレスコ画が修復された2軒の住宅が博物館として公開されているとの情報も。
-
当時の「クレティア通り」 さぞかし荘厳だったことでしょう。
同時代の日本で暮らしていた人々がエフェソスを見る機会があったとしたら、この世のものとは思えなかったでしょう。 -
「クレティア通り」に面した住宅跡・・・多分
-
「ハドリアヌス神殿」
*****************
クレティア通りの上にある遺跡の中でも最も見事なものに挙げられる建物で、遅くとも138年までには完成していたと考えられています。
神殿は記念碑的意味合いのあるアーチ形の入り口と、その後方の小規模で剥き出しの主要建物から構成され、アーチ形の入り口の前面にあるコリント式柱頭の付いた4本の支柱でその上の三角の破風を支えていたと考えられます。
更に、中央の2本の柱で、破風より全面に曲がって彫られ、まん中に都市の女神ティーチェの胸像を施したアーチを支えているのです。
扉の横木には、古典的図柄を用いた大変見事な装飾が施され、奥の入り口の上部、半円形の中には、花やアカンサスの葉に包まれたメドゥーサに似た女性の浮き彫りが見られます。【ターキッシュエア&トラベル】
************** -
拡大画像
アーチ中央に女神ティーチェ
奥にメドゥーサに似た女性 -
公衆トイレ
大理石で作られた便座が横一列に並んでいて、便座の下には水流があり、排泄物を下水道に運ぶシステムになっていて、一箇所に集められた排泄物は肥料として使われたそうです。
なお、オシッコの方は別システムで、家庭やお店の尿瓶がいっぱいになると、道端に設置されている大きな樽に入れられ、大樽ごと回収されて皮のなめし工房で使われとか。
【イタリア語 英語 通訳 トッシ~ナさんのブログhttps://ameblo.jp/toshy-carina/entry-12605132653.htmlより】 -
数あるエフェソス遺跡群の中でもひときわ目立つ「セルシウス図書館」
エフェソスの執務官であったセルシウスの死後に、彼の息子が父親を偲んで建てさせたものです。
高さ約11m、幅約17mの規模の図書館は、当時アレキサンドリア、ペルガモンと並ぶ世界三大図書館にも数えられていて、12万冊の蔵書を誇っていました。 -
ガイドのデニズさんは、アレキサンドリアの図書館を凌ぐエフェソスの図書館にクレオパトラが嫉妬し、図書館に放火させた・・・と話していました。
史実かどうかは知りません。
クレオパトラがエフェソスに滞在したというのは事実です。
また、エジプトにパピルスの使わせてもらえなくなり、羊皮紙を開発したとも。 -
****************
門を挟む様にして壁の内部にくり貫かれた部分には彫像が立っていますが、これらは図書館が発掘された年にウィーンに持ち出されたオリジナルの複製です。基盤に残る碑文によれば、これらの彫像はセルシウスの知識(ソフィア)、学識(エビステイム)、聡明さ(エンノイア)、そして高潔さ(アレーテ)を象徴するとされています。【ターキッシュエア&トラベル】
**************** -
なお、当時この図書館から近くにある娼館までは秘密の通路でつながっていた・・・とのネット情報も。真偽は知りません。
「図書館に行く」と言いつつ、実際は・・・ということでしょうか。 -
図書館内部
”図書館の内部は10.92m×16.7mあり、装飾豊かな大理石に覆われています”【ターキッシュエア&トラベル】
現代的な感覚で言えば、それほど広いスペースではありませんが、本1冊自体が貴重な当時としては巨大図書館だったのでしょう。 -
でもって、路上に彫られた足跡
これは、娼婦の館の方向を示していると言われいます。一種の広告兼案内表示ですね。
世界最大級の商業都市ですから、言葉が通じないいろんな地域の男性がやってきます。そんな男性にもわかるように・・・ということらしいです。
そしてこの足跡より小さい人はお断り・・・ということで、今でいう18禁のようなものだとか。 -
これは剣闘士のレリーフではないでしょうか。
円形劇場も近いことですし。 -
でもって、円形劇場
*********************
紀元前3世紀につくられ、ローマ時代に拡張された巨大な円形劇場はかつては25,000人を収容できる大劇場で、エーゲ海岸地方で最大規模を誇りました。
斜面を利用し観客席が扇形に広がる形にデザインされていて、音響効果が素晴らしい劇場だということです。
音楽や演劇のほかにも、格闘技や政治的なイベント、儀式にも使われていました。【https://1ovely.com/efes/】
******************** -
今でもコンサートなどに利用されるようで、現地ガイドのデニズ氏はエルトンジョンの公演をここで聴いたとのこと。 当然マイクなし。
音響効果を高めるため、座席下に空のツボがうめられている・・・と、ガイド氏は言っていました。 -
-
画像は【ターキッシュエア&トラベル】
上空から見るとこんな感じ -
劇場と港の間を走るハーバーストリート
*******************
東ローマ帝国皇帝テオドシウスの子息であるアルカディウス(395~408年)が修復と改築をし、碑文を立てた為、別名アルカディアーナ、即ち〈アルカディアの通り〉とも呼ばれています。
長さ500m、幅11mの通りの両側には屋根のある柱廊玄関が立ち、床にはモザイク装飾が施されていました。この後方には商店も見られます。
紀元前1世紀に造られた通りは、本来儀式用のもので、アナトリアからの道路はここを終点としています。海外からやって来た皇帝や領事、知事の様な要人も、この通りを使って都市に入ったのです。【ターキッシュエア&トラベル】
******************* -
ハーバーストリートを少し下って振り返ると壮大な円形劇場が。
エフェソス遺跡観光最後の見どころです。 -
たくさん並んだ石棺(?)
-
エフェソス遺跡からほど近い「アルテミス神殿跡」(エフェソス遺跡群の一部)
************
紀元前7世紀から紀元3世紀にかけてエフェソス(現在のトルコ西部)に存在した、アルテミスを奉った総大理石の神殿である。
世界の七不思議のひとつに挙げられるが、現在は原形をとどめていない。【ウィキペディア】
***************
1本見える柱は、残骸を積み上げたもの。
***************
アルテミスは、ギリシア神話に登場する月の女神で、古代アナトリア地方では豊穣の女神としてあがめられ、当時は、小アジア全域で信仰されていたという。
紀元前356年の放火で全焼して以来、修復されるたびに他民族の侵入によって、7回崩れ落ちて7度直されたといわれ、古代七不思議の一つとされる。
以後、再建の際には、アテネのパルテノン神殿に対抗した大規模な改修が行われ、奥行60m、幅120m、高さ19mの129本の柱に囲まれた神殿は、パルテノンの4倍もの大きさがあったといわれている。【コトバンク】
***************
神殿跡の背景にモスクや教会、城壁などが一緒に見られるというスポットでもあります。そういう意味では長い歴史が凝縮している場所と言えるかも。
以上で9月5日の観光終了
イズミール空港からイスタンブールに戻ります。
そのあたりは次編で。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
azianokazeさんの関連旅行記
エフェス遺跡周辺(トルコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
50