2022/07/28 - 2022/08/07
118位(同エリア3873件中)
ままさん
「暮らすように旅をしたい!」それが理想の旅だけど、コロナ禍の今「安心を重視したイタリアツアー」で出発しました。それでもフリータイムには「おとな女子気分」に浸りながら街歩きも楽しむこともできました。
コロナ禍が完全に終息した訳ではないので、不安はつきまといました。が、高齢者のおとな女子にとって残り人生をどう後悔しないで生きるか!? それがとても大切で、好奇心を忘れずに楽しいと思うことをしていきたい。海外旅行で万が一のことがあっても自己責任の覚悟を持って(コロナ対応海外旅行保険加入)イタリアへ行くことにしました。.。*
今回イタリアに行って感じたことがあります。それは失われた20年(いや30年)の衰退してしまった日本。今の制度は高齢者の私達夫婦には有難いことが多いけど…、これからを担う若者にとってチト違うんじゃないか!と個人的には感じます。
資源のない日本にとって観光は日本の財産だし遺産です。そして遺産は観光で守られています。どれだけ日本が素晴らしく格別の美しさを保有していることか…。円安で多くの外国人は、この美しい日本でお金を使いたいと思っているのに。。。もうそろそろ鎖国状態から扉を開いて、社会経済活動を堂々とすべきだと思うなぁ。「お、も、て、な、し、」の日本のはずだよ。゚。゚
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【簡単にフィレンツェ歴史】
フィレンツェの歴史はエトルリア人が紀元前10世紀に町を見下ろす現在のフィエーゾレの丘に集落をつくりました。この町をフロレンティア(花の女神)と名付けたローマ人は紀元前1世紀にアルノ川の南に町を建設しました。
5世紀以降、ゲルマン民族の侵略などを経て962年成立した神聖ローマ帝国の隆盛と共に発展しました。
14世紀には中世的な神中心の在り方に疑問を抱き、自我を主張する近代的な生き方に目覚めた人々がルネッサンスを開花させました。そんな中でメディチ家一族が富を築き、息子コジモが教皇庁の御用銀行となりフィレンツェの実験を把握し18世紀半ばまで権勢を振るい大富豪が誕生しました。
フィレンツェとその近郊からは『神曲』を著したルネッサンスの先駆者ダンテ、『デカメロン』のボッカッチョ、万能の天才レオナルドダヴィンチらが輩出され、神の在り方からヒューマニズムを謳歌する近代的な生き方へと変わったルネッサンスが開花しメディチ家の君主たちが芸術家たちのパトロンとして貢献しました。
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出国編(関空~ドバイ経由 ミラノ)【1】
https://4travel.jp/travelogue/11771591
ミラノ編 【2】
https://4travel.jp/travelogue/11772639
ヴェネツィア編 【3】
https://4travel.jp/travelogue/11773925
フィレンツェ 街歩き 編 【4】
https://4travel.jp/travelogue/11775325
ウフィツィ美術館 編 【5】
https://4travel.jp/travelogue/11777345
ピサ 編 【6】制作中
https://ssl.4travel.
ローマ 編 【7】
https://4travel.jp/travelogue/11779080
ヴァチカン市国 編 【8】
https://4travel.jp/travelogue/11781623
ポンペイ 編 【9】制作中
https://ssl.4travel
アルベロベッロ編 【 10 】
https://4travel.jp/travelogue/11787050
マテーラ 編 【 11 】 制作中
https://4travel.jp
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
ヴェネツィアを後にバスは250k先のフィレンツェに向かい、トスカーナ州に入ると車窓は一変して景色が緑と黄色の「ひまわり」畑と広がりました。
18時過ぎに2連泊のホテル「グランドメディテラネオ」着。このホテルからベッキオ橋やドォーモまで15~20分程で歩いて行けるとか。それならライトアップされたドォーモを見に行きたい!ってことで。。。 -
スーツケースが部屋に届いたら直ぐに添乗員Bさんとロビーで待ち合わせ、二人でドォーモまで行きました。(コロナ禍なので関空からAさん、Bさんの2名の添乗員さんが同行していました。)
都市名 フィレンツェ (トスカーナ州/イタリア)
地区 フィレンツェ市内
所在地 Lungarno del Tempio 44, Florence, 50121, ITALY -
Bさんと旅について語り合いながらアルノ川沿いをテクテク歩いて行くと、右手にサンタクローチェ教会と並ぶ図書館。こういう風に、ただただ街を歩くの楽しい~♪
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「この橋の中央からアルノ川に架かるベッキオ橋を見ると素敵ですよ。」と言われ、ベッキオ橋を見ると…そこには、まさにこれからトスカーナの街に夕闇が迫り、古都独特の幻想的な空気に包まれたベッキオ橋の姿がありました。この震えるほどの感動はコロナ禍で来れなかった3年間の気持ちなのか。。本当に来て良かった~の言葉しか出てこなかった。
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そんな幻想的な景色を見れる「Ponte alle Grazie」の中央付近にある面白いオブジェ。夕闇が迫る時間帯ベッキオ橋を眺めるのに必見の橋です~。
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何枚でも同じ風景なのにカメラに収めました~(≧▽≦)
2022年7月、この美しいベッキオ橋の景観と感動を忘れることはないでしょう。 -
アルノ川に架かるフィレンツェ最古の橋。2階部分にはメディチ家が造らせた回廊が通っています。
この川沿いの階段から川辺に下りれますがライトアップされたドォーモに行きたいので5分ほどベッキオの回廊を眺め先に向かいました。 -
ウフィツィ美術館の中庭を歩き抜けると大きな演奏が聞こえてきました。シニョーリア広場でオーケストラがロッジャで演奏していました♪♪ ここもやっぱり多くの若者でいっぱい。
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このイタリア旅行記で何回か記すると思うけど…、ヨーロッパではコロナは完全に収束し社会経済活動が活発に動いています。日本政府はコロナ対策にしても為替政策にしても「注視!注視!」失われた20年いや30年をどう切り抜けていこうしてるのかなぁ。。。
円安の中、多くの外国人が日本でお金を使いたいのに…、観光は遺産で、その遺産は観光で守られているのに。。。どれだけ日本は素晴らしく、格別で美しい遺産を所有してることか。。。元気を失った日本を憂いてしまいます。。。
しばらくシニョーリア広場で元気ある楽しい雰囲気を味わいました。 -
ミケランジェロ作「ダヴィデ像」レプリカ(オリジナルはアカデミア美術館)が政庁舎の正面入り口左手にあります。この像はミケランジェロが29歳の時に完成されました。
。゚☆。゚ ここで余談 。゚☆。゚
ダヴィデ像が完成された時、レオナルド・ダ・ヴィンチを含む設置委員会は屋根のあるロッジャの中に置こうとしましたが、ミケランジェロは強引に正面玄関を主張して譲らなかったそうです。二人の天才の関係は、この事件以後ますます険悪になったそうです。 -
B・アンマンナーティ作「ネプチュ-ン」
このネプチューン像はフィレンツェの人々からは単なる「白い巨人」にしか過ぎないと悪評だったとか。ライトアップされたネプチューンはそれなりに良かったよ。 -
カフェ・フィオレンツァ
かなり繁盛しているジェラード店。ヴェッキオ宮殿から近いローケションにあります。味は美味しいらしい。値段は…う~ん!?高いかなぁ?(>_<)
https://www.yelp.com/biz/caffe-fiorenza-firenze -
街をテクテク歩いて共和国広場を過ぎたら…ライトアップされたドゥオモと洗礼堂が目に飛び込んできました。ここはルネサンスの歴史と文化の主役になった聖なる中心地。そしてジョットーやミケランジェロそしてレオナルド・ダ・ヴィンチが歩いていた地。。。
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八角形のサン・ジョヴァンニ洗礼堂は、この街の起源からずっと長い歴史を見ているんです。
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メディチ家の紋章
街のいたるところで巨匠たちの足跡と出合えるのも、富豪メディチ家が約300年にも渡り政治的支配者であった栄華の歴史を背景に、その並外れた財力が芸術家たちの活動を支えていたからです。ミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチなどの作品を展示したウフィッツィ美術館をはじめ、巨匠たちの作品を収めた美術館や教会に多額の資金を寄与しました。 -
ちょっとした広場があると、若者たちが飲んだり食べたり楽しく語り合っています♪未来は若者たちの元気から熟まれるんだなぁ。。。若者のエネルギーは高齢者にも有り難いよ♪
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夜のファサード
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夜のジョットの鐘楼
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夜のドゥオーモ
気が付けば、ドゥオーモ周辺の同じ建物の写真を何枚も何枚も撮っていました(>_<) -
ホテルへの帰路はアルノ川沿いを避けて、裏道の路地から路地を歩いて帰りました。どんな細い路地でも、道の角にある建物には、高さ3mほどのところに「Via…」と道の名前を書いた大理石のパネルがあります。地図さえ持っていれば迷うことはないとのこと。添乗員Bさんと一緒だったので何もかも愉しかったです♪
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おはようございます。
今日はフィレンツェ市内を一望できる絶景スポット、ミケランジェロ広場からのスタートです。
映画「わが青春のフロレンス」や「眺めのいい部屋」などでも魅力的な舞台を提供している町…またグッチやフェッラガモなどの有名ブティック本店もある…フィレンツェ。そして何より近代ヨーロッパの出発点であるルネッサンス文化を開花させた町フィレンツェ。
ずっと眺めていられるほどの歴史ある街にうっとり。.。o○* -
ミケランジェロ作「ダヴィデ像」
この像はヘブライの少年が狙いを定めて石を投げるところです。全身の筋肉美、右手に浮き出る血管など流石ミケランジェロ。 -
ミケランジェロは台座に載せるのを前提に、頭や上半身は少し大きめに作ってます。遠くからではなく、正面の真下から見上げると丁度均整がとれてるのかもね。
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ミケランジェロ広場をあとにヴェッキオ橋にきました。朝と昨夕では雰囲気が違う~。どちらも甲乙つけ難いけど、夕方の方が好きかな。。。この位置も人気の撮影スポットみたいです。
16世紀半ば、メディチ家の人々は群衆にもまれることなく、ヴェッキオ宮殿やウッフィッツィと川向こうのピッティ宮殿を結ぶヴァザーリの廊下を建設しました。身の安全を図るのが回廊建設の主目的でした。
またメディチ家が橋の二階を往来するようになると、橋上にある肉屋から悪臭がするので全ての肉屋や野菜を扱う店など撤去させ、橋上の営業権を金銀細工組合に売り渡し宝飾店が賑わうようになりました。 -
ところで第二次世界大戦下でヒトラー率いるドイツ軍がフィレンツェに架かる6つの橋のうち5つを破壊した時、このヴェッキオ橋だけは歴史的に貴重ということで破壊から免れたそうです。
。゚☆。゚ ここで余談 。゚☆。゚
フィレンツェでは「ヴェッキオ橋のような女」という皮肉たっぷりの形容詞があります。これは幾重にも巻いたネックレスやブレスレットなどこれ見よがしに着飾っている女性のことだそうです。 -
回廊のヴェッキオ宮殿への入口です。
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回廊の下を通ってベッキオ橋へ向かいます。
ところで、イタリアに着いてずーっと99.9%以上の人々がマスクをしていません。マスク着用は私達日本人くらいでした。マスクを外したかったけど、帰国時72時間PCR検査があると思うと…外せません。(>_<) -
ヴェッキオ橋中央からアルノ川を撮影
空と川のどちらも青。そしてアルノ川に建物も映って綺麗でした~ -
チェッリーニの像
ヴェッキオ橋の中央に立つ胸像は、フィレンツェにの金細工の父と呼ばれるチェッリーニ像。ミケランジェロを崇拝していた彼は15歳で彫金師に弟子入りし、後にルネッサンス期の名彫金師になりました。 -
ヴェッキオ橋の上から向かって左側のヴァザーリの回廊
メディチ家のプライベート通路で、ピッティ宮殿からウフィツィ美術館(元はメディチ家の事務所)ヴェッキオ宮殿の全て1kmの通路になっています。
その後、ピッティ宮殿からサンタ・フェリチタ教会の二階にも接続され、メディチ家の人々は回廊一本でミサにも参加できました。 -
【橋の中央より左手撮影】ヴェッキオ橋の両側に並ぶ店があります。早い時間だったので行き交う人々が少なくお店もまだ開いていませんでした。
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【橋の中央より右手撮影】
人々が少ないのは嬉しいけど、ちょっと寂しいかな。
2011年 人々の多かった時のヴェッキオ橋
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11020066/ -
またシニョーリア広場に戻ってきました。
左 ミケランジェロ「ダヴィデ像」
右 B・バンディネッリ「ヘラクレスとカクス」 -
ロッジア・デイ・ランツィ
かつては政治活動の場だったけど、今では市民の憩いの場になっています。彫刻が立つ野外博物館のようなヴェッキオ宮殿前には『ダビデ像』南側のバルコニーには『メドゥーサの首を持つペルセウス』などが並んでいます。 -
ジャンボローニャ「サビーナ女の掠奪」
ロムルスがローマを建国した時、女性が殆どいなかったので隣町のサビニから拉致した話に基づいて制作。
それにしても一塊の大理石から三人の姿を掘り出したというのは凄い! -
チェッリーニ作「メドゥーサの首を持つペルセウス」
ペルセウスはゼウスの血を引く半神で、神々から授かった魔術的な武具を駆使してメドゥーサ殺しを成し遂げました。メドゥーサの蛇の頭髪を左手でつかみ、それを見ないように顔をそむけています。 -
昨夕来たフィレンツェの中心にある歴史遺産。広場には「花の聖母の大聖堂」と呼ばれるドゥオーモをはじめ、サン・ジョバンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼と3つの建物があります。これらの建物に力を尽くしたのは、ルネッサンスの栄光を支えた銀行家や商人たちでした。ルネッサンスの最盛期には数多くの建築や彫刻、絵画を担当し競い合って芸術の新しい時代を築いていきました。
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●ジョットの鐘楼
ドゥオーモの脇に立つ大鐘楼。1334~1359年にかけて建設されました。塔の高さは84mで、今も時を告げる鐘が鳴っています。着工当初に建築を担当したのはジョット。しかし彼は着工後わずか3年で他界し、第1層を完成だけに止まった。その後、第2層をアンドレア・ピサーノ、第3~5層をフランチェスッコ・タレンティが引継ぎ完成せました。塔の外観を見ると、階層ごとに異なる様式で建てられいます。 -
レリーフの色大理石を使った鮮やかな装飾が目を引きます。1層のレリーフは、化学や天体観測をテーマにした作品。ユニークだなぁ。。。但しこれらはレプリカで、オリジナルは付属博物館に展示されているそうです。
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●ドゥオーモ
1296年に着工し、140年の歳月をかけて1436年に完成した大聖堂。その正式名はサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂という。建物の奥行きは153m、ドームの高さは100mを超える。設計を担当したのは、公募で選ばれた建築家ブルネレスキ。彼はレンガの重みに耐えられるドーム屋根を造るため、屋根を二重構造にすることを提案。その画期的な建築方法により屋根の美しい美しいアーチが保たれました。 -
ドゥオーモが今の形になるまでには600年の歳月が掛かりました。ミケランジェロはローマ教からサンピエトロ大聖堂の円蓋の設計を依頼されたとき「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂より美しいものは造れません」と言ったそうです。
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ここからは1時間フリータイムです。集合場所はネプチューンの前。
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洗礼堂の東の門扉に戻ってみました。ちょっと人だかりが少なくなってます。
「天国の門」はコンクール優勝者ギペルティの作品。製作には27年掛かりました。後年ミケランジェロが「天国の門」と呼びました。 -
「ギベルティの顔」
「天国の門」の枠には、出来映えを満足げに眺める作者ギベルティが彫り込まれています。この頃から芸術家は名前や顔を作品に遺すようになったそうです。 -
人だかりのいる「天国の門」
それにしても10年ほど前に比べて鉄柵がかなり高くなっています。。。 -
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レプブリカ広場
旧市街地の中心部に位置する広場でデパートやカフェが並んでいます。広場中央にあるメリーゴーランドには、楽しく遊ぶ子供たちの姿を見かけました。 -
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メルカート・ヌオーヴォ
バックやポーチなどの革製品や工芸品を中心に販売している市場で、敷地内にいくつもの露店が並んでいます。ん?でもご用心ください!made inイタリアじゃなく、ほとんどがmade in中国です( ´艸`) -
メルカート・ヌオーヴォの南側に置かれたイノシシの像。「子豚ちゃん」と呼ばれていて、鼻先を撫でると再訪出来るというジンクスがあるとか。うんうん。11年前、確かに撫でたらまた訪れることが出来ました。。。ん?イタリアは今回で最後にしようと思ってるのに…また撫でちゃいました。。。(>_<)
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小じんまりとしたフィレンツェの街は徒歩で訪ねることがことができて楽しいです。
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見どころはドゥオーモを中心とした徒歩30分圏内。
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今もなお華やかさを失わない、詩情あふれる街並みを感じながら歩けます。
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路地歩きをするとツウな気分になりながら楽しめるからフリータイムには欠かせません(≧▽≦)
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目的なく路地歩き。。。
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目的なく路地歩き。。。
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目的なく路地歩き。。。
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ん!?
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1時間はあっ!という間。ネプチューンに戻ってきました。
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サヴォナローラ(ドミニコ派修道士)ら民衆の支持を得てメディチ家は追放しました。しかし、サヴォナローラが過激な宗教アピールをし教皇に波紋されると、民衆からの指示はなくなり彼は火炙りにされてしまいました、その場所がココです。
5月23日命日には花束が供えられます。 -
噴水前のマンホールの蓋にしか見えない箇所。それこそここがサヴォナローラの処刑場所を示す碑なのです。なんと民衆の心は移ろいやすいものか。。。
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サンタ・クローチェ教会
1294年に建てられたフランチェスコ派の教会で、ここにはフィレンツェゆかりの偉人たちが眠っています。教会正面左手に詩人ダンテの像が立っています。ローマに埋葬されるはずだったミケランジェロは、フィレンツェ市民によって、盛大な葬儀の後、別れを惜しむ群衆によってここに葬られました。 -
世界遺産の古都フィレンツェは街全体が歴史あるルネッサンスの観光地でした。
ルネッサンスとは「再生」。14世紀にフィレンツェでルネッサンスは始まり、価値観の中心に神をおく中世から脱し、人々は自由で明朗な人間尊重の文化を再生しようとしたものです。
21世紀の今、昔の人々が遺した世界遺産の数々を大切に受け継いでいける…そんな世界であって欲しい。そう強く願っています。。。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ryujiさん 2022/09/11 13:33:44
- 素敵です、フィレンツェの街! 私にとっては懐かしい~のひと言♡
- はじめまして、ままさま。 私はryujiと申します。
タイトルの旅行記を見せて頂きました。 素敵でデラックスなイタリアの旅、さぞかし有意義な期間を過ごかれた事と思います。 いい~ですね、特にフィレンツェは!。 ドーモ&サンタ・クローチェ教会&ダビデ像等々をとても楽しく拝見で~す。 ルネサンス街・花の街とも、フィレンツェは真に素晴らしい街です。 ・・・・・・そして懐かしい。
私事を述べさせてください。 60歳の定年退職を期(2005年)にイタリア旅行をしました。 それまでは確か飛行機に乗ったのは新婚旅行(国内)ぐらい、言わば渡航歴の最初がイタリア何んです。 もっとも今まで、旅への関心度が0%で(お金の余裕も0%)、私のフォートラ参加の出発点となりました。
追記。 徳島の大塚美術館の旅行記を見て頂きありがとうございます。 ルネサンス期の絵画が大好きな私です。 これもイタリア旅行が起点に通ずるものと思っています。
ステキな旅行記をありがとうございます。
ryuji
- ままさん からの返信 2022/09/11 15:52:52
- RE: 素敵です、フィレンツェの街! 私にとっては懐かしい?のひと言?
ryujiさん こんにちは
コメント頂き、すごーく嬉しいです。
ryujiさんのことは、よーく存じております(*^^*)
以前、イタリアやフランスに訪問する際に、ryujiさんの旅行記に幾度か訪問し参考にさせて頂きました。綺麗なお写真で素晴らしい〜と思っておりました♪
> 追記。 徳島の大塚美術館の旅行記を見て頂きありがとうございます。
>ルネサンス期の絵画が大好きな私です。 これもイタリア旅行が起点に通ずるものと思っています。
大塚美術館に10月下旬頃に友人と行く予定なんです。イタリア旅行記の後は、大塚美術館を載せるハズです(≧▽≦)
その際は、度々ryujiさんの旅行記へ訪問すると思います。
以前ryujiさんの美しい星座の旅行記も記憶に残っています。。あの写真の数々も感動しました〜♪ 今回ryujiさんコメント嬉しくてフォローさせて頂きました。これからも宜しくお願いします。
まま
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