2021/11/25 - 2021/11/26
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しにあの旅人さん
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この旅行記スケジュールを元に
古いやつでございます。新しいものを欲しがることになっていますが、古い物が大好き。
和気神社の神様は和気清麻呂、わあ、8世紀だ。
熊襲、ぞくぞくする。
霧島市国分郷土館と隼人歴史民俗資料館、きっと古い物がいっぱいあるにちがいない。
参照、引用した資料は「旅人@九州1」に列挙しました。引用に際し、僭越ながら敬称を略させていただきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回の立ち回り先です。目印に鹿児島神宮と鹿児島空港。
霧島市国分郷土館だけ背景が色付きなのは、打ち間違えたから。手作り感あって、いいかと。 -
和気清麻呂を祀る神社です。
清麻呂は、道鏡を天皇にするという陰謀を、身を挺して防ぎ、皇統を護った英雄ということで、戦前の教科書では有名だったそうです。
これは続日本紀や日本後紀に書かれているお話しです。
↓こちらでしつこく書きましたので、よろしければご覧になってください。
「諸国寺社旧跡めぐり 豊前国1 宇佐神宮、清麻呂推参!」
https://4travel.jp/travelogue/11738293
道鏡と称徳天皇の怒りをかった清麻呂は大隅国に流罪となりました。
続日本紀神護景雲3年9月25日、
★(前略)道鏡は大いに怒り、清麻呂の官職を解いて因幡員外介に左遷した。清麻呂がまだ任地に就かないうちに続いて詔があり、官位を剥奪し籍を削って、大隅国に配流した。★
大隅国といってもいささか広うござんすが、なぜこの地に和気神社があるかというと、
「神社と古事記」
https://www.buccyake-kojiki.com/archives/1026472665.html
によると、
★嘉永6年(1853年)、鹿児島藩第11代藩主島津斉彬が日向国・大隅国を視察した折に、この地に松を手植えし、側近の八田知紀に命じて和気公の遺跡調査を行わせた。この結果、この地が和気公の配流地であったことが確定した。★
確定の根拠は分かりません。それに基づき神社が現在地に鎮座したのは昭和21年(1946年)3月です。神社としては極めて新しい。和気神社 寺・神社・教会
-
和気神社にやってきますと、まずびっくりするのはこの大絵馬。
日本一の大絵馬だそうです。「日本一」というのは星の数ほどあって、たいていの日本一には驚きません。
これには驚いた。絵馬の形はしていますが、壁画です。
神社にはあちこちにイノシシさんがいます。
一書に曰く、
山道を登った所にある神社でした。
車をとめると、まず目に入った広場に自然と入ってしまいました。
藤棚が広場を囲んでいて、初夏にはさぞや美しいだろうと思われました。
今回は季節外れ、残念です。
目指す神社は、そっちではなく、駐車した横。
広場からしたら向かい側の森でした。その入口横に、これですよ。
日本一の絵馬。
オッ事主さんみたいなイノシシが、ガオ~。
もののけ姫の世界です。
By妻 -
狛イノシシ。
-
「阿」
-
「吽」ちゃんと「阿吽」がセットになっています。
-
夕日が当たって、なにやら不気味です。
-
すごいあたまでっかち。イノシシって、こんな体形だっけ?
-
本殿前にいた。なんでできているのだろう、ホウキみたいだけれど。とにかくイノシシさんです。
-
本物もいます。残念ながら手前の金網にピントが合ってしまいました。奥のなにやら白いもやーとしたものが、白いイノシシです。「わけちゃん」という名です。
一書に曰く、
そして神社は、イノシシづくし。
本物のイノシシやら、竹で作ったイノシシやら。
小さいお子さんには楽しいでしょう。
大隅のネズミーランド、いやイノシシランドです。
By妻
なんで和気神社にイノシシかというと、日本後紀の和気清麻呂死去の記事に詳しい評伝があります。
称徳天皇の崩御後清麻呂は都へ呼び戻され、そのご栄進しました。
日本後紀延暦18年(799年)2月21日、
★清麻呂は足が不自由になり、起立することができなくなったが、八幡神を拝礼しようと思い、輿に乗り出立した。豊前国宇佐郡楉田(しもとだ)村を通りかかったとき、三百頭ばかりの野猪が現れ、道を挟んで列を作り、十里ほどゆっくりと先導して山中へ消えていった。(中略)神社を拝礼すると、即日清麻呂はあるけるようになった。(中略)行くときは輿に乗り、馬に乗って帰還した。帰途の清麻呂を見た人は、みな感嘆した。★ -
これは宇佐神宮発行の「絵で見る 和気清麻呂公一代記」中の、清麻呂を護衛するイノシシの図。
-
境内一隅にこういうのがありました。
「龍馬、ハネムーンロード」と題する説明板もありました。龍馬とお龍が鹿児島に、寺田屋で受けた傷の療養に来たのは史実です。日本最初の新婚旅行!
その中の一節。
★龍馬は、滝の印象を乙女姉さんへの手紙で、犬飼滝について「滝は50間(100m)も落ちて、この世の外かと思われるほどめずらしき所なり」と絶賛し、ここで10日ほど泊まり、谷川で魚を釣り、短筒で鳥を撃ち、楽しくすごしたと書いている。★
一書に曰く、
境内には、坂本龍馬夫妻の新婚旅行の地の立て札ですが、和気清麻呂を追いかけている身にとっては、新しすぎて、お隣のお兄ちゃんの新婚旅行なんて、どこでもいいじゃん。の気分です。
あら、私、お龍に焼き餅かしら?
By妻 -
神社近くの駐車場から見た犬飼滝です。
龍馬がこの近くに滞在したことは間違いないみたい。
一書に曰く、
この滝は、よかったです。
高さもあるし、水量も豊かで、実に堂々たる滝でした。
そうかあ、龍馬も見たのかあ!
なんかうれしい。
By妻犬飼滝 駐車場と展望台 by しにあの旅人さん犬飼滝 自然・景勝地
-
熊本出身の友達に「熊本が日本領になったのは、加藤清正が熊襲を退治してからだよね」と冗談を言ったことがあります。
彼は、烈火の如く怒りました。
そんなひどい冗談、言ってないですよね。
なんで熊本の熊襲が大隅に?
「クマソ」の語源ですが、肥後の「球磨(くま)」大隅の「曽於(そお)」という地名を続けたものだそうです。言い出したのは津田左右吉。「隼人の古代史」を読んでいて初めて知りました。
By妻に得意になって言ったら、
「常識よ」
かわゆくない。熊襲の穴 名所・史跡
-
そおでした。曽於はこのあたりの地名でした。古代は大隅国曽於郡。隼人の根拠地は曾於乃石城、「そおのいわき」です。霧島市国分郷土館があります
熊襲のなにかがここにあってもおかしくない。
前置きが長い。 -
駐車場に車を止めて、210mというから歩いて行くことにしました。
-
手作り感のある案内。
怪しいなと思いましたが、 -
案の定すぐ階段。
-
へたり込むの図。
-
入口は狭くて、私でも入るのに一苦労。
穴にもぐりこんだら、これ。
一書に曰く、
山道を進んでゆきますと、どうやらこの辺りは、別荘なのか、おしゃれなお家が、何軒か。
そのうち、なんだか立派な洋館風の建物がございます。
旅館のようです。
思うに、熊襲穴の絵は、この旅館に滞在した芸術家がですね、どうやら、描いたらしい。
青木繁なんか、宿泊代の代わりに絵を描いていったりしたらしいですからね。
旅の萩原貞行が、ふらりとこの地にやって来て、そして気の向くままに描いたっていうお話を、今、わたしが作りました。
そして描き終えた芸術家は、またいずこともなく去って行ったのでありました。・・・ナンチャッテ。
By妻 -
熊襲が残した壁画、ではありません。あったら国宝だ。
萩原貞行の現代アートです。
この穴はクマソ族の首領・川上梟帥(カワカミタケル)が住んでいたところで、女装した日本武尊(ヤマトタケルノミコト)に殺されたことになっています。
古事記だと熊曽建ですが、川上梟帥だからこれは日本書紀バージョン。日本書紀だと、日本武尊は身の丈1丈、約3mです。この時彼は16才ですから、もう3m近くあったでしょう。
私でも頭をぶつけそうな狭い入口だから、3mの大男が入るのは無理ではないか、などと、つまらぬ突っ込みをいれました。 -
出入り口にはこういうものがあって、
-
照明は自分で管理しろ、と。
中に入っているときに消されたらどうするんだろう。恐怖。
この時、私たち以外だれもいないはずですが、消すときに一応穴の中に「電気消しますよ」と声をかけました。
熊襲穴は、要するに、熊襲をモチーフにした現代壁画の、天然の画廊であります。
ただ上がり下りがきつい。
一書に曰く、
熊襲穴は、印象的でした。
穴蔵の中に入るのは、やや勇気が必要ですが、そういうのもスリル満点で楽しいし、暗闇の中に浮かびあがる装飾は、いかにもって感じです。
洞穴の真ん中には、火が燃えていて、鹿かイノシシの肉がジュウジュウ脂をしたたらせながら焼けていたら、、、想像するだけで、よだれ。
今にもあの岩陰から、ヒゲもしゃもしゃの男が出てきそう。
うわっ。
楽しかったです。
By妻 -
鹿児島神宮の境内にあります。
隼人の資料は、隼人塚資料館やこの後の霧島市国分郷土館以上のものはありませんでした。
ただし、ちょっとびっくりしたものがありました。鹿児島神宮 隼人歴史民俗資料館、駐車場あり。 by しにあの旅人さん鹿児島神宮 寺・神社・教会
-
展示の半分はこのような古い農機具なのです。我が家は農家ではなかったので、使ったことはありませんが、見たことはあります。
それはいいとして、次の展示室。 -
たしかタイトルは、「昭和の生活風景」
見たことがある、ではなく。使ったことがある。右横の扇風機、子供のころ我が家にもあった。左上の、柱にかかったボンボン時計、By妻の実家にあったのをもらってきて、我が家にかけていました。壊れたので、やむなく捨てました。
中央左のミシンは、結婚前By妻が使っていたんじゃないかな。
びっくりしたのは、こういうものが、博物館で展示されるほどの古物だということ。
うーん、なるほど、私たち昭和21年生まれ当年75才、博物館に飾ってもらえるほどの古物なのか。
令和4年では、昭和という元号は、私たちが子供のころの明治どころか、慶応か元治らしい。
一書に曰く、
ちゃぶ台の前に、by夫を展示してくればよかった。
By妻 -
旅人@九州で何度も御世話になっている霧島市国分郷土館です。
写真撮影可能です。
薩摩川内市の某博物館は、大した物がないのに撮影禁止。それに比べて、宝の山を並べたこの博物館の気前の良いこと。
展示室は大別して、2室あります。城山公園 公園・植物園
-
第2室は止上神社に残されたお面と昔の郷土生活用具など。
-
止上神社には、王の御幸に使われた3面の神王面をはじめ、51点の仮面がつたえられ、それがこの博物館に展示されております。全国でもこれだけの仮面が伝わる神社は珍しい。そのなかには、製作者や製作年代が分かる、貴重な銘入りの面があります。
このコレクションは「旅人@九州1,2,3」で紹介しましたので、重複をさけます。 -
特にお勧めは第1室。
-
幕末の薩摩藩にかかわる非常におもしろい展示がありました。
-
びっくりしたのは「金(かね)を造った国分の銅」
薩摩藩は文久2年(1862年)に幕府から薩摩藩内だけで通用する銅貨「琉球通宝」鋳造の許可を得ました。これは「天保通宝」と同じ形で文字を変えただけ。
★「琉球通宝」を作る技術と許可をもらった薩摩藩は、こっそりと全国で通用する「天保通宝」の偽金をも鋳造します。6ヵ月で「琉球通宝」「天保通宝」あわせて50万両余りを鋳造しました。★
今で言うと造幣局から偽金を作る技術を正式にもらったわけで、本物を密造したことになります。
これが、薩摩藩の明治維新の資金になったわけです。
知らなかったなあ!
その原料が国分でとれた銅でした。
一書に曰く、
知らなかったなあ!
国をあげての贋金つくり。幕府をなめてたのでしょうか?
疑問形の断定です。
西郷シェンシェイもご存知だったのでしょうか?
これは単なる疑問。
「天知る、地知る、己知る。」とか言ってて、結構やるもんです。
清濁併せのんじゃったってことですか。
By妻
「どうだ!」と薩摩藩は言った、にちがいない。
佐田神社の狛大鵬が全然受けませんでした。座布団1枚もなし。
これは「どう」でしょう? -
薩摩藩家老 桂久武(かつら・ひさたけ、1830-1877)の写真。
幕末の武士の肖像写真は多く残っていますが、笑っている写真はほかに知りません。
「武士(男)は三年方頬」と言います。「武士は3年に1度方頬で笑うだけでいい、笑うなどもってのほか」という時代に、爽やかな笑顔の写真を残しました。
時代をぶっ飛んだ開明的な人物だったようです。西郷や大久保を裏から支え、実質的に明治維新を切り盛りした実務家でした。
明治維新後も薩摩藩に残り、武士が廃藩置県で失業するのを見越し、帰農させる開拓地を用意したと書いてありました。
一書に曰く、
イケメン、というか美青年です。正統派ですもんね。
鹿児島県って、なぜかハンサムが多いです。
西郷隆盛は、上野の銅像で、庶民的な人みたいに思われていますが、若い頃は、大変な美男子だったそうで、それ故に多くの青年に慕われたのだとか。
大久保利通だって、細面のきりっとしたお顔です。
この人、桂久武は、大久保利通系統の美青年です。
しかも、仕事もできる。
先見の明がある。
もう、理想的な男性です!
姪よ!結婚するなら、こういう人よ!!
By妻 -
西郷隆盛肖像画。
作者は服部英龍(日本画家、1843-1905)
説明には、
★服部英龍は西郷を敬愛し、西郷が日当山温泉に逗留しているときくと、わざわざ出かけて秘かに物陰から盗み見たという。★
ひらたくいうとストーカーです。
西郷は写真がきらいで、1枚も残っていないそうです。この絵は実質的に写生で、これが一番似ているということになります。
一書に曰く、
あっ、穴蔵の人だ!
イケメンだって聞いたのに。
By妻 -
「西郷どんから送られた火縄銃」
箱には、 -
「贈大庭定次郎君猟銃 西郷吉之助」
と書いてあります。読みやすいように縦にしました。
西郷さんはこういう字を書いたんだ。
医者大庭定次郎から譲ってもらった猟犬のお礼に、西郷が贈った猟銃です。
すばらしい猟犬だったらしく、西郷が「ぜひとも犬を譲ってほしい」と熱心に頼むので、定次郎は根負けして犬を譲ったそうです。
こっちは西郷さんが犬のストーカー。
幕末の映画で、「ナントカ君」と呼び合っている場面があります。本当だったんだ、大庭定次郎「君」です。
今回の九州旅では、博物館をいっぱい回りました。霧島市国分郷土館はその中で最高。知らないことが山ほど。私には国立九州博物館よりおもしろかった。
超おすすめです。
一書に曰く、
博物館っておもしろいのです。
改めて教えられました。
By妻
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この旅行記へのコメント (14)
-
- 前日光さん 2022/05/17 23:21:04
- 和気神社情報!
- こんばんは。
しにあさん、和気神社の藤がどんだけ凄いかをご存じでしたか?
さつまおごじょさんの、以下の旅行記を拝見してビックリしまして、情報をシェアしたいと思いました。
既にご存じでしたら、余計なお世話かもしれませんが、以下の旅行記をご覧になってみてください!
↓
https://4travel.jp/travelogue/11751777
神がかってる藤だと、私は思ったのですが。
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2022/05/18 06:46:10
- Re: 和気神社情報!
- このブログ読んでいました。
すごい藤です。
神社正面と向かって左に広い藤棚がありました。あれがいっせいに花を付けたんです。壮観だと思います。
花房の下の方が微妙に白いのですが、あれは光の加減か、そういう種類なのか。我が家の庭にもフジが1本ありますが、ああいうふうにはなりません。
ただ、県道から上がってくる道が細いので、大変な渋滞だったろうなと思います。
-
- 前日光さん 2022/05/11 23:31:21
- 薩摩国!
- こんばんは、しにあさん&by妻さん、楽しい寺社及び博物館巡り、充実した時間を過ごされたようで。
まず巨大イノシシの壁画のある和気神社、そりゃあ九州にもありますよね!
私は京都の護王神社で、やはり狛猪と大きなイノシシの絵を見ました。
和気清麻呂と猪の話は、そこでも詳しく説明されておりました。
また、「熊襲穴」って、何なのでしょう?
怪しい感じが漂っています。
「クマソ」の語源については、私は「常識」がないので存じ上げませんでした(^^;)
お勉強になりました<(_ _)>
隼人歴史民俗資料館の「昭和の生活風景」には、ノックアウトされますよね!
だって私だって子どもの頃、こういうもの使っていたし、うっかりすると今も使っていたりして。。^^;
つくづく自分が化石化していることを自覚させられる展示ですこと!
by妻さんの「by夫さん」を展示しておきたい!という記述に大笑いしました(~o~)
そして「霧島市国分郷土館」ですが、何々?薩摩藩の政府も公認の偽金造りですと?
薩摩藩って坊津で密貿易もやっていたらしいし。
あれだけ南の方に行ってしまうと、やりたい放題ですね!
笑顔の桂久武、
そうそう、鹿児島の男性は彫りの深い人が多いですね!
西郷輝彦とか沢村一樹とか榎木孝明とか。。。
かねがね大久保利通も、この方々とは違いますが、ハンサム!って思っていました。
あの甲突川近くの像なんかも、シュッとしていてキマッテますよね!
彼には西欧風のスマートさがありますね!
なぜか西郷どんの人気が高いのでかすみがちで、人気がないのも分かりはしますが。
うーーん、日本の礎を築いた人々、薩摩人の影響は今日の日本にも深く浸透しているように思います。
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2022/05/12 13:27:12
- Re: 薩摩国!
- 白内障のアフターケアで、なんとか手術だそうです。簡単なものらしい。
2日ほど片目になるみたい。ご返事が少し遅れると思います。
- 前日光さん からの返信 2022/05/12 21:06:49
- RE: Re: 薩摩国!
- しにあさん、こんばんは。
> 白内障のアフターケアで、なんとか手術だそうです。簡単なものらしい。
> 2日ほど片目になるみたい。ご返事が少し遅れると思います。
→簡単と言っても、手術は手術です。
抜歯のための一泊入院も、検査や点滴をされると、重病なのか?なんて錯覚します。
聞くところによると、白内障って、手術した後、どうしてもっと早くしなかったんだろうと思うほど、眼前が明るくなるそうですよ。
それに期待して、私への返信など気にせず、医者の言うことをよく聞いて、養生してくださいね(^_^)v
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2022/05/13 07:20:39
- Re: 薩摩国!
- 数年前の白内障手術のレンズが曇ったのでレザーで取りました。1分くらい。眼帯なしでした。
一晩あけて、白が白にはっきり見えます。左はやってないので、差が歴然。
京都にも清麻呂さんの神社があるのですか、知りませんでした。前日光さんのブログありますか?岡山の清麻呂さんの故郷にも確か清麻呂神社があるはず。
熊襲穴は、国分から行くとかなり前から道路案内が出てきます。和気神社に国分から車で行くと、前を通りますから、行く人が多いかも。大きな看板あり。
期待して、しかも嫌いな階段を上がって、辿り着くとこれですから、若干ガッカリの気配。Kummingさんによると九州三大ガッカリというのがあるそうです。四大にしてもいいかも。
「昭和の生活風景」はびっくり。我が家の孫姫は7歳、その爺さん婆さんの世代です。それがもう博物館ですか。恐竜の化石と一緒にされなかっただけ、いいということにします。
霧島国分郷土館はおすすめです。城山公園からの眺めもいいので、この地方を車でドライブするときには、穴場です。
お昼のお弁当をもって行ったら最高。
甲突川近くの像というのは、鹿児島市内ああちこちにある銅像ですね。見落とし。最近、あちこちの地方都市、しかも歩道なんかに、いきなり銅像が立っているみたいです。
薩摩川内の家持さんは、それでも台座に乗っていました。
- 前日光さん からの返信 2022/05/13 16:47:47
- Re: 薩摩国!
- しにあさん、こんにちは。
まず、私の京都「護王神社」の旅行記はこれです。
よろしかったら、ご覧下さい。
↓
https://4travel.jp/travelogue/11486262
さて、手術というのは、数年前にされていたのですね?
本当に簡単?な手術だったのですね?
右目だけでも、はっきりとものが見えるようになってよかったですね!
鹿児島って、銅像が多いですよね?
駅前にも、維新の若き人々の像があったと思います。
それだけ多くの偉人が出たということなのでしょうかね。
明治維新も、その後の明治政府にも、現在に続く問題が残ったように思いますが、長州人よりも、個人的にはなぜか薩摩人の方に親近感を抱く私です。
西郷どんの人柄のせいかもしれませんね。
前日光
-
- mistralさん 2022/05/09 22:09:18
- 大隈国めぐり。
- しにあの旅人さん
こんばんは。
ご夫妻のお立ち寄り先の中で、あれ?私も行ったことがあるかも、と
思えた唯一の?神社が出現しました。
和気神社、
いつぞや妙見温泉に泊まった折、チェックアウトしてフライトまでの時間で
回れそうな所は、とホテルに尋ねて
犬飼滝と共に教えていただきました。
巨大な絵馬はなかった記憶が。
そのご新調されたんでしょうかね。
確かに、白いイノシシ、箒で作ったようなイノシシ、狛猪などなど
猪関連ばかりでしたね。
和気清麻呂にゆかりがあるとのことでしたが、新しい神社といった雰囲気で
ふ~ん、と一巡しただけで終わりました。
熊襲穴のご紹介はなかったように記憶しています。
霧島市の国分郷土館、面白い掘り出し物がザクザク出てきそうですね。
いつぞやご紹介のあった仮面、これらは機会があったら見てみたいと思ってますが、
他にも薩摩藩、偽金を造っていたという情報。
偽金で懐具合が豊かになって、幕末から維新にかけて、明治を乗りきっていったなんて、
薩摩藩、できることは何でもやった!んですね。
薩摩藩家老、桂久武のほほえみは?どんな未来を見ていたほほえみなのでしょう。
西郷どんの筆跡が今に残る火縄銃などなど、
時間を忘れそうな郷土館ですね。
mistral
- しにあの旅人さん からの返信 2022/05/10 10:16:09
- Re: 大隈国めぐり。
- 和気神社の大絵馬はいつからここにあるのか分かりませんが、そんなに古いことではないはず。次回お時間があればどうぞ。大きいというだけのことです。
熊襲穴は足に自信があれば。懐中電灯持参おすすめ。
桂久武さんは、ユニークな人だったらしい。結局西南戦争で戦死してしまうのですが、西郷を説得に行って、逆に感化されて参戦してしまったらしい。
いでたちは、鎧弓矢だったとか。鎧弓矢で戦争に行った最後の武士だそうです。
単純な開明派ではなかったみたい。自意識過剰というか、目立ちたがり屋というか。近代的意識と、武士の意地が混じり合った不思議な人。
国分郷土館はおすすめです。
公園もすばらしい景色で、国分平野、錦海湾、桜島独り占めできます。
- mistralさん からの返信 2022/05/10 12:03:18
- Re: 大隈国めぐり。
- しにあの旅人さん
by妻さんが姪御さんにお勧めされているように
桂久武さんの佇まいには、何故か惹かれますね。
wikiで見てみましたら
島津家の分家のご出身から桂家に養子に行かれたとありました。
小松帯刀さんと同僚?藩政に携われたんですね。
良家のご出身(多分)らしい大らかさもあっての微笑みかも,
と思いました。
もともと西郷どんが流刑中に親しくなったそうなので
西南戦争時に、西郷どんの説得を試み
出陣の見送りに行った折に、翻意。
家人に刀を取りに行かせてそのまま従軍した、と。
きっと真っ直ぐな心根のお人柄だったのでしょう。
ここにも亡くなってしまった惜しい人が。
mistral
-
- kummingさん 2022/05/09 20:22:04
- 資料館、史料研究所、博物館、郷土館、に、我思う♪
- 和気神社、和気清麻呂縁の神社なのですね。皇統を護った英雄、言われみれば、確かに! 島津斉彬に認められて、の神社創建? それまで、あまり評価されず、歴史の陰で涙をのんだ、幾歳月、島津斉彬に見出されて、ようやく往生できました。
狛犬、唐獅子を語らせたら右に出るものなし!の狛犬の権威をもってしても、前回の風雨にさらされ摩耗して原型をとどめない丸っこい物体、と、今回の狛イノシシにはお手上げですね?
熊襲の何かがここにあってもおかしくない!いつもの鋭い嗅覚のもと、導かれ辿りついたそこには(°_°) あやしいな~との思いは、駐車場のまえの巨大絵馬?イノシシの図、を見たその時から、ぷんぷんしておりました。萩原貞行、絵を描きながら日本の原風景を歩く“ “中南米~中国などの古代遺跡を訪ね……” 世界を股に現代アートのアーティストさん、google ました。熊襲穴、衝撃的な場所でした。注意書きに、「必ず中に人がいないのを確かめて、消して下さい!」と追記してください。中で電気消されたらビビります(;o;)
熊襲の語源、知っているのが常識なのはしにあさんち、限定。私は存じませなんだ。
龍馬さんがなぜもてはやされるのか?私は眉唾ものと思っていて、イギリスの武器買わされた、武器商人、との認識、間違っていますか? ほんとに、薩長の橋渡しした英雄なのかな~ハネムーンに茶々入れる気はございません。
隼人民族資料館の昭和のマイホーム、ミシン、扇風機、柱時計もありました。ただ、うちはマイカーもカラーテレビも近所で1番早かった、←自慢ではありません by妻さん、by夫を陳列させたがるの巻♪
国分郷土館では、衝撃の真実が明らかに!?!政府お墨付きの、偽札作り、薩摩の財源はコレだったのね!
私事ですが、こうやって、やれ資料館だ、やれ〇〇研究所だと、聞かされ続けてはや??年、その影響から逃れられず、絡みとられて行く私、あっちの資料館、こっちの展示室、と渡り歩き、現地時間が足りずゆっくり読めなくて、写真撮って帰ったものの、慌てていたのか、曲がってたりピンぼけたりの写真の多さ(-。-; 写真を読み、分類するのに手間がかかる、枚数多くてブログ10個になりそな勢い、こんなに時間かけてブログ作る事になろうとは(TT) 内容はともかく(笑)
- しにあの旅人さん からの返信 2022/05/10 07:32:41
- Re: 資料館、史料研究所、博物館、郷土館、に、我思う♪
- 写真の枚数が多くてブログが10個になるそうな、大いに結構です。Kumming調炸裂で、20個でも結構。早く読みたい。
と言う私も昨年11月はおろか、7月の奈良も終わってなくて、次から在庫整理にかかります。
狛犬唐獅子問題も、九州と奈良博で面白い資料を見つけてきたのですが、まだ辿り着けません。
ヨーロッパは、コロナに加えてウクライナがどこに飛び火するかわからず、おまけに円安でしょ、私は数年国内に引きこもります。
昭和のマイホーム、愕然としましたね。子供のころの日常風景ですからね。日常が博物館の展示になるとは、思ってもいなかった。今の子供さんにあの展示を見せたら、「なにこれ、明治維新前後くらい?」とか、言いそう。九州なら「元寇のちょと後だよ」と言ってやりましょう。案外信じるかも。
我が家も自動車が来るの早かった。父がこういうの好きだった。朝エンジンがかからなくて、車を押した記憶があります。相当ボロい中古だったのです。
テレビは、ダイヤルを3と4の中間に微妙に合わせないと映らないとか、苦労した覚えあり。
熊襲穴はともかく、和気神社のでかい絵馬は一見の価値あり。でかい、というだけですが。九州三大びっくり、などというのを作れませんかね。
ブログ待ってまーす。締切に追われる向田邦子の気持ち味わってください。書けない言い訳に「髪がかゆい」と言ったそうです。
- kummingさん からの返信 2022/05/10 09:07:04
- 事後承諾申請♪
- というワケで?!ほとんどしにあさんby妻さんの訪れられた処、の中で、私も行ってみた~い! かつ、公共交通機関で辿り着ける、をなぞった旅。
私の力不足を補って頂くために、あちこちにしにあさんのブログURL貼り付けまくりm(_ _)m
事後承諾になりますが、よろしくご容赦のほど♪
- しにあの旅人さん からの返信 2022/05/10 10:10:56
- Re: 資料館、史料研究所、博物館、郷土館、に、我思う♪
- URL張りまくり、どうぞ、どうぞ。
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