2022/02/04 - 2022/02/07
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montarouさん
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スキーを楽しむ予定で、湯田中に宿を取ったが、雪の降る日が多く、葛飾北斎の絵のある岩松院を訪れたが、それ以外はもっぱら温泉に入って過ごした。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 2.5
- グルメ
- 2.5
- 交通
- 2.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2022年2月4日午後、地獄谷野猿公苑から戻り、夜間瀬川の東岸の温泉宿にチェクイン。直ぐに露天風呂に向かう。先客が一人いて、この男が私に話しかけたので、それに答えると、その後執拗に脈絡のない雑言を私に吐き続け、非常に不愉快だった。雪がチラチラ降り始めたので、見計らって不愉快な風呂から上がった。
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5日の朝は小雪、車の上に10㎝ほどの積雪。志賀高原に登るほどの天気ではないので、よませ温泉スキー場に向かうことにした。しかし、出発と同時に雪が強まり、前が見えない。よませスキー場の駐車場で天気待ち。二十分ほど待ったが、諦めて降りることにした。ところが、403号線に出る直前の急坂の、水を流して雪を溶かしている所であったが、この日は水を流さず、そこに除雪車が来て上雪を除いたため氷面が出ていた。そこでスリップし、10m近く滑り、サイドブレーキも踏んで、横向きになり、やっと停止した。心臓が止まるほど、危なかった。写真は晴れた日の夜間瀬温泉スキー場。
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スリップに気を付けて夜間瀬の町まで下り、そこから、北斎の絵があるという小布施の岩松院に向かった。小布施は何回か訪れたが、町から外れた岩松院には行ったことがなかった。30分ほどで到着、駐車場もあり、車で訪れやすい所であった。
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寺門の手前にある表示には、福島正則の霊廟があると書かれていた。福島正則は加藤清正と並ぶ、秀吉軍の武闘派の武将である。両者は共に、秀吉の縁者の子供で、小さいころから秀吉に仕え、小大名になっていった。秀吉が死ぬと、一緒に育った経済官僚の石田三成と対立、さらに秀吉の正妻の影響からか、徳川に接近し、関ケ原後に大大名となった。他方で豊臣家は滅び、その後、福島正則は徳川から難癖をつけられ、50万石から5万石余りの、この地に移封され、数年後に死去したと言う。それより前に加藤清正も死んでいて、その藩を名門の細川氏、すなわち明智光秀の娘であったキリシタン細川ガラシャ、その子供の領地となった。ところが、改易された加藤家の浪人が加わった島原の乱で、細川ガラシャの子供の細川藩が、キリシタンを殺傷することになった。
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ここは町外れの田舎寺で、入口の金剛力士像の創りは稚拙であった。
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岩松院は小さな田舎寺ではあるが、ここには葛飾北斎の鳳凰の巨大な天井絵がある。拝観料は500円。長野北部は京都大阪や東京からも遠く、田舎のように思うが、歴史上、色々な事があった地域である。小林一茶も岩松院の常連で「やせ蛙(自分の子供に見立てて)まけるな一茶これにあり」と詠んだとあった。親ばかの一茶が、やせ蛙を見た岩松院の庭の池は雪で埋もれていた。
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「八方睨み大鳳凰図」は葛飾北斎が89歳の時に書いたという。実物は21畳と言う本堂の天井全体に大きく書かれていた。寺ではロウソクも使うだろうが、汚れがなく、極彩色で綺麗だった。説明者によると、絵具費用は現在価格で数千万円という。北斎は世界初の合成鉄錯体(最初はドイツ人が鉄鍋で動物の血肉を煮ることで合成)を実用化したプルシャンブルーを大量に使い、貧乏だったことは有名だ。ただ、この鳳凰の絵を見た私の第一印象は、大迫力だけで、何が書いてあるのか分らなかった。バカな私の暴言だが、その一因は、四角い中に、細長い鳳凰を押し込めたためと感じた。浮世絵師の北斎は絵を売るのが仕事で、龍や富士山など縁起の良い絵から春画まで、客が好む絵が多いのは当然であろう。北斎は、芸術上の満足感と、客の満足感の整合性を何処で求めたのか?
追記として、欄間も素晴らしかった。だが、その製作者を聞くと、二人の若者だと言う。信じられない高度な技量と感じた。富山県の井波には若い欄間製作者が多数修行しているが、日本人は不器用になったようだ。なお寺の内部の写真撮影は不可。それで土産用の布絵の写真を撮った。 -
小布施からホテルに早めに帰り、また露天風呂に向かった。ところが入った直後に、あの無礼な男が入って来て、私に話しかけてきた。返事をすると、また執拗に脈絡のない雑言を吐きかけてきた。直ぐに出て、1時間余り後にまた露天風呂に行くと、すでに無礼な男がいた。帰る訳にも行かず、礼をして、離れた位置で湯に浸かったが、再度、うるさい雑言を吐きかけ続けた。この男は明らかな知的障害者であった。夜からまた降雪、6日朝まで20㎝ほどの降雪、雪が止まないので沈殿。
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6日は雪の降る露天風呂も良いと思い、朝風呂と洒落た。一人で浸かっていると、又、又、あの男が入ってきた。既に拒絶反応を起こしていたので、お先にと言うだけで、上がった。
この男は精神障害ではなく、治癒できない知的障害者である。知的障害者は、全種の障害者の内で、労働する割合が最も低い。さらに、昭和43年版の犯罪白書(法務総合研究所調査)では知能指数89以下の受刑者が82%、2011年調査で69%である。知能指数の平均は100だから、知能指数の低い者は受刑者になりやすい。これに高度知的障害者は含まれない。高度知的障害者は責任能力がないので、殺人でも無罪となる。そのため刑務所は軽度知的障害者の保護施設と揶揄される。知的障害者による犯罪の防止のためには、低賃金であっても働ける場を与えることで、保護費を貯めて温泉旅行ができるのに、更に保護費の加増を主張する法曹界などの意見は理解できない。長期温泉旅館での療養で、知的障害が治療できるのかな?
時間があるので、雪の中を歩いて、渋温泉の大湯に行くことにした。高い生活保護費と安い国民年金の金額格差の是正が必須だなどと、ボヤキを吐きながら歩くと、湯気を吐く多くの源泉が途中にあった。 -
イワナかヤマメかマスかは分からないが、養魚場もある。
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滑る雪道を20分ほど歩いて、対岸上流の渋温泉の有料駐車場に着いた。ここで渋温泉大湯のチケットを売っている。他には駐車場の約200m上流の観光センターでも売っているという。このチケットを、大湯の周囲の店や宿に出すと、大湯の鍵を開けてくれるという。幸い、雪が小降りになってきた。
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大湯の近くで最も立派な金具屋の名の温泉宿で、大湯の鍵を開けてもらった。この金具屋は古式豊かで、素晴らしいフロントがあり、私のような貧乏人の泊まれる宿ではないようだ。
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九番湯の渋大湯にはノボリがあり、周囲の雪景色と、なかなかの雰囲気だ。
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濁り湯と聞いていたが、残念ながら、わずかな白濁であった。
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渋温泉街は朽ちてはいない、古い雰囲気を残しているので、散策には良い所である。大雪で坂道が多いが、路上の雪は溶かされているので、滑ることはない。
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射的屋もあり、実際に稼働していた。外国人が来るようになれば、また賑合うだろう。
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翌7日に、天気が回復。朝食後、直ぐに高井富士に向かって出発。先日、よませ温泉スキー場への曲がり角でスリップしたので、あえて遠い高井富士に向かった。ただ、よませ温泉と高井富士スキー場はリフトで繋がっていて、リフト券も共通だ。よませ温泉側は直線的コースが多く、高度差は大きいが、上部ゲレンデは上級者向けで、安易に上部に向かうのは止めた方が良い。高井富士側は主に初級中級者向けだが、林の中の雰囲気など、変化があるのが良い。写真は高井富士側の施設で、客は若者の初心者が多く、杉ノ原や焼額山に比べ客数が減っているようには見えなかった。
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新雪と青空の風景がいいね。写真は、主にアクロバティックなスノーボード用の練習ゲレンデだが、今年はオリンピックの為か、練習する若者はいなかった。
明日は志賀高原に登る。
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