1975/08/02 - 1975/08/16
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おくさん
自転車旅行関西編1
2010年から年に1・2度行ってた海外旅行ですが、コロナウィルスのために2019年を最後に行けなくなってしまいました。行けなくなってしまったので2020年から旅行ブログを作るようになりました。始めてみたらその楽しさに目覚めてしまいました。2021年一月に海外旅は全て作り終えてしまったので、これ以降は作ることができません。海外より遙かに行っている国内旅行編を続けて作ろうかなとも思いましたが、それより面白いのは若い頃にはまった自転車旅行かなと考え、こっちを作ってみることにしました。ただ、4トラを見ている方は自分が旅行に行くための情報収集の面があることを考えると、自転車旅行は誰の参考にもならないですよね。これ読んで楽しんでくれる人いるのかな?もしいるようなら嬉しいですが。まぁ作るのが楽しい私自身のためと思えば良いと思います。若いころに夢中になって走り回っていた記憶がまた蘇ります。たはは
サンチャゴ巡礼もそうでしたが、そういう特殊な旅では私はマメに日記をつけています。それは昔の自転車旅でも同じでした。その前から現在に至るまで40年のあいだボランティアで活動していた団体の月報に「ぶらぶらと一人旅」シリーズで毎回載せていました。文の方は旅から帰ってきてひと月程度で書いてしまうので、記憶もまだみっちり残っているので問題なく書くことができました。そのお陰で今でも文を読み返すと当時の記憶が鮮明に蘇ります。本文の方は加筆程度で簡単に作ることができますが、ただ、デジカメがない時代なので写真の方はとても少ないので残念です。
タイトルの方は昔に使っていた「ぶらぶらと一人旅シリーズ」だと何の事か分からないので、「自転車旅行シリーズ」にしてみました。これだとどんな旅なのかタイトルを見れば一目瞭然でしょ?自転車旅行に興味がある方なら読んでくれるし(たぶん極少数)、そうでない方は素通りするでしょう。
余りに昔のことなので、敢えて年度は記さない方がいいかなと思いましたが、やっぱり書くことにします。物の価格の変遷とか、それも含めて楽しんでいただけたらなと思うので。そのころは自営業で家族4人で仕事をしていました。泊まりがけのサイクリングはGWの春と、仕事が暇になる夏場の年に二度出かけました。出発の数ヶ月前から情報収集に余念がないのは現在と同じですが、ネットがない時代なので図書館から借りてくる本が唯一の情報源でした。いまは便利ですねー。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 旅行の手配内容
- その他
-
前置きが長くなりましたが、ここからが本文です。
これは遙か昔の1975年に関西方面を15日間で往復したサイクリングのお話です。その頃はサイクリングを始めて2年目で(と言うか長距離は2回目)ツーリングや自転車についての知識は無いに等しく、装備も必要なもの、不要なものが良く分からずに「行きたい行きたい」の気持ちだけで行ってしまった旅でした。反面、長丁場を考え、一年間かけて体力造りをするという、今では絶対しないことも根気良く続けました。何故関西方面を選んだかと言うと、私の姉妹と母の女性3人組が二度も京都へ旅行に行ったのを聞いていたからです。なのでちょっと京都は憧れの地だったのです。
では、15日間の一人旅のはじまりはじまり・・・
1975年8月2日、曇り空の中、家を夕方出発。どっちゃりと荷物を積んだ自転車のペダルはいつもの何倍も重い気がする。自転車って荷物を付けるとこんなに重くなるんだと、本番当日になって気が付きました。
まず私の所属しているカトリック教会に寄って旅の無事を祈って行く。調度、フランシスコの町施設長の小野先生と故高橋ゆうちゃんがいて見送ってくれる。見送って貰ったりすると逆にこれからの旅を思い、背筋がゾクッとする。何が起こるか分からない15日間を思うと、多少の決死の覚悟はいるものだ。
安中手前の板鼻迄は車やバイクで走り慣れた道だ。富岡へ行くにはここから国道18号を離れ山の中へ入っていく。ここからがまだ走ったことの無い未知の世界だ(おおげさ)。途端に道の両側には人家が無くなり、代わりに竹薮なんかが出てきたりして薄ら寂しい山道になる。天気が悪いので尚更気色悪い。まだ出発して幾らもたってないのにこんな弱気じゃしょーがないぞ。
薄暗くなった7時半頃富岡教会到着。ここのソラーノ神父さんとは面識は無いが、同県の信者ということで一夜の宿を気軽に承諾してくれる。富岡の町で明日の朝飯を仕入れてから、早々と8時半に広いホールで寝袋に潜って眠らせて貰う。明日からの旅のことを考えると興奮して中々寝つけない。そしたら蚊の奴がプーンとやってきたので尚更寝られない。神父さんによれば、蚊は居ないという話だったので窓を開けっぱなしにしといたから、やたらと蚊に刺される夜になってしまった。虫刺され用にキンカンを持ってきたが、刺される前の虫除けスプレーの方が良かったみたいだ。失敗した。
8月3日。出発から2日目の朝、明るくなり始めた5時前には富岡を出発する。50分程で井森みゆきの古里・下仁田を通過。さらに一時間走り、グッと上りがきつくなった山道に差し掛かった所で昨晩買った食料で朝飯にする。ぶどうパン、焼き肉缶詰、林檎ジュースと至って健康的。食後、ただちに出発。先は長いのだ。
現在は上信越高速道でひとっ飛びでき、一般道でさえ内山トンネルが完成したので差ほどでないこのルートも、当時は群馬の秘境に行くような道だった。未舗装の狭い道はくねくねと曲がりくねり、急坂の路面はバラスが多いため、自転車を押し上げようにもズズズーと足が取られる始末。フーフーハーハー、ズルズルザザッーを延々と繰り返していく。その上炎天下なので、しんどい事この上ない。とうとう体調を崩してしまった。
立っているのも困難になり、自転車を押し上げようとしても3歩も進むと倒れてしまう。いくら大ごとになったといっても倒れてしまうなんてことは今までの人生で一度も無いことなので、これはとっても珍しい感覚だった。キット朝飯を食べた後、すぐ動きだし始めたのと、水をがぶ飲みしたのが腹に来たのだろうと思っていたが、木陰で倒れていても体温が異常に上がったまま下がらない?一体どうしちゃったんだろう俺の体は?こんな事は未だかつて経験したことが無い。訳が分からないが、体温は一向に下がらないし身体の具合も吐き気はするわ、肩で息はするわで最悪。ここで休んでいても事態は良い方向に向かわない事だけは分かるので無理矢理先へ進むことにする。
数歩進むとバタンを幾度も繰り返してるが、何処まで行けばいいのか見当も付かない。これはもう緊急事態だと判断して、たまたま通り掛かった車を止めて自転車ごと乗せて貰えるか頼んでみるがトラックでもない車なので載せられないとのこと。仕方なく数歩進んではバタンを繰り返し、上へ上へと上がって行く。Uターンして下へ降りれば楽だろうが、それをしてしまうと今回の旅を諦めることになってしまう。まだ2日目でそれはないよね。 -
暫く行くと、岩肌をチョロチョロと冷たい水が這っているではないか! すぐその場にぺたんと座りこんで、その水を手ですくっては頭にかぶったり手足に掛けたりして冷やすことにする。何しろ身体が熱いのだ。
不思議なことに暫くそうしている内に体調が戻り、元気も出てきた。あー良かったこと。これでまた旅を続けられる。命拾いの水を感謝の心を込めて写真に撮り頂上を目指す。
何十年も後になって気付いたことだが、この症状は熱射病・熱中症そのものだった!まかり間違えば命取りにもなりかねなかったのだ。くわばらくわばら。
お陰で峠の天辺までたどりつき楽な下りになる。スピードが出るのにまかせて勢い良くダートに突っ込んだら自転車に取り付けてある飲み水用のボトルがホルダー毎はずれて落っこちてしまう。今回初の自転車アクシデントだ。でも簡単なことなので+ドライバーで難なく直して走り続ける。
佐久を過ぎ、浅科村に来た所で予定より2時間も遅れている。あの熱射病のせいだ。このままだと今日泊まる予定の諏訪湖迄行くことができない。体調を崩しているのに加え、この先まだ和田峠を越えなければならないのだ。2日目でもう大幅な日程の修正をするのは嫌だなー、なんて思いながら走っていると、タクシーが信号待ちをしている。ピンポーン!!安易なアイデアがひらめいた。タクシーで自転車ごと諏訪湖まで運んで貰っちゃえば体力はこのまま予定もそのまま。信号が変わる前に、もう運ちゃんと交渉を始める。人間易きに流れるのは早い。
自転車はタクシーのトランクになんとか納まった。金は掛かるが、ま、今回は大目に見よう。体力が落ちちゃったのもあるけど、やっぱり体調を崩して気が弱くなってるのが一番の原因かな。でも、これが今回サイクリングの唯一の汚点だった。やっぱ自分の足で走り回ってこそのサイクリングだもんなー。何十年たった今でもこの汚点が尾を引いた。トホホだ。
和田峠には何人ものサイクリスト達が休んでいた。みんな自分の足でここまで頑張った連中だ。その脇を自転車を積んだタクシーで通るのはチト恥ずかしいものがある。
諏訪湖に着いて自転車を降ろすと、無理矢理トランクに押し込んだためなのかパンクしていた。チューブを出してみたがパンク箇所が分からないので通りの家で洗面器と水を貸して貰って直すことにする。そしたらそこの家の人が「紙ヤスリはゴムが黒くなるまで擦るんだ」など、あれこれ講釈を言いながら二人で親切に手伝ってくれ、無事に直すことができた。パンク直しもまだ初心者なのでありがたい。
京都へ行くって話をすると、この先の国道19号には「鳥井トンネル」という自転車だとおっそろしいトンネルがある話をしてくれた。トンネルを通らないなら、その上にも山越えの道はあるけど楽じゃないそうだ。肝に命じておく。今日は気分的に滅入っているので、野宿ではなく宿を探すことにする。合宿所みたいな見るからに安そうな宿「湖畔荘」に決める。素泊まりで1800円。夕食は湖畔の食堂でビールとベーコンエッグ定食。ちょっと気分が華やいだ。 -
写真がしょぼくて済みません。フィルムカメラの写真をスキャンしたものです。フィルムは24枚撮りを2本持って行ったので、デジカメと違い「ここぞ」と言う所でしか撮りませんでした。この写真は「ここぞ」とは思えませんが、当時はこれでも「ここぞ」だったのだと思います。と言うことで、このブログは写真が極端に少ないです。すいません。
8月4日、サイクリング3日目。朝5時に宿を出発する。どうせ朝飯はつかないのだから涼しい内に距離を稼いでおくに限る。ここから塩尻に出て、名古屋を目指すのだ。
すぐに塩尻峠の上りに入るが、峠と名が付くからには一応の上りを覚悟していたが、嬉しい誤算ですぐに頂上に着いてしまった。拍子抜けするほどの軽い峠だった。これ本当に峠か!?
6時、塩尻市を通過する。朝が早いのでまだラッシュが始まる前で道路は空いていたので良かった。塩尻を後にすると、本当に深~い山また山が続き「木曽路はすべて山の中である」という名文句を幾度となく思い出す。
早朝のダウンヒルは真夏と言えども肌寒いくらいだ。一時間程下ったところに大型トラックが沢山停まっている「ドライブインSS」で朝飯にする。ラーメンが180円(1975年)なのにリポビタンDは現在と同じ120円だった。でもサイクリング中は健康と体力維持を考えて、ドリンクと牛乳は毎日飲もうと決めている。このころは積極的に野菜を食べようと言う意識がありませぬ。若者だったから。 -
昨日脅かされた鳥井トンネルが見えてきた。トンネルの入り口からそっと中を覗いてみる。確かに中は明かりなど一つも無い真っ暗闇で、通過する車のライトが見えるだけだ。それも奥へ吸い込まれてすぐに消えてしまう。地獄の底から聞こえてくるような「ゴーッ」と言う音がいやに不気味だ。
写真はこの10年後に再度自転車で訪れた鳥居トンネルです。この時は車道とは隔離された歩行者用道路が造られていたので安全に通行できました。
昨日パンクを手伝ってくれた人の話によると、中は排煙装置が一切無く、モウモウとばい煙が舞っているという話だ。それは中を覗いただけですぐ想像できた。出来ることはやっておこうとタオルを2重に畳んで鼻と口を覆ってガスマスクの完成。そして車が途切れたのを見計らってトンネル内へ飛び込む。そしたらもう一目散にペダルをこぐだけだ。長い長いトンネルで、前からくる車はいいが、後ろから迫ってくる車の音が恐ろしい。「グオーッッッ」と段々迫ってきて、今にも踏み潰されるような錯覚を覚える。自転車の小さな小さな赤い尾燈だけが頼りだ。「運転手のみなさーん、ここに自転車がいますよー。ちゃんと避けてくださいねー」と心の中で叫んでいる。それでも無事にトンネルを脱出。マスク替わりにしたタオルには、真っ黒に鼻の穴の後がついていました。2重に畳んだ分の4つがクッキリ。 -
時間が過ぎて陽が高くなってくると8月の真夏の暑さが襲ってくる。ひぇ~暑い暑い熱いーっ。道ばたに日陰を見つけると短時間でもそこに座り込み少しでも体が冷えるようにしている。店を見つけるとその都度ジュースやアイスを食べている。ボトルの水はすっかりお湯と化している。
1時、岐阜県中津川市を通過。昼飯を探しながら走るが、あんまり暑いので、かき氷も食べられる食堂という条件をつけてるのでなかなか見つからない。2時、もう我慢できないので余り入りたくない部類のスナック食堂「ブラジル」でカレーと氷メロンのお昼にする。涼しい店内に少しでも長くいたいため、ねばりにねばる。店を出れば、また地獄のような暑さが待っているのだ。
多治見市は5時半頃通過。牛乳と本日2本目のドリンクを飲む。今度は新グロモントだ。やっぱり120円。高いけどこれ飲むと元気になる気がちょっぴりするので元気をお金で買っている気分だ。
そろそろ泊まるところを探してもいいくらい距離を稼いだが、時間的にもチョット中途半端だ。だらだら走ってるうち名古屋市内に入ってしまった。「あれま、諏訪湖を出発して名古屋まで来てしまったよ」と自分でも感心する。だが、大都市名古屋で野宿ポイントが見つかるのかな?
8時近くにレストラン「天神」という店で夕飯にする。生ビールと玉子丼で750円。野宿するには人通りが途切れる時間まで暇つぶしをしなければならないので、少し走った所で缶ビールを買ってちびちび飲む。この頃はまだ缶ビールが130円だ。ドリンクはやっぱり高額だな。
名古屋と言えばなんと言っても名古屋城だ。と言うことで、とりあえず寝場所に当てがない者しては名古屋城へ行ってみる。
名古屋城手前に、とてつもなく広い道路があって、向こう側に着く間に中之島みたいな一時待避所があった。そこでもう一回信号が変わるのを待って横断するほどだだっぴろい道路だ。さすがは大都市名古屋と感心する。
名古屋城がスポットライトを浴びて見える芝生の公園内で寝ちゃうことに決める。ここから見える所に交番があるな。不審者と思われ夜中に起こされるのは嫌なので、一応、断りに行っておく。お巡りさんは「はぁ」と言うくらいで興味はないようだ。
9時から0時まで芝生の上で寝てみたが、暑苦しいわ蚊はいるわでとても寝てらんない。こんな所にいるよりは走ってしまう方が楽だと、夜中にシュラフをたたんで出発する。
真っ暗な道路は余り気持ちの良いものではなかったが、地図で道路は確認できるので一宮駅方面を目指して走り続ける。
自転車旅行関西編2へ続く
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