2021/11/21 - 2021/11/21
13位(同エリア126件中)
Fidelioさん
- FidelioさんTOP
- 旅行記63冊
- クチコミ619件
- Q&A回答2件
- 104,933アクセス
- フォロワー70人
この旅行記スケジュールを元に
「光」と「影」は、常に表裏一体のものです。
物理的な現象において、スポットライトが当たればその光を浴びた面が輝きを放つ一方で、その裏側には真っ暗な影が必ず出来上がります。
それをこの世界のあらゆる事象に置き換えると、一見誰もが見て「素晴らしい、いいことだ」とポジティブに捉えられる物事の裏側には、必ず不利益をもたらしたり「良くない」とネガティブに捉えざるを得ない側面がある、ということです。
そしてそれは裏側にあるばかりに、表からは気づかれず、またそれをいいことに「ひた隠しにしたい」と思われがちです…。
足尾銅山がまさにそうでした。
江戸時代に栄えた銅山は、幕末期にはほぼ銅を産出し切りほぼ閉山状態に。そんな折、明治期に入ってから実業家の古河市兵衛が銅山を購入、新たな鉱脈を探し当て再び銅山を稼働させ、一時期は日本の銅の産出量の4割をもこの足尾銅山が賄うようになりました。
近代化が遅れていた日本は「富国強兵」「殖産興業」を謳い、破竹の勢いで銅の生産をしていた足尾銅山はまさにその象徴の一つでした。
産業は雇用を生み、その町をも潤す。
いいことづくめの足尾での鉱業はまさに「光」でした。
しかしその反面、銅の製錬所から出る煙には有毒ガスが含まれていて、大気は汚染され、山々の木を枯らして裸にし、大雨が降れば洪水が起こるようになりました。
また工場からの有毒物質が含まれてた排水は渡良瀬川に流れ出て、魚は青白い腹を川面に浮かべて息絶え、その下流では田畑が枯れ、生活用水としていた流域の住民にも被害が及びました。
日本初の公害事件である、「足尾銅山鉱毒事件」です。
これに立ち向かったのが、地元栃木県選出の衆議院議員・田中正造。
彼は郊外に苦しむ弱い立場の農民のために、私財を投げうってでも幾たびもこの現状を国会に訴え続け、解決に向けてただひたすらに奔走しました。
議員辞職後は、馬車で行幸中の明治天皇に直訴を図ったことでも有名ですね。
まさに、「光」と「影」を象徴する出来事と言えましょう。
さて、トロッコ列車の後はそんな近代日本の産業の光と影の舞台となった足尾銅山観光に参りたいと思います。
小学生の修学旅行以来、実に18年ぶりの足尾の町。どんなものか、楽しみですね。
…そしてこの旅行記の最後、トロッコ列車だとか紅葉だとか銅山観光だとか、これまでの旅の中身が全部まとめてぶっ飛んでしまうような面白過ぎる出来事が起こります(笑)。
果てしてそれは何なのか?
どうか最後までお見逃しなく!!
-
※前回の旅行記はこちらから↓
https://4travel.jp/travelogue/11729613
ということで、我々も通洞駅で下車します。
昔ながらの待合室と切符の窓口が印象的な駅舎ですね。通洞駅 駅
-
降車客の大半は足尾銅山観光目的のようですが、このままタッチ・アンド・ゴーで桐生方面に戻る人もいるようです。
わ鐵は本数が少ないですからね~、1日券とかを使っているのであれば、他の駅に行くためにも早めに移動しないといけませんね。 -
時刻は12時半過ぎ。お昼どきですしお腹の方ももペコペコぺこりんちょになってきましたので、お昼を食べたいと思います。
-
やって来ましたのはこちら、さんしょう家というごはん屋さん。足尾で名物の山椒を使った料理のお店です。
駅から近いということもあり、列車を降りた観光客がちらほら入っていきますね。では、入りましょう。さんしょう家 グルメ・レストラン
-
店内はこんな感じ。好きな席に座り、注文が決まったらレジでお会計。札を受け取り、出来上がって呼ばれたらカウンターまで取りに行く、そんなシステムです。
古民家再生プロジェクトの一環で誕生したお店ということもあり、リノベーションしたことが見て取れます。 -
さて、今日私がいただくのはこちら、山椒のチキンソースカツ丼。でっかい2枚のソースが染み込んだチキンカツ丼に、サラダお新香煮物お味噌汁がついて900円。安っ(笑)
チキンカツの上に散りばめられているのは山椒のフレーク。
普通山椒といったらピリリと辛い実の部分をうな重とかにちょっとかけて食べるもんですが、ここ足尾では身ではなく葉の部分を使うようなのです。
「すっげー辛くて舌がヒーヒーしたらどうしよう」とか思ってましたが、確かに山椒の風味はするものの、辛くはなくどこか甘めのフレーバーで美味しくいただけました。
(・∀・)イイネ!! -
いや~、想定外に量が多かった(笑)
高校生の時分ならこれにプラスしてラーメンとか平気でいけちゃったんでしょうが、もう三十路のおっさんになった僕にはお腹がポコポコぽこりんちょになるくらいの量です。
っつーわけで、今度はメインの足尾銅山観光へ向かいましょう。 -
さんしょう屋から徒歩5分ほどで、銅山の入口に到着。自分にとって、小学校の修学旅行以来、実に18年ぶりの来訪となります。
-
まさにちょうど小学校の団体が来ていたようで、人数制限のためゲートが閉まっておりました。
・・・開けゴマ!!
開きません。足尾銅山観光 名所・史跡
-
まあ15分くらいで再入場が開始されたんですがね(笑)
窓口で入場料を支払い、トロッコ列車乗り場へ。
この施設は、始めに必ずトロッコ列車に乗り終点で降りてから見学施設を周るコースになっています。 -
ホームに通され、トロッコ列車が来るのを待ちます。
-
やがてガタゴトとゆっくり車両が入線。
隣に並んでた4人兄弟の1番上であろう男の子がお母さんが腕を伸ばしてトロッコの写真を撮ろうとすると
「はい出さないで下さーい、下がって下さーい」
と注意してました(笑)
お兄ちゃん厳しい。 -
乗り込むのは最後尾車両の1番後ろ。
昔乗ったときもこんな感じだったかな~ -
座席の間には透明のシートが貼られており感染対策もバッチリ!いざ乗らん!
-
扉が閉まりゆっくりと走り出します。
本日は満員御礼。坑内探検へ出発です! -
あたくしね、覚えているんですよ。ちょうど坑道の入り口に差し掛かる手前で一度止まってその後急加速することを(笑)
修学旅行の時みんなで「ヒャッハーーー!!!」とテンションが上がったのは今でも忘れていません。
・・・ほら、そろそろですよ。
…おっ!? -
ッホオオォォォォォォォォォwwwwwww!!!
すごくゆったりした速度だったのが急に早くなります。 -
といってもさすがにスプラッシュマウンテンみたく絶叫するような速度じゃないですよ。全然怖くはありません(笑)
小学生の頃はなぜこのくらいのことであんなにハイテンションだったんでしょうか。6年生を送る会の出し物とかで体育館の照明が突然暗くなっただけで「わああああああ!!!」とみんなおかしくなってましたからね(笑)
ずいぶん大人になったもんです。
トロッコを下車し、看板の通り見学コースへと進みます。 -
まずトロッコ降車場にあるこの坑道。足尾銅山では銅を産出するために山をドンドコ掘り進めていったわけですが、その坑道の長さはなんとおよそ1200キロ。日本列島に当てはめると東京から福岡に相当する距離です。
入ったら絶対出てこれんパターンですやん(笑) -
トロッコ列車が爆走(?)してきたレールを振り返ると、なんだがインディー・ジョーンズみたいな冒険感のある景色ですね。
では、見学コースへ。 -
足尾銅山の歴史は古く、遡れば江戸時代から銅の採掘が進められてきました。
坑道内の見学コースでは、歴史の移り変わりに沿って当時どのように銅石が掘られていたのかを、人形が実演してくれます。 -
江戸時代は当然機械はありませんから、当然すべてが手作業です。当時の坑夫たちもこのように岩壁に杭を打ち付けて少しずつ銅石の固まりを掘り出していきます。
お疲れ様でーす -
掘った石は台車に載せて運びます。かなりの力がいるでしょうね。
お疲れ様でーす。 -
あ、どうも、お疲れ様でーす。
-
お疲れ様で~す。
-
銅石を水洗いする坑夫。
はいはい、お疲れ様でーす。 -
時代は一気に移り変わり、手作業から機械の時代へ。
専用のドリルなど効率よく採石できる機械が導入されました。
お疲れ様で~す -
坑内を流れる水には若干ながらも銅が含まれてますので、飲んじゃダメ。絶対。
-
銅に含まれる成分の影響によって岩肌が一部青く変色することがあるそうです。
-
重労働に一区切りをつけ、休憩中の坑夫たち。
持ってきたお弁当を食べたり談笑したりしています。
お疲れ様でーす。
…ちなみに僕は昼休みはいつも自席でコンビニ飯なのでこんな感じのように誰とも話しません。 -
坑道内の見学コースも終わり、この向こうに次の展示室があります。
-
展示室では、古河財閥(現古河機械金属グループ)による足尾銅山での具体的な事業や作業内容についての展示があります。
「安全専一」
作業にあたる従業員に常に安全意識を根付かせ、何よりも安全を第一に。この言葉は古河機械金属グループ全体の理念であり、今もこの安全専一の元事業を行っています。
すべてはここから。 -
運搬に使われていた小型ディーゼル機関車。
ちょっと写真じゃ分かりづらいですが、先頭のライトの部分にも「安全専一」の文字があります。 -
足尾の町のジオラマ。
足尾の最盛期は1916年で、当時はこのような山奥でも38000人もの人々が住んでいました。1973年に銅山が閉山してからは過疎化の一途を辿り、2006年には周辺自治体と合併し日光市の一部となりました。 -
えーと、これはですね、えー・・・、
製錬の過程の説明パネルなんですが、何せ人生最後の物理のテスト(高1の時)が35点だった理系オンチの私にはさっぱり理解できませんでしたのでここでも詳しく書くことができません。すいません(笑)
まあなんやかんやいろいろやって銅になっていきますよっていう話ですね!
(↑雑ぅぅぅw) -
で、ここで作られた銅はこのような鍋などの調理器具などに変身していったわけですね。
では、展示室を出て外に出ます。 -
江戸時代の頃の銅の製錬の様子。
こうやって火を炊く専用の小屋に・・・ん? -
あんた随分辛そうだね~、そんなに顔険しくしちゃって。
重そうだもんね、それ。
無理して腕傷めないようにね。 -
さっきトロッコ列車で突入していった坑道への入口。
なんか神社の鳥居みたいですね。まあ実際右横にあるし(笑)
おそらくは、鉱山での事故防止のような願掛けの意味合いもあるのでしょう。 -
もう1つの展示館では、江戸時代に製造された寛永通宝ができるまでの過程について展示があります。
これは坑夫たちの作業場に出入りする様子。変なものを持ち込んでいないか、中で作った通貨を持ち出していないか、役人の監視のもと厳重なセキュリティーチェックを受けます。
といっても当時は金属探知機やX線検査機もありませんので、ご覧のような感じで。
恥ずかすぃぃ(。>﹏<。) -
ここ足尾で作られた寛永通宝は別名足字銭とも呼ばれ、「寛永通宝」の裏側に「足」の字が掘られています。
ちなみにこの寛永通宝、1953年まで法定通貨として使用できたのですが、実はまだ一部地域で使えるところがあるようです(笑)
そこは香川県観音寺市。砂浜にでっかい寛永通宝の砂絵があるので有名な場所ですが、地域おこしの一環として認定を受けたお店では1枚30円として使えるそうです。知らんけど。
もし観音寺市に用があって、家に寛永通宝が有り余っているという方は使ってみてはいかがでしょうか。知らんけど(笑) -
ということで、一通り施設を見学したのでレストハウスを抜けて銅山観光を後にします。
「銅」もありがとう。また「銅」ぞ。
うまいこと考えるね~ -
お土産コーナー。いやぁ~古いなこの感じ(笑)
-
併設されているレストランもレトロ感満載。
今となってはこれがまた魅力ですよね。 -
レストハウス横にあるのが、1920年に建立された通洞鉱山神社。「いじめ撲滅祈願」と立て札のあるちょっと個性的な神社です。大事なことね。
では、足尾駅方面へと歩いて向かいます。通洞鉱山神社 寺・神社・教会
-
途中立ち寄ったのが、御菓子司安塚というお店。
観光パンフレットにも載っていた足尾に古くから構える老舗で、なんでもあんこ玉が有名なんだそうな。
これは寄らないわけにはいかんと思い、寄ることに。
「こんにちは~」と店に入ると「はいいらっしゃ~い」とご主人が出てくれました。トレーを見てみるとあんこ玉はなんと残り1パック(1組2個入り×5)(゜o゜;
危ねぇ!!安塚菓子店 グルメ・レストラン
-
ッヘッヘッヘッヘー(笑)
というわけで、本日最後の安塚菓子店のあんこ玉は私が手中に収めました。食べるのが楽しみ!
【後日談】
素朴な甘みのあんこが黒糖と寒天に包まれていて、とても優しい味わいで美味しかったです。おそらく足尾で1番美味しいお菓子でしょう。シェフを呼んでくれ※!!
※さっきお店で会ったね。 -
ちょうど夕方前の時間帯ですが、人通りはまったくといっていいほどなく、やはり過疎化が進んでいるのは本当なんだなと思いました。
-
鉱山業が盛り上がっていた頃の足尾町の様子。
人も多く、商店なども賑わっていたようです。
雇用が生まれるところには、町も生まれる。 -
途中、橋の上から。
鉱毒被害の影響で一時はハゲ山になった足尾の山々ですが、少しずつ植林活動も進み、このような紅葉の景色も見られます。 -
帰りの日光方面のバスの時間は15:40とまだ少し時間がありますので、足尾駅近くの古河水掛倶楽部に行ってみましょう。
古河掛水倶楽部 名所・史跡
-
ここは、古河財閥が貴賓客をもてなすために建てた接待する部屋や宿泊施設を備えた建物で、和洋混合の造りとなっています。
内部は写真撮影禁止のため、詳細は公式ホームページをご覧ください。
【古河水掛倶楽部HP】
https://www.furukawakk.co.jp/ashio/club/ -
明治期のハイカラな装いで、とてもいい雰囲気でしたね。
今でも、古河グループが研修でこの施設を使用することもあるみたいです。 -
役員とか管理職専用の邸宅もあったようです。
な、なんという充実ぶりだ…
鉱山稼業で古河財閥がどれほど財を成していたのかがよく分かります。いいな、福利厚生も充実してたのかな~。ジェラシー!! -
足尾駅まで戻ってきました。
紅葉を背にした登録有形文化財の古い駅舎。足尾駅 駅
-
国鉄時代に使われていたキハ30系車両など、かつて使用されていた車両が保管されています。
-
この先には終点の間藤駅。そしてさらにその先には今では廃線・廃駅となっている足尾本山駅(跡)があります。
足尾本山駅は貨物専用の駅でしたが、銅山の閉鎖と共にその需要はなくなり、現在でも鉱山施設とともに廃止時のままの状態で残っているそうです。 -
■待合室
「100年公害」と言われる日本初の公害問題と言われた足尾銅山鉱毒事件。明治期の国会議員である田中正造が渡良瀬川流域住民のために解決に奔走したことはあまりにも有名ですが、銅山の運営元である古河鉱業(現古河機械金属㈱)が非を認め住民側と和解したのは、いくつもの月日が経った1974年でした。
創業時は政府が鉱山経営を全面的にバックアップしており、自分たちの都合の悪いことについては目を瞑り、鉱山反対運動の住民たちを弾圧していたのも事実。長い月日が経ったとはいえ、この和解は先人たちの訴えに報いる歴史的な出来事であったに違いありません。 -
■足尾駅ホーム
しかし、今回の足尾観光で1つ気になったのが、銅山の展示室や古河水掛倶楽部共に、鉱毒事件についての記述・展示が一切なかったということです。
共に古河グループの影響の大きい、もしくは所有している施設であり、展示内容にしろ会社側の意向や方針がそのまま反映されているのは間違いないでしょう。また、古河機械金属㈱のホームページを見てみても、足尾銅山鉱毒事件についての記載はあるものの、
「鉱業停止の危機に陥ったがこれを機に最新技術をもって公害問題解決に努めた」
「その過程で開発された公害防止技術や副産物回収技術は、かけがえのない財産となって今に受け継がれている」
と簡潔に記載されている程度に留まっており、具体的な公害の内容には触れておらず、最後にはポジティブな内容にまとめられています。
この「100年公害問題」について、会社側が過去の出来事について真摯に受け止めているのか?
そう疑問に思わざるを得なかったというのが、自分の率直な感想です。 -
個人的には、この足尾銅山鉱毒事件は残念ながらまだ完全には解決していないと考えています。
2011年、東日本大震災の影響で足尾にある源五郎沢堆積場が決壊し、その結果渡良瀬川からは基準値を越える鉛が検出されました。すなわち、この堆積場には有毒物質が溜まっていたということ、そう、足尾銅山の鉱毒はまだ消え去ったわけではないのです。
文字通り、「100年公害」であることがここで分かるかと思います。
昨今では環境問題が再び強調して取り沙汰されており、SDGsという国際目標があるように国や企業が一層環境に配慮した取り組みをすることが求められています。
産業の発展という「光」だけでなくその裏の「影」にも真摯に向き合うこと。自然環境を悪化させると将来的にどうなるのか。足尾銅山は、その教訓とすべき場所なのではないでしょうか。 -
では、帰路につきます。
帰りはバスに乗って日光方面へ。事前にバスの時刻を調べたら15:40足尾駅発とあったのですが、バス停の時刻を見るとテープで上貼りされていてなんと15:30に!時計を見たらあと4分しかないじゃありませんか(*_*)
「大丈夫だよな…?バス行っちゃってないよな…?」
と不安になりましたが、無事に来ました。よかったぁ(笑)
1日4本しかない路線ですからね。乗り遅れたら人生詰みます。
しれっとダイヤ改正されていたものの、どうやら駅探の検索データの更新が間に合っていなかったようです。
こういう所では必ず着いたらバス停の時刻表に目を通しておく、ということを忘れてはいけませんね。
しっかし小さな車体だな。うちの近所を走ってるコミュニティバスと同じ大きさですね。これで40分も乗って山を下っていくのはなかなかのパワープレーだな(笑) -
うたた寝していたら神橋が見えてきました。
もう山を下りたか。
2019年以来の神橋です。神橋 名所・史跡
-
少し駅方面の道が混んでたりしましたが、16時15分頃東武日光駅前に到着。
もう空が暗くなっとる。
帰りの特急まで駅前の食事処で一服したり、売店でお土産を買ったりして時間を潰しました。 -
帰りは17時23分発のけごん44号で帰ります。
日曜の夕方ということもあり、車内はほぼ満席でした。東武日光駅 駅
-
お疲れ様でした。北千住に到着。
このあと夕飯を食べて解散、今回の旅は終了!
久々の遠出で、トロッコ列車や紅葉、銅山観光といろいろ充実したラインナップになりました。泊りがけの旅行にまったく行けていないのでそろそろ行きたいかな…(笑)
というわけで、今回の旅行記はここまで。
今回も最後までご覧いただき、ありがとうござ・・・
…といつもだったらこんな感じで終わるんですが、帰宅後ちょっと面白すぎる出来事がありましたのでぜひこれを皆様と共有したくもうちょっと続けさせていただきます(笑)北千住駅 駅
-
実はですね、時を同じくして両親が成田山新勝寺にお参りに行っておりまして。成田山新勝寺というのは千葉県成田市にあるでっかいお寺のことですけども、その参道のお店で父が「これ美味しそうだから買ってみよう」と買ってきたお土産がこちら、生姜味噌漬。
お土産ならね、僕も日光駅前でいろいろ買ってきたわけなんですよ。
その中でも「お、これ美味そうやないか。買ってやろうやないかいわれぃ~」と自信を持ってですね、買ったものがあるんです。
そのFidelio厳選の、珠玉の一品がこちら↓ -
・・・・・。 -
…現場からは以上です。
2021秋 北関東・足尾ローカル線の旅 ~紅葉めぐりと近代日本産業の足跡を辿る~ 了
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (12)
-
- mistralさん 2022/06/02 08:57:51
- 足尾銅山
- Fidelioさん
おはようございます。
久しぶりのコメントです。
いつも冒険旅行を楽しませていただいてます。
今回は足尾銅山の光と影を取材され、影の部分に焦点を当てられてました。
以前は車で近くを通ると、足尾銅山だったという一帯の山は赤茶けた山肌が
残っているばかりでしたが、最近は少しは改善されてきたのでしょうか。
富国強兵 殖産興業 をうたい国力を増強していったのでしょうが
鉱工業の発展の裏側には常に、その弊害を伴っていることを
日頃の私たちは置き去りにし、意識的に?忘れ去って、
現在の生活にどっぷりと浸かって安心していること、
をFidelioさんの旅行記によって改めて問いかけられ、思い出させられます。
閉山後、山を閉じてしまえばそれでおしまいになるのではなく、
何かのきっかけさえあれば、その牙は容赦なく剥き出されてしまう。
このような事実がある事を、私たちは決しておろそかにしてはならないですね。
それはともかくとして、
1日の終わりに、それぞれの出先からお土産に買って帰った生姜の味噌漬が
お父さまと息子さんと同じような品物だった!
お2人ともご家族想いで、これでご飯を食べたら美味しいだろうなあ、など
同じような思考回路?
仲の良いファミリー、と思ったことでした。
mistral
- Fidelioさん からの返信 2022/06/02 22:23:25
- Re: 足尾銅山
- mistral 様
こんにちは、お久しぶりです!
毎度旅行記への投票、コメントをありがとうございます。
私が足尾銅山鉱毒事件について初めて知ったのは小学校6年の時。日光修学旅行の事前学習ということで、国語のカリキュラムを少し早めて取り上げられた田中正造の伝記がきっかけでした。
自然豊かな環境がたちまち崩れ去ってしまうことの衝撃、身銭を切ってまで真正面からこの社会問題に立ち向かっていった田中正造という人物、その人柄や行動力に子供ながら一瞬で惹かれたのは今でもよく記憶しています。
足尾環境学習センターなど、同じ地域の別の場所に鉱毒事件について取り上げている施設があることは承知していますが、今回は常に鉱毒事件のことを念頭に見学しましたので、鉱毒事件に一切言及していない銅山や関連施設の展示内容には疑問を覚えるところがありました。
単純に「豊かになればそれでいい」と考えるのではなく、こうした影の出来事から教訓を見出して常に活かしていかなければ、ゆくゆくは自らの首を絞めることになる、ということは肝に銘じなければならないと考えさせられました。
足尾の山々ですが、地元のNPOの活躍などもありどんどん植林が進んでいるようで、私が見た範囲では、ほぼ回復しているように見えました。しかしながら精練所の中心部であった旧足尾本山駅近辺では、まだまだ赤肌の山々が散見されると聞きます…。
そして生姜の味噌漬け…w
結構自信を持って買ってきたんですが家で父が買ってきたのを見た瞬間「あぁ……」となりました。確かに思考回路が同じすぎるところはいろいろありますね(笑)
味噌の深い味わいとさっぱりとした生姜の風味はとても美味しかったんですが、所詮は同じ生姜の味噌漬け。違いといえば作ったメーカーが違うだけで、両方ともまったく同じ味でした。
Fidelio
- mistralさん からの返信 2022/06/02 23:35:17
- Re: 足尾銅山
- Fidelioさん
最初の1通は、送信できた感触がなかったので
結局2通送ってしまいました。
失礼しました。
mistral
-
- mistralさん 2022/06/02 08:57:49
- 足尾銅山
- Fidelioさん
おはようございます。
久しぶりのコメントです。
いつも冒険旅行を楽しませていただいてます。
今回は足尾銅山の光と影を取材され、影の部分に焦点を当てられてました。
以前は車で近くを通ると、足尾銅山だったという一帯の山は赤茶けた山肌が
残っているばかりでしたが、最近は少しは改善されてきたのでしょうか。
富国強兵 殖産興業 をうたい国力を増強していったのでしょうが
鉱工業の発展の裏側には常に、その弊害を伴っていることを
日頃の私たちは置き去りにし、意識的に?忘れ去って、
現在の生活にどっぷりと浸かって安心していること、
をFidelioさんの旅行記によって改めて問いかけられ、思い出させられます。
閉山後、山を閉じてしまえばそれでおしまいになるのではなく、
何かのきっかけさえあれば、その牙は容赦なく剥き出されてしまう。
このような事実がある事を、私たちは決しておろそかにしてはならないですね。
それはともかくとして、
1日の終わりに、それぞれの出先からお土産に買って帰った生姜の味噌漬が
お父さまと息子さんと同じような品物だった!
お2人ともご家族想いで、これでご飯を食べたら美味しいだろうなあ、など
同じような思考回路?
仲の良いファミリー、と思ったことでした。
mistral
-
- fmi(ふみ)さん 2022/05/13 21:12:38
- 途中送信してしまいました、申し訳ありません
- 文章が切れてしまいました、申し訳ありません。
Fidelio様はじめまして fmiと申します。
足尾銅山の旅行記、大変興味深く拝見しました。
歴史の「光と影」、その影の部分に向き合う、大切なことだと私も共感しました。
私の住んでいる北総ですと、「成田空港」がちょうどその「光と影」を象徴するものだと思いました。華々しい国際空港と今も続く「成田闘争」。
足尾銅山と共通する点も多々あると感じます。
これからも楽しく拝見させていただきたいと思います。よろしくお願いします。
- Fidelioさん からの返信 2022/05/15 11:47:09
- Re: 途中送信してしまいました、申し訳ありません
- fumi 様
こんにちは!
はじめまして、Fidelioと申します。コメントをお寄せいただき、またいつも旅行記へ投票くださり、ありがとうございます。
足尾銅山の旅行記、クセの強い書き方ですが、共感していただいたようで嬉しく思います。
fumiさんの佐倉宗吾義民伝・三里塚闘争に関する旅行記、私も非常に興味深く拝読いたしました。
今日の私たちの暮らしがある背景には、まさしく「光と影」が存在していたこと、そしてその「影」の出来事はいつまでも忘れ去られてはならないこと、fumiさんの詳細な旅行記を通して、自分の中に深く突き刺さるところがありました。
私も北総地域に長年住んでおりますので、北総鉄道、東葉高速鉄道は今でもよく利用します。ずっと運賃の高さと開発の遅れには疑問を持っていましたが、その根本的な原因は三里塚闘争まで遡ることというのは、目から鱗でした。
fumiさんの言われる通り、物事の決定のプロセスにおいて、双方が「話し合う」ことほど重要なことはないと思います。何事も一長一短があるかと思いますが、それでもお互いが十分な議論を経て納得して受け入れることができれば、いつまでもわだかまりを抱えることなく、前向きな未来へと進むことができるでしょう。
そして物事の裏にある「影」の部分にも決して蓋をせず、難しいながらも立ち向かっていかねばならないと、改めて感じました。
その他たくさんの旅行記にいいねを下さり、本当にありがとうございます!
最近は旅行らしい旅行に行けていないこと、腰を据えて旅行記を書く余裕がなかなか取れないので更新できていませんが、マイペースに書いていきますので、またご覧いただけると幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
Fidelio
- Fidelioさん からの返信 2022/05/15 11:52:57
- Re: 途中送信してしまいました、申し訳ありません
- 失礼いたしました。ハンドルネームの表記はfmiさんが正しいのですね…(^_^;)
Fidelio
-
- fmi(ふみ)さん 2022/05/13 21:08:04
- はじめまして
- Fidelio様はじめまして fmiと申します。
足尾銅山の旅行記、大変興味深く拝見しました。
歴史の「光と影」、その影の部分に向き合う、大切なことだと私も共感しました。
私の住んでいる北総ですと、「成田空港」がちょうどその「光と影」を象徴するものだと思いました。華々しい国際空港と今も続く「成田闘争」
-
- チーママ散歩さん 2022/03/30 12:42:12
- 素晴らしいレポート♪
- はじめまして。
チーママ散歩と申します。
Decoさんから近代化遺産といえば、こちらの旅行記が
とても読みごたえがあるとご紹介を受けお邪魔いたしました。
何度も足跡を付けてごめんなさい。
私は、先日韮山の反射炉に見学にいきました。
と言っても、私はそもそもそれを理解出来る頭は
備えていないのですが。
世界遺産と聞いてスタンプラリーのように、
「これは見ておこうかしら♪」的気分で行きました。^ ^
まさにトロッコに喜ぶ小学生レベル。(^o^)/
今回拝見して冒頭からFidelioさん劇場にすっかり引き込まれました。
光と影をレポートには心奪われました。
いつも能天気の私ですが、今回の反射炉との出会いや
DecoさんのレポートそしてFidelioさんの足尾銅山レポートなど。。。
今の日本の繁栄は、多くの尊い犠牲の上に
築かれたものなのだなあと改めて気づかさた思いです。
時代の流れで閉山して、問題は隠して終わりではなく。
私達は、その記録を知り、終りを見届け、
また終わりがないこともきちんと知り、次の世代へ
受け渡していく必要があるのですね。
風化させてはいけないのですね。
時にユーモアを交え銅山をご紹介され( *´艸`)
昔行ったことがあるので懐かしい思いで見てました。
物理は(も)苦手で。
なるほど~ あーやってこうやって出来たんですね。
ふふふ♪
難しい内容ですが、私にも理解できるよう教えて頂き
銅もありがとうございました。(๑˃̵ᴗ˂̵)
・・・ってオトンの話をスルーしてはいけない。
やさしいおとんと息子の愛のお土産話。
・・・これこそ 親子ですね~遺伝子を受け継いだ・・・
あ、、(゚0゚;ハッ。 やばい私生物も苦手だったわ~。
以上 現場へお返しいたします。
はじめてなのに失礼しました。
お邪魔しました。
- Fidelioさん からの返信 2022/03/31 08:34:44
- Re: 素晴らしいレポート♪
- チーママ散歩 様
はじめまして、Fidelioと申します。
いつも旅行記への「いいね」をしていただき、ありがとうございます!
Decoさんからのご紹介で…(゜o゜;!?
Decoさんの旅行記の方が私のなんかよりずっと情報量が詳細かつ豊富で読み応えがあるので、誠に恐れ多い限りです(笑)
ご訪問下さりありがとうございますm(_ _)m
韮山反射炉は私も20年9月に行きました!意外とそこまで大きくなかったという印象ですね。チーママ散歩さんの伊豆旅行記も拝見いたしました。北条家の足跡から韮山反射炉を軸とした近代日本産業の歴史、江川英龍の人物像まで幅広く網羅されており、歴史好きな自分としてはとても楽しく読むことができました!
特に韮山反射炉については「そうだったんだ!」といろいろ発見がありました。
(…一昨年韮山まで行った俺は何を見てきたんだ(笑))
相変わらず私のテキトー節が炸裂していますが、よろしければ私の伊豆旅行記もご覧ください(^o^)
https://4travel.jp/travelogue/11652400
ちなみに、私は大泉洋ファンなので鎌倉殿の13人は毎週見てます(笑)
おっしゃる通り、今日の私たちの生活の発展は計り知れないほどの多くの犠牲の上に成り立っているのは事実だと思います。
「これをやったらこういう事故が起きる」
「これが続いたらきっとこんな悪いことになる」
といったふうに、せめて何かしらの犠牲が出る前にもっと事前にあらゆることを想定してインシデントを未然に防ぎながら繁栄を遂げていくのが最も理想的と思うのですが…。
起こってしまった過去の出来事について「知る」「再確認する」ことが、私たちにできることなのではないかと思います。
お土産の下りは我ながら本当にびっくりしましたよ(笑)
どこにでも売ってるような温泉まんじゅうとか、ご当地プリンとか、そういう類ではないでしょうに…
私たち父子の脳細胞の配列具合の同じさに笑ってしまいました(^_^;)
チーママ散歩さんをフォローさせていただきました。これからも「銅」ぞよろしくお願いいたします!
再び、現場からスタジオへお送りいたしました~
Fidelio
-
- Decoさん 2022/03/27 20:43:05
- 光と影
- Fidelioさん、こんばんは。
足尾銅山の光と影、とても興味深く読ませていただきました。
私も三池炭鉱について書いていますが…共通する部分が多いように感じました。足尾や三池に限らず、近代化産業遺産にはどこもある程度共通した問題があるのかも知れません。明治以降の富国強兵の中、大きな犠牲を払っても産業を振興させていった歴史があって、その延長線上に今の私たちの生活もあるのだと実感しています。影を知り、理解してこそ、光の本当の意味や大切さもわかるのではないかと思います。
古河グループと100年公害ですが…三池炭鉱でも、三川坑炭塵爆発事故から数十年経って慰霊祭があったとき、三井鉱山の後継会社は「当社は謝罪する立場ではない」と言ったそうです。会社としてはそう言わざるを得ないのかも知れませんが、謝罪云々というより過去にあったことを事実として受け止めるべきではないかと思いました。
Deco
- Fidelioさん からの返信 2022/03/28 19:12:27
- Re: 光と影
- Deco 様
こんばんは、Fidelioです。
いつも旅行記への投票をいただき、ありがとうございます。
さっそく、Decoさんの三池炭鉱の旅行記(6)を拝読いたしました。炭鉱の関連施設の跡地巡りを通じて詳細に当時の出来事について解説していらしたので、その時何が起きていたのか、よく理解することができました。
偶然にも、Decoさんもかつての炭鉱業の発展の歴史を「光と影」と例えていらっしゃいましたね。合葬之碑に刻まれていた「過去に目を閉ざす者は未来を失う」という言葉。もうこの一言がすべてだと思います。どんなに良くない出来事があっても決して目を逸らさず、責任ある未来を切り開いていくことの大切さ。私もDecoさんのお考えに共感するところであります。
またじっくりと、他の三池炭鉱の旅行記も拝見させていただきますね!
Fidelio
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
足尾(栃木) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
12
68