2025/08/30 - 2025/08/30
43位(同エリア127件中)
まりも母さん
何度か訪れ 遺構を見に行っている足尾。
足尾銅山関連の施設として
2025年4月竣工した「足尾銅山記念館」
一般公開が8月8日から始まりました。
新しい見学施設と 廃墟化が進んでいた遺構の今もチェックしてきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
-
新しい見学施設が出来たのを知ったのは 新聞記事だったと思います。
見学は時間指定のある予約制 事前に申し込んで出かけました。
早く着いてしまったので 途中のわたらせ渓谷鉄道 通洞駅に寄ります。
銅山観光など 足尾観光の最寄り駅です。
駅本屋とホームは 登録有形文化財 -
ここは駅員さんの居る駅。
ちょっと駅舎内を覗いてみました。 -
ちょうど列車が来る時間でした。
一両だけのかわいい列車が足尾駅に向けてサルスベリの咲く先へ進んで行きました。
近所を少し歩きましたが とても静かでした。
土曜日でも特に観光客も見ませんでした。 -
まだ予約時間には早めではありましたが
目的の場所へ。
駐車場がちょっと判り難かったですが
近くの「花の渡良瀬公園」そばの無料駐車場が使えます。
「足尾銅山記念館」の建物は 「古河掛水倶楽部」の隣になります。 -
りっぱな建物です。
明治44年(1911)辰野葛西事務所が設計し 建てられた足尾鉱業所を
古河グループ創業150年記念の年に復元した建物になります。
(かつての足尾鉱業所の建物は現存せず 付属書庫の煉瓦造建物だけがありました)
建物内で予約受付をすれば、後は自由見学です。
順路は2階からとなっていました。 -
最初のお部屋 内装復元室1
「鉱山にかけた男」として 創業者 古河市兵衛についての展示 -
復元室は3つあり いずれも天井は格天井 腰壁付き
壁は漆喰塗り 床はリノリウム、照明はシャンデリア だそう。
カーテンは幾何学的な柄だったなどの解説がありました。
ちょっとキレイすぎる感じで(ダウンライトもありますし)
復元感には多少エイジングもあった方がいいのかな?と思ってしまった・・・。
(そういう目的で復元されていませんけど) -
「山を掘る、町を築く」
銅山開発の展示に立体坑内図がありました。
こういうのを日立鉱山でも見ましたね。
坑道総延長は1200キロを超えていたそうです。 -
マッピング映像は ジオラマにプロジェクションマッピングが投影され
ビデオが上に映される 新しいタイプの展示でした。 -
「大きな課題への挑戦」は
鉱毒事件として知られる環境被害についての展示。
かなりさらっとした内容だなという感想です。
鉱害克服への取り組みなどが主です。
古河グループ創業150年記念に造られた資料館な訳ですから
やはり 会社のすばらしい取り組みが真ん中になるでしょう。
鉱毒事件については「田中正造記念館」が詳しいと思います。 -
「現代への手紙」ここも復元室です。
天井の枠組は最初に見た復元室と異なります。 -
古い写真のこの部屋にはカーテンがあった事から
カーテンの柄をトレースして図案を導き出し
色は想像ながら 復元したそう。
こういった所はかなり手をかけて復元されている事が判ります。 -
「運鈍根」の額
古河市兵衛からのメッセージ。
うんどんこんって聞いたこと無かった。
成功させる為の運と 鈍い位のこだわりの無さとか辛抱強さ
それに根気と言う意味だそうです。 -
廊下に出ると 窓の向こうに「古河鉱業掛水社宅」が見えました。
2020年に掛水倶楽部の見学に来た時は
この社宅のうち一軒は現役で誰かが住んでいるようでした。
今は どのように使われているかは不明です。
でも、窓から見える感じ 管理はされているようですね。 -
同じく 窓から見える 「掛水役宅」「所長役宅」方面。
幹部用の立派な社宅は 掛水倶楽部と一緒に見学できる施設です。 -
2階最後の展示室も3つ目の内装復元室。
天井のデザイン 又違っていました。
やはり 古い写真からサイズや高さなど割り出して復元したそうです。 -
1階へ降ります。
階段下と部屋の中にも オープンしたばかりの今だからか
沢山のコチョウランの鉢が飾られていました。
1階の展示は絵画が中心でした。(多分撮影禁止だろうと)
また、品数は少ないながら ミュージアムショップもありました。 -
内部見学を終えて外に出ます。
きれいに復元された建物。
元は明治40年(1907)の足尾暴動事件(労働争議が発端)で本山事務所が焼き討ちにあった為
明治44年(1911)足尾鉱業所として建てられたものです。
が、広壮な建物が従業員にネガティブな刺激となり
再び暴動の対象となる事を恐れ ほどなく使用中止に。
後 市制施行により庁舎が必要となった足利市に廉価で譲渡され
足利市役所として使われました。
取り壊しは昭和48年(1973) -
接続してある煉瓦の建物は 旧足尾銅山鉱業事務所付属書庫
明治40(1907)国指定登録有形文化財
これだけは 以前からポツンと残されていました。
前に見た時も 赤煉瓦に花崗岩らしい白いアクセントが
辰野金吾っぽいと思ったのですが、
付属書庫も 辰野デザインであったのでしょうか?
足尾銅山記念館見学は終わりましたので
久しぶりに他 足尾の町を巡ります。 -
車に戻り 足尾駅へ
ホウロウ看板のひなびた駅舎が良い雰囲気です。
足尾駅本屋及び上り線プラットホーム
大正元年(1912)1938年改修
国指定登録有形文化財 -
駅構内にはいくつかの保存展示車両があります。
100年前の貨物用ホームには
サビの目立つ車両 -
駅構内には 貨物用の側線などが残り その線路上等に古い車両が。
この黒いタンクは 濃硫酸タンク貨車
テツではないので 車両に関しての知識がありませんので
用途や貴重度は判りません。
公開日もあるそうですが、外観だけなら通常の日でも見られました。 -
次に 久しぶりの足尾なので、
以前見に行った 廃墟化している建物が今はどのようになっているかをチェックしに。
通洞変電所
前に来た時と変わった様子はありません。
今も変電所として使われているようです。 -
通洞変電所の低い方の建物入口あたり。
軒のコンクリートがかなり劣化しています。
草も生えちゃってます。
が、新しめのブルーシートが見える所からは
放置されている訳ではないのだろうとは思います。 -
その向かい 門の中は
通洞選鉱所 ここも外観を道路から見るだけですが
こちらも以前と変わった感じは判りません。 -
その先 銅街道を足尾駅方面に進むと
前回2020年に来た時見えた
煉瓦造の建物や壊れた木造の建造物群が草に埋もれてた場所に
新しい建物が建設中でした。
煉瓦造の通洞動力所など 複数の建物は全て消え去っていました。 -
まだ電線が掛けられていない鉄塔も。
新しい変電所とかなのでしょうか? -
新梨子油力発電所の建物も無くなっていました。
廃墟感いっぱいだったこの辺りの建物は皆 解体撤去されていたのですね・・・。
まぁ5年経っていますから・・・。 -
午後1時も過ぎたので、一旦お昼を食べに移動です。
足尾駅周辺には ご飯が食べられるお店がほとんど無いですね。
国道122号を日光方面に進み
「ないとう食堂」へ
タンメンが人気だと口コミサイトで見たのでそれを。
野菜たっぷり 美味しかったです。
観光らしいご夫婦など お客さんも次々来られてました。 -
食後は 戻って本山精練所の方へ
古河橋の現在の様子。
前回ここを見たのは 2020年
傷み具合はあまり変わっては無さそうです。
夏草が絡まって伸びているあたりは 特に保存の為の手入れ等はされていないっぽい。
国指定の重要文化財なんですけどねぇ。 -
本山精練所の建屋。
2020年に見た時より外壁のパネルは多く外れていました。 -
もう車両が通る事はない間藤~足尾本山駅間。
廃墟化は徐々に進んでいます。 -
橋梁の先 上にも人道の吊り橋らしきものが残っています。
南橋地区は本山抗の行員社宅があった場所。
そちらへ精錬所から直接渡れる吊り橋だったのでしょうか? -
松木川へ注ぐ支流 深い渓谷になっています。
流れる水は清らかに見えます。
足尾銅山採鉱の主要地 備前楯山から流れ出る川ですね。 -
松木川沿いを遡り 本山精練所跡を川越しに眺めます。
前に撮った写真と 間違い探しのように比べれば
やはり少しづつ失われている建物があるようです。
(木々は大きくなっています) -
精錬所のシンボルとも言える大煙突
足尾は銅山関連の産業遺産を世界遺産登録へ目指しているそうです。
が、端島(軍艦島)同様 廃墟化が加速しつつあり
保存がまず難しそうに思えます。
銅山関連の施設で もう一度、と思った場所はほぼ見終えました。 -
更に行ける所まで進んでみます。
銅親水公園まで来ました。
巨大な「足尾砂防堰堤」
昭和30年(1955)に4年5ヵ月の歳月をかけて完成した
国内最大級の堰堤。 -
振り返れば足尾の連なる山々の中に精錬所の大煙突がそびえています。
-
道路脇に駐車場があり「銅親水公園(あかがねしんすいこうえん)」
吊り橋の銅橋を渡ると
環境学習センターや銅館のある公園内。
足尾焼きの陶板レリーフは カモシカの図柄。
汚れと劣化なのか?図柄が良く判らなくなりつつあります。 -
斜面に散策路が見えたので登ってみようと近づいてみたら
「展望階段登り口」の先はテープで立入禁止になっていました。
あそこまで登れば 眺めが良さそうでしたが・・・。 -
車で進める道は 銅親水公園までの行き止まりでした。
その先は ゲートがあり一般車は入れないようでした。
駐車場の所に 渡瀬川源流の碑 もありました。
見える先の景色は続く山々。
今の景色は美しくあります。
しかし、このあたりはかつて 銅山開発の為の森林の乱伐
精錬所からの亜硫酸ガスによる土壌酸性化などで
はげ山状態の場所が多かったそうです。 -
治山事業と緑化が続けられ
この景色が戻って来たのですね。
ダンナは数年前 1人でこの導水橋を渡って 沢入山へ登った事があるそう。
孤高のブナとか波平ピークとか言う
なるほどなネーミングのポイントがあるとか言ってました。
足尾は熊が多いそうで 前に霧降高原で会った人は
危ないから一人では行かないと言ってたなぁ。
熊もカモシカも居そう・・・と言うより
彼らの世界な気がする場所です。 -
砂防堰堤は仁田元川、松木川、久蔵川(松木川の他はどれがどれか不明)の三川が合流する場所にあるそう。
歩いてゲートの先まで進んでみると 一番東の川は浅く
河原のようになっている場所、水たまりになっている場所もあり
親子連れが水遊びに来ていました。
暑いこの日 うらやましい水遊び。 -
銅親水公園の周りは 緑豊かな景色と清らかな水が流れる場所で
かつての煙害や荒廃した山容は全く想像できない位の回復ぶりでした。
銅山記念館で見たように 鉱害の克服、と それは完了した事のようにも思えますが
やはり どんな犠牲があった上での産業の発展であったのか。
まだ残る 遺構の数々と共に 忘れてはいけない
伝え、検証する余地も残る場所なんだな、と思うのでありました。
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