2021/09/02 - 2021/09/06
135位(同エリア421件中)
コロコロパッカーさん
- コロコロパッカーさんTOP
- 旅行記446冊
- クチコミ44件
- Q&A回答2件
- 595,724アクセス
- フォロワー170人
宮城は2013年に行って以来。
ここ数年、復興した宮城を訪ねたいと思っていて、やっと実現しました。
そして、夫を連れていくという目的も。
夫は阪神淡路も東日本大震災も経験していません。
災害への備えの意識もほとんどなし。
仕事柄沿岸地域への出張も多く、自分のこととして初期避難の大切さを分かってほしい。
今まで事あるごとに話していましたが、結果、夫の危機意識は確実に変化しました。
※震災遺構の写真が含まれます。
なるべく非接触の東北旅
1日目 宇都宮泊
2日目 福島(大内宿)~宮城(秋保温泉)
3日目 石巻~山形(銀山温泉)~天童
4日目 月山~福島(東山温泉)
5日目 会津若松
-
福島から移動して、2日目の宿は仙台郊外の秋保温泉。
秋保には他にも人気の大型ホテルがありましたが、朝晩部屋食という条件が合致したのがこちら、佐藤屋旅館さんでした。とにかく非接触。 -
昔ながらの温泉旅館という感じのロビー。
朝はこちらでコーヒーがいただけます。陶器の器がかわいかった。 -
お部屋からの眺めです。川は近いですが、川沿いではありません。
-
お部屋です。かなり古いです。
温泉の泉質がとても良かったのか、今回行った温泉の中で一番肌がすべっすべになりました。本当に、おっさんの肌まで、すべっすべ。
内風呂は同じお風呂がなぜか二つあり、どちらに入ってもいいとのこと。このご時世、蜜回避でいいですね。って言っても朝晩誰にも会いませんでした。今回3つの温泉に泊まり、朝晩お風呂に入っていましたが、人と出くわしたのは1回のみであとは全部貸し切り状態でした。
あと、3温泉に共通していたのは温度が低めということ。個人的には長湯できるので好みです。 -
夕飯です。ビール付き^^
突き出し系はご家庭の雰囲気。鍋物には、クルミのタレでした。 -
取り立てて豪華な食材ではないですが、お刺身は新鮮だし、天ぷらはサクサク。クルミのタレでいただく牛肉もやわらかく、シンプルながらしっかりとおいしく調理されていました。夫はこういう定食風のごはんが好きなのでうれしそうでした。
あとササニシキだったかな、お米がおいしかった^^
お布団係の方にお布団を敷いていただくのが本当にありがたい。
布団マット付きで快適に眠れました。 -
翌日、3日目の朝ごはんです。またしても実家の朝ごはん風。または合宿の朝ごはん??野沢菜?のお浸しとか、昆布とか、旅行なのに家庭風の栄養バランス。
朝ごはんもシンプル。見たことのない、寒天みたいな海藻みたいな味噌汁が出ました。こちらでは当たり前の食材なんだろうな。
昨日あまりにも肌がすべっすべになったので、食事前にもう一度お風呂に行きました。
この日は大雨。ロビーでこけしを見ながら食後のコーヒーを飲んでる間に、夫はトイレに行きます。
夫が終わったら交替。という動きを、別の夫婦もしていたと夫が報告してきました(笑) -
秋保温泉から高速に乗ります。
2013年の家族旅行で両親と松島や中尊寺、気仙沼、陸前高田を巡ったので、今回は石巻を訪ねることにしました。
前回来たときには月の浦の支倉常長様像にも会いにいきました。
トラベラーの先駆け・常長様、世界の色々なところに常長様の軌跡や銅像が残っているので、ゆかりのある国を巡るのも楽しみなのです。 -
河北ICで降りて、道の駅上品の郷に立ち寄りました。
ここで石巻の震災関連資料があり、今日の目的地である震災遺構大川小学校についての情報を収集しました。
残してほしくないという方々がたくさんいらっしゃるはずです。
遠くから訪れる人間に憤りを感じる方もいるはずです。
二度とこの被害を繰り返さないために、他地域、後世の人のことを思って、残すという決断をしてくださった方の思いを真摯に受けてめて、見学させていただこうと思います。
もし行くことが叶わない方がいたら、一緒に見ていただけたらと思います。
ありし日の大川小学校。校舎にカーブがある変わった造りが特徴的なので、下の地図を見るときの参考にされてください。
写真の右側が海方面、左側が内陸で、ICからは後ろに見える北上川に沿ってアクセスします。 -
津波が押し寄せた方向と、生徒が逃げた”三角地点”(地図左下)という場所を示した図です。
-
津波が二方向からやってきて、渦を巻くように学校を襲ったのだそうです。
図の下が、山です。 -
上の図を逆さにした航空写真。
この写真で言うと右上方面が内陸側、左側が海です。
校庭の後ろには山があります。
生徒さんたちは、右上の”C”と書かれた場所に避難しようとしていたそうです。
海からは離れますが、高台ではなく、ちょっとだけ坂を上がった場所でした。 -
大川小学校と「数字」
-
被災後の写真。言葉もありません。
東京にいた自分でさえ、震災の写真を見るのは恐ろしい。あの時の日本の悲しみを思い出すとつらい。でも今日だけは、ちゃんとぜんぶ見る。 -
道の駅から20分程度、川上川に沿って海方向に走ると三角地点に到着、そのすぐそばにひっそりと大川小学校が残されていました。
-
大川小学校です。
-
目の前にある光景に、声も出ませんでした。
講堂でしょうか。鉄筋がむき出しになって、ぐにゃぐにゃになっています。 -
天井もぼろぼろです。
-
校舎の二階の天井まで、破壊されたあとが残っていました。
-
-
-
津波の力をもっとも強烈に伝えているのが、体育館に続くこの柱です。
-
人が爆弾の力を借りてやっとできることを、津波は簡単にやってのけてしまう。
-
-
-
津波到達時刻は、時の止まった時計で確認できたそうです。
時計は地震が起きてから1時間以上あとに止まっていたようです。
苦しくなります。 -
すごく素敵な小学校だったんだと思います。
-
裏山です。すぐ近くに登る道がありました。
中央やや右に見える白い看板が津波到達地点なので、もし山の上に避難していたら助かったのかもしれません。
決して険しくもなく、なだらかな山です。子供たちも、シイタケ栽培の実習で山に入ったことはあると書いてありました。 -
学校の向かいに、資料館が建っています。
この地は、海から距離もあるため、津波が来る”かもしれない”、という土地だったそうです。
・当時は十分な避難経路の決めごとも無かった
・津波が来るという情報は来ていた
・迎えに来た親御さんに子供も引き渡すなど、避難以外の行動が見られた
・山に行こうと言った生徒さん、先生もいた
・地震発生から1時間以上たったあと、山ではなく三角地帯へ避難を開始する途中、津波に巻き込まれた
この事実に、見た人は何を思うのか。
この学校が残された意義がそこにあるのだと思います。
”生徒を預かる以上、大げさなくらい避難に敏感であるべき”というような文言を資料の中にみつけて、はっとしました。
普通の人がまだ大丈夫と避難を開始しなかったとしても、教員は1%でも危険を感じたらすぐ避難させるのが責任、ということです。
私は、海のすぐ近くの施設に人を受け入れる仕事に携わっています。
ここに来ることができた私がやらなくちゃいけないことを見つけました。
子供たちが教えてくれたこと。
ご家族、関係者が残してくれている場所。
訪れた人ひとりひとりが、命を守るための行動を見つける場所なのだと思いました。
犠牲になった生徒さん、先生方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 -
10代後半ぐらいの若者が訪ねてきていました。
生徒さんたちと同じ世代なのだと思います。 -
石巻の市街地に戻ります。津波到達の地と書かれてありました。
震災から10年経った町がどれだけ復興しているのか確かめたかったのと、町の変化を確認すること、避難場所となった山を見ることが目的です。
この通りがそのまま海にぶつかるのかと思いきや、突然道が細くなり丘の上に繋がり、丘を越えたところに海辺のエリアが現れました。 -
石巻南浜津波復興祈念公園です。
-
海岸は盛り土されています。道路は通っていましたが、家はありません。
-
夫は日本製紙石巻工場にほんの少しだけ縁があり、当時の様子を見聞きしていました。震災を経験したことのない夫の意識を変えるための数少ないフックであろうと思い、実際に工場の周りもまわってみることにしました。
-
夫が見聞きした震災当時の光景と重ね合わせていたようです。
ご不快に思われる方もいるかもしれませんが、夫は、本当にこの地に来ることができてよかった、来る前と来たあとでは、震災に対する考え方が完全に変わった、と言っていました。
私も2013年に初めて宮城県を訪れて、本当にそう思いました。遠いどこかで起こった自分の世界とは全く関係ないこと、ではない。自分たちの誰もが経験していてもおかしくなかった出来事として、自分の人生にリンクすることができました。 -
-
石巻南浜津波復興祈念公園と、資料館、そして避難場所を示す標識。
この標識、海に近い私の家近辺では全然気にしたことがないのですが、石巻には至るところにありました。
もともとは住宅地だった場所だと思いますが、今はこの資料館と小高い見晴らし台だけの更地でした。
看板の後ろは松かな。強く大きく育つといいな。 -
旧門脇保育園の土台が残っていました。
-
小さな園児と、もっと小さな子をおんぶした先生たちがが1km以上ある避難場所に避難し、被害者は出なかったそう。命がけで小さな命を守った先生たち、小さな体で一生懸命逃げた園児たち、よくがんばったね・・・今思い返しても涙が出ます。
-
震災前の写真では、この土地も住宅地だったそうです。
2013年当時の気仙沼の光景は忘れられません。この先もずっと忘れないです。 -
後ろに旧門脇小学校、そして、人々の命を守った丘が見えました。
このあたりは家はありませんでしたが、
ちょっと右を見ると大きなマンションが建てられていました。
復興公営住宅だそうです。 -
震災遺構として残されている旧門脇小学校です。
こちらの学校は海から近いこともあったからか、日ごろから避難訓練がされていて、学校に残っていた生徒さん・職員、迎えの保護者に被害者はおらず、適切な避難が評価された小学校だそうです。
先ほど大川小学校との違いについて、ウィキで確認できます。避難成功のカギについて、ぜひご一読していただきたいです。
特筆すべきは
・避難訓練がされていて避難に関する意思決定でもめなかった。
・保護者の確認などをいちいちせず、とにかく避難させた。
私の携わる施設でも大震災以降強調していて、点呼は取らないのでとにかく各自避難することとしています。
地震が起きたときに強い自己決定能力が求められますね・・・日本人が苦手なやつ。
”みんなが行かないから行かない”は、ほんとうに敵です。
山に逃げようと言った生徒さんが一人でも山に逃げる社会であったら・・・ -
学校は車の油で火災が起き、3日間火に包まれれていたそうです。
津波が建物のどこまで到達していたのかは未確認です。
2019年にニューヨークに行った際、ミュージカルの最中に照明がショートして客席に煙が充満したことがありました。
その時のアメリカ人の反応の速さはものすごかった。
アナウンスも何も待たずに皆、瞬時に会場を出る「決断」をしていました。
9.11を経験した国の人は、自分がテロに巻き込まれてもおかしくないと思っているから、1%の危険でも逃げるという決断をすぐに下せるのだと思います。
震災を自分の身にリンクする必要性はそこにあるのだと思います。 -
アニメの世界から飛び出したような、石ノ森章太郎ミュージアムです。
雨も上がり、川沿いにはたくさんの家族連れが楽しそうに歩いていました。
若い夫婦、小さな子供たち、おじいちゃんおばあちゃん・・・
復興の象徴みたいな光景でした。
石巻最後の目的は、この街で買い物をして、地元の産業を支援すること!
支援はできるかぎり直接! -
昨日の秋保温泉の宿といい、やっぱりお刺身がおいしい!ヒラメらしきものがとても脂が乗ってておいしかった。
そして、普段は好んで食べないマグロがここ宮城ではなぜかとてもおいしいのですが。 -
お刺身とお米両方がおいしいと、海鮮丼は3倍おいしい。
黒潮と親潮がぶつかる三陸沖は、世界三大漁場の一つだとか。友福丸 グルメ・レストラン
-
げんき市場のとなりの友福丸さんです。
接客もやさしい雰囲気でした。 -
向かいにあるいしのまき元気市場でたくさん買い物しました!
ぜんぶ地元石巻産のもの!
金華の醤油や、牡蠣の炊き込みご飯、海苔、青さなど。
シジミの出汁の粉末がとてもいい!お味噌汁はもちろん、クリームスープに入れるとクラムチャウダー風にもなる優れものです。リピしたいぐらい。
少しずつ食べていますが、どれもとてもおいしいです。
あと以前から気になっていた日本のナンプラー、しょっつるも買いました。
どんな味がするのかな。 -
これにて宮城は終了です。
仙台と言えば牛タンですが、石巻でお刺身が食べたかったので、牛タンはお隣山形で食べることにしました。なんてたって利休は全国にあるからね。
そしてもう一つ、私の大好物、ずんだ。毎週ヤオコーでずんだのおはぎを買うほどずんだ好き。本場ものを食べないとね。
石巻で買った柚餅子も柚餅子史上最高においしかったです。個包装で売っていたから多分地元限定なんだろうな・・・家の近くでも売ってほしい。
もちもち系和菓子、東北に軍配です。
いったん仙台方面に戻り、今日は銀山温泉経由で山形の天童市まで走ります。
高速を降りて347号に至る道がずっと平野で緑の田園のじゅうたん状態。もうちょっとしたら金色の野になって姫姉さまが降臨しそうでした。
信号もなく、気持ちよかったです。
あれってどの辺だったのかな。高速降りてからグーグルナビと車のナビがぜんぜん協力してくれず道を間違えまくっていたから二度とたどり着けないかも。
あと途中で畜産農家さん地帯もありました。こんなにたくさん牛舎が集まっているエリアは見たことがありません。日本も本当に色々な場所がありますね。
県境に近づくと山道に入ります。
347号は昔はスーパー悪路だったそうですが、今は完全に車線化して、山道が苦手な我が家も問題なく通行できました。
(夫は自分で運転しているのに車に酔い、妻はヒマラヤで断崖絶壁を走ったトラウマがひどいという、トホホな夫婦。) -
おむすび丸のガードレール!山形に入る直前に気付いて激写。こういうの、うれしすぎる。かわいすぎる。滋賀もひこにゃんガードレールにすればいいのに。
-
県境付近。
では、この旅7県目の山形県に突入です。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
東北
-
東北ドライブ1 福島編 大内宿
2021/09/02~
湯野上温泉
-
東北ドライブ2 宮城編 秋保温泉、石巻
2021/09/02~
石巻
-
東北ドライブ3 山形編 銀山温泉、天童、月山
2021/09/02~
天童温泉
-
東北ドライブ4 福島編 東山温泉と会津若松 鶴ヶ城
2021/09/02~
東山温泉
-
初岩手、初盛岡、初じゃじゃ麺
2021/10/02~
盛岡
-
東北1泊2日一人旅 乳頭温泉に寄ってきた(女性におすすめです!)
2021/10/02~
田沢湖・乳頭温泉郷
-
今年も秋の東北旅行1 陸羽東線途中下車の旅
2022/10/01~
鳴子温泉
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったグルメ・レストラン
石巻(宮城) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 東北
0
51