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岐阜・愛知の県境付近に、SLを訪ねて行きました。<br /> かつて甲賀ファミリーランド(閉園)に保存されていたD51が、<br />岐阜県美濃加茂市に移設され、2019年に修復されて公開されています。<br />2008年に公募でこのD51を入手した企業が、新しい施設を建設するまで、<br />仮置き場に設置され、通りから遠望するしか出来ませんでした。<br />それが「ヤマザキマザック工作機械博物館」の中に収納されて、公開されました。<br />この博物館は、展示物の中心がなんと、工業製品を作るための加工用機械です。<br />世界でもほとんど例を見ない珍しい博物館で、しかもその建物は、地下2階にあります。<br />表題に「潜入」という文字を入れたのは、地下に潜るからです。<br />駐車場から見えるのは、入り口になっているガラス張りのピラミッドと広大な芝生だけ。<br />これはおもしろい!ワクワク感がいや増します。<br />目的のD51は、ピッカピカに整備されて、入ってすぐの場所に鎮座していました。<br />その後に、本題の工作機械がずらっと続きます。<br />工作機械と聞くと、オイル臭い、うす汚い鉄の塊のイメージがありますが、<br />もちろんここのものはピッカピカの新品と見まごうばかりの品々です。<br />ただ、どんなに綺麗でも工作機械に興味を持つ人は限られるでしょう。<br />私も展示物だけだったら、D51のついでに見て終わりだったと思います。<br />しかし、ここの宝は、実は「人」なんです。<br />長い年月を掛けて培ってきた経験と実績がぎっしり詰まった技能士たちが、<br />ものすごく興味深い話をたくさん話してくれます。<br />工作機械の話だけでなく、産業革命の歴史だったり、完成物としての<br />SLや飛行機、クラシックカーの展示物の詳しい説明だったり。<br />一日中、その人たちの話を聞いていたい。そんな博物館でした。<br />「ものづくり」に情熱を傾けて来た人達というパーツがあってこその博物館です。<br />訪れることがあったら、何としてでも彼らを探してください。

D51を訪ねて「ヤマザキマザック工作機械博物館」へ潜入!

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2021/04/30 - 2021/05/01

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ミズ旅撮る人

ミズ旅撮る人さん

岐阜・愛知の県境付近に、SLを訪ねて行きました。
 かつて甲賀ファミリーランド(閉園)に保存されていたD51が、
岐阜県美濃加茂市に移設され、2019年に修復されて公開されています。
2008年に公募でこのD51を入手した企業が、新しい施設を建設するまで、
仮置き場に設置され、通りから遠望するしか出来ませんでした。
それが「ヤマザキマザック工作機械博物館」の中に収納されて、公開されました。
この博物館は、展示物の中心がなんと、工業製品を作るための加工用機械です。
世界でもほとんど例を見ない珍しい博物館で、しかもその建物は、地下2階にあります。
表題に「潜入」という文字を入れたのは、地下に潜るからです。
駐車場から見えるのは、入り口になっているガラス張りのピラミッドと広大な芝生だけ。
これはおもしろい!ワクワク感がいや増します。
目的のD51は、ピッカピカに整備されて、入ってすぐの場所に鎮座していました。
その後に、本題の工作機械がずらっと続きます。
工作機械と聞くと、オイル臭い、うす汚い鉄の塊のイメージがありますが、
もちろんここのものはピッカピカの新品と見まごうばかりの品々です。
ただ、どんなに綺麗でも工作機械に興味を持つ人は限られるでしょう。
私も展示物だけだったら、D51のついでに見て終わりだったと思います。
しかし、ここの宝は、実は「人」なんです。
長い年月を掛けて培ってきた経験と実績がぎっしり詰まった技能士たちが、
ものすごく興味深い話をたくさん話してくれます。
工作機械の話だけでなく、産業革命の歴史だったり、完成物としての
SLや飛行機、クラシックカーの展示物の詳しい説明だったり。
一日中、その人たちの話を聞いていたい。そんな博物館でした。
「ものづくり」に情熱を傾けて来た人達というパーツがあってこその博物館です。
訪れることがあったら、何としてでも彼らを探してください。

旅行の満足度
5.0
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 「ヤマザキマザック工作機械博物館」は、2019年11月に<br />ヤマザキマザック株式会社が作った世界でも類を見ない<br />工作機械のための博物館です。<br />工業とは無縁の私は、この会社を全く知りませんでした。<br /> 愛知県丹羽郡大口町に本社があり、<br />創業100周年の記念に博物館を岐阜県美濃加茂市に創設しました。<br /> 1919年(大正8年)山崎定吉が名古屋市中区裏門前町に<br />山崎鉄工所を起こしたのが始まりです。<br />1962(昭和37)年に対米輸出を開始。<br />翌年ブランド「MAZAK」を発表。<br />1985(昭和60)年に社名を変更、ヤマザキマザックとなりました。<br /> 財閥系の企業が席巻する日本国内ではなく、海外に積極的に進出し、<br />現在、アメリカ・カナダ・メキシコ・ブラジル・イギリス・ドイツ・<br />ベルギー・フランス・イタリア・デンマーク・オランダ・チェコ・<br />トルコ・ロシア・シンガポール・マレーシア・インド・中国・台湾・<br />タイ・インドネシア・ベトナムに、現地拠点を置いています。<br />まさに世界中どこにでもあるんですね。<br />2010(平成22)年ヤマザキマザック美術館を名古屋市内に開館。<br />18~20世紀のフランス美術を展示しています。<br />2013年には、英国のチャールズ皇太子が、ヤマザキマザックU.K.LTD(英国会社)をご訪問されています。

    「ヤマザキマザック工作機械博物館」は、2019年11月に
    ヤマザキマザック株式会社が作った世界でも類を見ない
    工作機械のための博物館です。
    工業とは無縁の私は、この会社を全く知りませんでした。
     愛知県丹羽郡大口町に本社があり、
    創業100周年の記念に博物館を岐阜県美濃加茂市に創設しました。
    1919年(大正8年)山崎定吉が名古屋市中区裏門前町に
    山崎鉄工所を起こしたのが始まりです。
    1962(昭和37)年に対米輸出を開始。
    翌年ブランド「MAZAK」を発表。
    1985(昭和60)年に社名を変更、ヤマザキマザックとなりました。
     財閥系の企業が席巻する日本国内ではなく、海外に積極的に進出し、
    現在、アメリカ・カナダ・メキシコ・ブラジル・イギリス・ドイツ・
    ベルギー・フランス・イタリア・デンマーク・オランダ・チェコ・
    トルコ・ロシア・シンガポール・マレーシア・インド・中国・台湾・
    タイ・インドネシア・ベトナムに、現地拠点を置いています。
    まさに世界中どこにでもあるんですね。
    2010(平成22)年ヤマザキマザック美術館を名古屋市内に開館。
    18~20世紀のフランス美術を展示しています。
    2013年には、英国のチャールズ皇太子が、ヤマザキマザックU.K.LTD(英国会社)をご訪問されています。

    ヤマザキマザック工作機械博物館 美術館・博物館

  • 駐車場から見た博物館の入口です。<br />敷地全体を写し損ねましたが、まっ平な芝生が広がっているだけです。<br />ガラス張りのピラミッドの中に受付があります。<br />ここからはエレベーターで地下に向かいます。<br />

    駐車場から見た博物館の入口です。
    敷地全体を写し損ねましたが、まっ平な芝生が広がっているだけです。
    ガラス張りのピラミッドの中に受付があります。
    ここからはエレベーターで地下に向かいます。

  • この時、博物館でやっている「ものづくり体験」を紹介されました。<br />「やすりがけ作業」や「きさげ作業」を、<br />「現代の名工」や「ものづくりマイスター」に認定された<br />機械仕上げ組立の高度熟練技能者が教えてくれます。<br />製作する課題、対象年齢と体験料は、次のとおりです。<br />・文鎮(ぶんちん) 10歳以上 ¥300.-<br />・バイクオブジェ   7歳以上 ¥400.-<br />・フォトスタンド   4歳以上 ¥500.- <br />午前11時からと、午後2時から、<br />地下2階のモノづくり体験室で開催しています。<br />到着したのは2時を過ぎていましたが、<br />この日は平日でたまたま体験希望者がおらず、<br />講師の方が、受講を快諾してくださったので、<br />見学より先に体験室に来てしまいました。

    この時、博物館でやっている「ものづくり体験」を紹介されました。
    「やすりがけ作業」や「きさげ作業」を、
    「現代の名工」や「ものづくりマイスター」に認定された
    機械仕上げ組立の高度熟練技能者が教えてくれます。
    製作する課題、対象年齢と体験料は、次のとおりです。
    ・文鎮(ぶんちん) 10歳以上 ¥300.-
    ・バイクオブジェ   7歳以上 ¥400.-
    ・フォトスタンド   4歳以上 ¥500.-
    午前11時からと、午後2時から、
    地下2階のモノづくり体験室で開催しています。
    到着したのは2時を過ぎていましたが、
    この日は平日でたまたま体験希望者がおらず、
    講師の方が、受講を快諾してくださったので、
    見学より先に体験室に来てしまいました。

  • 私は「バイクオブジェ」を選びました。<br />ひたすら「ヤスリ掛け」と言われたからです。<br />最初に台座の3面を金属のヤスリで、磨きます。<br />磨く前はなんとなく濁った表面が、<br />次第にスッキリ綺麗になるのは快感です。<br />一度ぐるっと磨くと、最初に磨いた部分が、まだ中途半端だったことが<br />わかるようになり、またぐるっと3面磨き直しです。<br />結構、熱中します。

    私は「バイクオブジェ」を選びました。
    ひたすら「ヤスリ掛け」と言われたからです。
    最初に台座の3面を金属のヤスリで、磨きます。
    磨く前はなんとなく濁った表面が、
    次第にスッキリ綺麗になるのは快感です。
    一度ぐるっと磨くと、最初に磨いた部分が、まだ中途半端だったことが
    わかるようになり、またぐるっと3面磨き直しです。
    結構、熱中します。

  • 次に、レーザーで加工してある自転車の部品の不要部分を押し抜き、<br />後はひたすら「ヤスリ掛け」です。<br />細かい部分が折れてしまうのではないかと心配になるのですが、<br />「鉄だから大丈夫」なんだそうです。鉄の強度を実感しました。<br />出来上がったら台座に日付と名前の刻印を打ち込みます。<br />これが一番おもしろかったです。<br />最後に、鉄が錆びないようにコーティングをしてくれます。<br />ああ、おもしろかった。全部のコースをやりたいなあ。<br />文鎮は、金属ヤスリの後、「きさげ作業」というのがあって、<br />更に表面をミクロ単位で平らにして行くのだそうです。

    次に、レーザーで加工してある自転車の部品の不要部分を押し抜き、
    後はひたすら「ヤスリ掛け」です。
    細かい部分が折れてしまうのではないかと心配になるのですが、
    「鉄だから大丈夫」なんだそうです。鉄の強度を実感しました。
    出来上がったら台座に日付と名前の刻印を打ち込みます。
    これが一番おもしろかったです。
    最後に、鉄が錆びないようにコーティングをしてくれます。
    ああ、おもしろかった。全部のコースをやりたいなあ。
    文鎮は、金属ヤスリの後、「きさげ作業」というのがあって、
    更に表面をミクロ単位で平らにして行くのだそうです。

  • 「ヤマザキマザックは1919年の創業以来、工作機械を通じて<br />世界中のモノづくりの発展に携わってきました。<br />2019年に創業100周年を迎えて、<br />社会を支える工作機械の存在をより広く伝えるとともに、<br />モノづくりに対しての関心を高めるため、<br />世界的にもめずらしい工作機械に特化した博物館を開館致しました。」<br />という理念の下に立つ博物館は、<br />エレベーターの前の受付嬢に笑顔で見送られながら、<br />旋盤をはじめとする工作機械の歴史を語り始めます。<br />そして、奥にSLが顔を覗かせていますね。<br />大量生産の時代に入る前の工業製品の最終形態であるSLが<br />初っ端から現れるのは順番としては変かもしれませんが、<br />これが目的で訪れる人々にとっては嬉しいお出迎えです。<br />13~19世紀に亘って旋盤の原型を形作っていた「足踏みポール旋盤」<br />や、ルネッサンスのレオナルドダヴィンチの考えた<br />「ねじ切り旋盤」が展示されています。<br />ダヴィンチの旋盤は、中央の製品を両端の心棒で支えながら<br />切って行く構造でしたが、両方に支点があると不安定になるので、<br />ガードは1本がいいのだそうです。<br />こうしたことは展示品には書かれていません。<br />館内にいる「熟練工」たちが、いろいろと教えてくれるのです。<br />彼らは特にガイドとして常駐・待機している訳ではありません。<br />ガイドは受付の女性がしてくれる事もあるようです<br />(親子連れに説明して歩いていました)。<br />「熟練工」たちは、長年培って来た経験を活かして、<br />展示物の管理・整備をしておられます。<br />なので、どうしたら教えを乞うことが出来るのかは難しいところ<br />なのですが、今回は「ものづくり体験」の講師の方が、<br />作品のコーティングを終えたら、追い掛けて来てくださって、<br />展示物に書かれていない興味深い話を閉館時間まであまり時間が<br />無かったのですが、目一杯聞かせてくれました。

    「ヤマザキマザックは1919年の創業以来、工作機械を通じて
    世界中のモノづくりの発展に携わってきました。
    2019年に創業100周年を迎えて、
    社会を支える工作機械の存在をより広く伝えるとともに、
    モノづくりに対しての関心を高めるため、
    世界的にもめずらしい工作機械に特化した博物館を開館致しました。」
    という理念の下に立つ博物館は、
    エレベーターの前の受付嬢に笑顔で見送られながら、
    旋盤をはじめとする工作機械の歴史を語り始めます。
    そして、奥にSLが顔を覗かせていますね。
    大量生産の時代に入る前の工業製品の最終形態であるSLが
    初っ端から現れるのは順番としては変かもしれませんが、
    これが目的で訪れる人々にとっては嬉しいお出迎えです。
    13~19世紀に亘って旋盤の原型を形作っていた「足踏みポール旋盤」
    や、ルネッサンスのレオナルドダヴィンチの考えた
    「ねじ切り旋盤」が展示されています。
    ダヴィンチの旋盤は、中央の製品を両端の心棒で支えながら
    切って行く構造でしたが、両方に支点があると不安定になるので、
    ガードは1本がいいのだそうです。
    こうしたことは展示品には書かれていません。
    館内にいる「熟練工」たちが、いろいろと教えてくれるのです。
    彼らは特にガイドとして常駐・待機している訳ではありません。
    ガイドは受付の女性がしてくれる事もあるようです
    (親子連れに説明して歩いていました)。
    「熟練工」たちは、長年培って来た経験を活かして、
    展示物の管理・整備をしておられます。
    なので、どうしたら教えを乞うことが出来るのかは難しいところ
    なのですが、今回は「ものづくり体験」の講師の方が、
    作品のコーティングを終えたら、追い掛けて来てくださって、
    展示物に書かれていない興味深い話を閉館時間まであまり時間が
    無かったのですが、目一杯聞かせてくれました。

  • この建物は、地表から約11mの深さにあり、<br />年間を通じて温度変化が少ない地熱を空調に活用する<br />環境にやさしい省エネルギーの地下博物館です。<br />2007年に完成したヤマザキマザックオプトニクスの地下工場<br />(ヤマザキマザックオプトニクスフェニックス研究所)の一部を<br />改修したもので、地下1階部分では、その工場の一部を通路から<br />ガラス越しに見ることが出来ます(撮影は禁止)。<br />まさかこんな地下にSLがいるなんて考えてもみませんでした。

    この建物は、地表から約11mの深さにあり、
    年間を通じて温度変化が少ない地熱を空調に活用する
    環境にやさしい省エネルギーの地下博物館です。
    2007年に完成したヤマザキマザックオプトニクスの地下工場
    (ヤマザキマザックオプトニクスフェニックス研究所)の一部を
    改修したもので、地下1階部分では、その工場の一部を通路から
    ガラス越しに見ることが出来ます(撮影は禁止)。
    まさかこんな地下にSLがいるなんて考えてもみませんでした。

  • D51409は、1940年日本車輛製造。1975年廃車。<br />滋賀県湖南市の甲賀ファミリーランドに置かれていました。<br />1987年に甲西駅前に移設。<br />2008年に駅前整備のため公募が行われ、<br />ヤマザキマザックが獲得しました。<br />2019年に博物館が開館するまでは、<br />美濃加茂市の美濃加茂製作所の玄関前に仮置きされていました。

    D51409は、1940年日本車輛製造。1975年廃車。
    滋賀県湖南市の甲賀ファミリーランドに置かれていました。
    1987年に甲西駅前に移設。
    2008年に駅前整備のため公募が行われ、
    ヤマザキマザックが獲得しました。
    2019年に博物館が開館するまでは、
    美濃加茂市の美濃加茂製作所の玄関前に仮置きされていました。

  • 博物館の中には、AR(拡張現実)を活用した展示や<br />体験コーナーがあり、受付時にタッチペンを貸してくれます。<br />

    博物館の中には、AR(拡張現実)を活用した展示や
    体験コーナーがあり、受付時にタッチペンを貸してくれます。

  • タッチペンでスタートボタンをタッチすると、<br />SLが緑色に光って、動き出します。<br />

    タッチペンでスタートボタンをタッチすると、
    SLが緑色に光って、動き出します。

  • さすがにピッカピカです。<br />今、自分でもやすり掛けをして来ただけに、<br />きっとたくさんの人がこのSLを磨き上げたであろうことが<br />実感できます。<br />ああ、私も磨きたかったなあ。<br />

    さすがにピッカピカです。
    今、自分でもやすり掛けをして来ただけに、
    きっとたくさんの人がこのSLを磨き上げたであろうことが
    実感できます。
    ああ、私も磨きたかったなあ。

  • 2018年、博物館に搬入されて来た時の写真です。<br />塗装を剥がしてあるので、ものすごくボロボロに見えますが、<br />これから磨いて新しく塗り直しました。<br />

    2018年、博物館に搬入されて来た時の写真です。
    塗装を剥がしてあるので、ものすごくボロボロに見えますが、
    これから磨いて新しく塗り直しました。

  • 搬入されて来たSLは、4基が同期する特殊な機械で吊り上げました。<br />さて、ここは地下11mです。<br />どうやってSLは地下に来たのでしょうか。<br />

    搬入されて来たSLは、4基が同期する特殊な機械で吊り上げました。
    さて、ここは地下11mです。
    どうやってSLは地下に来たのでしょうか。

  • これはこの建物の模型です。博物館に来る時は左端の坂道を<br />上がって行き、奥に見える駐車場に来ます。<br />模型は地下を見せるために地表面がありませんが、<br />ピラミッドのそばにも駐車場はあります。<br />この建物はそもそも工場なので搬入・搬出口があり、<br />それは右側手前に設けられています。<br />なので、SLはちゃんと車に載せられて建物の中まで入って来たのです。<br />搬入当時は、工場部分と博物館部分との間の壁は無かったそうです。

    これはこの建物の模型です。博物館に来る時は左端の坂道を
    上がって行き、奥に見える駐車場に来ます。
    模型は地下を見せるために地表面がありませんが、
    ピラミッドのそばにも駐車場はあります。
    この建物はそもそも工場なので搬入・搬出口があり、
    それは右側手前に設けられています。
    なので、SLはちゃんと車に載せられて建物の中まで入って来たのです。
    搬入当時は、工場部分と博物館部分との間の壁は無かったそうです。

  • かくして、このように搬入口からSLは入って来ました。<br />この話は、館内を見回りにいらした副館長さんからお聞きしました。<br />このような移動だったので、車体は分離されることなく<br />完全体なのかと思ったら、既に、ファミリーランド、甲西駅、<br />美濃加茂製作所と移設された時に、3分割されてしまっていたそうです。<br />

    かくして、このように搬入口からSLは入って来ました。
    この話は、館内を見回りにいらした副館長さんからお聞きしました。
    このような移動だったので、車体は分離されることなく
    完全体なのかと思ったら、既に、ファミリーランド、甲西駅、
    美濃加茂製作所と移設された時に、3分割されてしまっていたそうです。

  • ピカピカのお顔。現役時代より綺麗にしてもらったんじゃないかな?<br />

    ピカピカのお顔。現役時代より綺麗にしてもらったんじゃないかな?

  • D51498の説明板が付されています。有名な運行中のSLです。<br />こういうところが、鉄道関係者ではない部分かな?<br />同じD51だから、まあいいか。そんな感じかな?<br />番号も近いから、大きくは変わっていないかもしれませんね。<br />SLは、大量生産の機械とは違い、一つ一つが手作りです。<br />なので、どんどん改良されて行き、同じものはありません。<br />有名なD51の初期型は「なめくじ」と呼ばれる半流線型の<br />蒸気ドームを持っていましたが、旧国鉄工場製第1号である<br />D5186からは標準型になりました。

    D51498の説明板が付されています。有名な運行中のSLです。
    こういうところが、鉄道関係者ではない部分かな?
    同じD51だから、まあいいか。そんな感じかな?
    番号も近いから、大きくは変わっていないかもしれませんね。
    SLは、大量生産の機械とは違い、一つ一つが手作りです。
    なので、どんどん改良されて行き、同じものはありません。
    有名なD51の初期型は「なめくじ」と呼ばれる半流線型の
    蒸気ドームを持っていましたが、旧国鉄工場製第1号である
    D5186からは標準型になりました。

  • ステップの部分には、たまに車番が付いているけれど、<br />これは何の番号だろう?<br />

    ステップの部分には、たまに車番が付いているけれど、
    これは何の番号だろう?

  • R45という数字が見えます。<br />車体の右側にはRと表示されますが、これは左側。<br />

    R45という数字が見えます。
    車体の右側にはRと表示されますが、これは左側。

  • 足回りは、綺麗に塗装されています。<br />副館長さんによると、鉄道ファンの方から、足回りを塗っちゃったの?と言われるそうです。<br />しかし、当社は機械屋であり、鉄道関係者ではないので、<br />頻繁にオイルでメンテナンスを必要とするような保存の仕方は<br />出来ないんですとのことでした。<br />鉄道ファンから見れば、足回りが無塗装なのは重要なポイントですが、<br />博物館からすると、SLといえども展示品の一つなのです。<br />塗装はとても美しく、妥当な所だと思います。<br />

    足回りは、綺麗に塗装されています。
    副館長さんによると、鉄道ファンの方から、足回りを塗っちゃったの?と言われるそうです。
    しかし、当社は機械屋であり、鉄道関係者ではないので、
    頻繁にオイルでメンテナンスを必要とするような保存の仕方は
    出来ないんですとのことでした。
    鉄道ファンから見れば、足回りが無塗装なのは重要なポイントですが、
    博物館からすると、SLといえども展示品の一つなのです。
    塗装はとても美しく、妥当な所だと思います。

  • 細かい部品までよく残っています。<br />たまに展示や復活運転のために、他の車体から部品をもらって来たり<br />しますが、このD51は、部品は全てオリジナルだそうです。<br />

    細かい部品までよく残っています。
    たまに展示や復活運転のために、他の車体から部品をもらって来たり
    しますが、このD51は、部品は全てオリジナルだそうです。

  • 運転席の脇にあるこのプレートだけが、違うものが付いていたそうで、<br />新しく作ったのだとか。<br />どうやらサイズがちょっと違うらしいけど、ま・いっか。なんだって。<br />巷(ちまた)には、ナンバープレートのない車体がゴロゴロあるし、<br />いかにもお手製のプレートもあり、<br />中には木の板のプレートもありました。<br />これだけ立派な物を付けてもらって、文句はないです。

    運転席の脇にあるこのプレートだけが、違うものが付いていたそうで、
    新しく作ったのだとか。
    どうやらサイズがちょっと違うらしいけど、ま・いっか。なんだって。
    巷(ちまた)には、ナンバープレートのない車体がゴロゴロあるし、
    いかにもお手製のプレートもあり、
    中には木の板のプレートもありました。
    これだけ立派な物を付けてもらって、文句はないです。

  • 運転室に入ります。<br />おお、さすが!美しく整備されている上に部品が完品。<br />屋根は木がボロボロだったので、張り替えたそうです。<br />右端にぶら下がっている白い札には<br />「レバーを下に引くと汽笛が鳴ります」と書かれています。<br />汽笛を鳴らしてもいいの?館内に鳴り響いてはいけないと、<br />恐る恐る引いてみます。シュカ~~。あれ?<br />遠慮して引くと空気が漏れたような音しか出ません。<br />もう少し力を込めて引いてみます。<br />しゅ~ほ~~~。おや?管に穴でも開いているのかな?<br />副館長さんによると、汽笛は本来10気圧くらいで鳴らすのですが、<br />子供が鳴らすので5気圧くらいに抑えてあるのだそうです。<br />えええ~~~!魅力も半減しますよ!<br />京都の梅小路で鳴る汽笛は、線路を挟んだ東寺にまで聞こえて来て、<br />感動させられるというのに。<br />せめて8気圧くらいにしてと言いたい。

    運転室に入ります。
    おお、さすが!美しく整備されている上に部品が完品。
    屋根は木がボロボロだったので、張り替えたそうです。
    右端にぶら下がっている白い札には
    「レバーを下に引くと汽笛が鳴ります」と書かれています。
    汽笛を鳴らしてもいいの?館内に鳴り響いてはいけないと、
    恐る恐る引いてみます。シュカ~~。あれ?
    遠慮して引くと空気が漏れたような音しか出ません。
    もう少し力を込めて引いてみます。
    しゅ~ほ~~~。おや?管に穴でも開いているのかな?
    副館長さんによると、汽笛は本来10気圧くらいで鳴らすのですが、
    子供が鳴らすので5気圧くらいに抑えてあるのだそうです。
    えええ~~~!魅力も半減しますよ!
    京都の梅小路で鳴る汽笛は、線路を挟んだ東寺にまで聞こえて来て、
    感動させられるというのに。
    せめて8気圧くらいにしてと言いたい。

  • キャ~、鷹取工場の圧力計。まだ使えそうじゃない?<br />

    キャ~、鷹取工場の圧力計。まだ使えそうじゃない?

  • 運転席の逆転機や目盛、速度計も健在。<br />最近学んだのですが、逆転機をグルグル回すと、<br />逆転機の先、目盛の下にあるギアが前進・後進に動いて行き、<br />進行方向が変わります。真ん中がパーキング。<br />但し、車のギアのようにパーキングポイントから目盛が離れて行くに<br />従って、ロー・セカンド・サード・トップとなるのではなく、<br />一番力の出るローの部分がギアの一番端になるので、<br />発進時には逆転機を目一杯回して、ギアを手前に持って来ておきます。<br />動き始めたら少しずつ動力を緩めるので、パーキングポイントに<br />近づけて行きます。

    運転席の逆転機や目盛、速度計も健在。
    最近学んだのですが、逆転機をグルグル回すと、
    逆転機の先、目盛の下にあるギアが前進・後進に動いて行き、
    進行方向が変わります。真ん中がパーキング。
    但し、車のギアのようにパーキングポイントから目盛が離れて行くに
    従って、ロー・セカンド・サード・トップとなるのではなく、
    一番力の出るローの部分がギアの一番端になるので、
    発進時には逆転機を目一杯回して、ギアを手前に持って来ておきます。
    動き始めたら少しずつ動力を緩めるので、パーキングポイントに
    近づけて行きます。

  • 設備の説明もあります。<br />「砂撒きコック」というのは、初めて知りました。<br />

    設備の説明もあります。
    「砂撒きコック」というのは、初めて知りました。

  • 水面計。ちゃんと中にガラスの棒が入っています。<br />

    水面計。ちゃんと中にガラスの棒が入っています。

  • 頭の上には電気のスイッチ。いや~、ここまでピッカピカ。<br />つくづく、こうした昔のプレートには味わいがあるなあ。<br />見ているだけで、ほんわりします。<br />SLは、自分のボイラーで発電して、電燈などに使っていました。<br />

    頭の上には電気のスイッチ。いや~、ここまでピッカピカ。
    つくづく、こうした昔のプレートには味わいがあるなあ。
    見ているだけで、ほんわりします。
    SLは、自分のボイラーで発電して、電燈などに使っていました。

  • 「通風」「暖房」「給水ポンプ」「油ポンプ」<br />滅多に見られないプレートとコック。見事に揃っています。<br />

    「通風」「暖房」「給水ポンプ」「油ポンプ」
    滅多に見られないプレートとコック。見事に揃っています。

  • さて、コックに吊り下げられたこれ、気になりますよね。<br />タブレットとホルダーです。<br />当然ですが「さわらないで」と書かれています。<br />

    さて、コックに吊り下げられたこれ、気になりますよね。
    タブレットとホルダーです。
    当然ですが「さわらないで」と書かれています。

  • タブレットの説明書です。「さわらないで」と言っても、<br />こんな風にぶら下げられたら、気になります。<br />

    タブレットの説明書です。「さわらないで」と言っても、
    こんな風にぶら下げられたら、気になります。

  • 実は、SLにも「熟練工」がいて、いろいろ説明してくれました。<br />その人が、事も無げにホルダーを開け、<br />中のタブレットを見せてくれました。<br />

    実は、SLにも「熟練工」がいて、いろいろ説明してくれました。
    その人が、事も無げにホルダーを開け、
    中のタブレットを見せてくれました。

  • 面食らいました。<br />タブレットというのは、普通、金属の円盤で、<br />真ん中にいろいろな形の穴が開いています。<br />なんでガラス???しかも饅頭型?<br />

    面食らいました。
    タブレットというのは、普通、金属の円盤で、
    真ん中にいろいろな形の穴が開いています。
    なんでガラス???しかも饅頭型?

  • この博物館のタブレットは、<br />2004年10月1日、甲賀郡石部町と甲西町が合併して、<br />湖南市が発足した記念で作成されたものだそうです。<br />実際に使われたことはないのでしょう。<br />それにしても、この厚みであの閉塞機に入るのかしら?<br />いったいどこの鉄道で作ったんでしょうね。<br />これは、ものすごい謎の品でした。<br />

    この博物館のタブレットは、
    2004年10月1日、甲賀郡石部町と甲西町が合併して、
    湖南市が発足した記念で作成されたものだそうです。
    実際に使われたことはないのでしょう。
    それにしても、この厚みであの閉塞機に入るのかしら?
    いったいどこの鉄道で作ったんでしょうね。
    これは、ものすごい謎の品でした。

  • 後ろもとっても綺麗なんだけど、あれ?カンテラが無い?<br />尾灯になる赤と緑のカンテラがどちらも無いです。これは寂しい。<br />せっかく連結器のストッパーに付いている鉄棒まであるのに。<br />残念だなあ。<br />炭水車には、本物の石炭が積まれています。<br />手の届く範囲は、崩れないようにコーティングしてあります。<br />

    後ろもとっても綺麗なんだけど、あれ?カンテラが無い?
    尾灯になる赤と緑のカンテラがどちらも無いです。これは寂しい。
    せっかく連結器のストッパーに付いている鉄棒まであるのに。
    残念だなあ。
    炭水車には、本物の石炭が積まれています。
    手の届く範囲は、崩れないようにコーティングしてあります。

  • 最近の動態復活SLは、C型ばかりで、侘しかったけれど、<br />ここにD51が来てくれて嬉しいです。<br />何と言っても蒸気機関車の代名詞ですからね。<br />蒸気機関車は、手作りの工業製品の集大成です。<br />そういう意味で、この工作機械博物館に設置されたのでしょう。<br />工業機械としての蒸気機関車には、やはりD51こそが相応しいです。<br />

    最近の動態復活SLは、C型ばかりで、侘しかったけれど、
    ここにD51が来てくれて嬉しいです。
    何と言っても蒸気機関車の代名詞ですからね。
    蒸気機関車は、手作りの工業製品の集大成です。
    そういう意味で、この工作機械博物館に設置されたのでしょう。
    工業機械としての蒸気機関車には、やはりD51こそが相応しいです。

  • すっかり塗られてしまった足回りですが、微かに個体番号が見られます。<br />個体番号を探すのがいつものパターンですが、<br />今回はさっき自分で刻印を入れる体験をしたので、<br />尚更、見つけることに熱意が籠ります。<br />

    すっかり塗られてしまった足回りですが、微かに個体番号が見られます。
    個体番号を探すのがいつものパターンですが、
    今回はさっき自分で刻印を入れる体験をしたので、
    尚更、見つけることに熱意が籠ります。

  • そして、右側のシリンダーにも「D51409」の刻印が。<br />

    そして、右側のシリンダーにも「D51409」の刻印が。

  • 足回りを塗る時に、何色にするか考えたそうですが、<br />一番シンプルな色で落ち着いたそうです。<br />子供向けの公園などなら赤や緑もあり得ますが、<br />白と黒なら他の展示品から浮くこともなく、いいと思います。

    足回りを塗る時に、何色にするか考えたそうですが、
    一番シンプルな色で落ち着いたそうです。
    子供向けの公園などなら赤や緑もあり得ますが、
    白と黒なら他の展示品から浮くこともなく、いいと思います。

  • 手前がSLのところにいた「熟練工」で、<br />奥が「ものづくり体験」の講師。<br />ここには、「現代の名工」や「ものづくりマイスター」に認定された<br />人達がたくさんいるので、彼らもそのどれかでしょう。<br />私は彼らを総じて「熟練工」と敬意を込めて呼んでいます。<br />因みに、副館長さんは「特級技能士」の腕章を付けておられました。<br />

    手前がSLのところにいた「熟練工」で、
    奥が「ものづくり体験」の講師。
    ここには、「現代の名工」や「ものづくりマイスター」に認定された
    人達がたくさんいるので、彼らもそのどれかでしょう。
    私は彼らを総じて「熟練工」と敬意を込めて呼んでいます。
    因みに、副館長さんは「特級技能士」の腕章を付けておられました。

  • このオシャレな車輪止めは、マザックの特注品です。<br />SLについて来た車輪止めは、大地震が来た時に<br />SLの巨体を支えきれないと判断され、<br />こうしたものについては得意なマザックが設計して、<br />作ってもらったそうです。<br />白黒の中にある赤い車輪止めは、素敵な差し色です。<br />MにYを絡めたマザックのシンボルマークもイカしています。<br />SLは重すぎるので、横倒しにならない迄も、<br />脱線したら元に戻すのはたいへんです。<br />これを見た全国各地のSLを保存している所から、<br />問い合わせが来るかも?<br />

    このオシャレな車輪止めは、マザックの特注品です。
    SLについて来た車輪止めは、大地震が来た時に
    SLの巨体を支えきれないと判断され、
    こうしたものについては得意なマザックが設計して、
    作ってもらったそうです。
    白黒の中にある赤い車輪止めは、素敵な差し色です。
    MにYを絡めたマザックのシンボルマークもイカしています。
    SLは重すぎるので、横倒しにならない迄も、
    脱線したら元に戻すのはたいへんです。
    これを見た全国各地のSLを保存している所から、
    問い合わせが来るかも?

  • 「ものづくり体験」で作ったフォトスタンドの見本に、<br />D51の前で撮った記念写真が入れられていました。<br />すごくいい感じで、次回はフォトスタンドを作りたくなりました。<br />

    「ものづくり体験」で作ったフォトスタンドの見本に、
    D51の前で撮った記念写真が入れられていました。
    すごくいい感じで、次回はフォトスタンドを作りたくなりました。

  • この機械から、ヤマザキマザックの工作機械の歴史が始まります。<br />1927(昭和2)年に山崎鉄工所が製造したベルト掛け旋盤です。<br />

    この機械から、ヤマザキマザックの工作機械の歴史が始まります。
    1927(昭和2)年に山崎鉄工所が製造したベルト掛け旋盤です。

  • 産業革命と工作機械<br />イギリスの産業革命は、工作機械の発展に<br />もっとも重要な役割を果たしました。<br />近代的な工作機械は、蒸気機関や紡績機械を製造するために、<br />18世紀後半にイギリスで発明され、<br />それ以来、欧米各国で特色ある工作機械が次々と開発されました。<br />今日見られる工作機械のほとんどは、<br />19世紀後半までにその原形が完成しています。<br />「ものづくり体験」の講師の方が、短い時間に短縮して絞って<br />説明してくれたのが「産業革命」でした。<br />

    産業革命と工作機械
    イギリスの産業革命は、工作機械の発展に
    もっとも重要な役割を果たしました。
    近代的な工作機械は、蒸気機関や紡績機械を製造するために、
    18世紀後半にイギリスで発明され、
    それ以来、欧米各国で特色ある工作機械が次々と開発されました。
    今日見られる工作機械のほとんどは、
    19世紀後半までにその原形が完成しています。
    「ものづくり体験」の講師の方が、短い時間に短縮して絞って
    説明してくれたのが「産業革命」でした。

  • 加工の4つの基本は「ねじを切る・旋盤」「穴をあける・ボール盤」<br />「平たく削る・フライス盤・平削り盤」「丸く削る・旋盤」です。<br />博物館の展示は、この分類を時代を追って紹介してあります。<br />

    加工の4つの基本は「ねじを切る・旋盤」「穴をあける・ボール盤」
    「平たく削る・フライス盤・平削り盤」「丸く削る・旋盤」です。
    博物館の展示は、この分類を時代を追って紹介してあります。

  • タッチペンを使って、ロボットの組み立てをするゲームなのですが、<br />何をどうすればいいのかわからないうちに<br />タイムアウトになってしまいます。<br />

    タッチペンを使って、ロボットの組み立てをするゲームなのですが、
    何をどうすればいいのかわからないうちに
    タイムアウトになってしまいます。

  • 1895(明治28)年に日本のメーカーで製造された<br />ベルト掛け平削り盤です。<br />え?明治中期?そんなに早くから、こんなものがあったの?<br />

    1895(明治28)年に日本のメーカーで製造された
    ベルト掛け平削り盤です。
    え?明治中期?そんなに早くから、こんなものがあったの?

  • 1913(大正2)年製造のベルト掛け平削り盤です。<br />明治・大正という言葉にびっくりした私は、<br />すぐに自分の愚かさに気が付きました。<br />「陸(おか)蒸気」と呼ばれたSLは、明治時代から走っていたし、9600型は大正時代の名機でした。<br />当然、加工するための工作機械だってあったんです。<br />それにしても、明治に入ってからの技術革新は早いです。<br />

    1913(大正2)年製造のベルト掛け平削り盤です。
    明治・大正という言葉にびっくりした私は、
    すぐに自分の愚かさに気が付きました。
    「陸(おか)蒸気」と呼ばれたSLは、明治時代から走っていたし、9600型は大正時代の名機でした。
    当然、加工するための工作機械だってあったんです。
    それにしても、明治に入ってからの技術革新は早いです。

  • 「人力式(マンパワー)工作機械」<br />初期の工作機械は人の力で動いていました。<br />手回しや足踏みでは大きな力を出すことが出来ず、<br />効率は良くありませんでしたが、<br />水車や蒸気機関、電気モーターなどの動力が発明されるまで、<br />人力式工作機械は、便利な道具として独自の発展を遂げて行きます。<br />ここでは19世紀後半~20世紀初めの優れた構造を持つ<br />芸術品とも言える美しい機械を展示しています。<br />

    「人力式(マンパワー)工作機械」
    初期の工作機械は人の力で動いていました。
    手回しや足踏みでは大きな力を出すことが出来ず、
    効率は良くありませんでしたが、
    水車や蒸気機関、電気モーターなどの動力が発明されるまで、
    人力式工作機械は、便利な道具として独自の発展を遂げて行きます。
    ここでは19世紀後半~20世紀初めの優れた構造を持つ
    芸術品とも言える美しい機械を展示しています。

  • SLを背景に、人力式工作機械が並びます。<br />

    SLを背景に、人力式工作機械が並びます。

  • 一見、足踏みミシンのようですが、腰かけ付きの旋盤です。<br />

    一見、足踏みミシンのようですが、腰かけ付きの旋盤です。

  • こちらも足踏みの旋盤です。<br />

    こちらも足踏みの旋盤です。

  • 講師の方が、実際に動かして見せてくれました。<br />このフットワークの良さと、おそらくはこれらの機械を整備した<br />実績をお持ちなので、「俺の整備した機械を見てくれ」という<br />気持ちが溢れているのが感じられて、<br />ただの展示だけではない、血の通った内容になっています。

    講師の方が、実際に動かして見せてくれました。
    このフットワークの良さと、おそらくはこれらの機械を整備した
    実績をお持ちなので、「俺の整備した機械を見てくれ」という
    気持ちが溢れているのが感じられて、
    ただの展示だけではない、血の通った内容になっています。

  • 1883(明治16)年のアメリカ製手回しボール盤。<br />こちらは氷かき機みたい?<br />支柱などに刻まれている会社名や製品の番号などが、<br />なんともオシャレで、<br />機械全体の姿も美しく(特にハンドル部分などは優美です)、<br />これが工作機械だなんて、製作者の心の余裕なのでしょうか。

    1883(明治16)年のアメリカ製手回しボール盤。
    こちらは氷かき機みたい?
    支柱などに刻まれている会社名や製品の番号などが、
    なんともオシャレで、
    機械全体の姿も美しく(特にハンドル部分などは優美です)、
    これが工作機械だなんて、製作者の心の余裕なのでしょうか。

  • 1880(明治13)年アメリカ製のベルト掛け旋盤。<br />「アメリカの高度な工作機械製造技術が組み込まれた段車式旋盤です。<br />6段変速で、丸削り、端面削り、ねじ切りなどが出来ます。」<br />講師の方が、説明してくれた「産業革命」では、<br />第一次産業革命は18世紀後半、イギリスで起こり、<br />しばらくの間はイギリスの独壇場でした。<br />石炭を使った紡績工業が発達し、蒸気機関が活躍しました。<br />19世紀末に、産業革命の中心はドイツやアメリカに移ります。<br />1879年にエジソンが白熱電球を発明、<br />電力・石油による重工業の発展が始まります。<br />石油による内燃機関の発達は自動車や航空機を創り出しました。<br />この変遷を展示品を時には操作しながら、具体的に説明してくれました。<br />第三次産業革命は、1946年に発明された真空管式コンピューターが<br />発展し、普及が始まった1970年代です。

    1880(明治13)年アメリカ製のベルト掛け旋盤。
    「アメリカの高度な工作機械製造技術が組み込まれた段車式旋盤です。
    6段変速で、丸削り、端面削り、ねじ切りなどが出来ます。」
    講師の方が、説明してくれた「産業革命」では、
    第一次産業革命は18世紀後半、イギリスで起こり、
    しばらくの間はイギリスの独壇場でした。
    石炭を使った紡績工業が発達し、蒸気機関が活躍しました。
    19世紀末に、産業革命の中心はドイツやアメリカに移ります。
    1879年にエジソンが白熱電球を発明、
    電力・石油による重工業の発展が始まります。
    石油による内燃機関の発達は自動車や航空機を創り出しました。
    この変遷を展示品を時には操作しながら、具体的に説明してくれました。
    第三次産業革命は、1946年に発明された真空管式コンピューターが
    発展し、普及が始まった1970年代です。

  • 1910(明治43)年アメリカ製のベルト掛け単軸自動旋盤。<br />「タームレット旋盤のカム機構(運動の方向を変える仕組み)を<br />応用して、複数の工程が自動化された旋盤です。」<br />旋盤の下に大きな受け皿が付きました。<br />これは、金属を削る時に大量のオイルが出るため、<br />そのオイルを受けるためのものだそうです。<br />ここから、機械工場のオイル臭さのイメージが出来たのかもしれません。<br />「寄贈:株式会社三共製作所」と書かれています。<br />ヤマザキマザックが工作機械の博物館を設立すると聞いた<br />各地の業者さんが、歴史ある機械を寄せてくれたのだそうです。<br />

    1910(明治43)年アメリカ製のベルト掛け単軸自動旋盤。
    「タームレット旋盤のカム機構(運動の方向を変える仕組み)を
    応用して、複数の工程が自動化された旋盤です。」
    旋盤の下に大きな受け皿が付きました。
    これは、金属を削る時に大量のオイルが出るため、
    そのオイルを受けるためのものだそうです。
    ここから、機械工場のオイル臭さのイメージが出来たのかもしれません。
    「寄贈:株式会社三共製作所」と書かれています。
    ヤマザキマザックが工作機械の博物館を設立すると聞いた
    各地の業者さんが、歴史ある機械を寄せてくれたのだそうです。

  • 画面でこれらの機械を動かしている映像が見られます。<br />この辺りの機械は、大多数に動画があり、動いている様子が見られます。<br />ただ、実際に製品を加工している映像はほとんどなく、<br />どのように使われたのか今一つ理解できません。<br />副館長さんに尋ねると、機械は動くように整備できても、<br />実際に加工するための歯を装着出来ないのだそうです。<br />替刃がないんですね。<br />グイ~ンと削って行く映像を期待していたけど、<br />動くということで満足すべきなんですね。

    画面でこれらの機械を動かしている映像が見られます。
    この辺りの機械は、大多数に動画があり、動いている様子が見られます。
    ただ、実際に製品を加工している映像はほとんどなく、
    どのように使われたのか今一つ理解できません。
    副館長さんに尋ねると、機械は動くように整備できても、
    実際に加工するための歯を装着出来ないのだそうです。
    替刃がないんですね。
    グイ~ンと削って行く映像を期待していたけど、
    動くということで満足すべきなんですね。

  • エジソンが作った録音機「エディフォン(EDIPHONE)」<br />1930(昭和3)年アメリカ製<br />蓄音機や白熱電球など数多くの発明で知られるトーマス・エジソン(1847~1931)が発明・商品化した録音機です。<br />ワックスを塗ったシリンダーに録音するタイプで、<br />話声も鮮明に録音できます。エディフォンは19世紀後半から<br />1950年まで長期に亘り生産されました。

    エジソンが作った録音機「エディフォン(EDIPHONE)」
    1930(昭和3)年アメリカ製
    蓄音機や白熱電球など数多くの発明で知られるトーマス・エジソン(1847~1931)が発明・商品化した録音機です。
    ワックスを塗ったシリンダーに録音するタイプで、
    話声も鮮明に録音できます。エディフォンは19世紀後半から
    1950年まで長期に亘り生産されました。

  • 段車工場の再現<br />「段車工場では、天井に設置した長いシャフトと<br />段車(平プーリ)を回転させて、ベルトを介して動力を伝え、<br />ここの工作機械を動かしています。」<br />

    段車工場の再現
    「段車工場では、天井に設置した長いシャフトと
    段車(平プーリ)を回転させて、ベルトを介して動力を伝え、
    ここの工作機械を動かしています。」

  • 段車工場の配置図と説明<br />「ベルトで動力を伝導する装置」と<br />「大きさの異なるプーリーで速度や力を変える装置」を<br />備えて機械を動かすのが段車工場です。<br />動力は水・風車、蒸気機関、電気へと移り変わりましたが、<br />段車は工作機械の主軸の回転数を変換するのに広く使用されました。<br />その後、工作機械に直接電気モーターを取り付ける方式(直結)が<br />登場し、次第に姿を消しました。

    段車工場の配置図と説明
    「ベルトで動力を伝導する装置」と
    「大きさの異なるプーリーで速度や力を変える装置」を
    備えて機械を動かすのが段車工場です。
    動力は水・風車、蒸気機関、電気へと移り変わりましたが、
    段車は工作機械の主軸の回転数を変換するのに広く使用されました。
    その後、工作機械に直接電気モーターを取り付ける方式(直結)が
    登場し、次第に姿を消しました。

  • ベルト掛け旋盤。1916(大正5)年アメリカ製。<br />当時のアメリカの高い技術力がわかる段車旋盤です。<br />バックギア付きの8段変速。<br />スライドギアを使って、切削送りとねじ切りを手動で切り替えられるのが特徴です。<br />

    ベルト掛け旋盤。1916(大正5)年アメリカ製。
    当時のアメリカの高い技術力がわかる段車旋盤です。
    バックギア付きの8段変速。
    スライドギアを使って、切削送りとねじ切りを手動で切り替えられるのが特徴です。

  • ここからは、「段車式フライス盤・ボール盤」の展示です。<br />フライス盤は、旋盤とは逆に、工具を回転させて工作物を加工する<br />工作機械です。「角物部品」の加工を得意とします。<br />また、機械部品加工の8割以上を占める「穴加工」に欠かせないのが<br />ボール盤です。工作物をテーブルに固定し、<br />主軸に付けたドリルを回転させて穴を開けます。<br />これは1895(明治28)年アメリカ製ベルト掛け立フライス盤です。<br />横フライス盤に続き、立フライス盤は<br />19世紀半ばにイギリスで誕生しました。<br />主軸が地面に対して立方向に付いており四角形状の加工に向いています。

    ここからは、「段車式フライス盤・ボール盤」の展示です。
    フライス盤は、旋盤とは逆に、工具を回転させて工作物を加工する
    工作機械です。「角物部品」の加工を得意とします。
    また、機械部品加工の8割以上を占める「穴加工」に欠かせないのが
    ボール盤です。工作物をテーブルに固定し、
    主軸に付けたドリルを回転させて穴を開けます。
    これは1895(明治28)年アメリカ製ベルト掛け立フライス盤です。
    横フライス盤に続き、立フライス盤は
    19世紀半ばにイギリスで誕生しました。
    主軸が地面に対して立方向に付いており四角形状の加工に向いています。

  • ベルト掛け万能横フライス盤。1925(大正14)年アメリカ製。<br />19世紀に創業した著名な工作機械メーカーのシンシナティ社製の<br />横フライス盤です。<br />テーブルに固定された加工物を左右・前後に動かし、<br />平面や溝を削る機械です。<br />機械音痴の私は、機械そのものよりも、<br />側面の金文字で刻まれた社名や製品名などに興味を引かれます。<br />下部に5つの日付が刻まれているのは何なのかなあ?<br />メンテナンス記録だったりして?<br />

    ベルト掛け万能横フライス盤。1925(大正14)年アメリカ製。
    19世紀に創業した著名な工作機械メーカーのシンシナティ社製の
    横フライス盤です。
    テーブルに固定された加工物を左右・前後に動かし、
    平面や溝を削る機械です。
    機械音痴の私は、機械そのものよりも、
    側面の金文字で刻まれた社名や製品名などに興味を引かれます。
    下部に5つの日付が刻まれているのは何なのかなあ?
    メンテナンス記録だったりして?

  • ここからは、直結式工作機械です。<br />1900年代に入ると、電力の本格的な利用が始まります。<br />工作機械はモーター駆動による機械単体での稼働が可能となり、<br />段車式とは違って、自由に工場のレイアウトが出来るようになりました。<br />一方、この頃から、工業製品の大型化・複雑化に伴い、<br />工作機械は非常に高性能・精密な機械へと進化して行きます。<br />これは、1914(大正3)年アメリカ製の歯切り盤<br />(GLEASON)です。<br />この機械はひと歯ずつ自動で割り出して傘歯車を加工します。<br />メカの素晴らしい機構や動き、現在でも加工が難しい部品が至る所に<br />使用されており、海外の技術の高さが感じられる機械です。

    ここからは、直結式工作機械です。
    1900年代に入ると、電力の本格的な利用が始まります。
    工作機械はモーター駆動による機械単体での稼働が可能となり、
    段車式とは違って、自由に工場のレイアウトが出来るようになりました。
    一方、この頃から、工業製品の大型化・複雑化に伴い、
    工作機械は非常に高性能・精密な機械へと進化して行きます。
    これは、1914(大正3)年アメリカ製の歯切り盤
    (GLEASON)です。
    この機械はひと歯ずつ自動で割り出して傘歯車を加工します。
    メカの素晴らしい機構や動き、現在でも加工が難しい部品が至る所に
    使用されており、海外の技術の高さが感じられる機械です。

  • 歯切り盤。1921(大正10)年頃アメリカ製。<br />刃物台に付いた刃物で自動で歯の両面を加工します。<br />傘歯車は自動車や航空機のエンジンの製造に必要な部品です。<br />日本ではまだ国産化が難しかった時代の名機です。<br />これが大正時代の機械なんですから、ただもうため息です。

    歯切り盤。1921(大正10)年頃アメリカ製。
    刃物台に付いた刃物で自動で歯の両面を加工します。
    傘歯車は自動車や航空機のエンジンの製造に必要な部品です。
    日本ではまだ国産化が難しかった時代の名機です。
    これが大正時代の機械なんですから、ただもうため息です。

  • 立形治具ボーラ(SIP)1939(昭和14)年スイス製。<br />SIPの治具ボーラは当時世界最先端の高精度機械で、<br />航空機のエンジンなどの加工に使用されました。<br />優れた性能のスイス製で、主軸に対して工作物に加工される穴のピッチを<br />1/1000mmで位置決めをすることが出来ます。(寄贈:京都大学)

    立形治具ボーラ(SIP)1939(昭和14)年スイス製。
    SIPの治具ボーラは当時世界最先端の高精度機械で、
    航空機のエンジンなどの加工に使用されました。
    優れた性能のスイス製で、主軸に対して工作物に加工される穴のピッチを
    1/1000mmで位置決めをすることが出来ます。(寄贈:京都大学)

  • 直結旋盤。1937(昭和12)年アメリカ製。<br />モナーク社は、工作機械における当時の世界のトップメーカーです。<br />戦前の日本には高速・高性能な機械が少なく、<br />国内ではまだ優れた直結旋盤を作ることが出来ませんでした。<br />

    直結旋盤。1937(昭和12)年アメリカ製。
    モナーク社は、工作機械における当時の世界のトップメーカーです。
    戦前の日本には高速・高性能な機械が少なく、
    国内ではまだ優れた直結旋盤を作ることが出来ませんでした。

  • 昭和初期の工作機械<br />昭和初期の代表的な工作機械を紹介します。<br />アメリカやドイツの工作機械が飛躍的な進歩を遂げる一方で、<br />日本においても多数の工作機械メーカーが登場し、<br />国産工作機械のレベルが向上した時代でした。<br />ここでは、日本製、アメリカ製、ドイツ製の工作機械を展示しています。<br />

    昭和初期の工作機械
    昭和初期の代表的な工作機械を紹介します。
    アメリカやドイツの工作機械が飛躍的な進歩を遂げる一方で、
    日本においても多数の工作機械メーカーが登場し、
    国産工作機械のレベルが向上した時代でした。
    ここでは、日本製、アメリカ製、ドイツ製の工作機械を展示しています。

  • 直結汎用旋盤。1938(昭和13)年、東洋鋼鈑株式会社製造<br />1935年、東洋鋼鈑はアメリカのLodge&Shipley社の旋盤を<br />モデルにして、この機械を開発しました。<br />戦前に生産された国産機の中で、<br />最も量産された優秀な旋盤の一つとなりました。

    直結汎用旋盤。1938(昭和13)年、東洋鋼鈑株式会社製造
    1935年、東洋鋼鈑はアメリカのLodge&Shipley社の旋盤を
    モデルにして、この機械を開発しました。
    戦前に生産された国産機の中で、
    最も量産された優秀な旋盤の一つとなりました。

  • 直結横フライス盤。1937(昭和12)年 東京瓦斯電気工業製造。<br />昭和初期、日本では横フライス盤の開発に国も乗り出します。<br />展示機は、東京瓦斯電気工業がシンシナティ社の横フライス盤を<br />スケッチする所から始めて完成させた国産機です。<br />側面に「GASU DENKI」と表示されているのが国産ですね。<br />

    直結横フライス盤。1937(昭和12)年 東京瓦斯電気工業製造。
    昭和初期、日本では横フライス盤の開発に国も乗り出します。
    展示機は、東京瓦斯電気工業がシンシナティ社の横フライス盤を
    スケッチする所から始めて完成させた国産機です。
    側面に「GASU DENKI」と表示されているのが国産ですね。

  • 直結旋盤。1937(昭和12)年ドイツ製。<br />ベルリン大学教主の指導の下に、ドイツのメーカー4社が集まり、<br />設計、製造技術の交流を図って1928年より生産開始。<br />この機械は当時の設計の最高峰と言われました。<br />ここまでで、一旦工作機械の展示は終わりです。

    直結旋盤。1937(昭和12)年ドイツ製。
    ベルリン大学教主の指導の下に、ドイツのメーカー4社が集まり、
    設計、製造技術の交流を図って1928年より生産開始。
    この機械は当時の設計の最高峰と言われました。
    ここまでで、一旦工作機械の展示は終わりです。

  • 第二次世界大戦以前の工作機械による部品の集大成として、<br />始めに登場した蒸気機関車の他に、自動車と飛行機が展示されています。<br />

    第二次世界大戦以前の工作機械による部品の集大成として、
    始めに登場した蒸気機関車の他に、自動車と飛行機が展示されています。

  • 世界に大きな影響を与えた車 <br />T型フォード・1911年製コンバーチブル<br />1908~27年に生産された自動車で、ヘンリー・フォードが<br />実用的で手ごろな価格の大衆車として開発しました。<br />頑丈さや使い勝手の良さ、整備が容易な点なども好評で、<br />瞬く間に1,500万台以上が生産されました。<br />そのため、コンベア方式で大量生産されることとなりました。<br />工場での組み立て効率アップと量産化は、<br />精密な工作機械が実現させたと言えます。<br /> 実はこの時、副館長さんがこの車のおもしろい所を<br />たくさん教えてくれたのですが、<br />SMSなどで少しずつ紹介しているそうで、内密にと言うことでした。<br />一つだけ書かせてもらうと、SLと同様にアクセルはペダルではなく<br />レバーなんですよ。

    世界に大きな影響を与えた車 
    T型フォード・1911年製コンバーチブル
    1908~27年に生産された自動車で、ヘンリー・フォードが
    実用的で手ごろな価格の大衆車として開発しました。
    頑丈さや使い勝手の良さ、整備が容易な点なども好評で、
    瞬く間に1,500万台以上が生産されました。
    そのため、コンベア方式で大量生産されることとなりました。
    工場での組み立て効率アップと量産化は、
    精密な工作機械が実現させたと言えます。
     実はこの時、副館長さんがこの車のおもしろい所を
    たくさん教えてくれたのですが、
    SMSなどで少しずつ紹介しているそうで、内密にと言うことでした。
    一つだけ書かせてもらうと、SLと同様にアクセルはペダルではなく
    レバーなんですよ。

  • 航空自衛隊岐阜基地で活躍したT-6G 100号機 <br />ノースアメリカン社製造<br />T-6型シリーズは、1954(昭和29)年、日本の航空自衛隊の発足と同時に米軍から練習機として180機が供与された飛行機です。<br />世界33ヶ国で使用されたベストセラー機で15,117機が生産されました<br />(1935~75年)。<br />主な用途は練習機でしたが、その他にも救難捜索機、曳航機、輸送機、<br />殺虫剤散布機など多くの目的に用いられました。

    航空自衛隊岐阜基地で活躍したT-6G 100号機 
    ノースアメリカン社製造
    T-6型シリーズは、1954(昭和29)年、日本の航空自衛隊の発足と同時に米軍から練習機として180機が供与された飛行機です。
    世界33ヶ国で使用されたベストセラー機で15,117機が生産されました
    (1935~75年)。
    主な用途は練習機でしたが、その他にも救難捜索機、曳航機、輸送機、
    殺虫剤散布機など多くの目的に用いられました。

  • 2010年7月、岐阜県八百津町の和知保育園の屋根の上に展示されていた<br />T-6G 084号機を譲り受け、分解・整備を行い、<br />「エンジン・プロペラ」「コックピット」「脚部の加工部品」の<br />3つに分けて展示しています。<br />

    2010年7月、岐阜県八百津町の和知保育園の屋根の上に展示されていた
    T-6G 084号機を譲り受け、分解・整備を行い、
    「エンジン・プロペラ」「コックピット」「脚部の加工部品」の
    3つに分けて展示しています。

  • 保育園の屋根の上にあった当時の写真。<br />

    保育園の屋根の上にあった当時の写真。

  • ここからは、「工作機械で作られた工業製品」です。<br />鉛筆削り。<br />昔使っていた手動式の鉛筆削りを思い出します。<br />ここの展示品の中で一番親しみの湧く機械です。<br />

    ここからは、「工作機械で作られた工業製品」です。
    鉛筆削り。
    昔使っていた手動式の鉛筆削りを思い出します。
    ここの展示品の中で一番親しみの湧く機械です。

  • ミシン。<br />これは足踏みから電動、コンピュータという変遷を実際に<br />見て来ているので、実感します。<br />こうして初期の工作機械から見て来ると、<br />ミシンの変遷と似たようなものなんですね。<br />

    ミシン。
    これは足踏みから電動、コンピュータという変遷を実際に
    見て来ているので、実感します。
    こうして初期の工作機械から見て来ると、
    ミシンの変遷と似たようなものなんですね。

  • 精密機械の最高峰、時計です。<br />ここにも「熟練工」の方がおられました。<br />ちょうど時計の点検をしていました。<br />振り子は、何もなければ左右に振り続けるのだけれど、<br />空気抵抗や摩擦があって徐々に止まってしまいます。<br />そこで、機械で左右からちょっと押してあげているのだそうです。<br />また、調整していたのは、12のギザギザの付いた部品で、<br />それは毎正時に時間の分だけギザギザに合わせて動き、<br />頭頂部の羽根が回るようになっていました。<br />この時、時計は8時になろうとしていて、3分待つと、<br />ギザギザに部品が8回引っ掛かりつつ、<br />上の羽根がクルクルと回りました。調整OKです。

    精密機械の最高峰、時計です。
    ここにも「熟練工」の方がおられました。
    ちょうど時計の点検をしていました。
    振り子は、何もなければ左右に振り続けるのだけれど、
    空気抵抗や摩擦があって徐々に止まってしまいます。
    そこで、機械で左右からちょっと押してあげているのだそうです。
    また、調整していたのは、12のギザギザの付いた部品で、
    それは毎正時に時間の分だけギザギザに合わせて動き、
    頭頂部の羽根が回るようになっていました。
    この時、時計は8時になろうとしていて、3分待つと、
    ギザギザに部品が8回引っ掛かりつつ、
    上の羽根がクルクルと回りました。調整OKです。

  • さて、ここでこの旅行記は終わってしまいます。<br />博物館の閉館時間は16:30で、それを超えても<br />せっせと説明をしてくださったのですが、<br />どうしてもこの先の展示を見る時間がありませんでした。<br />戦後の工作機械の変遷とマザック製品が見られたのだと思います。<br />背中を向けている工作機械たちは、<br />「1950~60年代の日本製の工作機械」です。<br />既に出口に向かって急いで歩いているので、写っているだけ状態です。

    さて、ここでこの旅行記は終わってしまいます。
    博物館の閉館時間は16:30で、それを超えても
    せっせと説明をしてくださったのですが、
    どうしてもこの先の展示を見る時間がありませんでした。
    戦後の工作機械の変遷とマザック製品が見られたのだと思います。
    背中を向けている工作機械たちは、
    「1950~60年代の日本製の工作機械」です。
    既に出口に向かって急いで歩いているので、写っているだけ状態です。

  • 「高度成長期の汎用旋盤」のコーナーです。<br />手前の機械に「YAMAZAKI」の文字が見えます。<br />山崎鉄工所時代の製品かもしれません。<br />

    「高度成長期の汎用旋盤」のコーナーです。
    手前の機械に「YAMAZAKI」の文字が見えます。
    山崎鉄工所時代の製品かもしれません。

  • 「NC時代の幕開け」「現在の工作機械」<br />ここにはマザック製品がずらっと並んでいます。<br />「MAZAK」の文字が見えますね。<br />それなのに、ちらっと眼をやるだけで、全然見ていないんです。<br />ごめんなさい。<br />機械の奥には、ちょっとだけローターが見えていますが、<br />中日本航空専門学校の369HSヘリコプターが展示されています。

    「NC時代の幕開け」「現在の工作機械」
    ここにはマザック製品がずらっと並んでいます。
    「MAZAK」の文字が見えますね。
    それなのに、ちらっと眼をやるだけで、全然見ていないんです。
    ごめんなさい。
    機械の奥には、ちょっとだけローターが見えていますが、
    中日本航空専門学校の369HSヘリコプターが展示されています。

  • 慌ただしく博物館を出て来ました。<br />館内の展示を全て見るには1時間以上必要と、受付では言って<br />いましたが、ものづくり体験をしなくても2時間以上は必要です。<br />「熟練工」たちからの経験に裏打ちされた興味深い話を<br />たくさん聞きたいなら、もっと時間が必要です。<br />彼らの持っている知識や技術は無尽蔵だから、<br />話が尽きることがないのです。<br />「熟練工」の中には80歳になる方もおられるそうです。<br />他の方もリタイヤされているでしょう。<br />今後いつまで話が聞けるのかちょっと不安です。<br />「ヤマザキマザック工作機械博物館」は、展示品だけでなく、<br />「熟練工」の話があってこそ、その魅力が何倍にもなるのです。<br />もし館内で「熟練工」に出会えなかったら、<br />受付嬢に話して見てください。<br />ここの方は、みんなとても気さくで、生き生きしていて、<br />来館者が何を求めているか気にしてくれます。<br />黙って展示を見て帰ったらもったいないですよ。<br /> さて、最後に私が疑問に思っていたことを副館長さんに質問しました。<br />「マザックって、どういう意味なんですか?」<br />「1919年に山崎鉄工所が立ち上がった時、山崎は後発だったので、<br />日本国内では財閥系の大企業に太刀打ちできませんでした。<br />そこで、最初から海外に目を向けました。<br />アメリカに輸出をする際には、日本の機械は華奢なので、<br />もっと頑丈にするよう要求されました。<br />難題をクリアするために多大な努力を要しましたが、<br />その苦労の蓄積が高い技術力に繋がりました。<br />アメリカ人には、山崎のYの発音が難しく、<br />ブランド名にヤマザキは不向きでした。<br />そこでYAMAZAKIのYAと最後のIを外して、<br />MAZAKになった。」のだそうです。<br />格好いい名前になりましたね。<br />それでもアメリカ人は、今度はイザックなどと呼ぶのだとか。<br />聞けば聞くほど、次が聞きたくなりました。<br />こんな博物館は他にはないでしょう。<br />今度訪れる時は早くに行って、<br />最後まできっちり見させていただきますね。

    慌ただしく博物館を出て来ました。
    館内の展示を全て見るには1時間以上必要と、受付では言って
    いましたが、ものづくり体験をしなくても2時間以上は必要です。
    「熟練工」たちからの経験に裏打ちされた興味深い話を
    たくさん聞きたいなら、もっと時間が必要です。
    彼らの持っている知識や技術は無尽蔵だから、
    話が尽きることがないのです。
    「熟練工」の中には80歳になる方もおられるそうです。
    他の方もリタイヤされているでしょう。
    今後いつまで話が聞けるのかちょっと不安です。
    「ヤマザキマザック工作機械博物館」は、展示品だけでなく、
    「熟練工」の話があってこそ、その魅力が何倍にもなるのです。
    もし館内で「熟練工」に出会えなかったら、
    受付嬢に話して見てください。
    ここの方は、みんなとても気さくで、生き生きしていて、
    来館者が何を求めているか気にしてくれます。
    黙って展示を見て帰ったらもったいないですよ。
     さて、最後に私が疑問に思っていたことを副館長さんに質問しました。
    「マザックって、どういう意味なんですか?」
    「1919年に山崎鉄工所が立ち上がった時、山崎は後発だったので、
    日本国内では財閥系の大企業に太刀打ちできませんでした。
    そこで、最初から海外に目を向けました。
    アメリカに輸出をする際には、日本の機械は華奢なので、
    もっと頑丈にするよう要求されました。
    難題をクリアするために多大な努力を要しましたが、
    その苦労の蓄積が高い技術力に繋がりました。
    アメリカ人には、山崎のYの発音が難しく、
    ブランド名にヤマザキは不向きでした。
    そこでYAMAZAKIのYAと最後のIを外して、
    MAZAKになった。」のだそうです。
    格好いい名前になりましたね。
    それでもアメリカ人は、今度はイザックなどと呼ぶのだとか。
    聞けば聞くほど、次が聞きたくなりました。
    こんな博物館は他にはないでしょう。
    今度訪れる時は早くに行って、
    最後まできっちり見させていただきますね。

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