2021/06/26 - 2021/06/27
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この旅行記のスケジュール
2021/06/25
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タイトルの通りなかなか珍しいルートで行った愛知旅行記です。私は愛知県には割と頻繁にいっていて月1ペースだったりするときもあるんですが、基本的には自家用車か新幹線で行きます。自家用車でも新東名と東海環状でかなり早く着くことになった愛知県ですが、今回の旅はなんと飛行機。羽田へのアクセスとセントレアから愛知北部へもアクセスはあまり良くないので前泊なども含めると飛行機はかなりレアなルートな気もします。羽田-セントレアの便数も正直まったく多くありません。そんなわけですがなぜかこの旅では飛行機で名古屋に行ってみました。
名古屋近辺は頻繁にいっていますが純粋な観光ではないのでクチコミ投稿はしても旅行記を今まで作成した事はなかったんですが、今回は初日と2日目前半は観光だけなので旅行記を作成してみました。
このパートは前泊の羽田から日本航空201便でセントレアに移動し、その後レンタカーで向かった岐阜県各務原にある鵜沼宿の観光までになります。
なかなか珍しいルートで行った愛知・岐阜2日間の旅-初日前編(←イマココ
https://4travel.jp/travelogue/11689928
なかなか珍しいルートで行った愛知・岐阜2日間の旅-初日後半
https://4travel.jp/travelogue/11706486
なかなか珍しいルートで行った愛知・岐阜2日間の旅-2日目
https://4travel.jp/travelogue/11716154
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー JALグループ 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今回の旅行記は天空橋を降りたところから。京急線を乗り継いで天空橋までやってきました。今回も前泊し翌日早朝羽田出発の旅行です。既に宿泊するホテルは左手に見えていますが、ホテルに向かって歩いていきます。
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天空橋から見た昔ながらの羽田近辺の船たち。前の愛媛旅行記の前泊の際にも少し書いた気もしますが、昔ながらの羽田はこの周辺を指す地名で漁港の街でした。戦後羽田空港の拡張により羽田と良く言われる地域は沖合に言ってしまいましたが、この辺りは昔の雰囲気も感じる地域です。
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一番最初の写真でも既に見えていますが、天空橋駅から歩いて数分で宿泊する京急EXイン羽田に到着しました。天空橋駅で降りる出口を間違えると結構歩くようですが、間違えさえしなければかなり近いです。夜間はB滑走路を使わないので離着陸の騒音もほぼありませんでした。
京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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お風呂はユニットバスですが部屋も新しく綺麗でベッドも広いので羽田出発の前泊に利用するにはとても良いホテルでした。空港とのシャトルバスもあり、一番時間のかかる第一ターミナルへも20分ほどで到着しました。
京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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部屋からは羽田空港の夜景が見えました。見えている場所は空港の主要部分じゃないですが、夜の空港と奥の工場街のライトがロマンチックですね。
京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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この日は大手町の大規模接種センターの追加予約の開始日でした。確か大手町は2100件だったかな?開放されたのですが一回もアクセスできないまま受付終了でした。個人の2端末と仕事用端末でアクセスしようとしたのですが・・・。
基礎疾患があることもありその後地元で8月前半までに二回とも接種は完了しています・・・。副反応で相当大変な目にあいましたが・・・。京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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夜が明けて翌6月26日の朝、夏至の時期という事もあって5:45ですが既に相当日が登っています。そしてカーテン越しでもかなり暑いので起きてすぐにエアコンを入れました。
このエリアには相当な数の機体が駐機していましたが、エンジンカバーが付いている機体もありコロナ禍により離脱した機体とPW4000搭載機種もストアされているようでした。京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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とはいえ前日には駐機していなかったANAのB787-9、JA835Aがこの位置にいました。この周辺のスポットはストア状態の機材が置かれているのかと思いきや、早朝にこのスポットに移動している事もあるようです。
B787-9は入れ替えながら利用している様なのでその関係かもしれないですね。京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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コロナ禍になって以降離脱しているJA01VA。座席が他のA320と違いバニラエアの時のままということでできれば避けたい機体です。まあ現状だとこのまま売却という事なのかなと思いますが・・・。
京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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京急EXイン羽田は無料朝食が付いているので朝食会場の2階へと行ってみます。二階なので飛行機を見下ろせる感じではないですが、羽田空港も見えていい感じです。6時30分からということだったんですが、数分前でも既に人が結構入っていました。
京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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朝食はバイキングではなく軽食がセットで提供される形です。奥に置いてあるオムレツだけはいくつかの種類から選択できる小鉢になっていました。
まあ出発も早いですし、これくらいでちょうどいいのは事実です。だいたい羽田前泊の場合ゆっくり食べているってほとんどないですしね。京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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朝食時の座席から見た風景。前にも書いた通り二階なので飛行機を上から見下ろせるわけではないですし、電線や工作物などありますが天空橋と羽田空港が見えます。
昔はこのあたりNエリアとか呼ばれていて海保や航空局の航空機が多く駐機していましたが、現在は旅客機が駐機されているエリアになりました。環八の位置も少しかわりましたね。京急EXイン 羽田 宿・ホテル
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ホテルのシャトルバスで羽田空港第一ターミナルに到着しました。どうやら特定輸送の扱いで京急バスがシャトルバスを運行している様です。
空港ターミナルに入ると東京オリンピック・パラリンピックのマスコット達がお出迎え。この時は無事に開催できるかなあとか思っていましたが、とりあえずは無事に終了して良かったです。 -
今回も日本航空利用なので羽田空港第一ターミナルから出発です。前回どこかにマイルで行った山口・大分旅行の時より利用者は増えている様子。確かこの時は緊急事態宣言解除されていた気がします。
羽田空港 第1旅客ターミナル 空港
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早めに保安検査を抜けましたがゲートはまだ前の便の小松行きがスポットインしている状態。EPOSのゴールドカードも持っているのでラウンジにやってきました。
1タミでラウンジ入るの初めてでした。
パワーラウンジノース、というカードラウンジです。パワー ラウンジ ノース (第1ターミナル) グルメ・レストラン
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ラウンジはコロナ禍ということもあり無料の軽食はなくフリードリンクがある程度。ただ座席に座り滑走路を眺められるので良い時間つぶしになりました。ただ34Lは着陸機が利用するため早朝のこの時間は国際線が数便利用する程度で、あとは1タミを出入りする機体が眺められる程度でした。
パワー ラウンジ ノース (第1ターミナル) グルメ・レストラン
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モスクワのシェレメチェボ空港から飛来した日本航空のB787-8、JA838J。上にも書いた通り着陸機は稀で他にフランクフルトからのANA、北九州からのスターフライヤーくらいでした。
それにしても日本航空がシェレメチェボ空港発になっていたのは驚きました。パワー ラウンジ ノース (第1ターミナル) グルメ・レストラン
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搭乗時間が近づいたのでラウンジを出て搭乗口の23番ゲートへと向かいました。この便は短距離便ですが、かなり需要があるようでゲート周りには人が結構いました。東京-名古屋だと新幹線を選ぶ人が多いと思っていたのでちょっと驚きました。
この機体は国際線機材なのでそれも楽しみです。 -
搭乗しました。最後尾なので時間がかかりましたが、やはり後ろの方は人が少ないので楽です。
国際線機材なのでひじ掛けにはコントローラーが収納されていました。ただモニターは利用できずなので特に使う機会はありませんでした。
他にもフットレストが付いていたり、シートピッチが広かったりと国際線機材はやはりいいですね。まあ1時間弱の搭乗時間なわけですが・・・。 -
RW16Rからの離陸です。このパターンは久しぶりかも。夏場にあまり旅行行かないってのもありますけどね。
国内線はだいぶ航空需要が回復したとは言え国際線はまだまだ大幅減便ですし羽田空港に駐機されている機体はかなりの数でしたね。 -
RW16Rからの離陸直後の風景。大井ふ頭を見ながら上昇していますが都心上空を低空で飛行するのを避けるためにこの後ライトターンです。離陸中の旋回ってどうしても好きじゃないのですが、RW05からの離陸後の旋回よりはまだ驚きは少ないです・・・。
昨年冬に松山行った時とか一回転して羽田空港を見下ろしながら西に進みましたからね・・・。 -
旋回し上昇しながら江東区上空を通過していきます。この辺りは集合住宅が多いのがすごくよくわかります。
名古屋便というと大阪伊丹や九州方面便の様に南側に向かって進むイメージがありますが、RW16Rからの離陸が示すように航路的には北側の便になります。確か九州でも長崎がこのルートだったかな。福岡は南側への航路だったはず・・・。
このあと北区上空から針路を西に取ります。 -
雲がかかって見えにくくなっちゃったけど・・・。
東京スカイツリーです。現地に行くとわかりますが隣接するビルも30階くらいの高さの高層ビルなのですが、全然大きさ違いますね。一眼レフでそれなりにズームして撮影していますが、スカイツリーの高さがよくわかります。 -
ちょっと雲がかかってしまっていますが横田基地上空です。
多摩地区までくると東京都と言ってものどかな雰囲気も見られてきますね。 -
青梅から山間部を通り次に見えてくるのは甲府盆地。中央に見えるのは笛吹川の支流の荒川ですね。左手やや手前に甲府駅、右手には中央道と甲府昭和インターチェンジが見えます。
甲府・・・。懐かしいなあ。 -
山梨県北杜市上空です。眼下には韮崎から北杜にかけて続く七里岩台地が見えます。上空から見ると張り出している台地ってのがよくわかります。
また山梨も行ってみたいなあ・・・。
GPSの位置はかなりずれているみたいです・・・。 -
長野県の飯田上空です。羽田-中部便は羽田離陸後都心北部を通り奥多摩・山梨県北部へ。南アルプス付近で南へと進路を取り飯田へと抜けてきます。ここから先はセントレアの滑走路によってルートが変わりますが、この日はRW18運用だったので西に進路を取り中津川・春日井上空を通りセントレアに向かいました。
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セントレアで降機時に撮影してみました。国内線機材のB737-800と違い国際線機材はシートカラーが明るく同じ機体とは思えない雰囲気です。また近距離国際線ではありますが、ヘッドレストが移動出来たりとエコノミークラスもそれなりの装備になっていました。
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エコノミークラスの様子。やはり同じB737-800でも全然違いますね。B737の国際線機材は羽田-セントレアに定期的に入っているので比較的乗りやすいと思います。現在はB767やB777も国際線機材が国内線に投入されているので、狙って乗ってみるのも面白いかもしれませんね。
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ビジネスクラスは黒いシートですがクラスJのシートともまた雰囲気が異なります。実は帰りはクラスJを押さえているのでとても楽しみです。
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セントレアのバッゲージクレイムにはようこそ名古屋へ、という文字と名古屋らしい人形などが飾られていました。
中部国際空港セントレア 空港
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制限エリアを出て出発エリアに行ってみましたが閑散としています。国内線はまだ少ないながらもありますが、国際線はほぼすべて運休状態なのでほんとうにひっそりとしていました。セントレアに来たのは3回目ですが、こんなに閑散としているのは初めてです。
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センターピアもガラガラですね。いつもここは賑わっていたのに・・・。羽田や成田と違い国内線もかなりの減便になっている事から本当に閑散としてしまっています。
この辺りには飲食店も多いんですが、休業や閉店など寂しい雰囲気になってしまっていました。中部国際空港セントレア 空港
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セントレアにもストリートピアノがありました。最近いろんなところでストリートピアノありますよね。
こんなところで弾ける人は羨ましいです(笑。 -
セントレアのマスコット、「謎の旅人フー」です。空港に謎の旅人がいるのはいいのかという突っ込みも誰かがしていましたが、それはともかくこのゆるいなんとも言えないデザインが好きです。
中部国際空港セントレア 空港
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スカイデッキに出てみましたがガラガラ、というか人がほとんどいない・・・。今までに来たときは愛・地球博開催中やボージョレヌーボーのチャーター機大量飛来というタイミングだったにもありますがここまで人が居ないとは・・・。
スカイデッキ (セントレア) 名所・史跡
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羽田から搭乗してきたB737-846、JA320Jです。本来は羽田から飛来した後中国往復して夜の羽田便に利用されていますが、中国便が運休の為この後の運用はどうなっているのでしょうね。
現在コロナ禍とPW4000搭載機種の運航停止により機材繰りの関係で国際線機材が多数国内線に投入されていますが、この便はそれとは別で元々国際線機材の運航便でした。スカイデッキ (セントレア) 名所・史跡
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ソウルの仁川空港から飛来した大韓航空のB787-9。大韓航空のB787は初めて見ました。旅客スポットに入りましたが、貨物のみを扱う便のようです。
セントレアの国際線側にはこの大韓航空のB787-9とシンガポール航空のB787-10がスポットインしていましたが、過去に見たいつのセントレアよりも寂しい光景でした。スカイデッキ (セントレア) 名所・史跡
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レンタカーの時間になったので公式サイトに出ていた案内所に来てみました。車の受け取りはここではなくて、カウンターに書いてあった地図を見てエレベーターで一階に降りるとレンタカーのブースが集合している建物があってそこで受け取る形になっていました。
中部国際空港セントレア案内所 名所・史跡
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今回の旅行は名鉄のフリー切符を使うかレンタカーにするのか悩んだんですが、結局レンタカーにしました。タイムズレンタカーで借りましたがNOTEの配車でした。
最近はタイムズでもマツダ車以外にあたる回数多いですね。 -
セントレアからセントレアライン、知多半島道路を通り北へと向かいます。途中地図の確認と休憩の為に大府パーキングエリアにて休憩。大府パーキングエリアを利用したのは初めてですが、反対方向の阿久比パーキングエリア同様禁煙改装されたようです。
お店もおしゃれで扱っているものも多かったですし、無人ですが観光コーナーの資料も充実していました。大府パーキングエリア 道の駅
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名二環から小牧線に入り犬山を抜け最初に来たのは岐阜県にある旧中山道の宿場町、鵜沼宿。名古屋環状を通り小牧線へというルートを考えていたのですが名古屋在住の弟より名二環の方が走りやすいとアドバイスを受けてこのルートにしました。
鵜沼宿は宿場町当時の雰囲気を残す建物も残っている落ち着いた雰囲気の宿場町でした。中山道鵜沼宿 名所・史跡
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鵜沼宿の主な建物は観光駐車場より東側にあるようですが、西側にも見附跡や溜池などがあるようなのでそんな遠くないですしちょっと歩いて向かってみます。鵜沼宿は昔からの中山道がそのまま公道になっていて、スピードを出しにくいようにいろいろと工夫がされているようでした。
中山道鵜沼宿 名所・史跡
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地図で見てみたら鵜沼西町交流館という建物があったので来てみたのですが閉まっていました。どうやら観光施設ではなく地域のコミュニティセンターみたいなもののようです。
新しい建物ですが塀などは鵜沼宿に合わせている感じでうまく溶け込んでいました。中山道鵜沼宿 名所・史跡
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鵜沼宿を西に進んだ高台にあったこの池は翠池(よしいけ)と呼ばれる溜池でした。グーグルマップなどをみると蓮が綺麗という事でちょうど綺麗に咲く時期なので見に来たのですが見当たらず・・・。
元々は農業用のため池の様です。中山道鵜沼宿 名所・史跡
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翠池から階段を降りたところに鵜沼宿西見附跡がありました。ということはここまでが江戸時代の鵜沼宿の範囲だったのですね。解説板以外に往時の様子を遺すものはありませんでしたが、見附の役割などもしっかりと書かれていました。
中山道鵜沼宿 名所・史跡
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こちらは安田家住宅ということで歴史的建造物ではありますが、今でも一般の方の居住している住宅の様です。古くからある住宅の様に見えますが、1930年代頃の昭和初期の建築だそうです。この近辺は濃尾地震で大きな被害を受けたので江戸時代の建築物はあまり残っていないそうです。
中山道鵜沼宿 名所・史跡
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こちらは鵜沼宿で唯一江戸時代から残る梅田吉道家住宅だそうです。こちらも現住の歴史的建造物のようです。160年前ごろに建築され江戸時代は旅籠だったそうです。160年前というのは看板に書かれていた年数なので、看板がいつ建てられたのか不明なので今はもう少し昔かもしれません。
中山道鵜沼宿 名所・史跡
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観光駐車場の横には小さな神社がありました。二ノ宮神社と呼ばれている神社の様ですね。
石鳥居が歴史を感じさせてくれます。中山道鵜沼宿 名所・史跡
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階段を登ってみると高台に小さな本堂がありました。おそらく鵜沼宿の神社として昔から鎮座していたのでしょうね。
この神社の特徴として元々あった円墳を均してその上に本堂を建てているようです。写真左手に石室の穴が開いているのが良く見るとわかると思います。中山道鵜沼宿 名所・史跡
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石室内ものぞけるようになっていましたが、中はこんな感じで当たり前ですが副葬品などはありません。案内板を見ると石室の元々の大きさは各務原市内最大級と推定されるそうです。
中山道鵜沼宿 名所・史跡
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二枚上の写真でわかるとおり古墳は境内の一部と化していて本堂の前に来てみると平らにならされていました。当然古墳の方が先にあったわけなので建立の際か拡張でもした際かに均されたのだと思います・・・。
中山道鵜沼宿 名所・史跡
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観光駐車場の横にあった建物に入ってみました。この建物は鵜沼宿脇本陣だそうです。真新しい建物ですが2010年に復元で、明治になってからも脇本陣は江戸時代の姿で残っていたそうですが、1891年の濃尾地震で倒壊してしまったそうです。
中山道鵜沼宿脇本陣 名所・史跡
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復元にあたっては江戸時代の絵図などを元にできる限り忠実に復元したそうです。とはいえ雨樋があったり照明関連などは使いやすいように造られていました。
無料ですがボランティアの人が解説してくれたりとなかなか勉強になる施設でした。中山道鵜沼宿脇本陣 名所・史跡
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脇本陣横にあったこの碑は松尾芭蕉の句碑でした。1685年と1688年に鵜沼宿を訪れその際に句を詠んだようでそれが刻まれています。
中山道鵜沼宿脇本陣 名所・史跡
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少し歩いていくと酒蔵がありました。1872年創業の酒蔵で木曽川の清流の水を使う事で美味しいお酒を作っているそうです。現在ではお酒の他に消毒用にも利用できる高濃度アルコールも扱っているようですね。
建物自体も登録有形文化財に指定されていました。菊川酒造 名所・史跡
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鵜沼宿町屋館の正面にあったこの門は大垣城の鉄門が移築されたもの。ただ大垣城からすぐに移築されたわけではなく、各務原市の安積家に置かれていたそうです。その時は加納城の鉄門とされていたそうですが、移築の際に解体したところ大垣城のものとわかる記述が出てきたそうです。町屋館のボランティアの人が丁寧に説明してくれました。
旧大垣城鉄門 名所・史跡
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鵜沼宿の東の端なのかな?国道21号のバイパスにあった鵜沼宿問屋場跡の碑です。鵜沼宿東町の問屋場はこの場所にあった野口家という家が務めていたそうです。現在の国道21号は当然近年にできているので、ひょっとしたらもう少し東まで鵜沼宿が続いていたのかもしれません。
中山道鵜沼宿 名所・史跡
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少し中山道を戻ってきたのは鵜沼宿町屋館。こちらも脇本陣同様無料で見学できる施設ですが、脇本陣とは違い江戸時代の姿をある程度残している登録有形文化財です。ある程度、というのは濃尾地震で倒壊してしまってその後再建されている建築物だからです。
ボランティアの方の主観だそうですが、木材の色などを見ても江戸時代のものを利用して再建したのではないか?と話されていました。私もそれは同感でした。再建後は郵便局としても利用されたそうです。
ボランティアの方の説明は非常に深いところまであって、鵜沼宿だけではなく各務原についても教えていただき岐阜基地の由来なども聞くことが出来ました。
時間があまりなく最後まで聞けなかったのが残念でした・・・。中山道鵜沼宿町屋館 美術館・博物館
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駐車場に戻る途中に見つけた鵜沼宿本陣跡の案内看板。いまでは痕跡が残っていませんが、鵜沼宿本陣はこの位置にあり桜井家が務めていたそうです。本陣だけでなく問屋・庄屋も含めた三役を兼ねていたそうで結構な大きい家だったのだと思います。
駐車場に戻ってこの後は木曽川を渡り犬山へと向かいますが、ちょうど県境を跨ぐ形になるのでここから先は後編でアップします。中山道鵜沼宿 名所・史跡
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